ミラージュ・レジデンス
240氏
―――支払わされた代償は高く付いてしまった
予断を許さぬ状況で、迷いながらも選び取った選択肢。自らの正義に満身する事を決意し、両の手を同胞の血で染め抜いて得た物が悲しみだと言うのは本当に恐れ入る。
「ユハニ…お前は、許してくれないんだろうな……」
そうして、本当に大切な物までも奪われてしまった。
…何時かは元の関係に戻れる。そんな根拠の無い夢想に縋り戦い抜いてきたが、マナの女神が気紛れな慈悲をこの男にもたらす事は無かったのだ。
その失った者の価値が今になって知れる。血を流し続ける心は既に化膿し、その痛みが病んだ精神に拍車を掛けてくる。
――突き進む己の道に間違いは無い。きっと報われる時が来る
そんな曖昧で脆い土台に立てられた信念が揺らぐのは必定だ。磨がれた剃刀の様なロジェの鋭利で硬い心は錆付き、刃毀れを起し、弛み、また折れそうだった。
―――南ブッカ洋沖 空母ナイトソウルズ甲板
…星を見ていた。雲一つ無い暗黒の夜空には宝石をぶち撒けた様な星々の冷徹な煌きが独り甲板に佇むロジェに言い様の無い虚無感を与えてくる。
そうしてまた空を見上げれば、下弦の月が嘲笑するに浮かんでいた。
「エレナ……」
身を切る程に冷たい高空の大気が、刃となって傷心のロジェに吹き付ける。失った女の名を呼んで、乾いた涙の痕がジンジンと痛む。
救えなかった恋人の名。袂を別ち、斬り合い、殺し合った女の名を。
…ユハニを殺してしまった事。もう、それが今回のエレナの死に直結していた事は疑い様の無い事実だった。
エレナの弟であり、ペダン在住時はロジェにとっては本当に仲の良い兄弟みたいだったユハニ。大地の裂け目で一時行方不明になった彼とロジェが再び対峙したのは月読みの塔の内部だった。
結果、ユハニは死に、ロジェ達は生き残った。…それはある意味、仕方が無かった。ペダン正規軍からすれば、指揮系統から勝手に離反したロジェ一行こそが裏切り者だ。ユハニが彼を憎悪するのもまた当然だった。
そうして、ロジェを斬る理由があるユハニと斬られる訳にはいかないロジェとの激突は戦争の縮図を如実に映し出した。
…一個人の意見や思惑などは、大きな渦の前には飲み込まれてしまう。
それに飲まれた結果、ユハニは死んだのだ。
「俺は…何が、したいんだろうな……」
…思いを馳せてみても、出てくるのは過去の記憶の残骸と自分に向けられた怨嗟の声のみ。そして、ユハニが残した呪いの言葉がロジェを締め上げる。
――姉さんを頼む
それが叶えられる事は無かった。愛が反転した憎悪、そして弟を殺された恨みはエレナを変貌させた。ロジェの説得も空しくルジオマリスに戦艦ごと特攻した彼女は弟の後を追った。
…その事実がどれだけロジェの心を傷つけ、また切り裂いたのかはエレナと深い間にあったロジェ本人にしか判り様が無かった。
「許しを請うつもりはないけど…俺は……」
もうかなりの長時間、吹き付ける風の中でロジェは佇んでいる。まるで己を罰するが如くだ。
ユリエルやキュカは今はそっとしておくのが一番と判断し、ロジェを放置していた。掛ける言葉が見つけられず、またそんな資格も無いと言うのが分かっているからこその判断だったのだろう。
だが、彼らは今のロジェがどれだけ不安定なのかを見破れなかった。
「―――もう、疲れた、な」
疲れ切っていた。夜明け前が一番暗いと言うが、その漆黒の闇に抱かれ、奈落の底に沈むが如く魂は慟哭し、生きる意味も戦う意味も霞んで行っている。
…ただただ、己を取り巻く世界が悲しかった。
完全に己を見失うロジェは寂しそうに零す。その独白に答える者は居ない。ぎらつく視線が更にその危うさを増した。正気と狂気の狭間。今の彼ならば、翼あるものの父に牽引されるナイトソウルズの甲板から飛び降りる事もあるかもしれない。
「ロジェ――」
だが、そんな死神に憑かれたロジェを放って置けない輩もまた存在した。その人物は闇を背負うロジェの姿に居ても立っても居られなくなり、バタバタした足音と共に彼に近付いた。
「ロジェ…おい」
「…ジェレミア」
ペダン離反組の紅一点。歩く地雷とまで言われる女がロジェに接触を図った。
「何を…しているんだお前は」
「何を?…さあなあ。何をしているんだろうな、俺は」
ジェレミアは咎める様な声色でロジェを責め立てた。だが、ロジェ本人としては取り合うつもりも相手にする気も無い。気の抜けた声で返事をした。
「何だって?」
「何かしらの意味はあった様な気はするけど、今はそれもどうでも良くなったよ」
それが一番真実に近い。
…ただ独りになりたくて、人の寄り付かない甲板で星を見ていた。
