BGMは「shoot the works」で

327氏



はあ―――――

崩れ落ちた回廊の先に佇み天を仰ぐ。真っ黒な空。時刻は夜分過ぎ。重たい雲に隠れ、星明りは覗かない。
…決着は付いた。親友の、父の仇。この瞬間の為に全てを費やし、多くのモノを捨ててきた。多くの血に塗れ、なお多くの傷を体に刻みながら。
その果てに待っていたのが…こんなものだったと言うのか。

……空っぽ。

何の感慨も心に湧きはしない。あの女を討ち果たし、あの世に居るかの人への手向けとする。それが成った今、全身を包む例えようの無い虚無感。
手に残っているのは肉を削ぎ、貫く感触。そしてこびり付いた血の匂い。
…っ。
胸の奥に刺さる棘。チクリと痛む。だが、それを取り除く事は出来ない。後悔と言う名の棘。それは痛みを増し、全身を飲み込む。
…判っていた事では無いのか?心が晴れる事も、死者が微笑む事も決して無いと言う事が。
それでも尚、突き進んだ。…復讐と言う名の足掛かりを得る為に。自己を確立する為に。精神の安寧を保つ為に是を良しとした。

…そうして遂げた本懐。

その代償は変わってしまった自分自身。心の闇に身を任せ…汚れ、堕ちてしまった我が身。


そう…彼等は変わってしまった。

男からは人懐っこい笑顔や周りを微笑ませる軽口が消えた。言葉を発する事が殆ど無くなり、表情の変化の無い能面の様な…それこそ彼が愛用する紅い面同様の無機質な顔を覗かせる。それこそ機械の如く振舞う。感情など無いように。
女の口数もめっきり減った。以前の彼女からは信じられないような挑発的な装い。同時に得たのは、瞬時に辺りを圧し、凍てつかせる威圧感。彼女愛用の毛皮に付加された狼同様に、獰猛な獣に成り下がる。…否、畜生以下に。

流れ往く紫煙が長いを引き、絡みついてくる。男の指から立ち上る煙。そんなものでは抑えられぬ、湧き上るどうしようもない「渇き」。
自身を掻き抱き、無様に崩れ落ちる。女の全身を蝕み、食んでいく奥底からやって来る耐え難い「飢え」。
崩れ去った自身の足場。残されたのは壊れた男と狂った女。


もうどれだけこうしているのか。時間の感覚は曖昧。
異形の徘徊する闇の城。常人ならば数分と正気を保てないであろう魔の居城を徘徊し、獲物を狩り出す。
ひっきりなしに襲ってくる黒い衝動…殺したい、戦いたい、喰らいたい、血に塗れたい。
我が身を苛む愉悦への渇き。それを諫める為に今日もまた。

駆り出した獲物を蹂躙し、毟り尽くす。一抹の情けも無い。
ふ、ふふ…ふふ、はは…あ、はは………楽しい。……面白い。

二人に共通するのは吐き気を催す血の香…そして死臭。それが一段と濃くなった。

きゃは           ははは  うふふふふ  
あははは     は 
           ひゃははっ                  へひゃっ
    ふ、ふはははへ  ひひひっ、あは
へはははは           ふひゃ      ひゃひゃひゃ…
あ、あはは…ひゃは…ははは…

魔物は彼等にとって食い物である。流れる様な短刀と槍の連携。目を、鼻を、耳を削ぎ、腕を、脚を、肩を貫き、脇腹を引き裂き、肋骨を砕き、臓物をこぼれさせ、それすら叩き潰して最後には…首を落とす。心臓を引き摺り出す。
猟奇的な殺し方。血煙は全身に纏わりつき、男を、女を染め上げた。
斬首の瞬間、無表情な男の顔に感情が戻る。赤い仮面から覗く金色の瞳は猛禽のそれ。口の端は釣り上がり、凄惨な笑みが漏れた。彼の男性自身は雄雄しく反り返り…
赤い女は血に染まり、全身を余す所無く紅くしていく。妖艶に、恍惚と、全身に血を塗りたくる。その香を刻み込むが如く。彼女の骨盤は緩み、下腹部を覆う布地は蜜を吸い…

ひゃぁはぁははははははははははっ!
きゃっはははは!きゃはははははは!

