誕生日ブーケをキミに・・・

 昼食の準備を終えたキッチンで、サンジは自分宛てに届いた一通の手紙を憎々しげに睨みつけていた。知らない人物からの手紙ではない。一応は知っている相手だ。しかし、その男から手紙などもらう言われもない。この妖しげな物体をどうするべきか。メシ時直前のこんな時間帯に・・・・思うほどに忌々しさが増してくる。
「ま、いきなり爆発ってことだけはねえだろ」
 封を見てても中味が分かる道理はない。剃刀あたりが仕込まれているかもしれないが、そんなもんでヘコたれる繊細な神経なんてない。悩んでいた時間に比べ、封を開く指はかなり乱暴だった。
 レディからのモンじゃない。大事になんて扱ってどうする。
 どこまでも女性至上主義のサンジである。
 ぺらりと開いた紙切れは、妙に洒落ていた。
 ほのかに香る麝香の匂いに、ひくりとぐる眉が跳ね上がった。
 きもいヤツ・・・。
 男相手だとやっぱりサンジはキツイ。それでも律儀に手紙は読んだ。
 読み進むうちに、サンジの目元は凶悪に染まり、手紙を持つ手がぶるぶると震えだす。

『・・・・・・・どうか、温かく祝福してやってほしい』
 締めくくりの一行に、サンジの短い忍耐がぶっつり切れた。

「なんでやねん!!!」
 突然の関西弁で咆哮したコックは、ミホークが送ってきた書簡を一気に引き裂いた。真っ二つにしただけでは飽き足らず。ご丁寧にびりびりばりばり引き千切り、ゴミ箱に突っ込む。
「ムナクソ悪ぃ!!」
 憤りも露わな一言を吐き出し、とにかく落ち着け自分とタバコを取り出す。
 ニコチンで神経を宥めないと、今すぐにミホークに勝負を挑みにいきそうだ。今なら勝てる・・・・・気がする。たぶん、勝つ。ラテン親父のカルパッチョができる。
 サンジ、すでに怒りで意識が迷走している模様である。
 そこへ、胃液に強酸でも入っているような船長がキッチンに飛び込んできた。キッチンの不穏な空気も、サンジの殺伐たる顔つきも彼はお構いなしだ。なにせ世界は船長を中心に回っている。
 ぎろりと睨む凶悪料理人もなんのその。目が合うと同時に、にっかり大口を開いてのたまった。
「サンジ〜!聞いたか、ゾロの誕生日だってな!」
 ぶふっーーーっ!!!!
 今しがた揉み消した事実を叫ぶルフィに、思わず唇に咥えていた煙草がぶっ飛ぶ。
 どうしてコイツが知っている!!
 ナイスガイを気取るわりに、めちゃくちゃカッコ悪かった状況整理にわたわたしつつ。何を根拠にとルフィに目をやれば。ゴムゴムと伸びる手に一通の手紙が握られている。

 どーしてコイツが、コレを・・・・・
 ついさっきもみ消した事実がそこにある。
 自分だけに手紙は来たのかと思ったが、さすが大剣豪。侮れない小賢しさだ。大体、面識も無いに等しい男から手紙が寄越されるなど妙だと感じてはいた。しかし、ここまで狡猾とは・・・・。
 俺を信用してねえってことか。舐めた真似してくれんじゃねえか、鷹の目。
 実際、闇に葬ろうとしていた自分は、このさい棚に上げる。
 鋭く舌打ちをして、床に落とした煙草を拾い上げたサンジは、不機嫌な視線をじろりとはしゃいでいるルフィへと突き刺した。
「で・・・・?何か用か」
 マッチを探り出して問い掛ける男に、ルフィの無垢と言えば聞こえもいい。たんにアホツラ晒して、目玉をきらきらさせて。不機嫌なコックの胸中など意に介さず期待を集中させる。
「なんか美味いモン作ってくれ」
 にしし・・・と歯をむき出して笑う無邪気そのものの笑顔と要求に、サンジの額に青筋が立った。
 一端、マッチを手中に納め右脚を軽く後に引く。
 その直後、迷いもせずに強烈な蹴りをルフィに放った。
「いっつもオレ様の料理は、クソ美味いんだよっ!!口に気をつけろ!!」
 突っ込みどころはそこじゃないだろう、サンジ。
 繰り出された蹴りは、まともにルフィを捉えキッチンの壁に激突させる。これが常人なら間違いなく肋骨が砕けている。もっともルフィには常識は通用しない。
 ゴムマリのように壁から床へと軽快に転がり、またサンジの足元に戻ってくる。
「いいじゃん。何か作ってくれよ」
 悪びれない笑顔を全開にして再度の要求をする。全然、人の話を聞いていない。
 もう一度蹴り上げてやろうと片脚を上げかけた時、またもやキッチンの扉が開いた。
 何事かと振り向く先には、目玉を真ん丸くさせているウソップの姿がある。

