朝からずっと頭の芯が曖昧な感じがする。
身体の奥深い底で、官能の熾き火がくすぶっている。 昨日、二週間ぶりにサンジは自宅に戻れた。出張前から、サンジは仕事の山場を迎え、ゾロは海外生活で開花した語学力を重宝がられ、あちこちから頼まれていた翻訳バイトが大詰めに差し掛かっていた時期だった。サンジの出張直前には、キスする時間もないほど互いに忙しかった。おかげで、ゾロの顔をゆっくり見るのも身体に触れるのも、一ヶ月ぶり近かった。 おかえりとゾロに抱きしめ口付けられてから、どんなに彼が恋しかったかを思い知らされた。挨拶程度の掠めるキスがひどく甘く感じた。途方もなくゾロを感じたくてたまらなかった。 忙しさに紛れていれば忘れていた感覚も、余裕ができてしまうと嫌でも切羽詰ってくる。もう三十八歳とそれほど若くないサンジでも、ゾロの肌の匂いに欲情した。サンジより若いゾロが欲しがらないはずがないのに、サンジに対しては異常なまでに神経質になっている彼は、サンジの負担ばかり憂慮した。 ひとつのベッドに潜りこみ、貪るみたいに口付けてきて。寄せた身体は熱を篭らせていながら、構わないと先を促しても頑なに流されまいとする。 二日もしたら休みになるんだろう。それまで我慢する。 耳に舌先を差込み、固い指先に股間をまさぐられて囁かれた。ゾロのいじらしさに胸がガキみたいに高鳴った。 最後までしなくても、欲しがる男の心は動きに現れていた。丁寧すぎる愛撫は濃密で、体に入れてもらえないことが却って辛くなる。勃起したゾロのものと二本まとめて扱かれる快楽は凄まじかったが、それでも物足りなさは尾を引いた。 熱を吐き出したのは一度だけで、後は眠るまでじゃれるようにベッドで抱き合って過ごした。 負担が残るはずがない行為。けれど翌日になっても、半端に煽られた熱が重く身体の奥底で燻っていた。頭の中でゾロを追いかけてしまえば、存在が距離と時間を飛ばして急速に近くなったよう感じる。彼を欲しがる身体が不随意に脈打った。 「・・・・・ッ!」 生々しい舌の動きが下半身に呼び起こされて、声を上げそうになった。慌てて口許を押さえる動作に、近くにいた同僚が不審な顔をした。 「大丈夫か。気分、悪いのじゃないのか」 「ヘ、ヘーキだ」 「なんか顔色も赤いし、熱でも出てるんじゃないだろうな。いやだぜぇ?せっかく少しは休める時期に、わざわざ風邪なんてひきたくないからな。お前、帰れば?」 親切なのか、自己中心なのか分からない。いつもなら、ここで椅子のひとつやふたつ蹴り付けてやるとこだったが、今は危うい自分の状態で手一杯だった。頭の中など読まれやしないのに、ひとりで背中が熱くなった。 仕事が忙しければ思い出しもしなかった。恥ずかしい思いもしないで済んだ。それもこれも、ゾロが悪い。胸の中で口汚く罵りは溢れたが、殴ってやろうとは考えなかった。ちらちらこちらを見遣る男の視線が邪魔で、タバコを口実に席を立つ。 空調の真下にパーテーションで区切られた空間は、窓際にも近くて眩しいほどに光に溢れていた。誰もいない灰皿の側まで歩き、タバコを取り出し火をつける。深く紫煙を吸い込むと、ほんの少し体温も下がって頭も冷えた。 何気なく時計を見ると、二時を回っていた。あと四時間もしたら退社できる。今日は事務処理で終わるから、家にも早く帰れる。ゾロにもそう言っておいたから、今頃は向こう二日分の食材でも買出しに行ってるだろう。冗談抜きで今夜は眠れなさそうだ。ゾロの必死な姿を思ったら、自然と頬が緩んでくる。愛しさのあまり切なさまで覚えた。 十五歳も年下で、赤ん坊の頃から面倒を見ていた男に振り回されている。それを不思議と嫌だとは思わない。それよりも、早く時間が過ぎてゾロを抱きしめたくてたまらない。せっかく振り払ったはずの熱は、またもや簡単に戻ってきてしまう。 悪循環に本気で早退してやることを検討しかけた、そのとき。携帯がぶるぶると震えた。内ポケットから取り出すときに、指先が首筋のチェーンに触れてシャツの下で吊るしてある指輪が動いた。ゾロと交換した指輪。さすがに仕事場で堂々と指には嵌められないが、いつも肌身離さず持っている。 結婚式のとき、ゾロの指先は可哀想なほど小刻みに震えながら、サンジの指にリングを嵌めた。