針が落ちる音まで聞こえそうな、痛い沈黙が部屋に停滞していた。
チョッパーが恐々見上げたナミの顔には、なんとも難しい色が浮かんでる。
「あ、あのな・・・ナミ」
おどおどと声をかけてみた。
なによ、と目だけで睨み、ナミは船医を睨めつける。
鬼の目つきに、気弱な医師の心臓がフリーズした。ひぃ・・・・、と断末魔のトナカイの悲鳴が喉から漏れる。その笛のようなか細い音が、ナミの凶暴性を刺激した。
くわっと牙を剥いたナミのアップが突如迫る。

「いちいち・・・・・怯えてんじゃない!」
ドンッとデスクに拳を打ちつけた。
みし・・・・と何かがひび割れる音が拳が落ちた辺りでする。
飛び上がり、反射的に女部屋のドアに走り寄ったチョッパーだったが、ノブを回すよりさきにロビンの手が床から生えて体をがんじがらめにする。
ゴム船長のような闇雲なぐる巻きじゃあない。
身体の急所を的確に捕捉した手は、たおやかだったが容赦が無い。
どれほどに足掻いても、束縛した手はびくともしない。

「あんた、あれほど人体実験は船でするなって言っておいたでしょ」
ヒールをコツコツ鳴らし、ナミがゆっくり近づいてくる。目でロビンに助けを求めてみたが、彼女は無表情に船医を見つめるだけだった。
頼れるのは自分だけだ。チョッパーは
「ナミ、ナミ!!だから、俺だって実験なんてするつもり無かったんだ!サンジが最近疲れが取れないって言うから、薬を出してやっただけだ!用法だってちゃんと教えたのに、7日分をいっぺんに呑んだのは俺の所為じゃない!信じてくれッ!」
「信じるも信じないも!あんたが妙なもんを飲ましたから、サンジ君が変態さらす羽目に陥っているんじゃない!アタシは変態を堂々とひけらかす海賊団なんてお断りよ!」

鼻先よりも青くなるチョッパーの鼻先に、びしっとナミの指が突きつけられた。
「第一、サンジ君が使えなくなったら、誰が向こう三日間のご飯を作るのよ!!」
要はソレか。
チョッパーはロビンに拘束され、ナミに踏みつけられそうな状況下で、冷静に突っ込んだ。
サンジが変態になったことも。チョッパーが人体実験を結果的には行ってしまったことも。
いまさら嘆いたり怒ったりする神経はナミにはなかった。
彼女は自分を女神とも崇める男の意識が別に向いたのが気に入らない。
ただそれだけだった。
ナミの怒りの根源はそこだけにある。

ああ、やっぱりナミがサンジやゾロの心配をするはずなかった。
ちょっとだけチョッパーはナミらしい鬼畜さに安心した。
だがしかし、チョッパーの危機に変わりは無かった。
そして、甲板からは野太い男の助けを求める悲鳴が、辺り一帯の海域に轟いている。
ルフィ海賊団は変態と、海軍たちに囁かれる日は近い。
甞めた態度を取られるのが大嫌いなナミのこめかみで、血管が一本ぷっつり切れた日でもあった。


「ゾロっvvゾロvvゾロォ〜んっvv」
ナミが新たな人格を目覚めさせている頃、甲板ではチョッパーの滋養強壮剤が原因で、こちらも人格崩壊しているサンジが、ゾロを追い掛け回していた。
衆目もなにも気にもせず、女好きと誉れも高いGM号の料理人が、魔獣と世間から恐れられている約束&特訓馬鹿の剣士に朝からずっとじゃれ付いてる。
最初こそ面白がっていた船長は、どれほど空腹を訴えてもサンジが飯どころか菓子ひとつも寄越してくれない所為で、メリーの首にぐてんぐてんと巻きつき太陽に溶かされてる。
ぞろぉ〜vvと、朝一番から剣士にダッシュしたコックを見ていた狙撃手は、不寝番を終えているのにマストの天辺から降りてこようともしていない。
いつもは心の傷を分かち合う友・チョッパーは、女部屋に軟禁されたまま出てこない。
それどころか、GM号の最高権力者であるナミも姿を見せてくれないので、甲板の悪夢はエルム街のような様相を呈している。

