オールブルーとワンピースは存外に近くにあった。 都合がいいことに、その二つの地点の手前では、ミホークがゾロを待っていた。 つまるところ。 ルフィとサンジの目的地のほかに、ゾロの夢までもが転がりこんできた形だ。 おかげで海賊王と伝説の海と大剣豪の称号が一箇所に集中し、船の中は上に下へのおおわらわだ。 非常識な世界に生きてきたロビンですら、想像もしなかった状況に、苦笑するしかなかった。 そして、思わぬ状況に頭を悩ましたのは、船の針路を握るナミだ。 まさか串団子になって、三人の夢がまとめて目の前に現れるなんぞ予定にない。 「まったく・・・・。こっちの事情ってモンも考えてほしいわ!」 六分義を文鎮代わりに海図を広げ、航海士は薄く筋肉がついた腕を組んで呟いた。 グランドラインの複雑な海域では、自分の思うとおりに船は進められない。波の状態や海流を読み取り、海のリズムにこちらが合わせてやる必要がある。 乗組員の都合など、ひとつとして配慮してはもらえない。 ナミはサンジとゾロを自室に呼び、これからについて話し合うことにした。 とりあえず、サンジは方向音痴じゃない。 オールブルーがありそうな地点に到達したら、一端船を停止して、サンジだけを下ろして辺りを捜索してもらうことになっていた。 だが、問題はゾロだ。 合金製のへそ曲がりなのか、真っ直ぐな道だろうがゾロは迷える。 『コッチの道のほうが近いんじゃねえのか』と。 野性的根拠のみで、彼は曲がるなと言われても道を曲がり、全く違うところに行き当たる。 狭い船の中で、目をつぶっても歩けるだろうこの船で! いまだにゾロだけは、倉庫へ行こうとしながら格納庫方角へ向かいかけるアホをやらかす。 「ううん、どうしたらいいのかしら・・・ゾロだけを降ろしても、何ヶ月か待ってろって言っても聞いてないだろうし・・・・」 「俺は平気だぞ」 頭を抱える航海士に、堂々と迷子世界一の剣士がのたまう。 ゴツッ・・・と響く音がして、ナミは握り締めた拳をぶらぶらさせて海図に戻った。 「じゃあ、俺が先にゾロを回収しておきますけど。それじゃあ、ダメですか」 意識を飛ばした剣士をアホかと見下ろし、サンジはナミに目線を向けた。 「そうねえ・・・でもそうなるとサンジくんの時間が少なくなるわよ?この島に戻る海流は、普段はこっちの島に向かっているから。サンジくんのポイントからこの島までは、一ヶ月に一度の海流に乗るしかできないんだけど。それでもいいの?」 海図に描かれた島から島へ、細い指が潮流を示す。 「あたしたちが戻れるのは、たぶん半年くらい。それ以上にはならないはずだけどね。どうする?」 「ルフィがこいつを気に入ってるし。船に戻さないわけにいかないんだから、それしかないでしょう」 そうね、とナミは薄く笑った。 ルフィがゾロを気に入っているからだけでなく。自分たちもゾロを一人にさせて安心できない。 方向音痴もさることながら、存外に世間知らずなゾロはルフィに並んでGM号の箱入り息子だ。 どこにいるのかとか。なにを食べているのかとか。怪我をしてないか、無事でいるのかと、それこそ親の心境で彼らを見てしまう。 「じゃあ、ゾロを島に降ろすからサンジくんが拾ってあげて?」 「わかりました」 はっと息を呑むほどハンサムにサンジが笑う。それに綺麗に笑って返し、ナミはよろしくねとサンジの肩をぽんとひとつ叩いておいた。 ゾロは定められた島で船を降り、サンジはめぼしい地点で小船を調達して仲間から離れた。 半年以内には二人を拾いに戻るから。 ナミは船を降りる男たちにそう告げた。 馴染んだ羊頭の船はワンピース奪取に全速力で向かっていき。戻ってくるまでに自分たちの夢は自分たちで掴み取って待っている。 そう約束してばらばらに行動した。 だだっぴろい海洋上にはいくつかの小島が点在し、食料調達には事欠かない。 複雑に入り組んだ海域を、サンジはしらみ潰しに船を進め、幸運にも奇跡の海にたどり着いた。 ナミの予測した場所からは大幅にずれた場所にひっそりと、オールブルーは存在していた。 一見、何の変哲もない。ごくごく普通の海だ 僅かに青さが異なるその海は、サンジが思い描いていたように魚が群舞する場所ではなかった。 だがあらゆる海の魚たちは、それぞれの生態に準じた箇所でひっそり生きていた。 ここがそうだと気付けるのは、常任離れした強運と勘の鋭さと。自分の夢が実現することでしか満たされない飢餓を抱えたものだけだ。 岩場に隠れ、砂に潜り。僅かな温度差を見つけ、身を寄せ合っているうちに生態系に乱れが出たのか、どの海にも分類できない海洋生物も多くいた。 オールブルーは無限の可能性を内包し、発展し続ける奇跡の場所だ。 サンジは、この海に生きる魚たちに手を触れられなかった。この場所は、まだ誰にも知られてはいけない。未発達の海域だ。これから形を成していく海に留まったのは数日だった。 青い海の中を存分に泳ぎまわっていると、長年の憑き物が綺麗に落とされたように思えた。 