Karma

764氏



 その大きな墓石の前に男は立っていた。
 嘗ては瘴気と死の匂いが充満していた常世への入口。
 それらは既に掠れ果て、仄かな陽光が雲間から差込み、生い茂る緑の香が鼻を突くのだ。

―――今は花が咲き乱れるその場所に縛り付けられたかの如く。
「よう。日向ぼっこか?ラルク」
「ああ…お前か、トト」
 視界に認めた赤頭巾の男…トトの挨拶にお地蔵様宛らに突っ立っていたラルクは仏頂面で挨拶を返していた。
「おう。アンタは相変わらずの様で安心したぜ」
 嘗ての竜殺しの叙事詩の相方であり、姉であるシエラと共に竜帝ティアマットの呪縛から解き放ってくれた存在。ラルクにとっては足を向けて寝られない相手である。
「そうそう変わらんさ。…それで、今日は俺に何か用か?」
「いんや?散歩がてらに顔を見に来たって位だな。別に旅の仲間に誘いに来たって訳じゃない」
 トトの家は奈落から徒歩で一日と言う素晴らしい立地条件を誇っている。ランドメイクですらお遊びの一環であるこの男はやろうと思えば世界に喧嘩を売れる存在である。
「そうか。…それは残念だ。近頃は腕が鈍って仕方がないのだがな」
「はあ?鈍る様な腕かよ、アンタが。つーか、まだまだ発展途上だろう?もう一回奈落に潜って、プチドラゴンでも狩りまくってジェム拾いに精を出しちゃどうだい?」
 嘗ては砦落としと名を馳せた屈強なる獣人の戦士も、竜殺しの叙事詩を完遂させたこの男の前では霞む。
「無茶を言うな。俺はお前の様にきびきび動けんのだ」
 トトの言いたい事は判っているが、それを為そうと思っても出来ないのがNPCの限界なのである。強くなるにはそれこそトトの旅に同行し、持たざる者の指輪の豊穣の女神効果に期待する位しか道は無い。
「あー…そうなんだろうな。いや、例えそうだとしても必殺技位は増やしてくれよ。アンタ、斧使いだろ?タイムバースト程度は欲しい所だが」
「それこそ無茶だ。…お前が教えてくれ」
 御免なさい無理です。トトはそう言ってラルクに笑いかける。そんなラルクはフン、と一瞥してそっぽを向いてしまった。
 だが、何だかんだ言ってもラルクはトトの腕を認め、その強さに敬服しているのである。姉の様に強く気高い戦士でありたい。そんな昔にあった彼の願いは風化し、今ではどうでも良い事に成り下がっている。
 この救世の英雄の前では誰もが弱者となり、その強さに俯く程だ。例外は存在しない。同じく武に生きる者として、トトの存在はラルクにとっては眩しい。

「しっかし、良い歳こいたお兄さんが墓前でむっつり立ってるってのは凄まじく不気味だよな」
「ほっとけ」
「なあ…もう奴さんの血の呪いも存在しないんだろ?良い機会だから、世界を見て来たらどうだい?」
「む……あ、ああ」
 ピクッ。ラルクの犬耳がその言葉に反応を示した。
―――ティアマットの呪い
 竜帝により力を引き出され、モンスター化し、トトに…そして姉に襲い掛かったと言うラルクにとっては生涯の汚点である。その代償が奈落に縛り付けられると言う事だった。
 だが…あれから少しばかり時は経ち、ラルクを向こう千年は蝕む筈の呪詛は効果が薄れ、既に無いに等しい。
 最早、放って置いても害が無いと言う現状に於いて、ラルクが墓前から動かないのは単に彼自身の意思によるものだった。
 そこにどんな思惑があるのか…本人以外には判らない事だが。
「なあ…未だ、気にしてんのかい?」
「そうではないが…いや、そうなのかも、な」
 何とも煮え切らない答えだ。縛るモノが何も無く、自由であると言う現状にあって、この男は己の可能性を檻に閉じ込めていると言う感がトトにはあった。
「…まあ、良いけどさ。アンタが何をやろうと俺には口を挟む権利は無いし、それはお門違いだからな。…でも、なあ」
「な、何だ?」
 横目で睨んでくる…否、睨んではいないが周囲との温度差を感じさせるトトの視線がラルクには危険に見えた。だから聞き返してしまった。

「お姉さんは…寂しがっているんじゃないのか?」
 それが、答えだった。

「な!な、何を馬鹿な…!」
「はは。アンタも流石に気にしてたか。っつーか、うろたえているその態度が妙に怪しいな?」
「貴様……斬るぞ?」
 ジャキッ!業腹なラルクは腰に据え付けていたドラグーンアクスの切っ先を目の前の赤頭巾に向けた。だが、トトは笑って目の前の真っ赤になって怒る獣人の青年を諌める。
「面白いね、ラルク。本当に俺を斬る気だって言うなら、寒い冗談だな」
「ぅ…ぐ」
 歪んだトトの口元は吐き気を催す様な戦慄と恐怖をラルクに与える。力量の差は明らか。そもそもそれが判らない様では戦士としては二流だろう。
「まあ、そういきり立つなよ。…アンタにとっては唯一の肉親だろう。それは向こうにとっても同じ事。奈落に百と余年縛られ続け、ようやっと解放されたんだ。ある意味、本懐なんじゃないのか?それを無視しててどうすんのさ」
「・・・」
 そうだ。奈落の底から抜け出して、再び姉と歩む事。それこそがあの地獄の日々にあり、自身を現世に留めていた希望なのだ。それが叶う現状にあり、最後の一歩が踏み出さないなら臆病者と誹られても文句は言えない。

   降りかかった災厄は既に過去のものであり、既に笑い飛ばせる些事に成り下がっている筈なのだ。…あくまでトトにとっては、だ。
 ラルクがその事をどう認識しているかは本人以外は知りえない。
「事はそう単純じゃないんだろうな。部外者の俺にも何と無く判る。いや、それでも…シエラは待っていると思うぜ?…アンタを、さ」
「…トト」
 深く心を抉るトトの言葉を跳ね除けられる強さはラルクは持ってはいなかった。自身を破滅へと導く様な毒を孕んだ甘言がラルクの裡で大きくなる。
「まあ、何だ。俺が言いたいのは……」
「トト?」
 ゆるり、と背を向けながらトトが謂う。未だにラルクの裡に燻る戸惑いはその言葉で完全に払拭された。
「もう少し、お姉さんを構ってやれって事よ。あの人…今度は自分から会いに行くとか言ってたけど、やっぱりお前自身が会いに行くのが一番効果があると思うぜ?」
「そ、そう…か」
「そんなもんさ。燃える男心を見せ付ければ、姐さんもコロッといくかもな、へへ」
 ニヤリ。含みがある黒い笑いだ。トトは明らかにラルクをからかっていた。
「ふざけるな!お、俺と姉さんは別に…!」
「おお、怖。…戦況が有利の内に俺は退散すんぜ。それじゃ、またな」
 見たいテレビがあるから。そう言って颯爽と墓前から去っていくトトの背中を睨みながらラルクは忌々しそうに、それでも少しだけ顔を赤くしながら零した。
「……気軽に言ってくれる」

―――数ヶ月経過

 カイーン…カイーン…カイーン…
 ムッとする熱気の中、規則的に鎚を鉄板に打ち付ける音が聞こえている。
「むうう…」
 自宅の敷地内にある作成小屋の地下、武具作成室でトトは自分用の得物を鍛えていた。英雄の趣味は多岐に渡り、それこそフィギュア作りからゴーレム作成、楽器作りにガーデニング…この武器作成も彼にとっては趣味の一環であった。
「これ以上はバランスを崩しかねんな。シークレットパワーと相談するなら、ここいらで妥協すべきだろうが…」
 ここ暫く手塩にかけて鍛えてきた装備品の出来を鑑定し、一喜一憂する。金と時間、労力を惜しまずに育てた我が子の成長振りを確かめる父親の気分である。
「もう少し精霊レベルを上げるか、それとも…」
 独白は誰にも聞かれる事は無い。自身の腕と、副原料との相談である。どれだけ装備品を強化したくとも、金とコインと副原料が無くては意味が無い。
 そんな意味ではトト宅の台所事情は常に火の車である。

