沖合いに捕らえた敵影は、よく見知った海賊旗を掲げていた。
「おい、あれって・・・・・」
焦るウソップの声は信じたくない思いがありありと滲み出て、笑えるほどだった。
「うそ・・・・っ!どうしてよ?」
青褪めたナミの叫びは、悲痛な音をはらんでいる。
彼女が見遣った先には、忘れようもないファンキーな魚の形をした船が、ぐんぐんと速度を上げて近づいている。
友好を暖めにきたんじゃない。
証拠に砲門は全部がこっちを向いていて。すでに一発喰らってルフィが弾いていた。

オールブルーを見つけてから、周囲の状況は一変した。
奇跡の海・伝説の海・・・・
信じていると言いながら、心底から信じているめでたいヤツは早々いない。
それが、確実に見つかったと知ったとたん。今まで馬鹿にしていた連中は掌を返して擦り寄ってくる。
男だろうが、女だろうが。
下心を持った連中の卑屈な目に反吐が出る。
まだ、刃物や拳銃両手に振り回し、どこにオールブルーがあるか吐けと迫られるほうがマシだった。
海賊王と大剣豪。それだけでも十分、狙われる理由もある。
ロビンの懸賞金は跳ね上がり、海賊としてウソップもしっかり単ピンで賞金がぶら下げられた。
当然、ナミにチョッパー、サンジとて例外にはなるわけない。
ぶっちゃけGM号そのものがお尋ねモノを満載した船になっている。賞金稼ぎたちからすれば、お宝満載の宝船だ。全員の首を取れば、一生遊んで暮らせるだけの金が入る。魅力的すぎる。

その上に、サンジが見つけたオールブルーだ。ナミが見つけたんじゃない。その海域はサンジが船を降りてからひとりで見つけた場所だ。
海図には場所を記さず、サンジだけが知っている。

ナミはそれで構わないと言った。
サンジくんの海まで、アタシが取り込む必要はないからね。ひとつくらい、知らない場所があってもいいんじゃないの?
イタズラっぽく言う彼女は、少女みたいに可愛らしかった。
ありがとうございますと、笑って返したサンジだが、穏やかな表面とは裏腹に胸の内側ではゼフに向ける思いがあった。
そうして、程なくして海賊としてバラティエが旗揚げしたとロビンが耳打ちしたときには、身体震えるほどの興奮を味わった。

長い間、抱えてきたものがようやく昇華できる。
機嫌がいいサンジを抱き寄せたゾロは、負けるなとだけ言って寄越した。
何をとも言わない。主語を完全に抜いた物言いは、いかにもゾロだ。
止めるどころか、倒せとゾロは言う。
「当然だ。誰に言ってやがるんだ」
「そりゃ悪かった」
鼻梁に噛み付くサンジを引き剥がし、本来落ちるべきはずだった場所に唇を持っていく。息を絡めとる位置から見下ろしたゾロの瞳は熱っぽかった。
ゼフと戦うことを待ち望むサンジの興奮が移ったように、そのときのゾロがやけに欲情していたなと、サンジは近寄る船を前に思い出す。

挨拶代わりの一発以外は、砲弾を使う気もないバラティエが、ぐんぐんと近くなってくる。
甲板に居並ぶ男たちは、誰もがコック姿でいるのが懐かしく笑えた。
知った顔もあれば、知らない顔もある。
手に手に馬鹿でかいナイフやフォークがあるのは間抜けた絵ヅラだが、アレの威力は半端でないのも知っている。
ゴムの弱点を知っている。ゾロの獲物も熟知してる。
そして、間近になったと同時に、こちらからロビンが先制を仕掛けた途端、恐ろしく巨大な手の群生が固まりとなってGM号の船縁を掴み手繰りよせた。
「能力者か・・・!」
「面白がるんじゃねえよ、ルフィ」
はしゃぐ船長に危機感はない。軽く蹴飛ばし、揺れる足場をしっかり踏みしめた。
ぐい、と強引な引きに互いの船が傾きかけ、どちらもが同じタイミングで反対側にあるアンカーを海へと投げ入れバランスを辛くも保つ。
海一面に喚声が響き渡り、ロープ片手に白服たちが飛び込んできた。

「物騒な里帰りだな、サンジ」
「うるせぇ、働け!」
耳元でぼそ、とゾロが呟く。それを蹴りそこねたサンジの胸元を手繰り寄せ、身を離す一瞬に、「暴れて来い」と気に入っている料理人の頬に指を滑らせた。
「ば・・・・ばっかじゃねえのか!」
ずいぶんと優しい指先の感触に、真っ赤になって怒鳴ってみても、すでにゾロの姿は白服たちに紛れていた。
悔し紛れにごしごし頬を擦り、たまたま目が合ったゼフに中指を立てた。

不適に笑ったゼフの姿は、片脚の損失なんぞ欠片の問題もなさそうだ。
さあ、たのしもうぜ・・・。
タバコを取り出し、口に咥え。
サンジはルフィと揃って、懐かしくも殺気だった船へと飛び移った。


『100のお題』




 

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