親友と恋人

「ジェイルちゃーん、久しぶり!」
 声をかけた男は、振り向きざまに殴りつけられた。
「痛っ! 何すんだよ! お前なんで俺だけ殴んの! そこの王サマよかいい男だぞ俺!」
「うるさい! よくもまあ俺の前に二度と顔を出せたものだな!」
「なんだよ照れちゃって! お前また会おうとか言ったんじゃん!」
 銀色にも見える薄紫の髪をオールバックにした、精悍な顔立ちの国王護衛隊隊長・ジェイルは、友であり、屈辱的な仕打ちを受ける羽目となった原因人物でもあるライナスと会っていた。
「ライナスとやら! 調子に乗るなら牢獄へぶち込むぞ!」
 同性であるジェイルを嫁にすると宣言したバエディル王国国王・セーファスが怒鳴る。珍しく素直に怒るジェイルを見て、そんな表情を引き出せたライナスに嫉妬したらしい。
「というかだな、本来なら処刑モノなんだぞ。分かっているのか」
 ジェイルの意向でライナスの罪は問われないことになったが、セーファスはそれが不満であったらしく、国王である俺の妻に手を出すとは……などとまだぶつぶつ言っている。
「ジェイルもジェイルだ、何故そんな奴を許す」
「まぁ、俺もさ、ちょっと調子乗ってたんだよ」
 国王の恨みがましい視線を気まずそうに交わしたジェイルを押しのけて、にへら、と笑いながらライナスが言う。
「あの夜は満月だったからさ」

 ライナスがジェイルの所属する護衛隊に入ったばかりの頃、二段ベッドの上の段で眠ることになっているライナスが下の段のジェイルに代わってくれと言ってきたことがある。
 断る理由もなかったので代わってやったジェイルだが、いつもより随分と落ち着いた、というよりも怯えたような様子のライナスに違和感を感じていた。
 宿舎全体が眠りにつく。
 淡い紫色のジェイルの髪は、薄いカーテンに透ける月光を反射して銀色に見える。
「あー……やっぱダメ。すげー気になる」
「……なんだ?」
 眠りに落ちかけていたジェイルは、用を足して戻ってきたライナスの気配と声にただならぬものを感じ目を覚ます。
「ちょっとこれさ、なんとかしてよ」
 サラサラとジェイルの髪を弄るライナス。
「何をどうしろと」
 寝かけていたのを起こされて億劫そうに返事をするジェイルに、ライナスは噛み付きたい衝動に襲われる。
「綺麗すぎんの、髪」
 言うとライナスは布団に散らばって月光を反射している銀糸を手で無造作に押さえる。
「何をしているんだお前は……」
 ライナスは自分の方に顔を向けたジェイルの満月のような瞳に吸い込まれそうになる。
「んー……あ゙……」
 ライナスの青色の瞳が紅に染まる。
「フー……」
 紅に染まった瞳の焦点は定まらない。
「どうしたライナス!」
 呼びかけたジェイルの方へ顔を向けたライナスは、普段とは比べ物にならない力でジェイルを押し倒す。
「ライナス、しっかりしろ!」
 抵抗はせず同僚の身を案じるジェイルの声に他の隊員たちが目を覚ます。
「っ……!」
 声のした方へ集まってきた隊員たちが目にしたのは、ライナスに耳を執拗に舐られて腿には膨らんだ股間を押し付けられているジェイルの姿だった。
「ライナスが!」
 隊員たちは尋常でない雰囲気のライナスをジェイルから引き剥がそうとする。
「ライナスの発作だな?」
 当時の護衛隊長、デーヴィッドが本を片手に歩いてくる。
「これについては入隊前に聞いてた。がな……思っていた以上だ。ジェイル、何もしていないな?」
「はい」
「その様子だとな……おそらく、ジェイルは雌だと認識されてる」
「はぁ?」
「ライナス、お前は女の方が好きなんだろ、野郎なんて死んでもイヤとか言ってただろ、いいのか? 死にたいか?」
 デーヴィッドの覇気に、ライナスは急激におとなしくなり、意識を失う。
「男のくせにそんなに髪を伸ばすからだ」
 黒の短髪をオールバックにしたデーヴィッドは黒い目をジェイルの方に向ける。
「……切ったら皆馬鹿にするではありませんか」
「まだ根に持ってたのか。馬鹿になんかしてないぞ、可愛いと言っただけじゃないか」
「…………」
「まあ、とりあえずシャワー浴びてくるか?」
「はい……」
 翌朝、自分のしたことを伝えられたライナスは、えーマジでー最悪ー恥ずかしーごめんーで済ませてジェイルに多大な脱力感を与えた。

「満月だから何だというのだ」
「あーあれな」
「なんでもない」
 国王に言ったらまた何かややこしいことになりそうだと思いライナスを止めるジェイル。
「……俺は仲間外れか、そうか……ライナスとやら、お前は処刑に……」
「セーファス、」
「なんだよ王サマ! お前なんか権力にものいわせて俺の親友のジェイルに人には言えないようなことさせてんだろ!」
「なっ……! ジェイルは俺の魅力にメロメロなのだ! 俺が国王でなくとも」
「何してんだよ毎晩毎晩! ジェイル疲れてんじゃねーか!」
「うるさい!」
 ジェイルの一声に、彼の親友と恋人は叱られた子供のように黙り込む。
「だ、だがなジェイル! この男が」
「ジェイル! お前友達より彼氏を取るんだな!」
「黙れ!」
 珍しく怒鳴るジェイルに、2人は恐れるよりも珍しいものを見られたというような視線を向ける。
「国王がこんなところまで降りてきて、」
「いつものことではないか」
「……口を挟むな! では百歩譲ってそうだとしよう、だが城内とはいえ人も沢山通るところで大声でこんな話題で争って、もし客が来たらどう思われる?」
「あの銀髪愛されてんなーって思うんじゃねーの?」
「なんだ男2人が男のことで争っているのが悪いのか? ではこいつを消せば」
「…………」
「あー分かった、ジェイルお前自分のこと言われて恥ずかしかったんだろー照れちゃってー」
「そうか、ジェイル、お前は少々考えが古いからな」
 こんな時だけ気が合う2人にジェイルは怒る気もしなくなってくる。
「ここが嫌だというならもっと奥でゆっくり話すぞ」
「え、いいじゃん奥ってどんなん? 豪華?」
「貴様の家などとは比べ物にならぬぐらいな」
「ほら、ジェイル、行くぞ」
 自分はどこまでもこの2人に甘いなと思いながらも、ジェイルは2人の後を追った。

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