好きだよ。すごく好き。お前がいないと、ダメになるくらい好きなんだ。 大げさな台詞はサンジの得意だ。 真剣なのかふざけているのか、からかっているのか。 彼が言う『好き』にはぜんぜん重さがない。 だから別れ間際に言われても、ゾロの胸には少しも響かなかった。むしろ煩い騒音にしか感じられない。ただの程度の音の羅列だった。 「嘘だろう?なあ、冗談だって言えよ」 ゾロが荷物をまとめ、ドアに近寄ってもサンジは認めようとしない。 まさかゾロが離れていくなんて、思いもしなかったんだろう。 ずっとゾロだってサンジを受け止めようと頑張ってきた。人の心の機微を悟るのなんて苦手なのに、必死で彼が何を本当は欲しがっているのか一生懸命に考えた。 だが、どんなに抱きしめ、近くにいてもサンジは満足なんてしない。 好きと擦り切れるほど繰り返し、ゾロを束縛しようとした。 しょせんは二つの個体を、一つにしようなんて無理がある。 いじらしいと思えたサンジの言葉が、徐々にゾロには負担になった。最近では『好き』と言われても、前ほどに胸は騒がない。 それどころか、構うなと怒鳴りつけたい衝動の方が強くなった。 ゾロはそれでも、譲歩した。 自分の信念を折ってまでして、サンジの気が済むようにしてやりたかったが。 無理なんだと最初から分かっていた。 悪あがきをしてみて、思ったよりも関係が長く続いただけで、終わりは最初から避けられない決まりゴトでしかなかった。 ただ、せめて・・・。 どうせなら、こんな冷たい気持ちで別れたくなんてなかった。 偉そうで騒がしいサンジが、意外にも他人に甘えるのも弱みを見せるのも苦手で、どうやればいいのか知らない不器用さを知るからこそ、捨てるような終わりだけは避けたかったのに。 ゾロの気持ちも努力も知らないで、サンジがなにもかもをぶち壊した。 いつもいつも。 ゾロを試そうとサンジはした。 無意識で。 意識して・・・・。 子供が親の気を引くために、下らないイタズラをしでかすのにも似ていながら、サンジのソレはイタズラの範疇を軽く越えた。 一緒に暮らし始めて一年も過ぎたある日。突然に連絡もなく外泊をして、戻った彼の首筋にはゾロに覚えの無い跡があった。 一度なら・・・。 ようよう気持ちをねじ伏せ黙っていれば、サンジは外泊を頻発した。 ゾロが遊びを鼻先で笑えるような大人だとでも思っているのか。 買いかぶりもいいところだった。 ついに切れたゾロに殴りつけられると、暫くは大人しくしているのに、一ヶ月もしないうちに同じことをする。 数え切れない喧嘩と苛立ちの毎日は、ゾロを疲れさせるだけだった。 思っていても、愛情は残っていても。 もうサンジとは居られない。 彼が言う言葉の全てに疑惑を抱く。信頼してやれない。 泣き出しそうな目をしていても。 ひどく悲しそうな顔をされても。 それが本心から出ているのか疑問は消えない。 だからサンジが涙を零しても、心は動かなかった。側に寄って肩を抱きしめてやろうとも思わなかった。 「好きなんだ・・・・」 壊れた機械みたいに、同じ単語ばかり繰り返される。うんざりした。 「その台詞、もう聞き飽きた」 泣くのは今に始まったことじゃない。 ゾロの気を引くためになら、サンジは嘘でも涙を零せる。 何度もその涙にほだされた。 何度も嘘と分かっていても黙って騙されてきてやった。 あからさまな独占欲。ゾロの視界には自分だけを置きたがる。 そのくせに、平気で外泊してくる。 前からサンジは節操がない。嫉妬しなかったと言えば嘘になる。だが、ゾロにしても女が唐突に欲しいときがあったし、サンジと居ても女と遊びのセックスくらいした。 だから首筋にキスマークをつけていても、気にしないようにしていた。 外泊して戻った彼が、ゾロの腕を拒むことに気付いていても、知らない振りもした。 らしくもなく、自分から譲歩してしまうほどにはサンジに惚れていた。 こんなにだらしない男のどこが気に入っていたのか。自分でも首を傾げてしまうのに、サンジを失うことを考えると、少なからず動揺くらいした。 