アンジェラ

160氏



「はふ……」
 氷雪の国アルテナの王女・アンジェラは、快感に酔った表情のまま熱い吐息をもらした。
不慣れなりに達した快感の雲はまだ体の端々に残っているが、身体的にはともかく精神的
には満たされず、何かすがるものが欲しくて毛布をかき寄せる。こうして自らを慰める回数
は、両手に収まらなくなってきた。けれども、行為後につきまとう罪悪感には慣れるどころで
はない。自分は一体何をしたいのかと問い詰めたいところだが、
自慰に高尚な目的などありはしない。
 ただ、切ないから。
 想いが届かないって、分かってるから。
「デュラン」
 想い人の名前を口に出してみる。光の神殿への中途で結界に阻まれていたとき、偶然そ
の場に通りかかったのが彼だった。見るからに量の多そうな、燃えるような赤毛を兜の中に
押し込めた、草原の国フォルセナの剣士。偶然なんだと苦笑いをしながらフェアリーの宿主
であることを明かし、道を切り開いてくれた。それからというもの、彼は押し付けられた運命
に立ち向かい、聖域へと進入するべく前進している。私としてもマナの女神様に聞きたいこ
とがあるわけで、協力しないわけにはいかなかった。
 彼が前衛で、私が後衛。それは聖域への道中、高地の国ローラントの戦姫・リースが仲間
に加わってからも変わらない。私が魔法を詠唱している間、彼が敵を防ぎとめ、詠唱完成と
ともに吹き飛んだ敵に止めを刺す。試行錯誤ののち、どうやらそのパターンが効率的である
らしいことがわかり、それはもう、条件反射のレヴェルでそれぞれに刻み込まれているといっ
ても過言ではない。
 『仲間』そう呼べるだけの信頼と連帯感がある。意地っ張りで人付き合いが下手な(一応
自覚はあるのだ)私にも『仲間』ができた。悔しいから、絶対口に出してやらないけれども、
嬉しかった。そういった私であるからして、初めての信頼がやがて初恋にまで昇華するのに
さして不自然ではないと思うのだ。話に聞く思春期とやらが私にも訪れたのかと思うと、や
や頭が痛い。
 最初は目に付いた粗野さは、今や雄雄しいまでの逞しさに感じてしまうし。
 尻餅をついた私を助け起こそうと掴んだ手の無骨さに、なんとなしに胸を高鳴らせてしまっ
たり。
 けれども。
「デュランのバカ」
 初恋は叶わない、そう言ったのはどこの誰なのか私は知らない。それはありふれた、くだ
らない単なるジンクスの一つだろうし、統計をとったわけではない不確かな情報だ。でも、私
はこの信憑性のない文句に難癖をつけなければ気が済まない。何故私の初恋は叶えず
に、何故リースの初恋は叶えてしまうのか、不条理だ。
 ローラント王城を美獣の手から奪還してからそれほど経っていなかったと思う。なかなか寝
付けなくて苦しんでいた私に、ようやくとろとろと睡魔が訪れ始めた頃だった。「アンジェラ、
起きていますか?」リースの声が響く。彼女とは旅を通じて同姓ということもあって仲良くし
てもらっている。けれども、ようやく寝つけそうだというのに再び覚醒するのは勿体ない。うろ
んな頭の中でごめんと謝りつつ、ドリアードの腕に抱かれているふりをした。
 最初は手を洗いに行ったか、飲み水をもらいに行ったかと思っていた。しかし、それならば
私の意識が不在かどうかなんて関係ないではないか。加えて、ひどく遅い。まるで、私が起
きていては何か不味い、ような。
 そこまで意識が浮上すると、暢気に寝ている気分にはなれなかった。リースが心配だっ
た。例えば、ローラントで異変が起こった、とか。いざとなれば迷惑がかかると悪いとか
考えて、一人で飛び出すような人だ。毛布を跳ね除け、髪を後ろで一括り。マントと魔法の
発動体である杖を引っ掴むと隣部屋のデュランの元へ走る。
 そうして、勢いのまま押し開──けなかった。
「一番バカみたいのは……私、か」
 視界に入った風景は、その一瞬だけで、私を石化させるのに充分だった。微かな隙間から
