Ganymede

45氏



煌きの都市…古き名はエタンセル。
嘗て、宝石泥棒の一件に巻き込まれたトトが必要に迫られ復活させた珠魅の都市。
儚さと美しさが同居する種族である珠魅が集まり、生活する場所。

―――色とりどりな宝石達が無機的な光をそこかしこから放ち、同時に魂を感じさせない冷たさをも与えてきている。

『せいやっ!』『はああっ!』

その都市の一室からは、そんな場所には不似合いな熱い掛け声が響き、物騒な剣戟が交わされていた。
一組の男女が互いの得物を持ち、舞を舞っている。
片や最強の珠魅と謳われる稀代の女傑、玉石の騎士・レディパール。
そんな彼女に対峙するのは、彼女の騎士であり、トトと共に珠魅の未来を救った最年少に位置する珠魅、今や珠魅の英雄の名を冠する男・瑠璃。
「けぇりゃ!」
上段から袈裟懸けに黒曜石の剣を叩き付ける瑠璃。
その軌跡を読んだパールは無駄なモーションを加えずに紙一重で避け、続けて手に持つ大鎚を瑠璃に放った。
「喰らえ…!」
「無駄っ」
半歩下がって、やはり紙一重で黒柱を避ける。一撃の重さはオブシダンソードの比では無いので直撃は流石に避ける。
リーチの長さを完璧に解っている瑠璃だけが出来る芸当だ。
「オラァ!」
「むぅっ!?」
鎚の欠点は硬直時間の長さにある。その欠点を逆手にとって瑠璃はがら空きのパールにタックルをぶちかます。
それが完璧に入ったパールは壁際にまで吹っ飛ばされた。
「っ、痛っ」
「終わりだっ!!」
膝を付いたパールの隙に追撃を加えるべく、瑠璃は剣を両手で構えて斬り伏せようとする。脳天を砕く一撃を見舞う気だった。
「今日こそ…俺はアンタを…!」
だが、余計な言葉を口走った事が失態に繋がるとは瑠璃も考えてはいなかった。
コンマ数秒だが、攻撃に遅れが生じる。パールはそれを見逃さない。
―――ブンッ!
 力任せの大振りはパールを捉えた筈だった。
「なっ」
が、インパクトの瞬間を迎えても、手には斬った感触が無く、それどころか目の前のパールは幻の如く掻き消えた。
―――やられた
そう思っても後の祭りだ。実際に幻影だったのだ。その証拠にパール本人は瑠璃の後ろに回っていて、エタンセルの黒柱を構えている。
それを横目で見て、己は詰めを誤ったと確信に至る。…イリュージョンの発動を許してしまった。
「私を…何だって?」
動けば、その頭蓋を砕くとパールは暗に言いたかった。例え核が無事でも頭を砕かれればそれは事実上の再起不能に変わりは無い。
瑠璃は負けを悟って、剣を手放した。


「はーいはい、そこまでそこまで」
 パンパン、と手を鳴らして試合の終了を告げるトト。その言葉を聞いてパールは得物を引っ込めた。
自宅から徒歩で一日と言う好条件の為か、トトは頻繁に煌きの都市を訪れている。
武器精錬の材料を揃える為に今日は訪れたのだが、瑠璃とパールが稽古をすると言うので面白そうだからその立会人を務めていた。
「あー……駄目か。途中までは瑠璃さんが押してたのに」
「勿体ない。惜しむらくは瑠璃の詰めの甘さか」
ギャラリーが各々感想を漏らす。…と、言っても、見ている輩はエメロードとルーベンスしか居なかった。
「あーあ…ったく、何やってんだお前は」
「……ああ」
 勝てる戦だったと言うのにむざむざそれを手放した瑠璃に呆れた様にトトは言った。
こんな詰まらない結果を見せ付けられれば愚痴の一つも言いたくなる。瑠璃は親友の放つ辛言を甘んじて受け入れた。


「ふう…どうした、瑠璃。勝ちを焦ったか?」
「いや…そう言う訳では」
パールは辛酸を舐めている己の騎士を窘める様に言ってやる。瑠璃は若干だが顔を赤くしていていた。
「…何を考えているか判らん訳でもないが、それに心を囚われては立ち往かんぞ」
「っ…」
「お前のその真っ直ぐな剣筋には好感が持てる。が、それが過ぎるのもまた考え物だ。立会いに於いては尚更な」
「うっ」
チョン、と瑠璃の鼻先を指で小突くパール。中々に意地が悪い態度を取りつつも、そのアドバイスは的確だった。
「まあ、良い。次の機会に期待しよう。お前はまだまだ強くなるのだろうからな」
勝者の余裕を引っ提げ…ながらでは無いが、パールがさっさと部屋を出ていった。
どうやら、今の自分の立ち位置である玉石の座に戻って行ったらしい。
「糞…次こそは」
瑠璃の言葉は三流の捨て台詞の如く浮いていた。


「あっらー…毎度の如く、軽くあしらわれたな」
「トト…お前、俺を貶してるのか?それとも慰めてるのか?」
嘲笑する様なトトの視線に瑠璃は苛立つ。
「んー?七割がた馬鹿にしてるかな」
「貴様っ……シメるぞ」
それが本気かどうかは解らないが、どうやら親友は馬鹿にしているらしい。瑠璃はそれを挑戦と受け止める。
「そりゃ面白い。やって見せて貰おうか?」
「は、はは…お前に敵う訳ないだろ」
ジャキ!トトは百均の剣を構え、笑いながら瑠璃の核を砕く気だった。
それには瑠璃とて肝を潰す。本気で死合っては勝ち目が無いのはトトとの旅路で魂に刻まれている。
「あのー…瑠璃さん?気を落とさないで。機会は未だあるんだから」
「ああ、そうだぞ。君ほどの若さであそこまで彼女と打ち合えた例を私は知らない。今は駄目でも、何れは彼女を超える事も可能だろう」
エメロードもルーベンスも瑠璃を宥めようと必死だった。特にルーベンスの言葉はパールの戦友の言葉として瑠璃の内部に刻み付けられた。


が、そんな彼等の計らいをトトは一瞬でぶち壊した。
「しかし、なんだな。守るべき姫より騎士の方が弱いって問題だよな。箔が付かないってーか…ぶっちゃけ、立つ瀬がないよな」


「「!」」
瞬間、世界が凍った。エメロード、ルーベンス共に顔を歪めて瑠璃を見る。
「え?……げ」
 その瑠璃の顔は深くトトの脳裏に刻まれた。泣いているのか笑っているのか、それとも怒っているのか…
 ……そのどれでもない形容し難い顔を瑠璃はしていた。
「ふ、ふ、ふふ…フ」
 乾いた笑い――その様にしか形容出来ないだろう――を浮かべた瑠璃はフラフラと覚束無い足取りで瑠璃が部屋を出て行った。
「あ、ああ!る、瑠璃さん!?」
「る、瑠璃!…な、何をしているんだトト!早く彼を追え!」
「え、え?い、今のって禁句?ってーか、俺が追わないと駄目なのか?」
「「・・・」」
 ヒソヒソとトトに対する陰口を叩き始めた希望の炎と幸せの四つ葉。その視線はトトの心無い一言を責めている様だった。
「っ、あー、もう!解ったよう!」
 針の筵に包まれた気がしたトトは逃げ出…否、瑠璃を追った。


「瑠璃?…おい」
「おーい、瑠璃君ってばさー」
「オウッ、ゴラッ!そこな屑石!無視すんじゃねえよ!!」
 トトの言葉を無視し、煌き廊を抜け、階下に降りて更に下層へと瑠璃は下っていく。
「む…」
 その瑠璃が辿り着き、立ち止まった場所にトトは言葉を詰らせた。そこは珠魅の世界と外界への玄関口だった。
「おい、待て。お前、何処に」
「ちょっと…修行に」
「お、おい…マジか?」
 トトは冗談を期待していたが、その深刻な瑠璃の顔を見て彼が大真面目であると悟る。当然の如く、トトは瑠璃を止めようと躍起になる。
「か、考え直せ?俺の言葉が刺さったってんなら謝るよ。な、な?だから冷静になろうよ。これ、この通りだから」
 土下座に近い格好で平謝りをするトトには救世の英雄として威厳はまるで付随しない。
 だが、それだけトトは必死だった。このまま瑠璃の出奔を許せば間違いなく真珠姫やパールの恨みを買う事になる。
 それだけは是が非でも避けたかった。
「悪い、トト」
「ん?」
「お前に言われたからじゃない。前から痛感していた事だし、何時かそうしようとも思っていた事だ。だから…」
「だから?」
「皆には直ぐに戻るって伝えてくれ」
「……っ〜」
 どうやら、決意は固い様だ。
 彼にとってレディパールに劣っている事実は最早コンプレックスと言って良いほどに重たい事なのは間違い無い。
 自分の言葉が瑠璃にとっての禁忌に触れ、また火を点けてしまった事にトトはもう駄目だと理解した。


「止めても無駄、か。…でもな、瑠璃?修行に出るって言っても、宛てはあるのか?」
「そんなものは無いが…なに。どうにでもなるだろう」
 パンパン、と膝の埃を払って立ち上がる。真面目な顔つきで瑠璃に言葉を浴びせた。
「宛ても無いのに旅立つのか?些か無用心だな。一人旅は危険だぜ?」
「……承知している」
 若さ故の真っ直ぐさか、それとも愚直なだけか。細いロープを目隠しで進むよりも今の瑠璃は危険に見える。トトは心配だった。
「まあ、それは良いか。実際、何とかなるからな。
そんな事よりお前…修行に出るって言ったけど、何が目的で」
「決まっている。俺は力が欲しいんだ」
 だが、彼の心配の種は道中に襲い掛かる目に見える危難だけではなく、瑠璃の内部あるモノを危惧している。
「力?…強くなりたいってか?…なってどうするんだよ」
「俺は真珠を守れる力が欲しいんだ。今のままじゃそれが果たせない」


「あ?守りたいだ?…おいおい、違うだろ。パールに敵わないから強くなりたいの間違いだろ?」


 このまま旅立たせるほどトトは優しくなかった。瑠璃の心を少し揺さぶってやる事にする。
「う…」
 案の定、瑠璃は図星を突かれて固まった。
「弱い自分を恥じてるだけ。そもそも、力が及ばなくても守る事は出来るんだぜ?
なのにお前ときたら、力を付けてパールを乗り越えようとしてるじゃないか」
「い、いや…ち、違う」
 否、違わない。守護の対象に剣を向けて、それを超えようとしている時点で既に矛盾が生じている。
 瑠璃はうろたえた様に言葉を紡ぐがそれに説得力は無かった。。
「力で捻じ伏せて、制圧したいんだろ、あの女の全てをさ」
「う…っ」
 トトの言葉は瑠璃の内面を見透かしていた。否、たとえ見透かしていなくとも、視点をずらしてみれば、そう考えざるを得ない事柄だ。
 瑠璃がパールに固執し、超えようとしているのがその証だ。
「過剰なまでの保護欲はその対象への支配欲の裏返しなんだぜ?
…素直になれって砂塵の晴天。お前は欲しいだけだろ?迷える月をさ。…自分のモノにしたいんだろ?」
「くっ」
 最早、どれだけ言葉で飾っても、己の行為が全てそれを成す為の布石に過ぎない事だとトトに告げられて、内面に滾る全ての感情が瑠璃の顔に浮かぶ。
 嫉妬、羞恥、焦燥、憧憬…赤くなったり青くなったりする瑠璃の顔がトトには面白かった。


「ああ…そうさ。その気持ちが無いって言えば、嘘になる」
「お、認めたな?…スケベな奴だな、おい。
守るとか何とか理屈吐いても、結局自分本位か?…独り善がりは嫌われるぞ」
 人、それを御為倒しと言う。
 尚も瑠璃を煽る事を止めないトトは何故か顔をニヤニヤさせていた。
 最初に頭にあった瑠璃への危惧が頭からすっ飛び、弄る事自体に悦を見出したからだ。
「だけど…っ、だけどなあ!」
「うおっ」
 だが、何事も過ぎたるは及ばざるが如し。煽り過ぎた結果、瑠璃の感情の爆発を招いてしまった。
「彼女を守りたいって気持ちは本当だ!真珠姫にそうされるみたいに、パールにだって頼りにされたいし、認めても貰いたい!」
「る、瑠璃…?おい、ちょっと」
「それが下心だって言うなら笑うが良いさ!
でもなあ!俺は騎士なんだ!
背負うべき宿命を持ち、それをあらゆる危難から守るのがその在り方だろう!」
「あー…う、うん。と、取りあえず、落ち着かないか?」
「いや、もう騎士とかは関係ない!守りたい女がいるんだ!
その全てを背負えずして何が男か!!
そうだろっ!!?」
―――シーン
 喚き散らしていた瑠璃が言葉の全てを吐き出し終えると、辺りが水を打った様に静寂に包まれた。
「……ハッ!?」
 自分がどれだけ恥ずかしい台詞をぽんぽん吐き出したのか理解した瑠璃は羞恥で沸騰した顔を手で覆ってその場にうずくまった。
 せめてもの救いはその場所に瑠璃とトトの二人しか居なかった事だ。
 若し、誰かに聞かれていては、瑠璃はその場で自らの核を破壊していた事だろう。


「それで…守りたいって、誰を?」
 男同士、友情を暖め合った親友同士だとしても、この間は痛すぎるものだった。
 だからこそトトは膝を抱えて蹲る瑠璃に何とか言葉を掛けてやった。
「……し、真珠姫…とパール」
 ボソボソ言った瑠璃。この本来の彼にはあり得ない失態はトトに、そして彼自身の心に刻み込まれた。
「おいおい…二股か?あー、いや…二人で一人だから二股とは少し違うか」
「う、五月蝿い///…言いたい事はそれだけか?」
 もう完全に瑠璃は拗ねていた。今にも涙すら流しそうな程に。否、実際心では血涙が流れているに違いなかった。
「いえいえ、とんでも御座いませんわ。
…って言うか、負け。うん、俺の負けで良いや。もう」
 そこまで熱く答えられては事の是非は兎も角として、トトに瑠璃を煽る気はもう無かった。
「チッ…俺はもう行くからな」
 視線を合わせずに、忌々しく言った瑠璃は立ち上がり、都市の外に出て行く気だった。
 だが、トトはそんな親友を捨て置く事だけはしなかった。
「ああ。手始めに、俺の家に寄らせてくれ」
「はあ!?つ、ついてくる気か?」
 意外と言えば意外な申し出だった。
「何だよ、その面は。友達甲斐の無い奴だって後ろ指さされるのは御免だからな。
って言うか、あんな男気溢れる叫び聞かされて放っておけるか?
俺には出来ないね。だから、手ぇ貸すぜ」
「トト…」
「実力を付けたいってんなら、相応な場所は幾つか知ってるし、頭数が居れば全滅の機会だって減るだろ?
万が一があって、そのままお前を野晒しのまま朽ちさせる訳にはいかんからな」
 その言葉に嘘は無かった。が、打算が無い訳でもない。
 そんな事になったら皺寄せが回って来るのはトトの下だ。それを避けたいのだ。
 だがそれ以上に親友の恋路の成就の手伝いをする事は彼にとっては滅多に無い娯楽だったからだ。
 面白そうだから。それこそが彼の行動原理だ。
「居ても邪魔にならないのはお前が知ってる筈だろ?
連れて行ってくれるよな?」
「トト……済まん。手を貸してくれ」
 だが、そんなトトの考えを瑠璃が読める筈も無く、彼は悪魔と契約を交わしてしまった。
 かくして、瑠璃にとっては久々の冒険が幕を開けたのだった。