 サンジに入室した途端に睨まれてしまい、ウソップは瞬間回れ右でもしてやろうかと思った。実際そうしかけたのだが、背後から威嚇でもするような低音に呼び止められてしまった。
「用があったんだろ。さっさと言え」
 尋問でも始まりそうな雰囲気に、咄嗟に死んだ振りでもしようかと真剣に悩んだ。額に冷や汗が浮ぶ。さりげに腕を上げて拭おうとした動作したとき、目敏いサンジに唸り声を発せられた。
 反射的に背筋が固まった。
「オマエまさか・・・・」

 身の危険!なんだか分からないが、とんでもない危険が迫っている!
 百万人の部下のために命を大切にしなければいけない。逃げろ、キャプテン!

 本能の仰せのまま、逃げようとするウソップの後頭部が蹴られた。
「コレはなんだ」
 長い鼻を床に激突させたウソップの手から、ひらひらと一枚の紙切れが宙に飛ぶ。紙片を器用に指先で捕らえ、幾分か縮んだ鼻先にずいと突きつける。すでに、サンジは紙面が何であるのかを分かっている。
「そ、それは、アレだ。ミホークからの・・・」
 言っちゃならないと思ったが。言うしかない。
 ちょっとばかり焦って言えば、やっぱりサンジの顔つきはクロコダイルより凶悪・物騒・鬼畜なってる。
「アイツ・・・・一体何人に・・・・」
「てめぇ人の話は最後まで聞けよッ!」
 自己中心なのは船長だけじゃあない。このコックも非常識にマイペース・強引にマイウェイだ。
 火の付いていない煙草のフィルターを噛み潰して納得している。
 ウソップの話なんて右から左へ流れている。

 だからコイツはアホだってぇの。
 やれやれ。溜息をこっそり吐きながら、ウソップはがっくり肩を落とした。

 とりあえず少しばかり曲がってしまった鼻の形を整えなおす。
「で、どうすんだ。なにかするってんなら、手伝ってやるぜ?」
 元々がいい奴(この船には奇特な存在だ!)のウソップは、サンジのストレスを把握していた。
 床に御座したウソップは、紫煙を細く吐き出すコックを見上げた。ペールブルーの瞳が冷たくウソップを捕らえ流される仕草に、むっとしながら、狙撃手はルフィに目線を移動する。
 乱暴なサンジによって、ルフィの手足は小器用にちょうちょ結びになっていた。
 なんで・・リボン結びなんだ。
 一瞬、ゾロへのプレゼントにされているのか。恐ろしいことまで脳裏を巡る。
「お、おめーは・・・なにやってんだ?」
 苦労人の問いかけに、ルフィは『さあ?』と小首だけ傾げていた。リボン結びにされているのは、どうでもいいらしい。ゴムだから痺れも痛みもないんだろう。
 ひとりでは解けない手足の救出でも頼まれるのか。手を貸そうと立ち上がりかけたウソップに、ルフィは見当はずれな台詞だけ寄越した。

「ウソップのところにも手紙が来たのか。やっぱりゾロの誕生日しようぜ、サンジ」
「だから、どうしてオレが筋肉馬鹿のために特別料理を作らないといけないんだ。もう夕食の下拵えも半分は終っているんだぞ。だいたいゾロのバースデーだあ?アイツ木の股から生まれたんじゃなかったのか。頭だって緑じゃねえか。植物は水と太陽があれば充分ご馳走だ」
「水と太陽もいいけどよぉ。やっぱ肉だ。肉がねえとデカクなれねえんだぞ、サンジ。だから肉ッ!」
  食材を無駄にするつもりは毛頭ないと言い切るサンジに、ルフィがリボンのままで絡みつく。
 煩いと怒鳴るコックと美味いモノと『リボン』で喚く船長。
 アホだ。あほすぎる。二人が奏でる不協和音に、ウソップは頭痛がしそうだった。
「いいじゃねえか、してぇんだ。ヤローぜ、やろーぜサンジぃ〜」
「うるっせぇ!!!スルなら浮き輪にでも突っ込んでおけ!!」
 もはやサンジ、怒りで自分が下衆な台詞を言っているとも分かってない。
 ルフィもぜんぜん、サンジの話を聞いてない。どっちもどっちだ。