最初はそうだったが、今のロジェは星等見てはいない。ただ自責と後悔の念で押し潰されそうな心と体を必死に繋ぎ止めているだけ。何をするでもなく、身を切る高空の夜風に身を晒しているだけだった。
「お前……」
「悪いけど…今はお喋りする気分じゃない。独りにしてくれよ」
邪魔をしないでくれ。ロジェは声無き声でジェレミアに告げた。だが、ジェレミアはこの程度の事で引き下がる女ではない。
「駄目だな」
「…何だと?」
案の定、ジェレミアはロジェを突っ撥ねた。
「鏡でも見れば判ると思うが、今のお前は酷い顔をしている。独りになど出来んな」
「知った事じゃない。なあ…頼むから消えてくれ。お前がこの場に居るだけで気が滅入るんだよ」
「っ!」
自分がどれだけ酷い事を言っているか、ロジェは気付けない。目の前に居る女の声は内部を掻き乱すノイズにしか聞こえない。それだけロジェの精神が参っている証だが、ジェレミアは目を釣り上げてロジェを睨んだ。
「何なんだ、その態度…?こっちは心配して見に来ているのに…っ」
「要らん節介だな。それ以前に頼んでない。親切の押し売りはうんざりなんだよ」
共に戦場を駆け、背中を預けあった戦友同士にあって此処まですれ違う事などは滅多に無い。普段のロジェからは想像出来ない態度がジェレミアの温度をあっと言う間に沸点近くまで持っていった。
「さっさと失せろ。話す事も無ければ聞く義理だってないんだからな、俺には」
「ロジェ!」
―――パンッ
その言葉が止めになった。これみよがしに邪険にされたジェレミアの心は臨界を突破し、爆裂する。スナップの利いたナイスな平手がロジェの横っ面に叩きつけられた。
「痛…」
「お前には無いだろうが、あたしにはある!そして黙って聞け!」
叩かれた頬を撫で擦るロジェの口元から赤い筋が一本伝う。口内を切ってしまった事を示す様に口の中に錆付いた臭いが充満してくる。
危険人物と恐れられるジェレミアの気性の荒さが発露した。普段は無口だが、一端火が点くと、その爆発の余波は仲間にも平気で及ぶ。ロジェがまともな状態ならば、そんな危険を冒す真似はしないのだろうが、今回ばかりは勝手が違ってしまった。
「何時まで腐ってる気なんだ、お前!?もう本国に攻め入ろうって時にお前がそんなんじゃ死人が増えるんだよ!」
「っ」
頭一つ分以上大きいロジェの胸倉を掴んで怒鳴りつけるジェレミアは完全にキレていた。彼女がここまで激しく爆発する事などは滅多に無い。文字通りロジェは地雷を踏んでしまったのだ。
「お前は自分の立場が分かってるのか!?お前は連合軍の要なんだぞ!ただでさえ分が悪い戦いなのに、お前は仲間を殺す気なのか!?」
ジェレミアの言う事は正しい。連合軍の中核を成すロジェが倒れては、作戦行動そのものが立ち行かなくなるだろう。その果てに待っているのは味方全員の壮絶な討ち死にしかありえないのだ。
自分達の母国であるペダンがどれだけの戦力を蓄えているかは判らないが、そのペダンにはもう一両日中には着いてしまう距離に今のロジェ達は居る。ジェレミアが多少強引にもロジェを奮い立たせようとするのはある意味で死活問題だったのだ。
「昔の女だか何だか知らんが、気持ちを切り替えて貰わねば困る。お前はあたし達の…」
…そこまでは良かった。だが、熱くなっていたジェレミアはロジェの踏み入ってはいけない部分に踏み入ってしまった事に気付けなかった。
「ジェレミア」
「!?」
周囲の温度が下がった気がした。薄ら寒い甲板にありながら、それを超える零下の雪原に裸で放り込まれた気分をジェレミアは味わった。
「言われずともそんな事は判ってるさ。これでも責任ある立場だから、さ」
抑揚の無い無機的な声色でロジェが語る。その顔を見てジェレミアは一歩退いた。
ロジェは薄く哂っていた。だが、その瞳は直視できないほどの危険な眼光をしていたのだ。
「だが…」
「え…」
スウ…とロジェが体を沈める。その自然な動きにジェレミアは警戒らしい警戒を取る事も出来なかった。
「その傲慢さは頂けないよな」
耳元で囁くロジェの甘い声。それが耳小骨を振るわせた刹那…
「う…っ…!?」
――ドス
鈍器で叩き付けた様な衝撃が襲ってきた。ジェレミアはその痛みと不快感に顔を歪める。ロジェの掌底がジェレミアの鳩尾に突き刺さっていた。
「く、ぁ…!」
――ドッ!
そうして、次の瞬間に襲ってきたのは腸を容赦無く抉るロジェの膝だった。ゴブリ、と逆流する胃の内容物を吐き散らかしてジェレミアは無様に甲板を汚しながら膝を付いた。だが、そこでロジェの追撃は終わらない。
―――ゴシャ!!
