「ホントか!おい!」
ジルは確かに救援を待っていたのだが、夜空に現れたのは思っていたよりも遥かに大げさなシロモノだった。
…王国到来号?!…
バレンシアの副官は主人に劣らず油断のならないイカレ野郎だ。
…あのマッドアルケミスト!ただアレを動かす口実が欲しかっただけだな!!…
夜の蒼穹に完全に溶け込んでいるその艦は、密やかだった。
なにも見えないし感じない。
秘匿呪文で厳重に不可視化され高度な護符で守られているのだ。
一般人はおろか、受肉者や薔薇の花嫁でさえ、その気配を察知することは極めて難しいだろう。
だが、ジルは救援を待ちながら、ジリジリと夜空に神経を尖らせていたうえに、
以前から王国到来号を間近で見たことがあり、艦の能力についても知っていた。
その彼だから、はじめて気付くことが出来たのだった。

…まあいい、あの艦内なら大本営まで戻らなくても直ぐに呪詛の逆解析が出来るからな…
巨大な船がゆるゆると降下してくるのが、朧げに判った。
「助けが来たぜ」
ジルはピエールを軽々と抱き上げる。
同僚は激しい痛みのために話すこともならず、微かに頷くのみ。
額には脂汗が吹き出している。
夜の闇の中から忽然と昇降用リフトが出現した。
不可視化領域からはみ出したのだろう。
救援要請をダシに最終兵器を軽々しく持ち出すバレンシア公には、
ますます不信感が募るが、いまはそれを言っているときではない。
草原に着底した全く継ぎ目の無い、滑らかなクロームの箱は、
ジルがその表面に触れる寸前、一部分をナイフで切り裂いたように入り口を開いた。
…あまり気味の良い乗り物ではないな…

ジルが冷や水を浴びせられたように硬直したのはその時だった。
…近くで別の扉が開いた…
大慌てで、傷口のようなリフトの裂け目の中に転げ込む。
「早く上げろ!!」
背後で黒い洪水のように広がって行く夜の翼の気配に、背筋が泡立った。
クロームの隔壁が閉じ、リフトが結界内に引き上げられた時には、
心底ほっとして、同僚を抱えたままその場にへたり込んでしまった。

ミツルは夜空に浮かぶ未知の敵と、御影たちを交互に見た。
…まずこのふたりを棺の部屋へ送り届けたいけれど…
それも、もう意味のないことだろう。
…陽子が心配する…
…姉様にはもう会えないな、たぶん…
その後も次々と思い浮かぶ言葉たち。
無限に広がって行くその知覚領域の端の何処かでミツルは遠い過去の出来事のように思う。
その意味も皆、失われようとしていた。
いまやミツルの人としての部分は、限りなく縮小していた。
コキュートスとの回廊を押し広げ「彼/彼女」の力が一気に流れ込んで来るに任せているからだ。
忽ち広がる恍惚と万能、そして、それらを上回る極北の孤独と悲しみ。
小さな人の心の器ではそれを受け止めることなど、もとより不可能だ。
薔薇の花嫁たちのように何も感じないよう心を閉ざしたとしても、きっと無事ではいられない。
しかし、ミツルはそのただ一つの防御姿勢さえもとらない。
何もかも受け入れる。
地獄の最下層に向けて心を開け放ってしまう。
完全に接続したら、心は瞬時に砕け散るだろう。
地上に顕現した歴代のリリスたちと同じように。
その後は、あの伝説のケモノとなって、審判のラッパが鳴り響くまで、破壊して、破壊して、破壊して、破壊して、破壊し尽くす。
…願っていたようになるとは、初めから思っていなかったし…
…今ここで終わりにしてもいい…
ミツルの真っ白な背中から六対の、この上なく美しい翼が広がって行く。
しかし、その翼はウテナを助け出した時とは違い、
伸びて行くに従って闇よりも黒い夜の翼に変っていった。
ミツルは地上における堕天使の長の代行者たる姿を顕わそうとしていた。

「見えますか?」
「ああ!」
後ろで乗組員の黒手たちが負傷者の回収を完了したと騒いでいるが、
バレンシア公の耳にはろくに届いていない。
副官のレオナルドが指し示すホロモニタの映像に釘付けだった。
六対の黒い翼が視野を覆い尽くしていく…。
その渦の中央で青白い少女の顔が、ヒタとこちらを睨んでいた。
「向こうもこちらを見ました…」
「フフ、もう逃げることは出来ないって訳だ」
バレンシア公は歪んだ笑みを浮かべた。
「まあ、その必要はないが…」
「あれが、わたしからルクレチアを奪った…」
「必ず殺す」
もうすでに、王国到来号の最終偽装が仕上がっていようが、いまいが関係ない。
バレンシア公の押し殺して来た復讐心は、
手を触れることが出来ないほどに白熱化しつつあった。
その25 その27
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