「これがあんたの言う目立たない格好かッ?!!!!!!!」
暁生は怒鳴った。
「まあ、そう怒るな。せっかくの美人が台無しだ」
石岡はニヤニヤしながら暁生の怒りを無視した。
根室記念館の1階ホールの大鏡に映っているのは、
アンシーの姉というのが恐らく最も相応しい美女だった。
背はアンシーより10センチ程高く。歳はふたつくらい上だろう。
しかし、美しい顔は怒りに震えていた。
「これなら会場で、鳳暁生学園長よりずっと目立たない」
「悪い虫はわたしが追っ払ってやるから安心しろッ」
暁生は鼻に皺を寄せ集め、狼のような顔で怒りをさらに露にしたが、
それは石岡を面白がらせるだけなので直ぐに止めた。
「それでオレはどうすれば良いんだ?」
「ボロが出ないように黙って後ろについて来れば良い。わたしが網を張るからそのビジョンを受け取れ」
「君に気になる箇所があれば、そこにフォーカスする」
暁生は華奢な空色のドレスの肩をすくめて言った。
「そいつはご親切にありがとう」
「どういたしまして!お嬢さん」
…いつか殺してやる…
「出て来たまえ、元王子様の諸君」
御影草時の声が夜の闇に吸い込まれて行く。
「……」
夜会の光と喧噪が微かに漂って来る草原に、肌に刺さるような殺気が満ちていく。
「チェッ!可愛くない小僧だな」
「あれの手先になる大バカ者だからな」
闇の中から踏み出す長身痩躯の男たち。
もう作業服ではなく、黒いマントとつば広帽子の暗黒旅団の士官服だった。
「ウプププッ!御影先輩見ました?」「なんですか?あのセンス」
「馬宮!おまえ、またそういうホントのことを!」
せっかくの緊迫感が吹き飛んだ上に相手を必要以上に怒らせたようだった。
…まあよかろう…
御影は一歩も引くつもりはなかったから…。
「ちゃんと僕たちの味方をしてくれたのは彼女が初めてでねェ」
「あれで結構義理堅い…」
御影は草原の中へ歩を進める。
敵のふたりは心の宝剣を抜かない。
恐らくもう抜刀出来ない「世界の果て」に成り果てた連中だろう。
だがもし、宝剣を抜き放ったとしても御影の決意にはなんの影響もない。
もう義理立てすると決めた。
「抜刀」
御影が低く静かに宣言すると、千唾馬宮の身体から夥しい光の束が空へと放たれた。
「百人の薔薇の花嫁!汝らの力を示せ」
水晶は知らぬ間に樹璃の後をつけていた。
さっきからの集合コールは無視している。
こんなことはこれまでなかった。
生徒会役員の凛々しい正装を纏った樹璃はとても美しい。
…任務放棄でクビだな…
自嘲気味に考える。
自分の評価が父の仕事にも跳ね返ることを思い巡らせながらも、
視線は痺れたように樹璃に吸い寄せられて行く。
恋とは一種の依存症である。
しかも、気をつけていても嵌まり込むまで判らない厄介な病気だ。
樹璃と剣を交えたときから、こんなことになる予感はあったのに…。
わざわざ、一生懸命に否定して、気の迷いで済ませようとして来た。
自分が届けた招待状に応えて、ただ樹璃がこの夜会に出席してくれたら、
それで良いと思っているふりを自分自身にしていたのだ。
ところがどうだ。
願い通りに樹璃が来てくれたとき、その傍らに見知らぬ娘が寄り添っているだけで、
水晶は完全に理性を失ってしまった。
…あれは誰?樹璃様の何なの?…
もう何度目かの問いが頭の中を堂々巡りするばかり。
…その娘は 高槻枝織という。狡猾で冷淡な娘だ。有栖川樹璃はその娘に利用されている…
その声は水晶の思考に直接語りかけた。
その21
その23
Return to flowers