触れ合う熱





   アラバスタでイッた肋骨が軋む痛みを残している。
 海を渡る夜の風は昼のソレと違って冷たく、傷めた身体には少々こたえた。内臓にもダメージは当然ある。
 アラバスタの医者たちにはバレないで終わったのに、優秀な船医は一発でサンジの不調を見抜いてしまい、二週間の安静を言い渡された。それは他へも飛び火して、全員の診察結果として、ゾロも運動の禁止を約束させられていた。
 その飛び火が渡った先の光景が思い出され、真っ暗な海面を見つめながら、サンジは笑いに口角を引き上げた。
 どんなにゾロが反論しようが、チョッパーは頑として聞き入れず。揚句には麻酔を取り出し、問答無用に剣士の腕に注射針を突き立てた。その光景に、絶対にチョッパーに逆らってはいけない一点があることをサンジは目の前で学んだ。
 被害にあったゾロは、唖然と凶悪な一面を晒したトナカイと、笑い転げるサンジを睨みつけていたが、直後には頭から床へと倒れていった。よほどに強烈な麻酔だったのか。ゾロはまだキッチンで眠り続けている。おかげで、食事の席に着くときには、丸太のように転がされている男をまたいで通らないといけなかった。

「・・・・・・・・ィテッ・・・・テ・・・」
 タバコを深くまで吸い込んだ弾みで胸が痛かった。
 雪山で負った傷だってまだ痛みが引いている。ドラムでの傷が癒える前に、激闘に突入した。
 アラバスタでの傷がどれかなんて定められなかったが、気休め程度に掌を当てる。

   このところの無理が祟っていた。動いていれば気付かないで済んだ微熱や疼痛が、やけにはっきり意識にくる。じっとして体調の悪さを思い知らされるよりは、料理に忙しく動いているほうがよほど気が紛れる。
 至った考えは、キッチンで眠る男へとベクトルを転じた。
 ゾロもそうなのだろうか。
 あれほどの傷でありながら、鍛錬ばかり繰り返したのは同じだったからなのか。チョッパーがどれほどに止めようと、アラバスタでは少しでも医師の監視の目が逸れた隙に、自分勝手に包帯を外しては激怒を買っていた。
 切り刻まれた身体では、ゾロもさぞかし痛みと熱を感じただろう。
 それでも、露とも痛いとは言わなかった。苦しいと表情にも出さなかった。逆に、自在に『斬る』力をつけた男は、己の負傷に誇らしさまで感じていた。
 互いに傷の癒えぬ身体を押して抱き合った慌しい情交の最中で、ゾロは傷を辿るサンジの手の動きに対して、剣士の誇りだと傲慢に言い切った。ゾロのあまりな言い分に呆れた。直後には、穿った身体を気遣いながらもゾロに動き出され、快楽に喘ぐ以外のことは許されもしなかった。
 漏れる嬌声を押さえ込む唇に縋りつき、高い体温にただ溺れた。

 あの日は、ゾロの誕生日だった。
 ゾロは覚えていないだろうが、砂漠を越えながら、激戦に突入しながらも。サンジは意識の端でやってくるその日を指折りしていた為に、はっきりと覚えている。別段、それが口実で抱き合ったわけではなかった。
 互いに生きているのだと。言葉や視覚以外の形で実感したかった。
 ルフィが目覚めないことへの不安を拭い去りたかった。
 たぶん、そんなことも口実だ。だいたいゾロとセックスするようになった経緯すら、曖昧な自分たちだ。抱き合うに理由なんてものは後から強制的にこじつけたものでしかない。
 覚えているのは、何度かの戦いの後に、納まらない興奮が劣情となっていた同士が手を伸ばした。それだけのことだ。
 ただ、抱き合うようになって分かったことがある。
 ゾロが確実に身に付ける強さが、確かな手ごたえとなって感じ取れるようになった。
 僅かな筋肉の隆起であったり、突き上げる情欲の激しさであったりと。
 時に応じて形態は様々ではあるが、戦いの場所では目の前の敵を蹴散らすに集中する意識の全部が、一時であろうがゾロに全て注ぎ込まれる結果なのだろう。
 少しの動きでも拾い上げる敏感になった身体と意識は、快楽だけでなく。ゾロが頂点へ駆け上がるために備えた力をも捕らえることができた。
 アラバスタで、ゾロが誰とどのような戦いを繰り広げたのか。サンジは詳しく知らない。傷の具合から、相手も相当な剣の使い手であったとだけ判断はできたが、悪魔の実の能力者であり、全身が刃物になる男だとは、知りえるはずが無い。
 サンジにしても、しつこくゾロに尋ねる趣味も持ち合わせず。結果からしか予測できる材料はなかった。それでも、ゾロがまた力を着けたとだけは瞬時に分かった。

