ケヴィン×リース
786氏
宿屋の各部屋に備え付けられた簡素な鏡台。
彼女はそこにいた。
自らの唇に紅を引き確認する。上手く引けているだろうか、あの人に綺麗だと思われるだろうか。
日々の戦いの中で『女』であろうとは決して思わない。それでもあの人と二人きりの時は『女』でいたいと思う。
以前街へ買出しに出たとき勇気を振り絞って買い求めたちょっとエッチで可愛い下着も今は服の下だ。
(うん、綺麗に引けた)
鏡の中で恋する少女が照れくさそうに微笑んでいた。
彼は何て言ってくれるだろう。
そして今日はどんな風に愛してくれるのだろうか。リースは期待に胸を躍らせた。
しかし鏡台に備え付けられた椅子から腰を上げて思い出した。今夜は満月だ。
開け放たれた窓から淡い月の光が差し込んでくる。無駄だとは分かってはいたが窓から身を乗り出し空を見上げる。
満月が爛々と輝きリースの頭上にあった。憎らしいほどに輝く月とは裏腹に彼女の心は昏く沈んだ。
(今夜は満月……。『あの人』と逢えない…)
満月の夜、彼は変わる。変わってしまった彼は貪るかのようにリースを辱める。いつもは優しく愛してくれる彼が。
月の魔力か彼に流れる獣人の血の所為かリースには分からない。
ただこれだけは分かる。満月の夜、リースの好きなケヴィンはいなくなってしまうということは。
先の月が満ちた夜のことを思い出す。あの時自分を荒々しく求めてくるケヴィンに恐怖しながらも確かに感じていた。
それは普段、ケヴィンに抱かれるときとは比べ物にならないほどであった。そんな自分をリースはひどく嫌悪した。
しかしそのときの情欲の炎は未だリースの中でくすぶり続けている。
「やだ…。私、濡れてる…?」
恐る恐る下着に手を触れてみる。じんわりとした感触。――確かに濡れていた。
しかもそれは今もなおリースの内より溢れ出してくる。リースは声をあげて泣きたかった。
いつから自分はこんなにも淫らになってしまったのだろうか。
ケヴィンが満月の夜変わってしまうのはいわば仕方がないことだ。しかしそれに合わせ淫らに腰を振る私は一体なんなんだろうか。
リースは再び鏡に目を移した。鏡の中からは先程と変わらない可愛らしい少女が泣きそうな目で見つめ返してきた。
ドアが鳴った。誰か来たようだ。否、こんな夜更けに訪れる者など一人しかいない。ケヴィンだ。
「リース…開ける…ドア」
ドアの向こう側からケヴィンの声が聞こえる。
「ケヴィン?今、開けます。ちょっと待ってて下さい」
意を決して鍵を開けノブに手を伸ばす。しかしその手がノブを回すことは適わなかった。
リースのしなやかな指の間近でノブが外側から荒々しく回されたからだ。
黒い影は疾風のごとく部屋に滑り込みリースを抱きすくめる。リースは厚い胸から確かにケヴィンのぬくもりと鼓動を感じた。
(やっぱり…このぬくもりは変わらない…)
押し付けられるように唇を奪われる。舌が、ケヴィンの舌がリースの唇をこじ開け滑り込んでくる。
ケヴィンの舌はリースの口、全てを奪いつくす。睦みあう蛇のように舌を絡め、お互いに唾液を嚥下する。
――甘いと思う。他人の唾液など文字通り唾棄すべきものでしかないがケヴィンのものは違う。リースはそう思う。
(やっぱり甘い…。ケヴィンもそう思ってくれているのかしら)
蕩けた頭でリースはぼんやりと思った。リースはケヴィンの目を見つめる。金色の瞳がリースを見返す。
ケヴィンの瞳が濡れている。ように見えた。未だ瞳には情欲の炎が揺れている。
ベッドに押し倒され乱暴に服を脱がされる。下着もまるでケヴィンの目には映らなかったように事も無げに剥ぎ取られた。
ケヴィンが自らの衣服をもどかしげに脱ぎ捨てているのをどこか遠くに見つめつつ深い失望にリースは沈んだ。
――本当ならケヴィンの真っ赤な顔を照れた微笑みで迎えているはずだった。
(せっかく…ケヴィンに見てもらえると思ったのに……――ッ?!)