変な状態にある事。若しくはその状態にある人間を指す言葉。…即ち、変態。
だが、彼等の場合はその言葉にすら該当しないだろう。何故なら、彼等は自身の異常性をはっきりと認識しているのだから。それを壊れている、狂っていると言わず何と言おうか。

…あくまで自分の意思で。今日も今日とて。惨劇を繰り広げる…。

…一体、何処で間違えた?
こんな事を望んでいた訳ではないのに。誰に向けた訳でもない言葉は無言に飲まれ、消えていく。それを悔恨と人は言う。
何れにせよ、変性は終了してしまった。
火が通った肉は生肉には戻れない。死んだ人間は生き返らない。時は逆には流れない。
…言える事は一つ。もう…戻れない。光も闇も無く、ただ青かったあの頃には。
誇り高き義賊も…慈愛に満ちた強き姫君も…既に存在しないのだから。
今、此処に或るのは闇夜の刃と魔狼の槍騎。
明けない夜に揺蕩いながら、己が闇からの声に身を委ね…

今日も今日とて…

血に塗れる…。

エロパロなのにエロがないのは如何なものか?実際どうなのよ?

……いや、半分は冗談なんだわ。…ってなワケで。

さて…自分は一体何をやっているのか。もうそれすらも曖昧だ。起きて、飯を食い、獲物を求めて徘徊し、また飯を食い、寝る。ただそれだけを繰り返している感覚。
懐から取り出した煙草に火を点し、紫煙を燻らす。
もう…長い間日の光を見ていない気がする。明けない夜。闇の帳。何時からこの世界に迷い込んだのか。…最初からそうだったかのか?自分から首を突っ込んだのか?今となってはどうでも良い事だ。 上等なソファーに踏ん反り返り、天井に向かって煙を吐く。薄暗い室内。腐っても嘗ての光の城だ。人間用の部屋も残っていた様だ。その一部屋を陣取っての引き篭もり生活。
「住めば都」と言う言葉が頭を過ぎり、渇いた笑いが漏れる。
…ああ。違いない。

「?」
部屋の扉が開け放たれた。魔物避けの結界は一応、張ってある。それを無視してやってくる輩は何者なのか。…答えは出ている。一人しか居ない。
「失礼…しますね」
赤い毛皮を纏った長身の女。彼の相方である。
靴音も高らかに部屋を横断し、真っ直ぐ彼の元にやって来た。
「また、なのか?」
抑揚の無い低い声で男は冷ややかに言った。眼前の女に視線を向け、視線を絡ませる。
香を彷彿とさせる特有の煙草の香が何かを煽る。
「…はい」
もじもじと股を擦り合せる女。瞳は潤み、顔は上気し、酒でも飲んだかの様にほんのりと赤い。
「気分では…ないんだがな」
「意地悪…しないで下さい」
感情の無い表情で呟く男に女は泣きそうな顔でしな垂れかかる。
もう半ば日課になってしまっているそれを揶揄してのもの。
嘗ては互いに寄り添い、恋愛と言う夢を見ていた若い二人。日に日に身を焦がす衝動に耐えられなくなった時、彼等がそれに至るのは自然な流れであった。
持て余す暗い欲望をお互いの体で癒し、潤す手段。
「駄目…ですか?」
彼女のその本気で泣き出しそうな表情に男は弱かった。互いに堕ちた…と言っても、今もまた好き合い、背中を預けあう大切な相方だ。
「ふう…」
根元まで吸い切った煙草を灰皿に押し付け、嘆息。…無碍には出来ない、よな。
「おいで」
参った…とでも言い出しそうな顔をして、男は女を抱き寄せた。
「あ…」
熱っぽい、悩ましい吐息が漏れる。女もまた、男を愛していた。どうしようも無く渇く時に頭を過ぎるのは彼の顔。そうして、今はその腕の中。…独りは、寒い。
互いに言葉は要らない。縛るものなど、存在しない。どちらからともなく唇が触れ合った。



「あっ…くふぅ…」
彼の剛直を飲み込み、その腹の上で踊る。上下運動。時折、敏感な場所に雁が引っ掛かり、衝撃が体を貫く。
…彼の瞳には何も写されていない。こうして交わっているのに。私を見てはくれないその瞳が悲しくて、恨めしくて。………抉り出したい衝動に駆られる。
「?…苛ついてるようだが」
「え?…あは♪気のせいですよ…んうぅ」
気付いてくれた。私が恥も外聞も捨てて乱れているのに、気配の変化にだけは敏感な人。
そんなに私は魅力が無いのか?もう…何度も抱かれている。否、私が乗っている?
回を重ねる度に彼の心が私から離れていくようで怖い。
「んっ…んっ…♪」
くちゅ、くちゅり。淫らな水音は室内に響き渡り、自分自身にも感じ取れる大きさに。
「はぁ…はっ…っく」
ぱちゅん。ぱちゅん。更に動きを大きくする。暴れている…と言う表現が似合うだろうか。
これだけしても眉一つ動かさぬ…。貴様は一体何様か。反応の一つでも見せてくれれば良いのに。もっとしないと駄目なのか。
まさか…彼の心にあるのは私では…ない?ひょっとして、彼女?
だとしたら…悔しい。
「んううぅ…っ♪」
肛門に、下腹に力を入れて、膣をぎゅっと圧迫してやる。よりリアルに感じられる彼。
下の口で咥え込み、扱き上げる。じゅぷっ。じゅぷ。水音は卑猥さを増す。
「はぁ!…んふッ♪んく…!ふはっ!!」
これで呻きの一つでも見せてくれれば可愛いのに、彼の様子は相変わらずだ。彼の胸にやった掌から感じられる拍動。…10秒で11回?平時の大人のそれとほぼ変わりない。
ここまで来れば素直に賞賛したくなる。仏頂面、不感症、ファザード一?ウィンテッドは知らない。
「あっ…ああぁ♪」
そうこうしている内にこちらが限界と相成った。子宮を中心に伝播していく快楽の波。
「ふああああああ!!!」
思考が漂白され、その狭間に何かを垣間見る。
ビクン!指先から足先まで余す所無く、引き攣り…そして脱力。
「はっ♪はあぁっ!!…ああん…♪」
くて〜。ホークアイの上に覆いかぶさった。鷹の名を冠するその男。尤も、今の装いでは鴉しか連想出来はしないが。


「む?」
下半身から重量が偏移。妙に近い彼女の吐息で魂が戻ってきた。
荒い息。きゅうきゅう小刻みに締め付ける彼女自身。どうやら達したようだ。
「ダウンか?」
「っ…ごめんなさい。先に…逝っちゃいました……♪」
ああ、そう。それはご苦労様。涙目で恍惚の表情を晒す荒い息の彼女の髪をそっと撫でる。
「満足は…したのか?」
「ふう、ふぅ…っ、と…りあえず今は…」
…何時ものパターンだ。またすぐに腹を空かして搾り取りにかかるのは目に見える。
ならば…休息の時間を与えず、一息に討ち取るの最良のパターンだ。
「ひゃぁんっ!!」
嬌声が漏れた。ぐりゅ。結合部分を支点に180度回転。彼女の腰に手をやり、その背中を…傷だらけの背中を見下ろす。
関係を持った当初は気にも留めなかったが、今の彼女には多くの傷が刻まれている。
男ならばそれは勲章だろう。だが、女にとってそれは…。
誰よりも側で見てきたから判る。回を重ねる毎に増えていくそれ。
…………この手で余す所無く全身に刻み込みたくなる。

「?…ホーク?」
「いや…もう少し、付き合ってくれると有難いな。俺、まだだから」
ぐっ、と腰を突き出し、最奥に先端を密着させた。きゅっ、と柔らかく、微塵の隙間も無く締め上げる滑った柔肉の感触が心地良い。
「ふぁん♪」
悦びを多分に含む声。この瞬間に平常心は崩れ去る。
回を重ねる毎に淫らに堕ちていく彼女。そうさせているのは他ならぬ俺だ。
嬉しいやら、悲しいやら。複雑な気分に駆られた。
「んで…回答は?リース?」
「は、はいっ!…愛して下さい…♪」
ぐりぐり、自ら腰を押し付けてくる。コリコリとした子宮口の感覚が伝わってきた。
…狼だけにこの女、根本的に犬か?
「ど、どうしたんですか?は、早くぅ…」
「あ、ああ…」
そうだとしたら……やれやれ。大きないn…狼に懐かれたものだ。
片手で腰を掴み、もう片手で真珠を扱く。包皮に収まらぬ大柄な真珠だ。
「ひきぃぃ!!?」
引き攣った声を上げ、弓形に彼女が爆ぜる。
しこしこ、こしゅこしゅ…。わかるわかる。膣が小刻みに震えているのが。
さて。この状態で臍の裏を擦り上げたらどうなるか。…下向きに調整して…どうだ?
ぐりっ。
「やああああああ!!!」
悲鳴。しかし、そんな大きな声だと城中に響くぞ?魔物を呼ぶのは今は勘弁して欲しい。
…そんな事に気を払う余裕は無いってか?じゃあ…声が嗄れるまで叫んで貰おうか。
ふっ、ふふ……やっぱ面白ぇ。


「はぁ…はあ…、ホークぅ…♪」
「う、っ…っ」
そろそろっ…こ、こっちもまずい。ここらで限界か…っ。
自身にしゃぶり付き、射精をねだる様に蠢動するその場所。熱い泥濘は更に肉棒を愛してやまない。
それならば、と一気にスパート。もう十分堪能したからな。これ以上は酷だろう。
「はっ…はっ、はぁっ…」
「きゃあん!ひああ!!っか…ぁ…!」
容赦無く、入口から最奥までの串挿し刑。パンパン、と小気味良い音が響く。
こつこつ、と亀頭が子宮口に何度もキスの雨を降らせる。やりすぎると内蔵に響いて痛いらしいが…まぁ、悦んでくれている様なので心配は無いだろう。
「っ…込み上げてきた、な。…どうする?」
「ぁ…ちょ、頂戴!奥に…飲ませてぇ!!」
姫さんのご希望は何時も通りの種付け…っと。
「りょ、了解!」
「はあ!…っ、っ♪♪」
ぎゅううぅ。限界まで収縮する膣にあわせて最奥に叩き込む。
鈴口が膨れ上がり、下腹部に渦巻いていたモノが子宮へ迸る。彼女もまた、己が最奥を焼き尽くされる感覚と溢れ出る快楽に身を任せ、シーツをきつく握り締め果てた。
「ぐぅ!…つつ、ぬぅ…っ」
「きゃあああああんぅぅ!!!」
み、耳が!…痺れる…。絶叫かよ。
でも、これで…っへへ。今日のお勤め終了ってな。
しかしリース…後ろからされるの好きだなぁ。…やっぱり犬か。
「あ♪…あぁ……あつぅい♪」
ドクドク注がれる白濁の感触にブルリと身を震わせ、彼女の眦から一筋の涙が伝った。
「ご苦労さん」
「あン♪」
貫いたままその濡れた唇を優しく啄んでやった。


