サウス・ブルーの群生諸島海域はサンジたちの海だ。しつこく追ってくる海軍も、さすがに海賊たちが拠点にしている海域まではやってこない。
 それでも二年前には、海軍もけっこういた。それを拿捕し海軍将校を捕虜にしては、身代金を払わせる。そんな事が数回続き、サンジの賞金が大台に乗った頃には、ぱったり海軍は寄り付かなくなった。おかげでサンジ率いる海賊団にとって、この海域は家に戻ってきたも同然の安全な場所になっている。
「三番テーブル通過か。んじゃ、後は頼むヮ」
「また掃除か」
 三つ目の島を通り抜けたのを確認し、キッチンへ向かうサンジの背中に声がかかった。肩越しに振り返れば、黒人の大男が笑っている。腕のいいコックで切り込みの先頭に立つ彼は、普段は周り連中の二倍の装備でいるが、今は腰に短刀が二本ある程度だ。
「働きづめだな」
「オレの仕事だ」 「趣味だろ。誰か手伝わせるか」
「いや、一人でできる」
「今回はけっこう使ったんだから、大変じゃないか?」
「島に戻るのに、あと二日は掛かるだろ。ひとりで、ゆっくりやるさ」
 ついでにメシも作ってやるよ。
 にやり言ったサンジに、厳つい黒人が大きく破顔した。刃物のような表情が緩み、ガキ臭いそれになる。
「んじゃ、久々にオーナーのメシが食えるのか」
 馬鹿デカイ大男だろうが、嬉しそうにされると悪い気はしない。
「おう、楽しみにしとけ」
 手を振った後ろでは、黒人の豪快な笑い声がした。

 戦闘はないし、追っ手もいない。追いかける獲物もいなければ、船長のサンジにすることはない。なので、いくつかの小島を過ぎたのを確認したあとはキッチンの掃除に励むのが慣習になっている。キッチンは使った後始末はしていたし、海賊団はコックばかりの船だ。当然ながら掃除は行き届いていたが、最後の大掃除だけはサンジがする。その仕事をしないと、サンジも他の連中も、戻ってきた気がしない。
 今回は、サウス・ブルーからウエスト・ブルーまで遠征後の半年振りの帰島だ。その間、立ち寄った島々で入手した珍しい食材や、途中で襲った船からの分捕り品でフリゲート船はいっぱいだ。今回の成果に機嫌もよく、サンジは火をつけてないタバコを咥え、キッチンの壁を磨いた。
 このキッチンで100人からの海賊たちを食わせ、立ち寄った島では海上レストランとして仕事もしてきた。
 壁を磨きながら、『美味しい』と笑った娘の顔を思い出し、サンジの口許がだらしなくなる。

 そりゃぁ美味いに決まってる。味にはとことん煩いナミとロビンを、満足させてきたコックたちがいるレストランだ。今じゃ支店は数十になり、年がら年中、あちこちの海に海賊としてだけでなく、指折りレストランとして出没している。
 海賊旗を降ろし、レストラン運営のみをしているときだけは、海軍たちも任務を抜きにして飯を食いにくる。ナミとウソップが共著した『世界の海の食べ歩き』にも、五つ星で掲載された。おかげで、海賊家業とコック業の両方から稼ぎが入ってくる。

「さて、二日か…。なに作るか------------------」
 壁も磨き終え、そろそろ昼に差し掛かる時間になったので、キッチンの奥にある貯蔵庫で在庫を漁っていたら、甲板からドタドタ降りてくる騒がしい足音と声がした。
「サンジ…!オーナー!!」
「なんだ、騒がしいな。敵でもいたか」
 サンジがキッチンに居るときには、敵襲以外では邪魔をしてはいけない。
 規則を破って駆け込んできたのは新人だ。もともと気分で左右されやすいオーナーの目つきは、たちまちに物騒なものになる。ジャガイモから目線をじろり上げる、それだけで新人コックは真っ青になった。
「い…いえ、違います」
「んじゃぁ何だ。下らんねぇことで俺ンとこに来るってことは、覚悟があってだろうな」
 軽く膝を曲げた片脚を浮かせるだけで、新人は震えて涙まで浮かべた。
 こんなんで、海賊だってんだから…。根性がねえ。島に着いたら、こいつは放り出す。どうせ下んねぇことで、駆け込んできやがったんだろ。
 自分の蹴りの破壊力に、いまひとつ自意識が欠けるオーナーは勝手に決め付けた。だが新人はへこたれなかった。