膝を付き前屈みになったジェレミア。止めになったのは脳天に走るハンマーじみた踵落しの痛み。満足な受身も取れずジェレミアは顔面から地面に着地。自分の吐いた汚物に熱烈なキスをした。
ジェレミアはロジェの逆鱗に触れてしまい、その対価を身を以って味わった。
「粋がるのも体外にしろ。お前は俺の何だ?女房か?恋人か?女か?…違うよな?」
「ぐ…ぅ、うあ…ぁっ」
咳き込み、呼吸も侭ならないジェレミアの首根っこを掴んで、無理矢理ロジェは顔を上げさせた。呼吸を阻害されたジェレミアは涙を零しながらロジェの所業を受け入れるしかなかった。
「そんな貴様がどの面下げて俺の事情に入り込む?…俺には許容出来んな」
「…っ、っ」
グローブ越しの節くれ立ったロジェの指が細いジェレミアの首を締め上げる。つい先程まで真っ赤だったジェレミアの顔は青く染まり、呼吸困難一歩手前だ。
ロジェは指に力を込め続け、ジェレミアの土気色の顔を眺めながら言い聞かせる様なゆっくりした…それでもドスの利いた口調で謂う。
「良いか、小娘さんよ?俺は誰の駒でも無い。自分の意志で戦ってる。お前さんがそれに入り込むのはお門違いなんだよ…!」
「きゃっ!」
――ドサ
これ以上は命の危険があるとロジェは判断した。泡を吹きかねないジェレミアを乱暴に放り投げてロジェは吐き捨てる。戦場に於いては誰よりも絆が色濃いと思っていた男にされる仕打ちにジェレミアは呼吸する事も忘れ、ただ呆然としていた。
「げほ…けほっ…」
「もう一度言う。消えろ。…それとも、俺と闘るかよ。…んん?」
そして、漸く呼吸する事を思い出し、急いで肺に酸素を溜め込むジェレミアの眉間にロジェの持つ大刀の切っ先が向けられる。ギラリとした、氷より冷たそうな白刃の凍てついた輝きがジェレミアを怯えさせた。
『…これ以上踏み入るならば、斬る』
「っ、ぁ…ぁ…」
そんな声が聞こえてきそうな気迫にジェレミアは情けない声を出すしかない。
「返事はどうした小娘。…本当に死ぬか?」
ロジェの変貌振りは筆舌に尽くしがたい。普段は利発で物腰の柔らかい、正義感が強い好青年のイメージがある彼だが、内に滾るものが爆発すればその威力はジェレミアのそれを軽く凌駕する。…それこそ仲間の命を奪いかねない程に、だ。
普通ならばありえない事だろう。だが、恋人の死とそれを救えなかった自分の弱さと脆さ、ジェレミアの辛言が彼を此処までイカれさせてしまったのだ。
「チッ・・・胸糞が悪い」
ロジェは漸く剣の切っ先をジェレミアから離した。怯えきった彼女は最早無害で、斬る価値すら無い存在だと理解したのだろう。舌打ちしながら後味の悪さを味わうロジェは疲れ切った顔をしていた。
「ロジェ…」
「…煩いぞ」
そんな冷たいロジェの背中に声を掛けるジェレミア。案の定、ロジェは背中を向けたまま腹立たしげな声を返すだけだった。
「ロジェぇ…っ」
「何だってんだ…」
だが、ジェレミアはそれでも声を掛け続ける。自然と涙腺が緩み、塩辛い液体が頬を伝い、声帯を普段以上に震えさせていった。その声色と様子が異常だと感じたロジェは流石に放って置けなくなり、漸く振り返った。そこには…
「ひっく…っ、ぐす…」
「う…え……?」
泣いている女の子が独り居た。
「ぅ…うう…ふええ…」
「なっ…ぁ」
その光景にロジェも面食らう。歩く地雷と仲間内からも恐れられる狂犬が玉の涙を零して泣いているのだ。
「っ……そんな強く打ったつもりは無いぜ?今更、か弱い女を気取って泣く気かよ。…ふざけるな」
ロジェの言葉がジェレミアに追い討ちを掛けた。…泣いている女は好きになれない。寧ろ今は、心を掻き乱す存在にしか成り得ない事を知っているからこそ、ロジェは冷酷な態度を取り続けた。
「そんな…そんな、つもり…ないよ…っ」
「じゃあ何故泣く?痛いのか?それとも悲しいのか?」
「悲しいのよ…」
さめざめと泣くジェレミア。その風体には普段の凛とした面影はまるで無く、年相応…寧ろそれ以下しか見えはしなかった。ロジェはそんな小さくなって泣くジェレミアを忌々しげに、それこそ親の敵でも見る様に一瞥した。
「あっそ。俺には関係ないな。泣くだけ泣いてとっとと失せろ」
「ロジェ…あたし、は…っ」
――ハア
額を片手で覆い、大きな溜息を吐く。ロジェとしてはもうこれ以上ジェレミアを構いたくは無い。だが、そんな彼女は泣きながらも何か言葉を掛けようとしていた。
…取り合わなければ、独りになる事すら出来ない。ロジェは半ば泣き落とされる形でジェレミアの言葉に耳を傾ける。
「…煩わしいったりゃありゃしない。…判った、聞いてやる。何がそんなに悲しい」
「あたし…自身がだよ…!」
「え」
母音が一つだけ喉を通過した。泣き腫らしたジェレミアは本当に悲しそうにロジェの瞳を的確に射抜いてくる。どうせ、文句の一つでも投げてくるのだろうと思っていたロジェは自分が予想していた話の内容と違う展開に眉を顰める。
「そ、それ…は何だ」
ロジェは話の内容が理解できなかった。悲しいのは判る。だが、その理由がジェレミア自身にあると言うのが判らない。それは一体何故なのか?少し興味を惹かれたロジェはジェレミアに問うた。
「あたしじゃあ…ロジェを…元気にしてあげれないって…」
「…はあ?」
「情けなくて泣けてくるよ…!…ねえ、あたしじゃあ…駄目なのかな」
「……待ってくれ。は、話が見えん」
