清々しい朝の空気に上る朝日が、いつもと違って見える。
そんなものは、気分的な錯覚だと分っているが、新年を迎えた意識はゾロに心地よい緊張感を覚えさせていた。 舳先に立ち、じっと朝日を見詰めるゾロの横顔は、男らしく引き締まった表情をしていた。 年末から年始にかけて、そして昨日丸々一日は、ニューイヤー・パーティーと称して船の中は凄まじいお祭り騒ぎであった。パーティー料理はルフィがいるというのに途切れることなく、テーブルにいつ見ても酒と料理があった。その状態を保つために、サンジは凄まじい勢いで料理を作り続けていた。 おかげでゾロはサンジに新年の挨拶もしていない。まあ、年が移り変わる瞬間のキスはちゃんとした。誰が見ていようが、どんな場所だろうが。こればかりは譲れない。サンジも分かっていて、カウントダウンの時にはゾロの傍らにいてくれた。 だが、それだけだ。ひとりで数人分の仕事をこなすコックは、触れる程度のキスだけ残してさっさと持ち場のキッチンへと戻っていった。 料理も酒も存分にあって、船を上げての馬鹿騒ぎは楽しかったが、ちょっとばかりゾロは不満だ。 本当ならサンジを抱き締めて眠りたかった。 ついでにあんなことやらこんなことをして、サンジの肌を堪能したかった。 不埒な願望は留まるところを知らなかったが、新年早々にサンジとベッドでゆっくり抱き合うなんて、とても望めない状況だった。 それも昨日限りだ。島影が遠くに確認できる位置にある。今夜は陸で過ごす予定になっていた。今日の昼食が終わったら、ゾロはサンジを独占できる。 実行できなかったが、まだ正月の範疇だ。 溜まった鬱憤を晴らすべく、暴走を開始した脳みそは映倫に引っかかる映像で埋まっている。 だらしなく緩む口元を引き締めるために、顎に力を入れて誤魔化すゾロの顔は、惚れ惚れするほどいい顔をしていた。 「古式ゆかしい姫始めで決まりだな」 ふっふっふ・・・・ 笑いが漏れ、ついでに妄想も垂れ流しになった。 年頭の辞がコレだ。今年もヘンタイホモ街道驀進だ。 濃くなる島の姿を前にして、ゾロは高笑いしそうな己をこれでも抑えていた。 だから背後にたった人物に、まったく警戒を抱いていなかった。 「姫始めってなんだ?」 足元からの質問に振り返れば、麦わらを被った船長がゾロを見上げていた。 「なんだ、それ。新しい技の名前か」 「ああ?んなワケあるか!」 否定したが、“俺がサンジに突っ込んで抱き上げて、あいつがオレの首に捕まってぶら下がっていれば、オレは両手が使える。サンジは片脚だけ絡みつかせれば蹴ることができるから充分だな”なんて、実用にむけて真剣に検討したりした。 「技の名前じゃねえ」 本人、使ってもいいかと思ったなんてちらりとも覗かせない。 股間だけは正直に疼いているのは、若さゆえの過ちだ。 「ふーん」 相槌を打ったルフィだが、彼は彼で違う目的があったので適当にしか応じてない。 いまの船長の頭には先ほど仕入れたばかりの知恵があった。 実はつい先ほど、ロビンが『お年玉よ』と小さな袋をくれたのだ。そういった習慣を持たないルフィには、ソレが何なのか全然分らない。受け取ったはいいが、中にはコインが一枚きりしかなくて、食い物じゃないことに少しばかり気落ちした。 古銭としての価値は充分にあるものだったが、そんなものが通じるにはナミくらいなものだ。しかも、船に乗って間もないロビンはルフィがゾロを狙っていることをうっかり失念していた。余計なこととも知らず、『年長者が年少者にあげるものよ』なんて、端的に説明したのも悪かった。 どこをどうやって捻じ曲がっていったのか。 ルフィの都合のいい解釈は、『年上に何でもらえる日』と変換されて終わっていた。 ちなみに我らが愛する船長の愛情表現は、ときどき妙な方角へ噴出する。 仲間たちのことを船長はとても大事にしているが、中でもゾロは別格だ。 最初に仲間になってくれたゾロのことをルフィはことのほか気に入ってる。ぜひとも全力で戦いたい男の一人には、きっちりゾロの名前がある。反面、面倒見がいい男を兄のようにも慕っている。 価値観が、好き嫌いですっきり分けられるルフィは、ゾロのことが大好きだ。アラバスタを出てから、ますます人間離れしていく強さとか、知らないうちに上がっていく剣の腕前とかなんて、傍で見ているのではなく全力で受け止めてみたい欲求がある。 