その男、予測不可能につき・・・・





 ルフィの兄であるエースは、やって来たと同じに速攻で帰っていった。
 駄賃として七隻の艦隊を一撃で沈めるパフォーマンスを繰り広げてくれた。
 以外とエースってのはイイやつだなと、サンジはのんびり煙草を吹かして思う。
 それにしてもD兄弟は、結構クールな関係なんだろうか。話ぶりからは数年越しの再会だったみたいだが、親しい人との間で交わすスキンシップの欠片もなかった。
 エースは確かにルフィの兄にしてはいい男だ。
 さらりと助けてくれていながら、恩着せがましい態度も取らず、ルフィを心配しているのだって、初対面の自分たちですら感じ取れる。 弟思いの兄ちゃんだ。腕っ節も強いし、礼儀正しい。それにルフィにしても自慢の兄らしい。
 まあ、エースを見ていれば、自慢したくなるのも頷けると誰もが納得できるほど、出来た男だ。
 そんな弟思い、兄自慢の兄弟が出会ったのなら、いくら急ぎの旅であっても、もう少し居ても良いのではないかと思うのだが、  止めるのも聞かずにエースは旅立った。
 裏切り者を追いかけるのは、確かに急がないといけないように見えるが、反面、急いでもゆっくりしても変りないはずだ。
 広い海の上での焦りは禁物であるのをエースほどの男が知らないはずがない。
 
 何か他に理由があるのではないか。
 疑問に思えば、存外に人を見る目に長けているサンジは、エースの行動の不審な所が見えてくる。  それが何であるのかが気に掛かり、お茶の用意をしながら、先刻の兄弟再会シーンを幾度も頭の中でリピートしてみる。

 なにか引っ掛かるのだ。それが何であるのかが、掴みかかりながらも手に出来ないもどかしさが、どうにもサンジの気持ちを苛立たせる。
 非常に重要な物事のような気がする。勘はめちゃくちゃ鋭い方ではないが、長年の接客業で鍛えられた触手が、気が付けと警告ランプを灯している。
「ううん・・・わっかんねえなあ・・・」
 キッチンで茶器を揃え終え、あとは外のレディと野郎たちに声を掛けるだけになったところで、  とりあえずおやつ戦争勃発前の一服を燻らせ、ひとりごちた。
 そのとき、不意にルフィの雄叫びとゾロの怒鳴り声がサンジの耳に飛び込んできた。
 はっとして顔を上げたコックは、咥えていた煙草をシンクに投げ捨て、野郎共用にセットしてあるトレイから、一抱えもあるボウルを  腕にして、キッチンのドアを音高く開く。
 デカイボウルの中には、香ばしい匂いを放つマフィンが山と盛られている。

「ルフィ、喰え!!!」
 ラウンジのドアを開くと同時に、サンジは片手で掴み取った幾つかを、池の鯉に餌をばら撒く要領で下甲板へとばら撒いた。
「おおっvv」

   ”神はイエスの訴えに答えて、マナなる食べ物を荒野に降らしたもうた・・・・”