話の内容が更に複雑になった気がした。ロジェは嗚咽交じりのジェレミアの言葉にただオロオロするばかりでその本質に気付けない。
「ロジェに…そんな顔して欲しくないんだ。…笑って欲しい。また一緒に馬鹿やって、駆け抜けたいんだよ。アンタとさ…」
「っ!そ、それって…おい」
心に閃く物があった。それに気付いた途端に今迄の疑問が全て氷解する。基本的に他人に無頓着なジェレミアが此処まで己に世話を焼きたがる理由。そうして悲しいと言った理由も全て。半ば口説かれている感じがロジェにはしたのだ。
「ロジェ…あたし……」
「お前…俺に、惚れてたか?」
「…ん」
つまり…そう言う事ではないのか?ロジェは少し顔を赤くして尋ね、ジェレミアは顔をロジェの倍以上赤くして頷いた。
「まさか…冗談、だろ?」
「本当だよ。でも…アンタにはエレナが居たし、あたし自身確証が持てなかったから、放置してた。…でも、駄目だったんだ」
ロジェ自身としてはジェレミアの気の迷いと思いたかった。だが、その顔を見る限り、ジェレミアの思いは気のせいではありえないのだろう。潤んだ瞳には涙が浮かび、熱っぽい視線でジェレミアはロジェを求めている様だった。
「気付いてしまった…のか?…心の底に」
「気付いたら、もう手遅れだったんだよ。あたしは…本気でロジェの事が、好きだって」
…冷静に考えてみれば、そう言う視線を向けられた事が何度かあった気もする。何時からかはハッキリ判らないが、戦場に於いてロジェの隣には常にジェレミアの姿があった。
それだけの理由があれば後は簡単だ。戦争と言う異常な状況にあって、ジェレミアがロジェに想いを寄せたとしても何ら不思議はない。
「・・・」
――性質の悪い女だ
ロジェは目を閉じて心の中でそう呟く。何だってこんなタイミングに告白をしてくるのか?恋人を失ったばかりのロジェにはジェレミアの言葉は甘美な毒以外の何物でも無い。目の前の年下の女を力の限り抱き締めたいと言う衝動が湧き上がって来る。
「こんな聞き方…あたし自身でも卑怯だと思う。エレナが死んだばかりだって言うのに」
「うっ」
スッと、ジェレミアがロジェに近付き、体を寄せた。ビクッ、とロジェは身を震わせる。冷たい風に乗ってジェレミアの甘い体臭が鼻を突いた。
「あたしの事…嫌い?」
「そ、それは」
軽く奥歯を噛み締めるロジェ。言葉を詰まらせ、決まりの悪そうな顔をした。仲間としては信頼している。だが、女性としてはどう思っているかと問われても、ロジェとしてはジェレミアをその様には見た事が無かった。何も言えなくなるのは必定だった。
「いや…分かるよ?こんな一方的に言われたってロジェとしても困るよね。でも…あたしは、本気だよ」
「ジェ、ジェレミア…?」
だが、ジェレミアはそんな態度をロジェが取る事を承知していたのだろう。固まって動けないロジェに駄目押しを仕掛ける。ギュッと、強い力でロジェの背中に両手を回す。正面からジェレミアは抱き付いた。
「嫌われても良い。嫌な女だって思われても良い。それでも一度だけ…我侭を、聞いて欲しい」
「お前、まさか」
その言葉の意味がロジェには分かった。渋い顔付きで睨むロジェに対し、ジェレミアは恋する女と言った顔付きで微笑みながら言った。
「今だけで良いんだ。あたしを…女として扱ってくれないかな?」
「っ」
精一杯の上目遣い。女の武器の扱いに長けていないジェレミアにしては良く頑張った方だろう。事実、それの仕草がロジェにとっては大ダメージだったのだ。
「ロジェを…元気にしてあげたいんだ。あたしを…ロジェの女にして…」
「っ、っ!…くっ」
「きゃっ」
激攻陣+攻防強化陣付きのエインシャントを喰らったかの様な衝撃がロジェの心を揺さぶってくる。だが、ロジェはその誘惑に何とか耐えた。これ以上は罷りならないとロジェはジェレミアを突き飛ばした。
「気持ちは嬉しいけど…やっぱり、駄目だ。エレナとの事は終わったけど、お前はエレナじゃあ、ないんだ」
此処でジェレミアの言葉に頷けば、そこで何かが終わってしまう。そんな予感がロジェにはしていた。幾ら何でも、乗り換えるのが早過ぎる。個人を偲ぶ意味合いでも、今のロジェにはジェレミアは抱けない。
「…そっか。未だ、アンタの心には…」
突き飛ばされた拍子に倒れたジェレミアが寂びしそうに零す。未だにロジェの心にはもう既に過去の女となったエレナの幻影が巣食っていたのだ。
「済まん。こればっかりは…な」
心底済まなそうに言うロジェの言葉には様々な感情が混じっている様だった。ジェレミアへの謝罪やエレナやユハニへの哀悼、その他諸々の雑多な念が泣きそうなロジェの体全体から滲んでいた。
「…ううん。それが、当然だよ。アンタがそう言う奴だって事は誰よりも知ってるからさ」
「済まない」
倒れた体を起し、体に付いた埃をパンパン払うジェレミア。そんな彼女に向けられる顔が無くてロジェは視線を外したまま俯いていた。
「でも…さ」
「え?」
ここでロジェは致命的なミスを犯した。何故ならば、ジェレミアの瞳には未だに決意の炎が宿り、その熱は未だに失われていなかったのだ。普段の彼ならばそんなジェレミアの様子に気付けない筈は無いのだが、今この場でロジェはそれを見逃してしまった。
――ドンッ
「うお!?」
ジェレミアが低い姿勢から渾身のタックルを見舞う。不安定な状態で立っていたロジェはそれをモロに喰らって転倒。ジェレミアがロジェの体に圧し掛かる。