窺うに、部屋には二つ、人数分の寝台がある。だがデュランとリースは同じ寝台を使ってい
る。お互い、一糸まとわぬ姿で。汗だくで絡み合って、赤色と金色の豊かな髪をこれでもか
と散らして。
 なんだ、と唐突に理解した。その理解はひどく万能で、これまでの私の疑問や懸念といっ
たものをいくつも晴らしてくれた。なんて体たらく、といったところだろうか。不思議とすんなり
受け入れてしまったと思う。ただ、目の前で広がる異世界の情況に、心奪われていたと言っ
た方が正しいかもしれない。なにせ私の両足は、悪戯なノームに地面へ縫い付けられたか
のように、一向に動く気配を見せてはくれなかったのだから。
 そんな事件のあった後、私は一体どうしたのか。あまり良い思い出ではないので省略する
ことにしたい。付け加えるならば、その日は初めて失恋した記念日みたいなものであり、初
めて性というものに『触れた』日であると、いうことだ。
 それからというもの、リースが彼の部屋へ忍んで行く時、決まってその様子に耳を澄ませ
てしまうようになってしまった。そればかりか、夏の積乱雲のように沸き起こる、劣情を沈め
るために自分で自分を慰めて。
 「ぅ……、っく…」
 突然前触れもなしに何かがこみ上げてきた。それは目から伝う涙となってぼろぼろ、ぼろ
ぼろと。
 容易に快感の虜となってしまった自分が惨めだった。こんなにも自分が醜いなんて思わな
かった。叶わなかった初恋を想い、自慰を重ねるごとに指使いは確かにうまくなったけれど、
ただそれだけだ。心は悲鳴をあげて、終わることのない欲情の嵐に恐怖している。一体いつ
まで、暗闇の中で自分を責め、苛まなければいけないのだ。
 「たすけ、て………」
 誰でもいい。マナの勇者でなくてもいい、白馬の王子様でなくてもいい。
 マナの危機と世界は言うけれど、誰か世界に一人くらい私の危機に気付いてくれと願って
も女神様は怒らないでいてくれると、思うのだ。


 朝食を三人でとった後、血の気が多いあの人は手合わせをしようと誘ってきた。なんという
か、どうして私が寝不足な様子を見せているのか、とか、察してくれないのは実にデュランら
しいのだが今朝ばかりは腹が立った。僅かばかりの期待を込めてリースを見やると、こちら
もどうやら昨晩の燃え上がりなどとうに忘れてしまったかのように、寝不足ですか、などと。
二人とも悪意など欠片も見当たらず、あなたたちが昨晩こなした計七回戦分の音でちっとも
眠れませんでした、と言えるはずもない。適当にあしらいながら自室へと戻った。
 全身が気だるくて本気で二度寝を楽しんでもいいかな、という気持ちになりかけた。けれど
も、窓からそよいでくる涼風の心地よさは格別で、窓枠に腰掛けながら二人の戦士の様子
を眺めることにした。
 「いい風……」
 対流のせいか、髪が思ったよりもばらついてしまい、手で押さえつける。そうしてクリアに
なった視界では遠くで槍と剣が激しく打ち合い、金属の加熱した臭いがここまで届いてきそ
うな具合だった。白熱した戦いは私の興味を少しだけ引くのに充分で。
「ウィスプ、ジン、少しだけ力を貸して──」
 視力と聴力を光と風の魔力で増幅させてもらう。
 楽しそうに仕合う二人を改めて見やる。誤解のないように言っておくが、私はデュランも、
リースも、嫌いではない。(デュランは、まぁ、今さら言うまでもないことだろう、略。)ローラン
トの王女であり、彼の国ご自慢のアマゾネス部隊の長でもある、リース。まだ幼い弟の母役
もこなし、当然、部隊の面倒も良く見ていたことだろう。そういったことからも鑑みて、彼女を
一言で表すなら、『お姉さん』──デュランが勢いよくご飯食べてるうちに具材なんかを頬に
くっつけてしまって、リースが微笑みながらそれを見て、お弁当ついてますよ、とでも言いな
