強制的トライアングル事情





 本日も快晴の空の下をGM号は穏やかな波を掻き分け進んでいた。
空ではカモメが鳴き、海面を跳ねる飛び魚が飛沫を陽光に輝かせている。前方に暗雲もなく、360度の海原には敵船の陰もない。
 神の祝福を受けているような素晴らしい恩恵を、乗組員はそれぞれ満喫していた。

 ナミは何をするでもなく、後甲板にデッキチェアに凭れて白い軌跡を描く海面を眺めている。
 その近くでは、ウソップが禿げ掛けている手すりにペンキを塗っている。シンナーの匂いが風に拡散されて流れていき、それすらも和やかな一コマを演出しているかのようであった。
 機嫌の良さそうなウソップの小さな鼻歌に、ナミの美しい顔に柔らかさが加わり、航海士は目線をウソップへと向けなおした。熱心にペンキを塗っている若者は、滅多に見られないナミの微笑みにも気付かず、手元だけに神経を集中している。
  下のキッチンからは昼食に供されるトマトソースの香りが上まで漂い、蜜柑の青い匂いとウソップのペンキの匂いと混ざり合い、益々に穏やかさを描きだしている。トマトソースの香りに引寄せられたナミの視線は、ウソップから下甲板へと移動していき、そこで寝転ぶゾロの姿を捉えた。
 ゾロは・・・ゾロにとっては、今日という良い日も時化の日と変らぬ様子だった。
 こんなに良い一日であるのに勿体無いと思いながらも、ゾロらしいとナミは得心する。

 日頃は寝てばかりの存在でありながら、いざとなったらこれ以上頼りになる男はいない。口は悪いのに、口調は存外に優しく相手に響き、頭の回転も速い。妙な色の髪をしているが、それすらも彼の容貌を損なわせるには至らない。逞しい身体を軽々と扱い、敵を薙ぎ倒す姿は胸がすくような鮮やかさであった。
 ゾロは確かに充分に魅力的な人物である。滲み出る生真面目な性格は、どっしりとした安定感があり、そばに居るだけで安堵できた。一見すれば朴訥な常識の塊のような男であるが、付き合ってみれば僅かな時間で彼の非常識さが身に染みる。それでもこの男の存在感は、ルフィに次いで圧倒的なものがあるのをナミは知っていた。
 そんな男が関係を結んだ相手は、性格の歪み具合も並大抵ではない厄介なサンジである。
 サンジもまた変った男である。
  当初は女しか目に入っていない様子で、男など生き物として認識していればマシだと思わせる節もあったのだが、現在はゾロとの関係も隠そうともしない態度でいる。
 下手をすればナミよりも白い肌をしているサンジは、時々に於いて息を呑むほどの艶気を放つ瞬間があった。皆の問いかけに半身だけを振り向かせた時に傾けた首筋のラインや、そっと微笑む口元の優しさは本人が意識していないだけに、いやに扇情的に映る時がある。
 ゾロがサンジを選んだ訳を、ナミは敢えて詮索しようとは思わないが、サンジの艶はゾロと関係がある前からだったことを思えば、存外に純粋培養な部分がある剣豪がコックの毒気に当てられたと考えるのが妥当だろう。
 一筋縄ではいかないサンジを手に入れるには、それなりの苦労もあったようだが、今ではゾロとサンジの仲は仲間内では公認となって、生温い優しさと好奇心。僅かばかりの友情という名のもとのお節介に囲まれて、日々育まれていっている。
 もっとも、サンジのゾロへの愛情表現は辺りを憚るものではなく、人前だろうが平気でキスを強請ったりする。対するゾロも、ここぞとばかりに非常識さを発揮してサンジを引寄せ、軽い口付けを与えているのだから、周囲に悟るなと求める方が無理である。
 ナミとウソップは色恋のマナーとして、彼らがキスをしてたり、キッチンで互いに凭れかかっていたりすれば放置するくらいの常識は持ち合わせていた。自分たちに被害さえ来なければ、日頃は無愛想なゾロの顔に愛情が明確に現われていようが、捻くれ者のサンジが逞しい肩に甘えていようが好きにしていればいい。感受性の強いウソップは、彼らのラブシーンに赤面してしまうが、ナミなどは見目だけはいい男のカップル写真をどこかに売れないかと考える。
 しかし、GM号にはもう一人、ルフィという非常識な人物が生息していた。この船の乗員は全員がルフィが集めたのだが、各々においてルフィの解釈は少しばかり違う。
 それぞれの才能はさて置き、ナミは女とは思えないタフな精神が気に入った。ウソップは面白く、サンジにはまさしく餌付けされた。だが、ゾロだけはルフィには格別であった。
 少女の為に飲まず喰わずで一ヶ月を凌ごうとする無謀な男に、その眼光の鋭さに惚れ込んだ。
 凶悪な面構えのくせに、笑うと随分と可愛らしいのも気に入った。なによりも抱き締め甲斐がありそうな分厚いガタイは、ルフィの闘争本能に火を点け、押し倒したいと思った。
 敵と対峙するルフィの脳裏に『引く』という文字が皆無のように、ゾロに対して抱くのは色恋よりも、自分と同等もしくは凌駕するかもしれない強さを全身で感じたい本能であった。これが敵対する相手なら、手加減もせずに拳を繰り出せただろう。だが、ゾロは最初にルフィ海賊団に入った仲間である。さすがに全力でぶつかるわけにはいかない。どっちかが完全に倒れ臥すまで自分たちは戦ってしまうのをルフィもゾロも分かっていた。
 ゾロはサンジ相手であれば喧嘩もするし、殴り合いもするが、それは彼ら流の遊びの範疇だ。しかしルフィは『遊び』ではなく『本気』でゾロと一戦交えてみたい闘争本能がある。それを無意識に捻じ伏せた結果、ルフィの行動は傍迷惑な騒ぎとなってゾロに降りかかってきた。
 眠るゾロを見遣っていたナミは、マストの天辺に船長の麦藁帽子を目敏く見つけ、小さな溜息をついた。遠くを常に見るナミの視力は、かなり良かった。高いマストの上だろうが、海上で小さなボートすら見落とさぬナミからすれば、ルフィの顔に浮ぶ表情を見抜くくらい容易い物事である。