んで、こっからは蛇足。


…………………………

今日も今日とて血に染まり。金切り声上げ、躯を噛み締め、溢れる脳漿を啜り悶える。
そして、今日もまた…若い滾りをぶつけ合い、そして昇天……。

全てが終わり、気だるい体をベッドに投げ出す。もうこれで何度目か…数え切れない。
一体、いつまで繰り返せば良いのだろうか。抜け出せない何とかの輪…か?
…違う。そんなモノは存在しない。抜け出そうと思えば、抜け出せる。ただ、それをしなかっただけ。

もう…それも潮時なのかもしれない。


「なあ…」
ホークアイは呟いた。
「はい?」
リースもまた抱かれながら、彼を見る。カッ!と稲光が暗い部屋を明るく染め上げた。
「エリオット君…助けに行かないのか?」
アンタには未だローラントのためにすべき事が残ってませんでしたか?
「あなたこそ…フェアリーさんを無視してて良いんですか?」
聖剣の勇者としての使命…最後の大仕事を放り出したままで宜しいんですか?
「「・・・」」
沈黙。どうやら…二人とも判っていたらしい。
お互い今迄触れなかった…否。敢えて触れなかった核心。
引き篭もる暇があるのなら…とっとと聖域に飛べば良いのに。何でそれをしなかったの?
「っはは…お前さんの言う通り、だな」
「ふふ…そう、ですね」
それは我執だった。貴公子を討ってしまえば、旅は終わる。それは…お互いの別離だ。
もう、離れる事など出来ない間柄。お互い、伴侶無しでの生活など既に考えられない。
離れたくなくて。ずっと…抱き合っていたくて。
衝動と、憎悪と、恋慕の情が綯い交ぜになり、混沌とした精神が織り成した滑稽で残酷な寓話。
身を蝕み、突き動かす渇き。頭を壁に打ちつけ、肉が覗くまで掻き毟り、血涙流して嗚咽を漏らした。押しやられる理性。自分が消えていく感覚に恐怖し、叫んだ。
助けてたすけてタスケテたすけテ援けてタすケて!
…助けて。
許されていたのは互いを掻き抱く事のみ。自身を、そして半身を守る様に…
その果てにあったのが、この血塗られた、死臭に塗れた隠遁生活……。

だが…それも終わりにしなければならない。

互いを求める心とその闇がお互いを縛る鎖となり、殻を作り上げた。
おあつらえ向きに用意された闇の城は格好の巣となり、その閉じた空間を己の全てとした。
だが、それは違うのだ。そこに閉じ篭っていて、何があるのか?何があったのか?
数え切れない惨劇があった。数え切れない情事があった。ただ…それだけだ。
血肉を貪り、互いを冒し、犯しあう。その繰り返しは思考を停滞させ、生きる意味さえ凍て付かせ。この身が悪の権化だとしても、そんな存在に何の意味がある?
薄汚れた両手を見ながら、思う。まだ…この身には成すべき事がある、と。
祖国の再興、勇者の使命…為らば、それを全うしなくては。
幸いにして、未だこの身には理性が残っている。だが…いずれそれにも別れを告げなくてはなるまい。そうなる前に…人であるうちに。
…人である事を捨てるのは…その後でも良い。
待っているのが破滅だとしても。この衝動がなくなる事が無いとしても。
一つの物語に決着は付くのだから。

けじめは付ける。だから…馴れ合いも今日限りにしよう。

「往くかい?元凶を討ちに、さ」
「ええ。…あなたと、一緒に」
明けない夜が、明ける。その闇に身を委ねていたのは己の意思。
為らば…そこから出て行くのも己の意思で。
その先に待っている別離を憂いながら。