もっとも、そんなことが起こるとすれば互いに命を掛けての勝負を覚悟しないといけない。命があっても五体満足ではいられないのは確実だ。そんな決闘を果たして仲間たちが許してくれるだろうか。 夢を適えた将来には、取っておきの娯楽として容認してくれるだろう。後々の楽しみはたしかに大事だ。待つ楽しみってモンもこの世にはある。 しかし、ルフィは楽しいことは直ぐにしたい。待っていて逃したら面白くない。でもできない。 そんなこんなの感情とジレンマが微妙にマーブル模様を描いた結果、ルフィはゾロの強さを違う形で実感できる方法として、ベッドでの戦いを挑むことにした。男相手のセックスは、女を抱くときには覚えない征服欲を強く感じさせる行為だ。 あのゾロを組み敷いて喘がせる光景を思い描くだけで、ルフィはとてつもない満足を得られる。ならば実行すればもっと充足が深くなるだろう。いや、きっとなる。サンジがゾロの下で身悶える様子を覗き見ただけでもかなりキタ。 ゾロが自分の動きひとつで反応するなんて、これ以上に楽しいことはない。だからヤル。 船長の考えることは奇抜である。 納得はしてやりたいが、どれもが甘受はしてやれない要求だ。 求愛の先がゾロでよかった。ナミ、ウソップ、チョッパーは心底からそう思っている。そして、ちょっとくらいなら、ゾロが可愛くなる姿も見たいなんて心のどこかで楽しみにしているのも本当だ。 迷惑な好奇心とどこまでも攻め気質のルフィに囲まれて、ゾロはそれでも暢気だった。 ルフィには無意識に甘く、警戒心も薄いゾロであるからこそ、ゴムに狙われていてもノイローゼにもならず、人間不信にも陥らず。家庭内暴力にも発展しないで済んでいる。へんに許容量が大きすぎて、仲間たちの興味にも無関心でいたりする。 そう、ゾロは危機意識がとてつもなく低い。 仲間というカテゴリーが認識を緩くさせている節もあるが、けっこうお人よしなところも狙われやすい原因になっている。 今も、ゾロはルフィが背後にいても全然警戒していない。 そして不幸なことに、船長が遊びたいときは、いつもいつも突然にやってくる。 「なあなあ、ゾロ」 外目にはとても無邪気に、ルフィはにっこり笑っていた。 大概の人間が、ルフィのアホっぽい外見に惑わされる。この男が内面に持つ洞察力の鋭さと、厳格なまでの容赦の無さは微塵も分らない。 ルフィは普段は馬鹿を晒しているが、本性はナミですら舌を巻く策士でもある。 分っているのに、ゾロはまたもや明るい笑顔に、ころりと騙された。 「なんだ」 なので、ゾロはルフィの位置までしゃがみこみ、船長の視線に降りてきた。 「あのな、さっき聞いたんだけどな」 ルフィがゾロの肩に片手を乗せた。秘密を知らせる子供みたいに、ルフィはあちこちに目をやる。 相手の低い声と仕草に、ゾロは自ずと顔を近づけた。 まったく狙われている自覚のない男である。 自分が和む場所でまで、殺伐とした感覚を養いたくないらしいのだが、ゾロにその手の学習能力だけは持たせたい。サンジが嘆くのも当然だ。 天然具合はほどほどにしてもらいたい。 ゾロの肩にある手に力がこもり、そちら側へ引きよせられる。 これはよほどに重大な話なのか。 信じやすいゾロは、深刻に耳を済ませた。 キッチンで昼食の用意をしているサンジが見たら、速攻でゾロは蹴り倒され罵倒されていることだろう光景だ。 「ロビンが、さっきコレをくれたんだ。ゾロはなんだか知っているか」 「コイン?なんだそりゃ、お年玉のつもりか」 「お、よく知ってるな。そうかゾロのいた島でもあったのか。なら、話は早いな」 説明なんていちいちしてられねえから、良かったよ。 言われてしまえば、そりゃよかった。なんて、内容も知らずに一緒になって苦労をねぎらってやる。 「ゾロ、年上が年下に玉をくれるんだろ」 玉じゃなくって、年の数だけマメを食うんじゃないのか。 相変わらず、感心がないことについては甚だしく間違えて覚えている。 サンジかロビン、ナミがいたら、マメじゃなくて、餅を食うのがお年玉の由来だと厳しく訂正されたことだろう。しかしゾロは自分の間違いに気付いてないし、ルフィなんてその辺はどうでもいい。二人の間でこの知識は永遠に不正解のまま放置された。 ルフィはずい・・・とゾロに顔を近づけた。 「どうなんだ、玉を貰っているんだろ」 「かなり俺が知っているのとは違ったところもあるみてぇだが、おおむねはソレでいい。