いつものように鍛錬して、いつものように汗だくのまんま風呂場へ直行したゾロは、湯上りの身体を拭き終えたところで、ハタと気付いた。
「・・・・・・・・・・しまった、忘れた」 目線で確認した場所には、やはり思ったとおりパンツがない。 男部屋に行かないで、風呂場に遣ってきたのが敗因だ。 別に無くってもいいように思うんだが、最近になって、ようやくゾロは人並みにも下着の有り難味を実感するようになっていた。 実はつい最近まで、ゾロはノーパンだった。 別にゾロの実家の親たちが、それを押し付けたのでもなければ、パンツ一枚買えないほど貧乏だったのでもない。 もちろん文化的という大層な話でもない。 単にゾロ本人のずぼらが彼に下着を付けさせていなかっただけだ。 大家族で親類縁者がわさわさいるゾロの実家で、常に末っ子だった彼が旅に出るとき。 両親親戚だけでなく、隣近所の人々までもが荷造りに手出しして、出来上がった荷はウソップが旅立ちに拵えた大型リュックを遥かに凌ぐでかさだった。 当分の食料だと示された先には、荷馬車いっぱいの野菜やら干し肉やらが山となって盛られ、米俵まである荷車は、なんだかメデタサまで感じさせる勢いだ。 断るに断れず、行商でもできそうな荷車を引いて故郷を離れたゾロは、早々に通りがかった他人に押し付けた。 しかし、過保護満載の荷は他人にやっても、腹を冷やすと風邪をひいてしまうと祖母が編んでくれた腹巻だけは、刀を扱うに便利が良かったので着用している。とにもかくにも。 そこまで要らぬ心配までする親たちが、ゾロに下着を持たせぬわけがない。 旅に出るときには、ゾロだってちゃんとパンツは履いてた。だが鍛えるほどに身体は逞しくなっていき、ケツにも筋肉がついてきた。ついでに両脚を踏ん張って剣を振るったりもするもんだから、親から買ってもらったパンツは、直ぐに破けて穴開きパンツになってしまった。島を出てからも身長が伸びたし、身体つきは三回りほどでかくもなった。その結果・・・・ 破けたり小さくなったりでルフィと仲間になった頃には、全部が使い物にならなくなっていた。 なくなったら補充するだけの知恵が廻ればよかったのだが、刀以外のことになるとゾロはその辺りはどーでも良かった。 まあ、パンツは持っているほうが何かと男としても都合がいい。中途半端にぶらんぶらんする股間ってのは、慣れるっちゃあ慣れるが、若い男の常識としてはあまりよろしい趣味じゃない。 服装についてはすっかり親父が板についているのに、人には見えない部分では若者を主張したいゾロである。 なので、いつもは男部屋の箪笥を勝手に開いては、適当に引っつかんだパンツを履くようになっている。まあ贅沢を言えば、ルフィのは、なんだかゴムがびよびよしているし、ウソップのはめちゃ小さい。 それというのも、船長の下着は本人が伸びたり縮んだりするもんだから、ジャストフィットしていたパンツのゴムも所持者に合わせて緩んでくる。ウソップは当然、ゾロなんかよりずっとウエストは細い。ずりっと乱暴に引き上げたらケツに穴が空いたこともあったので、履くときには高価なストッキングに脚を通すときみたいに慎重にしないといけない。 チョッパーはさすがにトナカイであるので、ズボンは着ていてもパンツは履かない様子なのでこっちは諦めた。 よってゾロは、サンジのパンツを履くことが多い。 少しばかりきつくても、船の中ではもっとも自分のサイズに近いのも、ゾロが意識して狙う理由のひとつでもある。もうひとつは、ぶっちゃけた話サンジとは生さぬ仲なんだから、パンツだって共有しても構わないだろう。