「いや、しかし…さっきのは傑作だったよな〜。あの台詞、一言一句漏らさずパールに聞かせてみてえなあ。反応を想像すると凄え笑える」
「・・・」
「どったの?」
「いや…友達付き合いを考え直そうかと思っただけだ」
 友達は良く選んで然るべきだ。
 だが、もう腐れ縁とも呼べる信頼関係が出来上がっている以上、瑠璃にはもうどうしようもなかったし、切って切れる関係でも無かった。

 それから二日ほど経過し、瑠璃が行方不明となった事実は当然真珠姫の耳にも入ってくる。
 ジンの日でもないのに来臨したレディパールは鬼の形相でエメロードとルーベンスを締め上げて、トトが瑠璃の出奔に絡んでいる事をつきとめた。
「あ、あの…馬鹿者がああ!!!!」
 その言葉はトトに向けられてのものか、自分の騎士に向けられてのものか定かではない。
 だが、手掛かりが得られた以上、レディパールと言えどもじっとしている事は出来ない。


   蛍姫の警護の任を放棄して、パールはトトの自宅を急襲する為に街道を疾走していた。
 何処に行ったのか分からず、そもそも出て行った理由すら定かでない。
 だが、そんな己の騎士の内情に精通していそうな人物を尋ねれば今以上の情報が得られるかも知れない。
 自分の騎士の事である以上、人任せにはしたくなかった。
 それにそもそも真珠姫に任せてはまた迷子になる可能性があるので、パール自身が為さねばならない事だった。


「はあ…はあ…」
 本来、一日かかる距離を数時間で走破したパールは荒い息のまま、汗で張り付いた前髪を拭う。
 陽は暮れかけて空は茜色、一番星が輝き始めている。本来ならば夕食の時間帯なのだろうが、今のパールにはそんな事は関係なかった。
―――ドンドン
 裡にある苛立ちをぶつける様に目の前ドアをノックしてみるも、内部から反応は返って来なかった。
「…留守、か?」
 トト宅としては珍しい事だ。常に家人が存在しているこの家に誰も居ないと言う事は滅多に無い事だろう。
 鍵はかかっていない様だったが、そのまま内部に突入するほどパールとて無礼ではない。
 このままでは埒があかないので、パールは家人を探して敷地内を回って見る事にした。


 存外に広い敷地を誇るトトの家は周遊するだけでもなれない人間には一苦労だった。
 パールは裏手にあるペット牧場にやって来ると、目を細めた。
 時間が時間なので、本来放牧されているペット達は厩舎の中に居るのだろう。だが、人の気配が確かにしていた。その厩舎の中からだ。
「誰か、居ないか?」
 内部に聞こえる声量で声を出す。そうして、三十秒程経つと、閉まっていた戸が内部から開かれて家人が出てきた。
「おや…」
 だが、それはパールが求めていた人間ではなかった。バケツと鍬を持ったその人物はトトの妹のイムだった。
「少し、待っていてくれ。直ぐに終わる」
「あ、ああ」
 作業途中だったらしい。邪魔するのも気が引けるのでパールは言われた通り待つ事にした。
 普段は長槍を木っ端を扱う様に振るうこの女が鍬で作業しているのを想像するとシュールで少し笑えてきた。


「お待たせした」
「ああ、いや、構わないが」
 事前に通達も無く尋ねたのはパールの方なので、そこそこ慇懃に対応されては畏まる。礼節は弁えるべきと判っているのだ。
「それで……まあ、お前が何をしに来たのかは分かっている。来客があるかもしれないと言っていたのはこの事だったのか」
「話が判っているのなら早い。瑠璃は…」
 イムが事情を知っている事を匂わせるとパールは直ぐに喰い付いた。余裕が無いのが丸解りだ。
「…立ち話もアレだ。付いて来い」
「イム…私は遊びに来た訳では」
 それを見越してイムはパールを自宅へと招こうとした。だが、パールには興味が無い。
「知っている。だが、意外な客人だからな。…もてなしの一つもさせろ」
「む…判った。遠慮なく」
 客人をむざむざ帰しては不義理の誹られを受けるのは間違いない。
 実際問題、立ち話をするには冷え込んで来たのだ。パールは平気かもしれないが、イムの装いでは少しきつい。
 それを理解したパールは招きを受ける事にした。


 淹れたばかりの熱いコーヒーを飲みながら、イムはテーブルの真向かいに居るパールを見た。
 パール自身はコーヒーにも、茶請けにも全く手を付けておらず、眉間には皺が寄っていた。
「コーヒーは嫌いだったか?」
「そうではない」
 口を開いて0.5秒で反応が返ってくる。若しそうならば、次からは紅茶にでもしようかと思ったイムだったが、そうでは無かったらしい。
「為らば遠慮するな。毒は入ってないぞ」
「いや…それは、頂くが…って違う!私は茶を飲みに来たのではない!」
 普段は仏頂面だが、話してみれば独特のペースを以って他人を引き込むのがイムの味らしい。
 表面的には兄のトトと対照的だが、内面は非常に似通っている。
 そのペースに危うく嵌りそうだったパールは声を荒げた。
「なら、単刀直入に」
「む」
 こうやって突然シリアスになる所等もだ。
「一ヶ月は帰ってこない」
「…誰が?」
「だから家の馬鹿とお前の騎士だ」
 告げられた言葉にパールは動揺を隠せない…と、言うか、どう反応してよいか判らなかった。
 過程を飛ばして結果だけを提示されれば当たり前だった。
「説明を、頼めるか?」
「あー、昨日の昼だったか。瑠璃を連れて馬鹿が帰ってきたが、書斎に入って何かした後で、武器と食料を見繕って出て行ったんだ。
アイツが旅の風に吹かれるのは何時もの事だが、昨日は様子が違っててな。出て行く間際に来客があるかもしれないと告げられたよ」
「それで…?」
「いや、それだけだが?…あ、いや、そう言えば修行がどうとかも言っていたな。何か分かるか?」
 イムから聞いた言葉とエメロードとルーベンスの言葉を合わせると何となく真実が見えてきた。
 やはり、トトも瑠璃も馬鹿である事は疑いようの無い事実だった。
「ああ。一応な」
「…今度は私が判らないのだが」
 疑念を持っていたのはイムも同じだったらしい。
 説明を求められては拒めないパールは今しがた出した解を語ってやる。隠すような事でもない。


「…なるほど。あの馬鹿、また余計な事を口走ったか」
「まあ…過ぎた事をアレコレ言う事はすまい。それで…二人が何処に行ったのか判るか?」
「ちょっと待て。追う気か?」
「ああ、当然だ」
 そのパールの顔を見て、イムはどうにも解せなかった。迷子になった自分の子供を捜す母親の様な必死さが伝わってきたからだ。
「残念だが無理だな。私も二人が何処に行ったのかは判らん。
行きそうな場所に心当たりはあるが、探し出すのは骨だ。…素直に帰りを待った方が利口だぞ」
「……そうか」
 口惜しそうにパールが苦々しく呟いた。それがおかしくてイムは空になったカップにおかわりを注ぎながら笑って言う。
「少し、過保護なんじゃないのか?」
「わ、私が、か?」
「ああ。そう見えるな。瑠璃だって子供じゃないぞ。それとも信用できないほど頼りないのか?」
「それは……少し」
「う、そ、そうか。頼りないか」
 イムはパールと瑠璃の間に何があるのかは詳しくは判らないし、知ろうとも思わない。
 ただ、恋人の様な…はたまた姉弟か母子の様な微妙な間柄と言うのだけは判っている。
 だが、瑠璃がパールより強くなる為に旅に出たと言うなら、その帰りを待ち、鍛錬を怠らないのがパールのすべき事だとイムには映る。
 そこには愛だの騎士や姫だのと言う事象は絡まない。
「って、そうじゃない。その頼りなさをどうにかする為にアイツは修行に出たのだろう。
お前がそれを連れ戻しては元の木阿弥…と言うか、それはルール違反だぞ」
「勝手に飛び出したのは…瑠璃だ」
「心配する気持ちは判る。だが、信じて待っていてやれ。
まあ、あの馬鹿が一緒だから、五体無事には帰るだろうし、変な道に反れる事も………」
「どうした?」
「い、いや……多分、大丈夫だろ、はは…」
「・・・」
 お前が一番兄を信頼していないのでは?と、パールはツッコミたかったが止めておいた。


「…兎に角、待つしか出来ないと言う事だけは判った。…邪魔をした。突然押しかけて悪かったな」
「待て。今から帰るのか?外は真っ暗だぞ」
「ああ、だが…都市までそう距離がある訳じゃない。急げば夜が明けるまでには帰りつけるさ」
 もう此処に用は無いと判断したパールは帰る気だった。もう日は暮れて、夜の帳が辺りを覆っていた。
 立ち上がって入り口に立て掛けて置いた大鎚を担ぎ上げた。
 当然、イムはパールを止めた。
「悪い事は言わない。泊まっていけ」
「いや…そこまで厄介になる訳にはいかない。それに私も黙って出てきてしまったからな。捜索隊でも出されては事だ」
「一日程度、さしたる問題は無いだろう。有給休暇と思え」
「いや、しかし…」
 ここぞとばかりパールを離そうとしないイムはドアの前に立ち、今日は返さないと言いたげにパールに絡む。
 随分と強引に引き止めようとするイムにパールは困惑した。
 そうして、突然ズイッ、と顔を寄せられパールが半歩退いた。
「な!?な、な、何だ!??」
「む…(くんくん)」
 イムはそのままクンクン鼻を鳴らしてパールの匂いをかぎ出した。目の前の女が何をしたいのか判らないパールは混乱する。
 イムがパールに言った一言は単純明快だった。
「…汗臭いな」
「なっ」
 女同士と言え、失礼な発言にパールはムッとした。
 だが、心当たりが無い訳ではない。走り通しで此処を訪れたのだ。そうなるのは必定と言う奴だった。
「そんな状態で帰るのか?…多少みっともないが」
「し、仕方が無いだろう!急いで此処まで(グウウゥ〜)来…///」
 腹の虫が鳴った。不忠者のパールの腹が主人を裏切った瞬間だ。
「フッ…はっハハ…。…で、どうするパール?」
 パールは負けを認めた。
「…判った。世話になる。シャワーを借りるぞ」
「そこを左だ。汗を流してこい。それまでに夕食の支度を済ませておこう」


 中々に堂の入った夕餉を平らげて、上物のシュタインべルガーを堪能しながらパールはゆっくりとリビングを見渡した。
 壁に掛けられた異国風のタペストリが情緒を漂わせ、その向かいの壁にある壁掛け時計はコチコチ秒針を鳴らして時を刻んでいる。
 真っ赤に燃える暖炉の火は暖かさを伝えてきて、隅に置かれたテレビの画面は真っ暗だった。
 住人の生活臭が伝わってくる家だ。だが、何かが足りない。決定的な何かが不足している事がパールには判った。
「どうかしたか?」
 そのパールの周囲を伺う視線がイムには気になった。
「いや……家に入ってから思ったが、お前一人なのか?」
「ああ、そうだが?」
「?…あの森人の双子やペンギンは何処に行ったんだ?」
 足りなかったのはそれだ。何度かトト宅を訪ねていたパールは何時も出迎えてくれる面子が影も形も見えない事に違和感があった。
「ちょっとドミナに出張中でな。明日までは帰らない」
「そう、か」
 普段は暖かさに溢れるこの家も、構成された主たるメンバーが抜けただけでこうも寒々しくなるものかと、言葉を詰まらせる。
 確かに…家は人が居てこそのものだろう。家人の居ないこの家は一人で居るには広すぎるし、何よりも寂しい。
 それを理解したパールはクッ、と杯を呷って酒を飲み干した。
 イムが引き止めた理由が判ったからだ。
「ひょっとして…寂しかったのか?」
「……何を馬鹿な」
 違ったらしい。イムは同じ様に酒を呷って、熱い息を吐く。
「……と、言いたい所だが、それで正解だ」
 否、やはりそれで正解だった。そのイムの顔は普段ではお目にかかれない照れ臭さで満ちている。
「私も昔は独りでやっていたが…一度、人の温もりを覚えると駄目だな。その時は気にも留めなかったが、今なら判る。
……孤独は死に至る病と言うが、本当の事の様だ。
…人恋しさで胸が潰れる。独りになっただけで…こうも感傷的になってしまう」
「ああ…判るさ」
 長い時を生きてきたパールには理解できる。
 今でこそ多くの仲間に囲まれているが、彼女だって独りだった時、今のイムと同じ感傷を抱いたのだから。
 そも、ヒトが群れると言う特性を持つ以上、孤独への恐怖は避けられないものだ。その点は人間も珠魅も同じなのだ。
 それならば…と、パールは考えた。
 己が瑠璃に固執するのもまた、その根幹にはこの寂しいと言う感情があったからではないか、と。


   クックッ、とパールが自嘲気味に笑った。それが不気味だったイムが訝しがる。
「む?」
「あー…いや、どうやら私も寂しかったらしい」
「・・・」
 少し考えたイムだったが、それが瑠璃についての事と判ると、トトが時折浮かべる嘲笑を顔に張り付かせて言った。
「そうなのか?てっきり私は旦那を盗られて嫉妬しているだけかと思ったが…?」
「だ、旦那っ…て、違う!」
「何が違う?…瑠璃は違うのか?」
「そうじゃな……お、お前、最近兄貴に似てきたな」
 トトの性格を持った人間が増えるのは性質が悪い事この上ない。パールは寒気がして体を振るわせた。
「そんな事、どうでも良いだろう。…で、どうなんだ」
「…瑠璃は本命だがな、嫉妬など抱いていない。いや、そもそも男に嫉妬してどうなる?それは女としてどうかと…」
 酒が進んできたのだろう。本来ならば絶対にしない馬鹿話に花が咲いている。イムはパールがこの様な姿を見せるのが新鮮だった。
「ふっ、ははっ。確かにな。男相手の嫉妬はなあ」
「みっともない以前の問題…と言うか、ナンセンスだな。非生産的だし、周りの笑いを取る事も出来んな」
 どうやら、パールとイムは多少感性が似通っている様だ。相性は中々に宜しかった。


 用意した酒は皆空になり、酒量を超えた所でお開きになった。
 眠気が支配し、前後不覚なりそうだったが、イムには後片付けが残っていたので先にパールを自分の使っている部屋に案内した。
「っ…あー、寝台は私の物を使ってくれ」
「それは構わんが…お前はどうするんだ?寝る場所がないだろう」
 準備も無しに押しかけて、泊めて貰っているので床に寝る事も覚悟していたパールはその申し出を有難く頂戴する事にした。
 しかし、本来の彼女の寝床を奪ってしまっては、そこに寝るはずの彼女はどうするのだろうか?


