ジャンヌが一同の前に立った。
「内輪もめは勝手ですけれど、ゲストからは見えないところでお願いしたいものですね」
「それとも、剣家は礼儀知らずの集まりですか?」
語気鋭く攻められて夜会の接待役である月子と陽子は唇を噛んで俯くよりなかった。
外交上最も重要な客を怒らせてしまっては、いったい何のための設宴か判らない。
夜会は全くの失敗だったという事になってしまう。
ところが、この時になって、漸くミツルが当主らしい振る舞いを見せた。
満面に笑みを浮かべてジャンヌに歩みより、その両手を握って、これ以上ないくらい丁寧に詫びたのだ。
剣の家の者たちは一瞬、何が起こったのか判らないほどだった。
「ジャンヌさん、わたしが至らぬばかりに、ご不快な思いをおかけいたしました」
「このとおりです。どうかお赦しくださいませ」
そう言うとジャンヌの手に口づけし、さらに両膝を絡めるように深く折って、捧げ持ったジャンヌの手よりも額が低くなるまで頭を垂れた。
乙女に平伏するナイトのように。
本来ならジャンヌは、アンシーを連れてここからサッサと逃げ出すべきだった。
事態は極めて危険…。
ジルから報告が入っていた。
バレンシア公が未完成な王国到来号を持ち出した挙げ句、一方的に蹴散らされた。
しかし、どうしても信じがたい。
王国到来号が敗れたことが、ではない。
…リリスが覚醒した…
…本当なら世界は、今夜、破滅していたはずだ…
…でも、そうはならなかった…
…一度覚醒したリリスが、人の姿に戻ることなどあるのだろうか?…
自分で直に確かめねばならない。
なぜそんなことが起こりえたのか?どうしても知りたかった。
…これにはきっとリリスを倒す鍵が隠されている…
だから危険極まりないこの場へと、わざわざやって来たのだ。
ジルによれば、リリスは『夜会に戻ってゲームを続ける』と言ったらしい。
…なにをするつもりなのか?…
それも知りたかった。
「ミツルさん、どうぞ面を上げてください」
「わたしも言葉が過ぎたようです」
「学校の中では、両家が仲良くできるようにいたしましょう」
ジャンヌの歯の浮くような台詞は単なる社交辞令だったけれど、それを聞いたミツルはパッと顔を上げ、純真そのものの笑顔を弾けさせた。
「ありがとうございます、ジャンヌおねえさま。そう言って頂けると心が休まります」
余計な事をしないようにと言い含められたアンシーは、その小芝居を我慢して見ていた。
もう勝負はついている。オルレアンは完敗した。
…いまはただ『あれ』に弄ばれているだけ…
けれど、ジャンヌは敢えてその虎口へ入ると言った。
もともと、この夜会の招待に応じた時から、それは覚悟していた事だし。
ただ、こうも容易く王国到来号が捻られてしまうとは、アンシーの予想を超えていた。
…未完成の船というのはこういう事でしたのね?…
この場に居る者の心は、てんでんバラバラの方向を向いていた。
それぞれに乱れ、実際に語られる言葉とその思いは全て裏腹だった。
心と言葉が一致している人物はひとりしかいなかった。
それは嘘をつく事の出来ない魔物その人。
その言葉だけが熱を持ち、この場を支配し始めていた。
「宴席に穴を空けた分の埋め合わせをしたいと思っているのですけれど…」
「オルレアンの方々を始め、今夜お出でのお客様、皆が楽しんでいただける余興を行おうと思うのです」
「余興?」
「わたしは、本校のある限られた生徒だけが参加する事を許されたゲームが有る事を知りました」
「今夜はその限られた生徒全員をお招きしています」
「その方々にお願いして、今夜の余興として公開試合を行ってもらおうと思うのです」
「勿論わたしたち剣家の中からも、資格に適う者を参加させて頂きます」
「もしオルレアンの方々にも、ご賛同頂けたらこんなに嬉しい事はありません」
「優勝した方には、賞品もご用意しています」
「賞品は最強の『薔薇の花嫁』」
「即ち『わたし』です」
その32
その34
Return to flowers