なんともアホらしい根拠がある。 サンジが何度ヤメロと言っても制裁を加えようが、こればかりは譲れない。 サンジのパンツはゾロのものだ。 だが、今回のゾロはそれらを物色するのも忘れていた。 もうすぐ夕食の時間になるから急いで風呂を使って汗を流さないと、サンジは汗臭いって理由でテーブルには付かせてくれないのだ。 どうせ食べるなら皆と一緒に食べて、わいわい騒々しい彼らを横目で眺めていたい。下手なテレビよりもずっとおもしろい光景は、見たら病み憑きになる。コレを見逃すのは、すっごい損をした気分になる。娯楽が少ない船の上で、あの騒ぎを逃すのは勿体なさすぎる。加えて、サンジの料理を自分ひとりが食いはぐれるってのも、個人的に許せない。 どーする。 今日はパンツなしでもOKか? 全裸で風呂の入り口で腕を組んで、ゾロは真剣に考えた。頭を捻っても、いい知恵なんて浮かびはしないが、とりあえずは考えてみる。 明かりも点けてない倉庫の中で、うんうん唸る剣士がひとり。しかも裸。 非常に怖くかつ寒い絵だ。 ゾロも肌寒さを覚えはじめ、今日のところはパスするか。などと。後から男部屋を物色すればいい考えなんて浮かびもしない。 いや一応は浮かんでいるのだが、 『今夜、サンジを抱いたときにアイツのパンツを横取り』という、ヘンタイホモ丸出しの考えに変更されていた。 しかも。 『サンジのパンツはイイにおいがするんだよなあ』とか 『どーして匂いを嗅いだら怒るんだろう』とか。 『真っ赤になって怒るアイツは可愛いよな』なんて。 回収したくもないことばっかり考えているから、まとまるモンも纏まらない。つまり、悩む素振りでいながらゾロの頭の中では、アホな映像と記憶ばっかりが、エンドレスにぐるぐるしていたわけだった。 いつまでも幸せに浸っていたいゾロだったが、空腹の訴えにハタと我に返った。 こんなところで妄想劇場を繰り広げている場合じゃない。 今はメシだ。食事の時間だ。ぱんつ?そんなもんサンジの履いているのを横取りするのに決定したから構わん。 実に勝手な言い草でもって服に手を伸ばしかけた。そのとき、 「ん?なんだ、アレは」 倉庫の片隅。人目を忍ぶような影になった一角に、やたら可愛いピンク色の布切れを発見した。 どうやら女共の下着らしい。考えたら甲板に干されている服の中には、それらしいシロモノは見当たらない。いつもの行動やら拳の凶悪さで、女であることを忘れてしまう彼女たちだが、一応は女だった。 胸の出っ張りもあれば、腰も大きく張り出している。今までどこに下着の類を干しているかなんて詮索しようともしなかったし、関心もなかったが。隠れた場所に干すくらいの神経は持ち合わせていたらしい。アレでも意識していたのか。 失礼極まりない感想を抱き、ゾロは小さな一枚を手に取った。 くんくんくん・・・・・・ 反射的に匂いを嗅ぐ。 ケモノが本性なので、どうしても危険か安全かの見極めをする際には、犬みたいに匂い確認をする悪癖がゾロにはある。 甘ったるいマシュマロみたいな匂いは、サンジのものとは違って胸焼けする。 「ま、無いよりマシか」 体つきは華奢だが、女たちはそろいも揃って無駄に乳も尻もデカイ。アレならサンジのほうがよっぽど小さく引き締まったいいケツをしている。 改善不可能な結論に達しつつ、ゾロはナミのだかロビンのだか分らない下着をやむを得ず拝借することにする。ウエストの具合は少しキツイが、他はウソップのパンツよりデカくてぶかぶかしている。 