 交差しない会話ばかりが延々と続いている。この状態では進む話も進まない。
 世話の妬ける連中だと愚痴を零しながらも、何故か自慢の鼻がひくひくと得意気に高くなった。
 
 ここはひとつキャプテンウソップが真の指導者たる意見を述べて、低次元な争いを繰り広げている彼らをまとめてやらなければならない。我侭であり話を聞かない連中であるが、そんな彼らを導いてやるのも指導者たるものの役目であるのだ。
 メシメシと騒ぐルフィはすでに当初の目的から完全に逸脱しているし、対するサンジは自分の気晴らしだけに蹴り脚を出しているありさまである。ここを穏便に解決するのは非常に困難である。だが負けてはいけない。なぜなら彼は誇り高い海の勇者・キャプテンウソップであるからだ!!

「おいおい、お前等。ちょっと落ち着こうぜ。ここは一つ同じ船に乗る仲間としてだな、誕生日を祝ってやるのも悪くないんじゃないのか?」
 明後日の方角に胸を張る。

 壁に向かっているウソップを斜交いに眺めて、ナミはサンジに振り向いた。
「サンジくん」
「はいっ、ナミさんvvv」
 企みを胸にした魔女は、コックのみに通じる可憐な仕草で長身の男を見上げた。
 彼女はウソップが己の思索に耽っている間にキッチンにやってきて、ぶつぶつ独り言を言う彼の前を通り過ぎていた。随分と前からココにいるが、ウソップはモチロン気付いていなかった。
 対するナミも、ウソップが何処に流れていようが。
 あまりにしつこいルフィをコンパクトに畳もうとサンジがしていようが。
 自分には関係ないことなので、我関せずの姿勢を見事に貫きとおしている。それどころか、サンジがいそいそと引いてくれた椅子にちゃっかり腰を降ろして、ロイヤルミルクティーを要求する。
 この船で、繊細な神経なんて持ってはいけない。ついでに常識もあってはいけない。
 GM号の暗黙の掟だ。
「あのね、サンジくん」
「なんでしょう?」
 お茶の用意を始めるサンジの背に向けて、ナミが一言声を掛けるだけで、恋多き男を演じるコックはハートを飛ばして振り向く。
 その様子に満足を覚えて、ナミは笑顔を大安売りする。
 金銭が掛からない笑顔が有効活用できるのであれば、多いに有効活用する。
 外見だけは『女の子』であるナミだが、桜色の口元に浮ばせる微笑には侮れない逞しさが漂っていた。
 サンジはナミの強かな微笑みが大好きである。
 強く美しい女性は、サンジの永遠の賛美の的だ。
 ウソップは、延々と演説をしている。
 良く聴いてみれば非常に筋の通った素晴らしい説だが、誰も聞いてない。
 ウソップの声をBGMにサンジは、ナミの為だけにお茶を淹れてやる。
 昼食前の紅茶に合うように、新鮮なバターで焼き上げたハードビスケットを銀の皿に盛り付けて差し出すサービスも忘れない。
 たっぷりとミルクを入れた濃い紅茶とほのかに甘いビスケットを楽しみながら、ナミは傍らでハンサムな面立ちに微笑みを絶やさない男に言葉を続けた。
「ゾロの誕生日だって私のところにも手紙が届いたわ。何かしてあげるんでしょう?」
「なんだってぇ!?ナミさん、ナミさんのところにも手紙が来ただって?俺ですら差し上げたことがないってのに!!!」
 ナミの一言に、サンジが壊れた。

