やってくれるじゃないか、クソジジイ。

海上レストランバラティエが、海賊として旗揚げをした。
知ったのは、回ってきた手配書からだ。
片足をなくし、もう海賊としちゃあ遣っていけない。
たしか、言ったのはゼフだったはずだが。なかなかどうして、遣るもんだ。
あのレストランは、確かに海賊の集まりだと評しても、まったく遜色ないほど物騒だった。堅気の者なんてひとりもいない。そのあたりの雑魚たちより、遥かに海賊らしい連中ばかりだった。
航海技術も、戦闘能力も持っていて。その上に全員が料理人だ。
狭く人数も少ない船なのに、食材管理に頭を悩ませるサンジの苦労なんぞ欠片もせずに、悠々自適にグランドラインに突入してくるだろう。

なによりも、ゼフがいる。それだけで、海賊船バラティエは安泰だ。
義足になっても、彼の蹴り技は微塵も衰えちゃいなかった。それは、誰よりも多くの蹴りを喰らっていたサンジが一番よく知っている。むしろ、あれだけの気迫と能力を持ちながら、大人しく10年以上もコックをしていたほうが驚きだ。
身体が動かせるようになり、仲間としちゃあこれ以上望めない男たちが手元に集まり。気に入らない荒くれどもは片っ端から薙ぎ倒していた男が、たかが数年で隠居生活に落ち着けるなんざ、信じてくれと願うほうが間違っているだろう。
海賊として旗揚げしなかった理由には、海上レストランを開きたい、彼の最後の夢とやらも本当だった。だが、そんな夢だけでゼフが納まっていたんじゃない。

きっと・・・・。

サンジは手配書を片手に喉の奥で笑いを噛んだ。

クソジジイめ。ガキを乗せて海賊家業はできなかったってか。
その上に、拾ったちびをコックとして生かそうとしたわけだ。
だが、コックは立派に海賊になった。性根も適正も、もともとが海賊として合っていたサンジに、まっとうな道を歩ませようなど。なんて努力と愛情だ。
非常に感謝している。
大事にしてくれていた。真剣に考えてくれていた。
乱暴だろうが、愛してくれていた。

だが、それで満足していたはずがない。
大人しく隠遁生活を送るはずがない。
常に第一線に立っていたあの男が、たかがレストラン一個で満足する風情でいるのが、サンジは気に入らないでいた。
昔とは違う仲間たちだろうが、ここの連中を引き連れてグランドラインを目指してもいいじゃないか。 幼いころからルフィたちの船に乗るまで、ずっと思い続けていた。
サンジが飛び出したくても飛び出せなかった足かせは、恩返しなんて陳腐な感情論ではない。
どうして海賊に戻らない。声にはできない叫びをずっと、サンジは抱え続けていた。

腹に括った槍を持ちながら、腐らせていたのはサンジひとりじゃなかった。
充分にクソジジイも、まだまだ海賊としてやっていける技量を持ちながら、ガキ一匹のために腐らせてきたんだろう。
付き合いのいい男だ。妙に責任感も強いやつだ。
そうして、ゼフがなぜ海へ出なかったのか。
サンジ自身が賞金首になった今なら分かる。
蹴り技も引き渡した。料理も仕込んだ。
ゼフは、自分と同等の力を持つ男を育て上げ、いつか越えてみせろと。
ミホークがゾロに放ったと変わらぬことを思ったのだろう。

相手にとって不足なく、自分の力を極限までぶつけられる相手がほしい。
バラティエにサンジがいる限りは、叶わぬ夢だった。
だが、サンジはサンジ自身のために走り出し、コックであればその名を知らぬものは居ないまでに成長した。ゼフは頃合と嬉々として動き出したことだろう。
当然のことながら。相手が海賊として名乗りを上げてきたのなら、サンジはそれを迎え撃つ。

赫足の男に掛けられた懸賞金は、8000万。
互いに過去を振り切るには、ちょうどいい頃合だ。
サンジが得た仲間たちは、かけがえの無い存在だ。サンジが自分のために守るべき場所だ。
いくらルフィでも、ゼフと戦うに躊躇いがないと言えばウソになる。
ならば、きっちり過去の借りまでをまとめて返してやるしかない。
負ける気は少しもしない。この船に居る限り、生き残るのは自分だという自負がある。

「覚悟しとけ、ゼフ」

クソジジイでも。オーナーでもなく。
ガキのころから持っていた確執は、きれいに昇華されて音になった。
指先でピシリと手配書を弾き、深くタバコを吸って灰皿にねじ込んで立ち上がる。

使い込んだキッチンのドアを開き、短いタラップを降りてきたサンジに、ルフィがいつもの台詞をがなり、ナミが問答無用に船長を殴っていた。ウソップはチョッパ−と船を修理し、ロビンはいつもの場所で本を広げて寛いでいる。目線を上げたマストの上には、ゾロの緑の頭が見えた。

大事な船だ。他の誰だろうが奪わせたりはしない。
そう遠くないうちに、養い親と対峙する明日がくる。
晴れ渡った空の下。はためく海賊旗を見上げ、サンジは深く息を吸いこんだ。


『クレヨン』の続きで日記から再録