  心に耳栓、網膜にサングラスを準備して、ナミは一度だけ眠るゾロに落とした視線を遠くへと投げたのだった。
 ナミから見捨てられたとは知らぬゾロは、暖かな陽射しと漂ってくる料理の香りに包まれて、極楽気分を味わっていた。眠りの中であっても、ゾロの瞳はサンジの動きを追いかけ、耳は周囲の物音を拾っていた。
 しばしの心地良さに浸っていたゾロであったが、不意に嫌な予感が背筋を掠め、覚醒してあたりを窺がうよりも早く、脇にあった刀を三本とも片手に掴み取った。
「ゾロ〜〜〜!!」
 空気を切って船長の明るい声が頭上から降って来る。構わず素早く身体を反転させ、起き上がり抜刀できる構えを取った目の前に、案の定、甲板をぶち抜く勢いでルフィの身体が弾丸のように突っ込んでくる。
 船首が重みと衝撃でぐらりと揺れ、大砲でもぶち込まれたような轟音が船内に響き渡った。
「なんなんだ!てめぇはっ!!!」
「なんだよ、避けるなよぉ」
 チェッと子供のように舌打ちしたルフィが残念そうにする。
 びよんと伸びる手は、勢いで抜いた甲板にめり込んでいた。雨が降る前に修理しなければいけないな。とウソップはペンキ塗りの手を休めず嘆息する。
「避けるだろっ、ふつー!!っつーか、その前にてめぇ俺めがけて突っ込んできただろ!」
 無駄に広い額に青筋を立てて、ゾロが切れる。静かな船上は一気に姦しくなる。
「だってよぉ〜、暇なんだもん。ゾロ抱かせてくれよぉ」
 暇だから空か降って来るのか。暇だから『抱かせろ』か?
 そりゃ会話にもなっていない。ルフィの思考回路は相変らずに迷路を爆走しているようである。
暇でどうして男にカマを掘られなければいけないのだ?
 ゾロにしても男をステディにするほどであるから、男と寝ることにおいては異論はない。
  問題はゾロは後を使われてのセックスは好きではないことだ。
 その点、サンジは入れようが入れられようが構わない柔軟な快楽主義者だったため、ゾロとの関係ではネコになろうが一切構わないところが、ゾロの好みと合致していた。ルフィも抱かせてくれるのであれば、ゾロは寝ても良いとさえ思っている。サンジとは周囲も認める仲だが、細かいことをサンジは口出ししようとはしない。
「俺はケツを掘られるのは嫌だって言ってんだ!ヤルならお前がネコになれ」
「えぇ〜?俺だって入れたいじゃねえか。それに入れられると痛いって言うし」
 痛いのは戦いの時だけで充分だと、胸を張ってルフィは宣言する。天晴れな男粋だ。
「てめぇはゴムじゃねえか。痛いはずねえだろ」
「ん?そうか?けど、やっぱり俺は嫌だ。だから抱かせてくれ」
「人の話を聞け!俺は抱くのはイイが、抱かれるのはごめんなんだ!そんなに掘りたかったらウソップに相手をしてもらえ!」
「ウソップはナミのだからダメだ」
 後甲板で硬直したウソップは、ルフィのきっぱりした台詞に胸を撫で下ろした。ナミは当然とした顔付きで、蜜柑を剥いている。
 ゾロはゾロで、ルフィの言葉に脊椎反射で納得した。ナミがウソップに惚れているのは、自分たちの仲が公認されるより以前から乗組員が知っている。いくらルフィが強くても、平素のナミに勝てるはずは無い。しかし、ナミがウソップを囲っていなければどうなっていのたか。もしかしたらそっちの方が平和的だったかもしれないなどと、鬼畜な考えを抱くゾロであった。