「六号店店長から連絡がきて…」
「六号店?」
 言われて店長の顔を思い出す。町のパン屋の親父っぽい船長がいる船は、フリゲートより脚が早いスループ船だ。荷物満載の本船よりも先に、本島へ荷物の目録といくつかの品物を運んでいるはずだった。
 本島じゃあウソップ自らが、島でサンジたちの到着を待ち侘びソロバンを弾いてる。あの金に厳しいナミが君臨していたメリー号の生活を経験に加え、持ち前の口先マシンガンを強力な武器にして。射撃の腕前もますます冴える押しも押されぬ冒険大商人だ。
 腕いっぽんでのし上がったウソップ商人は、旧知の友人だろうが商売には容赦ない。海軍よりも恐ろしい商売上手な男。商談に間に合わせるため、僚船は持てる速度で走ってる真っ最中のはずだった。
 弾薬のレートは刻々上がる。ウソップが持ってきた火薬の値段も、刻々と変化する。時間と勝負をかけてるときに、連絡なんて悠長なことしてくるってのは、よほどの緊急事態発生だ。

 まさか、どっかのアホがやらかしてきたのか。それとも予想しない困難にぶち当たったか。
 海軍は出没しない海域だが、馬鹿な連中がときどき紛れ込んでくるのは防げない。名を上げたい身の程知らずか、もしくはメシを食い荒らしにやってくる海賊王の姿を見たか。それともゾロが、この前の喧嘩の続きをしにきやがったか…。ナミかロビンの船だったら、ソレはそれで一大事じゃねえの。それこそ連絡しまくれ!

「なにがあった」
 ギラリ殺気立つオーナーの声が低くなる。語り合ってたジャガイモは袋へ戻し、またもやビビる新人が答えるより先に操舵室へ体は走っていた。


『だから、ベッドだって』

「あぁ?テメェなに言ってんだ?もう一度聞く。何があるって?」
 ナニゴトと急いで駆け込んでみれば、店長はさっぱり分からないことを言っていた。怒鳴りつけてやろうが、のほほんとした六号店店長の声に焦りはない。
『九番テーブルに、でっかいベッドがある。で、誰か寝てるんだなコレが…』
 最初に聞いたのと同じ台詞が戻ってきて、サンジの額に青筋がめきめき立つ。
「なんでベッドがあるのかって、俺は聞いてんだ」
『オーナーがリゾートのためにベッドを置いたんじゃねえんなら、俺に分かるわけねえだろ』
「--------------------------寝てるってのはッ!」

 のらりくらり躱され、あやうくウソップ特製電伝ダイヤルを破壊しそうになる。
『見張りの話しじゃ、誰かが寝てるみたいだってのが正しい。遭難者とは思えねえんだが、一応オーナーが見てくれねえか』
「ふざけんじゃねえっ!」
 ついに尾っぽがぶっちりイッた。

「テメェで見て来い!一番近いとこにいるのは、テメェんとこだ!」
『あー、それでもいいんだけどな…。ウソップどうすんだよ』
 ああ言えばこう言う--------------------。このクソパンめ!
『それになー』パン屋は続けた。『オーナーの判断が、非常に必要な感じがする』
「どうしてだ」

『たったいま、しっかり確認した。寝てるのはゾロだ』
 本島まで二日。九番テーブルまで三時間。

「あンのクソガキャぁああああっ!」
 また迷子になりやがったのか!

