夜会の蜜の海をかき分けて彫像のような長身の暁生と石岡が並んで歩けば、
ほとんどの女性が微かに視線を投げて来る。
なかにはあからさまに熱い視線を送って来る豪の者もいた。
しかし、いまは、そんなことにかまけている暇はない。

石岡は顔色をまったく変える事無く激怒していた。
暁生にのみに聞こえる思考伝達で怒鳴り散らした。
…なぜ、あんな危ない橋を渡った?…
…答えろ!!!!…
…あの場面でウテナを抱いた夜のことなどを考えるとは…
先を歩く暁生は振り返りもしないまま、思考伝達で答える。
…あんただって前にあの娘を試しただろう?…
…そ、それはそうだが…
石岡が墓穴を掘り、暁生は思わず表層意識の上に出てしまう笑いを噛み殺した。
…オレはこのゲームのルールが知りたいんだよ…
…もうここまで来たら、何時殺されても構わないが、なぜ殺されるのかは知っておきたいのさ…
剣財閥に呪縛された受肉者は会社を裏切ることは出来ない。
恐るべき力を持ちながら上司の命令には逆らえない哀れな奴らだ。
そのために彼らは暁生を必要としたのだった。
彼らは自分たちの救世主であるはずの少女のことをもっと知りたがっている。
しかし、契約に阻まれその願いは叶わない。
あれほど軽蔑していた『世界の果て』に頼らざるを得ないほどに必死になっている。
暁生は可笑しくて涙が出そうだった。
…いつまでもタマゴの殻の中には居るつもりはないぞ…
…オレは出て行ってみせる…

だが、その前にこの夜会の会場のどこかに身を潜めなくてはならない…。
暁生にとっては、ある意味、リリスよりも厄介な人物が来ているのだ。
…師匠がなぜこの学園にいる?…
…しかも、アンシーと一緒とは…
暁生は、ふたりのどちらにも、いまは顔をあわせたくなかった。
見つかる訳にはいかない。
が、しかし
なぜジャンヌとアンシーがここにいるのか?以外にも、
自分が幽閉されている何週間かに起こった出来事について、
知っておかなければならないことは山のようにあった。
…このゲームのルールは複雑になる一方だ…
…今夜これから起こる出来事には、ひとつ残らず目を配らなければ…
だが、『世界の果て』としての力を使えば間違いなく師匠であるジャンヌに察知される。
突然、暁生は振り返り、声に出して石岡に言った。
「限りなく目立たなくなる方法はあるかな?」

ドレスの裾を引きずらないように気を配りながら人を捜すのは骨が折れた。
水晶はきょろきょろとあまりエレガントではない仕草で辺りを見回す。
樹璃の来場は先ほどアナウンスされたので、もう会場内にいるはずなのだが…。
…あッ居た!…
小走りに、その人に走り寄ろうとした水晶は凍りつく。
樹璃に手を取られ、しなだれかかるようにする少女がいる。
美しい娘だった。
…あれは誰?…

若葉がそっと近づいた時、西園寺の回りには取り巻きの少女たちが沢山いた。
しかし、若葉が見るところ、ちゃんと招待状をもらって来ているのはそのうちの半分くらいだろう。
若葉は背筋を伸ばし、真直ぐ前を見て、そのまま西園寺に近づいて行った。
普段の若葉からは考えられない思い切った行動だったが、
ウテナが選んでくれた美しいドレスが後押ししてくれた。
その他大勢の娘たちが自分の前に道を開ける。
若葉にとっては初めてのことばかりだ。
「初めまして、お嬢さん」
「最初のダンスのお相手は決まっていますか?」
「い、いいえ。まだ」

アンシーとジャンヌは目立った。
ジャンヌは、いま自分が薔薇の花嫁なのだからと赤のドレスを纏った。
アンシーには白も似合うと言って小鳥のような白のドレスを選んだ。
膝丈のシフォンのスカートの夜会服はアンシーを飛び切り可愛らしく見せている。
その後ろに影のように、真っ赤な20年代風ドレープのドレスのジャンヌが寄り添う。
ふたりが中庭のメインテーブルのオードブルと辛口ジンジャエールを取ったとき、
場内に聞き間違えようの無い声が響いた。
心地よい、澄んだ少女の声だ。
しかし、その後ろにある力を感じることが出来る者にとっては、
この上も無く恐ろしい声だった。

「ご来場の紳士淑女の皆様、ようこそ、おいでくだいました」
「本日はわたくし剣ミツルと姉天上ウテナがこの鳳学園にお世話になるご挨拶をと考え」
「ささやかな席を設けさせて頂きました」
「皆様、どうか寛いで、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

簡潔な挨拶であったが、場内から惜しみない拍手が沸いた。
アンシーとジャンヌはビリビリと指先が痺れるような感覚を覚えた。
風は暖かいのに鳥肌が立つ。
ふたりは背中に射抜かれるような視線を感じ、振り返る。

アンシーは、
中庭に面した2階テラスの上に声の主を見た。
酷く媚惑的な黒のドレスを纏った少女。
そのとなりに同じ顔をした白の燕尾服を凛々しく身につけた少女。
溜息が出るほど美しく、寒気がするほどに恐ろしい景色だった。
ふたりを守る位置をとり左右に控える少女たちもただ者ではない気配を漂わせている。
あそこから、どうやったらウテナを取り戻せるというのだろうか?
昨日まで毎朝ウテナが自分を迎えに来てくれていたことが信じられない。
…あの魔物はそれを黙って見ていたのだろうか?…
…自分なら我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
…我慢出来ない…
「アンシー落ち着け!」
ジャンヌが耳元で、押し殺した黒い声音で囁いた。
その18 その20
Return to flowers

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル