Xepher

764氏



――――視界が明滅している。
ぐるぐる回る世界は吐き気を誘って、三半規管をイカれさせる。それでも体は勝手に動いて、見知った顔の女に剣を向ける。
(止めろ…止めろっ!)
そんな心にも無い台詞を吐き散らして気付く。
―――もう、手遅れだ。
そうして、剣を持つ手に肉を裂く感触が伝わってきた。己の体にも同じく痛みが走る。胸から刃が生えていた。
だが、そんな痛みはどうでも良かった。血を吐いて蹲る女の名を叫んだ。

「ダナエ――――ッ!!!」

そうしてベッドに寝かされていた男は、男自身の叫びによって起こされた。

「っ!?…?…ここ、は」
目が覚めた場所は男が見知っている場所だった。ガドの癒しの寺院、その一室だ。
場所の確認を終えた男は今度は自分の体の状況を確認し始める。
「痛ぅっ…」
…重傷だった。全身に括りつけられた包帯は滲んだ血によって多くの箇所が暗褐色に変色している。その様はマミーエイプさながらだった。
「俺は…どうして…」
己の身辺状況は判ったが、どうしても判らない事がある。…どうして、己が此処に運ばれて寝ているのか…と言う事だった。
 意識を失う直前の記憶を手繰り寄せて、顔を歪ませる。見知った幼馴染の顔が思い出されてくる。その肉を絶った感触がリアルに腕に残っていたのだ。
「俺は…ダナエ、を…」
斬ったのだ。
その変えようの無い事実が重く心に陰を落とした。見解の相違でそうなってしまったと言っても、長年の知己を斬って尚冷静で居られるほどにその男は冷酷には成り切れなかった。

「おー、もう復活を果たしたか。呆れたタフネスだな、エスカデ」

そんな己の心とは対照的な暢気な声が掛けられた。開いたドアの向こうには山盛りのフルーツの盛り合わせた籠を持った青年が立っていた。

「…トト?」
赤い頭巾と己と同じく腹筋を丸出しにした冒険者の青年を男…エスカデは複雑な表情で見ていた。

「しっかし、命知らずだな。妹に喧嘩売って生きてるなんざ、それだけで御の字さ。物騒な事この上ないよ。兄貴としちゃあな」
「・・・」
事の瑣末を語るトトにエスカデは漸く全てを思い出した。斬り合いの最中に乱入してきたトトの妹…イムに文字通りボコられたのだ。それ故の今の己の状況だった。
「傍観しようと思ってたが…何か厭な予感してさ。妖精の妨害を無視して風の塔に行って見たら…吃驚だったな。お前もダナエも血の海に沈んでんだもん。正直、かなり危なかったぞ」
「余計な事を…」
その時の様子が頭を過ぎってエスカデは若干身を震わせた。剣技には自身がある己を苦も無く一撃で斬り伏せた女怪の姿を思い出し、恐怖を覚えている。
「棘があるな。お前もダナエも危うく娑婆に踏み止まったんだぜ?それが不満なのか?」
「……何?」
その一言にエスカデは固まる。何を言ったのか、この男。ダナエが…生きている?この手で斬った筈の女が…?
「勝手に殺してやるなよな。ってーか、隣に寝てるだろ?」
ガタッ。エスカデの寝ているベッドの隣にあった衝立をトトは取払った。
「っ」
エスカデは息を飲む。深い眠りに落ちているその獣人の女は規則的な呼吸と共に胸を上下させていた。
「未だ意識が戻ってきてない。お前と同じ位重傷だ。…本当に運んでくるの、大変だったぞ。イムもマチルダも勝手に消えて、俺とお前等を残していくんだもんな〜」
その時の苦労を如実に語る様に疲れた表情をトトは覗かせた。瀕死の大人二人を担いで、且つその命の灯を消さぬ様にミンダスからガドまでの道のりを踏破したこの冒険者は救命士の鑑だろう。
「そうか…。いや、済まん。苦労をかけた」
「うんうん、人間素直が一番だ。…一生、恩に着ろよ」
素直に頭を下げたエスカデにトトはニヤニヤしながら冗談を言った。エスカデは隣に眠るダナエから視線を向け、「そうだな」と気の無い返事を返す。

「それで…イムはどうした」
「あ?…知らね。ミンダスで俺にお前等を任せるって言ったきり、姿を見ねえ。…案外、カンクン鳥使って、ルシェイメアにカチコミかけてるかもな」
「ルシェイ…メア?」
「アーウィンの居場所さ」
アーウィンの居城にして、この世界を無に帰す手段が光鱗のワーム・ルシェイメア。それを聞かされたエスカデは黙っていられない。
「っ!…ぅぐ…ぐ!」
全身を苛む痛み。傷口を広げ、血を滲ませる挙動。エスカデは立ち上がり、直ぐに飛び出して行こうとした。
「何しに行く気だ?そんなボロボロの体で行ったって、アーウィンに一太刀喰らわす所か、途中で彼岸に渡っちまうぞ」
「黙れ!俺は…行かなくては」
トトは当然それを止めた。エスカデの肩を掴んで無理矢理ベッドに捻じ込む。トトの手を跳ね除ける事すら出来ないほど、弱っている。
「無理だって言ってんだろ!」
「ぐ…」
強い口調のトト。目の前の年上の聖騎士に物怖じせずに、スッパリ言い切った。エスカデは憎々しげにベッドの端に座り込む。
「気持ちは判る。自分の手で決着付けたいんだよな?…だが、死ぬと判ってる人間を死地に送り込む事は俺には出来ねえ。それじゃ、何の為に助けたのか判りゃしねえ」
「・・・」
「妹に任された手合いもある。それでも行きたいなら、俺を倒して行くんだな。…判ってると思うが、そんなズタズタな身体で勝てるとか思ってないよな?」
そんな困難な条件を突き付けられてはエスカデも黙るしかない。数々の難事を遂行し、深紅なる竜帝すら屠ってるこの男と退治するのはアーウィンを倒す以上に難しい。