「っ!ジェ、ジェレミア…!」
「ゴメン、ロジェ。あたしも…引き下がるつもりは、ないんだよ」
見下ろすジェレミアに批難めいた視線を向けるも、そこで積みだった。元々がギリギリの処で理性を保っていたロジェ。ジェレミアの攻撃をこれ以上受け流す事などは精神的に無理だったのだ。
千載一遇の期は逃さない。どの様な手を使っても本懐を遂げる。女の打算が入り混じった狂おしい胸中を開放するジェレミアは確かに地雷と称されるに相応しい女だった。
―――チュ
脆くなった心を倒壊させる様な強烈な一撃がロジェを襲った。
「ぁ…っ」
ただ浅くお互いの唇が触れ合っただけ。だが、それだけでもロジェの心を折るには十分だったのだ。事が成った事を確信したジェレミアはロジェの胸板に顔を埋める。
「体はさ…正直、だよね」
「うお…っ」
女性特有の柔らかく、繊細な掌がロジェの股間を撫でる。彼のそこは十分に血が巡り、既に準備が完了していた。
「苦しかったんだよね。エレナと離れてから、ずっと」
「っ…!」
耳元で囁くジェレミアの声が甘く脳髄を痺れさせる。理性を保ち、鉄の意志で女を拒んだ処でロジェの体は健康な成人男子。女を求めて已まない。発散する事もなければ自分で処理する事も無い男の情欲の塊はかなり長い間、ロジェの内部に蟠っていた。
そんな折に色仕掛けで迫る女が居る。自分を許容し、包んでくれる…そんな輩が、だ。折れたロジェの心ではその誘惑を断ち切る事は出来なかった。
「お前…とんでもない女だな…っ!」
「それでも良いって言ったよ?あたしで…元気になって、欲しいのよ」
もうそれが止めだった。心以前に体がジェレミアを欲しがっている事を理解したロジェは一度大きく深呼吸し、捨て台詞を吐いた。
「俺の…負けだ」
「聞こえない。もっと大きな声で言って?」
「俺の負けだと言った!…お前に目を付けられた時点でな」
「ロジェ…」
―――済まない、エレナ
間違いなく草葉の陰で泣いているエレナに謝罪するロジェ。ジェレミアは勝利を得た女の顔でロジェの顔に何度もキスをする。圧し掛かられて重たそうに顔を顰めるロジェだったが、何故か嫌悪の表情は浮かんでいなかった。
――ガタガタと周囲の壁と言う壁が音を出していた
度重なる出撃で新鋭空母のナイトソウルズにも相当のガタが来ている事を示す様な不穏な音だった。翼あるものの父に牽引されている為に、内燃機関の殆どをシャットダウンしているにも関わらず、この様な音が鳴る。
それはこの空母の未来を予見している様でロジェは薄ら寒く感じる。…或いは、これは自分の心の声なのかと己の胸に問うてみるも、返ってくる答えは何も無かった。
「・・・」
そうして後ろをチラと振り返ると、俯いたジェレミアが一言も発しないでトコトコと付いて来ている。何を考えているのかは判らないし、表情からそれを読み取る事も出来ない。
…これから自分が彼女に成そうとしている事に、ジェレミア自身は何を思っているのか?
それ位は見出したかったが、結局ロジェはジェレミアの心を覗く事は出来ずに、自分の部屋に辿り着いてしまった。
「さあ、此処だ」
「あ…」
ロジェは一瞬戸惑ったジェレミアを自室へと招き入れる。…気のせいだろうか?あれだけ激しく求愛してきたさっきまでの彼女が嘘の様に、今のジェレミアは怯えている様にも見えた。
―――ナイトソウルズ 居住区 ロジェ私室
空母であるナイトソウルズは居住区のスペースはそう広く取られては居ない。元々はペダン離反組の五人に与えられた艦である為にその人数で運用するのならば、十分過ぎる広さを誇っていた。だが、過去と現在では状況が違う。
「此処が…ロジェ、の?」
「かなり狭っ苦しいけど、野郎一人使うには十分な部屋さ」
今ではその五人に加えて、ビーストキングダムやアルテナの重鎮達が戦う為に乗っているのだ。そんな切実な生活空間の狭さに苦しむ一行に在って、個室を与えられると言うのは贅沢以外の何物でもない。
個室を与えられているのは隊長であるユリエル、そしてロジェの二人だけだ。ユリエルの場合は執務室を兼ねて、ロジェはその働き振りによる評価故である。
ロジェの最近の働き振りは目を見張る。ウィスプの加護を得てからと言うもの、その戦い振りは敵味方からも鬼神と恐れられる程だった。
…彼の死が即、破滅に繋がるタイトロープ的な現状にあって、ヒールライトを得てからのロジェは本当に強かったのだ。殿、斬り込み、遊撃…どの局面にあっても敵を蹴散らすロジェに、その彼の直援であるジェレミアの立場は殆ど無かった。
「…さて」
「っ」
小さな一人用の寝台に腰を下ろしたロジェは羽飾りの付いたトレードマークの羽根付き帽子を脱いでジェレミアを見た。
「お前をお持ち帰りした俺が言う台詞じゃ無いが…」
「な、何?」
ロジェの風体に息を呑むジェレミア。彼の姿は普段からはかけ離れて脆く、また闇を孕んで見えたからだ。
「するんだよな?」
「…!」
そのくすんだブルーの瞳を向けられて言葉を失う。それを成す事が本懐。その為に、無い頭を絞ってロジェを誘惑した。だが、その直前にあってジェレミアは恐怖心を拭えない。
「どうした?…哀れな俺に活力をくれるんだろ?…こっちに来なよ」
「う、うん…」
…自分から誘ってそれの第一歩を踏み出せないのはおかしい。静かな声で近くに来いと催促するロジェにジェレミアは重い足取りで近付いてゆく。内面に恐怖を抱えたまま。
――グイッ!