「・・ったく・・・・しゃあねえな」 しっくりこない感覚を不快に思いながらも、無いよりあるほうがマシってだけでゾロは衣服を身に着けてキッチンへと降りて行った。 「ゾロッ!!!!!アンタって男は〜〜〜〜〜〜っ!!!」 それから二時間後。 まったりキッチンでサンジの仕事が終わるのを待っていたゾロの頭に、怒鳴り声と一緒に、ナミの鉄拳ががっつり突き刺さった。突然の不意打ちにだって余裕で対処できるゾロだが、こんなときのナミの戦闘能力はルフィをも上回る。その速さたるや、疾風の如しだ。 「なにしやがる!」 テーブルに派手にデコを打ち付け、鼻血まで垂れ流す剣士の形相は悪魔もはだしで逃げ出す物騒さだが、ナミの憤怒はハリケーンをも召還しかねない凄まじさだ。 「何するはコッチの台詞だわ!アタシのパンツ、返してよ!」 「パンツだぁ?」 「ナ・・・・ナミさんっ?」 片やすっかり己の所業を忘れふてぶてしい態度の剣士。 片や女神とも振り仰ぐ女性の口から飛び出すあられない単語に腰を抜かしたコック。 両者の表情は、面白いほど大差があった。 どっちが犯人か一瞬分らないほど、サンジは慌てふためいている。しかし、ナミはサンジなど眼中にもなく、ゾロへずいと詰め寄った。 「総レースになってるアタシの勝負パンツよ!アンタでしょ、持って行ったの!まったく、ホモだけじゃ納まらないで変質者の道まで究めるつもり?まさか・・・・サンジくんに履かせようとか思ってんじゃないでしょうね!いっくら男にしては腰が細いからって女物のパンツなんてきつくて履けないわよ!」 「ナミ・・・さん」 うら若い娘が・・・・なんてあからさまな・・・。 その上、ホモプレイ推奨な内容を・・・・っ!! 女性すべてをあがめているラブコックには、あまりな現実が突きつけられる。 どうどうと頬を涙で濡らし、ショックと羞恥でサンジの頭は沸騰してでんぐり返った。涙目になってあぐあぐ口を開け閉めするしかできないサンジを横目に、ゾロは『お、やらしー顔してんな』と。末期なスケベ心を作動させてにまにましつつ、訂正事項はきっちり入れた。 「きつくて履けねえだぁ?おい、そこの下半身デブ。てめぇどこ見てもの言ってる」 「誰が下半身デブですって?!アンタなんて筋肉デブじゃないの。さっさとパンツ、返しなさいよ!」 「うるせえんだよ。テメェ、自分の腰周りとサンジの腰を比べてみやがれ。アイツのほうがよっぽど細いウエストしてんぞ。てめぇのパンツが履けるわけねえだろ。アイツが履いたら立ち上がった途端にずり落ちてくらあ」 ぷち・・・っ。 ナミが切れた。 「なんですって!?落ちるわけないでしょ!!!」 「落ちるに決まってんだ!」 「なんで分かるのよっ!!!」 キーッとナミが叫ぶ。めきめき青筋が額にも拳にも浮き上がり、そりゃもう物凄い怖さだ。 再起不能のコックは、すっかり腰が抜け立ち直る気力もない。 そんな二人を尻目に、ゾロはゆっくり立ち上がり、おもむろにズボンをずり下げた。 「俺が履いてんだから分かるに決まってる!!」 空気が凍りついた。 それまでの沸騰した部屋の温度は、一気にマイナスの世界へと変化した。 「てめら、ケツでかすぎだぞ。もうちっと引き締めておかねえと5年経たねえうちに、あっという間に垂れ尻だ。格好ばっかり考えてねえで、肉を引き上げるとか鍛えておくとか考えろ。こーんなサポート力のない下着ばっかり着てやがるから、どんどん垂れてくるんだろーが」 総レースの可愛らしくも美麗なランジェリーを着て。膝までズボンを下げた男はのたまう。 正視に堪えかねる映像は、ナミの記憶に一瞬で焼きついてしまった。 