突如、秘所にケヴィンの剛直が挿入された。声なき声を上げリースは背を仰け反らす。
リースの秘所はいくら濡れているとはいえ未だ男を迎え入れるには不十分だった。
「…ケヴィン…やめて…まだ…ああ!」
リースの声など意に介する素振りなど微塵も見せずケヴィンは無言でリースの子宮を突き上げた。鋭い痛みが全身を貫く。
それでもケヴィンは抽送を緩めようとはしない。リースの身体は未だ処女のごとく悲鳴を上げ続ける。
「いたい…痛いです。ケヴィン…優しくしてくださいぃぃ」
ケヴィンはそれでも止まらない。ひたすらにリースに剛直を打ち付けていく。
リースの瞳から涙がこぼれたのに彼は気付いただろうか。
ようやくリースの秘部か愛液によって満たされケヴィンを必死に受け入れようとする。
徐々に部屋が水音と肉のぶつかり合う音に支配されていく。どちらも限りなく卑猥な音に聞こえた。
「ああ…んんッ!ケヴィンっっ…ああ!」
リースの声に甘い色が混ざり始めた。ケヴィンの鋭敏な聴覚はそれを聞き逃さず、さらにスピードを増していく。
ケヴィンに打ち付けられる度にリースは色のある嬌声を上げシーツを握り締める。
リースの頭はすでに快楽によって溶かされている。もはや冷静に自分を見つめる余裕などありはしない。
「はぁ…あんッ!いぃ…いいです。ケヴィン…もっとぉ…もっとぉ」
自分から淫らに腰を振り快楽を貪る。そこには先程までもっとも嫌悪する自分――リースがいた。
「ひゃああ…っ。きもひいいよぉ。ケヴィン…すごいよぉ」
ケヴィンの動きがさらに早くなる。どうやら限界が近づいてきたらしい。リースも結合部からその気配を感じた。
「ケヴィン…一緒にぃ…一緒にぃ…」
リースの身体と心がどんなに乱れようとも、どんなに蕩けようともケヴィンを好く心だけは乱れなく蕩けない。
ケヴィンの身体が弾ける。同時にリースの身体も弾けて飛んだ。
「はぁ…はぁ…ケヴィン…」
乱れた息を整えつつリースは目の前のケヴィンを見つめた。ケヴィンも息を乱している。
しかしケヴィンの瞳には未だ情欲の炎が燃え続けていた。
「ケヴィン?ど…どうしたんですか?」
ケヴィンは無言でリースの背中と腹を反転させた。リースはさながらよつんばいの体勢となった。
「手で支えて…リース」
リースは一瞬でケヴィンの意図に気付き顔を引きつらせて叫んだ。
「いや…ケヴィン…やめてください…あううっ!」
ぬぷっ
ケヴィンはまたしても無言で濡れそぼる秘所へと自らの剛直を侵入させていった。
「ケヴィン…ッ!ああッ…あああああっ!」
抽送が始まる。リースの身体は休むことなく快楽を運んでくる。リースの脳髄は再び蕩けた。
「あはぁ…ああんっ!ひゃ…ああああああんッ!」
二人の結合部からは止まることなく粘液が溢れ出し柔らかなシーツを濡らす。
だらしなく開けられた口からも涎が落ちる。涎は喘ぎ声をあげ続ける口とベッドを一本の糸で繋いだ。
「きもひ…きもひ…いいよぉっ…!ケヴィン好きぃ…大好きぃ……」
舌っ足らずの声で嘘偽りの無い告白を口にする。普段なら恥ずかしくて言えない告白も理性が蕩けた今なら言える。
抽送の間隔が急に早くなる。再び限界が近づいてきたようだ。
「リース…。オイラも…大好きだ」
言葉がリースの理解するところにいく寸前、ケヴィンは剛直を最深部まで一気に突き刺した。
「ケヴィン…?ひゃ……あああああああああああああああああっ!!」
身体が弾ける瞬間、両腕から力が抜けリースの身体は支えを失いベッドへと倒れこんだ。
月がその身を隠し太陽が身を躍らせるようとしている。夜明けはもうすぐだ。
(んん…。ケヴィン……)
まどろみながらもリースはケヴィンに触れたかった。リースの好きな『ケヴィン』に触れたかった。
隣で寝ているはずのケヴィンを求め伸ばした手が空を切る。もう一度手を伸ばす。空を切る。
(ケヴィン?――あれ?ケヴィンは?)
目を擦りながら身体を起こす。隣にケヴィンの姿は無かった。
「ケヴィン?どこにいるんですか?」
――返事は無い。
慌ててベッドから降りる。ひんやりとした床が心地良かった。
狭い室内を見回すには数秒とかからなかった。
やはりこの部屋にはリースしかいない。一つため息をつきベッドに座り込む。
ドアの開く音と何者かの気配。リースは思わず身を強張らせた。
恐る恐る歩み寄ってくる影は今、リースがもっとも求める人物であった。
「ケヴィン…。もう…びっくりさせないで下さい」
「ううう…ごめん。それに昨日の夜、リースにつらい思いをさせて、本当にごめん」
ケヴィンの言葉でリースの白い肌が赤く染まった。それでもリースの顔に怒りの影はない。
「オイラ…駄目だって分かってるんだ。でも自分が抑えきれないんだ」
「いいんです。ケヴィン。自分を責めないで下さい」
リースの優しい言葉にケヴィンの金色の瞳が潤む。リースに見つからないように左手に握られたものを確認する。
「これ…綺麗だったから。リースにあげたいんだ。昨日の…お詫び」
そっとケヴィンが何かを差し出す。それは赤いアネモネの花だった。
途端、リースの顔が真っ赤に染まる。
「ケケケ…ケヴィン!どこで…こ、これを…?!」
「うん。裏の草原で咲いてた」
ケヴィンが事も無げに答える。しかしリースは変わらず顔を真っ赤に染めたままだ。
「ありがとう……本当に…ありがとうございます」
アネモネの花を胸に抱いてリースは感激のあまり泣き出してしまった。
ケヴィンにはいくら花が綺麗だからといってそこまでリースが喜ぶ理由が分からなかった。
それでもリースが喜んでくれるのならば自分も嬉しい。それならばそれでいいじゃないか。ケヴィンはそう思った。
――赤いアネモネの花言葉。それは『君を愛する』
潤んだ瞳でケヴィンを見つめる。ケヴィンもリースを見返す。見つめ合う二人を邪魔するものは何も無い。
「ケヴィン…お願いがあります。もう一度…抱いてくれませんか。本当のあなたを感じたいんです」
「うん…オイラも…しっかりとリースを抱きたい」
重なる二つの影。
枕元におかれたアネモネの花だけが二人を見つめていた。
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