GM号は今日も穏やかにグランドラインを航海中だ。
ルフィは釣り糸を垂れ、ナミは日誌を読み返したり、ファッション雑誌を捲ったり。 ゾロは昼寝に勤しみ、チョッパーは倉庫に篭っている、 一見、いかにもいつもの光景だが、しかしそこには一種の緊迫感が溢れていた。ルフィ以外の全員が、何気ない日常を装っているが、マストの天辺から見下ろす俺には、何もかもお見通しだ。 カミサマってヤツが、全能だと思われるのは、きっとこんなところからだろうと思う。 真上からモノを見てりゃあ、大抵の動向なんぞわかるってもんだ。 今、俺たちの船はとてつもない緊張を強いられている真っ最中だ。 暢気に釣り糸を垂れて鼻歌を唄えるルフィは、何も考えてないんだろうが、違うのかも知んねえな。何しろ、ルッフィーだ。アイツの頭の中は侮れねえ。妙なところで、問題の核心をずばりと突いてくるヤツだ。油断はならねえ。 とりあえず、必死で平素のビートに乗っかって、目の前の問題から目を逸らしたいのは俺だけじゃねえって分かっただけでも落ち着きはする。 だが、それはリトルガーデンで恐竜に踏みつけられそうになったのを紙一重で躱したところで、目の前に人食いトラが口を開いていた程度の気休めだ。 もうすぐ、昼になる。 キッチンから漂ってくる料理の匂いは、いつもと変わらないサンジのものだ。これが昨日までなら、俺たちはアノ扉が開かれるのを心待ちにできた。 そう、一週間前に海鳥から海王類まで気絶させた金切り声を発した人物が、変身したのは全部夢だった落ちならイイと思う。実際、俺の繊細な脳みそはそっち方向に逃走しかけたが、完全にアッチの世界に踏む込むより先に、キッチンの扉は高らかに開いてしまった。 「ナミさぁ〜んvお食事の用意が整いましたvvついでに、野郎共、メシの時間だっ!」 今日も女と男の態度をぱっくり使い分けるサンジが叫ぶ。 ワンセンテンスでそこまで区切れるのは、才能だぞサンジ。 だがな、その声にその姿!どうにかなんねえのかよ! 「おおっ、メシかあ〜!」 能天気に明るく元気に叫ぶルフィが、いっそ羨ましいぜ。 船長の癖に、てめぇは異常事態に悩まねえでイイよな。 どうやったら、そうも気楽でいられるんだ。教えて欲しいもんだぜ。 頭痛に悩まされる視線の先には、俺と同じく固まっているチョッパーとゾロとナミの姿がある。 そうだよな、てめぇらだって夢だと思いたいよな。その気持ち、よぉく分かるぜ。 固唾を飲む俺たちの視線が集まる先には、サンジがいる。 横柄にタバコを持つ手がいつもより白い。さらさらの金髪も心意気なのか、いかにも柔らかそうだ。全体的に細くなった体つき。ハスキーなアルトの声。 夢は一週間経っても醒めないらしい。 「どうした、早く来い」 固まる俺たちを尻目にお前は、どうして平気なんだ!!! 今のサンジは、思わずゾロですら涙目になっちまうほど完璧な女の姿だ。 剣豪を泣かすんだぞ!ナミを絶句させるんだぞ!! コレ以上、望めないってほどの最終兵器だよ、ははははっ・・・・。 どーして、こうなるんだぁぁぁぁっ!!! 事の起こりは、どっかの夏島でゾロが拾った果物だ。悪魔の実の研究もしているチョッパーは、その果物が悪魔の実の亜種だと気付いて船に持ち帰った。ルフィに見つかって、食べられでもしたら、ヤツの胃に高速移動するのは目に見えている。 悪魔の実の能力がぶつかりあって副作用が出るかもしれないことを、小さな医者が危惧したのは誰にも責められない。どこに隠せばいいかをナミに聞き、ナミはサンジの管轄下なら安全だと判断した。 料理に関しては研究熱心なサンジが、新しいレシピを閃いた横から冷蔵庫の片隅を借りるとチョッパーが断ったのに生返事をしたのも、仕方ないんだろう。 トラブルってのが、どうやって起こるのか俺は悟ったね。 悪意の欠片もない面倒が連なれば、自然と脚を突っ込む穴ぼこは出来あがるって寸法だ。 今回、サンジは厄介な果物の存在を、爪の先ほども知らなかった。誰かが教えたと、全員が思いこんでいた。ついでに食材管理がしっかりしている料理人を過信しちまったのも悪かった。 そんなサンジが、どんな経路で悪魔の実の親戚を食っちまったのか。そんなこと俺が知るか。 知っているが、味見に食ったら不味かったから一人で処理した。 なんてアホらしいドジの話しをどうしてかたらなきゃ、なんねえんだ。 