「ああ、ここに居たか」

「あ?」
 そんな決断を迫られていたトトの背中に女の声が刺さった。
「また、弄っているのか。…仕舞いにはイカレるぞ?」
「…うるせえよ。お前もちったぁ手前の装備品に愛情を注いでみたらどうだ、イム?」
 イム…彼の妹であり、この家の同居人。最早世界に敵は無い状況に於いて、彼が最も警戒し、且つ信頼している女傑であった。
「断る。手先が不器用なんだ、私は」
「知ってるよ。だからって、自分の装備まで俺に作らせるの、止めてくれないか?何が悲しゅうて鬼妹の武器だの防具だのを作らにゃならんのだ?」
「…これでも、大分丸くなった筈だがな。手が出なくなっただろう」
「……確かに、それだけでも大きな進歩だな。
まぁ、そんな事は良い。俺に用か?」
 額に浮いた汗を手元にあったタオルで拭きつつ、トトは妹に尋ねた。
「ああ。ラルクの事なのだが」
「ラルク?…あの獣人の兄さんがどうかしたかい?」
 トトは訝しげに眉を顰めた。イムの持つ交友関係は思いの外広くは無い。そんな友達が少ない妹が他人の心配をしているなど、普段ではありえない事だからだ。
「最近…奈落で見かける事が無い。あっても何処か様子がおかしいんだ」
「様子が…おかしいって?」
 ここ数ヶ月、トトはラルクの下へ通ってはいない。それ故にラルクの挙動の変化などには気付く事すら出来なかった。
「私も…近所だから散歩に奈落に行く事はあるさ。だが、何時も墓石前でスタンバってるラルクが居ない事に目が付いてな。だが、偶に居ても…上の空と言うか…何と言うか」
「アイツ、が……ねぇ」
 トトは直ぐに心当たりを脳内から探って回った。そして、直ぐにその検討は付いた。
「ああ。…何か、知らないか?あの男の事はトトが良く知っているだろう?」
「……ちょっと、判らないな」
 だが、トトは胸中とは裏腹にすっ呆ける事を決め込んだ。原因は明らかだが、それを妹に開示するのは少し抵抗があった。
「そう、か。…まあ、良い。そう言う事もあるって事を頭の片隅にでも留めておいてくれ」
「了解」
 少し前にラルクと墓前で話した内容がトトの頭を占めている。これ以上、鍛冶を続ける気はトトからは失せていた。
「早く戻って来い。もう夕飯時だ。…今日の当番はお前だった筈だが?」
「…ああ」
 トトの顔は少しだけだが歪んでいた。その事にイムは気付いていたが、突っ込んで聞くのも無粋と判断してさっさと作成室から出て行った。
「ラルク…いや、まさかな」
 いそいそと後片付けに追われながらトトは零す。…まさか、ではない。トトの予感は恐らく的中している。
 何故だか、あの獣人姉弟の破滅のスイッチを押してしまった気がして仕方が無かった。

 恙無く終了した夕餉の後に待っているのは洗い物と後片付けである。トトはむっつりと黙ったまま台所で手を動かしていた。
「ヴァレリさん、下げ膳を」
「はい、判りました」
 空の食器が次々と運ばれてくる。同じく同居人のコロナやヴァレリがトトの手伝いを買って出てくれているので、トト自身の労働量はそう多くは無い。
「師匠?」
「…あ?何?」
 掛けられたコロナの言葉にトトは直ぐに反応出来なかった。
「?…いえ、空のお皿…追加です」
「…判った。置いておいてくれ」
 トトの様子は明らかにおかしい。普段なら軽口を飛ばして周囲を沸かせるこの青年が黙りこくる事などはそうそう無い事なのだ。同居人である以上は、皆がそれを判っている。
「・・・」
 イムはそんな兄の後姿をサンタリンゴのブランデーの水割りをチビチビ呷りながら見ていた。
 …何かある。先程は知らないと言ったトトだったが、それが嘘である事は今の兄の不審な態度を見れば明白である。だが、その事について取り分け何かしようとは思わないのがイムであった。本人が語りたくないのなら、話す気になってくれるまで待つしかないからだ。

「ふいぃぃ〜」
 洗い物との格闘が終わったトトは親父臭い溜息を吐きながらどっかり椅子に腰を下ろした。
「お疲れだ」
「おう」
 そんな疲れたトトを妹は多少ぶっきらぼうだが労ってやる。そうして、顎でそれを指し示した。
「…お前もやるか?」
「貰おうか」
 晩酌に付き合えと言う意思表示だった。イムは空のタンブラーに琥珀色の液体を注ぎながら、慣れた手付きで水割りを作っていった。

「・・・」
「…?」
 喉を鳴らして液体を呷る兄に訝しげな視線を向けるイム。妹からの不審な視線にトトが気付かない訳が無かった。
「何だよ?睨む事無いだろ?」
「目付きが悪いのは生まれつきだ。睨んでなどいない」
「嘘吐け。何か…俺にご意見ご要望でもあるって面だぞ?」
「まあ、な」
 ふいっ、と一瞬だがイムがトトから視線を外した。聞きたい事は確かにある。だが、それは自分から求めるモノでは無い事をイムは知っている。
 それでも、酔いも手伝ってか聞き出したいと言う欲求は抑えられなくなってしまった様だった。
「さっきの話だが…お前、本当は知っているんじゃないのか?…ラルクの事」
「む…」
 此処に至ってイムは直球勝負を仕掛けた。基本的に他人に嘘を吐けないトトに対しては一番効果がある質問の仕方である事を妹は良く理解しているのだ。
「まあ…話したくないのなら聞かないが」
「・・・」
 そうして、秘密に気付いている事を匂わせつつ、イムは妥協の姿勢を取る。そんな態度を取られればトトとて話さざるを得なくなってしまう。
「イム」
「トト?」
「……否、やっぱり止めておこう。確証が得られてない。そんな段階である事無い事吹聴するのは宜しくないからな」
「…そうか。いや、判った」
 トトの視線は偽り無い真摯なモノだった。だが、イムが望んでいた内容の開示には至らなかった。それでも、イムは引き際を心得ているのでそれ以上の追求はしない。酔っていてもそれ位の分別は当然あるのだ。
「済まねぇ」
「…構わんさ」
 だが、これで種は蒔かれた。
 こうなってしまってはトトは事の真相を知らざるを得ない立場に追いやられてしまったのだから。トトとラルクの間にある事象に興味があるイムにとっては都合の良い展開になってきているのだ。

   それ以降、会話は途切れた。両者共に黙々と酒を消費して、深夜帯に差し掛かると各々の部屋に戻って行った。

―――翌朝
 愛用の100均の剣を携え、トトは自宅を出ようとしていた。真相を知りたい欲求はトトの裡にも沸々と湧いている。それ故の行動の早さだった。
 だが、そんな彼の挙動も妹にはお見通しだった。
「何処に行くつもりだ?」
 起き抜けなのだろう。胡乱な表情とボサボサの髪がそれを如実に物語る。イムはトトを居間で待っていた。
「聞く必要があるのか?…お前が焚き付けたんだろうが」
「何の事だ?私にはさっぱり判らんな」
 微笑を湛えるイムの顔。そこには悪意は見て取れない。だが、トトはうんざりした様に顔を歪める。
「良く言うぜ。……白の森まで出かけてくる」
「白の…?シエラに会うのか」
 ホワイトドラゴンのテリトリーだ。だが、トトがヴァディスに用があるとも思えない。ラルクの手掛かりを探しに行くのなら、最もラルクに近い人物…シエラを尋ねに行くのが当然の流れとイムは思った。
「心当たりはそれしかない。ま、何も無いならそれでも良い。序でにディオールの木でも手に入れて来るさ。…オーガボックスを連れて行く。構わんな?」
「ディオール…?何だか判らんが、連れて行くが良いさ。早く戻って来いよ?」
 イムは知らない事だが、ラルクにシエラ参りを勧めたのはトト自身に他ならない。情報が何も得られないと言う事は恐らく無いだろう。どの道、あの獣人姉弟に何が起こっているのかを知る為には避けては通れない道なのである。
 …切実な問題としてディオールの木が不足しているのもまた事実なのであるが。鍛冶に携わらないイムは恐ろしい事にその存在自体を知らないのだ。

 数日後…トトは白の森の土を踏んでいた。
 
 入り組んだ森の獣道を慣れた足取りで進んでいく。お供にはオーガボックス。既に百を超えるウッドマックスを狩っているが、得られた物はお目当てのディオールの木が二つきりで、残りは使えない木材の山だった。
 これ以上の虐殺は良心が咎めるのでトトは一路、ヴァディスとシエラがスタンバっている巨木の台座を目指していた。
そうして…何とか日没を迎える前にトトはそこに辿り着いた。
「と、到着…!意固地になって狩りなんざしなけりゃ良かったぜ…」
 うっそうと茂る草木の迷路を掻き分けて辿り着いた白の森の最奥。途端に景色が開け、視界に飛び込んできたのは樹齢が数百年は軽く超えていそうな古木であった。
 その袂…人工物と見紛う円形の台座にはこの森の聖域を守る竜姫の姿があった。
 遠目で確認する限り、この森の支配者であるヴァディスは当然、客人であるトトの存在には気が付いているだろう。トトはゆるり、と足を台座の前の広場へと向ける。
 そうしてヴァディスとトトとの間に遮るものが何も無くなり、一町程の距離しかなくなった時、トトの直ぐ側で旋風が巻き起こった。
 …その現象が一体何なのか?トトには覚えがある。あの女が現れる前兆だった。

「ラル…い、いや、トト…か?」

 出現した美しい獣人の女は何か見当違いの事を言っていた。一体、トトを誰と間違ったのか?トト自身には直ぐに察しが付いた。そして、ヴァディスの下を訪れた目的の凡そ半分はこの時点で達成されたのだ。
「よ、姐さん。健勝そうで何より」
「え、ええ。貴方も…変わりは無い様ね」
 暢気にトトはシエラに挨拶を交わした。竜殺しの叙事詩を完遂してから、トトとシエラは全くと言って良い程会っていない。そもそもトト自身には白の森に用事が無いのだから当然と言えば当然である。
 そして、それはこの森の主についても当て嵌まるのだ。距離を更に詰めてヴァディスの真ん前に立ったトトは頭巾を外し、首を垂れた。

「お久しぶりっす。ヴァディス様」

「ええ。貴方がこの森を訪ねてくれて嬉しく思っていますよ、トトさん」

   その白い巨体から想像が付かない程の凛とした美声がヴァディスから発せられた。白妙の竜姫・ドラゴンプリンセスは柔和で落ち着いた物腰の貴婦人なのである。
「…その節はどうも。本来なら俺はこの森に足を踏み入れる事は叶わない人間だけど、そう言って貰えると素直に嬉しいっすわ」
「いえ、構いませんよ」
 竜殺しを成し遂げた極悪人であるトトは世界からマークされ、ブラックリストに載っていても過言ではない大罪人である。そんな人物の来訪を歓迎するヴァディスの器の大きさと寛大さは並ではない。
「…最近はこの場所にも人の出入りが増えました。マナストーンを監視する役目を負った私達を訪ねる人間が在る…それに勝る喜びは無いのです」
「人の出入りっすか。…俺はこの場所に出入りをしている人間を追ってこの場所を訪れたんすけどね。…今日は居ないみたいだ」
「それは…日が悪かったのですね。ほんの数日前まで、その人はこの森に滞在していましたよ?」
「げ、そうなんすか?参ったな、入れ違いになっちまったか…」
 少しだけ間が悪かった様だ。後数日、来るのが早ければ、トトはその人物がこの森を訪れている現場を押さえる事が出来たであろうに。…中々に儘ならないものだ。
「ま、それでも良いか。…ヴァディス様。不躾な質問するみたいで厭だけど、一応聞いておこうと思う。その人物って言うのはひょっとして…」
 トトの予感は確信に変わり、それを裏付ける目的で敢えて確認を取る。この森を訪れる人物の正体とその目的について知る事。それが今の彼に課せられた使命だ。
「トトさん」
 だが、そんなトトの直言はヴァディスによって遮られた。
「…え?」
「貴方はその答えを既に持っているのでは?」
「あ、やっぱそう思います?でも…事実確認はしておいた方が良いでしょう。ソイツが此処に通う様になったのって…半分は俺の責任っすから」
 特に何か責任を感じている訳では無いが、事実関係の根幹に己の行動が関与しているのであれば、それが引き起こした事象に対しては知っておかねばならないと言うのが今のトトの心情だった。
「そうですか。…いえ、私から言う事は特にありません。何故なら、私も部外者なのですから」
「あー…そうなんでしょうね。それなら、知ってそうな人間に聞くしかないっすね」

「……え?」

 トトが視線を注いだ人物は素っ頓狂な声を発し、固まっていた。今までハブられていた獣人のお姉さんに視線を向けているのはトトだけではなく、ヴァディスもまた同様だったからだ。
「詳しい事はシエラから聞いて下さい。渦中の人間ですから、誰よりも詳しい筈です」
「渦中、ねえ。それ所か、核心に最も近い人間だと思うのは俺の気のせいっすかね」
 気のせい等では断じてない。それで正解なのだ。

「ま、そう言う訳なんで姐さん。俺の質問に二、三、答えてくれよ」
「…な、何ですって?」
 石化が漸く解除された。突然話題を振られたドラグーンは可愛そうに数歩後退りした。だが、トトは決してシエラを逃がす事はしない。
「ヴァディス様がアンタに聞いてくれって言うからさ。俺はアンタから情報を得るしかない訳だ」
「……何の事か判らないけど、私に答えられる事ならば」
 シエラが眉を顰める。どんな質問が来るのか全く予想が付いていないシエラは若干だが身体を強張らせていた。そんなシエラの様子に苦笑しつつ、トトは直球勝負を仕掛けた。

「ラルクの事なんだけどさ」

「っ!…あ、あの子が、どうか…したの?」
 明確に、誰の目に見ても不審に映る程にシエラは露骨にうろたえていた。そんな様を見せられれば、彼女とラルクの間に何かがあると言う事を白状しているも同義だ。
「何か近頃、様子がおかしいんだ。近所に住んでる人間の様子が妙で気にかかってる」
「……様子が、おかしいって」
「何やら頻繁に何処かに出かけてるみたいでさ、奈落で姿を見ねぇ。ま、偶に見かける事あっても、普段のアイツじゃない。魂抜けてるってーか、呆けてるってーか…」
「ぅ……」
 実際にトトがそんな変なラルクを見た訳では無いが、イムから聞いた伝聞記録からシエラに揺さぶりを掛ける為にトトは事実を捏造した。しかもそれは多大な効果をもたらした様だ。
「こんな事言っちゃ何だけど…今のアンタの状況そっくりそのままって感じなんだよな」
「っ!!?」
―――ズサッ!
 後退なぞは意味を為さない筈なのにシエラはこの状況から逃れたいらしい。心なしか視線は泳ぎ、顔も何故だか紅潮している。良い歳こいたお姉さんがこんな醜態を晒すのは勿論、彼女の弟であるラルクが絡んでいるのは疑い様の無い事実であろう。
「心当たりは…当然、あるよな?」
「…し、知らないわよ」
 此処に至って事実関係を否定するシエラの根性は大したものだが、どうやら彼女は嘘を吐くのが致命的に下手らしい。それを見逃すトトではない。質問は既に尋問に変わってしまっているのだ。
「嘘吐くなよ。ラルクが姉通いしてるってのはもう疑いようがねえよ。っつーか、ぶっちゃけ、勧めたの俺だし」
「んなっ…!あ、貴方の入れ知恵だったのね…!」

―――ニヤリッ

 トトの口の端がくの字に歪む。その言葉が聞きたかったトトにとっては勝利が確定した瞬間だった。
「ほうほう。つまり、君の可愛い弟君はお姉ちゃんに会いに遠距離を通いつめてるって事だな?」
「……ハッ!?」
 気づいた時にはもう遅い。シエラは精神戦には弱いらしかった。
「いやはや、麗しき姉弟愛ですなぁ。…その熱さを俺と妹にも分けて欲しい位だぜ」
 戦況はトトに有利である。もうこれ以上煽る必要も無いのだが、それでもシエラ弄りを止めようとしないトトは性格が多少悪い。
「それで…実際どうなんだ?」
「な、何が…」
「恍けるなよ。…時間を惜しまずに僻地を尋ねてくれる男が居るんだ。アンタが溺愛する弟君。そろそろ間違いの一つでも起きたか?」
「っ!!!」
―――ギラリ
「貴様…っ!愚弄するか!」
 抜き身のドラグーンナイフが西日を照り返して鈍く光る。怒り心頭のシエラは冷静な判断力が奪われていた。
「あのさ」
「何だ!」
 だが、トトは努めて冷静だった。心を常に平静に保つ術にトトは長けていた。
「アンタはもう少し賢い女だと思ったんだが、違ったのか?」
「…何?」
「ドラグーンのアンタが私怨で巨木の台座を汚すってのは許されない事じゃないのか?…ヴァディス様が見てるぞ」
「っ!?……くぅ」
 言われてハッとしたシエラは直ぐに得物を仕舞い、それでも憎々しげにトトを睨む。
「そうそう。腹を立てる事は馬鹿のする事だぜ?いやしかし、本当にアンタ等姉弟は一部分はそっくりだぜ」
「言いたい事は…それだけかしら?」
「そうだな。未だ言いたい事は山とあるけど、これ以上はアンタに嫌われかねないから止めておくよ」
「是非、そうして頂戴」
 体良くトトに遊ばれたシエラは少しばっかりやつれた顔を覗かせる。ドラグーンとなって百と余年を経過したお姉さんは肉体的、精神的にも発展途上であるらしかった。