見たくもないのに、ゾロの一物がレースの隙間から見え隠れしてる細部までインプットされてしまう。 「あんた・・・・」 「なんだ、そんなに返してほしいのか。しゃあねえな」 「ゾロ、てめぇ・・・・・・・・」 「ん?履きたいか?なら俺が買ってやるぞ?」 どこまでも、ゾロの世界はマイペースで。 その場の空気を読むなんて芸当はできなさそうだ。 少なくとも、ゾロ的にはまったく悪いことした覚えがない。 わなわな震え真っ青になってナミが睨みつけるのも、サンジがゴゴゴ・・・・とバックに黒雲を背負ったのも。理由はさっぱり分かってない。 ナミとサンジが黙ってそれぞれの爆弾のタイマーを作動させる中、ゾロはズボンから足を引っこ抜き、よいしょとじじ臭い掛け声でもってランジェリーに指をかけた。そのとき、 「そんなモン履いたら、妊娠するじゃないのよーーっ!!!!」 「てめぇっ、ヘンタイかーーーっ!!!!」 「ぶほほっ・・・・!!!」 屈んだゾロの後頭部にサンジの踵落としが炸裂し、沈みかけた顎先をナミの拳骨が突き上げた。 上から下から、強烈な一発を受けゾロの意識は遠のいていく。 「アンタが履いたパンツなんて、要らないわ!!100億ベリーの貸しだからね!!!」 白目をむいているゾロを指差し、耳まで口を裂いて宣告したナミはがすがす床をぶち抜く勢いでキッチンを出て行きかける。ヘンタイの仲間にされるのは勘弁と、焦ったのはサンジだ。 「ナミさん!ナミさん、待ってください!!」 懸命に追いすがろうとしたサンジに、鋭い一瞥が寄越される。 「こうなったのもサンジくんの躾けが悪いからよ。アンタも罰金つけておくからね」 「ど、どうして・・・・・」 「うるっさい!!アンタらセットなんだから当然よ!!」 捨て台詞を肩越しに放り投げ、荒々しい動作で叩き閉めたドアの蝶番がガタっと外れる。 残されたサンジは呆然と、事態の収拾もできずに床にヘタレこんだ。 同じ床の上では、後世にはとても伝えられない姿のゾロが息を吹き返していた。 「おーいてぇ・・・・凶暴な女だよなあ」 「おまえ・・・自分が何やったのか分かってンのか」 虚脱して呟くサンジに、ゾロはガキみたいにニパッと笑った。 「いーや、全然分かんねえ。けど、てめぇ、さっき可愛かったぞ」 言葉も出ないで、真っ赤になっているサンジはゾロのツボだったらしい。 頭と顎を両手で摩りながら、ゾロはいまだランジェリーをつけたままニッコニッコしてサンジを見てる。 自分が仕出かしたことも、現在の格好も頓着せずにいるゾロは、ある意味、大物だ。 こんなアホに心底惚れてるおれは、何か間違っているんじゃねえのか? それとも、コイツがアホすぎておれの理解を超えているのか。 間抜けな姿で、覗き込むゾロは、臨みようもない情けなさなのに妙に潔くてカッコいい。 次の島に着いたら忘れずにゾロのパンツを購入してやろう。男として悲しい決意を秘めて、サンジは宙を見据えたまんま。疲れた溜息を吐きながらも、胸中の深い場所ではアホなゾロも可愛いなどと。やっぱり腐れているのだった。 その後、ナミの勝負パンツの行方を知るものは誰もいない。 END 8000番を踏んでくださった、やぎさんのリクエストで『にやけるゾロとうんざりサンジ』を目指したはずだったんですが・・ 気付けばゾロが変態街道まっしぐらに・・・・(滝汗)!! うおぉぉーっ!すみませんっ!!個人的に愉しすぎて、どうにも止まれなかったんです!! こ、こんなものでもよろしければ・・・・・もらってやってください(土下座)!! |