「…判った。俺の負けだ」
そうして、漸くエスカデは負けを認めた。
「理解が早くて助かるよ。身内の不祥事を解決すんのは同じく身内の俺じゃなけりゃならんからな。お前等が回復するまでは俺はガドに居るから、抜け出したりせんでくれよ」
「判った判った。…それにしても、平気なのか?」
クツクツ笑っていたトトは向けられたエスカデの言葉に真顔になる。
「あ、何?」
「イムは大丈夫なのか?…黒龍王の強さ、並ではあるまい。そんな相手に一人で…」
「えー?平気だろ。アイツが独りでやりたいってんなら好きにさせるさ。俺も首を突っ込みたくないしな。死んだらそれで世界に対する脅威が一つ滅ぶ事になるしな」
軽口を叩くトトは自分の妹である危険人物を厄介払いしたくて仕方がないらしい。だが、それでもトトは妹を信じている様だった。

「…そうか」
そう言ってエスカデは薄くだが笑った。歪だが、確かにトトとイムの間には信頼関係が出来上がっているらしい。それがどれほどか、他人には推し量れない。
「ま、そんな訳で暫く、天井の染みでも数えててくれや。…遅くなったが、これ、見舞いの品な」
「ぐえ!」
ドンッ!と、エスカデの腹の上に落とした果物の山はエスカデの傷を更に深くした。

――――直ぐ近くから喧騒が聞こえてきている。
視界は赤く染まっていて、動かす度に筋肉は悲鳴を上げる。動かない筈の身体を意志だけで稼動させてその男を睨み付けた。
其処で既に限界だった。
迷いの無い剣筋は袈裟懸けに叩きつけられ、肉に食い込み、骨を断ち割って、意識を持って行く。
(私…何処に、行くのかな)
諦めと共に最後に頭に浮かんだ台詞がこれだ。甲斐が無い事この上ない。
だが、何故だろうか。そんな自分に剣を叩き付けた男の顔は…泣いている様だった。

「あっ……えっ?」
 夢を見ていた気がする。どんな夢だったかは思い出せない…否、思い出したくない。心がそれを拒んでいる。
「生き…てる?…私」
 だが、それは些事だった。死んだと思って、思考を閉じた後に飛び込んできたのは見慣れたガドの天井だ。状況が飲み込めない。
「うぁ…あ…い、痛…」
 今際の際で夢でも見ているのかと思ったが、そうではない。体から発せられる痛みは自身が未だに存命している事を伝えていた。
「?」
―――ガタッ。
衝立がちょっとだけ乱暴に取払われた。それに目を向けて、その向こうに居る人物を見たダナエは目が文字通り点になった。
「エス…カデ?」
「…ダナエ」
 暫くの間、幼馴染二人は石の様に固まっていた。

「…ってな訳でよ。人生の卒業は危うく回避された、と。いや、良かったね〜。留年出来てさ」
 トトが事の瑣末を冗談交じりに話す。ベッドから上半身だけ起こしたダナエは無言で壁ばかりを見つめている。エスカデも同様だ。誰にも視線を合わせない。
 ダナエが目を覚ましたのはエスカデが復活した二日後だった。
「ま、渦中の人物が復活してくれて、俺も漸く楽が出来そうだぜ。…今日はゆっくり寝れそうだ」
甲斐甲斐しく…昼夜を問わずにトトは世話に追われていたのだろう。目にはクマが出来ていた。
「ねえ」
「あ?」
 大きく伸びをして、欠伸をしていたトトはダナエの視線と言葉に気付き、視線を向けた。
「何で…私とコイツが同じ部屋なの?」
「・・・」
 エスカデもまた無言でトトを睨んでいる。あんな事があった後でお互いが顔を付き合わせれば、激突は必至だろう。だが、トトは興味がない様に言った。
「知らん。…部屋が余ってないんじゃないの?」
 それはありえないだろう。怪我人を隔離する部屋位は神殿にも空きはある。態々同じ部屋に押し込める道理は無い事をダナエは知っている。
「あー、悪い。嘘だ。監視の対象が同じ所に固まっててくれるのは都合が良いからな。俺が進言したんだ」
「監視…?」
その言葉が意外だったのか、ダナエは眉を顰める。監視の対象…それは自分とエスカデだ。
「目ぇ付けてないと、何時飛び出していくか判ったモンじゃねえからな。エスカデは言わずもがな。アンタにも僅かだがその危険性がある。見張っとくのは助けた側の責任だろ?」
「「・・・」」
 その言葉にダナエはエスカデに見解を求める様に視線を絡ませる。エスカデもそれに答える様に苦々しく頷いた。
「ま、完治するまでは我慢してくれ。…サンタリンゴ、食べる?」
「いらない」
「結構だ」
シャリシャリと器用に短刀で皮を剥いたサンタリンゴが更に乗って二人に突き出された。だが、二人はそれを突っ撥ねた。

 