だから何も言わず許し続けてやったのに・・・・・。 サンジは足りなくて、ゾロの何もかもを欲しがった。自分はいきなり外泊をしても、ゾロが友人たちといるだけで割り込んでくる。そうまでしてゾロの全てを自分のものにしようとする。隠そうともしなかった。 ゾロに対しての独占欲と、奔放すぎる彼の行動。 ゾロには自由のない毎日。サンジだけが満足する生活は、精神の糸をキリキリ引き絞り、とてつもなく疲れた。 どうすればサンジから不安を取り除いてやれるのか判らない。この男を理解したくても、できやしない。 好きと言う言葉は、ゾロにとっては薄っぺらく、そのくせとてつもなく重荷になってしまった。 そう言えば、サンジのどこが好きだったんだろう。疑問に思う。 仕掛けてきたのはサンジからで、いつも好きというのも彼ばかりだった。 繰り返し『好き』と口にしては、目線で態度で尋ね返される。 最初の頃は可愛らしく思えたそれらも、積み重ねてしまうと鬱陶しくなった。挙句に好きなんだとしつこい割に、他所で他人と肌を合わせてくる男の考えがさっぱり分からない。 あんまり遊びが過ぎて憮然としていると、窺うように擦り寄ってくる。猫みたいに身体を近くにして、ゾロに抱きついて。 好き好きと耳もとでいつまでも囁いている。一度、あんまり煩いので答えず放っておいたら、一日中それしか知らないみたいに『好き』とずっと言っていた。 一緒に暮らし始めた頃には『男が男に言う台詞かよ』と照れも混じって言い返しはしても、そっと寄越された子供騙しのキスは温かかった。傍らで寄り添う存在は心地よかった。 生温い甘ったるさは、同じ男と居るのにひどくゾロを落ち着かせたのに・・・。今では何もかもがウソで固めた過去に思える。 思い返してみても記憶にあるのは、初めての頃ばかりの初々しい光景ばかりだ。 足元の荷物を取り上げ、ゾロは『じゃあ』と軽く言った。途端、目の前であれほど泣いていた男の形相がガラリと変わった。しおらしかった態度とは打って変わり、足音も荒く近くまで来る。ゾロが身体を僅かに引いても構いもしない。 「俺を捨てるのか」 「お前、ほかの言葉を知らねえのか。ソレも聞き飽きた」 「ゾロ!ゾロ、頼むから。俺を置いていくな。なあ・・・」 「やめろ・・・」 低い呟きで縋って伸びる指を振り払う。 冷淡な態度に、サンジは怯えたふうに動かなくなった。次の瞬間には、まだ頬に涙の跡を残しながら浴びせかけるように笑い出した。 気分で態度をすぐに変えたり、平気で泣いたりできる男と知ってても、さすがにゾロも驚いた。驚きすぎて、唖然と笑うサンジを見た。 発作に襲われたみたいに、サンジの笑いは止まらない。腹を抱え、ナニがおかしいのかげらげら笑う男にうんざりする。 やがて、笑っていたからなのか、泣いていたからなのか分からなくなった濡れた目元で、サンジが真っ向からゾロを射竦めた。 「お前は・・・俺を捨てたこと、絶対に後悔すんぜ」 「後悔ならテメェに会ったってことで、充分した。この先、テメェのことで後悔することがあるとしたら、貴重な時間を詰らないヤツにくれてやっていたことしかねえ」 吐き捨てて、今度こそ出て行くためにドアノブに手を掛けた。 「それでも・・・。お前は俺を忘れられないさ」 背中に掛けられた言葉は呪いのような囁きだった。 低く消えてしまいそうな声だったのに、やけに鮮明にゾロの鼓膜にこびりついた。 最後まで薄汚い独占欲をひけらかせる男の言葉が、僅かに残っていたかもしれない情までもを綺麗に焼き切った。潔くない男に、苛立ちは暴力的に膨れ上がる。 勢いよく振り向きざま、サンジを思い切りに殴り飛ばした。 不意を打たれたからなのか、驚くほど簡単にサンジは部屋の隅まで吹き飛んで、壁に背中をしたたか打ちつけた。 イテェ・・・と、顎を擦った男の足元に唾を吐き、ゾロは後も見ないで外へ出た。 あんな男でも、愛しいと思っていたなんて胸糞が悪くなった。 この先になにがあってもサンジを憎みこそすれ、ちっぽけな同情すら分けてやるものかと、キツク心に誓った。 『携帯電話』へ続く |