「なんて、図々しいヤツなんだ!!俺だって、ナミさんにあ〜んなことや、こ〜んなことを手紙で語り合いたいのに!!!!!!」
 どうやらサンジも、ウソップと共にあちら側へとトリップした模様である。サンジとウソップの不協和和音にルフィの『めしーーーっ!』の絶叫。
 狭いキッチンは、騒音の坩堝と化した。
 その中にあって、ナミひとりだけが優雅にお茶を楽しむ。コレが日常だ。もう慣れている。それより、こうでないと落ち着かないナミもナミだ。
 だが、今回は落ち着いている場合じゃない。ナミはナミの思惑がある。
 とにかくサンジをコッチに引き戻さないと、進む話も進まない。
 メシメシと喚くルフィの口に、ビスケットが色気なく山盛りになっているボウルを突っ込み。サンジを現実に戻すためだけに、細い肩を大袈裟に落として溜息をついた。
 全ての女性に優しいと豪語するコックが、ナミの溜息に反応しないはずがない。
 エロゴリラ!!
 見えない海の先にいるミホークを罵っていたサンジは、速攻でナミを心配そうに覗き込んできた。ペールブルーの瞳は、どこまで本気か遊びか境界がつき難いほど優しい顔付きだ。
「どうしたの、何か不都合でも?」

 天然もここまで筋金入りでは立派である。
「美しいナミさんに溜息を付かせるような心配があるのですか。でしたらこのサンジに是非、麗しい貴女の瞳を曇らせる出来事を教えてください」
 そりゃ原因はオマエらだろう。
 とは、賢明なナミは言わない。にっこりしてサンジの手を握り締めるだけだ。
「だって、サンジくん。誕生日がいやなんでしょう?私、ミホークさんから手紙を受け取った時、今日はサンジくんのパーティー料理が食べられるって期待していたのに・・・。ごめんなさい。我侭なの。忘れて頂戴」
 露ほども思っていない。ただし夕食が豪勢になるだろうと期待したのだけは事実である。
 嘘と事実はこのように相手によって調合具合を変化させて、自分の思い通りに全てを運ぶのが賢い女のやりかたである。
 普通、こんな手に引っ掛かる男はいない。だからゾロに揶揄され、嫌味も言われる。
 それでもサンジという男は規格から大きく外れている。
 レディのおねだりは可愛い。
 我侭だと知ってはいても、可愛らしい子猫がじゃれているような。ほんわりとした気分になる。
 そんな幸せにしてくれるレディを、どうして無碍にできるだろうか。
 世の中の全てのレディたちを幸せにするのが、自分の幸せ。
 豪語する男は、言葉だけでなく実践もしてくれる。
 ましてや、ゴーイングメリー号で唯一の女性であるナミの要求は、全ての重要事項を優先している。先刻までの態度をころりと変えたサンジは、愛しいナミさんのためなら喜んでさせて頂きますと約束し、ナミはどうもありがとうと、極上の笑みを返した。

 単純だからサンジのことがナミは大好きだ。これほど利用し甲斐のある男もいない。

   場合によってはとても甘いムードが広げられそうな会話の遣り取りでありながら、この二人の間に漂う空気には色気もなにも全く無い。恋の駆け引きめいたものはない。ただの言葉遊びだ。
 やっと演説が終わったウソップは、感心して二人を眺めていた。
 どっちもが本気じゃない。男でも女でもない。ヘンなヤツらだ。
 ルフィからこすっからくビスケットを掠め取るという、ある意味非常に勇気ある行動をしつつ。
 ウソップは二人をただ見物していた。
 絶対になにか起こる。コレで終わるはずがない。
 期待に胸を膨らませるウソップの勘は正しい。ナミはめろめろになっているサンジに、綺麗な営業用スマイルを炸裂させた。同時に、止めの一刺しをぐっさり突き入れる。

「じゃあ、誕生日イベントのプレゼントもあったほうがいいわね。サンジくん、お願いね」

   自分が落とした爆弾の威力は熟知している。いくら刺激的な日々とはいえ、そんなもん、慣れてしまえば刺激じゃなくなる。いつでも楽しめなけりゃ面白くない。
 無責任にも席を立ったナミが肩越しに確認したところ。
 コックは衝撃で真っ白になって立ち尽くしていた。知ったことじゃない。
 軽やかに階段を降りて、ナミは甲板で寝こける剣士を視野に捕らえて、ふふんと鼻先で笑った。
 そのころ、恋のハンターであるサンジも驚異的な立ち直りをみせていた。
 ゾロの誕生日パーティーをするのが不本意なら、プレゼントなんぞ考えるのもおぞましい。だが、麗しいナミに頼まれてしまった事柄を投げ捨てることなどできない。自分の感情を横にしてでも、ナミの願いは叶えなければならない。
 フィルターまで吸い切った煙草をシンクに投げ捨て、コックはまだ残る二人の男たちの襟首を引っ掴んだ。
「とっとと、大量に魚を釣って来ねえか、てめら!!!!」
 偉丈高に言い放つサンジの目は、なんだかイッてて怖かった。