凡そ一週間が過ぎた。

エスカデは多少身体を動かす時に苦痛はあるが、起き上がっても問題が無い程に回復していたが…ダナエの怪我は未だに彼女をベッドに縛り付けている。
する事もなく、ただ傷を癒す事に飽いたのはエスカデだった。
「食事を持ってきた」
「…ありがと。そこに置いておいて」
 本来はトトの役目なのだろが、何時の間にかエスカデはダナエに付きっ切りで看病をする様になった。事務的に会話を交わすだけだが、元々が暇を潰す目的なのでエスカデもそれについて何も思う事は無い。ダナエも同じだろう。

「・・・」
届け物を完了したエスカデは何時ものスパッツと包帯が巻かれた腹筋を引っさげて、断崖の道で風に当たっていた。
「ふう」
 溜息をついて、眼下を見下ろす。…予後は順調だ。ガドに留まる理由はもう存在しないのだが、それはきっとトトが止めるのだろう。する事と言えば、こうして病室を起き出して風に当たるか…ダナエの世話をする位しかない。
「黄昏てるな。何か、悩みか?」
「…お前か」
道を登ってきた赤頭巾の男は何も言わずにエスカデの隣に陣取る。お互いに話す事は余り無い。無言のまま、二人は風に身を任せていた。
「しっかし、なあ」
「…何だ?」
 不意に掛けられたトトの言葉。エスカデは視線だけを隣に移す。
「いや…怪我が完治してないってのに、アンタも健気だな。ダナエの世話…アンタに仕切られるとは思わなかったよ」
「…仕切ってなど、いない」
エスカデはトトにそうとだけ言って視線を戻した。…照れ隠しなのだろうか。その言葉は少したどたどしい。
「いやいや、そう思ってんのアンタだけだぜ?結構、噂になってるって知ってる?」
「ぬ…」
ビクッ。エスカデが若干だがうろたえる。トトはそれに少し笑いそうになった。
「あれだけ執心してたマチルダを放って、ダナエにべったりじゃねえか。修道女間では…心が移ったとか何とか根も葉もない噂がだな…」
「ば、馬鹿を言うな。俺は…ただ」
確かにその通りだった。起きられる様になってからと言うもの、エスカデは殆どマチルダに会っていない。その何倍もの時間をダナエにかけている。
「ただ…何だよ?」
「ど、同室だし…彼女を傷付けたのは、俺だ。その責任をだな」
言い訳がましいエスカデの言葉。暇潰しと言う言葉は何故か出なかった。
「幼馴染のよしみってか?」
「そ、そうだ。俺だって…人の子だ。悪い事をしたと、思っている」
 その台詞を聞いたトトは噴出した。それこそがエスカデの本音だ。
「…素直じゃないな、アンタ。気になってるなら最初からそう言えって。…素直に謝れば良いじゃねか」
「い、いや…トト?ご、誤解…するなよ?」
エスカデにしては珍しい切羽詰った声だ。心なしか顔も赤い。…やはり照れているのだろうか?
「はあぁ。…お互い、譲れない信念の末に斬り合ったんだろ」
「あ、ああ…」
 トトは笑った後に、呟く様に言った。声色は真剣だ。エスカデは耳を傾ける。
「迷いも葛藤もあった筈だ。だが、アンタ等はそれをやって…幸運にも、どっちも生き残っちまった。それだけ、だろ?」
「・・・」
「それを悪いと思うなら、態度じゃなくて言葉で示す冪だ。…お互いに言葉が通じない訳じゃない。案外…向こうもそう思ってるかもな」
「…トト」
 一頻り喋った後にトトは照れ臭そうにして背を向けた。そうして、坂を下り始めた。
「今日は大人しく帰っとくよ。…またな、エスカデ」
「ああ…また、な」
背を向けて手を振るトトの背中にエスカデは呟く様に言った。

 エスカデのやる事は変わらない。翌日も翌々日もダナエの世話に明け暮れ、またダナエと同じ部屋に戻って来て眠るだけだ。
 そんな日々の中で、トトに言われた言葉が棘の様に心に刺さっている。その痛みは大きくなっていった。
「包帯の変えを持ってきたんだが」
「…ありがと。そこに置いておいて」
 ダナエと交わす会話は変わらない。何時もならエスカデはそのまま届け物を置いて無言のまま立ち去るのだが…今回は様子が違った。
「……手伝うか?」
「え?」
特に何も考えないで言った台詞だったのだろう。エスカデは真顔。だが、ダナエはその言葉に吃驚した様だった。
「ひ、独りで…出来る、から」
「そうか。…いや、そうだな」
それもそうだったな、とエスカデは納得した。起きられる様になってから、ダナエは包帯の変えは自分自身で行っていたのだ。今更誰かの助け等は要らないのだろう。
「あ…待って」
「?」
そのまま去ろうとしていたエスカデだったが、背中にかかったダナエの声で振り向いた。
「ゴメン…やっぱり、頼める?」
「あ、ああ」