 なにもなかったら、サンジは飯を部下たちに作ってやりながら、島でウソップ相手にやりあう算段も立てていられたものを…。
 九番テーブルの島は、直径一キロの小さな島のくせに遠浅にできている。船底の浅いスループならかなり近くまで入れるが、さすがに大型のフリゲートにはきつい。ボートがいる。
 ベッドについては皆目不明だが、どうしてゾロがそんなトコにいるのかは、想像がついた。ヤツのことだから、迷子になった末に辿り着いた場所がたまたま九番だったのかもしれない。ゾロの船は、たいがいが大剣豪を追いかけて、グランドラインを右往左往しているが、船長自らが単独行動によく走る。この五年ほどの間に迷子になったのはありえない回数だ。行方不明の知らせを受け取れば、そのつど昔の仲間が保護しちゃあ、船に送り届けてやっている。
 ゾロが大剣豪になるまで六年はかかる。仲間たちとの賭けでサンジはそう予想した。あれから五年。勝負は現在、八年と予想したナミと十五年と賭けたチョッパー。それに六年のサンジを残して進行中。なぜか親元はゾロの故郷の師匠だ。このまんま放置して干からびさせてしまうと、残り全員、自分も含めて賭けに負ける。
 はした金でもないので、負けるのは悔しい。それ以上に怒れるナミがマッド・サイエンティストと化したチョッパーを伴って、島へやってくるに違いない。こっちの方がヤバイ。
 ギリギリ歯噛みするサンジの周りじゃ、集まってきた乗員たちが面白そうにしている。

「どうしますか、オーナー」
「取りに行くっきゃねえんじゃないの?」
「そりゃそうだ。海上条例にも“遭難者は救出する”ってあるしな」
「何言ってんだ、お前。遭難者の前にオーナーの嫁さんだぞ。行くに決まってんだろ」
「決まりだな。行く先変更だ」
 わなわな震えるサンジの背に、ポンと野次馬の片手が乗っかった。
「ってことで。オーナー、多数決なんで・・・」
 油の差してない機械の動きで振り返る。
「おまえら…おまえら---------------------------!」
「多数決だ、サンジ。船長だろうが決まりには従ってもらう」
 前髪までプルプル震え、怒りを溜め込むオーナーにも怯まず、コック兼クォーターマスターが最終決定を五寸釘で刺してくれた。
 分かってる。多数決だ。海賊の掟だ。行く先を決めるのは船長じゃない。乗員たちだ。知らないサンジじゃない。反対するにも説得する言葉も出せず、怒りに顔色を失うサンジに、背後の男は片手を差し出しニヤリ笑って言いやがる。

「またしばらくは同棲生活だな。おめでとう」
 

 ゾロがいたベッドはドコの誰から分捕ってきたのか。羽毛布団は極上に柔らかくって触り心地がよかった。
   シルクのシーツってのは、どうなんだ。ゾロの図体と顔と完全に反比例するベッドは、純白と純金でできた恐ろしく豪奢でメルヘンチックな代物だ。コレだけでひと財産だ。
 クォーター・マスターは“同棲”なんざ冗談で言ってたが、サンジが直接ゾロを蹴り起こしに行ってる隙に、元ゾロの船からは『島にゾロと一緒にベッド置いといたんで。持参金にしてやってください』なんて、ふざけた連絡が入ってきてた。
 そして今。腹もぶち破れんばかりのサンジの蹴りを喰らった男は、サンジの部屋でメシを食い、件のベッドは面白がった乗員たちに部屋に運び込まれ、半分以上も室内を占領していた。
 なんだって、コイツは平然としてられるんだ?
 ガツガツ音を立ててメシを喰うゾロと、存在感ありありのベッドに、サンジは溜息も出ないほど困惑している。だがことの起こりの本人は食うことだけに専念している。

 これでいいのか。
 こんなんで、いいのか  イイわけ…ねえだろう!
 ゾロから直接に聞かなくても、あの情況とあの連絡で船を取り上げられたのは予想ができた。なにもかも、イイわけない情況なのだ。