「なに、空いているトトのベッドを使わせて貰うさ」


 シレっとそう言ったイムは突き刺さるパールの視線に、わざとらしく咳払いしてこう言った。
「…不本意、だがな」
 当然、それに対してリアクションを返してやるのが礼儀と言うものだろう。間髪入れずに呟く。
「…私が変わろ「それは却下」
 変わろうか?と言う台詞は最後まで言えなかった。兄のベッドを使って良いのは自分だけと言いたい様だ。
「ふっ…お、お前…面白いな」
 逃げる様に去っていくイムの背中を見ながら漏らす。案外…兄の残り香が残るベッドであの妹は悶えているのかもしれない。


「世話になったな」
「構わんさ」
 両者が起きたのは正午少し前だった。昨晩の夕餉には劣る多少簡素な朝食、兼昼食を平らげたパールは漸く家路に就く。
 敷地の外に出る手前でお互いに挨拶を交わした。
「また…来るが良いさ。歓迎するぞ」
「ああ。次に遊びに来る時は手土産を持って来よう」
 そうして、背を向けて歩き出したパールはイムに手を振り、煌きの都市へと帰って行った。


「また…近い裡に顔を出すか」
 何だかんだで、あの家は居心地が良い。瑠璃の帰りを待つ間、暇を持て余したならまた来ようとパールは思った。




―――数日後 ノルン山脈
「ぐ…ぅ、あ…があぁ…っ」
 傷だらけの瑠璃が剥き出しの岩肌の上にノビていた。
 核に傷は無いが、身体的なダメージはちょっとやそっとでは自然治癒しないほどの重症だった。
「おーい、何時まで寝てる気だ?」
「ぐおっ!…ゴボッ」
 だが、トトには瑠璃の傷に関心は無いらしい。無理やりに立たせると激痛の悲鳴と共に、大量の吐血がトトに降りかかった。
「おいおい汚いな。注意してくれよ」
「ちょ、ちょっと…ま、待って…待ってくれ。もう少し…休ませ…」
「あー?何甘い事言ってるんだ?これはお前の修行なんだぜ。お前が戦闘に参加しないと意味が無いんだ。這ってでも良いから来いよ」
 戦闘自体とジェム拾いは勝手にやっておくので、戦闘に参加さえすれば良いと無理難題を言うトト。
 確かに普通のモンスター相手との戦闘ならば、NPCたる瑠璃とて此処までの深手は負わないし、戦闘終了まで生き残る事だって出来るだろう。
 問題なのは、瑠璃が戦わねばならぬ相手が普通のモンスターでもなければ、生き残る事すら許してくれない相手だと言う事だ。
「そーら…またお出ましだぜ?」


『また腕試しに来おったか!若造共めが!』


 天を摩す巨体。青みを帯びた鱗に覆われたその体はトカゲを連想せざるを得ない。
 だが、普通のトカゲは人語は解さないし、この様に巨大ですらない。
 雷鳴と稲妻を伴ってその姿を現したのはこの山脈の主、群青の守護神の名を冠する知恵のドラゴンが一。
「すんません、メガロード様。もう少し付き合って下さい」
「いやああああああああああ!!!!」
 嘗てトトが一度殺したメガロードだった。
『ふふ、良かろう。お主らが納得するまで何度でも相手になろうぞ!』
 この男の人(?)脈は何処まで広いのか、知恵のドラゴンすら修行の相手として胸を貸してくれている。
 ある意味で非常に名誉な事だが、レベル30後半しかない瑠璃にとっては酷過ぎる相手だった。
「ほら、しっかり剣を構えて。一ヶ月で帰る予定なんだからちゃんとしてくれよ」
「いや!無理!今度こそ死ぬから!何で向こうはレベル99なんだよ!!?」
「そりゃ、お前が明日無き世界に迷い込んだからさ」
喚く事しか出来ない瑠璃はトトと連れ立った事を激しく後悔した。トトが書斎でやっていたのは禁断の書の閲覧だったのだ。
「良いか?お前に圧倒的に足りないのは実戦経験だ。お前とパールの差はそこにある。
しっかり駆け引きを覚えて、序に自力も付けるんだ。…宜しいか?」


「最初っから敷居が高過ぎるだろうがぁ!!」


 人間以上の存在が相手となれば、あくまで人間の範疇であるレディパールは霞んで見える。
 否、瑠璃にとってそんな事はどうでも良かった。そもそも、通常の雑魚戦に於いても今は生き残る事すら難しいのだ。
「んなもん仕方ないだろうが。普段、俺はペットのレベル上げには煌きの都市のマシンゴーレムを使ってんだ。
 でも、そこに入れない以上は同じ位の大量経験値を持つメガロード様にお願いするっきゃないだろ」
「俺はお前みたいな人外じゃねえんだよっ!!!」
 とうとう瑠璃が血涙を流しだした。血涙からも涙石が生まれるかは知らないが、若しそうなら命の無駄使いは止めて欲しいとトトは思う。
「あのよお…強くなんてそう簡単になれないんだよ。それでもインスタントに強くなりたいなら相応の代償を払わないといけないんだぜ?
お前も覚悟してたんじゃないのか?」
「お前…俺を亡き者にしようとしてるんじゃないのか?」
「ハハハハハ……生きろ」
 どうやら、後の祭りだった。悪魔と契約したのは自分自身なのだ。
 あと三週間以上は粘らないとこの地獄…否、この狂気の世界からは開放されない。
『準備は良いか小童!!』
「何時でもどうぞ〜」
「良くない!全っ然良くない!!!」
 メガロードが人間には可聴不可能な言語を呟き、魔方陣が展開された。竜語魔法が来る前兆だ。
 トトはさっさとその場を離れ、安全地帯へと退避する。だが、瑠璃はそれが出来なかった。
 炸裂する爆風に煽られて空を舞う瑠璃。
―――ゴメン、真珠…俺、もう君に逢えない
 そんな言葉が瑠璃の脳裏を過ぎった。
「アッーーーーーーーーー!!!!!」
「ぬふ。何かそそるなその断末魔」


 最初の一週間はこうして過ぎ去った。
 常人ならば一生に一度の体験で済ませたい臨死体験を百以上経験したのは瑠璃にとっては無駄ではなかったらしい。
 その報酬として20以上の大幅レベルアップを為した瑠璃は大概の事では動じない落ち着きを得ていた。
 実際、それは以降の彼の大きな武器となったのだ。


 次の二週間は各地の冒険ポイントを周遊しながらの修行となった。
 修行をしているのかサバイバルに身を置いているのか解らなくなるのは瑠璃には毎度の事だったが。



―――デュマ砂漠 
「駄目だ。ただ斬りかかるだけでは生き残れないぞ。一撃離脱をお前は心掛けろ」
「うお!?…っ、そう上手く行くかよ」
 自力が付いて来たので、場数の踏ませと戦闘での駆け引きを教え込むトト。
 ダックの攻撃。叩きつけられる短剣の一撃を瑠璃は何とかかわした。
「X軸の攻撃ではなく、Y軸からの攻撃を生かせ」
「縦から…か。なるほど」
 あらかた敵を片付けていたトトは遠くから瑠璃に声援を送っている。実際その言葉で瑠璃は動きのキレは良くなった。
「そうさ。それで良い。勘ではなく、敵の予備動作から動きを読み取れ」
「予備動作…予備動作?…」
 トトはダックの動きを良く見る様に促した。瑠璃はその動きを見切る為に精神を集中する。
 だが、その間隙を突いてのダックの攻撃が炸裂する!
「見えた(ゴスッ!)」
 とりあえず、動きは見えたらしい。だが肝心の回避自体は失敗。瑠璃は力尽きた。
「あらら…駄目か」

―――マナの聖域
「ぐ…ぁ…っ、うう…ドラゴンブレスは嫌だぁ…炎上氷結は、勘弁してくれ……っ」
「あー、大分擦り切れてきたな。核が今にも砕けそう…でも、未だイケるよな?」
 中腹に陣取ってランドドラゴンとスカイドラゴン狩りに精を出す。しかし、瑠璃の体は核も含めてボロボロだった。
「………無理だって言っても、お前は承知、しないんだろ…?」
「判って来たみたいだな。…まあ安心しろ。いざって時は俺がまた涙を流そう」
「…待て。お前、また石化する気か?そうなったら誰がお前を治すんだよ…?」
「え?お前が泣いてくれるんじゃないのか?」
 しーん、と静寂が包んだ。トトはいざとなれば本当に今の言葉を実行するに違いない。瑠璃は唖然とした。
「……ば、馬鹿を言うな。そう簡単に涙を流せるものか」
「おいおい悲しい事言うなよな。友達甲斐の無い奴」
 修練の合間の小休止の一場面。この二人は非常にギリギリのバランスの上に今の修行を続けていた。


「ひゅう…てこずらせおって」
「はあ…どうだ。今度は生き残ったぞ」
 トトの手合いが見事だったらしい。瑠璃に被害が及ぶ前に標的の排除に成功した。
「そう言えば…この先には進まないのか?もっと戦い易い敵がいるかもしれない」
「あー…その気は無いな。此処に来た目的はドラゴン狩りだし、正直言ってこれ以上先には進みたくないんだ」
 トトは本当はマナの樹に来たくは無かったが、無限にランドドラゴンとスカイドラゴンが涌いてくるこのポイントで瑠璃を強化したかったのだ。
 そうでなければ本来的に彼はマナの樹に近寄りたがらない。彼にとっての鬼門と言う奴だ。
「この先…何かあるのか?」
「え?…いや、母さんに会いたくないだけさ」
「…お母、さん?」
「あ、竜鱗見っけ!ツイてるなぁ」
 上手い事はぐらかされた。瑠璃は奇妙な視線をトトに送っていた。
「…?」


―――レイリスの塔 
 瑠璃にとっては様々な因縁のあるこの場所を次のステージに選んだのは、決してトトの悪ふざけと言う訳ではない。
 事実として此処に徘徊するモンスター達は多彩な攻撃手段を持ち、トトとて押し通るには苦労する難所だ。
 今までの瑠璃の仕上がりを確認する為の試しの意味合いが強い。
「っ…体が痛い…目も霞む…。…だけど、俺の核は、未だ…!」
 実際に瑠璃はボロボロだった。あちこちから切り裂かれた赤黒い肉が覗き、彼の衣服を暗褐色に染め上げている。
 だが、それでも瑠璃は立っていた。
「ふう…あれだけの猛攻を受けて尚も生を繋ぐか。やるな、瑠璃。随分と打たれ強くなったもんだ」
 トトの息が荒い。
 時間の許す限り、塔を最下層から最上階まで上り下りし、道を塞ぐモンスターを全て切り伏せているのだから仕方が無い。
「はっ…よせよ。お前に言わせれば、未だ足りないんだろう?」
「あー…そう、だな。後もう二、三歩って所か」
 そう言って軽く笑う。足りている訳ではないが、トトが目標とする地点まで大分近づいてきた様だ。
 褒められて瑠璃も悪い気はしなかった。
「そうか?…はあ。なら、もう少し頑張るか。…お客さんの様だぞ?」
「ああ、そうみたいだな」
 無駄話も此処まで。モンスター連中は彼らに休ませる暇を与えないらしい。オブシダンソードを、百均の剣を構えて迎撃に備える。

 イビルソードが現れた。その数、三。

「「あ」」
 現れた敵に二人は間抜けな声を発する。会いたくない奴に会ってしまった。
「…こいつ等のウザさは特筆物だな。もう何度こいつらに鱠にされたか覚えていない」
「確かに。俺でも苦戦する強さの割りに戦利品がショボいし、何より経験地にならねえからなあ」
 そう愚痴を零してみるも始まらない。接敵してしまった以上は逃げる事が出来ないのはある意味でこの世界のルールだからだ。
「トト…?俺、諦めて良いか?」
「駄目に決まってんだろうが!気合入れろ!」
 全滅の危険がある敵の前では瑠璃とて気落ちする。だが、トトはそれを許さなかった。


―――もう何度力尽きたか、核が砕けたか覚えていない。
 が、それでも瑠璃は歩を止めようとはしなかった。傷つき、這い蹲ってもトトと共に駆け抜ける。
 その諦めない心は確実に瑠璃を強くしていた。


 瑠璃が姿を消してから三週間が経過した。
 パールは蛍姫の警護を真面目にこなし、多くの珠魅に囲まれながら、煌きの都市の平和を守っている。
 が、本来側に居る筈の男が居ない事は確実にパールの心を蝕んでいっている。
 …孤独ではない。だが、言い様の無い寂しさは積み重なり、退屈と融合して人恋しさを煽る。
 心に穴が開いて、そこに冷たい風が吹いている。
 その空洞を一時でも良いから埋めたいと思ったパールは再び彼の地へと赴く。


 徒歩で一日の距離と言うのは中々どうして短い様で遠い。
 前回は脇目も振らずに走り抜けた故にそんな感傷を感じる事は無かったが、こうしてゆっくり歩いてみるとそれが改めて感じられる。
 照りつける陽光、鳥の囀り、虫の泣き声、路傍の色とりどりの花が常に違った顔でパールを楽しませていた。


 正午過ぎに辿り着いたトト宅の敷地に足を踏み入れる。
「あ…」
 玄関掃除をしていたコロナと目が合ったので、パールは挨拶をした
「暫くだな、コロナ。相変わらず元気そうだ」
「パ、パールお姉さん!?…は、はい!元気です!」
 シュタ!と、姿勢を正したコロナが微笑ましい。
 どうやら、コロナはレディパールに真珠姫ほどの気安さは許していない様だ。否…警戒されているのかもしれない。
 少し、パールは悲しかった。
「あ、あの…今、師匠は外出中でして、何時帰るのかちょっと判らないんです…」
「ああ、知っている。だが、今日はトトに用がある訳ではないんだ。イムは居るか?」
「え…イム、さん?…あ、ちょっと待ってください」
 やはり警戒されているらしい。パタパタと箒を持って引っ込んだコロナ。
―――師匠〜!お客さんです〜!
 元気なコロナの声が外まで聞こえてきた。どうやら、彼女にとってはトトもイムも師匠であるらしい。
 微妙にイントネーションに違いはあるのだろうが、パールには判らなかった。