 着衣を脱がして、血を吸った包帯を取り去っていく。フサフサのダナエの毛並みは自身の血で薄く汚れて、所々が赤い。
どう言う心境の変化なのだろうか?少しだけ疑問に思いつつも、エスカデは黙って手を動かしていた。
「悪いわね。…未だ、身体が辛くって」
「いや…構わん」
完全に治癒していないダナエの身体は鈍い痛みを断続的に発し、本来なら動かす事も辛い程の重傷であった。塞がりきらない傷跡は化膿して、高熱をダナエに与えていた。
「・・・」
「っ、痛…っ!」
 湿らせた清潔な布で血糊を拭い、ダナエの身体を拭いていく。エスカデの手付きは慣れたもので、ダナエの傷付いた体に負担を掛けぬ様に優しく、素早く的確だった。
 だが、そんなエスカデもその傷を前にして、手の動きを止めた。ダナエの上半身を走る大きな傷跡だ。肩口から胸に走るそれからは赤黒い肉が覗き、治癒した後も残り続けるモノである事をエスカデに伝える。
それは…エスカデ自身が刻んだものだった。

「済まなかった…な」

「え…?」
ポツリ、と呟いたエスカデの声は戸惑いに満ちて、泣きそうな子供の様な印象をダナエに与えていた。
「お前を斬った事だ。あの時の自分の行動に間違いは無かったと信じたいが…こうして改めて生きて面を合わせていると…どうしてもそんな気持ちが湧いて、な」
 …マチルダを救えるのはアーウィンだけ。そう口走った時点で、ダナエとエスカデの衝突は避けられなかったであろう。アーウィンを憎むエスカデはそんな言葉を口にするダナエを敵と認識した。その結果としての…あの斬り合いだった。
 だが、こうして改めて接してみるとその時には無かった感情が涌いてくる。幼馴染…と言う奴だ。斬り合う程にエスカデとダナエの仲は悪くなかった。だが、マチルダとアーウィンの事象が絡み、結局はそうなってしまったのだ。
 自身を貫く為になら、どれだけ血の雨を降らそうとも構わない。そう思いながらも…エスカデは非情には成り切れなかった。互いに生きて残って、それを改めて認識する。失いたくない絆は確かにあった。ダナエとの友情だ。
マチルダへの想い、アーウィンへの憎悪。全てエスカデにとっては貴重な宝物。その一つを自分で叩き壊そうとしてた事に気付いたエスカデ。傷付けてしまった幼馴染は未だ生きていて、自分に身体を預けている。エスカデはその一点は確かに後悔していたのだ。
「ふ…ふふ」
「っ?」
 だが、そんなエスカデの重たい呟きを聞いたダナエは可笑しそうに、そして何処か嬉しそうに笑っていた。
「な、何だ…?」
「あっ、はは…ゴメン。アンタにそんな内省力があった何て以外だったからさ…!」
肩で息をする様にして笑うダナエに少しエスカデはムッした。もう少し、シリアスに受け止めて貰いたいからだ。
「む…オールボンに師事して得たのは剣技だけではないっ」
「いやあ…信じられなかったけど、そうなのね」
「くっ…」
普段の彼の行いを見ていれば判るだろう。己の道に立ち塞がるモノは問答無用で悪と認定し、斬り掛かる視野の狭い腹出しスパッツのこの男。そんな一面を向けられれば誰にだって意外だ。
「…まあ、良いわ。…エスカデっ!」
「っ!」
突然声を荒げ、振り向いたダナエにエスカデは硬直した。声が耳を痺れさせた訳ではない。剥き出し乳房が睨んでいたからだ。
「過ぎた事は…忘れましょう?」
「な、何…だと?」
少しだけ…形の良いダナエの胸に視線を持っていかれつつ、エスカデは聞き返す。
「折角…お互い生き残ったのに、ギスギスするのは厭だから。幼馴染なんだから…殴り合いの喧嘩位はするでしょう?」
「お前…」
寛大なダナエの言葉にエスカデはぐうの音もでなかった。
「それでお互いチャラにしましょう。…私もさ、悪いと思ってたから」
「そ、そう…か」
ダナエがそう言うのなら…とエスカデはその言葉を受け入れる事にした。喧嘩の原因はどちらかにあったかは知らないが、それに加担した段階でどちらも両成敗だ。ダナエはそれを知っているのだ。
トトの言葉が思い出された。正にその通りだったとエスカデは包帯をダナエに巻きつつ、思ったのだった。

―――ガチャ!
「「!!」」
あらかた包帯を巻き終わって、仲直りを果した幼馴染二人は突然の来訪者に身を固くした。乱暴にドアを開けたのはトトだった。
「ダナエ…エスカデ…」
普段は軽口の一つでも言うトトだが、今回はそんな余裕などは無い様に切迫している。
「マチルダの容態が芳しくない。…もう、長くないぞ」
 それが…理由だった。
「マチルダ…っ、痛ぅ…!」
その言葉を聞いたダナエは起き上がるのは無理な筈なのに起き上がろうと、痛む身体を必至に動かす。
「掴まれ…!」
抱き起こしたダナエの肩を担いだエスカデはそのままトトを部屋に置いて夢見の間へと向かった。

  そうして…マチルダの容態を確認した二人は、自分達に出来る事は何も残されていない事を悟った。

・・・・・・・・

 ただ時間だけが過ぎている。マチルダは悟りきった様に目を閉じ、静かにその時を待っている。最初はダナエもエスカデも何か言葉を掛けていたのだが、それすらも尽きてお互いの無力さを噛み締めた。
 アーウィンを斬った所でマチルダの死期は変わらず、例え妖精界へ連れ出そうとしてもこの場にそれを出来る人間は居ないのだ。死に瀕している幼馴染を前に出来るのは、それを受け入れる事だけだった。
 自室へ引き上げて、既に二日。お互いに一切会話をせずに、エスカデもダナエも沈んだままだった。
暗くなり、夜の帳が下りてベッドに横になる。お互いの心は焦燥と無力感が支配している。そんな時…ダナエが衝立越しにエスカデに声を掛けた。
「そっち…」
「?」
エスカデは身体を起こした。何かをしたいのか?エスカデは衝立をどけた。
「そっち…行って良い?」
「・・・」
抑揚の無い、萎びた声だった。それが何処か泣きそうな声に聞こえたエスカデは自由になる体でダナエのベッドに潜り込んだ。
「っ」
「お前は動けないだろう?こっちの方が早い」