   決してサンジの手は小さいとはいえない大きさがあり、数回に分けてばら撒いたマフィンは、十個以上はあったはずだった。しかし、ルフィの異常なまでの動きの速さと食べ物への執着心は、取りこぼしひとつも許さないらしい。
ゴムゴム能力で大口になった口を見ていると、サンジはいつも聖書の一説と、ルフィが荒野で口を開いている映像がセットで現われる。
 ルフィがいたら、キリスト教だって世界中には流布されなかっただろう。奇跡の場面にコイツが居たら 地面に落ちるより先に、天の恵みを一つ残らず胃袋に納めてんじゃないのか。
 もっとも、今のサンジに重要なのは世界宗教の存続の危機などではない。ばくばくとマフィンを咀嚼するルフィの足元で、 今日も辛くも貞操が守られたゾロの状況である。
 砂漠地帯へ入り込むために、服装をベドウィン風にした剣士は長い衣が太股辺りまで捲られている。 筋肉が乗った長い脚は遠目にも逞しさをサンジに感じさせながらも、かなりアブナイ状況だったと察知ができた。
 足元を取る布が捌ききれず、弾丸のように突っ込んでくるルフィへの対処が僅かに遅れてしまったらしい。 後手に上体を支え片膝を立てているゾロの姿は、本人が意識していないだけに扇情的な眺めであった。その固い足首辺りには、 くっきりとルフィの歯型が浮いている。今夜にでもあの上に自分の歯型を残しなおそうと、サンジは密かな決意を胸に刻んだ。
 ルフィの腕にボウルを押し込んだサンジは、冷や汗を浮かべているゾロと目が合い、独特な形状の眉の一方を軽く跳ね上げた。
「色っぽいカッコだな」
 乱れきった黒い衣を纏わせた野性的なゾロの姿に、急激な渇きを口中に覚えた。
 サンジほどでないが、ゾロの脚にも強靭な力が宿っている。鍛え上げられた固く長い脚の上で、数え切れないほど快楽に翻弄された。 身体の間に膝を差し込まれ、もどかしい愛撫を受けながら口中を弄られ、全身を撫でまわすゾロの手の感触が、皮膚に生々しく蘇り、 サンジの身体に劣情を篭らせていく。
 なめし皮のような皮膚には幾つもの傷跡があり、足首の切り傷は彼の闘争本能の激しさを物語っていた。 あの傷に舌を這わせ、胸元の刀傷の味も知っている。ゾロの前面に散らばる全ての傷跡をサンジの舌は舐め取り、自分のものとしていた。
 煙草の煙を吐き出し、そろりと乾きを感じる上唇を舐め上げたサンジの目元に、ゾロはにやりとした笑いを返した。
 水仕事が終ったばかりの片手を差し出してくるサンジの手は、料理に従事するものたち特有の赤みを帯び、いつもの白さがなかったが、 ゾロはこの手が好きだ。破壊するだけの自分とは違い、サンジの手は命を育むことを知っている手だ。ゾロを安らいだ気持ちにしてくれる。
 揶揄するサンジの手を握り締め、立ち上がりながら衣服の砂埃を払った。

「参った」
「お前はルフィに甘すぎだ。俺が毎回てめぇを助けてやれるとは限らねえんだぞ」
 珍しくも泣き言を零すゾロをサンジは面白そうに見遣る。
「昨日の今日だから油断した」
 言われて、確かにそうだったと思い出す。
 昨日にルフィがゾロに襲い掛かった時には、食料庫にも食べ物がなくて、ゾロの身体に巻きついているルフィを引き剥がすのに 悪戦苦闘した。おかげでゾロの首筋にはくっきりと鬱血の跡が付いてしまい、サンジがその上からキスマークを付け直すおまけの 出来事があったばかりだ。
 これまでのルフィの行動からすると、連日でゾロに襲い掛かることはなかった。
 ゾロの言い分も尤もだと納得したサンジは、ルフィへと視線を向ける。
 昨日とは打って変わって、ルフィはこの世の幸せを独り占めしたかのように、サンジが焼いたマフィンを貪り食っている。 横からボウルに手を突っ込んだら、手ごと食われてしまいそうだ。
「ルフィ!ゾロに手出しするなって昨日も言ったはずだぞ」
 声を投げつけるが、ルフィの耳には届いてない。人間として会話を交わすには、しばらく時間がかかりそうだと判断して、 今度は傍らのゾロへと首を巡らせた。ゾロは憮然とした表情で、ルフィを見詰め、疲れた溜息をひとつ零す。
 がっくり落とされた肩が傷ましくて、サンジはゾロにキッチンへ行くように目顔だけで促した。


「あの様子じゃ、会話もできねえ」
 紫煙を吐き出し、ウォッカを注いだグラスをゾロの前に置いてやる。ゾロが小さな声で礼を述べ、水でも飲み干すように一息でグラスを空ける動作に、目が奪われた。濡れた口元を舐める舌に、自分がウォッカを飲んでいるような酩酊感を覚える。
「ルフィと何の話をしていたんだ」
 テーブルの端に腰を引っ掛けたサンジは、椅子に座るゾロを見下ろした。グラスに酒を注ぎ足すサンジの腰に太い腕が緩く回され、近くなる緑の頭を自然と胸元へと寄りかからせてやる。互いに目線だけは違う方向に投げながら、触れ合う箇所から染みてくる体温と匂いだけを意識していた。
 サンジの指先が後頭部の短い頭髪を梳き上げるのを感じながら、ゾロはぽつぽつと言葉を押し出した。