 思えば気が重くなる。
 ゾロには力が必要だ。目の前で見たミホークとゾロとの違いは、剣に精通していないサンジであっても、格の違いを感じずにはいられなかった。あの男の剣を折るのは並大抵のことではない。
 ゾロが狂気のように鍛錬に励むのも。
 人間離れした怪力を発揮するようになったのも。
 日ごとに筋肉を溜め込んでいくのも。

 全部がミホークに通じている。分かっている。

 ゾロはどこまで強くなるのか。
 ルフィの強さとは別格の強靭さは、どこまで極められていくのだろう。

 考えれば考えるほど、サンジはゾロとの間に生まれる溝を意識させられる。
 ゾロが死なないためにも、負けないためにも。強さはどこまでも必要だと分かっている。
 では、自分はいつまでゾロの力についていけるのか。
 戦闘要員である前に、サンジはコックだ。
 料理の腕は上げても、蹴り技がゾロのような目覚しい上達を見せるわけではない。もはやゾロには能力的に抜かされているのだと、イヤというほど思い知らされている。
 例え、ドラムの負傷に加え、砂漠を乗り切るに食料を切り詰めて、体力が落ちていたにしてもだ。自分が対戦した相手を仕留め切れなかったのは確かだった。
 結果的には、ボン・クレーがいてくれたことはGM号に有利に終わったが、ゾロであればどうだったか。思わずに居られない。
 最近のゾロとの争いに於いても、サンジははっきりと剣士との力量の差を感じている。
 あの男と肩を並べていたいと思っている。決して引けはとりたくない。ルフィに次いで人間離れしている男と同等でいたい。
 料理だけでは満足できず、欲張っている自覚はあるが、セックスではゾロに組み敷かれ、戦いでもゾロに劣っている自身は、もうゾロとは同等とはいえないのではないか。
 誕生日を待たずして、ゾロは新たな力を身に着けた。
 来年の一年までに、いったいどこまでゾロは強くなっていくのか。ソレまでの間に、サンジはゾロと対等を張れるのか。正直、自信が無い。

「情けねえなあ・・・・・・・・・」
 タバコを海へ投げ込み、船べりに両腕を投げ出して顔を埋める。
 そのうちにゾロに背中を預けられるのではなく、守られる立場になりそうだ。どんなに不要だと言い張ろうが、戦闘になり、サンジが敵に手間取っていれば。
 ゾロは加勢に来るだろう。梃子摺る敵も、難なく薙ぎ払い。何をしているのかと、あの色の薄い瞳で冷たく問いかけるだろう。
 リアルに浮かぶ映像に、どっぷり落ち込む。
 イッた骨でも、痛めた内臓でもなく。
 心臓がきゅっと引き絞られたような痛みを覚える。
 そうなったら、ゾロにしてやれるのは飯を食わせることと。溜まった性欲処理の相手だけだ。
 アイツの女になっちまうのか。
 屈辱的であるより、そんなことしか残されていない未来が悲しい。
 額を縁に乗せて、じっと靴先ばかり凝視して。どんどん落ちて行く気持ちが止められない。
 キッチンのドアが開き、重たい靴音がガツガツ響いても、顔が上げられなかった。