夢の中で、怪音波攻撃を受けた俺たちがルフィを含めた全員、半日も気絶しちまったのは、特典でもなんでもねえ。ただの迷惑だ。 そりゃ、誰でも目が覚めたら男から女に、もしくはその逆になっていたら驚くだろう。 減らず口がトレードマークで、皮肉ばかりの男であろうが、反応は世間並で良かったくらいが俺の唯一の慰めだ。金切り声で絶叫しやがったヤツの所為で、甲板には空から落っこちた海鳥が累々と積み重なっていたし、海には魚がぷかぷか浮いていた。 気の毒に、ヤツの叫び声はオールブルー全域に響き渡ったに違い無い。いったい、どんだけの生き物がアイツの犠牲になったことやら・・・・。考えるだけで涙が出るぜ。 環境汚染をしまくったサンジは、俺らがうっかり気絶している間に見事に立ち直ってくれた。 今のヤツは、塚ジェンヌも真っ青な男装の麗人だ。 倒錯世界よ、こんにちは、だ。 スーツに納まったヤツの背丈は変わらないが、まずは全体的に一回りは細くなりやがった。 男ならガリガリに見えただろうが、女なので華奢な範囲にかろうじて引っ掛かっている。 胴回りがナミより細いってのは、犯罪だろう。下手すりゃ、脆いような身体にすら見える。 ま、口も足癖も悪いし、料理の腕は衰えてないし。問題無いようだが、大有りだ。 ティーンエイジ真っ只中の俺たちには、サンジの姿は目の毒だ。 このアホゥ、自分が女になってどんな体つきになって、どんな仕草をしているのか日常生活では自覚ナッシング。 まずタバコ一つを口元に運ぶにしても、奇妙なフェロモンが出ている。 悪魔の実の効果か? 脚運びは益々、猫のようになりやがった。 料理を作る背中にまで色気があるってのは、どうよ。 男物のスーツを着用している所為で、余計な色気がムンムン放出垂れ流しだ。それでよく、迷いもせずにナミに色目を使えるな。感心することしきりだぜ。 シャツを胸が持ち上げて、歩くたんびに柔らかい乳房が揺れるのがもろバレだ。腰も大きすぎず小さすぎずの申し分無い大きさで、引き締まっている。俯いて料理を作るうなじの艶に、垂れてくる鼻血を首の後ろをコンコンやって止めなきゃなんねぇ。 ゾロですら、それは同じだったらしい。 考えたら、サンジとゾロが一番、色事には精通していそうだもんな。女を知らないのは恥だと思っていたが、こうなったら大人の世界を知らないでいた幸運を感じずにはいられない。 サンジが何時ものように給仕をすれば、厭でもあの胸が俺たちの肩に当たる。 わざとやっているのかと思ったが、そうじゃないのが始末に終えない。 妙にや〜らけぇんもんなんだって、初めて知った。ちっとでも力が加えられたら、ぐにゃりと壊れてしまいそうで。俺やルフィなんかは、ヤツの胸とぶつかった時なんざ、驚いて大丈夫かなんて聞いたりしちまったほどだ。 ま、大笑いした挙句に、てめぇらチェリーちゃんか。なんて言ったやつに同情の余地はねえ。 でもって、ゾロだ。 ナミは女だから、サンジがああでも対応としては、顔がいつもより引きつる程度だが、ゾロはそうもいかねえ。コックと本気の殴り合いをするのは、双方にとって良い運動にもなっていた。 奥さん、悪いことは言わねえ。大型犬を飼育するときには、充分な運動が必要ですぜ。 少しでも運動不足が続いたら、ガルガルと始終しちまって、物騒なことこの上ねえ。 その辺りの事情を、よ〜ぉく考えて、飼っても遅くはねえ。 ちっとでもサンジの手が当たれば、額に青筋がびきびき立ち、破裂しそうな勢いだし。 目は血走っているし。胸なんざぶつかった日には、何故か逆上して鬼徹を抜きやがる始末だ。 「俺の側に近寄るんじゃねえっ、エロコック!その胸をどうにかして来い!そんなデッカイ腫れモンをこさえてこられて目障りなんだよ、鬱陶しい!!」 ああ、またゾロが切れた。 どうやら、船の揺れに足元を取られて、ゾロの背後にいたサンジが、もろに固い背中に真正面から激突しちまったらしい。サンジらしからぬ失態だったが、女になって、股間にブツが無くなるってのは細かいところでのバランス感覚は狂うもんなんだろう。 仕方ねえじゃねえか、ゾロ。 てめぇも、ちっとは大人になっていっつも世話になっている女に向ける気遣いってモンを、ここで習得しちゃどうだ。 「ああ?何か言ったか、クソ剣豪殿?」 ここで、サンジが傷ついたりしたら違う話になっているんだろう。 だが、ヤツはさも面白そうにして、わざと胸を前に突き出して、にやりと笑う。