日差しを浴びて眠るゾロの腕は、体にゆるく沿っていた。
 筋肉に包まれた太い上腕から下腕までのラインを眼で辿り、やがて視線は軽く開かれた手に到達する。
 タバコを吸うサンジは、染み付いた無意識の動作でタラップに腰を下ろしたまま、じっくりその手を見つめてみる。
 弛緩していても、ゾロの手は力強い。
 分厚い剣だこに覆われた掌や、節くれだった太い指。四角い爪の形。
 実直さばかり感じさせるその手の形は、ゾロという男を何よりも雄弁に物語っている。
 だが、無骨で不器用な印象が強いその手が、いかに器用で繊細な動きをするか。見た目だけは、ただただ強さばかりが目立つゾロが、どんなに優しいやわらかさで触れるかを知るものは少ない。
 
 チョッパーの頭を帽子越しに軽く叩くその手に。
 ウソップの肩に掛けられた手に。
 誰彼かまわず均等に八つ当たりをするナミのこぶしを止める力に。
 海へ落ちては死にかけるルフィを引き摺りあげる手の強さに。

 誰もがゾロの情の深さを感じ取るのだ。
 そうして、それらのすべてを最も多く与えられているのは、サンジに他ならない。

 血まみれであろうが。人を何人斬り捨てようが。
 ゾロの瞳はいつも透明に澄み渡り、触れてくる手の動きはいとおしい。
 眠る直前の子供みたいに体温が高い手は、人を魅了させるものがある。

 唐突に、タバコをはさむ唇の表面にゾロの指先の感触が蘇る。
 もう2日も前に、サンジの中に己を埋没させた男のリアルさまで思い出し背筋がゾク、と震えた。
 日ごろにはない、艶めいた声でサンジと名を呼ばれた。あの声が耳の奥に残っている。
 せり上がる快楽に息も絶えかけるサンジを、しつこいほどにゾロは呼んだ。

『な・・・んだ・・・』
『辛いんじゃねえか』

 閉じそうになる瞼をこじ開け、見上げたゾロは真剣な顔つきと労わる眼をしていた。
 こんなに近くで抱き合っているのに、どうしてそんな顔をしてるのか。
 分からずに、朦朧とする意識の中で、真上から覗き込む男の頬に触れた。
『辛くねえよ』
『なら、噛むんじゃねえ』
 そうして、下唇を辿った指が口腔へ滑り込むに至り、ようやく自分が声を出さないように唇を噛んでいたのだと気付かされた。
 震える舌先に絡むゾロの指は固く、爪の形は四角ばっていた。
 頬に添えたままになっていたサンジの手のひらに、顔をずらして口付け舐め取られ、そんなささやかな刺激にも、全身が善がって小さな声が信じられない甘さで漏れた。
 
 あの夜から、一度もゾロと口付けてはいない。抱き合ってもいない。
 存外に恥ずかしがりの剣士は、濃密な夜の闇の助けがなければサンジに触れてくることもできない。

 ああ、だからだ。
 ゾロの手に眼が行くのも。こんなにも狂おしく記憶が後から後から溢れてこぼれるのも。
 魅惑的な男のすべてが懐かしく、ふとした拍子でサンジの意識を絡め取る。

 今夜にでも、彼の手を取って口づけてみよう。
 あの時にゾロがしてくれたのを真似て、薄い唇を辿ってやろう。
 うっすらと口角を弧に描き、サンジは意識をゾロに引き戻す。
 そのとき、眠っているとばかり思っていた剣士の薄い瞳とかち合った。
 明らかに、随分と前から気付いていたのだと。告げる強い双眸に、サンジはにやりと笑う。

 そのまま、タバコを吸い終わるまでの短い間。
 サンジの目線は、甲板に投げ出されたゾロの手から逸れなかった。




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