こっそり盗み見た表情は、目にしたコッチが照れるほど真剣だった。帰ったら、即座に掴まえてキスしてやろう。決意して開いた携帯には、メール受信が点滅していた。送信者はウソップで、明日は昼前に行くとだけある。 「・・・・・・明日?」 声に出して呟いた。なんでどうしてウソップなんだ?暫く考えて、あ・・・、と間抜けに思い出した。 随分前にオーディオセットを購入した所為で、それでなくても機器製品が多いサンジの私室は、足の踏み場もなくなった。サンジ本人は、ゾロの部屋に転がり込めばよかったが、荷物をいつまでも放置してもいられない。電気屋でも呼べばいいのだが、コッチの先行きも分からないで手配もできるはずがない。そんな面倒な手配をしないでも、昔から『困ったときはウソップを呼べ』はサンジたちの常識だった。留守中にゾロに頼んでもよかったが、どこにどう配線をしてもらうかは、サンジでないと分からない。仕方なく、出張明けに頼むと言った。断っても構わないけれど、楽屋裏みたいなあの部屋には、いつか虫でも涌きそうな危機感もある。 「冗談じゃねえ・・・っ!」 虫の類とは昔から付き合いたくない。ゾロには悪いが、今回ばかりは譲ってもらう。 決意も固く、メールに『頼む』。それだけ入れて席へ戻った。 明日、ウソップが配線工事に来る。 食事中に告げたときから、ゾロの機嫌は下降線を辿っていった。サンジが予想していた通り、ゾロは休日は二人きりで過ごす気満々でいたらしい。冷蔵庫を開いたら、一週間は篭城できそうなほど食材に溢れていた。 俺がいつでもいるんだから、別にいつだっていいじゃねえか。 口では言わなくても、顔に態度にするゾロは可愛らしかった。不満は食事が終わり、風呂から上がってもまだ続いているようで、短い髪を拭く仕草がいつも以上に乱暴だ。 先に風呂を使ったサンジは、近くに置いてある自分が使ったタオルを取った。抵抗もなくサンジの側に腰掛けてくる素直さ。体中がばかみたいに嬉しくなってくる。拗ねているわりに大人しく下を向いて、サンジの好きにさせてくれる。こんなとこ ろが好きだ。強烈に意識させられる。 ひどく満ち足りた気分で、サンジはゾロの頭に手を伸ばした。 短い頭髪は、ちょっと念入りに拭いただけですぐに乾いてくる。俯いた太い首筋を見下ろし、サンジは小さく笑った。 「そんな怒るなよ。コッチが無理言って頼んだんだ」 「分かってる・・・・・・」 「悪いな」 そっと、むき出しの首筋に唇で触れた。謝罪に応じるように、ゾロはサンジの膝頭にキスを返してきた。パジャマの薄い布を透して、ゾロの唇の柔らかさが感じ取れる。たったそれだけの感触に、膝頭から身体の中心まで甘い感覚が走り抜けていった。反射的に身体が跳ね上がり、全身が期待に強張る。 低い呻きが漏れ、前屈みになった腰を深く抱き寄せられた。膝頭に落ちた唇が、そのままゆっくりキスを繰り返して上がって来る。 「―――――ゾ・・・ロッ」 「ベッドへ、行くか?」 頷いたのに、ゾロは腕を放そうとしなかった。強い指がわき腹を探り、パジャマの裾から入り込んできても、サンジも抵抗しなかった。 太股から足の付け根へ、辿る唇が下腹部を柔らかく食む。布越しの愛撫に、中心で疼くものは形をはっきりと変えていく。肌を直に弄る手が、腹部を宥めるように撫で回す動きにまで声が上がりそうだ。 下着を潜り抜けた熱い指先に叢を撫でられて、ゾロの目の下で露になっていく形に羞恥心が涌く。それでも、片手で脚の間を大きく割られると息が熱くなった。堪らなくなり自分から男の頭を抱え込む。意地の悪い唇に布の上から形をなぞられ、サンジは背を仰け反らせた。 明るいリビングのソファの上で、ゾロはサンジの脚を大きく広げていた。剥ぎ取ったパジャマは床に落とし、ソファからずり落ちそうな身体を両腕と肩で受け止める。しどけなく開かれた脚の間で屹立するペニスは、唾液と先走りで卑猥に濡れそぼり、指を飲み込んだ尻の穴まで丸見えだった。じっと視線をそこに落とし指を動かすと、恥ずかしさで震えるそこはひどくいやらしかった。 柔らかく開かれていながらも、ゾロの指を動かすにはまだ少しキツイ。傷ひとつ負わせたくなくて、サンジが焦れているのが分かっていても望む刺激は与えてやれない。 