「サンジはダメだぞ。アイツは俺のだ」
 じりじりと間合いを詰めるルフィを油断無く睨みつけながら、ついでに釘を刺すのも忘れない。
 自分が他人を抱くのは良いが、サンジが誰かに抱かれるのは我慢がならないらしい。どこまでも自己中心的な男であった。だが、自己中心なのはゾロだけではない。
「知っている。だからゾロしかいねぇんじゃん。な、いいだろ。させてくれよぉ」
 世界を自分中心で強引に回している船長は、にっかり笑って恐ろしい台詞を吐く。口調だけ聞いていれば駄々ッ子がお菓子を強請っているようだが、内容は下劣だ。美しい一日が音を立てて崩壊していく。
 にしし・・・といつもの明るい笑顔でいながら、真っ黒な双眸には油断ならぬ色がある。ルフィの困った所は、白昼であろうが人がいようがお構いなしに振舞うところだ。
 甲板を見回してみても、ナミとウソップが止めに入るつもりもないのは明らかである。誰もホモ絡みの低俗な諍いに入りたいとは思わない。当然だ。ゾロだって入りたくない。
「断る。俺はいやだ」
「だめだ!俺が決めたんだ!」
 うっそりと低音で凄むゾロに、ルフィはきっぱりと断言する。
 毎度、毎度。ルフィはこの手で仲間を引っ張ってきている。しかしその手が通じるのは、勧誘のみだ。貞操の危機に押し切られてなるものかと、ゾロは背後を見せぬように、その場から後退する。
「おまえ、どこの世界に“分かりました、ヤらせてあげましょう”って答えるヤツがいるんだ?ちっとは考えてモノを言え」
「ちゃんと考えている。俺はゾロとヤりたいンだ」
「ウソをつけ!!!」
「まあ、細かいことは気にするな。俺は上手いぞ」
 どーん!と胸を張って笑うルフィの白い歯が、目に痛い。ついでに頭も痛くなってくる。
「な?だからヤろう!」
「ヤらん!」
「なんだよ、けちぃ〜」
「そーゆー問題じゃない!」
「うるせぇ!俺が決めたんだ!ヤルって言ったらヤル!!!」
 相変らず物凄い理論である。部外者であれば、思わず納得してしまうかもしれない。だがゾロは不幸にも当事者であった。
「来るんじゃねえ!!!」
 高らかに宣言したルフィの身体が勢いをつけてゾロ目掛けて飛んでくる。ついでにゴムゴム伸びる両腕が剣士の胴体に巻き付いてくるより先に、ゾロは半ば叫びを上げて狭い甲板を駆け出した。
 これが通常の喧嘩なら迎え撃ちもできるのだが、今のルフィでは接近戦を仕掛けるのも恐ろしい。何しろ、以前に突っ込んでくるルフィを和道一文字で止めたと同時に船長の首が伸び、ゾロの唇に吸い付こうとしたことがあるのだ。ルフィは両足を蔦のように幾重にもゾロの胴体に巻き付け、引っぺがすのは、カームベルトに生息する海王類と戦うより困難であった。
 ぐるぐる巻きの足を外すのにサンジにウソップまで借り出さなければならないほど、ルフィは馬鹿力を発揮する。その間中、身体のあちこちにルフィにキスマークをつけられた屈辱を、ゾロは決して忘れない。
「ゾッロォ〜♪」
 妙な発音でびよょんと伸びるルフィが、背後に迫ってくる。
「うわぁあぁぁぁ!!」
 それを気配で察したゾロは、見栄も何も無く悲鳴を上げて猛然と甲板を蹴って加速する。
 ルフィの指が腹巻に掛かり、片手が後頭部を捕らえる。もうダメかと真っ青になったその瞬間、