 ムギワラ海賊団が五年前に解散してからは、さらに各自が好き勝手な道を行っていた。
 ルフィは海賊王になってからも、グランドラインどころか世界中の海を冒険しまくりながら、時々不意打ちで新しい仲間を連れてサンジの島へやってくる。半端ない食欲のルフィ一味が来るのは、コックとしての醍醐味と一緒に、一時的な食糧危機も起こるので、毎回の戦闘の末の本店ご来店だ。
 ナミはウソップと結婚したが、冒険商人のウソップとは別の船団を率いて海図作成に心血を注ぎつつ、傍らで海賊稼業も営んでる。
 ロビンはロビンで古代遺跡調査に海へ乗り出して、学者ながら海賊肌の連中を仲間にして、新しい発掘をしたと言っては祝いの飯を食いに、ちょくちょくやってくる。チョッパーは“無国籍医師団”の船長になって、時にはルフィやウソップよりも精力的に世界を飛び回り、医療活動に心血を注いでる。それなのに、昔の仲間たちが否が応でも戦闘を起こすときには、どこからか情報を掴んで姿を現す。
 そしてゾロは、打倒・大剣豪の目的を掲げていながら、これまた海賊なんてやっている。ただし、年に何回かはフラリ単独で海へ出ては、ミホークに挑戦しては負けてみたり、勝負に出たわけでもないのに自分の船に戻れなくなったりしている。頻繁の迷子症は、もう根っからの性分なんだとサンジは思ってる。その点については、ゾロの船の乗組員たちも諦めていた。各地に散った仲間たちも、何度もゾロを連れ戻してやってりゃ、慣れてもくる。

 なのでサンジは理解できない。ゾロがいた船の連中は、船長を過保護に扱ってきた。大変に癪に障るが、連中はゾロを慕って集まった男や女ばっかりで構成されている。進んで迷子になる船長には舵なんて到底任せられないし、小知恵が必要な海軍やら海賊たちとの陰険な取引も、真っ直ぐな性格が災いしてできやしない。
 索具をいじくりゃ怪力加減も利かなくて、次々と壊していくし。ロープを引っ張らせればブチブチにしてくれる。任せられるのは、昔ッから担当させられてた錨の上げ下げだけとくる。
 なによりコイツはアホだし、寝てばっかりだ。船に居てもろくな仕事もできやしない。

 けど、ゾロってヤツを少しでも知れば諦めるしかねえだろ?っつーか、俺たちより分かってるんじゃねえの?お前ら、アホの教祖に心酔しまくってたじゃねぇの。いまさら船から追い出すなんざ、あんまりじゃねえか。

 ぐるぐる考え込みすぎていたので、ゾロに声をかけられるまでコッチを見てるのにも気付けなかった。自分でも知らないうちに、いつの間にかゾロをじっと見ていたらしい。薄い色した瞳と目が合い、やたらサンジは気恥ずかしい思いを味わった。だがゾロは、そんなサンジにますます訝しげな顔になった。
「どうした。具合でも悪ぃか」
 あげくそれまでメシにがっついていた男が、片頬ふくらませて聞いてくる。
「はぁ?なに言ってんだ、テメェ…」
 どうしたって…。そりゃ俺の台詞だよ。
 反射的にボケてんのかと思ったが、違った。とぼけてるんじゃない。本気で心配して尋ねてる。
 人間、波乱万丈な人生を二十五年も送り倒していると、適当になにかが落ちていくらしい。十九歳のゾロだったらサンジの顔つきに、よからぬ考えを察知して、問答無用で抜刀していただろうに----------------------。
ギラギラしたところが減った分だけ、ゾロは丸くなったがアホにもなった。

 ああああ、ちげーよ。
 前々からコイツは、純度100%のアホだった。

 きょとんとしてる剣豪と目が合って、上体がぐらり揺れそうになった。まだ話しもしてないうちから、疲れがどっかり双肩に圧し掛かる。
 自分もまだ十九歳だったら、疲れるよりさきに蹴り倒してた。怒鳴ってた。それがどうだ。今じゃあ脱力しちまう始末だ。馬鹿と長く付き合っていると、こっちもリズムが少々間延びしてくるのかも?
 あの頃は、若かった…。元気だったし、コイツになにかを植え付けようなんて無謀なこともしていたよ。
 うっかり自己点検してしまい、出足をくじかれ力も抜ける。