「痛くねえか」 「も・・いいから.・・・ヤメロッ」 「久しぶりなんだから、もうちっと我慢しろって」 「ち・・・きしょ・・・・―――ッ」 悔しげに快楽に潤んだ蒼い目がゾロを見る。抱えている真っ白な腿の内側に甘く噛み付くと、サンジは鋭く息を呑んで背を跳ね上げた。 全身でどうにかしてくれと訴えるサンジの姿は、即座に喰らいつきたいほど扇情的だった。いっそ流れに乗ってしまおうか。本能が暴走しそうになったが、鋼鉄の意思でもって自分を押し留めた。 初めてサンジを抱いたとき、理性をぶっ飛ばしすぎたせいで翌朝の恋人は半病人になっていた。傷付けはしなくともそれなりにダメージは多大だった。最中の痛みは少なくても、初めての経験に腰は一日立たなかった。以来、どんなに煽られようが、ゾロは念入りすぎるほど慣らすようになっている。 それに、サンジが全身でゾロを欲しがる姿は色っぽいのだ。一ヶ月ぶりのセックスをゾロは味わいつくしたい。焦れて泣きそうになっている顔なんて、日常じゃ絶対に見れないレアものだ。何度も絶頂近くまで追い詰めては引き戻し、ゾロは我慢が限界を突破するまでサンジを身悶えさせた。やっとゾロが中に入れると、『いい加減にしろっ』と、年上の男は怒った口調で噛み付くキスを寄越してきた。 腹に押し付けてくる昂ぶりを手にして、ぬるつく先端ばかり弄り回した。ゾロの背中に指を立て、激しく喘いで仰け反った胸の先が誘っているように揺れる。ぷっつり尖った乳首を吸い、中を何度も出し入れする。途端、サンジはたまらなく艶めいた声を上げてゾロにしがみ付いてきた。 淫らに腰を揺すって先をねだり、口付けを欲しがる。伸ばされた舌をそっと噛んだ瞬間、大きく声を放ったサンジはゾロの手の中で震えて射精した。ゾロも同時に達したが、欲しがる気持ちは大きく膨れ上がるばかりだ。まだ余韻に浸る体を膝の上に抱き上げ目だけで問いかける。蠱惑的に笑ったサンジは、くったりした腕を首に巻きつけそっと腰を落として甘く啼いた。 目が覚めるとベッドの上でゾロに抱きしめられていた。身体の奥には異物感があって、まだゾロが中に居るような気がする。 リビングで抱き合った後に風呂に連れて行かれたが、そこでもゾロとセックスをした。どんなに触れ合っても足りなくて、ベッドの上でもゾロに求められ、自分からも誘いをかけた。 もう声も出せず、動くこともできなくなっても、傍らの身体を離すのがいやで眠るまで何度も繰り返しキスをして過ごした。眠りに落ちる間際、外はうっすらと朝の気配が漂っていた覚えがある。 遮光カーテンの隙間からは、昨日と同じく明るい光が差し込んでいて、唐突にウソップとの約束を途端に思い出した。 何時だろう。時計を見ようと首を巡らせると、サンジを囲む腕の力が強くなった。 「何時ごろだ?昼前にはウソップが来るんだ。そろそろ起きねえと」 「まだ大丈夫だ」 大あくびをした後で、ゾロが呟いて首筋に鼻先を埋めてくる。サンジの動きで目覚めたゾロの体は温かい。ゾロは擦り寄った首筋で、ひどく満足そうな息をついた。そんな甘えた仕草が愛しくて手を後にやって頭を撫でてやる。 「あと少しだけだぞ」 ぽんぽんとあやした手に背後の男は頬を寄せた。首の後ろの付け根辺りに濡れた感触があって、小さな音を立ててキスされる。 「絶対に今日じゃないとダメなのかよ」 ゾロの低い声は寝起きでかすれていて色っぽい。軽いキスの感触と声の艶に、背筋が淡く痺れた。 「配線が、ややこしいんだ」 「どんなふうに?」 「んー・・・。この前、AVアンプ買ったろ」 言われて、サンジの私室に梱包されたままの荷物をゾロは思い出した。 「MP3搭載のDVDに、ビデオも新しいのにした。ノーパソがぶっ飛んだついでにデスクトップに変えたし」 「全部、梱包されたまんまの・・・アレか」 呆れた様子でいながら、サンジの頭をそっと撫でている。 「あの部屋に、全部詰め込んでやろうと思ってんだよ。LANケーブルも引っ張ってきてさ」 「それ、一日で終わんのかよ」 耳元で喋られると息がくすぐったかった。逃げようとしたが、ゾロの手はサンジの頭を捕らえて離さない。話したついでとばかり、耳の後ろを舐め上げられた。 「うわっ!おまえ、ヤメロって」 「いい匂いがすんだ。