 その様子をチョッパーは粒さに観察する。
「俺は、何もしらないぞ」
 心なしか冷や汗をたらしたトナカイは、送られてきたミホークの手紙をもぐもぐ口へ押し込んだ。

 
 賢いトナカイと違い、真っ向から動いた二人の若者は後悔真っ只中にあった。
「サンジぃ〜・・・もういいんじゃねえのか?」
「やかましいっ!!てめえの喰い扶持くらい自分で稼げ!」
 バケツに山盛りの魚をキッチンへ運んだルフィの言葉に、出刃包丁片手にしている戦うコックさんは冷たかった。
 パーティーはしてやるが、ゾロのために保存してある肉を使うのは許しがたい。
 キッチンの地縛霊サンジの命令で、ルフィは膨大な量の魚を昼食前からずっと釣っている。
 釣りをするのは好きだが、いい加減に飽きてきた。
 入れ食い状態でぽんぽん釣った魚は、すでに100匹を軽く越えているはずだ。
 だが大食漢が揃う船では、コレだけの魚があっても余ることは先ず無いに等しい。
 特にルフィはまだ成長期特有の万年欠食児童だ。食事が済んだ30分後には、腹いっぱいに詰め込んだ料理を跡形もなく消化して、新たに食べなおす悪癖がある。今後の為にもできる限りの食料を保持しておきたいと思うのは、台所を預かる者としては当然の考えである。
 とっとと、次行ってこい!!
 情け容赦なくキッチンから蹴り出され、とても船長に対するとは思えない扱いを受けながら、存外に素直なルフィは漁獲に戻っていく。
 その後姿を見送りながら、ウソップは気の毒にと己の状況も忘れて思ってやる。
 だが、後にも目が付いている料理人は、魚を鮮やかに捌く手元も止めず、ぼんやりするウソップの背中を膝で蹴ってくる。
「サボるんじゃねえ!目を離すなってんだろうが!!」
 恨めしく見上げた先には、綺麗に骨だけになっている尾頭付き魚が整然とバットに並べられていた。しくしくと涙目になりながらも、器用貧乏な自分の不運を思わずにはいられない。
 無頓着なコックは横柄に顎先だけで『働け』と脅しを掛ける。
 ここはひとつ、俺が大人になって・・・・・。
 午後になってから呪文のように唱えている台詞を頭の中で反芻しながら、ウソップは零れそうな溜息を押し隠してバットの魚を鉄板へ移していく。その背中はサンジの靴跡がくっきり刻まれていた。

 そうして、辺りがとっぷり暮れた。キッチンにはこのところ類を見ない豪勢な料理が、キチガイ沙汰に取り揃えてある。
「なんだ・・・こりゃ・・・」
 当事者なのに、眠っていて事態の把握もできていないゾロは素直に尋ねた。
 テーブルに並ぶ料理は、ありとあらゆる島々の料理が揃えてあって、圧巻だ。圧巻すぎて逆に怪しい。
 しかも、ゾロの目の前にあるのは、ウエディングケーキかってくらいのデカイケーキだ。
 優に五段はある。天辺には、なんだか分からないが木のオブジェまで乗っている。

 ナニがどうなっているのかと尋ねてみても、疲労困憊のウソップからは意味不明の『大人になってやるしかない・・』のフレーズだけを繰り返され、チョッパーは丸々一日を自主的に見張り台にいたので知らないと、必死になって断言される。
 その向こう側では、飢えて獣のようになったルフィが、ナミの縄によって捕獲されている。
 そして・・・・・