   最初は甲板でエースのことをルフィから聞いていた。初対面のエースは、とてもルフィの兄とは思えないほど、人間らしい側面を持った男だったのが乗員の興味をいたく引いたこともあり、ゾロだけでなく周りには他のメンバーも全員が揃っていたらしい。
 ルフィよりも早く海賊として海に漕ぎ出したことに始まって、船長の昔話に花が咲いた。
  赤髪のシャンクスのことやその仲間たちのこと。頬に傷を自らつけた経緯。ルフィが生まれ育った港町の情景。 兄弟二人きりだったが、周りの人々が彼らの親代わりとなって育ててくれたこと。
 エースがやってきた余韻として当然の展開だとゾロは思うし、サンジも同様に感じた。だが、非常識のスペシャリストの看板を背負う船長は、昔話も徐々に妙な方向へと逸れていく。
「それにしても、エースは随分忙しい男みたいだな」
 何気に放ったウソップの言葉が、手榴弾のピンを引き抜いた。
 その言葉自体には、何も罪はない。サンジもその場にいたら、同じ疑問を口にしたはずだ。それほどエースは、そそくさとして用件のみだけを伝えて姿を消したのだ。
 ウソップの一言に、ルフィはにっかりと太陽のような笑いを浮かべて寄越した。暢気にも、
「まだ忘れていないらしいからなあ・・・」
「忘れてないって?」
 あまりに、さらっと流されてしまえば興味は逆に刺激される。
 意味深に言って貰ったら、多分、誰も聞き返しもしなかっただろう。しかし、ルフィには含みを持たせるような技はない。彼はどんなときも直球しか投げてこない豪腕投手なのだ。だが、いくらど真ん中にしか投げない投手だろうが、その威力が凄まじければ、打者に止められないのもまた真実である。ルフィの場合、キャッチャーどころか審判もろとも、バックネットまで吹き飛ばす殺人的な威力の球を繰り出してくる。
 その言葉に秘める非常識の威力は、いかな型破りのゾロであってもついていけなかった。  法螺話ばかりのウソップでも、ある程度の範疇がある。人を貶めるナミであっても、彼女は人間を捨てていない。
 にしし・・・・と白い歯を見せて無邪気に笑った船長は、ゾロへ顔を固定した。

「ゾロはエースと似ているぞ」
「あ・・・?そう・・・か?」
 脈略もなく言われて礼をとりあえず述べるゾロに、おう、と満足そうに答えたルフィの手が肩に乗っかった。それでも、ゾロはあまり警戒しなかった。連日でルフィに襲われた試しはなかったし、元々ルフィはスキンシップ過剰なところがあるのは、この船の乗員全員が知っている。
「エースのヤツは昔っからあんな感じでよぉ。俺の自慢の兄貴だったんだ」
 そりゃそうだろう。エースは確かに格好イイ男だった。
 ルフィと兄弟と言われても、腹違いかもしくは養子かなる突っ込みを心で誰もが入れていた。
「腕っ節も強いしさ。顔も結構男前だし、身体つきも子供の頃からエースは格好良かった。風呂に一緒に入ったときとか、でっかいエースの背中にひっついたりしてたしよ」
 ほのぼの情景が全員の脳裏に浮んだ。ゾロとウソップには兄弟はいなかったし、ナミにはノジコがいたが、何年も風呂に一緒に入った記憶もなければ、そんな些細なことすらも許されない状況で生きていた。チョッパーはドクターが一緒に風呂に入ってくれて、背中を洗うのを手伝ってくれたのを思い出す。ビビなどは他人との接触すら自由にしたことがないだけに、羨ましさを覚えずにはいられなかった。きっと微笑ましい光景であったことだろう。だからルフィの話は、それぞれの感慨を胸中に蘇らせるものだった。
 しばし物思いに耽ってしまい、周りには波音だけが満ちる静けさまで漂った。
 しんみりした場の空気に波の音と風にはためく帆の音が添えられ、平和な光景を演出していた。いきなり静かになったひとりひとりの顔を見回して、ルフィだけはどうしたんだ?と尋ねながら、構わず先をどんどんと続けてい行った。
「だってエースってイイ身体しているだろ。すっげえ感度も良さそうだし、シャンクスに抱かれているって噂も聞いていたしよ。慣れていれば俺だってどうにかなりそうじゃん?」
   
 そうそう、兄弟で一緒に風呂に入って、全身を洗ってやって大人になったか?とか冗談を飛ばしながら、相手の股間に視線を注いで見たり。そうやってオトナになっていく準備段階をするもんだ。  少々照れ臭いが、そうやって相手の身体を揶揄しながら、自分はいつになったら毛が生えるだろうとか。そんな子供時代が誰にでもあったものだ。
「ん・・・・?」