「別に…いや、テメェこれからどうすんだよ」
「これから?」
「だから!」
 落としたのは、僅かにあった知能か。
そんな上等なモン。あるわきゃねえ! 蹴らないでよかった。アホ指数が危うくレベルアップするとこだった。そうなると手遅れも手遅れ。マリモとしても終わってた。サンジはひそかに自分を誤魔化した。そうして更に考える。
 ここでキレても、ゾロは本気で理解しない。言葉の裏を読めと求めるほうが間違っている。きっとミホークにやられた傷と一緒に、そのあたりの神経も細切れにされたに違いない。忍耐の文字を奥歯でぐっと噛み締め、気を取り直して言葉を続けた。

「だから、テメェの船だよ。どうすんだ?取り戻すってんなら、うちのコックどもを貸してやんぞ?いきなり降ろされたんだろ」
 ふつふつ煮える腹を押さえ、必死で平静を装った申し出だったのに、ゾロはここぞとばかりに一刀両断にしてくれた。
「あー、オレの船な…。もう要らねぇヮ。どうも船長って柄じゃねえし」
「んじゃあ、どうすんだ!テメェ、まだミホークも倒せてねえ“代”剣豪だぞ!」
「アイツ、強いんだって」
「何回勝負してると思ってやがるんだ」
「ん…百回くらい、か?」
 小首を傾げ、のほほん指折って、どんぶり勘定で数える。あまりに他人事のゾロに、押さえてたサンジのギリギリ・ラインが決壊した。
「ちげーわ、ぼけ!ひゃくじゅうさん試合だ!負けが百!引き分け十!三回は海軍が来てのとんずらだ!」
「おお…」
 ぜえぜえ肩を上下させるサンジに、ゾロは心底から感心してみせた。どころか、なぜか非常に嬉しそうにニンマリしている。解せず目を眇めたサンジのコックコートの胸倉を手前に手繰り、頬に派手な音を立てキスまでかましてきた。
「よく覚えてんな。すげぇなお前」
「--------------------------------てっめぇえええっ!」
「ん?」
「真面目に考えてんのか!」
 ゾロの頭を掌で押し退けついでに、髪の毛をぐいぐい掴む。コレで禿げたら少しは気が晴れる。腹を滾らせるサンジとは対照的に、ゾロは『いてぇぞ』と言いながらも、ちっともサンジから手を離そうとはしない。
「怒るなって、鷹の目は諦めたわけじゃねえ」
「なら、どうすんだ!」
「ちゃんと一年後に倒してやるから安心しろ。テメェの勝ちだ」

「なに?」
「賭けてんだろ。ま、俺も打倒な線だと思うぜ」
 にやり口角を引き上げ笑うゾロは、悪人面してた。そうして、『知らねぇと思ってたろ』と子供みたいに得意になって言う。

 純度100%のアホは-------------------------------------------
       いつの間にか妙な小技を使える男になっていた。
 口をあんぐり開ききったまま、もはや相手を押し退けるのも忘れている男に満足したゾロは、ご機嫌でサンジを抱きしめる。少しばかり強引に自分の硬い膝に相手を乗せて、後ろから肩に鼻先を擦りつけてサンジの匂いを嗅ぎついでに、金髪の端から覗く耳たぶも舐めておく。
「だから、な。テメェんとこの船に乗せろ」
「舐めてんじゃねえ!っつーより、なんで船に乗せる話しになるんだ」
「だって、俺が勝つし。“自分の勝ちは自分で見る”って、オマエ言ってたし」
「六年も前の話を蒸し返すんじゃねえ」

 そんな話しなんてしたかもしれない。覚えてないが、ゾロはやたら記憶力はいい。そいつが言ったと言うんだから、たぶん言ったんだろう。それにしても、細かいことを--------。
 首の付け根あたりに唇を埋めるゾロの頭を撫で、サンジは体の力を抜いて背後に重みを預けた。

「よくもまあ、覚えてられんな」
「一緒にいるって、そのときに約束もしたしな」
「あ----------------そう?」
 いつの間にかプロポーズしてたらしい。自分からだったとは驚きだ。肩のラインに舐める場所を移動させたゾロの側頭に、すりすり頭をさせて記憶を探ってみても、欠片も覚えてない。

