全力で戦い、力つき、樹璃と月子は縺れ合うようにして倒れた。
変身が解ける。
キララと水晶が駆け寄った。
同時にもう一人、それに倍する勢いで広場の袖から飛び出して来る人がいた。
柴又陽子だ。
三人が、樹璃と月子のもとに達したのは、ほぼ同時。
水晶が樹璃を抱き上げ、陽子とキララが月子を抱き上げた。
キララが、恐る恐る見上げると、案の定、頭の上で鋭い視線が火花を散らしていた。
「ドラマなら、ここで捨て台詞を吐いて去るのが、お約束ね」
「陽子さん…」
「わたしも、その伝統に習うとするわ」
陽子は気を失っている月子の額を、愛おしそうに撫でてから、再び水晶に視線を戻した。
「このままで済むとは思わないことね、水晶」
月子を幼い子のように、胸に抱きかかえ、陽子は静かに広場を後にした。
水晶はその背を黙って見送る。
身体の小さい水晶では陽子のように樹璃を両手で抱き上げることは難しかった。
仕方なく樹璃を背負うと、勝者とは思えない頼りない足取りで、自陣側の花道へ退いていく。
その背中に、おずおずと自信無さそうな拍手が、観客席から上がった。
自分たちが何を見たのか確信を持てない人々が、誰かにつられて拍手しているだけのようだった。
唯一人、いまの戦いの全てを理解出来た観客は、一番高い席で沈黙を保っていた。
去り際にキララは、もう一度その人を見た。
不思議な顔だ。
何かを待っているとでも言うような、そんな表情をしている。
…どうして、いつも、不思議な表情をしているの?…
…どうして、わたしを咎めないと言ったの?…
…あなたのことが、判らない…
…もう、ずっと前から…
「馬鹿ッ!御影!まだ起きるな!死ぬぞ」
御影草時が黒い艶のある棺桶から起き上がろうとしているのを見て、石岡が怒鳴った。
「千唾君!目を離すなと言ったろう!大事な人じゃないのかッ!?」
「は、はい」
すっ飛んで来た馬宮は御影を押しとどめようとしたけれど、御影はその手をそっと押し戻した。
「大丈夫だ…馬宮」
「…石岡さん。あれは決闘広場ですか?」
御影が視線で指し示したのは、火葬炉の扉の中に見える炎だった。
百人の少年たちの遺影が掲げられた地下室の壁。そこに口を開ける地獄の劫火。
その朱の焔の中に、またビジョンが映し出されていた。
デュエリストたちが集うあの広場が…。
「猊下の力と剣軍事工廠の力が融合して生み出したイミテイションだ」
石岡は硬い表情で答えた。それが良くないことでもあるかのように。
御影は力尽きて、静かにもう一度身を横たえる。
「なぜ、そんなことを?」
「猊下は『遊び』とおっしゃっていたが、本当はかなり真剣なのだろう」
「オルレアンと何らかの繋がりを作ろうとしているように見える…」
石岡は返事をしようとする御影を制した。
「返事はしなくて良い。いまは」
「まるで、敵の中に猊下を理解する者が現れることを期待しているようだ」
「しかし、余りに障害が多い…。却って遠回りではないかと思う…」
「だが良いこともあるぞ。彼女が猊下の騎士として、戦ってくれる」
「天上ウテナ君が…」
御影は息をのんだ。そんなことがあり得るのだろうか?ウテナはアンシーとも戦うつもりなのか?
以前からウテナを知っている御影には、俄に信じ難かった。
…さっきミツルは何かを思い出したという。ウテナ君も何かを思い出したのか?…
…オレたちの知らない何かを?…
「猊下はさぞ、お喜びであろう」
石岡は一人で頷いている。
御影はゆるゆると溜め息を吐き、再び眠りに落ちていった。
広場に一人残ったキララは、再びヘッドセットをオンにした。
微かなハウリング音が響く。
「特別デュエル第二試合」
「青龍の陣より、鳳学園生徒会、西園寺莢一」
「白虎の陣より、オルレアン奨学金給付生、姫宮アンシーとその薔薇の花嫁」
キララに薔薇の花を付けてもらっている間も、西園寺は口をへの字にし、額には皺を寄せ集めていた。
『納得いかん』と顔に書いてある。
「なんでおまえたちと対戦しなくちゃならんのだ?」
返事は酷く冷淡なものだった。
「団体戦ではなく、個人戦だからだ」
オルレアンのジャンヌは、つい先ほど、桐生冬芽のために妹の七実を薔薇の花嫁に仕立て上げた。
さらに、樹璃のもとにやって来た剣のお庭番の水晶とかいう娘もだ。
僅かの間に鳳学園生徒会のデュエリストを次々と強化していったのだった。
その成果のほどは、いまの樹璃の勝利が遺憾なく物語っていた。
けれど、西園寺は蚊帳の外。
蚊帳の外ということでは薫幹も同じだったが、西園寺にとって自分以外のことなど、どうでも良かった。
…なぜ、オレには薔薇の花嫁を付けてくれない?…
…薔薇の花嫁さえいれば…
ジャンヌたちが転校して来た日に、いきなり絡んだ自分を恨んでいるとしか思えなかった。
前衛にいるアンシーが、西園寺の恨みがましい視線を遮った。
「西園寺先輩、対戦相手はわたしですから〜〜」(棒読み)
「ジャンヌが直に手出しをしないと言う保証はあるのか?」
「デュエルとは一対一の戦いです。薔薇の花嫁は直に手を出したりしません」
「わたしが言うのですから間違いないです」
西園寺は髪の毛を振り乱し怒鳴った。
「アンシー!なぜデュエリストになんかなった。オレの薔薇の花嫁でいてくれれば…」
アンシーの表情が暗く険しくなった。
「西園寺先輩に、そう思っていただけるのはちょっと嬉しいですが、わたしには取り戻したいモノがあります」
「西園寺先輩と同じように、なにがなんでも、もう一度この手に…」
「そのためには、自分で戦わなければならないんです」
アンシーが一歩踏み出す。
「薔薇の花嫁にも心はあります。ただ、長くそのままでいると忘れてしまうだけです」
「だから…。そこをどいてください。わたしたちが往く道ですから」
「世界を革命する力をッッッッッ!」
試合開始の号令も無い内に、アンシーは抜刀した。
辺りは強烈な光と爆炎に包まれる。
数刻前に、七実が恐る恐る引き抜いた時とは桁が違った。
本来の王子たるアンシーが、渾身の気合いを込めて引き抜く時、王の剣デュランダルは初めてその本性を見せるのだ。
その38
その40
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