「きゃあ!」
…ぽすっ。急にジェレミアの腕を取ったロジェが彼女を強引に抱き寄せた。ロジェの胸の中に納まったジェレミアが不安そうにロジェを見上げる。
「…ふっ」
その顔を見たロジェが薄く笑った。
「な、何…?」
「する前から力を入れ過ぎじゃないのか?こんなに体を強張らせてさ。…別に取って喰うって訳じゃないし、もっと力を抜けよ」
「た、食べる…つもりなんだろ?」
「くっ…くく!」
そのジェレミアの言葉にロジェは含み笑いを漏らしつつ、口元を歪めた。…中々に気の利いた言い回しだ。ロジェは強くジェレミアを抱く。
「っ…!」
「別の意味でだが、確かになあ。…でも、構わないんだろ?」
少しばかり熱烈な抱擁に、窮屈そうにするジェレミア。…もう既に闘いは始まっていた。ロジェはジェレミアのバンダナを取り去り、頭を撫で始めた。
「ちょ、ちょっと…」
頭を撫でられて喜ぶ歳でもないのか、こっ恥ずかしそうにジェレミアは身を捩る。だが、ロジェはそんな彼女を無視し、頭を撫で続ける。
「ろ、ロジェ…っ、するなら早く、始めようよ…!」
「駄目だ。…お前は先ず落ち着け」
ジェレミアは頭に描いていた構図とは違う展開に混乱した様に言うが、ロジェがそれを聞き入れる事は無かった。ゆっくりとした手付きでジェレミアの頭を愛撫していくロジェは三つ編みを丁寧に解きながら、耳元で囁いた。
「怯える女を抱く趣味は俺には無い」
「なっ…お、怯えてなんか!」
その台詞が癪に障ったジェレミアが吼えた。ロジェは猛獣を手懐ける様に凛とした…それでも甘い声色で呟く。
「別に恥ずべき事じゃない。全く男慣れしてないなら、そうなって当然だからな。…経験、無いだろ?」
「あ…ぅ///」
ロジェの眼力は正確だった。確信を突かれたジェレミアが紅葉を散らす。地雷女と言われる彼女だが、これでもペダン大臣の姪に当たる良家の娘さん。男に縁遠くなるのは必然だった。…その気性がそれに輪を掛けていた。
「こう言う場面で虚勢を張って、後で泣くのはジェレミアだからな。今は素直になってくれ」
「で、でも…それじゃ、ロジェが辛いんじゃあ」
言葉の語尾を濁らせたジェレミアの言葉にロジェはニヤリ、と哂う。
「未だ許容範囲だ。泣き叫ぶお前を組み伏せるよりは遥かにマシだと思える。…こうしていると、落ち着かないか?」
「う、うん。そう…かも」
なでなでするロジェの手が何故か心地良く感じてしまったジェレミアは弱々しい声で返した。
「素直で宜しい」
「ぅ…ずるいぞ…?ロジェ…」
「何が?」
「これじゃあ…あたしが、アンタに気を遣わせている…」
…ロジェに元気になって欲しいのに、こんな事をされては己の内に燻る恋心が更に燃え上がりそうだったのだ。…上目遣いの赤い顔。今まで使った事も無い色目をこう言う場面で発動出来る彼女はやはり女だった。
ロジェはそれに対し、微笑みで返した。
「そんな事、どっちだって良いだろ?…それとも、手荒く扱われたいとか?」
意地悪っぽく言うロジェにジェレミアは漸く素直になった。
「……やだ。優しくしてくれなきゃ」
それがジェレミアの本音。今まで鍍金塗装していた化けの皮が剥れ、露呈したのは二十歳に満たない女の子の顔だった。
「ああ、良いぞ」
…為らば、それに答えるのも三つ上の男である己の器量…と言うか責任なのだろう。ロジェは優しく年下のジェレミアを包み始めた。
…そうして、十分程時間が経った処でジェレミアに変化が見られ始めた。
「ふう…っ、うぅ///」
じっとりと汗ばんだ肌が彼女の滾る内面を表している様だった。吐息も甘く切ないモノへと変化している。…それも彼女の置かれている状況を鑑みれば仕方が無い事かもしれない。
…何故ならば彼女の腹部には布越しだが、ロジェの硬く屹立した一物がその存在を主張し、当てられていたからだ。宥められる事で落ち着いてきた彼女にとって、その男性器から伝わってくる熱は身を焼く熱さに感じられて仕方が無かったからだ。
「大分、堪らなくなってきたか?…ん?」
「ハア…っ、ぁ…ロジェぇ…」
もどかしくて狂う。…そんな悲鳴が聞こえてきそうだった。残念ながら、ジェレミアはロジェの手並みにより陥落してしまったのだった。
「もう…平気なのか?」
「う、うん…怖く、なくなった」
この男を信じれば間違いない。…そんな根拠の無い自信がジェレミアの内部には満ちている。その言葉を聴いたロジェはフッ、と鼻で笑い言った。
「じゃあ…次に進んで良いな?」
「は、はい…」
熱にうかされた様な紅潮した顔でジェレミアは頷く。その従順な態度は普段の彼女とはかけ離れていて、ロジェの内部で何かを煽った。
「脱がすぞ」
「あっ…!ぁ、あうう…///」