(ま、いいか…コイツは満足そうだしな)
 あっさり。ある意味、人生的に重要かもしれない事項を軽く流す。昔の話より今は現実だ。
「そんで?うちの船でなにするつもりだ?副長にゃ到底向いてねえし、切り込みは人数いるし」
 考えてやる素振りで、サンジは意地悪く笑ってゾロを見上げた。
「うちの船に乗る一番の条件は、コックだってことだぞ」
 どうだ?できねえだろ。悪気たっぷり含んで笑うサンジを見下ろし、ゾロはひとつ頷きした。

「そうだなあ…。ま、コックは無理だがソムリエはどうだ。いねえだろ」

 小ジャレた単語をゾロが使うと、めちゃくちゃ違和感だらけだ。長い付き合いで、ゾロが天然なのは承知していても、やっぱり驚かされる。
 今日はやけに驚愕続きだが、びっくりするもんはびっくりするんだから、仕方ない。
「そむりえぇ?アンタなんだか分かってんの?」
「酒のことなら任せておけ」
「お前が飲むんじゃねえんだぞ?料理に合わせたり、相手の好みや情況に応じて出すモンを変えねぇといけねえんだぞ?そんでもって他人に飲ませるんだぞ?」
「任せろ。免許も取った」
「はあぁっっ!?」
 シャツは殆ど落とされてたし、ズボンのチャックも半下ろしで手なんて突っ込まれてたけど。

「誰が、いつ、どこで!」

 ムードもへったくれも飛ばして、怒鳴ったのはサンジだ。
 それに対してゾロは平然として宣言した。
「俺が。半年前、ナミに言われて免許取得した」
 いわく、ムギワラ海賊団が解散するときに、『どうしてもサンジと一緒にいてぇのに、アイツは許してくれねえ。どうすりゃいい?』と、堂々とナミに尋ねたそうだ。 相談を持ち込まれたナミが出したアドバイスは、『コックは土台アンタには無理だけど、お酒なら味の良し悪しはサンジくんより確かだったんだから、ソムリエがいいわ』--------------と。
 断言してくれた上に、協力までしてくれたらしい。いま、ゾロから明かされる知らなかった事情に、サンジの脳みそはでんぐり返る。

 ナミさん…なんてことを-------------っつーか大剣豪より先にソムリエかよ!

 脳内じゃあ大絶叫していても、突っ込むだけの気力も失せた。
「ナミんとこと、ロビンとこの知り合いの店があっちこちにあってよ。免許取るまでの必要期間とかがあるってんで、ソコらあたりで働きながら勉強した。けどなぁ、やたら店の場所が妙な場所ばっかにあるせいで、船に戻るに戻れねぇで参ったぜ」
「おまえ・・・・そんで迷子になってやがったのか…!」
「船は動くし、島の場所は入り組んだとこばっかだから仕方ねえ」  ああそうですか。仕方ないんですか。迷子の原因はミホークを倒しに行くばっかりじゃなかったのかよ。 考えたら眩暈と貧血がいっぺんに押し寄せてきそうなので、やめる。それにしても、なんて可愛いやつなんだ、コイツってば。んん?ってことはだ-------------------------。
「てめぇ確信犯か!」
 突如喚かれ、ゾロは急いで身体を後に引いた。そいつの胸倉を後ろ手に捕らえ振り向きざま、コックの握力フルパワーでゾロの固いデコをぐわしっと引っつかむ。

「いでででででででで!!」
「あの島に居たのも、俺の船が通るの待ってやがったな!船を降ろされたんじゃねえだろ。てめぇらグルになって、てめぇを乗せる算段立ててやがったな!」
「それのどこが悪い。俺は俺のやりてぇようにする!」
「--------------------------------------あのな、そーゆーコトじゃなくってだな」
「なんだよ」

 げんなりしてきた。ゾロの額には、くっきりサンジの指型が赤く浮き出てる。よっぽど痛かったのか、少し涙目になってサンジを睨む顔は、ふてて拗ねてガキみたいだ。あまりに悪ガキすぎて、怒ってる気分も一気に吹き飛んだ。笑いの発作に教われ、腹の底から思いっきりわははと笑ったら、なんかどうでもよくなってきた。

「笑うこたぁねえだろ。俺だってこれでも考えてなかったわけじゃねえんだぞ。本当ならもっと早くにテメェんとこに来る予定だったのによ。ミホークとの勝負はどうすんだとか、俺とテメェじゃ世界が違うだの、ごちゃごちゃ抜かしやがるから手間ぁかかって仕方ねえ。その上、俺にゃ無理だって端っカラ決めてコックだけしか仲間にしねえたぁ、まあ脳みそカラの割りにゃ考えたもんだがな。さすがにコックは無理でも、コッチなら俺でもなれるってこった」

 ふんっ!