「どーして逃げるんだぁ?そうか、焦らしプレイなんだなっv」
「んなわけあるかーっ!!」

朝からずっとこんな会話が続いてる。ゾロを抱きしめキスをしようとするサンジの構図は、見たら目が潰れるので視線はしっかり上向きに固定だ。
「あああっ、ゾロ。こんちきしょうめっ!!おれをこんなに夢中にさせてどーするんだっv」
「勝手になるんじゃねえっ、キショク悪いっ!!!!」
ゾロの怒鳴り声がひっくり返ってる。あとに続く悲鳴・・・・。あの魔獣がオンナみたいな黄色い悲鳴を上げる日がくるとは・・・・。
その原因となっているのが、サンジになるとは誰が予想しただろう。
前々から馬鹿だちょんだと思っていたが、たった一晩でああなるとは。
グランドライン恐るべし。
詳細を知らないウソップの口許は笑いに歪み、白目を剥いて黄色い太陽を振り仰いだ狙撃手の頬には、一筋の太い涙が流れていた。イッタまんま、戻ってくる努力もしないで、かれこれ4時間ほど太陽に燻されてる。夜になれば、長い鼻は美味そうな感じにローストされ、晩飯の一品として並んでる。

「愛しているぜ、ゾロぉーーーっ!!」
「うわっ、うわああああ、来るなーーーーっ!!」

ひーっと涙を目尻に浮かべ、ゾロは器用にバック走りで船首から船尾へ。船尾から船首へと先ほどから逃げまくっている。
後を見せれば、サンジの強烈な殺人キックでやられてしまう。

すでに一度。
油断していたゾロはサンジの異変にも気付かず、『ゾロぉ〜v』と目をハートにした男に背中を向けたおかげで、凄まじい蹴りを一発くらった。
甲板に顔面直撃したゾロが怒鳴るよりも先に、背中に跨ったサンジに腹巻を奪われかけ。ナニゴトと無理な体勢で首を巡らせた先には、いそいそスーツを脱ごうとしてるコックがいた。
「なにしてやがるっ!」
「そらもう、ナニv」
いちいちハート付ける話し言葉が鬱陶しい。
どうして、いつものようにメンチ切りでいないんだ。聞いたら耳が腐って落ちそうな罵詈雑言はどこへ行った。
腹巻ごとシャツをめくり上げられ、誰かと助けを求めたのにルフィは大爆笑して手を叩いているし、ウソップにいたってはあらぬ方角を見張ってくれてた。
そのときは、シャツに潜り込むサンジの手を押しトドメ。
ここじゃあ下が固いからとかなんとか。
ゾロにしては奇跡な口実でもって、サンジが気を抜いた隙に相手を振り落とすのに成功したんだが。それからずっとサンジと追いかけっこが続いてる。

ゾロとしても、積極的なサンジはいやじゃない。
むしろ積極的なときのコックは、日頃はあれこれ触らせてもらえないことやら、してもらえないことも率先して乗ってきてくれるんで、むしろ楽しい。
そうこれが、二人きりならよかった。
いったいナニがあって、こうなったんだ。
迫るサンジから目を離さず、器用にゾロは後ろ向きにひたすらに走り回り、手近なロープやら椅子やらバンバン投げた。投げるたびに、サンジが蹴って海へ落とすもんだから、船の周りは遭難でもしたかのような荒れようだ。

何がどうなってるのかよく分からないが、とにかく。
今のサンジは猛烈に発情してる。とっ掴まったら即座に裸に剥かれ、ケツ合されてしまうのは火を見るより明らかだ。
冗談じゃない。

以前、ゾロはチョッパーが作った風邪薬がもとで、とんでもない大変な目にあった。
翌朝には人間として使い物にならないサンジの姿に、誰もがゾロの餌食にならなくて良かったと、本心で思った。
それ以来、身体の相性はイイと分かった二人は、溜まった挙句に下着をこっそり洗わないといけない憂き目を見ないためにも、定期的に抜きあうようになった。
元から隠し事が下手な上に隠そうとも思ってないので、回りの連中には二人のトクベツ関係は認知されているが、ゾロはサンジほど開き直れない。
まあ、薬を飲まされたときは前後不覚なまでに切羽詰ってて、メリーの甲板に空いてる穴でもいい状態だったから、けっこう派手にヤってしまったが。
元々ゾロは割合にこーいったことには繊細で、デリケートだ。
サンジのように、『バレてるんだから、いまさらいいじゃん。誰も気にしねえって』なんて、鼻で笑い飛ばしたりできない性質だ。
人前でヤレとか命じられたら色魔コックは喜び勇みそうだが、自分は絶対に萎えて使い物になれない自信がある。