 リビングに通されたパールはソファーにごろ寝して煎餅を齧りながらワイドショーを見ているイムに苦笑する。
「だらけきっているな」
「今は仕事も無ければ、急ぎの用事も無い。別に構わんだろう」
 来客に姿勢を一切正さずに、マイペースを貫くイムは大物か無礼者かのどちらかだ。
「それで、今日は何の用だ?」
「別に…用が無ければ来てはならないのか?此処は」
「ああ…遊びに来たのか。…そんなに暇なのか?」
「そうだな。今回は暇を作って来た」
「相当暇なんだな…」
 どっこらせ…と、漸く姿勢を正したイムは婆臭かった。
「なら、適当に寛いでくれ」
「適当に…か」
「ああ。序に言うとバドやコロナの相手をしてくれると助かる。此処最近はめっきり口うるさくて敵わんのだ」
 チラ、とイムが視線を移す。パールもそれに続くと、書斎のドアから盗み見るようにして様子を伺う双子の姿が映った。
「…私で相手が務まるのか?」
「適当に付き合ってくれれば良い。何かこう…あるだろ?子供が喜ぶ様な話の一つでも」
 ふむ…と腕を組んで考えると、その様な事であれば吐いて捨てるだけある事にパールは気付く。伊達に長生きはしていないのだ。
「期待に沿えるかは判らんが…やってみよう」
「ああ、任せた」
 何だかんだでこの家は暖かい。人数が増えてこの家自体が喜んでいる錯覚すらパールはしていた。


「ああ、そうだった」
「?」
「流石に今回は手ぶらではない。…収めてくれ」
 前回は日帰りを決め込んでいたために、エタンセルの黒柱以外のモノは持って来なかったのだが、今回のパールは違う。
 それ以外にもズタ袋を背負っている。泊まる気が満々らしい。そこをゴソゴソと漁ったパールは包装された長方形の箱をイムに渡した。
「ひょっとして…土産か?マメな奴だな。…それで、中身は何だ?」
「セオリー通りに菓子折りだ。…安物だがな」
 手土産には菓子折りと言うのはパールの中では定石の様だ。
「菓子、か…ふむ」
「どうした?気に入らんか?」
「いや…有難く受け取るが…バドとコロナに渡してくれ」
「?」
 土産である以上は家人の誰に渡しても良いのだが、イムはどうしてか自分の手で受け取りたくないらしい。パールが訝しむ。
「…苦手でな。甘いものは」
「…次は酒でも持って来よう」
 それが理由だった。どうやらイムはパールの菓子折りを双子に処理させようとしている。大したものだ。


 双子にかまけている間に何時の間にか時は過ぎていた。
 年の功が為せる業か、実際パールは子供の扱いが上手かった。
 持ちえる武勇伝や笑い話を披露している裡に、警戒を解いた双子は真珠姫と同様に容易くパールに懐いた。
 そうして時刻は夜分過ぎ。晩餐は終わり、バドとコロナは既に寝室で夢の中を彷徨っている。
 すっかりトト宅のお手伝いさんが板に付いたヴァレリもまた自室へと引っ込んでいた。
 前回同様に晩酌に精を出すイムとパール。話すべきネタも既に尽きたのか、黙々と酒を消費する事に専心していた。


「・・・」
―――まただ
 パールはそう思いながら杯の中身を啜った。夕食の最中辺りからだろう。イムが何故か意味ありげな視線を送ってきていた。
 敵意やら負の感情は感じられないので気付かない振りを通していたが、酒が進み、また話題が乏しい状態では無視するのも面倒にになってきていた。
「…ふう」
 溜息を吐いたパールはその視線の意味に付いて尋ねる決心をする。たったそれだけの事が何故かパールには苦痛だった。
「…で、さっきから何なんだ?私の顔に何か付いているのか?」
「・・・」
 当たり障り無い静かな口調で言ってやる。
 イムは俯いて言葉を発しない。だが、視線でメッセージを送ってきているので言いたい事はあるのだろう。
「どうした。何かあるではないのか?」
「…む」
 これ以上の沈黙は意味がないと判断したイムは戸惑いがちな視線を湛えて漸く口を開く。
「……もう、二週間を切ったな。二人が帰るまで」
「そうだな」
「何事も無く帰ってくるのかなあ…お前の騎士は」
「帰して貰わねば困る。でないと私は承知しない」
 瑠璃が消えた日からパールは常に瑠璃の身を案じていた。飛び出したい気持ちを抑えて今までやってきていたのだ。
「いや、兄がついている。無事には帰るだろうさ。だが、それでもな…」
「む?」
 無事に帰って来る事はイムは確信しているのだろう。だが、言いたい事はそうではないらしい。
「言うべきか迷ったがな……パール」
「イム?」
イムの蒼い瞳に翳りが見えた。
「…修行を終えて帰ってきた瑠璃がお前の知っている瑠璃でなかったら、どうする?」
「何…?」
 パールにはイムの言いたい事が理解できなかった。


「高が一ヶ月の放浪で得られる強さは大した物ではないだろう?
だが、問題なのは瑠璃の側に兄が居ると言う事実なんだ。
どれだけ無茶な修行内容か判らないし、この短期間でどれだけの力を付けさせているのかも判らん」
「む…確かに」
「短期間に不相応な大きな力を得れば、人間悪い方向に変わる物だ。力への過信と己への慢心は容易く理性を手放させる。
…私が心配しているのはそこだ。アイツが、アイツのままで居る事を信じたいがな」
「そんな事は…」
 無い、と言えるのか?そも、瑠璃が旅立ったのは己を超える力を手にする為だ。
 力を得る事に執着し、捨ててはいけない物を捨ててしまう事が無いと言えるのか?
 いや、言えはしない。男子三日合わざれば、と言う奴だ。
 人の心が移ろい易いものである以上、短期間で瑠璃が変わらないとは必ずしも言えない。
「いや、あくまで私の邪推だぞ?そうはならないと思いたいが」
 イムの言葉が少しだがパールを揺さぶる。今回の瑠璃の修行は彼が変わる可能性を多分に含んでいるのだ。
 だが、例えそうだとしても己が何も出来ない事実は変わらない。
 それが突き付けられれば、パールは自ずと自分のしなければならない事が見えた。


「そうだとしても私は何も出来んな。為らば…私は瑠璃を信じて帰りを待つさ」


 それしか出来ないのだ。


   パールは瑠璃が変貌する事は無いと信じている。
 あの男の核が力を得た程度で容易く変わる様な品位を持っていない事は誰よりも理解しているからだ。
「信じている、か」
「ああ。…フッ、そんなに気になるなら、お前の目で直に確かめてはどうだ?」
「え?」
「二人が帰った時が…再び私と瑠璃が対峙する時だ。その時にじっくり検分すると良い」
「私が、か?」
「何か問題あるのか?…と、言うよりは、私はお前に立ち会って貰いたいな。
心を許した者が見守ってくれれば身が引き締まるし、何より安心するからな」
 イムには意外な申し出だった。レディパールが立会い人を勤めてくれと申し出ている。
「何故私を…?」
「何故も何も、お前には世話になっているからな。前は勝ったが、今回は正直どうなるか判らん。だからこそ見届けて欲しいのさ」
 瑠璃がどれだけ力を付けているか判らない。場合によっては最強の二つ名を返上する事もあり得るだろう。
 その始終をパールは見て欲しい。
「駄目か?友人と見込んでお前に頼みたいのだが…」
「っ」
 そこまで言われてはイムは断れなかった。友達が少ないイムにとって、パールの台詞は効果が絶大だった。
「あいや…判った。私が居る事で気休めになるのならば、受ける」
「済まんな。珠魅以外ではこんな事…お前にしか頼めん」
 照れ隠しの様にパールが酒を呷る。二人の新密度が上がった。


―――同刻 フィーグ雪原
 女二人が友情を暖めあっている中、もう一方の男二人は、嘗てメフィヤーンスが放置したテント内でむさ苦しくも密着していた。
「ちょ…もっと離れてくれ」
「やだよ。離れると寒いだろうが」
 零下の雪原に於いて、夜の厳しさは筆舌に尽くしがたい。
 どれだけ厚手の毛布を重ね着しようが、凍てつく外気は容赦なく体温を奪っていく。
「あんまり…引っ付かないでくれ。男に抱きつかれて喜ぶ趣味は俺には…」
「他意は無いって!そんなの俺だって……あ、そう言えばラムがあったな。
酒で暖を取ればこんな気色悪い事しなくて良いんだよな」
「?…酒か?いや、俺はあまり酒は」
「まあまあ寝酒だと思って。それに暖まるぞ?それとも、瑠璃は俺に抱きつかれたままの方が良いのか?」
「…くれ」
 流石の瑠璃もこの状況にはうんざりだった。真珠と言う彼女が居る身で何が悲しゅうて男に密着されなければならないのか?
 一刻も早くこの状況を脱したかったのだ。
 ゴソゴソと荷物を漁ったトトは酒瓶を取り出して床に転がす。更に荷物を漁り鍋を取り出すと外に出て行った。
 湯を沸かすつもりらしかった。


「はいよ。ホットラムお待ち」
「…さんきゅ」
「まあ…バターも砂糖も入ってないけど」
「ただのお湯割りじゃないか…」
 湯気が立つコップを受け取った瑠璃は息で酒を冷ましながら、舐める様にそれを飲み始める。
 湯で割っているとは言え、辛口のラムは飲み難かったが、直ぐに冷えた体に酒精が回り、先ほどよりは暖かくなった。


 カンテラに照らされたテント内がオレンジ色に彩られている。
 吐く息は白く、温かい酒も数分で温くなる厳寒の中で飲む酒は中々にオツだった。
「真珠…怒ってるかな」
「え?」
 煌きの都市を飛び出して三週間。修行の道程も半ばを越えた。瑠璃は郷愁に駆られる。
「いや、勝手に飛び出したからさ」
「そりゃ、カンカンだろうなあ。周りに心配かけてるし…うん。多分、次の試合は本気でお前を懲らしめに来るだろうな」
「げ…」
「まあ、宥めても効果はないだろうさ。平手の一発は覚悟しとけよ」
 笑いながら言うトトの言葉に瑠璃は肝を冷やす。激怒したパールの姿がどれだけ恐ろしいのか想像が付かないからだ。



「なあ、トト…俺は、彼女に勝てると思うか?」
「あ?…あー、そりゃ何とも言えないな。時の運だし」
「そう、か。判らないか」
 自分の力量を示す確固たる証が無い。事の善悪は兎も角として、力で自分を示すのであれば今の自分を示す何かが瑠璃は欲しかった。
 言葉でも何でも良い。拠り所がなくては不安で立ち行かないのだ。彼が後少しで対峙する相手はそれほどに強敵だ。
「んー、まあ、そうとしか言えないけど、俺はお前を評価してるぜ?」
「トト…」
 珍しくトトが瑠璃を褒めている。酒を呷って酔った勢いではなさそうだった。
「いや、正直…お前がここまで根性見せてくれるとは思わなかった。実際、初日で逃げ出すかとばかり思ってたよ」
「何言ってる?その暇すらないほどに俺をボロボロにしたのはお前とメガロードだろうが」
「そうだけど、お前は逃げずに今日まで来た。散々喚いて、泣き出す事もあったがそれでもだ。
 真珠への想いか…はたまた意地を張っただけかは知らないが、俺はそれが凄いと思うぜ?」
「そ、そう…か?」
 随分と褒めちぎってくれる。瑠璃とて赤面せざるを得ない。
「そうだよ。幾ら惚れた女の為とは言え、命まで賭けるのはやり過ぎだ。命あっての物種だからな。
それを三週間も通してきたお前は間違い無く馬鹿だ。誇って良いと思うぜ?」
「…馬鹿は余計だ。なら、お前はどうなんだよ?」
「俺も馬鹿だよ。いや、俺とお前だけの話じゃない。
一個だけ教えてやる。男ってのは基本的に馬鹿な生き物さ。刹那的な生き方に興じ、その瞬間瞬間に命を賭けられるのさ。
実際、愉しかったろう?息吐く間もない、生と死の応酬の連続の…この三週間」
「あ、ああ……確かに」
 愉しかった。それは間違い無く言える。
 死の瞬間恐怖し、生きて立っている事に安堵し、神に感謝し、その狭間の一瞬に血肉を躍らせたのだ。
 …今もそうだった。
「ほらな?それに悦を見出しちまったからズルズル此処まで来ちまったクチじゃねえの?修行云々は抜きにしてな」
「……そう、なのかもな」
 楽しかったからこそ、此処まで来れた。強ち、それは間違いではなかった。
「なら、お前も馬鹿だ。でも、それは恥ずべき事じゃない。愚かな事でもない。俺は粋だと思うぜ?」
「確かに、格好良いかもな…」
「だろ?何つーか、お前は自分を過小評価し過ぎなんだよ。自信が無いのは判るけど、結果は自ずと出るもんさ。
 なら…今は修行を楽しんだらどうだ?楽しむ間が無いほど打ち込むよりは遥かにマシだぜ。だって、それって余裕ないだろ」
「…楽しむ、か」
 自分に足りなかったのはそれかもしれない。それでは肉体的に強くなれるが精神は端に追いやられてしまう。
 実際、今の状況がそうではないだろうか。
「…勝っても負けても良いじゃねえか。そんな事で真珠はお前を見限ったりする女じゃないぞ」
「ハハッ…確かに、な」
 どうやら、焦り過ぎていたらしい。ズズ、と酒を呷って舌がその熱さでビリビリする。気のせいか、その酒はさっきより美味く感じた。



―――一週間弱経過 
 とうとうその時がやってきた。長いようで短かった一ヶ月は過ぎ去り、トトと瑠璃はきっかり一日の誤差も無く都市の入り口をくぐった。
「何か…随分、久しぶりの気がするな。お前もそう思ってないか?」
「ああ。懐かしく感じるよ。だが…それも直ぐにここでの日常に塗りつぶされるんだろうさ」
 瑠璃の顔には迷いも衒いも見えない。この入り口から外に出た時の焦りや翳りは微塵も無かった。
 サフォーの門をくぐり、中層階へと歩を進める。何人かの珠魅とすれ違い、皆その顔には瑠璃の無事な姿を見た安堵を浮かべていた。
 かなり、不特定多数に知られてしまっている。だが、その事について瑠璃は一言も発せず、無表情を貫いた。
 そうして、上層階へのサフォーの門へ差し掛かった時、見慣れた顔がトトと瑠璃に飛び込んできた。
「・・・」
「帰ってきたか」
 レディパールとイムだった。