 鼻息も荒く胸を張るゾロの長台詞に、サンジの突っ込む隙間もなかった。笑いも引っ込んで、馬鹿みたいにゾロを見上げたまんまでいたら、にんまりしたゾロが、またもやサンジを掴まえてきた。
「オラ、どうだ。俺を仲間にしてぇだろ」
 耳に唇を直接くっつけて、喋る声がやけに色っぽかった。軽く仰け反った喉元を固い指でなぞられ、肌蹴たシャツの中にまで指先は伝い落ちていく。
「ソムリエ…ねぇ」
「悪くねえだろ」
「確かに、悪くねえな。ちょうど本店のヤツが怪我しちまったとこだ」
「んじゃ、乗っていいんだな」
「おう、雇ってやらあ。キリキリ働けよ」
「任せろ」
 低い声で呟くゾロの後首を引き寄せ、サンジからキスをする。直前のゾロの唇は、隠せない笑いを描いてて、ガキ臭いこの男がやたら可愛くなってくる。
 その間も、忙しなく動く器用なゾロの両手は、サンジのコックコートを全部脱がし、ズボンも膝の辺までずり下ろしてと忙しい。胸元から下腹部まで滑り落ちた手に、張り詰めたものをゆるく包み込まれ、サンジは喉を鳴らす。
 ゆっくり上がってくる官能が気持ちよく、ゾロに向き直って太い首を愛しく食んだ。いやらしい手つきでシャツをめくる一方で、ズボンの上からでも分かる屹立に手を添えた。低い呻きを上げるゾロに堪らなくなる。
「なあ……俺が入れてぇ」
「この前----------------入れさせてやったろ」
 互いに相手のものを擦り上げ、荒くなっていく息の間で声を出した。合間に混ざる声にならない艶声に、サンジはもう一度ゾロに言ったが、今日は俺がしてぇんだ。甘えて囁かれると、どうにも弱かった。
 部屋の端から真ん中まで。堂々と占領している『ゾロのベッド』に自分から倒れこみ、しゃあねえ。来いよ。腕をつかんでゾロを体の上に引き上げた。
   じわり、ゾロが中に入り込んでくる。ひどい圧迫感は、同時に安堵に近い快楽も伴っていた。
 剣ダコだらけの厚い手は、今は腰を支えているが、じきに納まりきったら動き出す。焦らすより労わっているような、随分と優しげな動きで体を撫で擦る。
「…ぁ……っあ---------------」
 ゆっくりした律動がもどかしい。初めてセックスしたときから、ゾロはそうだ。己の所在をはっきり指し示すかのような、そんな動きで始めてくる。
 焦らされているようで、そのくせ徐々に迫ってくる気持ちよさに脳みそが痺れた。激しい動きが欲しいのに、もう少しだけ、ぬるい感覚に浸りきっていたいような…。自分でもどうしたいのか分からない。
「な・・・ぁ・・・」
 堪えられなさと迷いが音になった。思わず漏らした声に対して、ゾロの体に力が入る。サンジを見下ろす瞳は欲情にまみれ、たまらない顔で手を伸ばしてきた。
「そんな、顔するんじゃねえ--------------------------------ッ」
 獰猛な唸りを上げる男に、サンジは甘く溶け出しそうな下半身の熱を抱えたまま、伸ばされた手を握ってやり、笑った。
「やっぱり…テメェを抱きゃぁ良かったぜ」
「そうかよ。そりゃ悪ぃコトしたな」
 無理な体勢で額を寄せあい、耳もとまでの忙しないキスと一緒に言えば、ゾロはくすぐったそうに悪ぶる。そんな男の太い首を引き寄せ、サンジはひどく満ち足りた気持ちで目を閉じ続きを促した。 
END



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