ウテナとミツルが先にたって会場内を案内する。
主催者なのだから、おそらくそれが当然なのだろう。
アンシーは、その後ろ姿を睨みつけたままついて行く。
もし、ウテナが振り向いたらいったいどんな顔を見られることになるのだろうか?考えたくない。
それぼど顎を引き、下唇を噛み、目と眉毛を近づけて上目遣いにふたりの背を睨みつけていた。
ウテナがミツルの手を取ってエスコートして歩くのが、全身の皮膚がヒリヒリするほど悔しかった。
そのアンシーの腕をとって歩くのはジャンヌ。
あまりにも敵意をむき出しにするアンシーを宥めるようにその手を擦る。
アンシーとジャンヌの後ろには、油断ならない剣のお庭番の娘たちがぴったりとついているのだから、
滅多なことは出来ないし、勿論、いまは事を構える時ではない。
ミツルは大胆に背中の開いたドレスから、まるでアンシーを嘲笑うかのように、
真っ白な背中を優雅に曝して見せた。
傷ひとつない白磁(ビスク)のような肌とはこのことだろう。
ときにそれはウテナにしなだれかかるようにして寄り添う。
おかげでウテナが会場の装飾や花の飾り付けを自分も手伝ったという話をしてくれても、
少しもアンシーの頭には入って来なかった。
しかし、自分に見せつけられる白い肌をずっと睨み続けていると、
アンシーには今まで、見えていなかったものが見えて来た。
…これは?…
傷ひとつないと思えていた完璧な肌に、なにか翳りのようなモノがある。
決してハッキリ見える訳ではない。だが何かが感じられる…。
…この背中、本当は傷だらけッ?…
アンシーの中の破裂しそうな憎しみと嫉妬は急速に冷え、凝固して色を変えていった。
別な側面からモノを見る力が微かに戻って来る。
ウテナがどのようにして煉獄から助け出されたのか?
その方法について、アンシーには今日まで朧げな推測しか出来なかったのだが、
いまミツルの背中を見つめ続けているうちに判り始めた…。
…これは憎しみの心の刃に貫かれズタズタにされた身体…
自分の身代わりになって、いわれなくウテナが受けなければならなかった試練。
そのはずだった。
…そのウテナの更に身代わりに立ったというの?…
煉獄の氷原に刻印されたウテナの影絵。
髪の毛の一筋一筋までハッキリ判るほどに繊細に焼き付けられたその姿を思い出した。
…あれが、そのときに残された痕だとしたら?…
我が身が切り裂かれているただ中に、愛する者を守るため、
細心の細心の注意を払って結界を張り巡らせ、
結界の構築が成った時、一気に憎しみの刃の群れを薙ぎ払う…。
初めてジャンヌに会った時の彼女の言葉が思い出された。
…煉獄の理をねじ曲げるほどの力…
アンシーはゾクリとする寒気を覚えた。
自分には決し逆らうことが出来なかった煉獄の掟。
それを苦もなく破り、ウテナの周囲に舐めるような結界を張るその魔物。
その力とウテナに対する底知れない執着。
自分よりも暗い情熱を秘めた敵に対峙することに慣れていない。
相手の情念に吸い寄せられる。
想いが同化していってしまう。
…アンシー!罠だ!しっかりしろ!…
…光を見ろ!ウテナと光の中を歩くのではなかったのか?!…
電光のようなジャンヌの思考伝達がアンシーを打った。
敵に読まれることを承知でジャンヌが呼びかなければならないほどに、
アンシーはミツルの背中に描き出された罠に吸い寄せられていた。
ビスクのような白い奈落。
音もない最初の攻撃を、アンシーはなんとか凌ぎ切ったらしい。
その20
その22
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