サンジの機嫌が悪い。ゾロを見る目つきの険悪さは、日頃の8割り増しのサービスで口の悪さも風当たりも、そりゃきついってもんじゃない。
しかし、今回ばかりはゾロも反論できず。いつものように逆切れできない。 なにしろ、いくら自分の特異体質・必殺迷子を発動したり、海軍に出くわして思わず遊んでしまったりしたことを差し引いても、サンジが怒るのも無理はない。 船を降りるときに、ゾロは言われたのだ。 『てめぇ、ちょっと待ってろ。誰か一緒に連れてけ』 注文してきた荷物が大量に運び込まれ、サンジはそれらの片付けに追われながらも、ゾロを呼び止めてくれた。しかし、ゾロにはそれが気に入らなかった。 このところ、サンジはいつも忙しい。 島に着くまで、船の食糧事情が逼迫していて、人に食わせることに情熱を傾けている料理人は近寄りがたい空気をぴりぴり纏いつかせながら、深夜のキッチンで毎晩頭を抱えては、翌日にソレ相応の食事を供してくれていた。 その苦労を知っているのは、ナミしかいない。 あの聡いウソップやチョッパーですら、今回の食糧事情の悪さを知らないで居たほど、サンジは騙しとおしてきたわけだ。ゾロにしても、“少しばかり食料庫が寂しくなっているな。”程度の認識しかなかった。 サンジがぴりつくのは、半ば次の島に着く頃の恒例行事となっていたので、以前ほど強く関心を抱こうともしなかった。 いや、それでも以前はどうしたのかと心配くらいした。だが、意地っ張りな上にプライドが空島よりも高い位置にある料理人は、心配を少しでもするといとも容易く切れてしまい、船を破壊しそうな大喧嘩をゾロに吹っかけてくるか。 口をさしはさんだ男連中は、漏れなくつるし上げる凶暴さだったので、今や誰も尋ねようともしなくなったのだ。 サンジが怖いのも要因だったが、しかし彼らに口を出させないようにしていた最大の要因は、やはり仲間同士のつながりもあった。 どこかでは心配もしているが、サンジがいるから大丈夫。そんな根拠もない信頼も寄せられている。 なので、本当に喰うか喰わずの状況に、あと一歩でなっていたかもしれなかった。 そう耳にして初めて、サンジという男のしたたかさを感じさせられたほどだ。 そのような毎日だったので、当然、サンジがゾロと落ち着いて向き合うだけの時間なんぞあるはずがなかった。 ゾロにしてもサンジの仕事を理解しているので、下手に手出しも口出しも、ちょっかいも出さないようしてやっていた。 その結果。ゾロは非常に面白くないことになっていた。 まだまだ若い。若すぎる19歳の男としちゃあ、禁欲生活なんぞ考えるだけで、即座に下半身が暴動を起こしてしまう。 そこへきて、ゾロはまた外見のゴツサからは信じられないが、実は非常に寂しがりで甘えたの男だった。 昼寝を他人の邪魔になる甲板でするのも、ひとりで部屋にいると寂しいからだ。 偉そうで、態度はこれ以上ないくらいにデカく、魔獣なんてあだ名もあって。 どっから眺めても非常にナイーブなその手の、単語からは程遠い男だが。 なかなかどうして人間、外見で判断はできないものだ。 そして、ゾロのそーいったところは、なんとなくクルー全員が知るところだ。 さしたる用事もないのに、こっちが仕事をしている傍にきちゃあ昼寝をかまされ。 なんだかんだと年上っぽい風情でいながら、ちょっとしたことで嬉しそうにへへ・・・と笑う。 そう、あの魔獣の誉れもたかい男が、ガキ顔して笑うのだ。 存外に聡いクルーたちが、これにピンとこないわけがない。 そして、この船の連中はそろいも揃って面倒見が非常によかった。年上だろうが、態度が普段はでかかろうが。ゾロに寄り掛かられ、頼られるのは嫌じゃない。 結果、誰もがゾロに懐かれているんだが、特にゾロが懐いた相手は当然のサンジだ。 サンジの傍にいるのは楽しい。 料理の匂いとタバコの匂い、直に肌に触れなければ分からない微かなコロンの匂い。それらに混じってサンジ本来の匂いを嗅ぐことは、ゾロの一番の楽しみだ。 しかし、このところソレも許しえてもらえない状況だった。 ゾロがサンジとまったりできるのは、サンジに時間的・精神的余裕があるときに限られている。 そーゆーわけで、ゾロは慢性的サンジ欠乏症だった。しかも、ようやく島に到着してみれば、ゾロがちょっと油断して寝ている間に、サンジは買出しに行ってしまい、二人で出かけようと誘いをかければ、違う人物と行けという。 