「オラオラオラ!!さっさと吹き消せ!!」

 苛々として叫ぶコックに至っては、毛を逆立てて威嚇する猫状態だ。
 人間ではない。目を合わせるのは止しておこう。アホがうつる。
 異様な空気が張り詰める中にあって、ナミだけはにこやかにしている。
「誕生日なんですってね、おめでとう。早く蝋燭の火、消して頂戴ね」
 ケーキに蝋燭。
 ハデに飾り立てられたケーキの上には、『ロロノアくん、誕生日おめでとう』のプレート。 
 この状況を見ていれば、言われなくても何かは分かる。
 ただゾロにしても身体が強張って動けないだけだ。
 誰でもいいから、どうしてこうなったのかを説明して欲しいと願うのは、普通じゃないのか?
「だから、コレは・・・・・・」
「ゾロ?さっさとしてよね?」
 眉間に皺を寄せて尋ねるゾロに、ナミの笑顔が突き刺さる。
 めちゃ恐ろしい。般若の形相で笑ってる。
 寝起きで、まったく状況が分かっていないゾロだったが。たらりと冷や汗が伝い落ちる。
 ここは逆らったら、一生分の借金を負わされそうだ。たぶん、いやきっとそうなる。
 借金より、ろうそくを吹き消すほうがいい。
 心の中で黒手ぬぐいを頭に巻いて。
 ゾロは本体を吹き飛ばす勢いでもって、肺活量の全てを使ってろうそくの火を消した。

「よし、食うぞ!!!」
 同時に、ルフィが料理にかぶりつく。
「早く食え!なくなるぞ!!」
 ウソップの叫びが上がり、チョッパーも慌てて手元の料理の確保に走る。
 その合間にもルフィは料理を吸い込むように消していく。阿鼻叫喚の地獄絵さながらである。
「だから・・・・どーなってんだ、一体・・・・っ!!!」
 ワケの分からない状況に、短気なゾロの額にも拳にも、血管がめっきめき育った。
「だから、てめぇの誕生日なんだろ、ゾロ」
「あぁ?」
 嫌みったらしい声に軽く目線を流せば、サンジがにっこりとしていた。不気味だ。
「おら、プレゼントだ。受け取れ」
 不気味笑いのまんま、ぬっと妙な物体を差し出した。

 魚の目玉がコッチを見てる。
「????」
 疑問でいっぱいになったゾロは、マジマジとそいつを見つめてしまった。
 こんがりローストされている尾頭付きの魚の骨が、ハーブと色とりどりのリボンで飾られている。見ようによっては可愛いのかもしれないホラーなブーケだ。
「なんだよ、コレ・・・・」
「ナミさんから頼まれたプレゼントだ」
 苛立ちが嘘のように消えているサンジは、どうやらゾロとケーキの映像に拒否反応を起こしていたらしい。どこか晴れ晴れしている目つきには、底意地悪さばかりが漂っている。
「カルシウム不足の筋肉馬鹿に、尾頭付きとは勿体無いプレゼントだろ」
 ぱりぱりと焼けている骨には塩が振り掛けられ、美味いかもしれない。
 だが、片手にしても重量のありそうなブーケの魚の頭の集団は呪われそうな禍々しさがある。
「カルシウム不足はてめえじゃねぇのか」
 嫌味なほどの笑顔でいるコックに、剣士の三白眼が突き刺さった。
 帯刀の柄に軽く片手を添えて、いつでも抜刀できる心構えを怠らない剣士の一言に、サンジの形相が見る見る吊りあがっていった。
「あぁ?! この俺様特製ブーケにケチつけられる立場か、この万年カビ頭!!」
「上等だ! 表に出ろ!!」
 立ち上がって怒鳴りあう二人の様子を目敏く視界に入れたウソップは、慌てて止めに入ろうとする。別に喧嘩をしてくれるのは良いのだが、この二人がやりあうと船のあちこちが損傷する。それを修理する体力は、今のウソップにはないのであった。
「おい、止めろ・・・」
「望む所だ!!」
「誕生日が命日とは運のない男だな」
「そっくり返してやる!」
 大人気ない最年長コンビに邪魔だと、どつき倒されたウソップの背に件の骨ブーケが落とされる。 程なくして外で始まる破壊音がキッチンの喧騒と相乗効果を上げ、ウソップは一人涙で頬を濡らしている。そんなウソップに可愛らしさを感じるナミは、満足そうな笑みを湛えて平和とは程遠い騒ぎを心地良いBGMにして、心づくしの魚料理に舌鼓を打つのであった。
 そうして月明かりが揺らめく大海原の遥か彼方では、世界一の名を冠する目つきの鋭い男が、いつの日にか己に挑戦してくるであろう若者の生誕を祝い、一人祝杯を夜空に向かって掲げていた。
 その夜空の下では、果たしてゾロが無事に今夜を過ごせるのかも定かでない激闘が、サンジと繰り広げられ、静かな海を航行する船上には、近所迷惑なまでの騒音が夜中まで途絶えることがなかったのである。
                                                           



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