「行くのですか?トトさん」
「ええ。これ以上は姐さんと斬り合いになりそうだから、退散するっす」
 巨木の台座を去るに当たり、トトはその主に別れの挨拶を交わす。時刻は日没。欲していた情報が手に入った以上、この森に止まる理由はトトには無かった。
「判りました。また、遊びに来て下さいね」
「ええ、気が向けば。…長々とお邪魔しました。次があるなら、手土産の一つでも持ってくるっすわ」
 来た時と同じ様に頭巾を取って首を垂れたトトは竜姫に背を向けて歩き出す。そうして、トトの数間後ろに控えていたシエラに向かってトトは言った。
「姐さん」
「何?」
「アンタにはヴァディス様が居る。だが、ラルクにとって頼れる存在は姉であるアンタしか存在し得ない。部外者の俺が言う事じゃねえけど…良く覚えておいてくれ」
 トトはシエラの言葉を待たず、巨木の台座を去った。

「…ええ。私…だけ、なのよね」
 それを為しえるのは自分しか居ない。トトの言葉が頭の中で木霊していた。
 弟の間にある事象と姉である自分が取らねばならない行動が複雑に絡み合っている。
 だがそれでも…シエラは色々な意味でラルクを放って置けはしない。それが姉弟愛の延長故なのか、それと別なもの故なのか…そんな事はもうどうでも良い事なのかも知れない。
 
―――数日後
「なるほどな。よりを戻したのか、あの姉弟は」
「単純に言えばそうなんだろうけど…何かそれだけじゃない気が俺にはするんだよな」
 白の森から取って返したトトは居間の椅子に腰掛けて、妹に事の瑣末を説明していた。
「何?…他に何か気になる部分でもあるのか?」
「弟が姉貴を尋ねてる。それだけなら何の問題も無い。仲の良い姉弟さ。だが…姐さんの態度を見る限りじゃ、それで済んでない気がしてな」
「それは…つまり……!?…そう言う事か?」
「いや、あくまで俺の推測だぜ?ただちょっとばかし怪しかったなって思ったんだ」
 根も葉もない他人のスキャンダルで盛り上がるこの兄妹は趣味が悪い事この上ない。
 ラルクとシエラはデキている可能性が高い。それがトトの見解だった。
「気になるな。…お前もそう思っていないか?」
「本当言うと、気に掛かってるさ。だけど、流石にこれ以上は首を突っ込みたくないってのが本音だな」
「珍しいな。何にでも首を突っ込むのがお前の味ではなかったか?」
「これ以上、他人の領域に踏み込みたくないって話だ。門外漢が野次馬根性で突っ込むべき話題じゃないだろ?それ以上に何つーか、見たくないものを見せられるって悪寒が沸々とな」
 想像してみて下さい。あのお堅いドラグーン姉弟が乳繰り合っている様を。
「…………寒気が、するな」
「だろ?それはそれで面白いが、現実と妄想の落差は奈落以上に深いぜ?」
 ぶるりぶるり、と悪寒に身を震わせるイムは裡に湧いた好奇心を封殺した。何も無いならそれで良いが、若しあの二人が禁断の領域に足を踏み入れているのなら、それを垣間見た時、きっと己の精神では耐えられないと踏んだのだ。

「師匠?」
「あ?」
 同居人であるバドが話の途中で割り込んだ。
「ラルクさんの話だよね?」
「ああ。まあ、広義的に言えばだが」
「…ラルクさん、帰って来てますよ?奈落に」
「ああ、そうか」
 白の森で入れ違いになったラルクはトトよりも数日早く奈落へ帰ってきていたらしい。どうやらバドはその現場を見ていた様だ。
「バド?…つかぬ事を聞くが、その時のラルクの様子はどうだった?」
「え?うーん…遠目に見ただけだから、何とも言えないけど…」
 好奇心を封殺した筈のイムだったが、完全にそれは押さえ込めなかったらしい。その時のラルクの姿をバドに求めた。

「何て言うか……嬉しそう、だったかなあ」
「「・・・」」
 遠目で見たバドにさえ嬉しそうに写るラルクの内面が何を孕んでいたのか、事実関係が明かされた今となっては、想像に難くない。
―――お姉ちゃん一筋
 そんな厭な単語がトトとイムの脳内を過ぎり、言葉を失わせる。奇しくも、トトが語った推測が愈々現実味を帯びてきた。
「もうこの話はこれで仕舞いにしようぜ。関わって良い事は無いって俺は断言する」
「ああ。そうだな」
 これ以上は本当に洒落にならないと判断したトトは話題の終了を呼びかけた。イムもそれには賛成だった。
「?……何か話が見えないんすけど」
「あー、子供が気にする必要は無いぞ?」
「そうだ。寧ろ、踏み込んではいけない世界だぞ?」
 だが、事情を知らないお子様には何が何だかさっぱりだったらしい。

―――更に数ヶ月経過

ドラグーン姉弟の話題がトトやイムの頭から抜け落ちるには十分な時間が経過していた。しかし、彼等がラルクとシエラについて忘却している間にも、当の姉弟の間では多くの出来事が起こっていたのだった。
 マナの女神はあざとい真似が好きらしい。再び、彼等の道が交わる時がやってきた。
 運命の悪戯、若しくは必然か、或いは嫌がらせか。起こってしまった事柄について、それは全く意味を為さない文字の羅列に過ぎなかった。

「えーと…後は何が必要なんだっけか?」
「…生鮮食料品だな。日常雑貨は今買ったから、これで最後だ」
「了解」
 夕方のドミナバザールを闊歩するのは買い物袋を両手一杯に担いだ兄妹だ。此処数ヶ月、旅暮らしで買い物に出る事が無かったので、トト宅には物資が致命的に不足していた。
 普段から買出しに出るのは家主とその妹の役割だったので、大量の物資を買い込むべく兄妹揃って出撃中である。
野菜や果物の類はトレントの家庭菜園で何とかなるが、それ以外の肉や魚は外で手に入れるしかない現状に於いて買出しは非常に重要な作戦行動であるのだ。
 出会いの当初は仲良く買い出しに出撃など考えられなかったトトとイムの兄妹は時が経つにつれて、お互いに信頼できる間柄になっていた。
 血は水よりも濃いと言うのは本当らしい。戦闘面、日常生活の両面で最早切っても切れない仲良し兄妹が今の二人だ。
「ん…?」
 しかし…世の中、上には上がいるものなのだ。そんな二人の親密度を大きく上回る姉弟がトトの目に飛び込んできた。
「どうした?」
「い、いや…あれって…」
「?……なっ!?」
 バザールの片隅で見かけたその人物はトトにとっては見間違えの無い程の存在感を誇っていた。兄の視線に導かれる様にそれを目の当たりにしたイムもまた、絶句する。

  ―――どっちもイヌ科の獣人だった。

 毛皮がもふもふしていて、肌触りが非常に良さそうな印象を受ける。トトにもイムにも知己であるその獣人二人は兄妹の存在に気付く事無く、バザールの出口を目指し、歩み去ってしまった。
「「・・・」」
 兄妹は互いに閉口し、顔を見合わせた。長い事、ドミナに通っているが、あの二人を見かける事なぞは経験が無い事だったからだ。
「今の…姐さん…と、ラルクだったよな」
「あ、ああ。間違え様が無い。…しかし、アレ、は」
 今しがた見かけたのは少し前までに野次馬根性を刺激して已まなかった疑惑の獣人姉弟である。
 しかし、重要なのはそうではなかった。その姉弟がトトとイムの前に姿を現したとき、二人が何をしていたかと言うのが問題だった。
「手ぇ…繋いでた?」
「シエラがラルクを引っ張って行っている印象を受けたが…」
「……逢引の最中、だったとか?」
「…か、考えられ…無くもないが」
 数ヶ月前に封印した好奇心が蓋をブチ破って胸中で暴れ回る。首を突っ込んでも碌な目に遭わないと理解しつつも、二人の心は一つだった。
「はぁ…何だって今頃になって、んなショッキングな場面に出くわすかね?
イム?……追う、のか?」
「行こう!見失う訳にはいかない!」
「ちょ、おまっ!引っ張んなよ!」
 鼻息が荒いイムはトトの腕を引っ掴んで獣人姉弟の追跡を開始する。

 一定の距離を保ち、気配を覚られぬ様に細心の注意を払いつつ、姉弟を追う兄妹。
 幾らドラグーン二人とて、英雄二人の追跡をかわす実力は無いのか、そもそも尾行されている事自体に気付いていないらしかった。
「あー…俺ら、買い物に来てた筈だよな?それがどうしてこんな事になってんだ?」
「仕方あるまい。こうなっては最後まで首を突っ込むのが礼儀だろう」
 とんでもない暴論が妹の口から飛び出した。
 好奇心、猫を殺すと言うが、殺されそうになっている猫が今の自分達である事にイムが気付いているのかどうか、甚だ疑問であった。
 …否、きっと気付いていないのだろう。もうどうしようもない展開にトトは逃げ出したい気持ちを必死に抑えて行き着く所まで行くしかなかった。