女になってからこっち、コイツのこんな笑いも質が変わった。そう思うのは俺だけじゃない。 悪魔でも食ったような真っ赤な唇が、生っちろい肌に恐ろしく映えて妖艶なんて単語が浮かぶ。睫も微妙に長くなりやがった所為で、くっきりとした大きな二重の目が印象的だった。 ホント、黙っていれば綺麗なんだけどよ。 口の悪さと性格の歪み具合は、世界中を捜しても、てめぇだけしか考えられねえよ、サンジ。 「俺の・側に・近寄るな!」 「ふぅ〜ん、なんでかなあ?俺は別にいつもの通り、働いているだけだぜ」 タバコを吐き出す口元も憎たらしい。ゾロにぶつかったのは偶然だろうが、身を乗り出して顔を近づけるのは、苛め以外のナニモノでもない。 「サンジくん、止めておきなさい」 「俺は何もしていませんよ、ナミさんvvv」 くるりと振り向いたサンジの晴れ晴れとした笑顔。 頼むから、女の顔で無邪気に笑うな。 日常生活でフェロモン大放出している自覚はないサンジだが、ゾロに対しては過敏に反応しやがった。いかにも『女は苦手です』って態度でいれば、性格が捻じ曲がった目敏いコックが餌食にしないわけがない。 ゾロもまた反応がモロバレなだけに、慣れないセクハラ攻撃には手も足も出ない。さすがに殴るのだけはヤバイと自制しているらしいが、結果その気遣いが裏目に出た。 女のあしらい方なんて知らない男は、女のために生まれてきたと自称する男のいいオモチャになっている。 見かねたナミがサンジを相手にしているその間に、ゾロはさくさくと目の前のモンをかっ込んで、この場からの脱出に成功した。ナミに助けられるとあっちゃ、ゾロよ、てめぇも末期状態だな。 隠れようもないほど大きい背中を、心持丸めてドアを開くゾロに、サンジは笑顔のまま投げキスをかましやがった。 「ゾロ〜っ、暇潰しに俺を抱かせてやろうか〜?」 音を立てて振り向いたゾロの哀れなこと。いっそ清々しい憐れっぷりだぜ。 「な・・・な・・・・・」 言葉を続けようにも、金魚みたいに口をぱくぱくさせた挙句、ゾロは後ろ向きにぐらりと傾いでいった。白目・・・剥いていたぞ、サンジ。どうすんだよ。 「ゾロォォォォッ!!!!しっかりしろぉッ!うぉおおっ、気絶している〜!!」 階段を転げ落ちていったゾロの元へ、飛んでいったチョッパーの落ち着き無い叫び声が響き渡る。あっちもこっちも。てめぇは駆けずり回っていつも忙しそうだな。 「もう、ゾロが使い物にならなくなったどうするのよ、サンジくん!」 「大丈夫だぞ、ナミ。ゾロの頭はそんなに弱くねえ」 ルフィ、てめぇが言うと、ゾロがアホみたいに聞こえるぞ。 でもって、サンジ。おまえは、どうしてそうなのかね。 高らかに笑い声を上げて、汚れた鍋と皿を洗い出しているヤツの横顔は、自分で言った言葉に自分でショックを受けて真っ青になっている。 気分が悪くなるんなら、ゾロにその手の爆弾を投げるんじゃねえ。 お前も相当の阿呆だな。 それでもゾロにセクハラ攻撃が出来るのは、女でいるのが、ソレほど長くないって知っている安心からだろうが・・・・。 チョッパー、てめぇ、サンジに言うべきじゃなかったな。 2週間ほどで男に戻れるなんてよ。 サンジが男に戻るまでの2週間。 ヤツは女としての身体を使っては、毎日毎時間、女を抱いた経験の在るゾロを煽りまくり、最後には白目を剥いて泡噴いて、倒れるマリモヘッドで遊んでいた。 そんでもって、ゾロが気絶した直後には、自分の発言の気持ち悪さに蒼褪める。馬鹿だ。 そして、2週間後。 ようやっと正常になった船のキッチンで、ゾロはサンジに言っていた。 「暇つぶしに、抱かせてくれるんだったよな」 その直後に、響いたサンジの焦りまくった言い訳と悲鳴は、断末魔の男の叫びにも匹敵した。 サンジをへこませるに成功したのが、嬉しかったらしいゾロも、よろよろ危ない足取りで、後甲板で夜まで頭を抱えて蹲っていた。 今度は、サンジに自分が言った台詞に、こいつが、気分を悪くしたらしい。 揃いも揃って、この船には馬鹿しかいねえのか。 密かに溜息をつきながら、俺はと言えば、素知らぬ振りして遠くの海を眺めていた。 誰が、こんなヤツ等の遊びに付き合っていられるか。 そう思う俺はちっとも間違っちゃいねえ。 END |
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