 ガツガツ甲板を歩いてきた男は、サンジの後ろでぴたりと停止した。重厚な存在感は、じわりと熱の温度を伝え、晒している背中が僅かばかり温かくなったように感じる。真っ直ぐな視線は耳の辺りに注がれ、隠した表情を窺おうとしているようだ。
 それでも無視を決め込んでいると、今度は無言のままで足元近くに座り込んできた。分厚い肩が膝に触れ、布越しの体温が染み透ってくる。
「おい」
 ぼそ、と低い声が呼んできた。
 聞こえない振りをする。自分がどんな顔でいるか。今はゾロと顔を合わせたくない。
「サンジ」
 だが、ゾロはしつこかった。
 ときどき、どうしてと怒鳴りつけたいほどゾロは執拗にサンジに絡むことがある。応えなければ、次には強引に顔を向けさせようとする。決して気長ではないゾロの行動は、単純すぎて先読みしやすい。だからと言って侮れない男でもある。なにしろ、ゾロの行動を回避しようとするには、サンジが結果的には折れて出なければいけないからだ。
 それも癪に障る。不愉快には思うが、今は意地を張る気力もなかった。
「なんだ。腹が減ったんなら、テーブルにお前の分があったろ」
「そうじゃねえ」
「酒は無理だぞ。チョッパーが切れる」
「酒でもねえよ。お前、ちょっと黙ってろ」
 自分から仕掛けておきながら、この言い草だ。
 やはりゾロは気に食わない。
 むっとして口を閉ざし、足元にいる男を蹴ってやろうとしたサンジは、そろりと延びた掌に動きの全てを停止した。体重を掛けていた片脚に、ゾロの腕が絡みついていた。腰骨に傾けた緑頭がこつりと当たる。
「おい・・・・・」
「うるせえ。黙れ」
「なら離れろ」
 身体を引き起こし、足元にいる男を見遣る。先ほどの殊勝な落ち込みは微塵も残っていない。
 刀を抱くのと同じ体勢で、ゾロはサンジの片脚に絡み付いている。見下ろした男は、瞼を閉じて、やけに落ち着いた顔でいるのが余計に腹立たしい。
 なにより、今はこの温もりを感じることが辛い。どれほどゾロに依存しているのか。意識に無理矢理に食い込む認識が、サンジを追い詰めている。
「ゾロ!」
 てめぇ何してやがる!
 眠っているナミとロビンに気遣っての怒鳴りは、ひそひそとして威力の欠片もない。
 ゾロが何を考えているのか分からない。セックスの始まりでもなく、喧嘩の合図でもない。ただサンジに凭れ掛かり、体温を染ませる男の真意が測り知れない。
 幾分か乱暴に足をゆすっても、ゾロがそれくらいで離れるはずもなく。サンジは毒づいて片手を懐いている頭へ伸ばそうとした。
「サンジ」
 その手が、ゾロに取られる。腕を引かれ、脚を払われ。
 バランスを崩された体が、容易く剣士の上に落とされた。
 せめて衝撃に苦しめと願っても、予測済みの重みはあっさり受け止められる。