メダルがどうかしたのか?あ、まさか贋作をつかまされたか?それなら俺がホンモノを盗ってきてやるぞ。違うのか」 ルフィを弟みたいに可愛がっているゾロは、にわかに保護者意識を目覚めさせた。 まったくもって、めでたい男である。しかし刀に手を掛けて立ち上がりかけるゾロを制したのは、ルフィだ。 「そりゃねえだろ。売ればかなり高額だってナミが言ってた」 「ふぅん、じゃあホンモノか。それとも何かメダルにあるのか。宝の島とか、隠し扉のドアキーとか。使い道が他にあるわけじゃねえのか」 ゲーマーなのか、ゾロ。 剣豪とは程遠い質問に、ルフィは首を傾げる。 「ん〜・・・聞いてねえなあ」 しばし考えるルフィに、ゾロはじゃあどうしたと先を促した。 これが間違えだ。 よくぞ聞いてくれた! ルフィの顔がぱあっと輝いた。 つられてゾロも、なんだか知らないけど笑ってしまった。アホである。 「あのな」 ぐっとゾロの肩にある手に力が入った。 少しばかり体勢が崩れかけたが、持ち前の筋力でその場に踏みとどまる。 「タマを貰いにきたんだ」 「はぁ?」 「だから年上のゾロに、オレがタマを貰いに来てやったんだ」 「金ならナミに貰え」 「だから金じゃねえよ、タマだ!」 「玉なんざ金より持ってねえ」 憮然と言い返すゾロに、ルフィが大きく笑った。同時に、ゾロはルフィに勢い良く押されてひっくり返された。驚いて起き上がろうとするが、させじとルフィが圧し掛かってくる。 「だから、お前のタマを貰ってやる」 「おい、まさか・・・・・」 たらり・・・。 ようやく自分の立場がヤバイと気付いた。 「二つもあるんだ。一個くらいオレが貰っても大丈夫だよなー」 そっちのタマかーーーっ!! 頭の裏側で絶叫し、額には青筋をめきめき立てて、ゾロは仰け反ってルフィから逃れようとした。 「ンなワケ、あるかーーっ!!止めろ、ルフィ!」 「まあまあ、ゾロ。今日は正月だ。気にしないでオレに任せておけ!」 「ど、どこに手を突っ込んでやがるっ!止めろ、止めろってぇのが・・・・・・ぎゃーーーーーっ!!!」 ベルトに進入を阻まれても、ルフィのゴムには通じない。 するする指やら手を伸ばして、下着の中まで難なく潜り込んでくる。 ふにゃと萎えた股間をかすめ、じたばたするゾロの玉のひとつを握り締める。 「コレだよ、これ!ちゃんとあるじゃねえか。よし、貰ってヤるぞ、ゾロ!!」 「誰がヤるかーーっ!!!サンジ、サンジ、サンジーーーーっ!!!!!」 首筋に延びてくる顔を両手で阻止し、右に左に身体を揺さぶりゾロは思い切りに叫んだ。 困ったときのサンジ頼み。 サンジはすっかりゾロの守り神である。 「へっへっへ・・・サンジは今、ナミとロビンのお茶を出しているから、呼んでもすぐに来てくれな・・・」 すっかり悪役になりきったルフィが下品に笑い、更に指を伸ばそうとしたそのときだ。 キッチンのドアが音高く開いたと思う間もなく、真っ黒な塊が空を切って舳先まで飛び込んできた。 甲板に着地した相手を確認する暇もなく、ごうぉと大気が唸る。 ぼごぉっ!!! 「おわっ!!」 「このゴムガキがッ!!!ゾロに何さらしやがる!!!!!」 怒声と猛烈な蹴りが同時にルフィに突き刺さる。秒速でゾロの上から跳ね除けられたルフィの身体が、びよーんと間抜けな効果音をたてて飛んでいった。 「ゾロッ、てめぇも正月早々に簡単に襲われてるんじゃねえっ!」 「サンジ、来るぞ!」 ゾロの間近に仁王立ちしたサンジは、甲板にイイ具合に転がされたゾロに怒鳴りつける。だがゾロの目は怒髪天をつくサンジの背後を示していた。不機嫌も露に振り向いたコックの目に、飛んでいったはずのルフィが空中でくるりと回転する様子を捉えた。そろえた両足が壁を勢い良く蹴りつけて、キッチンの方角へ飛ばされたはずの船長は、こりもせずに、びよよんとゴム反動でもって戻ってきた。 「ぞっろぉーん!玉くれぇーーーー!!」 ルフィの暢気な大声に、ゾロの顔が真っ青になりサンジの背後へ恥も外聞もなく、さささっと逃げ隠れる。ゾロを背後に庇ったサンジも、飛んでくるルフィを尊大に見上げ、やれやれと溜息をついた。 「てめぇは・・・コレでも食ってろ!!!」 言うが早いか、サンジは小脇に抱えていた重箱を宙へと放り投げた。 ぱかっと蓋が開き、煮しめが、黒豆が、数の子が空に咲く。 