ロジェの動きは早く、一切の抵抗を与える暇も無く、ジェレミアの装いを剥いでいく。ビスチェに始まり、ブーツ、グローブ、よくよく見ればかなり際どいパンツ等々…行為に必要ない物をぽんぽん取り外していく。
…一瞬、ニーソは残そうかと思ったロジェだったが、そんな物に萌える性的嗜好は無いのでそれすらも取り払う。そして…
「…完成だ」
一分足らずで料理は完成した。その名も地雷女の剥き身。裸に剥かれたジェレミアは中々に美味そうな女だった。…後はそれを喰らうだけだ。
「う///」
沸騰した顔、そして半分泣きそうな視線で何かを訴えてくるジェレミア。彼女の両の腕は乳房を隠していた。だが、その分下の防衛は手薄で、彼女のぴったりと閉じた太腿に隠された秘密の場所の情報漏洩は避けられなかった。
薄く生い茂るヘアは髪色と同じプラチナブロンドだった。
「こりゃあ…参ったね」
「何か…問題あるの?」
ロジェが自分の緑髪を掻き上げながら困った様に零した。その態度が良く理解出来なかったジェレミアは聞き返す。
「無いさ。…こんな上物だったとは、思いもしなかった」
「ほ、褒めて…くれてる?」
「ああ」
値踏みする様にほんのりと紅いジェレミアの肢体を凝視するロジェ。彼女の体はロジェの予想以上に華奢だった。以前から線の細い女と思っていたが、剥いてみればその美しさが際立った。
軽装歩兵と言う都合上、無駄な肉は削ぎ落として然るべきなのだろう。薄いしなやかな筋肉は全身に行き渡っているが、その分脂肪は申し訳程度にしかジェレミアの体を覆っていない。
だが、決して丸みが無いわけではなく、出る部分は出ているし、その脚線美は唾をロジェの口腔に溢れさせた。…きつく抱けば折れる。そんな儚さがジェレミアを包んでいた。
――ギュ
「アンっ!」
ロジェはそんなジェレミアに堪らなくなって再び裸の彼女を抱いた。
「ロ、ジェ…?」
「こんな…こんな頼りなさげな体でお前は戦場を駆けていたんだな…」
そう零すロジェの言葉は誰に向けられたモノでもない。唯の独白だった。隣で見てきたからこそ、それがどれだけ難物だったのかが彼には知れる。ロジェの内に暖かいものが湧いてきた。
「そんなお前にここまでさせた。…責任は、果たさなきゃな」
同時に決意も、だ。先ほど、衝動に任せて暴力を振るってしまった事。…それについて釈明する気も謝る気も更々無いが、借りを返すには彼女を愛でるしかない。それこそが男の甲斐性の見せ所だと結論付けたロジェは益荒男だった。
「…?」
だが、そんなロジェの内面の変化にジェレミアは女と言う一点で気付けない。きょとん、とした視線を向けるだけだった。
「何か、注文はあるか?」
「…え?」
攻勢に踏み出そうとするロジェは最初にジェレミアの願いを聞き、様子を見る事にした。本当なら今直ぐにでも、いきり立つ怒張をジェレミアの膣に捻じ込みたいのだが、その獣性をグッと抑えた。
年下の女に負担は掛けたくないし、年上なのだから出来る限りリードしてやりたい。いきなりがっつくと言うのはロジェのプライドが許さないのだ。
「あ…う///」
そんなロジェの漢気溢れる言葉にジェレミアは困った様に身をくねらせた。何かお願いがある事は明らかな態度。ロジェは何も言わずにジェレミアが心を開くのを待った。
――数分後
「ロジェ…!」
「ん?…決まったか?」
…喰い付いて来た。魚が餌に掛かった事を確信したロジェはにこやかな笑みを口元に引いた。
「き…キス!」
「…む」
「キス……したい」
それが彼女のお願いだった。これからする事に比べて何とも小さい懇願で笑いそうになったが、ロジェはその笑いすら抑えて真摯な目でジェレミアを見た。…きっと、彼女にとっては重要な事なのだろう。それを推し量る術はロジェには無かった。
「…良いよ?」
「ぁ…っ、んん」
穏やかな口調と共にジェレミアの顎に手を添えるロジェ。鼻柱を傾かせて、唇を彼女の濡れたそれに覆い被せた。すると…
――ちゅうううう
「ぬっ!?…っ??!」
「ふっ!んっ!んん〜!!」
待っていたのはジェレミアの熱烈な歓迎だった。唇を重ねた直後、ロジェのそれがおもいっきり吸われる。口腔内の唾液や空気、舌等を全て。途端にロジェの口の中は真空になった。
「っ…!」
「はふ…!ふうううっ!」
先ほど甲板で交わした子供じみたキスではなく、これは大人のキス…否、口淫と言っても良い程の激しさだった。ジェレミアのキスに一瞬戸惑ったロジェだったが、直ぐに反撃体制を整え、逆にジェレミアの口を犯し始める。
ぐちゃぐちゃと淫らな音を立てながら、唾液が口元を汚す事も構わずに二人は口を使った目交いを行っていた。舌を絡ませ、唾液を送り合い、咀嚼して嚥下する。