お互いに背を向けて、何も言わない。言いたい事はあるのだろうが、それが喉を通過する事は無い。思えばこうして一つの寝台で眠るのは何年ぶりだろうかと想いを巡らせた。あの頃は良かった。世界は小さくて、煩わしさに囚われず、ただ無邪気だった。
「良かったよね…あの頃は、さ」
「そうだ、な。…お互いに餓鬼だった。だからこそ俺達は一つの場所に居られた」
 昔を懐かしむ言葉が出てきた。手を伸ばしても、もう戻らないそれは今は崩壊しようとしている幼馴染四人にとってはかけがえの無い思い出だった。
「ずっと…そうだと思ってた。私も、アンタも、マチルダも。…アーウィンだって」
「っ」
 エスカデは奥歯を噛み締める。憎悪の対象、倒すべき敵、悪魔としてこの世界を破壊しようとしている男。だが、子供の時…マチルダの一件が起こる前だ。あの男は確かにエスカデにとっては友達だった。それは否定できない事実だった。
「ああ…そうだ。それも…今となっては、虚しいだけだな」
「はは…儘ならないよね。マチルダを助けたい一身で色々やって…アンタとも殺しあって…結局、何も出来ないなんて…」
エスカデは泣きたかった。だが、幼馴染の前でそれは憚られたのだ。マチルダへの想いとアーウィンへの憎悪。それ故に取った己の行動は目の前の現実には全く無力であった事を否応無しに伝えてくる。そう言う意味では…エスカデもダナエと同じなのだ。
「マチルダには…さ。もっと…もっとっ、お姉さんで…居て、欲しかったよ…っ」
嗚咽が交じるダナエの声に心が揺さぶられる。どうしようもなく、泣きたくなってくる。エスカデは半ば無理矢理にダナエを抱き寄せた。
「え?えっ!?」
何をされたのか理解が出来なかったダナエは涙を拭おうとせずにエスカデを見た。そうして…
「泣くな。こっちまで…泣きたくなる」
「んん…」
 唇が重なった。泣いている女を黙らせる為のキスだった。無理矢理なそれはダナエの口腔を犯し、舌は絡まってクチュクチュ卑猥な音を立てる。
多少は抗おうとしたダナエだったが、直ぐにそれは放棄した。蹂躙してくるエスカデに己の唾液を送り、無理矢理飲み込ませた。
「ん…ぐっ」
「んっ…アンタに…こんな甲斐性があったんだ」
「俺もそう思っている。自分自身でも何をしたいのか…よう判らん」
「最低ね、それ。でも…」
もう一度、唇が重なる。今度のは軽く触れ合うだけの浅いキスだった。お互いに嫌悪らしい素振りは無い。何故だか…そうする事が今の二人には自然であると思えていた。
「…しよ?」
「…ああ」
 今だけは何もかも忘れたかったのかも知れない。ダナエも…エスカデも。

「んっ…あん…」
胸に手をやりながら、ダナエの猫耳を食む。エスカデは28年にも及ぶ人生のうち、10年は奈落暮らしだったので、女性経験はそれほど派手ではない。それ故にダナエの様な獣人の女を抱くのは初めてだった。
「…勝手が判らんな」
取り合えずはセオリー通りに胸を揉んだり、耳を噛んでみたりしながら様子を見る。
「ぁっ、んぁ」
「…こんな感じ、か?」
キュッ!搾乳する様に揉みしだいて、乳首を指の腹でグリグリと乱雑に擦ってやると、直ぐに突起は硬さを持ち、勃起した。
「ぃっ、ひんっ!」
「正解、か」
種族は違えど、基本は人間の女と同じなのか、弱い部分やそうでは無い部分が少しは判ってきた。
「…少し、邪魔だな。ダナエ」
「はあ…はあ…?」
「脱がせるぞ?」
 これ以上の前戯を施すならば、ダナエが羽織っている寝巻きが邪魔だった。エスカデはダナエの傷に響かない様に慎重にそれを剥いで行く。直ぐに、ダナエは生まれたままの姿を晒した。
「あ、アンタは…脱がないの?」
「俺は後で良い。しかし…な」
「?…な、何よ」
向けられるエスカデの視線は全身に絡み付いて、それこそ食い入る様にダナエの肌を見つめていた。ダナエとしてはそれが気になって仕方が無かった。
「いや…綺麗なモノだと思っただけだ」
「嘘よ。…それとも、本気?」
ダナエは自身の体について理解している。全身は包帯で覆われていて、傷だらけだ。それでも綺麗だと言うこの男は目がおかしいか、はたまた美意識がおかしいのかどちらかしかありえないと思ったのだ。
「ああ。素直に…そう思った」
「ん…素直に、受け取っておく」
美しい毛並みを覆う包帯は痛々しくて、そこから覗くダナエの肌はエスカデの裡なる劣情をどうしてか煽る。再び、胸を揉み始めたエスカデと、それを受け入れるダナエ。ダナエは少し嬉しそうだった。