「パール…」
「っ…イム?お前、何で」
 パールは目を閉じて、壁に寄りかかり一言も発しようとはしなかった。トトはこの場に妹が居る事が信じられない様な顔をしていた。
「なに、パールに立会いを頼まれただけさ。…と、言うか良くも顔を出せたものだな?誘拐犯君?」
「誘拐って……ハッ、営利目的じゃないぜ?どっちかってーと拉致だな。しかも、ちゃんと返しに来たぜ?」
 トトの行為は色々と煌きの都市で噂になっていたらしい。その事を詰るイムに軽口で返したトトの顔に懺悔や反省の色は無かった。
 イムとトトの空気は少し険悪だった、だが、瑠璃はその事に興味は無い。沈黙を続けるパールの方が危険に見えたのだ。
「パール…俺は、その…」
 何か言葉を呟こうとするが、出ては来なかった。彼なりにパールに自分の行為についてを伝えようと必死らしい。
 だが、無駄だ。パールは聞く気が無いし、それを瑠璃が口頭で伝える前にユラリと瑠璃の前に立った。
「瑠璃」
「パ、パール?」
 怒気も殺気も感じさせない能面の様な顔と声色だった。瑠璃は理解する。とんでもなくパールは怒っている。
「フッ」
そうして次の瞬間、パールはにこやかに笑った。同時に彼女の拳が握り締められる。瑠璃には彼女が何をしたいか判った。


「この…馬鹿者がああああああああ!!!!」


「「あ」」
トトもイムもそのパールの挙動に絶句した。クールビューティーの代名詞が叫び、瑠璃に拳を打ちつけたのだ。
―――ガシッ!
 が、パールの拳が瑠璃の横っ面を叩く事は無かった。瑠璃は頑強なラピスの右腕でパールの拳を止めていた。
「いきなり…いきなりご挨拶だな」
「っ」
 パールの顔が歪んだ。止められるのは予想外だったらしい。止められた拳を下げ、パールは背を向けて上層階への階段を上っていく。
「来い、瑠璃。然るべき場所で叩きのめしてやる」
「・・・」
 瑠璃が目を細める。デュエルの時間がやって来た。


「アイツ…平手の一発は覚悟しろって言ったのに…あーあ」
 それはパールの怒りに油を注ぐ結果となった。最初から彼女に喧嘩を売っているも同義だ。だが、人間は怒った時に間違いを犯しやすい。
 状況は瑠璃に有利だとトトは分析した。…全てが終わった後の事は知らないが。
「…何をしている?行くぞ」
「…やっぱ、俺も立ち会うのね」
 当然と言えば当然だ。瑠璃を連れ出したトトの果たすべき責任だ。既に瑠璃も上層階に上がっている。
 トトはイムの後ろについて後を追った。


 一月前に稽古が行われた場所と同じ部屋だった。
 普段はマシンゴーレムが出没する、玉石の座に近いこの宝石部屋で再び瑠璃とパールは対峙する。
 立会人は前回と同じエメロード、ルーベンス、トト。そしてそこにイムが加わっていた。
「この戦い、どう見る?」
「何で俺に聞くのさ、ルーベンス」
「修行に出ていたとは聞いたがな。…見ろ。あのパール様…いや、パールの荒れ様は尋常ではないぞ。
 触れるもの全てを砕かん気概だ。付け焼刃では勝てんぞ」
「・・・」
 ルーベンスの言葉に間違いは無い。決して内面を曝け出さないパール。
 だが、今の彼女からは凄まじい怒気が噴出している。離れていても判るほどだ。
 だが、トトはこの戦いの結末は既に見えている。それを暗に匂わせて答えた。
「そうだな…試合と言うより、死合いに近い内容になると思うぜ。加えて、一方的な…な」
「それは…」
「見てりゃ判るさ。…始まるぞ」
 ルーベンスは部屋の中央に視線を移す。


 瑠璃がオブシダンソード抜き放ち、構えらしい構えを取らずに佇んでいた。
 パールは黒柱の柄を強く握り締めて瑠璃を睨んでいる。今にも飛び掛らんほどの形相だ。
「どれほど力を付けたか知らんがな……見せてみろ。お前の全てを」
「パール…さっさと始めよう。言葉は要らないだろう」
「抜かしたな…?泣いても許してやらんからな…っ!」
 更に瑠璃がパールを煽る。怒りが心頭したパールはその瑠璃の余裕面を今度こそ潰す為に、一足で距離を詰めた。
「砕けろ」
―――ブォン!
 踏み込みの勢いと自身の体重を乗せた重い一撃が瑠璃を文字通り砕かんと放たれた。
 前回の戦いはやはりパールは手加減していたらしい。だが、今のパールにはそんな慈悲は無い。最初から全力だった。
「・・・」
 が、瑠璃は動じない。立ち位置から半歩ずれてその強撃を余裕で避けた。
「っ!」
 その瑠璃の反応が信じられなかったのか、パールは驚愕を隠そうとしない。先の先を取って叩き潰す魂胆だったが、それが外れて今度は自分が窮地に立った。
大振りの直後でがら空きだったのだ。
「・・・」
 しかし、瑠璃がその隙に攻撃を加える事は無かった。警戒しているのか、それとも余裕を示しているのかは判らない。だが、パールは後者だと踏んだ。
「っ…舐められたものだ。しかし、それが墓穴堀と教えてやる」
 硬直から復帰したパールは大振りは当たらないと判るや、手数で勝負する事に切り替えた。
 重量を誇るロリマー聖鉄製の鎚を凄まじいスピードで振るうパールの膂力と腕力は並みのものではないだろう。
 が、それも瑠璃には効かなかった。幾ら手数を増やしても視認が容易なスピードなのだ。
 無駄な動きを省き最低限の動きで、その全てを紙一重で避ける瑠璃は神懸っていた。


「す、凄い…瑠璃さん!」
「あの動き…以前とは別人だな…」
 その無駄の無い美麗な動きにエメロードもルーベンスも嘆息した。瑠璃の動きに見とれてしまっている。
「あれは…っ」
 だが、イムは違った。キッ、と鋭い視線でトトを睨む。
 その瑠璃の動きがどれだけ異常なものか理解し、それを仕込んだトトを責めている様にも見受けられた。


「はあ…はあ…っ、糞」
 攻撃の全てが通用しない錯覚をパールは受ける。
 事実、休み無しで続けられた連撃は全てかわされ、攻撃を仕掛けたパールの方が息が上がってしまっていた。
「・・・」
「っ…おおおおおおおっ!!」
 相変わらず瑠璃に動きは無かった。
 それが癪に障って仕方が無いパールは構えや威力は度外視して、怒りを込めた一撃を全力で瑠璃に見舞った。
―――ゴシャ
 今まで全てを避けていたのが嘘の様に、瑠璃はあっけなくその一撃を許した。


「瑠璃さん!?」
「っ…これは」
 その光景にエメロードもルーベンスも目を見開いた。


「馬鹿な…よ、避け…な、かった?」
 仕掛けた本人とて予想外だった。まさかこんな拙い一撃が通ると思っていなかったからだ。
 振るわれた一撃は瑠璃の頭に突き刺さり、真っ赤な流血がボタボタと床を汚す。
 その様を見たトトは言った。
「…これで決まったな」
 常人ならば致命傷の一撃だ。立っている事すら出来ないだろう。
 だが、それでも瑠璃は立っていた。顔を汚す己の血を拭い、また舌で舐め取って瑠璃が立会い開始から始めて言葉を呟いた。
「…俺の方が、強い」
「パールは勝てない」
 奇しくもトトの言葉とそのタイミングは一致していた。


「ふっ、は、はは…こうまでコケにされるとは」
 勝てない、と瑠璃に暗に言われてパールは殺意すら抱いた。
 もう自分の騎士であるとかは頭から抜けている。最強と謳われた珠魅の戦士のプライドがその瑠璃の言葉を許さない。
 パールの周囲で闇が蠢いた。
「為らば渇目して見ろ。私の…真髄をな!!」
 大技を出す気だった。その名はシャドーウォール。黒い気を乗せた影を打ち出し、対象の命を刈り取る技。
 試合に於いての使用は物騒過ぎる代物だが、パールはそれを止めようとしない。完全にキレている。
「・・・」
 今まで動かなかった瑠璃が漸く動きを見せた。
 発動まではもう時間がない。だがそれでも瑠璃は慌てず、迅速にパールの直ぐ目の前に立った。


「お、おい…拙いぞ!?止めなければ!」
 ルーベンスは事の重大さに気付いて、試合の中断をしようとパールと瑠璃の間に割って入ろうとした。だが、トトがそれをさせなかった。
「止めてどうなるんだ?不完全燃焼のままなら余計拗れるだけだぞ。面白そうだからやらせてみようぜ」
「馬鹿な!瑠璃が死ぬぞ!?」
 ルーベンスの叫びは悲鳴に近いものだ。だが、そうならない事をトトは知っている。


「それが…アンタのここ一番か?パール」
 片手剣を両手で持って大上段に構える。瑠璃もまた自身の大技を放つ気だ。
 次で恐らく全てが決する。為らば、ここで全力を出し切らなくてはパールに失礼だし、己もまた後悔すると思ったからだ。
 重要なのはそれを放つタイミング。遅すぎては避けられる。早すぎてはシャドーウォールに阻まれる。その瞬間は…
「その身に刻み込め!!!」
 シャドーウォール発動の瞬間。黒い気を纏った人の顔にも見える影が大挙して瑠璃に押し寄せる。
 だが、その全ては無効だった。発動中の無敵時間を利用すればどんな大技も恐るるに足りない。
 それが…瑠璃がトトに教わったテクニックの一つだ。
「俺が砕く」
 光芒が剣より発し、眩い光の束が噴出す。レーザーブレード。全てを絶つ光刃の一閃が無防備のパールを襲う。
「っ…なっ、に」
 そうとしか呟けないパールはその瞬間、目を閉じた。


「………?」
 だが、何時まで経っても身を焼く熱さも痛みも襲ってこない。目を開くと、瑠璃が剣の切っ先を自分に向けているのが判った。そして、自分の立っている直ぐ横の床が抉れている事もだ。
手から得物が零れ落ちる。そこでパールは認めた。
「負けだ……私の」
 瑠璃の勝利だ。


「勝った…?瑠璃さんが勝った!?」
「まさか…パールが負けるとは」
 最強の戦士の名が次代に引き継がれた瞬間だ。エメロードもルーベンスもその証人となっている。
 だが、彼等にはどうでも良い。レディパールが負けた事、そして瑠璃が勝った事が今の彼等の関心事だ。
「トト…たった一ヶ月で瑠璃はどうしてここまで。一体、どんな魔法を…」
「んー、あれだ。ちょっと…頑張り過ぎたってーか」
 トトはルーベンスの疑問には的確に答えられなかった。


「教えてくれ、パール。それがアンタの全力か?全て、なのか?」
 勝ったと言うのに瑠璃は嬉しそうではなかった。それどころか何処か不満そうだった。
「…ああ。どうやら、そうらしい。お前を…正直侮ってたよ」
 そもそも怒りに任せて勝てる相手では無かったのだ。パールはその時点から間違えていた。
 それほどに今の瑠璃と力量の差が開いている。
「そうか」
 もうこの場に用は無いと瑠璃は背中を向けて部屋を出て行く。
「俺が目指していた人は…この程度だったのか」
 口惜しげに捨て台詞を残して瑠璃は去った。
「あ…る、瑠璃さん!」
 エメロードが瑠璃を追う。ルーベンスもそれに続く。
「さて、俺も…」
「お前は残れ。逃がさんぞ」
 トトもまたその場を逃げ出そうとしたがイムがそれを許さなかった。


「さあ、この一ヶ月何があったのか説明して貰おうか?」
「何って…まあ、修行だな。俺はその手伝いと手解きをな」
 懺悔の時間の始まりだった。壁際に追い詰められたトトに逃げ場は無い。
 そのイムの顔は敵意が剥き出しだった。異端審問…若しくは宗教裁判を受けている気にトトはなる。
「ああ、そうだろうな。だが、瑠璃のあの変わり様は尋常ではない。お前、瑠璃にどんな無茶をさせた?」
「聞いてどうなる?アイツは強さを望んでた。パール…アンタを超える力さ。俺はそれを手伝って、奴は望みを叶えた。それだけだろ」
「それだけならば問題は無い。だが戦闘中のあの動き…以前のアイツとは全くベクトルが違うものだ。
それにリアクションだって…殆ど別人だろ」
 パールの怒りの矛先は今度はトトに向いている。久しぶりに会った瑠璃はイムが危惧していた様に別人の様相を呈していた。
 そしてそれを為しえたのがトトである以上、二人は尋問をしなければならない。
「ま、戦闘に限った話ならそうだな。無駄を減らした結果だ。そうしないと生き残れなかったんだから。
 それに戸惑うってんなら時間が解決する。だが、アイツはアイツのまま何一つ変わってないぞ?一部分だけで判断するなよ」
 だが、トトは瑠璃が変わっていないと言う。表面と内面の変化は必ずしも一致しない。それが判らないのは愚かだとでも言いたげだった。
「っ…答えろ何をした」
「そんなに聞きたいなら話してやるよ」
 一瞬その言葉に流されかけたパールだが、それを何とか退ける。
 問題なのは瑠璃がこの一ヶ月をその様に過ごしたかだ。そう言い聞かせたパールは尋問を止めない。
 その剣幕にうんざりしながらやっとトトは話す決心をした。
 実際、彼は話したくなさそうだった。パールと言う女の怒りを買う事が確定してしまうからだ。


「最初の一週間は自力を付けさせる為にメガロード様に胸を貸して貰ってた」
「メガ、ロード…ち、知恵のドラゴン!?貴様…!私の瑠璃にそんなモノの相手をさせたのか!?」
「…何を考えている。瑠璃を殺す気だったのか?」
 幾ら何でもやりすぎだろ。
 パールは真っ赤になって泣きそうになって怒っているし、イムはその時の瑠璃の様子を想像して顔をヒク付かせている。
 いや、実際瑠璃は百回ほど死に掛けた。存命しているのが不思議だった。
「少し強化された瑠璃を連れてそれから二週間各地を回ってた。無論、敵のレベルはほぼレベル99だったがな」
「・・・(フラッ)」
「…………それで」
 血の気が失せたパールは倒れそうになった体を黒柱で何とか支えていた。
 最早掛ける言葉が無いとでも言いそうな顔でイムは目の前の馬鹿を呆れて見ていた。
「技術を叩き込むつもりだったが、もうその時点でノルマは達成してたんだよな。
レベルが60もあれば御の字と思ったが、其処に来て時間が余った。
あとの時間は…まあ、敵を狩って遊んでた。でも、それが思いの外効果的でさ。レベルが70超えちったんだ」
 あははー。悪びれる様子は無く、寧ろトトは含み笑いをしている。
「なるほどな…それだけの仕打ちを受け、尚も引き摺り回されれば瑠璃がああなるのも納得だな」
 イムはそう言って、この男に掛ける言葉が本当に無い事を悟り、イムは離れて行った。後はパールに任せようと思ったのだ。
 トトは瑠璃を強くさせ過ぎた。そんな高レベルまで育ってしまえば、レベルが40前半しかないパールとは勝負にならないのは必定。
 パールとの対峙の瞬間の為に命を賭けていた瑠璃にとっても不完全燃焼は免れ得なかったのだ。
 今の瑠璃は世界で三番目に強い。