 落ちた身体が長い腕に包み込まれる。
 抗う隙も与えられず、息が詰まる抱擁に抵抗も忘れた。
 首筋に押し当てられた固い額は熱い。
 冷えきっていた肌の緊張が、図らずも緩んで解れる。
 要らぬ力が抜けてしまえば、ゾロが不必要なまでに身体を強張らせているのが分かった。頑是無い子供のようにして押し付ける額も、回された腕も。まるで縋っている人みたいだ。
「ゾロ・・・・どうしたんだ?」
 違和感に逃げることも忘れ、反射的に問うていた。疑問は黙殺されたが、腕の輪は狭まる。
 口にしなくても、これじゃあ言っているようなもんだ。
 どこにも行かないで欲しいと。全身で言っているのと同じだ。
 さっきまで、ゾロに届くのか悩み。この男といつまで並んでいられるかに苦しんだのはサンジであるというのに。いまや、サンジがゾロを宥めなければいけない立場に入れ替わっている。
 存外に柔らかなゾロの緑の髪に指を差込み、両腕に抱えて抱き締める。
「どうした。怖い夢でも見たかよ」
 からかいを込め、小さな子供相手と同じ口調でもって。よしよしと頭を撫でてやる。
 馬鹿にした語調であったのに、ゾロはサンジにされるがままだ。しおらしいゾロが大丈夫か。失礼にも、サンジはゾロの頭具合まで心配した。
「まったく、図体ばっかりでかくなりやがって。夢で泣くんじゃねえよ」
「泣いてねえ」
「なら、こりゃなんだ?オマエ、一応はひとつオッサンになったんだぞ。いつまでもガキの扱いがされるなんざ思ってるんじゃねえだろうな」
 憎まれ口をたたきながらも、サンジの手はゾロの頭を撫でている。
 その仕草はとてつもなく優しい。滑らかに動く指は、丁寧に髪の一本一本まで梳いている。
 じっとサンジを抱き締めて、ゾロはその指の動きを追いかけていた。意識の全部がこちらに向けられていると、手に取るように分かる。
「お前は・・・・居てくれるか」
「ん?どうしたって?」
 ぽつんと囁きがあった。
 聞き漏らしたのかと。サンジの手が止まる。
 顔を寄せてゾロの呟きを拾おうとするサンジに、ゾロの顔が真っ向から向けられた。
「お前は、俺が人じゃあなくなっても。それでも居てくれるか」
「人間でなくなる予定でもあるのか?オマエな。いきなり結果だけで話をするんじゃねえ」
「鉄が・・・切れるようになった」
 ゾロの囁きが胸元に落ちる。懐に落ち着く頭に、サンジの金髪がさらりと零れた。
「いろんなモンの呼吸が、感じ取れるようになった。だが、それだけじゃあミホークにはまだ届きゃしねえ。俺は、これからまだまだ強くならなきゃなんねえ」
 ゾロの声はひっそりとしていた。溜まっている不安を吐き出すにしては、あまりに静かだ。
「俺はそのうち、人じゃなくなりそうだ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「強くなるのはイヤじゃねえ。ただ・・・」
 だんだんと消えて行く声の先がサンジには分かるように思った。
 だから『居てくれるか』なのだろうと悟った。
 これから先のゾロは、確実に強くなる。それは賭けてもいい。ミホークをも凌ぐ技量をこの男は備えて行く。引き換えに、ゾロは失うものも多くなるだろう。
 ゾロが求める強さは、尋常ではない。鍛錬に鍛錬を積み上げ、伸ばした技量は能力者でも太刀打ちできなくなっていくだろう。いつか、ゾロはミホークに追いつき、追い越して行く。
 そのとき。ゾロはどれほどの力を付けているのか。
 今現在にしても、陸に上がれば何も知らない人々はゾロの姿に怯えをみせる。海軍の連中にしても、ゾロの名前だけで態度を変える。
 この船で、ゾロは誰とでも等身大で接しているが、それがいつまで続くか。考えれば疑問だ。
 人を凌駕する能力は、いつしか人に恐れられる。
 あのミホークがいい例だ。ガレオン船を一刀両断した男に、果たして気の置けない友人などが存在するのか。彼はそれでも大丈夫なのだろう。あれがミホークの道だ。
 だが、ゾロは違う。
 さほど長いとはいえない時間であるが、サンジはゾロが外見に見合わぬ男であると知っている。
 ゾロには仲間が必要だ。
 彼が強くなっていく根底には、強烈な仲間意識が流れている。
 海賊狩りのゾロの話はバラティエに居た頃から耳にしていた。だが、直接本人を前にしていれば、ひとりで放浪していた頃より、今のほうが格段と剣の腕前を上げていると実感できる。
 人は自分のためには動けなくとも、他人のためになら必要以上の能力を発揮することがあるが。
 ゾロはその典型であると思える。
 見かけよりも、ずっと人が恋しい男にしてみれば、能力が上がるほどに不安も強くなるらしい。
 人からかけ離れてしまっても、仲間としていてくれるか。そんな不安が体調の悪い弱気に重なったのかもしれない。今だけの脆さであるかもしれない。もしくは、隠されている本音かもしれない。

 どれがゾロの弱気を導いたのかは分からないが。
「てめぇ、馬鹿じゃねえの」
 溜息のように漏れたサンジの声は、かすかな笑いを孕んでいた。
「俺たちゃ全員が、てめぇが勝つほうに賭けてんだぜ?自分の勝ちは自分の目で見たいんだよ、俺はさ。余計なこと考えてねえで、きっちり勝てるよう努力しろ」
 乱暴に言ってやり、抱えた頭もめちゃくちゃに乱しておいてやる。
「第一、てめぇは放っておいたら酒しか飲まねえからな。俺が徹底的に食事管理までしてやる」
「絶対か」
「おう、約束してやろうか」
 ゾロが拘る単語を持ち出し、やっと上がった剣士の目にサンジはにんまり笑ってやった。
 まさかゾロが不安を感じるなんぞ。思ったこともなかった。
 この男が必要だと言外に言うなど、考えもしなかった。
 笑ってやれば片手に頬を包み込まれた。引き寄せる力に逆らわず、ゾロの唇に口付ける。
「逃げるんじゃねえぞ」
「てめぇこそ、勝手に俺らが居なくなるとか決めてんじゃねえ」
 いったんは離れたキスは、体勢を変えて抱き合って、深く深くまで相手の口腔を舐め取る。
 眼を閉じてしまえば見えなくなるゾロの表情は、抱き締めた温度で直接意識に触れていた。
 何度でも、不安にはなるだろう。
 ゾロと並んでいられるかの疑問や引け目は、常に意識の内側に巣食うだろう。
 それでも、これから先には二度とゾロが言わないだろうこの夜の言葉を、サンジは覚えている。そして、ゾロもまた、一年がめぐる毎に覚えてくれていればいいと。それだけを流れる意識の端でひたすらに願った。

                                                           



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