コレで拗ねるなと求める方が間違っているのかもしれないが、サンジにはサンジの理由があるわけで、決して悪気があったわけじゃない。 ただ、状況的に許されなかった。それだけだ。 ゾロもそのあたりは弁えていたが、理性と本能はしょせん別口。窓口は違う。 待てと言われたのを振り切って、あんまり用事もない町へ悔し紛れに向かうゾロに、早く帰って来いよとだけ、サンジは言って寄越していた。 声の調子で、なんとなく。 サンジも分かってくれていたんだと、ゾロにも通じた。 なので、そのあたりを一周したらさくさく戻ろうと思った。 思っていたのに、なぜか道は違う方角へ進んでいて。ぐるっと一周の散歩は、いつの間にやら島中探検に変わっていて。 どうにかこうにか船に辿りついたときには、全身いたるところに細かい傷がついてて、片手にはどうしてか、途中の山道で狩ってしまったケモノまでぶら下げていた。 アホである。 完全に、どうしようもないアホである。 さて、当然のごとくサンジは怒っていた。 メシの時間になっても戻らないゾロを探しに出かけ、見つかられなかった焦燥感は燻ったまま残されて、こうなりゃ町で海兵か海賊のひとりでも蹴っ飛ばしてこようか。 苛立ちもピークに達した頃に剣士は戻った。 「てめぇな・・・・自分のアビリティってもんを理解しているか?俺はすぐに帰って来いって言ったはずだ。明日には船は出発すんだぞ。ゆっくり出来るのは今日だけだってのに、今が何時か分かってるんかよ、コラ。真剣に食材に混じってみるか。肉と一緒に添えて出すぞ!!」 くわっと耳まで口を裂いて怒鳴られた。怖かった。 だが、文句は言いながらもサンジはゾロの手から獲物を引ったくり、血抜きしつつ、取り置いていた食事と酒を出してくれる。 愛されているんだか、なんだか分からないが、とりあえず愛されているんだろう。 「おら、とっとと手ぇ洗え!!」 そのまんま。座ろうとしたら、また怒鳴られた。 だが、明日が出航ってことは、またサンジはしばらく忙しくなってしまう。今度は膨大な食料を振り分け仕分けし、保存食を作るのに数日が費やされ。 島で購入した新鮮な食材や、知ったばかりのレシピの試食会などのイベントも催されるのは、もはや船の恒例行事だ。 ってことは・・・・本当にサンジにべったりできるのは今夜しかない。 「サンジ」 「なんだ」 後ろ姿に呼びかけたが、声だけが返ってきた。 ちょっとどころか、大いにむっときて。 ずかずかコックに近づいた剣豪は、むんずとその腰を捕まえた。 着やせするタイプのサンジの腰は、存外にもがっしりして骨組みも頑丈だ。ゾロが手加減しないでもまったく壊れる気配もない。 「うわっ、な、なにしやがる!!」 「いいじゃねえか。な?今日だけだからよ」 すりすり首筋に鼻先を寄せ、息を深く吸いこむ仕草はドーブツっぽい。 がっしり腰をホールドしてる握力は、ちょっとばかりどころか、はるかに色気からは程遠い。 それでも・・・・・・・・・・・・ 「はいはい、分かったから。手ぇ洗え」 「もうちっと」 「おまえな・・・・・・・」 「ん?」 ぎろ、と睨みつけたが素で返された。 もはや魂も口から抜け出して、中空を漂いそうだったが。 サンジはいつもの諦めの境地に立つしかなかった。 手がかかるし、野獣だし。そのくせ甘えてばかりのむさくるしい男だが。 一応は、これでもアイシチャッテるわけだから。 「爪の間も、洗おうな・・・・」 なんだか気分は保父さんになりながら、でっかいゾロを背後にへばらせて。 サンジはゾロの手をシンクで洗ってやった。 どっかが多分、壊れた自覚は充分あるが、こうなりゃ自棄だ。なんでもしてやろうって気分になってくる。 きっと、この後はゾロの隣に座ってこいつが食うのを見ててやらないといけない。 ときおりに、俺が作ったものだってのに『美味いぞ、喰ってみろ』とか言うに違いない。 男二人で何しているんだか・・・な光景は考えると寒さ倍増だ。 それでも、ゾロがにっぱり笑う顔が好きなので、今夜だけは甘やかして甘やかして、存分に甘えさえてやろうとサンジは思う。 首筋に懐いてる男の唇が、肌を軽く吸い上げ跡を付けられたが。 ま、それも愛嬌ってことで。 お礼参りにサンジもゾロの耳元に、がっつりと噛み付いといてやった。 こうやって、メシを喰いつつ酒をのみつつ。最後は互いを堪能しつつ。 実に有意義に、毎度まいど出航までの時間を費やしていくのだった。 |