「貴様…トト、貴様は……!」
 パールは怒り以上にやるせなさを感じている。こんな結末は望んでいなかった。だから、その胸中を開放したくて堪らない。
「其処になおれ!私の瑠璃が受けた痛みをくれてやる…!」
「ハッ…」
 トトにはそのパールの行動が滑稽に映った。可笑しくて堪らない。
「そりゃ、お門違いってモンだぜ?」
「ぬ…!?」
「ま、確かに瑠璃には色々無茶させたさ。その事を釈明する気は無いし、アンタが怒りをぶつけたいならそれは甘んじて受ける。
…が、瑠璃に代わって俺を成敗するってのはどうなんだ?」
「な、何だと!?」
「何か勘違いしてる様だけど、修行に出たいって言ったのはアイツ自身だし、俺が無理矢理つき合わせたんじゃないぜ?
この結末もアイツ自身の望んだ結果さ」
 トトは真面目だった。真面目にパールの内面を揺るがしている。弄りたいからではない。
「そもそもアイツが飛び出した理由、アンタは知ってるのかよ?」
「それは……私を倒して認められたいからだろう」
「そうだ。だが、それだけじゃない。そもそもそんな脆い想いで踏破出来るほど、この旅は甘くなかったからな。本質はもっと別だ」
「勿体ぶるな。禅問答ではないぞ」
「判らないのか?…はあ〜。アイツ、女見る目ないのかもな」
 とっくに瑠璃の真意にパールが気付いているものと踏んでいたトトだったが、そのパールの挙動からその線は感じられない。
 明確にがっくりと肩を落とした。


「アンタだよ」


「え…」
「アイツは大声で言ったぜ?惚れた女が、守りたい女が居るって。その全てを背負える力が欲しい。認められたい、頼りにされたいってな」
「あ……る、瑠璃がそんな事、を…?」
 パールが固まっている。告げられた瑠璃の真意が意外だったからだ。だが、トトはそのパールの佇まいが不快だった。
「考えれば単純さ。好いた女…真珠って女の為にアイツは命を賭けただけだ。端から見りゃ馬鹿さ。
だが、そこに行き着いたアイツの覚悟や想いを汚す事は許されない。
なのに何で当の本人はそんな無関心なんだ?アイツの想いは知ってる筈なのに」
 トトが不快な理由はそれだった。瑠璃の深い裡を理解しないで表面的な事象に囚われて怒りを振りかざすパールの無関心さだった。
「それはっ、それは…///
い、いや、だが私はそんな事等望んでは…」
「いや、違う。アンタは前々から思ってた筈だ。自分の騎士が自分を超える逞しい男に育って欲しいって。
それこそ、自分が寄りかかれる位大きくなって欲しいってさ。
…違うか?」
「ぐ…う///」
 パールの心をトトは見透かしている。その証拠にパールは火が点きそうなほど真っ赤だ。
「その望みはめでたく叶った訳だ。なのに、何でそんな不機嫌な顔をしてる?
まさか、自分の手で成長させたかった…とか、そんな感傷でも持ったか?」
「お、おい…トト。少し落ち着け」
 少し離れてやり取りを見ていたイムが兄の苦言を止めようとしている。イムには兄がパールを責めている様にしか見えなかったからだ。
「若造が……私に、説教をする気か?」
「俺だってこんな事言いたくない。って言うか、俺如きに言わせるな」
「っ…!」
「話は終わりだ。その他諸々は本人に直接聞いてくれ。アンタが聞けば、余さず漏らさず答えてくれるだろうさ。…アンタも好い加減、素直になるべきだぞ?」
 もう話す事は無い。憮然としながらトトは吐き捨てた。イムもパールも何も言えなかった。


「…失礼する」
 言い負かされたパールが部屋を出て行った。瑠璃の下に向かうに違いない。だが、トトは追う気は無かった。
「…追わないのか?」
「何でさ」
トトにはイムの言葉が判らない。だが、同時にイムもトトの挙動が判らなかった。
「気になるだろうが!お前、随分友達に冷たいんじゃないのか?」
「…あのよ、後は当人同士の問題だろうが。首突っ込むだけ野暮ってもんだぞ?」
「知っている!だが…あのパールの顔…泣きそうだった」
「っ」
 俯くイムにトトは少しうろたえる。友達が少ない彼女が他人をこうも気にかけるのは滅多に無い事だ。
 そんな妹の落胆ぶりは兄を揺るがすには十分だった。
「……判った。付き合ってやるよ」
「本当か?」
「確かに、少し言葉が過ぎた。それに責任だって感じてるさ。ここ一ヶ月、パールに心労を負わせたのは事実だからな」
「御託は良い。…行くぞ?」
 駆け出したイムの背を追ってトトもまた走り出した。何だかんだで兄は妹に弱いらしかった。


「瑠璃」
 玉石の座、外観。パールはそこで佇んでいる瑠璃を見て声を掛けた。エメロードやルーベンスは見当たらない。瑠璃独りだ。
 煌きの都市の最上層に位置するこの場所。見晴らしの良さは中々のものだ。そこで彼が何をしていたのかは判らない。
 純粋に景色を見ていたのかも知れないし、感傷に浸っていたのかもしれない。だが、パールにはどちらでも良かったが。
「ぁ…パール」
 その声は若干震えていた。明確なうろたえがその顔を歪ませている。先ほど立ち会った時とは別人の様な反応だった。
「どうした…顔色が悪いぞ」
「いや、その…さっきは…」
 否…これこそが普段の瑠璃の反応である。そのギャップが可笑しくてパールは笑いそうになった。
「やっぱり……怒っているんだよな?」
「ああ。当然だ」
 明言するまでもなく、パールは怒っていた。だから燻る怒りの一端を少しだけぶちまける。
「っ」
「自分の騎士の管理も出来ないのかとディアナを含めた関係各所に怒られまくり。
お前を捜しに行こうとする若い珠魅達を宥めるのも一苦労だったぞ。
お前、今自分がどんな立場にあるか忘れた訳ではあるまい?」
 …周りからは英雄と呼ばれている。瑠璃はそれを不相応と思っていたが、周りには関係ない。
 今や彼は蛍姫やパール等と並ぶ珠魅の象徴として本人の意思とは無関係に、勝手に奉られている。
 それが何の打診も無く消えれば周りが騒ぐのは当たり前だった。
「まあ、他人の事は言えんか。実際、私も…そうだったのだからな」
「っ…、その…ゴメン」
 瑠璃はそうとしか言えなかった。相当の心配をパールにかけていたのは疑い様の無い事実だったのだ。
 彼女が怒るのも無理がないと思った。
「いや…だが、もう良い。こうしてお前は変わらずに無事に帰ってきた。それで十分だ」
 その事について、パールは怒りを手放した。
 無事に帰って来たのだからそれで良いと、燻っていた激情を無理矢理鎮火したのだ。
 見た目は二十代後半だが、内部はそれを遥かに超えて老成している。パールなりの大人な対応だった。


 とっぷりと陽は暮れて、辺りは暗い。だが、周囲の宝石達は光源無い状態にも拘らずぼんやりと自ら光を放っている。
 美しく、また幻想的な光景だった。
「一つ聞かせろ。何か…掴めたのか?」
 一ヶ月の武者修行の成果についてパールは瑠璃に問う。瑠璃は少し戸惑ったが、次には照れ臭そうに笑っていた。
「ハッ…あらかたはトトから聞いてるんじゃないのか」
「ああ。だがそれでも聞きたい。お前の口から、な」
「・・・」
 パールは微笑んでいる。何か飾った言葉を出そうとしたが、それは忘却されていて喉を通過しない。瑠璃は正直に言った。
「確かに、強くなったとは感じてる。胸に手を当てて、それを心で実感出来るよ。でも…所詮はそれだけなんだよな」
「・・・」
「アンタに勝つ事は出来たさ。だが、それとアンタが俺を認めてくれるのかは別の物差しだろ?だからこそ、今は不安で一杯だ」
「不安…?」
 瑠璃は迷いを持ちながら、それでも嘘偽り無くパールに尋ねた。修行に出たのはその思いが始まりだった。
 だからこそ、瑠璃はどの様な返事をされようが、パールに聞かざるを得ない。修行の成果を自分で検分するしかない。


「パール…答えてくれ。俺は…未だ、頼りないか?」
「っ」
「アンタを守るには未だ、足りないか?」
「っ//////」
 その真っ直ぐな視線はパールを貫いた。その姿はいじらしく、またパールの中で何かを煽ってくる。
 不器用だが、それでも真っ直ぐな瑠璃は何も変わってはいなかった。トトの言葉が改めて知れる。
 瑠璃の言葉はパールには殺し文句の様に聞こえた。


「ああ。全く以って頼りない」
「ぅ…そう、か」
「そうだ。周りに迷惑はかけるし、子供っぽいし、無鉄砲だし、馬鹿だし、女心も判っていないし…」
「・・・」
 矢継ぎ早に繰り出されるパールの言葉は瑠璃の心を少し傷つけた。
 だが、黙って聞いているしかないのは瑠璃自身にその心当たりがあるからだ。
「だがそれでも…」
「えっ」


―――チュ


 パールが不意に瑠璃に唇を重ねた。
「私は嬉しかったよ」
「え、ぁ…う?」
 何をされたか理解できない瑠璃を尻目に、パールは瑠璃の背中に腕を回して優しく抱擁する。
 自分を超えた事、無事に帰ってきた事、自分の為に命を賭けた事…それらに対する彼女なりの答えの示し方だった。


「これは…お前を手放す訳にはいかなくなったなあ」
「パ、パール?ちょっと…な、何?」
「判らんか?…真珠姫などには渡さない。私好みの男にお前を変えてやるよ」
「………え?」
 どうやら、頑張りすぎたらしい。認められる所か、瑠璃はレディパールのハートを根こそぎ奪ってしまった。その結果がこれだった。
「さあ、来い…瑠璃。私からお前に褒美をくれてやる」
「いや…来いって、引っ張ってんのアンタだから!って言うか、何する気!?」
「ふふふ…好き者め」
 パールの瞳は獲物見据えた様に鈍い輝きを見せている。瑠璃は可愛そうにパールの晩餐の主役となってしまった。


「上手く…収まったのか?」
「さあ…な」
 物陰から見ていたトトとイムは零す。心配は杞憂だったのか、それともまた別の問題が持ち上がったのか理解に苦しむ所だ。
「んで、どうする?追うか?」
「ああ、無論」
 トトの言葉を二つ返事で答えたイム。最近…何やらこう言う機会に縁がある。最初はガド、次にドミナ、今回は煌きの都市だ。
「行くか」
「ああ」
 兄妹は少しだけ自分達の行動が悲しかった。


 パールは自室に自分の騎士を連れ込んだ。これからする事は語るまでも無い事だ。
 実際、男とそう言う事をするのはパール自身何年ぶりの事か覚えてすらいない。
 だが、体は既に火照っていた。男日照りの時間は終わったのだ。
「ハア…ぁっん、んっ…」
「うぐ、っ」
 パールの寝台に腰を下ろして、唇を嬲られて舌を吸われる瑠璃は借りてきた猫宜しく大人しかった。
「はっ…っ」
 唾液で口元はベトベトだった。蟲惑的な微笑を浮かべるパールは女の顔をしていた。
「どうした?……緊張してる?」
「…当たり前だ。そんなの…」
「ハハ…そうだったな。お前とするのは最初だったな」
「・・・」
 照れているのは間違いない。だが、それ以上に瑠璃は困惑している様だ。
 パールに勝った事の報酬がパール自身とは瑠璃とて想像の範疇外の事だったろう。だからこそ戸惑わざるを得ない。
 が、パールには瑠璃の苦悩は関係無い事だった。その白く細い指先で股間を撫でてやると、瑠璃は震えた。
「っ!…っ」
「初々しいな?初めてという訳ではあるまい。何を恐れる?」
 瑠璃とて八十年を超える時を刻んできた見た目19の青年だった。多少は覚えがあった。だが、問題はそうじゃない。
 相手がレディパールと言う極上の女だと言うのがその一端だった。
「お、俺はそう言う事の為にアンタを…」
「嘘を吐くな。欲しかったんだろう、私が」
「あうっ…!ぬ、ぅ…」
「為らば遠慮するな。私は…お前の女だぞ?」
 戦士としての技量のみでなく、パールは女の武器を扱う事にも長けているらしかった。こうなっては瑠璃とて勝ち目は無い。
 剣の腕は上昇したが、そっちの方は以前と同じくからっきしだったのだから。
「下半身は正直な様だぞ?…ん?」
「…これ、今度は俺が追い詰められてるのか…?」
 恐らく、それで正解。瑠璃の股間に一物はパールの布越しの軽い愛撫だけで、血を巡らせて屹立する。
 パンパンになった一物がズボンにテントを張って、その存在を主張していた。
「我慢出来んらしいな。…待ってろ、直ぐ楽にしてやる」
 瑠璃のズボンの端に指をかけて一気にズリ下ろそうとしたパールだったが、瑠璃はそれを止めた。
「い、いや…自分でやる」
 女性に剥かれるのは抵抗があるらしかった。パールはそんな瑠璃が可愛くてしかたがない。


 つけっぱなしだった流砂のマントと闇の鎧から先ず脱いだ。
 事をおっ始めるのに武装を解除しないのは色気が無い事この上ないし、何より動きがとれない。
 上半身の装いを全て脱いで半裸を晒した瑠璃はふと、パールの事が気になって視線を移した。
「っ」
「?」
 その姿に瑠璃は絶句する。パールは視線の意味が判らない様にきょとんとしていた。
 もう既に準備は完了しているらしい。パールは隠すモノが何の無い状態で自分の寝台に正座している。
 良く見ればベッドの下にはプラチナ製の防具が無造作に転がされ、同じく単純そうだが実際どうやって着ているのか解らないパールの衣服が散乱していた。
 脱ぎ方が存外にずぼら…と言うか色気が無い。脱ぎ散らかされた下着やらタイツやらを見ていると、切にそう思えてくる瑠璃だった。
―――真珠姫はもう少しマメだったなあ
 野暮ったいと思っても、瑠璃はそう考えてしまっている。まあ、実際直ぐに気にならなくなるのだろうが。