 そうして、辿り着いたのは商店街のど真ん中。ある店の軒先を潜って行ったシエラとラルクを認めた二人は物陰から様子を伺う。
「マナの祝福亭……宿屋、か」
「もう日が暮れるからな。…俺等ももう帰らないか?」
「却下だ。取り逃がす訳にはいかんと言っただろう」
「バドとコロナが腹を空かせて待ってるぞ?」
「後一日分の食材は残っていた筈だ。それにヴァレリさんも居るから心配無い」
 駄目だ。イムとは会話が成立しない。
 そもそもここまでムキになってあの姉弟に関わって何をしたいのかがトトには判らなかった。根掘り葉掘り全てを聞き出したいのか、それとも出歯亀したいだけなのか。
 …まあ、例え何が目的であったとしても、正義が確実にこちらには無い事は確かだった。
「っ!…出て来た?」
「行き先は……アマンダパロット亭?」
 色々考えさせられているうちに動きがあった。姉弟が揃って宿の敷居を跨いで、隣に居を構える酒場へと入って行った。
「晩飯、か。どうするトト?…追うか?」
「いや…ここは俺達も早々に部屋を取って、二人が戻って来るのを待とうぜ。あの狭い店内じゃ、確実に存在がばれる」
「…一理あるな。判った」
 追撃任務は一時凍結。暫くは待機任務が続きそうだった。

 祝福亭内部に歩を進める兄妹。宿泊客の姿は全く見えず、閑古鳥が鳴いている様だった。
「お、トトさんにイムさんじゃないっスか。いらっしゃいっス」
 店主のユカちゃんが愛想良く挨拶してきた。
「どうも。一泊頼みたいんだけど、部屋の空きはあるかなユカちゃん」
 軽く会釈した後に宿泊の旨を伝えるトト。ドミナの近郊に居を構えるトトやイムが祝福亭を利用する事は滅多に無い。それ故にユカちゃんも色々と詮索したかった。
「おや、珍しいっすね。…ひょっとしてデートっスか?」
「そう見えるかい?だとしたら笑えんな」
「まあ…そんなモノだ。そんな事よりも…今、獣人の泊り客が来なかったか?」
 トトは苦笑しながらユカちゃんの軽口をやんわり否定したが、イムは何故だか肯定している様に答えた。
「え?ええ…この辺じゃ見かけないお客さんっスね。知り合いっスか?」
「ちょっと…用があってさ。出来るなら、その二人の部屋の近くが良いんだけど、出来る?」
「はあ…訳ありっスか。…判ったっス。こちらへどうぞっス」
 ユカちゃんは宿屋の主人らしく、二人が抱えていた買い物袋を両手に持って客室案内に動き出した。
「済まないな、ユカちゃん」
「あー、良いんスよ。今は他のお客も居ないし、お二人にはPちゃんの件で世話になったっスから」
 ユカちゃんが溺愛するトリ雛の病気を治した事があった兄妹は多少の我侭ならば通せる立場にあった。今回はそれが良い方向に働いたのだ。

「それじゃ、ごゆっくりっス」
「うーい」
「…お構いなく」
 通されただだっ広い客間。トトは早速ベッドに腰を下ろし、身に付けていた頭巾やら鎧やらを脱ぎ始めた。
「さって…此処まで漕ぎ付けたは良いが、あの二人はまだまだ帰って来ないだろうな」
「ああ。そうだろうな」
「っつー訳で、俺は寝る。哨戒任務は任せた」
「ああ。…って、な、何!?」
 トトは後の全てをイムに任せ、自分はさっさと寝入る事を決め込んだ。寝具に包まり、手をヒラヒラさせる兄貴に少しだけイムは脱力した。
「きっちり見張っといてくれ。後で起こしてくれよ」
「……お前、マイペース過ぎるぞ?」
「お前が言うな」
 確かにその通り。マイペースと言う意味合いではイムだってトトには負けてはいない。

 宿屋で退屈な哨戒に付いている兄妹を尻目に、酒場では渦中の姉弟が怪しい空気を纏って静かに夕餉を食している。
…アマンダ&パロット亭
 ドミナ唯一の酒場にして、常に閑古鳥が鳴いているこの場所は流行っていない事は間違い無い。加えてサラマンダー曜日にはシャドウゼロが占拠する実状に於いて、恐らくこの場所は酒場としての機能を全く果たしていないだろう。
 だが、そんな片田舎の穴場的な場所は人に聞かれたくない会話をするにはうってつけだった。ラルクとシエラは酒場の端っこに陣取って対面で杯を傾けている。

 お互いに無言。ラルクは憮然としながらジョッキの中身を呷り、シエラはそんな弟の様子を頬杖をつきながら、楽しそうに見ていた。
「・・・」
 微発泡性の黄金色の液体をすんなり胃に収め、ラルクは盗み見る様にして、姉の顔を見た。慈愛と暖かさを湛えた視線が突き刺さっている。酒精によって紅潮した顔は美しさを際立たせ、ラルクの裡に形容しがたい何かを煽って来る。
「どうしたの?」
「……いや」
 凝視が過ぎたらしい。シエラは窘める様に弟に言ってやると、ラルクはバツが悪そうに顔を背けた。お互いに死んでから百年以上経過しているにも関わらず、ラルクは姉であるシエラには頭が上がらないらしかった。

「また…お前とこうやって連れ立って歩けるとはな」
「…?」
「何年振りだろうな…」
「……数字で出すならざっと120年振り以上だ。気の…遠くなる年月だ」
 不死皇帝によるルーヴランド侵攻に端を発し、生き別れになった姉弟が再会したのはそれから幾星霜も費やした後であった。
 片や竜帝の下僕として陽の当たらぬ奈落で時を待ち、片や竜姫の友として不死皇帝の暗殺等の裏仕事に手を掛けてきた姉弟は、余人には知るべくも無い多くの闇を孕んでいる。
 本来ならば、この様に酒を呷りつつ話せる様な軽い話題では無いのだろう。だが、当人達にはこうして再会を迎えた以上の喜びは無いのだ。過去の出来事と割り切ってしまっても何も問題は無かった。 「トトには感謝しなくてはなるまい。…こうして、また…お前と巡り合わせてくれた」
「そうだ。…アイツにはお互いに借りが出来た」
 事の善悪は別にして、トトのとった行動はこの姉弟間にはプラスに働いていた。どれだけ罪深い存在だとしても、シエラもラルクも…トトに恩を感じているのは確かだった。

「それで…?」
「何かしら?」
「何の目的があってお前は…俺を此処まで引っ張ってきたんだ?」
 突然、奈落に現れたシエラは有無を言わさない剣幕で弟の手を取り、態々ドミナまで引っ張ってきたのだった。
そこから先は特に何をする訳でもなく、のらりくらり狭い積み木の町を日が暮れるまで散策していた。…弟の手を引っ張りながら、だ。
「あら…私とデートするのは不満だった?」
「っ…そうは言わんが。……い、いや、そうじゃない。態々それだけの目的でお前が白の森を離れるなど考えられん」
 姉は弟の手綱をガッチリ握っていて、弄り倒す事も問題無くやってのけられるのだろう。ラルクはそんな姉のペースに翻弄されつつ、勤めて冷静であろうとした。
「ふう…つまらないのね。…もう少し可愛げのある所を見せてくれても良いのに」
 お姉ちゃんは悲しいわ。そんな事をシエラはのたまった。その言葉がどこまで本気であるのかは知れないが、今度はラルクも引っ掛からなかった。

「真面目な話だ。正直言って、意図が掴めない」
「意図、ねえ」

「…それこそ、嘘ね」
―――ガタッ
「え?…っ」
身を乗り出してテーブル越しにラルクの肩に手を置いたシエラ。その表情はラルクが望んでいたシリアスな表情だった。
「私は…お前に答えを聞きたいんだ」
「答えだって…?」
 戦闘時に良く見せるその表情と口調はこの話題が重要である事を如実に訴えてくる。
「ああ。私は何度も言った筈だ。…私と共に来い、とな」
「…それは」
 シエラがラルクに此処数ヶ月、口がすっぱくなるまで言っていた事だった。その返事を聞く事…それこそがシエラがラルクを連れ出した真の理由だった。
「答えなさい、ラルク。私は貴方を逃がさないわよ?」
「・・・」
「だんまりも却下。これ以上、答えを引き伸ばす事は出来ない筈よね?…もう、時間が無いんでしょう?」
「姉…さん」
 時間が無い。それはラルクがこの世界に留まれる猶予期間が無くなって来ていると言う事に他ならない。ティアマットのドラグーンであったラルクは既に主を失っているのだ。
その瞬間に、元の死体に戻っても不思議ではない筈なのに、未だにラルクは現世に留まっている。それは、ティアマットの呪いの副次作用に他ならない。
 だが、その呪詛も効果を失い、薄れていっている現状に於いて、ラルクは魂を肉体に留められなくなってきていたのだった。同じくドラグーンであるシエラはラルクのそれを見抜いていた。

