婿の条件

「国王! 少しはジェイル殿のお身体のことも考えなされ!」
 ジェイルが倒れたと聞き大慌てで駆けつけた早々老臣に怒鳴りつけられ、反論できないセーファスは項垂れる。
 精悍な顔立ちに逞しくも美しい身体つき、銀色にも見える薄紫の髪を持つ城内きっての男前・ジェイルは、3ヶ月ほど前、国王セーファスに『俺の嫁にする』と宣言されていた。
 今まで通りに国王護衛隊隊長として職務をこなしながらも、毎日のように国王に呼びつけられて夜の相手をさせられ、相当に体力が落ちていたらしい。護衛隊の宿舎で流行った風邪にかかってこじらせてしまった。
 老臣は前々から、『命令』と言って断ることを許さずジェイルを抱く国王の行動は目に余ると思っていた。
 平和な国で、今のところ国王の仕事は大した量ではない。しかも国王は執務中に平気で居眠りをしている。そんなセーファスは体力の心配など要らないだろう。
 だがジェイルの所属する国王護衛隊は、国王の護衛だけをするには人数が多すぎるという理由で様々な雑務が押し付けられる。
 それでなくてもで面倒見が良く、何かと頼られやすい性格のジェイルは、本来の仕事以外のことにも奔走し、消費する体力・気力は国王の比ではない。
 そこで、ジェイルの元へ駆けつけてくるであろう国王に説教をかましてやろうと医務室で待ち構えていた。
 しかし何か言おうとした老臣を綺麗に無視してセーファスは苦しそうに息をつくジェイルの傍に寄る。
「ジェイル〜済まぬ〜……」
 涙声で言いながらジェイルの頬に手を添える。いつもはオールバックの長髪が今日は顔にかかっている。
「やめろ……伝染る」
 辛そうに目を開けて掠れた声で自分を気遣う言葉を発するジェイルにの姿に、愛しさが込み上げる。
「今日は執務は休んでジェイルの看病をする!」
「いけません!」
「やめろ」
 ジェイルに味方された老臣に理不尽に嫉妬しつつ、セーファスは言い返す。
「俺の所為なのだろう? それなら俺が責任をもって世話をするのが筋というものであろう?」
「……俺のことなんかで国王の仕事に支障をきたすな」
「ジェイルより大切なものなど何一つないぞ!」
 大声で宣言されると、ジェイルの方が恥ずかしくなってしまう。
「ジェイル殿はかっこよく執務をこなす国王がお好きなのであろう?」
「まあ、……そうだ」
 老臣の出した助け舟に──多少の不満はあったが──ありがたく乗っておく。
「……! では、今日の仕事を片付けしだい看病しに来るからな!」
 びしぃっ、と指を差して宣言すると、ものすごく嬉しそうな顔で走り去る国王。
 隣国との関係は多少悪化してはいるが、概ね平和で行事も無い今、国王の仕事は多くはないはずである。だが、彼はいつもそれをだらだらと一日中かかって片付けていた。
「セーファス様は……やればできるのですがね……」
「……いつもやればいいんだがな」
「ジェイル殿、貴方がちょっとねだりでもすれば国王はいつでも頑張られますよ」
「無茶を言うな」
 からかうように言った老臣は、形式だけでも国王には女性の妃が必要だと考えてはいるが、セーファスとジェイルの仲自体は認めている。