 まずはウソップがルフィの台詞の奇妙さに気付いた。
「いま・・・・妙なこと言わなかったか?」
「感度がいい?」
 目線を走らせたところでチョッパーが首を傾げる。チョッパーにはその単語が意味する所がいまひとつわかっていなかったらしい。
ナミはその隣で、始まったとばかりに溜息を零して、ゾロに哀れみの視線をくれてやる。しかし、ゾロはセクハラを受けている本人でありながら、危機意識があまりにも薄すぎた。
 そろりとナミが立ち上がる後で、ウソップが慌しくチョッパーを抱き上げて手すりにまで後退する。  どうした?とばかりに目線を上げたゾロは、次の瞬間、ルフィのゴムゴムの腕に胴体部分を巻き取られ、甲板に押し倒されていたのだ。
「いっ!?」
「ゾロォ〜〜ッ!!サセてくれえ〜〜っっ!!!」
「アホか!!離れろ!」
 突き出した唇が口元を狙っているのを両手でもって押し退け、近づけないよう必死になる。
「んぎぎぎぎぎぎぎ・・・・」
 だが、ルフィはタコの吸盤のようにゾロから離れず、じりじりと唇を接近させてくる。どちらもが歯を食いしばり、力勝負に持ち込んでしまおうとしている姿は、古代ギリシャのプロレスを思わせるほど凄まじいものがあった。と後にナミは語っている。
 要は今回も誰も助けようとはしなかったのだ。
 ルフィが伸ばしてくる唇から辛くも逃げているゾロを前にして、聡いナミは全てを理解した。
 エースがあんなに慌しく立ち去ったのは、幼少のルフィに迫られてのことだったのだろう。突発的に襲い掛かるルフィと暮らしていて、彼の神経はどれほどに磨り減ったことか。思わず同情してしまう。エースが海に出て行ったのも、悪魔の実の能力者になったのも、全ては鬼畜ルフィから己が身を守る為ではないだろうか。
 それでも恐怖心は拭われず、しかし弟をほうっても置けず。
 その辺りの心境はナミには想像がついたし、話をそこまで聞いたサンジにも察知できた。
「苦労する兄ちゃんだよなあ・・・」
 なまじ常識に囚われてしまうと損するもんだ。
 サンジはゾロの髪を指の間に潜らせながら、短くなった煙草を灰皿に押し付け嘯いた。この船でルフィの騒ぎに巻き込まれない人物はいない。サンジ当人もゾロに迫るルフィを撃退するのに、神経を尖らせていたりするのだ。
 ルフィに関わったオプションと思ってトラブルは甘受するしかない。それがこの船で生きていく絶対条件のひとつだ。


「で、なんで脚に歯型が残るんだよ」
 ゾロは話は終ったとばかりに、サンジの腰に回した腕を解いた代わりに両手でもって長衣をたくし上げている。放って置けば、そのままベルトに掛かりそうな手を服の上から押さえつけた。
 ルフィに真っ青になったばかりの癖に、ゾロは不敵に笑ってサンジの喉元をぺろりと舐める。
「そのまんまヤろうとしやがったからだろ」
「サセんな!!」
 あっさり言って寄越すゾロに、サンジが切れる。
 青筋まで額に浮き上がらせて睨み付ける料理人に、剣士は片眉を跳ね上げたニヒルな笑いを返し、お前が来てくれただろう。問題ない。と薄い顎鬚ごと顎骨に噛み付かれた。
「夜、まで・・・待てねえのか・・・よ」
「待てねえな」
 立ち上がったゾロに頬を取られ、半ば強引に上向かせられた口元に深く舌を差し込まれる。ぬるりとした肉隗が上顎を舐め取り、そこから伝わる信号はダイレクトにサンジの下半身を打ち、抵抗の二文字を簡単に削ぎ落としていった。
 お茶の用意は整っているし、外はまだ明るく仲間たちは起きている。
 だが、魅惑的なゾロの口付けを受けて疼き始めた体の熱は抑えようも無くなっているのだ。
「ナミさんたちにはお前が謝れよ」
 キッチンに錠を下ろしたサンジは、背後から首筋に愛撫を落すゾロの首に手を掛けて、上体を男の胸に凭れさせる。
「俺たちがいるのを知ってて、あいつ等が来るはずねえだろ」
 どこまでも自己中心の剣士は、にべもなく言い切る。
 それよりも、もっとイイ声を聞かせろと、貝殻のような耳朶に熱く殺し文句を吹き込んだ。


                                                      End




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