「ラルク…私と来て。そして、ヴァディス様のドラグーンに」
「………出来ないよ、姉さん」
 だが、ラルクは姉の申し出を頑なに拒んだ。
「ラルク……どうしてっ」
「俺に、そんな資格は無い。多くの罪を犯した。多くの禁を犯した。間違いと知りつつ、尚も突き進んだ俺の生き様だ。それを曲げる事は出来ないし、否定もしない。このまま土に返るのが…俺は天命だと思ってるよ」
 不器用さ一直線のラルクは死の宣告が秒読み段階にあるにも関わらず、尚も己の道を貫こうとしていた。
「……っ、馬鹿な」
「姉さん…そんな顔、しないで。短い間だったけど、俺の願いは叶った。思い残す事はもう無いよ」
 それこそ、姉の狂おしいまでの胸中などお構い無しだった。
 シエラには…それが許せない。

「ラルク……他人の想いを踏み躙るのも体外にしろ」

「痛っ!…姉さん…?」
 ミシミシ、ラルクの肩が圧迫を受けている。置かれたシエラの掌が震えている。内面の怒りをそのまま体現する様な握力がラルクの肩を壊しそうだった。
「お前がこのまま死ぬと言うのなら、私も後を追うからな?」
「な、何だって…」
 俯いたシエラの顔は見えなかったが、その声色には絶望と共に若干の嗚咽が交じっている。弟とラブな関係にある姉にはこの展開がどうにも見逃せない。
「お前だけに何もかも背負わせないと言った筈だ。お前を二度も失って平然と立っている事等…私には出来そうに無いよ」
「そんな…」
「ラルク…私と来て。ヴァディス様には話は通してある。
何かの為にじゃなくて…私の為に、生きて…くれないか?」
「ね、え…さん」
 姉、弟を口説く。熱烈ラブコールを受けたラルクの裡からは目の前の女以外の事象はふっ飛んだ。
 一人で消える分には問題無いが、それに姉を付き合わせる事は罪悪以外の何物でもない。それならば生き恥を晒す方が遥かにマシだとラルクの頭は弾き出した。
 端から見れば禁忌と狂気が入り混じる混沌の世界だが、幸運な事に酒場には彼等以外の客は居なかった。

「…頼って、良い…のか?」
「クスッ。もっと甘えてくれても良いぞ?私はお前のお姉ちゃんなんだからな」
 もうこの瞬間に姉弟の末路は決まった。否、それはもう既に決まっていたのかも知れない。確かな事は…もうラルクもシエラもお互いに離れる事は出来ないと言う事だった。
 …溺愛する弟を側に置きたい姉と、大好きなお姉ちゃんと共に生きたい弟の願いを体現するうってつけの選択肢が都合が良い事に目の前に提示されていたのだ。

「……?」
 宿屋の一室。隣室の姉弟の帰りを先程買い入れた酒を呷りながら待っていたイムはハッとした。話し声と人の気配が隣から確かに伝わってくる。
「帰って来た?…お、おい!トト!」
 律儀にも夢の世界を周遊する馬鹿兄貴を叩き起こそうとするイム。
「妹ハァハァ孕ませマンセー……どや気持ちよかやろー」
「・・・」
 一体この男はどんないかがわしい夢を見ているのだろうか?イムには全く興味が無かったし、もうこの時点で妹は兄を起こすのを諦めた。

 そんな平和な兄妹の部屋とは対照的に、隣室の姉弟部屋にはピンク色の空間が展開していた。ラブラブ姉弟は禁じられた遊びに熱を上げている。

「ぅぐ!…っ!」
 チュッチュルチュウ……
 苦悶の呻きと共にラルクが吼える。首筋からなるキスの音はシエラが自分の所有物にマーキングを施している証である。
「っ、ハァ…。相変わらず初々しいわね。私、年甲斐も無く燃えてきたわ…」
「ね、姉さん…!これは、い、一体…ぁぐ!」
 此処に来てラルクに逃げられでもしたら堪らないシエラは文字通り全てを賭してラルクを縛り付けに動いている。シエラはラルクに対しては必勝を期さねばならなかったのだ。
「んんぅ……逃がさないって、言った筈よね?」
 使用しているのは己の野趣溢れる美しい肢体で、余計な装いは完全に取払われていた。残念ながらラルクは既に理性が機能しておらず、本能は目の前の女を求めて已まない。
 首筋のキスマークだけでは飽き足らずに、シエラは今度は体を積極的にラルクに擦り付け、自分の臭いを弟に刷り込んでいく。
「っ…そ、そんな事をしなくても…俺は姉さんからは逃げな…っ」
 硬そうに見えて実際は柔らかなラルクの褐色の毛皮は、姉の純白のそれと絡み合って劣情と熱さを生み出していた。奈落暮らしが人生の大半だったラルクはストイックが服を着て歩いている様なお堅い性質を持つ。
「知ってるわよ。でも…心変わりをされたら、私…泣いちゃいそうだから」
 だが、それは姉であるシエラも同じだった。それなのにシエラが此処まで大胆になれる人物は弟であるラルク以外には居ない。
「そんなっ、事…」
「あら…無いって言える?」
 うぐ…。ラルクが口どもった。人間の心などは移ろい易いものだ。それは誰であろうとも例外は無いだろう。絶対と言う事象がこの世に無い限り、ラルクがシエラを見限る可能性は限り無く零に近いが、零ではない。シエラはそれを封じたかったのだ。
「やっぱり。…傷付くわね。ねえ、私の事…嫌い?」
「なっ!そ、そんな訳ないだろう!」
 聞くまでも無い事を敢えてラルクに聞くシエラ。弟の心に深く入り込む算段だ。
「ふぅーん?じゃあ…君はお姉ちゃんの事をどう思ってるのかな?」
「き、嫌いじゃ…ないよ」
「…それだけ?」
「……寧ろ、好き。………だ、大好きです」
 この場に於いて、ラルクは受けの運命を自分から踏み出した。場の主導権を握ったお姉ちゃんは心底嬉しそうに可愛い弟の唇にキスを見舞った。
「ふふ…嬉しいわね」
 チュク。がっちりシエラはラルクの顔をホールドして容赦無く自身の舌を弟の口腔に打ち込んだ。にちゃにちゃ舌が絡み合う音が口の端から漏れている。ゴクゴク喉を鳴らしてラルクの唾液を啜り、嚥下するシエラは女そのものだった。

「未だ柔らかいわね。…待ってて?元気にしてあげる」
 ズボンから引っ張り出したラルクの一物は半立ちで完全に勃起してはいなかった。姉は可哀想な弟のそれの先端に軽くキスをして、舌を這わせる。
「うう!…っ、う」
「んふ…ぁむ、んっ…」
 血の巡りが未だに万全ではないのか、柔らかさの残るラルクの一物は先走りすら出ていない乾いた状態だった。シエラはチロチロと舌先を裏筋に這わせて、ラルクのそれを唾液塗れにしていく。
 掠れ、上ずったラルクの声には既に余裕が無い。当然と言えば、当然である。百年以上は燻っている持て余す性欲は刺激さえあれば直ぐにでも外に飛び出すのだ。
 だが、シエラにはそんな弟が漏らす喘ぎすら、自身の欲情を激しく燃やす燃料なのだ。
「あむっ、ふぅん…ん、んぅ…んっんっ…」
 普段は凛とした美貌の獣人が弟の竿をしゃぶり、股間からダラダラ密を垂れ流している。太腿から伝う愛液の筋が粘つきながらシエラの毛並みを汚している。
 堪らないのはラルクだけでなく、シエラも同じだった。片手を足の付け根に据えて、涎を垂らす秘密の場所を摩り始める。ニチャ、とくぐもった水音が聞こえた気がした。