 時刻は午後1時頃、国王が部屋を出て3時間ほどが経過した。
「昼食は食べられそうですか?」
 気の弱そうな青年看護師、グレンが問う。
「ああ、多分」
 気分が悪くて朝食を抜いたジェイルはかなり空腹だった。朝に比べると落ち着いてきたので大丈夫だろうと判断したらしい。
「消化のいいものばかりですので」
 食べ物を目の前にすると食欲も湧き、ジェイルは半身を起こす。グレンはもたれられるようにと真ん中で折れるベッドの頭側を上げる。
「ん、済まない」
「いえいえ」
 美味しそうに食べる口元を、脇に座ったグレンが嬉しそうに見ている。
「ご馳走さま」
「お粗末さまです」
 すぐに食べ終わり手を合わせて言うと、グレンが盆を下げる。
「今の、僕が作ったんですよ」
 ジェイルも調子が良さそうなので、半身を起こしたままの彼に言う。
「そうだったのか、上手いな」
「ええ、元々料理人になりたかったんです」
 少し驚いた顔で素直に褒められ、グレンは照れたように話す。
「お城のコックとしては雇ってもらえなくて……」
 気付いたら看護師になっていました、と眼鏡を上げながら笑う彼は、料理人の道に未練を持っているように見える。
「城にこだわらなくても良かったんじゃないか?」
「……貴方に食べてもらいたかったので」
「?」
 ジェイルにとってはグレンは今日初めて出会った男である。
 しかしグレンの方は、二年前にセーファスが国王となった時、民衆の前で執り行われた式で警備にあたるジェイルを見て一目惚れしていた。
「いえ、お気になさらず」
 そう言ったが、会ったのを忘れているのかもしれないと思ったのか、ジェイルが申し訳なさそうな顔をしているので、グレイはつい続けてしまう。
「……僕は……同性しか愛せないんです」
 グレンは今までそのことを誰にも言わずに生きてきた。
「貴方は僕にとって理想の男性でした。貴方に抱かれたかったです」
 儚げに微笑んで想いを告げるだけ告げる。ジェイルは困惑して黙り込む。
「ごめんなさい、言ってしまえば自分が失恋を認められると思って」
 グレンはおもむろに手を伸ばし、ジェイルの顔にかかった髪を撫で上げる。
「まさか貴方が受けだったなんて、幻滅ですよ〜」
 楽しそうに笑いながら言うグレン。ジェイルは頬を赤くする。
「たしかに、よく見るとカワイイんですよね貴方。ご安心下さい、もう抱かれたいなんて思っていません。抱きしめたくなることはありますが」
 グレンはジェイルの額から手を離して前髪を落とす。
「なあ、俺はそんなに下品な容姿をしているのか?」
 窓から柔らかな日光が差し込む中、不意に真剣な顔で訊ねられ、グレンは一瞬戸惑うが、意味を理解して笑いを堪えながら答える。
「いいえ、髪を上げている時はむしろストイックですよ。下ろしているとカワイイですが」
「他人と会う時は大抵上げているんだがな……」
「貴方自体が下品な訳ではないですよ」
 ジェイルは考え込むように俯いてしまう。それを見て微笑むグレンは、もう性的な関係を持ちたいとは思わないが、純粋に彼のことを好きである。
「んっ……」
 突然、口に手を当てるジェイル。吐き気を催したらしい。目を固く閉じ、必死に落ち着けようとする。
「吐いてしまって下さい」
 グレンが容器を取り出す。背中をさすられながら、ジェイルはそこに一度胃に入ったものを吐き出す。吐く物がなくなってもしばらくえずいていたが、やがてそれも収まる。ジェイルに口をゆすがせると、グレンは吐いたものの入った容器をとりあえず脇に移動させた。
「……済まない、折角作ってくれたのに」
 グレンは謝るジェイルに微笑み返し、てきぱきと口元を拭ってガラスコップに入れた水を渡す。
「いいんですよ。でも、また食べて下さいね」
「優しいな、お前は」
 その時、仕事を終わらせたらしい国王セーファスの声が響く。
「ジェイル! その男は誰だ!」
「はあ?」
 ジェイルとグレンの声が重なるが、国王は気にせずに近付いてくるとグレンを突き飛ばすようにしてジェイルを抱き寄せる。
「落ち着けセーファス。済まないな、グレン」
 言いながらセーファスの拘束を解く。
「口を拭いて飲み物を渡してまた食べろと言って微笑みあうとは……どんな関係なのだ!」
 ジェイルがげんなりした様子で答える。
「病人と看護師だ」
「………………」
「食事を僕が用意したんですけど、ジェイルさん吐いちゃって」
 国王に対するグレンの口調には、初めてジェイルと話した時ほどの敬意は明らかにこめられていない。
「折角作ってくれたのに悪かったなと」
「……………………そうか、済まぬ……」
 国王は素直に謝ったが、グレンには馬鹿にされているな、とジェイルは感じた。
 ジェイルとて国王のこういうところは直すべきだと思っている。周りに迷惑がかかるし、仕事上の判断を誤られても困る。
 だが、ここまで想われて悪い気はしない。少し体調が良くなったかもしれない、とジェイルは思う。
「もっと落ち着きを持て、考えて行動しろ。話はそれからだ」
「これからは、抱いた後は仕事を休ませる! ということで俺の嫁になれジェイル!」
 ジェイルに抱きつきながら言う国王を、そういうことじゃない!と腕一本で押し返すジェイル。
 それを見て、グレンは入り込む隙間なんて無いな、と苦笑を漏らした。

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何がしたかったのか……要するにジェイルはモテて国王はアホだということです

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