「ぁ…ん、ぁ…!んぁ…っ」
 ダナエから上がる声に切なさと熱っぽさが交じり始める。二つの乳首は完全に勃起。芯を持った硬さでエスカデの手の中でグニグニ形を変えている。
そろそろだろうか?エスカデは胸を弄っていた片手をダナエの足の付け根に持って行き、指を一本、その入口に先端だけ埋めてみた。
「にゃああっ!?」
その瞬間、確かにダナエの体が浮いた。三つ年下の幼馴染が上げた嬌声は名実共に猫のそれだった。それがツボだったのか、エスカデは漸く様子見を解除してダナエを本格的に愛し始めた。
「あふっ、にゃぁ!にゃっふっ!!」
「…トロトロ、だな」
 先端だけでは判らなかったが、ダナエの体はとっくに出来上がっていたらしい。指を二本、根元まで埋め込んでみたが、抵抗は全く無く、それどころか襞が蠢いて吸い付いてくる始末だった。愛液は白く濁って粘ついてエスカデの指を汚す。
「ぁ…あ…どう、したの?」
「いや…何でもない」
 動きを止めたエスカデにダナエは訝しげな視線を向けた。紅潮し、汗ばみ、何故か恥かしそうなその男の端整な顔はダナエの劣情を煽り、裡から更なる蜜を吐き出させる。
「……早く、来てよ?それとも…遠慮してるの?」
「そうでは無いが……いや、判った」
 事を始めておいて女性に恥をかかせるなぞは以ての外である。ダナエは動きを見せないエスカデに催促をし、エスカデもまたそれに対応する為にスパッツの中で窮屈そうにしていた自身のソルブレイドを取り出した。
「ひょっとして、照れてる?」
「ああ…そうなのかもな」
 エスカデに尻を向けて、尻尾を振りながら、その場所をダナエは指し示した。完全に出来上がって涎を垂らす下の口は物欲しそうにヒク付いている。 
「…往くぞ?」
「ん…良いよ?」
エスカデは先端を入口に宛がって、ダナエを一気に貫いた。
「っ!」
「にゃああぁあああぁ!!!」
 やっぱり猫科の獣人である。叫びは存外に可愛らしいモノだった。
「っ…ダ、ダナエ…?」
「ぁ…かっ、ぁ…あはっ…はっ、ぁ…」
ぶち込まれる肉棒をざらついた襞が愛し始め、人間のそれとは違う微妙な膣の動きでエスカデを追い込むダナエの女性自身。だが、そんなダナエ本人は既に死に体だった。エスカデのストロークは深くダナエを抉って子宮口を擦り上げていた。もうその時点で…
「早いな…おい」
「あ、ぁ…あは、は…ゴメン。……逝っちゃった」
 ダナエの膣は小刻みに痙攣しながら、きゅうきゅう優しく、それでいて情熱的にエスカデを締め付けていた。ダナエの声は蕩けきった涙声。毛並みは逆立って、尻尾は興奮している事を示すかの様におっ立っていた。
「お前…そんなに欲求不満だったのか?」
「あはっ…な、何で、だろ?確かに…久しぶり、なんだけどっ、さ」
 どうやら、その理由は本人にも判らないらしい。だが、何故だろうか?エスカデはその答えが頭の中に唐突に浮かんだのだった。
「相性じゃないのか?」
「あ、アンタと!?…それ、笑えないわよ?」
 確かに笑えない冗談だ。だが、そんな冗談も時と場合によれば大きな効果をもたらす。例えば…今のこの状況がそうだった。