「ふぐぅ…んん、んんぅ!ふぅぅんん!」
「が、ぁ…ぁ!ちょ、ちょっと…姉さん!?」
 舌先の愛撫では物足りないシエラは硬さを多少持ったラルクのドラグーンアクスを鼻を鳴らして喉奥深くまで咥え込んだ。ジュポジュポ卑猥な音が垂れ流される。
 一物を咀嚼し、ドロドロの精液のソースを飲み干すつもりなのだろうか?ザラザラした喉の感触が一物の先端に突き刺さる。真空状態となった口腔が尿道の奥深くに蟠る熱い欲望の開放を導こうと蠢いてくる。
 ラルクはキャパを超える快楽に泣きそうな声を上げていた。
「んんぅぅっ!んふぅっ!」
「ぁ…あぁ、ま、待って…待ってよ姉さん!激し過ぎるよ…っ!」
 ラルクは一物に吸い付く姉から逃れようと腰を引くが、その腰自体が姉の手でしっかと掴まれてしまっている現状では逃げ場は無かった。
 切実な問題として、ラルクのゲージは完全なまでに振り切れていた。オーバーフローまでのカウントダウンは続行中で、もうあと数秒でイグニッションしてしまう。姉の口の中に汚らしい己の白濁をぶち撒ける事はラルクには抵抗があった。
「………っ、姉さん…で、出そう」
 普段のラルクの声とは一線を架す、存外に可愛い呻き声が上がる。一瞬、女の声と聞き間違いそうなそれは本当にラルクが限界である事を姉に伝えていた。
 そんな懇願じみた弟の苦悶の声を聞かされた姉は漸くラルクを解放してやった。
「……っ、はあ」
 チュポ。シエラの口から竿が抜ける。唾液の糸がラルク自身に2、3本絡まっていた。
「気持ち良かったの?」
「あ、ああ…」
 妖艶な笑みを張り付かせるシエラの顔に背筋を駆け上がる怖気を感じるラルク。何処まで行っても弟はお姉ちゃんに勝てないのだ。
「それは結構。…それなら」
「うわっ」
 トンッ。姉のプッシュで弟はベッドの上に背中から倒れ込んだ。シエラは獲物を追い詰めたワイルドビーストの如く、ラルクを追い詰める。
「今度は私を愛してくれるかしら?」

 愛液に塗れた自分の指をラルクの前にちらつかせた。弟が本当に欲しい穴はそこしかない事を姉は良く理解している。
 ラルクのドラグーンアクスは青筋を立てて臍を超えて反り返り、姉の淫らな穴にその身を埋め込みたい様だった。
「姉さん…」
 意図せずに口腔に溜まった唾を飲み込んで喉を鳴らす。待ち焦がれた姉の体を前にするラルクは餌付けを待つ犬そのものである。
 否…ラルクが犬ならば、弟との情事に身体を熱くしているシエラはそれ以上に浅ましい雌犬である。そして、シエラは当然それを承知していた。
「ラルク……」
 もう我慢できないのはラルク以上にシエラも同じ。ピンと張った尻尾は天井を向いて、背中側の毛並みが逆立ってしまっている。余程の興奮状態である事は間違い無い。
 シエラは指を秘所に宛がって、ラルクの目の前で秘唇を大きく広げてやった。垂れ落ちる涎は際限が無い程大量で、糸を引いてラルクの胸の辺りに降り注ぐ。奥底から沸き立つシエラの雌の香は咽返る程濃厚で、ラルクの鼻腔を通過し、脳を冒した。
「こんな…こんなお姉ちゃんで、ゴメンね?」
「姉さん?」
 シエラはゆっくりと腰を落とし、楔の先端を入口に宛がう。ゾクリ。それだけでラルクは射精が誘発されそうになった。
「でも…嫌いに、ならないでね?」
 今まで主導権を握っていた姉が今になって弱々しい様を見せ付けてくる。この時点でラルクの心はお姉ちゃんに奪われてしまった。嫌いになぞ、なれる筈がなかった。
「俺は…そんな姉さんが大好きだよ」
 ラルクはそんなエッチな姉を見放す所か薄く笑って全肯定する。ある意味で非常に男前である。シエラがラルクを溺愛するのも…単に、男を見る目があったからなのかもしれない。
―――ミチリ!
 一切の迷い無く、腰を落とし、下の口でラルクの怒張を咥え込んで行くシエラ。
「ぐぅ、っ…!」
「かはぁ…!」
 獣人特有のビッグサイズのコックが自身を内側から押し広げていく。だが、そんな感慨すら感じる間も無くラルクの先端はシエラの最奥と口付けを交わした。
 そこで、両者はあっさりとフィニッシュを迎えた。女日照りが続いていたラルク同様に、シエラまたそのお堅い性格が災いして男日照りがかなり長く続いていたのだ。

「ね、姉さん…!!」
「ぁ…ラル、っああああああああああああああ!!!」
 射精の先駆けとなるの大量のカウパーが尿道を迸り、密着した子宮口からシエラの子宮底部に注ぎ込まれる。
 ギュ、と弟の背中に腕を回し、その腹を焼き尽くす大量の熱い迸りを涙を流して受け止めるシエラ。背中を掻き毟る姉の爪が鈍い痛みを伝えてくるが、姉が体験している熱さと享楽に比べればそんなモノは愛嬌に過ぎない。
「姉さん!う、動くぞ!」
「ぃひいいい!!?や、やあっ、待ってぇ!射精てるぅ!射精しながら動かさないでぇ!」
 ラルクはシエラの叫びを耳元で聞きながら、熱い迸りを姉の胎の中にブチ撒けながら、腰を派手に使い始めた。
 イヤイヤするシエラだったが、そんな態度とは裏腹にシエラの女性自身はラルクの一物に嬉しそうに喰い付いていた。

「姉さん…!姉さん…っ!!」
 対面座位から後背位に移行したラルクは獣の体勢で姉の柔肉を貪っている。
「ハッ、ハッァ…ハヒッ!ヒィンッ!!」
 ラルクの理性は既に跳んでいたが、シエラのそれはラルクの状態を上回る程だった。だらしなく涎を垂らして、口は半開き。それでもきつく閉じられた瞼には涙が溜まり、獣じみた喘ぎを上げる事しか出来ていない。
 凡そ数分間にも渡り、カウパーを吐き散らかしたラルクの一物は犬のそれ同様に完全に勃起して、シエラの膣から抜けない状態になっていた。
 亀頭球が膨らみ、内部から栓をしている状態でラルクが腰を引けば、シエラは膣壁を外に引きずり出される様な感触を味わい、逆に突き入れれば、限界まで拡張された膣壁を擦られて、大質量の肉塊が最奥を抉ってその快楽が子宮や内臓を震わせるのだ。
 獣人でしか味わえないこの特濃な目交いに於いて、理性なぞは持っているだけで無駄なものだ。だからこそシエラはさっさとそれを手放し、主導権をも弟に譲り渡していた。
 考える必要は無い。ただ、黙って受け入れていれば良い。それが悦びに繋がっていく事をシエラは知っている。ラルクに全てを任せる事に戸惑いも恐怖も無い。それこそがシエラがラルクを愛し、信じている最たる証だった。
「うぅっ!ぐ、ぅ…!」
 ラルクが呻く。長時間、姉の中に突っ込んでいた一物が警鐘を鳴らしている。子種が溢れそうだった。膨れ上がった雁首で、比喩ではなく、本当に隙間が無い膣を蹂躙していた一物は限界を訴えている。
 姉は死体の様に突っ伏して、もう声だって掠れ果てている。それでも一物に吸い付いて、しゃぶり付いている膣壁は尚も射精を強請る様に甘く牙を突き立てて来た。
 もう数秒と保たない。そして、引き抜く事は最初から封じられている。ラルクのストロークは激しさを増し、シエラを壊さんばかりに穿ち抜く。
「姉さん…!全部…受け止めて…!」
「きゃひぃっ!!っ…っ、来てっ!ラルクっ!来てえっ!!」
 イヌ科の生物にとって、背中側の尻尾の付け根は例外無く弱点である。死んでいたシエラもその部分を弄られれば、スケルトンの高速回復効果宜しく復活するしかなかった。
 姉は弟に射精を強請り、弟もまた姉に種付けしたくて仕方が無い。最早、子作りと言っても過言では無い二人の情事は漸く終わりを迎える。
 弟のそれで拡張されて、皺の一本すら見て取れないであろう膣壁を必死に動かして、何とかラルクを射精に導こうとするシエラ。そして、最後の瞬間まで姉をよがらせようと頑張るラルクは最早、姉弟と言うよりは恋人同士と言う形容がぴったりだった。
「姉さんっ!!」
「っあ!?カ…ァ!」
 陰嚢に渦巻く百年分の欲望の塊が解き放たれる。子宮まで串刺しにする様な勢いで見舞われたラルクの一撃はシエラの子宮を押し上げる。
 その刹那、ドロドロに融けきったラルクの子種は限界を超えてラルク自身を膨張させ、その全てをシエラの胎に叩き込む。
「ああああああ――――ッッッ!!!」
 融解した金属宜しく、火傷しそうな熱さで姉の最奥を責める弟の子種は再現を知らない様に姉の内部へと注がれていく。子宮内膜まで子種浸しにされ、弟の精液の味を強制的に覚えさせられるシエラは絶頂の波に揉まれ意識が跳びそうだった。
「熱っ!あついぃ!!」
 ビュービュー噴水の様に注がれるそれが姉の容量を超えるのはあっと言う間だった。

