篠原若葉のところへ、青い封筒が届いた。
それが届いたのは一般のクラスメイトの中では若葉のところだけだった。
以前の若葉ならそれこそ、舞い上がって大変なことになっていただろう。
でも、しかし、他の招待者は学園内で一目置かれる明らかな実力者や生徒会役員ばかりらしい…。
その他大勢のひとりであることを自覚している若葉としては腰が引けてしまう。
…でもウテナがいっしょなら…
そう思って気を取り直そうとするけれど、復学してからのウテナはとても近寄り難い。
…何しろあの取り巻きだもの…
だからこそ、自分などに剣財閥からパーティの招待状が来るのだけれど、
ウテナが途方もないお嬢様だったことが判ってからは、
どうしても以前のように気楽に話しかけることが出来ない。
…ウテナはそんなことで変る人じゃないけど…
ウテナから話しかけてくれるとき、全く以前と変らない親しみのある声で話しかけてくれる。
でも、若葉からは以前のように声をかけることが出来なくなっていた。
ひどく堅苦しくなってしまう。
…だめだな、わたし…

「篠原さん、ごきげんよう」
若葉からウテナを遠ざけた張本人から声を掛けられた。
「剣さん!」
「招待状は受け取って頂けましたか?」
2学期からこのクラスへウテナと共に編入して来て以来、モノの見事に浮いている超お嬢様。
しかし、本人はそれを十分承知した上で、超然と一般人とは距離を置いている。
姉のウテナ以外に自分からクラスメイトに話しかけたところなど見たことがなかった。
そして、なにより休み時間毎と言っても良いくらいにひっきりなしにやって来る美女軍団…。
気の小さい男子たちは皆、恐れをなして教室の隅で縮こまっている。
その女王様が、下々の若葉に直に声をかけたのだった。
「思ったような会場が確保出来なかったので…」
「クラスメイト全員をご招待することは無理でした」
「だからクラスメイトからは篠原さんだけをご招待したのですけれど、ご迷惑でしたかしら?」
「ご迷惑だなんてそんな!」
「良かった。あなたが出席してくだされば姉様も喜びます」
ミツルはニッコリと若葉に微笑みかけた。
…この女王様ときたら、ウテナと寸分違わない天然の笑顔をすることも出来るんだ…
「もし当日のドレスのことをご心配でしたら、問題ありません」
「わたくしも、姉様も、剣家の縁の娘たちも、会社の資産になっている衣装ダンスから適当に選んでいるだけです」
「若葉さんにも選んで頂けるように手配してあります」
「ウテナ姉様が若葉さんのドレスを選びたくて手ぐすね引いて待ってますから」
「是非、今日にでも根室記念館にお出でくださいね」
ウテナが自分のためにドレスを選んでくれる。
若葉は陥落した。

東館2階でアンシーが声を荒げる。
ジャンヌは新聞で顔を隠したまま生返事を返した。
「ああ!判ってるって!」
「いいえ!判ってない!」
「ふたりだけで乗り込むなんて無茶です」
「君にしちゃ随分冷静な判断じゃないか?」
「この間『何がなんでもウテナを助けに行く』ってわたしの胸を思いっきり叩いたのは誰だっけ?」
「聖女にしちゃ随分意地悪なんですねッ?まるで魔女!」
「わたしは魔女で薔薇の花嫁だよ。王子様」
ジャンヌはやっと新聞を畳んで顔を見せた。
「確かにこの招待状は宣戦布告だろう」
テーブルの上におかれた二通の青い封筒を示してジャンヌは続けた。
「ただ、それなら、今すぐに攻めて来ても良いはずだ」
「そうしない、出来ない訳があると思うからさ。今回は偵察するだけでこちらからは仕掛けない」
「でも」
「それに、わたしは君のドレスが見たいんだよ!」
「何ですかそれ!!」
アンシーは真っ赤になって照れた。
満足げに微笑んだ後、ジャンヌは少し真顔になって付け加えた。
「それとね、アンシー」
「鳳学園内に味方が全く居ないと言う訳でも無いんだ」
そして、両手をメガホンのようにして思いきり大きな声で1階に呼びかけた。
「入って良いよ!」
誰かが階段を上って来る足音がする。
サロンのドアがゆっくりと開き、ひとりの男が静かに入って来た。
その相手を見てアンシーは危うく悲鳴を上げるところだった。
「会長!」
「久しぶりだね!アンシー」
桐生冬芽だった。
その15 その17
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