「おら、ルフィ!!」
「食い物!!」
 キッチンのドアが音高く開かれ、中から出てきたサンジが掛け声もろとも空中に骨付き肉を放り投げる。流れ出す料理の匂いと狐色に焼けた肉の塊に、ルフィが反応しないわけがない。ゾロに伸ばしていた手が引っ込められ、宙を舞う魅惑の肉を全身で追いかけ口だけでキャッチする。
 犬か・・・・。
 サンジを除く三人が同時に思った。ちょっぴりだけ、自分はこの先この船長に着いて行って、世間から人間としてみてもらえるかどうかまで検討した。
「美味めぇ〜」
 しかし疑問を持たれているルフィは集る視線も関係なく、かぶりついた肉の美味さにどっぷり嵌っている。それを確認したサンジは、苦笑を口元に滲ませて、煙草の煙を吐息と共に吐き出した。  階段を軽い足取りで降りていき、甲板にあと一段の場所で立ち止まって上から剣士を見下ろす。
「よぉ・・・・」
 煙草を海へと投げ捨てにやりとして、いまだに表情が強張っているゾロへと両腕を伸べてくる。
 走ったことよりルフィに迫られた疲労感に押し潰されているゾロは、サンジのその行動に漸く詰まらせていた息を吐き出し、青いストライプシャツに包まれている体を抱き締めた。
 トマトソースとスパイスの移り香を纏うサンジの腕が、上からゾロの頭と肩に緩く回される。
「悪りぃな、遅くなっちまってさ」
 柔らかい囁きが頭上から降り落ち、煙草でかさつく唇が額に触れた。
「いや、助かった」
 段上のサンジを見上げ、にっと笑って返してやると、必死の形相でいたくせにと憎まれ口が返ってきた。それでもゾロの短い頭髪を弄る指は優しく、見下ろしている青い瞳は穏やかであった。
 陽光を受けて透ける金糸が繊細にサンジの白い面を取り囲み、普段は見えない隠された左眼がゾロだけに露わになっている。少しばかり悪戯っぽい顔付きと相まって、双眸を晒しているサンジの顔付きは、年齢よりもずっと幼く見えた。実際のところ、サンジが片目を隠しているのも自分の顔が、言動より幼く相手に映ると知ってのことだ。
「ま、メインディッシュが少なくなったが、緊急事態だ。仕方ないよな」
 先刻に放り投げた肉をがつがつ喰うルフィに視線をひとつくれて、サンジは小首を傾げるようにして笑う。  少年のような無垢な顔をするサンジに愛しさを覚え、ゾロは固い掌でコックの柔らかな頬をなぞり、首後を引寄せた。
「いつもの事だ」
「そうだな」
 軽く唇を触れ合わせ、サンジは再度ゾロの頭を胸元に抱きこんだ。
 まったく、嫌な予感を覚えて肉を最初にローストしておいて正解だった。ゾロが他人を抱くのは許容範囲内だが、ゾロが誰かにブツを突っ込まれて喘ぐ姿など許せない。腐った思考回路を保持するサンジの考えはかなり歪んでいた。
 暫くはゾロの温もりを享受していたが、意識の端にはテーブルで湯気を立てている料理が気に掛かり、名残惜しげに顔を上げて愛しいダーリンにもう一度口付ける。
「珍しく起きてんだ。一緒にメシ喰おうぜ」
 間近から告げるサンジの頬に了解の意を込めたキスを返したゾロに、サンジはにっこりとした。
 そして、おもむろに顔を上げると、大ぶりの肉を粗方食い尽くしたルフィへと声を張り上げた。
「ルフィ!ゾロに手出しすンじゃねえ!今度やったらメシ抜きにするぞ!」
「分かった、もうしねえ」
 もごもごと片頬を膨らませた船長も、明るい笑いで答えて寄越す。気持ち良い返答のルフィに、よっしゃと偉そうに頷いたサンジは、ゾロと手を繋いでキッチンへと消えていく。
 その様子を物陰から気配だけで伺っていたナミは、毎週、毎週、厭きもせず繰り返される光景に、そろそろ疲れを覚えてくる。だが、その心中では、ルフィを交えたゾロとサンジのトライアングルを楽しんでいる悪魔のような満足が広がっていた。



 空は澄み渡り、海はあくまでも穏やか。
 柔らかに波を掻き分けて進むのは、妖怪が跋扈する伏魔殿である。
                                                                                                    END




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