「っひい!!」
突き入れられた怒張が膣壁を抉り、その形をダナエに伝える。雁首は敏感な場所をゴリゴリ擦って快楽と良く判らない感情を与えて来た。
「ぅ…ぐ」
 グチャグチャと膣内を掻き回してピストンを行えば、それだけでダナエの膣は戦慄いて一物を溶かそうと噛み付いてくる。結合部から漏れる愛液の雫は糸を引いてベッドに垂れ落ちて、視覚効果は抜群だ。
(拙い…これは)
エスカデはもう自身を苛む劣情を抑えられなくなってきていた。相手は怪我人、しかもこの寺院では高い立場にある幼馴染だ。そんな相手に滾る欲望の全てを体現したらどうなってしまうのか?…非常に危険だろう。
「ハァ…ハッ…ダナエ…」
「ヒッ!ひぅん!…え、エス、カデ…?」
グチュグチュと盛大に淫らな水音を垂れ流し、獣の体勢でエスカデを飲み込むダナエ。そんな彼女の耳に入ってきたエスカデの切迫した声。
「済まん…!」
「ぇ?…ぁ、にゃはああぁああ!!?」
 やはり、エスカデも男の子であった。女日照りが続いていたのだから尚更だ。腰の動きの制限を解除して、奈落に堕ちろとばかりにダナエの下の口を犯す。
 ゴリゴリと子宮口を抉って、下向きに打ち付ける事でダナエは涎と涙を垂れ流してよがる。それに加えて性質が悪いのが、エスカデが尻尾の付け根をグリグリ刺激し始めた事だ。猫にとっては性感帯である様にダナエもまたそうであった様だ。
「くうっ、こ、これは…!」
「にゃあ!?にゃああ!ら、らめぇ!そこはらめええ!!」
 何なんだ、これは。エスカデはゾクゾクと背筋にやってくる悪寒に支配されそうになっていた。女を抱いてこんな理解不能な怖気を感じた事は前代未聞だった。それが、目の前の幼馴染を抱く事で確かに感じられているのだ。
「……ぐ」
「ひぃ!ふみっ!ふみいぃっ!!」
 ダナエの背中に顔を埋めて、包帯に覆われていない剥き出しの肌を舐め上げる。口付けし、吸い上げてキスの痕をその場所に次々と刻んでいく。頭がどうにかなりそうな感情の渦に理性がどんどんと端に追いやられる。
「だ、ダナエ…っ」
「やあああああああ!え、エス、カデぇっ!」
 それはどうやらダナエも同じだった。膣圧はぐっと上がって、蕩けそうな膣内はみっちり隙間無く一物を搾ってくる。エスカデはもう吐き出しそうになっていた。
 此処で…ありったけの欲望をダナエの胎に撒き散らしてみたらどうなるのだろうか?どんな声で鳴いてくれるのだろうか?そう思った時点で、既にエスカデは負けだった。
「ぐぁ!っ、ぁ…ダナエ…逝く、ぞ?」
「ふえ?え、ええっ!?」
 エスカデは形振り構わないとばかりに腰を叩きつける。ハイパースラッガー並のその勢いにダナエはエスカデの終わりを察知して、少し慌てた。
 だが、慌てた所で既にどうしようもない事態に陥っている事を理解したダナエは直ぐにそれを受け入れて、精一杯エスカデのそれを愛する事に執心する。
逝きそうなのは彼だけではない。尻尾の付け根を弄られて、ドロドロの膣を蹂躙されてメロメロになっている彼女はエスカデと一緒に逝きたかったのだ。
「ダナエ…っ…ダナエ…!」
「エスカデ……っ!」
 そうして、エスカデは喰い付いて離さないダナエの膣に渾身の一撃を見舞った。押し上げられ、内臓に響くストロークは一瞬だがダナエの呼吸を止めさせた。
 その刹那、エスカデの一物は膨れ上がり、腹の底に溜まっていた欲望と言う名の白濁をダナエの胎の奥底にぶち撒けた。
「っく…ぅ!」
「っ!?ふぁ…ぁ!」
ドクンッ!凄まじい勢いで子宮底にぶち当てられる灼熱の本流はダナエを内部から焼き尽くし、エスカデの精を全て搾り取るかの様に膣を戦慄かせた。
「ふみゃあああぁああぁあ!!!!」
「ぐっ……っ、っ」
甘く、蕩けたダナエの歓喜の悲鳴はエスカデの頭を貫いて、搾り取られる感覚と共に刻み込まれていく。ビクビク痙攣する年下の幼馴染をギュッと抱いて…エスカデはダナエに欲望の全てを注ぎ込んだ。

「あ、あいつ等…何やってんだよ」
 そんな二人のショッキングな目交いに出くわしてしまったのはトトにとっては不幸以外の何物でも無かったろう。部屋から一歩も出ない二人を心配してやってきてみれば、コレである。貧乏籤を引いた気分のトトは倒れそうになるのを必死で堪えていた。
「しかし…あいつ等がな」
 意外と言えば意外である。エスカデはマチルダ一直線で、他の女には見向きもしないイメージがあり、ダナエに至ってはそもそもそんな浮ついたイメージが出ては来ないからだ。そんな二人が繋がって、快楽を貪っている。
「案外…面白いネタ、かもな」
 トトの顔が歪み、その歪みを残したままトトは二人が居る室内へと続くドアの前から去った。これ以上は空気に中てられ兼ねないと判断したのだ。
「何時かこのネタでからかってやる、か」
 トトは顔だけでなく性格もまた歪んでいる様だった。

「ダナエ…平気、か?」
「ちょ、ちょっと…体、痛い」
あれだけ激しく愛し合って、体が痛いと言う程度ならば御の字だろう。傷口が開いていてもおかしくは無い。
「しかし…こんなに滾るモノだとは、な。お前とこんな事をする等考えた事もなかったが」
「それは私もよ。でも…凄い興奮したわ。本当に…相性が良いのかしら」
 荒い息を吐いて、互いの汁でベトベトになった二人は一端距離を置いてそんな事を話していた。エスカデの一物は愛液塗れで勃起したままで、ダナエの割れ目からは愛液と精液の混じった汁がトロトロ流れ落ちている。
「それは判らんが…むう」
「そうね。…それで?アンタはもう満足?私は未だいけるけど」
 ダナエの遠回しの要求だ。怪我人だと言うのにこのバイタリティ。エスカデとは別の意味で凄まじい。
「いや…俺は平気だぞ」
「それじゃあ…もう一回、付き合って?」
そう言って、今度はダナエがエスカデに抱き付きながら、その怒張を咥え込んだ。ドロドロの膣は何でも無い事の様にそれを飲み込み、やがて二人は完全に繋がった。ピン、と張った尻尾はそれでも左右に振れていて、嬉しさが滲んでいる様な感すらあった。
「う…」
「アン…っ…今度は、優しく、してね?」
「…了解」
耳をピコピコさせて、上目遣いで言ったダナエは至極恥かしそうだ。エスカデは再び暴走しそうな獣性を何とか押さえ込んで、可愛い雌猫に頷く事が精一杯だった。