で、どうするって?」 文句を言われても、ゾロは懲りない。サンジも口ほど嫌がっていない態度でいるのに付け込んで、耳の後ろからゆっくり顎のラインを舐め降ろして、また首筋に戻っていった。太い腕に少しだけ引き寄せられ、ゾロを斜め下から見上げた形になる。覗き込んでくるゾロに、サンジは自分から口付けた。 「荷物は、お前も手伝えよな。で、俺としちゃあオーディオを重視したいわけ・・・」 ベッドでじゃれあいながら、サンジはゾロに自分がどのようにそれらの機器を使いたいかを説明した。サンジと違ってゾロはその手に興味がない。だが今日に限っては、『んじゃあ、DVDを見るのにどうするんだ?』などと、尋ねてきたりするものだから、『ゲーム用のAVからビデオに通して、そっからテレビに繋いでアンプの外部入力で見るようにする』と、複雑怪奇な手順を話してやった。 その間にもゾロは背後からサンジの肌に軽く噛み付いたり、引き締まった腹部から胸元を撫で上げたり腰に手を滑らせたりしては、小さな声を会話の合間に紛れ込ませたりもしていた。 微妙な動きは徐々にサンジの身体に官能を呼び起こし、喋っているよりもゾロとキスをしている時間の方が長くなってきた。 「ゾロ・・・も、ヤバイって」 「一回だけ」 囁かれ緩くペニスを握られた。脚の間に太股を差し込まれ、やんわり刺激されてしまえば、昨日の火照りはあっという間に全身へ広がった。向こう一週間は勃たないんじゃないか。そう思うほど絞り取られた場所は、ゾロに包み込まれただけで簡単に固くなる。 これじゃあ、サルだぜ・・・。 自分の節操なさに呆れてしまっても、触れられるのが嫌じゃない。ただ少しだけ、刺激をされ続けていた先端に痛みがあった。分かっているのか、包み込むだけでゾロは指を動かそうとはしなかった。サンジを横にした体勢で、後から入ってくる。すんなり呑み込んだソコからこみあげる痺れに、身体が勝手に揺れた。 「ぁあ・・・」 声を甘く蕩けさせ、快楽にシーツを手繰り寄せた手をゾロが握り締めた。サンジ、と上擦った声と荒い息で呼ばれ、振り仰いだ唇を塞がれる。深くまさぐるキスと身体の奥で蠢く熱に、腰から下が溶け出しそうだ。ゆっくりした律動が始まり、前で張り詰めたものが疼いて堪らなくなった。 触ってほしくて握られている手を引いた。 昨夜、散々に嬲られたものは先端が赤くなってひりついていたが、ゾロの手が欲しい。それなのに、サンジの手を強く握り締めた彼は、手を下ろそうとはしない。触ってくれと訴えたのに、「コッチだけでイって」と、軽く突き上げられた。 「いや・・・だ。ゾロッ」 「後で、ちゃんと口でするから」 これまでに後だけで果てた経験がないわけじゃない。ただ、その快感はあまりに深く激しすぎて、いつ終わるのか想像もつなかい絶頂感が延々と続く。最後は気が狂いそうな凄まじい絶頂に、意識を失ったこともある。そうやって果てた後の身体は動くこともままならず、ゾロは嬉しそうに動けないサンジの世話をしている。 ゾロが望むようにすれば、サンジがどうなるか分かっていないはずがない。やはり彼はどうあっても、自分をウソップと会わせるつもりがないのだ。デカイ子供のやることに、眩暈がしそうだ。 「あっあ・・・ゾ、ロッ・・・・―――」 「・・・サンジ」 引き剥がそうとしたのに体内を太いものに擦られる。そうなると喘ぎは止まらなくなった。無理だと言おうとしたし、勝手すぎると怒ろうとも思った。それでも、今にも先に出してしまいそうになりながら、必死で堪えているゾロの顔を振り返ってしまえばそんな気も失せた。 ゾロがどんなにサンジを待っていたのかを見せつけられて、振り払えるほどサンジは淡白ではない。これが逆の立場なら絶対に阻止している。どこもかしこも、ゾロの熱に染まりきる直前に、これからの予定なんてどうでもよくなった。 ゾロだけが欲しい。ゾロの全部が欲しかった。サンジは捕らえられている手を握り返して、積極的に腰を押し付けた。 身体の中から外から寄越される温もりは、とてつもなく甘くサンジを魅了する。今日の昼飯、どうすんだろ。少しだけ思ったが、ゾロがなんとかするんだろうと勝手に決め付ける。背後から身体が砕けそうに抱きしめられることが、とてつもなく幸せだった。 |