 もう最後まで脱ぐ気が失せた瑠璃はこのまま始めてしまう事に決めた。
「何か言いたい事でも?」
「え…いや、あ……み、見とれてた。綺麗だなって」
「………そう言う事しておいてやるか」
 少し混じった間がパールには気になったが、態々問いただす事も無いと素直に瑠璃の言葉を信じてやる事にした。
 否、実際瑠璃の言葉は八割方は真実だった。
 その肌は白磁の様に白く、大きさと形が両立したその乳房はおいしそうに実って瑠璃を誘っている。
 高い身長の醸し出すボディラインは無駄の無い美しさを誇り、僅かに覗いたブロンドのヘアは薄く生い茂っていた。
 熟した女特有のフェロモンとでも言うのか、それは年下の瑠璃には絶大な効力を誇っている。
 普段は鈍色の冷たい輝きを放つパールの核だが、何故だかその輝きも妖しかった。
「うっ」
 グイ、とズボンの端を引っ張られて、手を突っ込まれた。
 半分ズリ下がったズボンから瑠璃の一物がパールの手によって外気に触れさせられる。暴れん棒将軍が解き放たれた。
「こ、これは……何とも…見事だな」
「……///」
 瑠璃の見た目と一物はどうやら一致しなかったらしい。余裕を崩さなかったパールですらそれに少しだけ驚いている。
 瑠璃はそれが恥ずかしいのか目を合わせない。
 パールは口腔に溜まった唾をグビリ、と飲み干した。


「っ」
指先で軽く亀頭を撫でてやる。赤黒い肉の塊からはその脈動と熱さが確かに伝わってくる。瑠璃は微動だにせずにパールの施しを受ける。
 くっくっ、と強すぎず、また弱すぎない微細な力で瑠璃のモノを握り、扱き、小突き、擽るパールの技術は中々に堂に入っている。
「ぁ…ぅ…んっ」
 直ぐに瑠璃の口から切なげな喘ぎが漏れる。
 受けている快楽の大きさを示すが如く、尿道からは粘ついたカウパーが吐き出され、パールが弄る度にその粘度と量は増していった。
「はっ、ぁ…はあ…はっ、っ」
 吐かれる吐息は熱さを増して、その若干苦しそうな、はたまた夢を見ている様な瑠璃の顔を見ていると、パールの胎の奥底から熱せられた劣情が滲み出てくる。
 男日照りはかなり長い期間に渡り続いていたのだろう。愛液は太腿まで伝っていた。
「……っっ」
「な、ぁ!?ちょ、ちょっと…パ、パール!?」
 この男を鳴かせたいと言う想いが沸々とパールに湧き出す。片手で幹を扱いて、もう片手は陰嚢に伸ばす。
 カウパーに塗れてベトベトになるのも構わずに強く竿を握り、また柔らかい瑠璃の陰嚢を優しく揉み解してやると、瑠璃が焦った様に叫んだ。
「どうした?」
「い、いや…少し刺激がぁあ!!?」」
「む…弱点は此処か?」
「ま、待て!!?そ、そこ弄っちゃ駄目!」
 人差し指雁の裏を刺激し、同時に親指で鈴口を弄ってやると瑠璃が仰け反った。
 弱い部分は徹底的に攻めないと失礼なので、パールは爪の先で浅く鈴口を掘ってやると瑠璃の声は完全に裏返る。
 パールはにんまりと笑い、舌なめずりをした。 
「ふふ…」
「っ!」
 そのパールの顔は危険だった。だが、瑠璃はその場に縛り付けられた様に動けない。
 瑠璃の股座に顔を近づけて、屹立する一物から流れる先走りを舐め取った。
「ぅ、ぐっ」
 たったそれだけの事に苦悶の呻きを上げる。パールは髪を掻き揚げて、苦しそうな瑠璃の一物…その先端を口に含んだ。
「ん…ふっ、んん」
「ぬっ、あ…あ」
 もうそれだけで腰が砕けそうになっている。だが、それだけで許してくれるほどパールは甘くなかった。
 舌先で尿道を穿られて、また思いっきり吸われた瑠璃は悶絶し仰け反る。
「んっ……むっうううぅ」
「ぐ、お…ぉ!かっ…かっ、はっ、ぁ!!」
 弱い部分を攻められて、腹の底に渦巻く欲望が飛び出しそうだった。ビクビクと体を痙攣させる瑠璃は吐き出したかった。
 が、パールはそれを許さない。射精の前兆を察知するととっとと咥えていた先端を吐き出した。


「っ、はあ…パール……何で」
「逝きそうだったのか?…フッ、随分と溜め込んでいるようだな」
 瑠璃は寸止めを受けた事が豪く不満だったらしい。ジト目でパールを睨んでいる。どうやら、パールは多少S気質があるらしい。
 年下の可愛い瑠璃を苛める事に悦を見出している。口元を拭ったパールの視線は猛禽のそれを連想させる。
「それは…!……ぬ、っ」
 速い、と詰られている気がした瑠璃は口惜しそうに目を閉じる。女日照りが続いていたのだ。少なくとも此処一ヶ月は間違いない。
 刺激に対して敏感になるのも仕方が無かった。
「そんなに逝きたかったのか…?」
「………っ、ああ。治まりがつかないよ」
 恥も外聞も瑠璃は捨てた。一刻も早く欲望の開放を果たしたい。パールも漸く許してやる事にした。
 苛めすぎるのも良くないと思ったからだし、何より…
「それなら…んっ、此処を使うが良い」
 何より、自分自身の抑えが効かなくなったからだ。その場所を指で大きく開いて内部の様子を曝け出す。
 もう準備は良いのか、ピンク色の肉襞が蠢いている。
「あ…」
「どうせ射精すなら…此処に欲しいな。…胎の底で味わうものだろう?それは」
「パ、パール…!」
チョイッチョイッ、と挑発する様に指でおいでおいでするパール。その色香に引き寄せられるに様に瑠璃はパールに伸し掛かった。


「…っ、糞」
余裕は最初から無い。ブルブル震える手で一物を掴んで、その孔に挿入を試みるも、手元が狂って上手く挿入らない。
「ハッ…落ち着け」
 その自分を求める姿に胸が潰れそうになったパールは優しく瑠璃の手を取って、挿入を促してやった。
―――ニュル
 呆気なく瑠璃の剣がパールに突き立てられた。
「ふっ、んっ!ぐ…う、ううう……っ!」
「っ、っ、え?」
パールが呻いた。瑠璃は一物に絡みつく熱さと滑りに早くも達しそうになったが、パールが吐いた苦悶の声で我に返った。
「パール…?」
「ふっ、ふう…ふう…い、いや…一息に飲み込もうと思ったが、無理だった様だ。行けると、踏んだのだが…」
「あ…」
 咥え込んだ一物を胎の上から撫でる様に擦り、パールは言った。その一言を理解した瑠璃は後悔した。
 前戯も何も施さないままパールを貫いたのだ。湿り気が足りないままで飲み乾せるほど、瑠璃の一物は簡単なモノではなかった。
「そ、その…ゴメン。自分の事だけで必死だった」
「何を謝る?…こうして無理矢理入られるのも、中々心地良いものだ。それがお前なら尚更な」
 パールの言葉に嘘は無い。少し苦しいが、それ以上に瑠璃の一物の熱さが堪らない。
「む、無理…してないか?痛いなら、一旦抜くけど」
「そんな事より…お前はこの剣を何度振るったんだ?真珠姫相手にな」
「は…?」
 突然吐かれた質問に瑠璃が間抜けな声を漏らした。何故、今のタイミングでそんな事を聞くのか理解に苦しんだ。
「どうした?答えられん程、か?」
「……いや、二回、かな」
 それが瑠璃の答えだ。多いか少ないのか判らない微妙な数字だが、確かに瑠璃と真珠姫は既に関係がある。
 煌きの都市にやって来てから急接近した故だった。
「そうか…それなら…」
「うっ」
 背中に手が回されて、自ずと深くなる挿入に身震いしながら、瑠璃とパールは密着する。
 触れ合った核同士は共鳴し、お互いの胸中を伝えている様だった。
「その分だけ…私に刻み付けて貰うぞ?お前の誠意を、な」
「…あ、ああ。判った」
 パールは今まで瑠璃が真珠姫にそうした分だけ愛してくれと言いたかったのだ。瑠璃は頷いて、ゆっくりと腰を動かし始めた。


「んっ…!…ふっ、ぅ」
「っく」
 既に一物は限界を訴えていた。先ほどから達しそうになっている一物を宥めすかして何とかパールに誠意を見せようと躍起になる。
 存外に酷な注文だった。快楽に耐える術は瑠璃は何一つ持っていないのだ。
 濡れ方の足りないパールの膣はそれでも瑠璃に喰い付いて離そうとしない。
 具合が良すぎるパールの膣の猛攻に精神は擦り切れ、どんどん辛抱の限界が迫ってくる。瑠璃は泣きそうだった。
「ハア…っ、アンッ…!っ、っふ、んん!」
「う、う…ぐ、ぐう…」
 加えて、だ。普段は絶対に聞く事の出来ない鼻にかかるエロいパールの声は耳に入る度に理性を消していくし、汗の匂いに混じる甘いパールの体臭が頭に霞をかける。
 もう瑠璃には自分がパールとエッチしているのか我慢大会に身を置いているのか判別出来なかった。


   が、それでも…そんな状態になってもパールの膣壁と最奥を優しく擦り続けたのは無駄ではなかった。
 膣は熱さとトロミを増して更に苛烈に瑠璃を愛し始めたし、苦悶が混じっていたパールの声にはもう快楽以外は見えなかった。
「クンっっ!ふ、うっ!ふあっ!?」
「・・・」
 瑠璃の心は空になっている。
 余計な雑念は即、発射に繋がる為に機械的に腰を振るだけだ。が、それは単純に腰を打ち付けると言う意味ではない。
 緩急を付けて、突き刺し、グラインドさせて、擦り上げる。
 ただ腰を振る事なら猿にも出来る。が、それではパールは喜ばないし、誠意を見せる事にも繋がらないからだ。
「…瑠璃?」
「・・・」
 もう、パールの声にすら反応しない。だが、当の本人とすればそれは著しく不満だ。
 上の空で抱かれていると言う邪推をパールはしてしまった。
「…んっ!ふ、ぅんん!」
「!?…づ、っつ…!」
 自分の耐久力と引き換えに、腹圧をかけてギュッ、と瑠璃の一物を握り潰す。それは瑠璃の境地を打ち破るには十分な威力だった。
「パ、パー…ル……っ」
「失礼な奴だな、お前は。もっと私を見てくれ」
 いえ、それをしてしまうと爆発するんです。……等と言う軽口を叩けないほどに瑠璃のダメージは深刻だ。
 もう、数分と保たないのは明らかだった。パールはそんな瑠璃の心情を無視して肉棒に牙を突き立てて来る。
「く、くうう…!」
 瑠璃の裡に無性に怒りが湧いて来た。
 そもそも何で自分が此処まで我を殺して頑張ればならないのか判らなくなってきた。我慢してもそれに意味がないとも思い始める。
「はあ……良し」
 それならば、今は遠慮無く腰を振って、パールの最奥に滾る物全てをぶちまけようと思った。
 幸いにして弾薬のストックは山ほどあるのだ。ここまで追い詰められたのならそれも吝かではないだろう。時間だってたっぷりとある。
 瑠璃の行動は早かった。


「っあ!んくッ…い、いきなり激し、いな…!」
「はあ…はあ…!」
 もう余裕が無いのでスパートに入っただけだ。別にそれ以下でも以上でもない。
 耳に入る雑音は無視して無性に腰を振る瑠璃。パールは何故かその瑠璃の顔に鬼気迫るものを感じた。
「っぃ!く、ハッ…はうん…!!」
「む、むう…」
 パールの細い腰に手を宛がって、膣を以って一物を扱く瑠璃の瞳には理性の輝きは殆ど無かった。
 無造作に熱い泥濘に肉棒を突っ込んで、しゃぶってくる襞の心地よさを堪能する。だが、瑠璃はそれに物足りなさを感じた。
「っ、ひゃいいいいいいいい!!?」
「うぐっ、っ!これ、は…」
 何か無いかと瑠璃が意識せずに触れたその部分はパールの弱点だったらしい。
 甲高い悲鳴を発したパールはシーツを掻き毟って仰け反っている。それと同時に膣がギュッ、と締まって来た。
 なるほど、と瑠璃は納得し、同時に口の端を歪めた。その顔は彼の親友が時折見せるモノと酷似していた。
「きゃひぃ!!だ、駄目だ!!そこは触るな!!」
「え…どうして」
「そこは弱いんだっ!!直ぐに逝っ…くあああああぁ!!!?」
「えー…何だって?パール。良く聞こえないよ」
 明らかに瑠璃は故意に聞こえない振りをしてその部分を弄った。
 陰唇の上部でチョン、と勃起している突起の包皮を捲って、指の腹で優しく擦ってやった。
 すると、今まで主導権を握っていたパールは面白いように痙攣して、愛液の飛沫を撒き散らかした。
 弱点は念入りに攻めなくては失礼なので瑠璃はパールの女芯を引っ張りながら、男根にそうする様に扱き上げた。
―――しまった
 そう思ってもパールには後の祭りだった。先ほど散々瑠璃の弱点を弄ったのは自分に他ならない。
 瑠璃が限界である以上、その場所を攻める事を止めないのは間違いない。
「やっ!やあ!も、もう…やめっ……!」
「大分、こなれてきたな。もう少し、かな」
 主導権を握った瑠璃には余裕が復活した。だが、射精が近いのは変わらない。
 もう少しだけパールを弄って、瑠璃は逝きたいらしい。攻めに回ると瑠璃は強い。
 だが、パールはもう限界だった。
 子宮から伝播する快楽の波に際限は無く、体を蝕み、震えさせて、湧き出す愛液はベッドを水浸しにしている。
 理性の螺子は跳んで、変わりにただ一つの事柄がパールの頭を占めていく。
「瑠璃…っ、瑠璃!!」
「パール…?」
 その泣き濡れた顔(実際に泣いてはいないが)を瑠璃は一切の動きを停止させ、その顔に見とれていた。
「あ…愛している、ぞ?」
「…ぅ」
 その一言が堰を崩壊させた。渦巻いていた欲望は尿道を駆け抜け、出口を求めて疾走する。
―――俺の負け
 それを悟った瑠璃はパールを抱き上げて、一際強いストロークをパールに見舞った。
「っ、あっ」
 欲望の開放先はパールの奥底と決めていたのだ。
 その一撃にパールの口から空気が漏れる。半開きの口を自分の唇で塞いで、熱い子種を解き放った。
「ぅ、ぐ…!」
「ふうううううううううううう――――!!!!!」
 その熱い滾りを子宮の壁に叩き付けられ、パールが絶頂する。
 子宮の形が自分で判る様な大量の迸りはドクドク脈打つ瑠璃の一物から流れ込み続ける。
 硬さを持つほどに凝縮した瑠璃の黄ばんだ精液の味は確かにパールの奥底に刻み付けられたのだ。
 足を腰に絡ませて、それを一滴残らず飲み乾す。
 幹に残るそれをも搾り出し、胎で味わうパールはビクビク痙攣しながら、瑠璃の舌を食み、唾液を瑠璃に送り込む。
 その瑠璃の背中に強い痛みが走った。自分がパールに証を刻んだ様にパールもまた、自分の男に爪痕と言う証を残したのだった。