そうして更に三日が過ぎた。表面上は平静を装いつつも、エスカデも…ダナエも…マチルダに忍び寄る死の足音が気になって仕方が無かった。しかし、気になった所で何も出来はしない二人は心を痛め、その度に愛し合う事でそれを忘れようと努めていた。
 端から見れば、逃避を続ける負け犬だろう。だが、二人にとってはそれは切実な問題であって、そうせざるを得ないほどに打ちひしがれている事の裏打ちだった。トトは何も言わないでそんな二人を傍観し続ける。
何も出来ないのは…彼もまた同じだった。

  そして、四日目の夜…

「―――!」
長期で借りた宿の一室ですずぶどうのブランデーを呷ってテレビを見ていたトトは頭に奔る警鐘の様な異質な感覚を不意に味わっていた。
「イム…やった、のか?」
広大なファ・ディールのマップが表示されて、その一区画で長い蛇の亡骸が崩れ落ちていく…そんなリアルな光景が脳内に叩き込まれてくる。
「ルシェイメアが落ちたのか…」
 恐らく、それが真実である事は想像に難くない。為らば…その次にやってくる事も容易に想像が付いていた。トトは一気にグラスの中身を呷って寝てしまう事にした。テレビなんぞを見ている場合でも無かった。

―――翌朝
 一つの寝台で重なる様にして眠っていたエスカデとダナエを叩き起こして、トトはある場所へと向かっていた。…カンクン鳥の巣。そこである人物を迎える為だ。
 歩ける様になったと言っても無理が利かないダナエを庇う様に、エスカデは彼女の手を引いてトトの後ろをついて行った。そうして…カンクン鳥の巣の前に来て、その人物を認めた時、二人の脳裏に或る終わりが提示された。
「お疲れ」
「…ああ」
 トトとその人物…イムは挨拶でも交わす様にそうとだけ言って視線を逸らした。

「アーウィンは?」
「斬った」
エスカデの言葉にイムは事務的に答え、押し黙る。予測していた事だ。アーウィンを倒しに行ったこの女が帰って来た時点で…アーウィンの死は決定なのだから。

「ダナエ様!エスカデ様!」

聞きなれない女の声が後ろから掛かった。修道女の一人が息を切らせながら走ってくるのが見える。…それはマチルダの訃報の報せだった。

「結局…こうなっちゃった、か」
 ダナエは予期していた事が現実になった事を改めて認識し、エスカデにその崩れそうな身体を預けていた。エスカデは何も言わずに目を閉じて、天を仰いでいる。
「…そう、だな」
「やりきれない…よな」
 トトもイムも…生き残った幼馴染二人に掛ける言葉は持ち得なかった。この結末はどう考えても残酷すぎるモノだ。生き残った方も、そうでは無い方にも双方に。
「…行くぞ。此処には…もう何も無い」
「判った」
イムは迷いの無い足取りでカンクン鳥の巣を後にしようとする。トトを連れて、家に帰るつもりなのだろう。トトは二人の方を向き、口を開く。
「…完治するまでは居る約束だったが、俺は行くよ。もう…二人共大丈夫だよな」
 …返事は無い。恐らくは大丈夫なのだろう。生き残った以上は…今はうちひしがれていても、何れは癒える時が来る。トトはそう信じたかった。
先を行くイムを追ってトトは駆け出す。そして一度だけ振り返って、最後にこう言った。
「お前等…これからどうするんだ?」
 その答えは聞けなかった。トトは少し残念そうにしながら今度こそ、その場を去る。

「空白だった賢人の最後の座が埋まった、か」

 独白は誰にも聞こえない。トトには全てが見えている様だった。

「俺の戦いは…終わった。全て…な」
その場に残ったエスカデは感慨深く、また苦々しく言った。倒すべき敵は既に居ない。欲しかった女の心も結局はその敵に奪われて、今は奈落の底だ。エスカデに纏わる全ての戦いは終結したのだ。
「私も…そうよ。司祭あっての…癒しの寺院よ。その司祭が居なくなった寺院を守る事に…どれだけ意味があるのか」
 マチルダが倒れた時点でガドは形骸化している。後継を指名していた訳でもなければ、マチルダ自身の子も居ない。文字通りの名ばかりの寺院である。
祭事を取り仕切るのが修道女である以上、体裁は保てるだろうが、ダナエにとっては一番に守るべきだったマチルダの死は、寺院を守る事の意味すら失わせた。
「アンタは…どうするの?またジャングルに帰るの?」
「いや…未だ、決めていない」
根幹にあったものが失われ、空っぽの心に冷たい風が吹いている様だった。寒く、痛い。その隙間は今は埋まらないのだ。
「決めてない、か。それじゃあさ、エスカデ」
「うん?」
だが…それも何時かは埋まるのだろう。そう、何時かは。
「私の仕事、手伝ってくれないかな?…アンタが居ると、心強いんだ」
「ああ。それは…構わないぞ?」
生き残ったのなら、前向きに生きたい。独りでは辛くとも、隣を見れば己と同じ存在が確かに居てくれている。
独りじゃない。ダナエもエスカデもそれに気付いて安堵の息を漏らすのだ。

今はそれで良いと思うし、そうしたい。

それを胸に刻み込んで…二人はカンクン鳥の巣を仲良く去ったのだった。

〜了〜

「あ、それともう一つ…」
「何だ?ダナエ」
「アタシと所帯持つ気、無い?」
「……………考えておこう」
「ん。今は…それで十分だよ」

  その後…ガドではネコの僧兵長と腹出しスパッツ騎士がおしどり夫婦と呼ばれる様になるのだが、それは少しばかり先の話である。



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