またいつか、この海を見に来れたら幸運だ。 地図には記さず頭に位置を叩き込み、合流地点となっているゾロが決闘をした島へ進路をとる。 果たして予測したとおり、ゾロは大剣豪になったものの。 いまなら3歳児でも勝てるんじゃないのか。いや竹刀でも殺せそうなほど、ゾロはおんぼろだった。 かろうじて生きてる状態だが、ミホークがゾロに新たに刻んだ傷が半端なものであるはずない。 ミホークが使っていたらしい小屋のベッドで、ミホークに付けられた傷を抱えて蹲るゾロを、サンジはうんざり見下ろした。 派手にバッテンつけてもらっちまって・・・・。お前、ダメ剣豪に名前変えたらどうよ。 憎まれ口を叩けば、コロスと唸り声が返ってきたので笑えた。 そうして、何も言わないサンジにただ一言。良かったなとゾロも笑った。 この男からそんな言葉をもらうとは思ってなかったサンジは、驚いてわずかばかりに目を開いた。 動きを止めて見下ろすサンジに、ゾロはにやりと口許を歪め手を伸ばす。 なんとなく、つられて熱い指先を握り締めると、ゾロはコトンと眠りに落ちて、あとは揺すろうが怒鳴ろうが目を覚ましもしなかった。 ミホークを討ち取り、ゾロもなにか憑いていたものが落ちたらしい。 俺だって、言ってやりたかったのによ。 どうやってもゾロが掴んだ指は相手の手から取り戻せず、仕方なく床に直接座り込んだ。 空いた片手で汗に湿った緑の髪をかき混ぜると、薄くゾロが笑ったが目覚めることはしなかった。 傷とは対照的な穏やかな安心しきった寝顔に、オマエ勝手すぎと。自分勝手では人後に落ちないコックはぼやく。 傷の手当てもおざなりで、いかにも後から誰かが来るのをあてにしていた様子だ。 手が掛かる。 うんざり考えながらも、緩む口元は押さえきれない。 見様見真似と掻き集めた知識の断片と経験で、サンジはその後、ゾロの看護をいやでもするしかない。 仲間たちがいれば看護はチョッパーの担当で。ゾロの話し相手はウソップがしてくれるのに。 ぶつぶつ不平を垂らしてみても、数ヶ月をゾロと二人きりも悪くないと浮かれる自分も確かにいる。 元々が頑丈で、傷が治りが早すぎるゾロは、まったくもってガキでどうしよもなかったが、派手な胸元の傷を見ると少しばかり優しくしてやるかとも思う。 ときどき、傷の具合が少し良くなったと言っては、酒をくすねようとする剣豪を蹴り倒し。 身体がなまりそうだからと、ダンベルを振り回す男の脳天に踵落としを食らわせた。 持ち前のケモノパワーで傷をカンペキに塞いだのは、傷を受けてから一ヶ月も経たないうちだ。 「オマエ、常識って知ってるか」 サンジの腕前が良かったのか。ゾロが非常識だからなのか。 傷は思ったとおり、びったりくっついた。傷口を試しに指先で押し広げるようにしてみたが、ケロイド状になった傷が開く気配もない。 ケモノだ。いや違った、バケモノだ。 ベッドに座ったゾロの胸元をまじまじ見つめてサンジは呆れて思う。 どうやったら、こんな身体になれるんだ?こいつ、絶対におかしいぜ。 眉間に皺を寄せて難しいコックを眼下に見下ろし、ゾロは無用心な男に舌なめずりをした。 船にいたときよりも格段に水仕事が減ったコックの指は、随分きれいになっている。ルフィたちと合流すれば、この手もまた元のように荒れていくんだろう。 コックの指が潤っている分だけ自分が独占している。 不意の自覚は、簡単にゾロに劣情を想いださせた。 考えれば、この島へ来るまでの間はいろいろと忙しかった。 コックは自分が留守をする間の食事を心配し、ルフィの食欲を憂えして、膨大な保存食と焼き菓子を妄執に憑かれたように作っていたし。自分は自分でミホークとの戦いで頭がいっぱいだった。 抱き合えるような余裕もなかったが・・・・。 他意もないだろうサンジの触診に、あっさり禁欲生活は破られそうだ。 「おい、ゾロ・・・・・・」 「もう、ソッチはいいんだろ」 黙るゾロを見上げるサンジの頭を捕らえ、口付ける。タバコのペースだけは以前のままで、触れた口許は荒れていた。 「さあな。お前、ドウブツだから痛みとか鈍いんじゃねえの」 半ば自分から、半ばはゾロの腕に引き摺り上げられベッドに転がってサンジが笑う。 ゾロの広い背中に手を回し、滑らかさを楽しんだ。 胸にはデカイ傷を受けても、背中はいまもって綺麗なままだ。 「よかったな、ゾロ」 「はぁ?なにが?」 「いや、コッチの話。で、スルわけ?」 「オマエ、この体勢でそれ聞くか」 憮然とするゾロが面白かった。自分でも可笑しかったのか、サンジが笑うとゾロも声を出して笑った。子供みたいに笑いながら、久しぶりのキスとセックスをした。 ほぼ二ヶ月ぶりに肌を触れ合わせれば、二人きりの気安さでどこでも抱き合い、些細なことでキスをする。そんな蜜月のような毎日を、恥ずかしながらも甘受して。 仲間たちが迎えに来るまでの数ヶ月を、クレヨンで描いたような小さな島で二人はのんびり過ごしていた。 |