がらひょいと食べてしまう──とかすごく絵になるなぁと私は思ってしまう。実際、私もあれこ
れと良くしてもらっていて頭が下がるのだ。かと言って、優しい世話焼きさんとだけ呼ぶには
躊躇われるような、芯の強さも併せ持っている。それは同姓の私から見ても惚れ惚れしてし
まうし、一陣の春風のような凛々しさは私も見習いたいものだ。
 そんなわけで、私はリースが好きだし、幸せに笑っていて欲しいなと思うのだ。彼女には
暗い顔や雰囲気など似合わない。ましてや、リースが心を許した相手に私が粉をかけて、あ
の綺麗な蒼玉の瞳を負の感情に染めてしまうことなど、できようもない。
 ああ、でも。今みたいなとろけそうに潤んだ瞳は、それはそれでひどく綺麗で、いいかも
しれない──
「な、なっ、なあっ!」
 いつの間にか思考の狭間に落ち込んでいた私をいきなり持ち上げたのは、リースの気持
ち良さそうに上気した顔と、彼女の股間に顔を埋めているデュラン、という光景だった。二人
は秘め事の真っ最中という事実に、私は咄嗟に窓枠から身を離し、壁に背を向けて勢い良
く座り込んだ。
「あのバカ!外で、しかも真昼間で、やる?」
 魔力で強められた不慣れな視力のせいで、眼球が室内に焦点をうまく結べず、ちかちかし
た目を閉じながら毒づく。拡大された感覚を戻そうにも、魔力強制解除は高度すぎてまだま
だ未熟な私には無理な話だ。効果時間を過ぎるまで延々と、彼らが睦み合う声をただ聞くし
かなかった。それにしても、何を今さら乙女のように純粋ぶるのか、と意外に思われるかもし
れないが、私はひどく動揺していた。言い訳させてもらうならば、これは突発的事件であり、
いつもの盗聴じみた行為では得られない、久しぶりの視覚による情事の様子は刺激的すぎ
たのである。リースはこっちがドキドキするような顔をしていて、私も、している最中はあんな
顔をしているのかと思うと──
 動揺それ即ち心臓を無理やりに動かせるわけであり。
 その高鳴りに、間断なく聞えてくる快感を貪り合う声や、閉じた瞼の裏に浮かぶ、デュラン
にいいように火照らされているリースの姿というスパイスが加わると、悔しくもじわじわと、
劣情の壺はその中身を増していくのだった。
「ん」
 微かに身じろぎしたところ、思わず変な声が漏れてしまう。 それと、少しの気持ちよさが。
どうやら胸の先端が充血しだしてきたらしい。動くと服地と擦れて、微かな快感にぴくりと身
を引いてしまう。動けば擦れ、擦れて動くの繰り返しで、細波のような甘い刺激を幾度となく
与えてくれる。
 いつもの夜ならば、甘美なそれにうっとりと目を閉じてしまうことだろう。闇の中で耳に意識
を集中し、より気持ちよくなるために。けれども、今は違う。瞼では防ぎきれない光の残像を
結ぶ、偽りの暗闇の中だった。
 その事実に体が、震えた。暗闇であれば確かに自分の姿は隠され、いけない事をしてい
るという罪悪感は薄れた。けれども今の状況では、一度目を開けてしまえば、そこは白日の
下なのだということを嫌でも理解してしまう。いやらしく慰める、自分自身も。
 体中の血がかっと熱くなる。
 それでも、止まらないものは止まらない。草むらに頭を突っ込んで尻尾を丸出しにしなが
ら、外敵から隠れられていると信じ込んでいる愚かな雉のように、ここは暗闇なのだと信じ
込みたかった。
 そう考えて、かなり自分が崖っぷちなことに気付いた。あの二人と同じように昼間から盛っ
ている状況に、興奮していたり、するのだろうか。
「とにかく、い、一回…一回だけ……」
 早く終わらせてしまおう、と思った。
 胸の尖った部分からの柔らかい刺激は、それはそれで楽しい一方、快感自体が充実して
くると物足りなくなる。動きの邪魔になるような防具の留め金を外し、ブラも取り払う。少し考
えて、濡れるよりはとショーツもついでに脱いでしまった。
 そうして、なんとなく、部屋の片隅へと場所を移す。いくら誰も見ていないとはいえ、二人用