そんなゾロが、明るい甲板で。朝のうちからサンジとサカれるはずがない。
微妙でナイーブな男心は、同じ男のサンジには永久に分かってもらえない。

「サ、サンジッ・・・!!落ち着けって!!な?落ち着いて、てめぇがしてることをよーく考えろ!」
「んん?俺がシテェかって?おう、よく分かったな!そのとーりだ!」
どこを輪切りにしても、その変換はふつーしない。
ふつーじゃないサンジは、強引に輪切りを乱切りして話を繋げてくれていた。海の一流料理人は、どんな材料でも思いのままに調理してくれる能力を最大限に発揮してた。
そんな能力を開花結実しないでほしい。
怪我したとき以外には感じたことが無い眩暈と疲れが、どっとゾロの両肩に圧し掛かる。
「ささ・・・ヤりてぇときに溜めるは毒だ。俺はテメェの為なら、どんなポーズでもしてやる自信がある!さあ、俺に任せて怖がらず胸に飛び込んでこい!」
コックを廃業させて、SMクラブにでもぶち込むほうがいいかもしれない。
サンジの相変わらずの荒業と船尾に追い詰められたゾロは、朝から怒涛の展開についに頭がぶち切れた。
もう、こうなったら大技を出すしかない。今のサンジなら、まっとうに切り捨ててもゾンビのように起き上がる。多少の血抜きをすりゃあ、馬鹿な頭に溜まってる悪い血も少しは落ちて会話くらいは成立するかもしれない。

よし、殺ろう・・・!
決意を固め、刀に手をやり立ち止まり振り向き、ブッと鼻血が出そうになった。
ゾロが僅かによそを向いてた隙に、すっかりヤル気全開のサンジは自分から服を脱ごうとしたらしい。
マックスモードの殺意が、ぜんぜん違う方角へ滑りだす。
「ぞ〜ろv」
フィエロモン大放出のサンジは、シャツの前を広げてナマッ白い身体を晒してた。ベルトもボトムのボタンも外し、あとはジッパーを降ろせばナマコックの出来上がりだ。
やーらしく欲情しきった身体はうっすら染まり、なまじ黒いスーツなんて着ているもんだから、いっそうに彩の対比が鮮やかすぎる。
濃い色に染まった胸先は尖りきり、喰ってくれと無言にゾロに訴えてる。

ガツンッとキタ。
知りすぎてる身体の気持ちよさが、ゾロの怒りを上回り下半身に血を回す。
瞬間、もうココでやっちまおうかと。別の『ヤル』に切り替わりそうになり、いやいやイカンとなけなしの理性をがむしゃらに掻き集める。
その僅かな隙を逃さず、嬉々と踊りかかる黒スーツを即座に躱し、ぶんっと腕を横に振った。ちょっとだけ、脳内でウレシはずかしサンジポーズを取らせてる己を深く恥じた。
「・・・・・・・!違うだろーーっ!」
妄想を振り払うのに、ゾロの叫びは必要以上に馬鹿デッカイ。
真っ赤になって怒鳴るゾロに、サンジがにっこりと・・・・・・。
「ちっとも違ってねえだろvv」
ナニを話そうが無駄だ。時間が惜しい。
こうなったら殺さぬ程度に斬ってやる!!
自分自身の都合のみで、しっかり魔獣に変身しかけた、そのとき。

「エル・トール!!!」
ナミの声と同時に、雷鳴が轟き一筋の凄まじい電撃が甲板を走り抜けた。
「なに?!」
「ぐわぁあああっ!!!」
女部屋を振り向くゾロの背後で、悲鳴が上がる。
「サンジっ!!」
驚き、向き直ったゾロの胸元に、ぷすぷす髪から煙を上げたサンジの身体がゆっくり倒れこんできた。反射的に受け止めたゾロを気力を振り絞って見上げたコックは。
「つ・・かまえ、た・・・・・ぜ・・・・・はにー」
「―――― ・・・ッ!!!」
真っ青になり、ぱっと手を離したゾロの足元に、今度こそサンジは倒れて動かなくなった。
振り返った女部屋の前には、エネルの電撃技を会得したナミがまだパチパチ放電しているクリマタクトを片手にし、悪魔の笑いを浮かべて佇んでいた。


********


なんだか・・・・体中がギシギシ軋んでる。
誰かが、あんあん啼いてる声もする。

はは・・・・なんだ、アレ俺の声じゃん。
まったり和みかけたが・・・・・。
「・・・んっ・・・ああっ!」
上がった声の甘ったるさと、背筋から脳天までぶち抜ける鋭角的な快感にサンジは正直、心底から驚いた。
がばっと起き上がろうとしたら、イイ角度でめちゃくちゃ好きな場所に当たり、また声が出てさらにびっくりだ。
「なんだなんだなんだ、どうなってんだーーーーっ!!!」
「うおっ、どうした!!!」
喚くと同時に、背後から覚えがありすぎる男の存在が強くなる。
ゾロがサンジにつられて大声を出した弾みで、またイイ場所を突付かれ顎が上がった。『うおっ』と『ひゃぁ』の中間あたりのヘンな声が出て、仰け反るサンジにゾロは非常に気を良くしたらしい。
ベッドでひくひく背筋を震わせ、シーツをうーうー唸って掴まえするサンジの背後からゾロはゆっくり腰を使って追い詰めてくる。
敏感な入り口付近を重点的に狙い定め、前立腺まで突付かれると状況判断もどうでも良くなった。デカイ手がペニス全体を包み、根元から玉まで丁寧に撫で擦すられればダメだった。
全力疾走のような怒涛の快楽にも弱いが、こんなふうに馬鹿丁寧に感じさせられるヤリ方に、足指の先端まで震えた。全身を包む気持ちよさに飲み込まれ、時間をかけて煮込まれる料理のように、とろとろに蕩けるまでゾロという男を体中に染み込ませた。