放物線を描く、栗きんとん。 太陽まで届きそうな高さを舞う、紅白かまぼこの群れ。 「おおおおおっvvvv」 ルフィの目がハートになった。 顎がワポールクラスの大口になった。 勢いが良すぎて、二人の頭上を通り越しかけた船長には、ターゲットだったゾロは二の次となった。 ゾロの緑頭にげしっとゴムぞうりが入り、剣士を踏み台にした船長が空を飛ぶ。 「ひとっつも落とすんじゃねえぞ、ゴム!」 「任せろ!!」 ランダムに散らばる正月料理を追うルフィに通じる唯一の単語だった。 ふーっとタバコを軽く吹かし、サンジは溜息をついてゾロに片手を差し出した。 「てめぇな・・・・・正月から狙われてるんじゃねえ」 「いや、マジに今回ばっかりはヤられると思ったぜ」 「だからっ、もう少し緊張感ってもんをだな!!・・・・おい、聞いてんのか!」 くわっと牙を剥きながら、サンジはそれでもゾロのシャツをちゃんと腹巻の間に入れている。 眉間に皺を寄せた凶悪ツラしたコックなのに、ゾロはたまらなく欲情していた。 サンジの手が、腹巻の中に入ってくるたびに萎えていたモンがぐんぐん育つのが分る。 「ああ、聞いてる」 「だったら真面目に聞け!腰に手を回すなッ!」 どんどん近くなるゾロの口元に、顎を引いてサンジが怒る。その割に、なんでかゾロの腰にちゃっかりサンジの手も掛かっていた。 「・・・・・・・・ちょっとは、気をつけろって言ってんだ」 サンジの唇を追ってきたゾロの口元が重なってくる。触れる程度のそれを何度も繰り返されて、サンジは顔を上げた。くしゃと緑の頭を撫でて、自分から迫る唇にキスをする。 「聞いてるか?」 「お前のイイ声ならいつでも聞いてやるぜ」 「アホ」 口角を引き上げて笑うゾロは、とても男前だった。 それが、頭の中いっぱいに不埒な考えしかなくって。脳内を埋める妄想に、崩れる顔を立て直すために必死だとサンジにはすっかり分っていることであっても。 やっぱりゾロのそんな顔はカッコ良かった。男らしく引き締まった表情の中で、薄い色をした目だけが正直に欲情して濡れている。ゾロの視線を真っ向から受け止めるサンジにも、相手の興奮が触れている肌や目つきから伝染していく。 好きな顔だったので、それ以上の追求をサンジはやめた。 代わりに強くゾロを抱き締めて、深くなる口付けを受ける。舳先でピンクホモの波を漂わせる二人の前には、メリーさんの首にまたがった船長が、掻き集めた料理を腕イッパイにして幸せそうだ。 がつがつ料理を喰らう音に、ゾロはサンジを引き寄せたまま目だけを向けた。 ゾロに習ってルフィに目を遣るサンジの横顔は、とても穏やかで温かみがあった。なんだかんだとルフィに文句をつけながら、サンジもルフィが可愛い。ゾロに迫るのは許せなくても、料理を全身で美味いといって食べてくれる船長に食わせてやりたくて仕方ないのが本音でもある。 「イイ食いっぷりだよなあ」 感心して感嘆を漏らすサンジをゾロはぐいと引き寄せる。 「いま、てめぇが見るのはあっちじゃねえ。俺だろ」 「違いねえ」 笑ったサンジが、またゾロの頭を掻き混ぜる。 まったく性的な触り方じゃないのに、ゾロの下半身は猛烈に反応した。 もう、辛抱堪らん。 島に着くまであとどれくらいか知らないが。とりあえず・・・・・ 「おい、部屋行くぞ」 サンジを時間ぎりぎりまで頂くことにした。 片手を繋いで男部屋まで行く途中、ゾロはお年玉について考えた。 サンジはゾロより数ヶ月年上だ。 ってことは、ルフィの理論で行くとお年玉をもらえる立場だ。 クリスマスだとプレゼントはひとつだが。正月だとお年玉と姫始めの二回に分けてイイ目が見れる。 「毎日が正月だといいのになあ」 本音を漏らしたら、サンジが妙な顔をしていたので速攻でキスして誤魔化した。 新年を迎えようと。 ルフィ海賊団のトライアングル事情は、今日も健在だ。そして、ホモバカたちの愛は今日も明日も明後日もますますアホぶりをきわめて行くのだった。 トライアングルでお正月とリクエストを下さったのに。出来上がったのはどうにも下品になっています。 こんなものでもよければ、どうぞ受け取ってやってください! そして、またゾロサンSSを打ったらくださいねーー(をい)! |
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