「姉さん……好きだよ」
「ラル…ク…」
 恍惚とした女の顔をシエラは覗かせている。
 未だに止まらぬ射精をそのままに、ラルクが姉の顔に手をやり、振り向かせ、その唇にキスをした。
 涙と涎でぐしゃぐしゃの酷い顔だが、それでもラルクにはこの世界のどんな女よりも美しいと思えていた。

「姐さんもラルクも…何か馴れてるなあ。…実は、生き別れになる前から関係があったとか?」
「…(ゴキュ)」
 ピーピングに精を出す兄妹は犯罪者予備軍であった。
「うーむ…流石は食肉目。俺もあんな風に大量にブチ撒けてみてえ。男の浪漫だなー」
「はあ…ハア…ハァ…」
 トトは何でも無い様にじっくりと室内の様子を観察しているが、イムはそんな兄とは裏腹に様子がおかしい。
「うひゃあ…姐さんってば、エロいねえ。あれがもう一つの顔ってか?ラルクも何か可愛いし。普段からあれ位素直だったらどんなに良いかって思わねえ?」
「あ、ああ。そうだな。うん…そう、だな」
「・・・」
 トトの検分にイムは何故だか、気の無い返事しかしない。トトはそんな妹の身体をじっくりと見てやった。
 …妙にそわそわしている。肌は紅潮して、息もどうしてだか荒い。モジモジと脚をすり合わせているし、極めつけは胸を隠す布地に浮いている突起だった。
「…へえ」
 どうやら、空気に中てられて欲情しているらしかった。トトの口の端が凶悪に歪む。こんな面白いネタをふいにする事など、トトには許されない事だった。
「お前…まさか、盛ってんのか?」
「………馬鹿を言うな」
「今の間は何だ?」
「な、何でもないっ///」
 痛い所を突かれてイムは必死に赤面しながら兄の追撃を振り切った。
「姐さん…だらしない面しちまって。…女盛りの真っ只中で相手してくれるのが性欲を持て余す弟だけってのは寒い展開だが…これはこれでありなのかもな」
「これも…一つの愛の形、か。どれだけ歪んでいようとも、周りに間違っていると言われようとも…それは本人達にしか判らん事だよな?」
「そうやって納得するしかないだろうな。…戻ろうぜ?」
「ああ…了解した」
 トトもイムも自室へと引き上げていく。だが、こんな危険な情事を見せ付けられて素直に寝入れるかどうかは甚だ疑問であった。

―――翌朝
 チェックアウトギリギリの時間にフロントを訪れたラルクとシエラはそこに見知った人物が居る事に気付き絶句した。
「なっ!?」「え?ええ!?」
 二人揃って同時にハモる。この男…とその妹が同じ宿屋に泊まっていたのは単なる偶然ではない事を姉弟は本能的に察する。モンスターに遭遇した時宜しく、戦闘態勢を取った。
「おい、ちょっと待てそこの姉弟。そんな警戒せんでも良いだろう」
「気持ちは判るが…些か物騒だな」
 警戒心を持たれるのはある意味仕方が無いとしても、必要以上のそれは兄妹の心を傷つける。流石にそれはトトもイムも望む所ではない。
「俺達を…追ってきた、のか?」
「そんな事、もうどうでも良いんじゃないのか?」
 ラルクの質問はどうにも的外れな印象をトトに与えていた。追うとか追わないとか、もうそんな陳腐な表現が通用しない次元にラルクもシエラも渡ってしまっているのだ。
「アンタ等が選んだのはある意味常道を外れてる道なのかも、な」
「トト…貴方」
 シエラには全ての事象がトトに筒抜けである事が漸く判った様だ。そんな彼女の瞳には若干の戸惑いが見て取れたが、後悔や迷いの類は見て取れない。…腹は決まっているのだ。
「ま、例えそうであったとしても、だ。社会の規範とかモラルってのは今を生きている人間の為にあるモンだからな。そこから逸脱した朽ちぬ屍であるアンタ等はきっとそれには当て嵌まらないんだろうな」
 ドラグーン全てがそうである訳ではないが、ラルクもシエラも一度死んだ人間である。それ故に朽ちぬ屍と言う表現は言い得て妙だ。自然の摂理からこの姉弟はとっくに逸脱している稀有な存在なのだから。

「俺が言いたいのはさ……少なくとも俺は、アンタ等を祝福するって事だ」

「「・・・」」
 否定はしない。ただ、あるがままを受け入れ、肯定する。それがどんなに罪深い事であろうと、それがこの姉弟に取っては真実であると言う事を、ラルク…そしてシエラと共に戦って来たトトは他の誰よりも理解しているのだ。
「…トト」
「ん?」
 理解者は探せば意外な程に近くに居るモノだ。ラルクはその唯一の理解者に別れを告げる。
「俺は…もう奈落には戻らない。姉さんと行く事に決めた。これからは俺に用があるなら白の森に来てくれ」
「ああ。もう、会う事も余り無いだろうが…幸せにな」
 祝いの言葉も、贈り物も必要ではない。今、この姉弟に必要なのは平穏だ。互い縛る鎖は既に無く、もうお互いに手を伸ばせば直ぐに触れ合える程近くにこの姉弟は居るのだ。

   もう…この二人が離れる事は無い。それこそが竜を殺すと言う大罪の果てにトトが垣間見た一つの結末だった。

〜了〜

「ああ、そうそう」
「「?」」
 去り際に姉弟に振り返ったトト。
「死人であるアンタ等って子供、作れんのか?」
「ブッ!」
 その口から出た言葉は爆弾だった。堪らずイムも噴出した。
「上手く子作りに成功したら便りの一つでもくれ。冷やかしに行くからさ」
 ニタニタするトトは明らかにこの獣人姉弟をからかっていた。
「姉さん」「ええ。ラルク」
―――殺るか。
「ん?」
 当然、二人はキレました。
「お前やっぱり覗いてやがったな!」
「無粋な…!代償はその首を要求する!」
「あっはっは。…自分に都合の悪い展開になると直ぐに腕力とか暴力に訴える姿勢って良くないぞ?」
「「お前が言えた口か!!」
 正解。この世界で暴君に相応しい人間の上位にはトトの名前があるだろう。物事の解決手段にかなりの頻度で暴力を用いてきたのだから当たり前だ。
「ご尤も。んじゃ、二人の門出を俺直々に祝ってやるよ。奈落に落ちるかも知れないけど、構わないんだよな?」
「黙れ。今までの貸し…熨斗を付けて返してやる」
「死ぬのは貴様だ。奈落でその行いを悔いるが良い」
「上等だ。街外れで待ってる。逃げても良いぜ…?」
 果敢にもラルクとシエラはそんな魔王の化身に挑もうとしていた。未来への旅路が死出の旅路になりかねないとは考えていない様だ。
 見た目27歳で盛大に行き遅れている獣人のお姉さん。そして、そのお相手である見た目22歳の弟。前途は非常に暗そうだ。
「お、おい…トト?」
 だが、イムはそんな兄の心配をしている妹の鑑みたいな存在だった。
「イム…お前は昨日の買い物の続きを頼む。そしてそのまま真っ直ぐ帰れ。判ったな」
「あ、ああ」
 ふはははははは!ザシャー、と砂煙を巻き上げつつトトが祝福亭を出て行った。此処を戦場にする気が無い事は一般人の皆様に対しての配慮が出来ていると言う事だ。

「あのー…イムさん」
「え?」
「未だ…お代を貰ってないんスけど」
「あ、ああ…って、財布持ってるの、トトだ」
 どうしろと言うのだ。イムは脱力するしかない。
「済まん!直ぐに戻る!荷物を見ていてくれ!」
「あ!待って下さいっスよ〜」
 頭に青筋の十字路を浮かべた獣人姉弟の後に続きイムもまた祝福亭を出て行く。
 ユカちゃんへの決済はそれから半日後だった。

 後日、竜姫ヴァディスは新たなドラグーンを召抱えた。その名はラルク。旧来のドラグーンであるシエラの弟なのだが、彼女はこうも語っている。
 曰く、(娘が)所帯を持ってくれてやっと肩の荷が下りた…と。
 どうやら…この姉弟は内縁として竜姫公認であるらしかった。



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