「で・・・。俺がサカってたから、こんな辺鄙な島の掘っ立て小屋にテメェと押し込まれた。そう言いたいんだな?」
いったいどれだけヤってたのか。尋常じゃなく身体がだるい。
タバコを吸うと世界がちょっとだけ回ったが、五臓六腑にニコチンが行き渡る感覚に人心地ついた。
「ああ、手が付けられねえ状態だったからな」
「・・・・解せん。どーして俺がこんな筋肉を狙わねえといけねえんだ」
憮然と呟いたサンジは、遠慮も労わりもなく傍らのゾロの胸の上に腕を投げ出した。
力加減も心遣いもない動作だったので、ビッタンと派手に音が上がったが、ゾロは気にした様子もない。サンジの手をごくごく自然な流れで握ってきた。
途端、ざわざわと肌が粟立つ。
「だーーっ!!キモイことしてんじゃねえ!テメェの持分じゃねえだろ!!」
大事なコックの手になにさらす。
自分から放ったくせに、ぶちぶち文句を垂れ流してサンジはゾロの手を振り払った。
「なにしやがるんだ」
「ははははは・・・!よーやっと戻ったわけだ。良かったよかった!」
「・・・・・・・・・・・うわー!!ケモノが笑ってるよー。こわいよー!!!」
「うるせぇ、アホ」
軽い頭をべチンと平手で叩くと、鈍い動きでガンッと踵が腰に落ちた。
色気やらムードやら煩いくせに、男相手ではこの態度だ。嬉しくなり、更にゾロは盛大に笑った。

この島に下ろされたときには、ナミも殺してやろうかと本気で考えた。
『サンジくんは任せた!』
電撃を浴びせ、事態を強制的に終了させたナミはゾロの肩を無責任にもぽんぽん叩いてそう言ってくれた。
チョッパーの話じゃあ、クスリが抜けるのに何日かかかるみたいだし?ちょうどアタシたちが行く島の手前に、小さい島があったからアンタたちそこに篭ってなさい。こっちの用意用事が済んだら拾ってあげるから、それまでサンジ君はアンタが何とかしてね。
じゃ、そーゆーことで!
ウソップとロビンを中心にした仲間たちの涙ぐましい共同作業の成果で掘っ立て小屋は、数時間で完成した。強制的に島に下ろされたゾロの腕には、ナミの電撃で気絶したままのサンジが残され・・・・。
目が覚めたら当然のことに、電撃の後遺症もなくやっぱりサンジは発情したまんまだった。
それからほぼ三日間。ゾロはサンジの発情期に存分つきあった。自らの限界に挑戦!とタイトルまでつけた勝負は、自分的にゾロの勝ちに思えていい気分だ。
しかも、大抵は島に着けばコックは食料調達に忙しい。それが今回ばかりはサンジ自らが原因で、食料もなにもしないでいい。
ゾロが取った手を振り払ったものの、サンジは狭いベッドから降りる気はなさそうだ。ゾロをベッドから蹴り落とす気もない様子だ。互いに熱は引いたが裸のままで、身体の奥底にはこの三日間に刻み込んだ燻りが残ってる。
となると、ゾロとしてはヤルことはひとつしかない。
「お・・・おい、なんだよ・・・!」
吸っていたタバコを背後から取り上げられ、くるりと振り向いたサンジの目前に、ケダモノが牙を剥いて笑っていた。
「ま、ヤツらが戻ってくるのに後2日はあるんだ。ゆっくりヤろうぜ」

それから三日後。仲間たちが迎えに来た頃には、サンジの記憶はゾロによって、激しくぶっ飛び細切れにされていた。





 

end



 6543番を運悪くも踏み抜きなさった、miiさんのリクエストで『記憶喪失話(切ない)』から 大幅に今回も外しててすみません!!!!
 一応はシリアスしてたんです!なのに、どうにも面白くなく(自分だけな)・・・
 またもやこんなことに!!ごめんなさい、すみません。
 突き返し&苦情、随時に受け取りますので!!!
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