の部屋の真ん中でしてしまうのは、恥ずかしすぎた。一番近い椅子に置いてあるクッション
を下にしいて、マントの中に半裸の体を隠して座る。
「くっ……ぅん!」
 尖り立つ乳首の側面を、爪先で軽く引っかくようにしてみる。ようやく与えられた強めの快
楽に体が喜んでいるのが、分かる。吐き出した息はもうすでに熱い。
 もう一方の手は自分の髪と同色の淡いスミレ色の和毛を掻き分け、裂け目をぐっと押し込
んだ。
「──ひゃ!……ンふ…はぅ──ッは」
 敏感な粘膜に触れているというのに、痛みは一片もなかった。完全な快感に染まるほど濡
れていたことに少しだけ苦笑するが、競うように動く両方の指のせいで、すぐにどうでもよく
なってしまう。
 それほどまでに気持ち良くて、動きがより大胆になるのも早かった。胸を弄くっていた指に
たっぷりと唾液をのせ、再び乳頭とその周辺をこねまわす。こうすると、より強く擦っても痛く
ならないのが良い。この技の最初のきっかけはデュランの舌だった。私はそれなりに勉強熱
心であったので、どうしたら、デュランの舌で乳首を舐められるリースの気持ち良さを表現で
きるかと、考えた末の結果だ。
「ふ、ぅあ、あっアっ!……あァはっ!」
 少しでも意識をそらせば、聞えてくる二人に負けないかのように、口から大きく喘ぎが漏れ
てしまう。考えればそこは宿屋の一室であり、客や従業員もいるわけだから、何かを噛みし
めてでも押さえた方が良いだろう。けれども、その時の私の頭の中は早く終わらせることだ
けに重点が置かれ、周りに対する配慮は疎かだった。デュランたちも周りを気にせず、外で
やってるじゃない、と的外れな言い訳が頭を翔け、今度は秘裂に生える最も敏感な花芯を
弾くことにした。
「ふぁぁぁンっ!」
 裂け目から滲み出てくる液体をすくい取り、軽くノックするように。また一段と甘えたよう
な、切羽詰ったような声が漏れる。それを恥ずかしいと思ってしまうような余裕はどこにもな
い。いつしか両肩と後頭部に体重を任せ、浮かせた腰が弾んでいる。鋭角に切り込んでくる
ような痺れを夢中で貪った。
「こん、なのォ……いぃ…いいよゥ…」
 こんな風に、腰を浮かして耽ったのは初めてだった。普段のように、横向きにくるまるよう
な体勢よりも、一段高い快感。何故なのかは分からない。しかし癖になってしまいそうだっ
た。どこまででも昂ぶっていけそうな、そんな感じ。
 中指を一個目の関節まで、自分の中に潜り込ませる。精霊力の均衡が明らかに偏った、
熱い泥のようなそこをくるくると回すように探り、くちくちと粘った音をたてながら指を出し入れ
する。
 気をやれば外の二人はとっくに繋がっているようだった。どちらもすごく、幸せそうに、喘い
でいる。私もリースと同じように気持ちよくなれているだろうか。想像では補完しきれない、
デュランの男性を自分の指に投影し、よりガサツに、大きくかき回す。あの雄々しいまでの
体に、身を委ねて、しまいたい。
「あ、はァ、ッは、っク………でゅら、んんんっ!……デュらぁ……」
 釣られるように、腰が前へとガクガクと波打ちながらせり出す。快楽の渦はもう下腹や胸だ
けに収まらず、じんじんと、その支配を広げていく。体重を支えて壁に擦りつけられている部
位がやや痛いけれども、そんなことに構ってられるわけがない。
「ヤぁだ……いや、だめぇ!」
 切なくて、淋しくて。
 好きなのに、いけないのに。
「ぅあ、あっ、アっ、あアッ!───フあぁあアアあ、アはあぁああぁ!!」
 淫核を撫でながら何度となく苛み、膣内に埋め込んだ指をめちゃくちゃに抜き差し。
 限界まで腰を浮かせ、ぐんと背中を反らせながら。
 絶頂という名の無色の雷を、私は全霊をもって受け止めた。



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