…つまり、アレだ。抜け出せないメビウスリングってのは錯覚だったと。

「楽しそうね、アンタら」
物陰から覗くフェアリーさん。どうでも良いから早くして。命の灯が消えちゃいます。

そこから彼等の行動は早かった。
そして半日後…世界からマナが消えた。

だったら最初からそうしろよ!
釈然としないものを胸中に抱え、新たな女神は眠りに就いたのであった。


もう戻れないけど…私、もっと普通にあなたに会いたかったな…
ああ…俺も、そう思う…

叶うのなら…戦いとは、使命とは無縁な状況で出会いたかった。
二人の間にあった共通の思い。もう…決して叶わぬ儚い願い。

「お別れですね」
夕暮れを背に、魔狼の槍騎は淡々と告げる。ローラントはバストゥーク、天かける道にて。
「達者でな」
一切の戸惑い無く、闇夜の刃は魔狼の槍騎に背を向ける。
全ては終わった。互いにあるべき場所に帰るのみ。男は砂塵の果て、ナバールへ。女はローラントへ…彼女の後ろに控える仲間達の元へと。
ゆるりと、彼は歩き出す。

…あるべき場所、か。暗殺者に身を落とした自分は凱旋帰国だとしても歓迎はされまい。
居心地がさぞ悪いに違いない。それが力を得た代償。自分で捨てたもの。
この身を縛る業からは終生逃れられぬ。その証が血の渇き。だが…そこから逃げる訳にはいかない。逃れる訳には、いかない。そんな俺にもう居場所など…無いのだ。
一度は故郷を追われ…今度は自分から故郷を捨てる事になる。そんな未来が厭でも見える。さて、そうなったら俺は何処に流れるか…
「待って!」
背中越しに受けるリースの悲痛な叫び。…振り向かぬ。振り向かぬと思っても、何度も情を交わした相手。捨てた筈の想いが滾々と沸き立つ。それが俺を放さない。
自然と脚は止まった。

「待ってやったぞ?」
ホークアイは振り向かなかった。それでも構わない。大きな背中。今まで私を守ってくれた彼の。それが愛しくて。西日を背にそっと腕を伸ばす。
背中に受けるアマゾネス達の視線。……構いはしない。今、言わなければ…きっと後悔するから。
「私は…ローラントの…姫です。待つ…等と言う事は出来ません」
サァ、と風が吹きつけ、彼の漆黒の外套が靡いた。同時に梳かれる私の髪。その爽やかな微風が体に染み付いた血の香を拭い去ってくれる錯覚を覚えた。
ああ…そうだったら、どんなに良いか。
「…そうか」
「だから…」
その背中に顔を埋め、ありったけの気持ちを込め搾り出した。
「だから…いつか私が貴方を手に入れます」
そう…いつか。…狂戦士と化した私に、ローラントはきっと平和過ぎる。この祖国が元の隆盛を取り戻し、私の役目が終わったのなら……その時は。

「…宜しくて?」
「………呵ッ!」
…そう来たか。所有者宣言。ただの女なら即座に首を落としている所だが…コイツなら。
「お前さんが望むなら…それも良いさ」
…否。この女が良いんだ。共に戦い抜き、生き残った俺の相棒。互いに同じ傷を負い、背中を預けあってきたパートナー。そして…今更、彼女の味を忘れる事など出来はしないのだから。
「覚悟して、下さいまし?」
「…仰せのままに」
振り向きざまに唇を奪い、舌を絡ませあう。…衆人環視は、承知の上で。



一つの幕が下り、また新たな舞台の幕が開く。だが…そこに観客は一人も居ない。
ただ或るのは…踊り続ける鴉と狼の滑稽な番だけ。

「…私の…王子様」
「そいつは……、光栄だね」


数年後…新ローラント王の即位式の後に、第一王女は姿を消した。
時同じくして、ナバールでも首領補佐が姿を消す。
ローラント・ナバール両国は全世界的に彼等を探し回ったが、その行方はようとして知れなかった。

その直後から各地で囁かれる狼を従えた女戦士と仮面の暗殺者の噂。

曰く「出会えば最後。確実に血の雨が降る」
曰く「その二人は夫婦で、嘗ての聖剣の勇者である」

真偽は明かされず、不明のまま。その噂は何時しか人々の口にも上らなくなった。

二人がどうなったのか。渇きと飢えから逃れられたかどうか…知る者は居ない。



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