「攻めに回れば強い。でも、受けに回れば激弱か。大したツンデレっぷりだな、パールは。
…お前もそう思わねえ?」
「ハッ…はうっ、ん、んん…!」
 ピーピングも板に付いたトトは冷静に親友の情事を検分していた。だが、イムは違う。
 ドミナ以上に盛りがついた体を持て余したのか、甘い喘ぎすら出していた。
「あー、何だ。実際、珠魅の目合いってどんなモンか想像が付かなかったけど、基本は人間のそれと変わらないんだな。ちょっと、残念」
「ふっ…ふっ…ふうう…んっ」
「あ、あー…その…んー…」
 何か言葉を掛けたいが、この場合妹に掛ける掛けるべき言葉の語呂はトトの頭には無い。
 どうしたものかと思いつつ、妹を横目で見ると、とんでもなく物欲しげな視線を突き刺された。
「トト…///」
「・・・」
 もう妹は駄目だと思った瞬間だった。
 これ以上、此処に留まっては貞操の危機に陥る事も考えられたので、トトはイムの一切合切を無視して呟いた。
「……帰ろ」
 (妹から)逃げる様にトトは自宅を目指して歩み去った。


 一回戦目は終了した。お互いに荒い息を静める為に、それでも繋がったまま抱き合っていた。
「で、どうなんだ?瑠璃」
「ん?」
 パールの顔は穏やかだった。迷いも翳りも無い慈愛に満ちた微笑を湛えている。瑠璃はそれが美しく思えた。
「私はお前を愛してる。だが、肝心のお前はどうなんだ?」
「・・・」
 聞くまでも無い事だろう。それ故に瑠璃は旅立って、力を付けて帰ってきたのだ。
 だが、だからこそ…パールは聞きたいのだ。その口から直接、だ。
「ああ。愛してるよ」
「それは…私か?それとも、真珠姫か?」
「っ」
 卑怯な聞き方だとパールも思っている。
 だが、自身がそう言う存在である以上、その疑問は何時までも付き纏う。二人で一人。だが、その人格は同じではない。
 パールが不安に思うのも尤もだ。愛している男が自分だけを見てくれないのはパールとて重いものがあったからだ。
 が、瑠璃の答えは決まっていた。
「そんなの両方さ。真珠姫は真珠姫だし、パールはパールだ」
 どちらが本体とも言えない以上、瑠璃には真珠と言う珠魅を構成する真珠姫とレディパール、どちらも愛さなくてはならない。
 真珠を愛している瑠璃はその事に疑問は持っていなかった。
「ふ、ふっははは…まあ、予想した通りの答えだなあ」
 少しだけ違う答えを期待していたが、それは叶えられなかった。だが、そこまで明言されては逆に気持ち良い。
 パールは笑いを堪えようとしない。
「まあ…それしか出来ないからな、俺は」
 中々に瑠璃は贅沢な男だった、だが、それ相応の苦労も負う事だろう。だが、それすらも覚悟の上。それを叶える力だって得たのだ。


「そうだな…だが、瑠璃?」
「え?」
「今だけは…私だけを見てくれ。私だけを愛してくれ」
―――素直になったらどうだ?
 トトの台詞を反芻し、それを瑠璃に求めた。
 あの男の言を実行するのは少し苦痛だったが、不思議と気持ちが晴れた気にパールはなった。
「ああ…判ってるよ」
「ん…」
 どちらからともなく唇が重なる。夜はまだまだ明けそうに無かった。




―――翌日
 一夜明けた煌きの都市を瑠璃とパールは並んで歩いていた。逢引序の人探しだった。
 お礼参りがしたい。そう言ったのはパールだ。
 やはり、一ヶ月も連れ回し、自分の騎士に地獄を見せたトトへの怒りが収まらないらしかった。
 その姿を捜して都市を周遊するも、最初からその存在は幻だった様にトトは見つからなかった。
 ルーベンスやディアナに尋ねても、その行方は杳として知れない。
 そうして都市の入り口までやって来た二人はエメロードの姿を見かけた。
「あ、瑠璃さん!…と、パール様?」
 エメロードの視線は訝しげだ。昨日に死闘を繰り広げていた相手が仲良く連れ立って歩いているのだ。
 その始終を見ていたエメロードがそう思うのも仕方が無い。
「ひょっとして、トトさん達を捜してるんですか?」
「ん?あ、ああ。そうだが」
「何か知ってるのか?」
 手掛かりはエメロードが持っていた。そのパールと瑠璃は喰い付いた。
「昨日の裡に都市を出て行きましたよ?多分、もうお家に着いてる頃かと」
「帰った?…イムもか?」
「はい。昨日の晩、会いましたから」
「む、そうか…」
 どうやら、遅かったらしい。下手人は既に脱出を果たしていたのだ。だが、同時にパールは寂しく思う。
 トトは兎も角として、一言も無く去っていったイムに立会いの礼をしたかったのだ。
「あの、瑠璃さん?」
「え?」
「これ…トトさんから預かってます」
「これは…っ、ルクか?」
 突然、瑠璃はエメロードから手渡されたパンパンに膨らんだ皮袋をその重さゆえに取り落としそうになった。
「それから伝言も。
『修行で得た見入りは山分けだ。貴重品以外は換金したから半分はお前が持っていけ』
…だそうです」
「あ、アイツもまあ…マメ、だな」
「これは…凄い金額だな。パッと見、一万以上ないか?」
 命を賭けた事の副収入だった。数ヶ月は豪遊出来る金額をポン、と渡された事以上に瑠璃はトトのその律儀さが逆に笑えなかった。


「あー、それともう一つ伝言があるんです。…パール様に」
「む、私にか?」
 パールは少し戸惑った。一体どちらの伝言なのか、定かではないがあんな事があった後の伝言だ。全くその内容に予想がつかない。
「はい。えと…
『搾り取り過ぎるな』
…です。何か判りますか?」
「!!!」「?…!」
 パールはその意味が直ぐに判った。瑠璃もまた少し時間がかかったが、理解した。
 昨日の晩の事を言っているらしい。


「ふ、ふ、ふふ…ふっ!
潰す!あの男、絶対に潰す!原型を留めなくなるまでシメてやる!!」


 一部始終を見られた事にパールが激怒する。
「…いや、止めておこうパール。逆にこっちが危ない」
 だが、瑠璃がそれを宥めた。
 あの男の強さがどれだけ別次元の範疇のものか、今回の修行で改めて知れた瑠璃は自分達が絶対に勝てない事を知っている。
 確かに恥ずかしい場面を見られたが、命を失うよりは遥かにマシだ。
「う…ううぅ〜〜〜〜//////」
 この想いは封殺し、忘れ去るしかない事だ。だが、パールはそれが出来なそうだった。
「口惜しいのは判るけど…いや、実際俺も恥ずかしいけどさ……世の中どんな頑張っても勝てない奴って居るから。…な?」
「……ふ、ふん。良いだろう。お前の顔を立ててやる。
…命拾いしたな。次に会う時までその命は預けておこう」
 かろうじて、瑠璃は自分の姫を宥める事に成功した。だが、それは怒りの鎮火ではない。
 次にトトに会った時、パールはトトをブン殴る事を心に誓った。
「?……??」
 突然、怒りを露にしたパールとそれを宥めた瑠璃。二人が何を言っているかエメロードには判らなかった。


「あの…パール様」
「む、ゴホンッ…何だ?」
 これ以上知り合いに醜態を晒す訳にもいかないので無理矢理パールは平静を取り繕った。
「何か、あったんですか?」
「!…いや、何も無いぞ。何もな」
 流石に現場を押さえられたと言えないパールははぐらかす。
「そうですか?うーん…気のせいかなあ」
「何?」
 何故か会話が噛み合っていない。どうやらエメロードが言いたいのはトトの伝言についてではないらしい。
「いえ、その…パール様が普段に増してお綺麗だから、何かあったのかなって」
「っ……あ、ああ…それ、は」
 面と向かって綺麗と言われたパールは若干赤面する。しかもその理由について気にかけているエメロードは勘が鋭いらしい。
 このまま、黙秘を通すのも可哀想なので、パールは動いた。
「ヒントだけはくれてやる」
「うわ!」
「え!?」
 突如、パールが瑠璃の肩を抱き寄せた。そして、互いの核が触れ合うほどに密着した。
 自分の姫の行動に瑠璃は狼狽するし、エメロードもまた吃驚していた。
「こう言う事、だ。…な?瑠璃?」
「は、はは……やっぱり恥ずかしい」
「あ、あー///」
 ヒント所かもう解答を吐いてしまったも同義だった。
 瑠璃は赤面しながらも満更ではなさそうだったし、そのパールの行動でトトの伝言の意味が判ったエメロードもまた顔赤くした。


 最早、最強の名はパールには無い。それは自分の騎士に譲り渡した。
 もうその言葉に縛られる事も無ければそうである必要も無い。
 隣を見れば、自分の騎士があらゆる危難から守ってくれるのだろう。
 瑠璃の背中を今度は自分が追うのか、それとも瑠璃の姫としてその傷を癒すのか、先の事は判らない。
 だが、これだけは言える。真珠姫と一緒に自分の騎士…否、好いた男と歩んで行く事は自分の望みであると。
 そして、それは瑠璃も同じだった。惚れた女を守り、添い遂げる。それが今の彼の望みだった。


 触れ合った互いの核は共鳴し、暖かい光を放つ。お互いの足りない部分を埋める様に光は絡み、お互いの核を照らしている。
 宝石が思念を持ち、体を持つに至ったのが珠魅と言う種族である。
 だが、無機物である宝石より生まれ出でる故に個体同士が目合っても、子孫を作る事がない。
 それならば…如何して性差があるのか?生殖行為に意味が無い珠魅にはどうして男と女が居るのだろうか?
 明確な解は出せないが、互いを触れ合わせ、完全に溶け合えないまでもその過程に於いて互いの心を触れ合わせる為ではないだろうか?
 実際、瑠璃もパールも満ち足りた顔をしていた。


   それが答えなのかもしれない。










 後日、最強である事を瑠璃に譲り渡したパールは玉石の騎士の座を去り、その役を瑠璃に譲ろうとした。
 が、瑠璃はそれを断った。
 彼は言った。曰く、俺の背負う宿命は真珠だけ…と。
 彼女は自身の願いとは裏腹に現役からは去れなかった。


 レディパールは瑠璃の姫として、また蛍姫の騎士として多忙な毎日を送っている。
 珠魅の中でも特殊な立場にある姫騎士。それを甘んじて受けながら、自分の騎士に見守られながら一族の象徴を守っている。
 更にその後、二人に会ったトトは驚きを隠せなかった。


   瑠璃と真珠の薬指には同じ指輪がはまっていたからだ。


〜了〜





―――数週間後
「頼む、トト。力を貸してくれ」
「俺が先だ犬畜生!…友と見込んで頼む。俺を助けると思って…!」
「誰が犬か、変態めが!貴様なぞ女房の肉球にぷにぷにされていろ!!」
「貴様こそっ!姉に自分の匂いでもマーキングしているが良いさ!!」
「あー、それでお前ら…何しに来たの?」
 トト宅が騒がしいのは何時もの事だが、今日は何時にも増してむさ苦しさが急上昇中だ。
犬のお兄さんと腹出しスパッツが徒党を組んでトトに何かを頼み込んでいた。
「「っ、頼む!!!」」
 喧嘩している時ではないらしい。ラルクとエスカデは同時に頭を垂れた。
「だから何をじゃい!」
 泣きそうな顔の男に懇願されて喜ぶ趣味は無い。ドンッ、とテーブルを叩いて苛立たしげにトトは叫んだ。話がさっぱり判らない。
「俺を強化してくれ!せめて姉さんに無理矢理組み伏せられないだけの力を俺に!」
「体力が欲しいんだ…!ダナエに搾り尽くされても立っていられる様なスタミナが…!」
「・・・」
 どうやら、各々のパートナーに問題があるらしい。だが、何だってそんな家庭事情を持ち込まれなければならないのかトトは判らない。
 否、心当たりはあった。瑠璃をインスタントに強化した事実が何故かこの二人に伝わっていたらしい。と言うか、それしか考えられない。
「「頼む!!この通り!!」」
 ガンガン頭をテーブルに二人は打ちつけていた。問題はかなり深刻らしい。だが、トトには関心が無かった。
 寧ろ、それは幸せな事だろう。
「あのさ…俺は何かの流派の師範でもないし、此処は駆け込み寺じゃないんだけど」
 ぶっちゃけ、面倒臭い。暫くは家で日がな一日テレビでも見ていたいのだ。


「立て込んでいる所を悪いが…二人にお客さんだ」
「「!!」」
 話に割って入ったイムは無表情…否、少し顔に焦燥を張り付かせていた。その来客の表情が余りにも恐ろしかったからだ。
 当然、ラルクもエスカデも心当たりはある。
「誰?」
「こいつ等の…奥さん」
「あー、なるほど」
「「・・・」」
 だらだらと冷や汗を流し始めた二人は同じ表情を張り付かせている。
 態々、自分の仕事をほっぽって旦那を迎えに来るとは中々に麗しい夫婦愛。
 …否、仕事をサボって逃げ出した駄目夫を引き取りに来たに違いない。
「あー、どうやら呆気無く時間切れだな。力には残念だがなれそうにない」
「早く会いに行ってやれ。…と言うか、早く行け。家を壊されては堪らん」
 それほどに怒りが鶏冠に来ているらしい。玄関で待って貰っているが、何時強制突入されるか判らない。
 トトはダナエやシエラの怒りを買いたくないので傍観を決行。イムは早くこの二人に出て行って欲しかった。
「…エスカデ」
「ああ、ラルク」
―――行くか
 二人が家の外に出て行く。その顔には死地に赴く戦士の様な決意と清々しさに満ちていた。


「お前、友達は良く選べよ?」
「言われるまでも無い。と、言うか、それはお前だろう」
 外からは怒号と悲鳴が聞こえて来ている気がするが、気のせいだろうと二人は高を括っていた。首を突っ込んで芋を引くのは御免だった。


「なあ…トト」
「うん?」
「いや、今度は私を連れて行ってくれないか?」
「あ?…冒険にか?」
「ああ。場所は何処でも良いが…もう少し、強くなりたいんだ」
「…お前、あんま強くなりすぎると嫁の貰い手が無いぞ?」
「そうだな。だが…その時は…」


「お前に貰って貰うさ」
「…冗談」
 トトは冗談と思いたかった。だが、イムの顔は真面目だった。



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