歯の裏や粘膜までもしゃぶり尽くす舌の動きはロジェは兎も角として、小娘であるジェレミアには考えられない激しさだった。…それだけ、彼女が昂ぶっていた事の証かもしれない。
「っづう…」
「んはっ!…は、はあぁ」
息苦しさを感じた二人は漸く貪っていた互いの唇を離す。唾液の糸が何本も伝い、宙空でふつりと途切れた。
「ふうう…ちょっと、驚いた」
「んっ、っ…っ」
未だ己の口腔に残っていたロジェの唾液を飲み込むジェレミア。ロジェはジェレミアがしてきた刺激的なキスに驚嘆を隠そうとしなかった、そして、完全にロジェの唾液を飲み干したジェレミアは満足気に呟く。
「甘い…。キスって、こんなに甘いんだぁ」
虚ろな視線を彷徨わせるジェレミアはきっと、正常な精神状態ではない。物理的に甘いキス等は有り得ないのに、それに酔っているのが何よりの証だった。
…甘く感じられたと言うのなら、味覚がおかしいか、何かあるのかの二択だろう。ロジェはそんなトリップしているジェレミアの心を現世に無理矢理召還した。
「あー、さっきまんまるドロップ喰ったからな。その所為だろ」
それが真実だった。
「……あっ、そう…なんだ」
天井近くまで行っていたテンションがストン、と正常値に戻った。…何時の間にロジェがそんな物を食べたのかは定かではない。恐らくは、部屋に戻ってからなのだろうが、ジェレミアは突っ込む気は全く起きなかった。
「…気を取り直してっと」
予想外の反撃にあって出鼻を少し挫かれたロジェは少し沈んでいるジェレミアの間隙を突いて進撃の第二波を仕掛ける。無造作に、何の通達も無しに彼が腕を伸ばした場所はジェレミアの乳房だった。
――ふにっ
「ふああぁ」
ほんの少しだけ指がそこに食い込むとジェレミアが甘い声を上げる。汗ばんだジェレミアの肌は吸い付く様な肌触りで触るだけで気持ちが良い。
「ひゃんん!」
指に力を込めると上がる声の量が増した。寝台に仰向けになった彼女は気持ち良さそうに身を振るわせる。
「随分、感度が良いな」
「そ、そんな事…し、知らないっ!…わよぉ」
弱々しく返すジェレミアの声には余裕が全く無かった。キュッキュッと搾る様に乳を揉むロジェの動きにジェレミアは虜になっていた。
「…エレナとは大分、勝手が違うよな」
ふと、ロジェはそんな言葉を口走る。…思い返せばエレナはかなり淡白な女だった。どれだけ乱れようが、今のジェレミアの様に媚びる仕草は一切しなかった。だからこそ、ジェレミアのそれはロジェにとっては未知の領域だったのだ。
ジェレミアが普段している仮面を剥いだ事で見えてきた一面。案外男好きする性質だったのか、それとも性に対して貪欲なのかは判らない。だが、例えそうだとしてもそうでなくても、そんな考察に何ら価値はない。
「…甘えられるって言うのも、悪くなかったんだな」
重要な一点はそれだ。媚びる女は好かないロジェだが、あのジェレミアが精一杯自分に甘えてくれている現状を見れば、実はそれも悪くは無いと思ってしまうロジェだった。理屈や打算、建前でもない。本能でそう思ってしまったのだ。
「うう…」
ジェレミアはそんなロジェの言葉に恨めしそうな視線を向ける。ブルーの瞳が、自分をもっと構ってくれと告げていた。
「っと、お前以外の女の事考えるのはマナー違反だよな」
今のは自分が悪い。そう認識したロジェは悪いと思いつつも、頭からエレナの事を締め出した。拗ねる様に顔を背けるジェレミアが何だか可愛くて、両の乳首を強く捻り上げた。
「ぎっ!?ひ、ィッ!!」
引き攣った声で体を強張らせたジェレミア。硬くしこり、芯が通った乳首をジリジリと指の腹で擦り、ジェレミアの快楽のボルテージを上げていくロジェ。その手馴れた手付きにジェレミアは融けそうになっていた。
「アッ!あううっ!!」
「良い声で鳴く。…可愛いなあ、ジェレミィは」
クリクリ突起を圧迫し、乳輪をなぞるロジェは優しい声で囁く。自分の手によって、男を知らないジェレミアの体が開かれていく。その過程にロジェは確かに悦を見出していた。
「ろ、ロジェ……♪」
可愛い、と言う言葉がジェレミアの欲動に油を注いだ様だ。両目一杯に涙を溜めて縋る様な視線を投げてくる彼女は凶悪だった。きゅうぅ〜ん…と、まるで主を待つ子犬の様な、これでもかと言う位に保護欲を誘ってくる仕草にロジェは眩みそうになった。
「くっ…」
普段の姿とのギャップが有り得ない破壊力となって襲い掛かる。…女は魔物だと言う言葉をこの局面になって知ったロジェ。彼の戦列は足並みが乱れそうになりながら、何とか理性を保つ事でそれを再び統制した。
――余り時間は掛けていられない
下半身に滾るモノの抑えの限界が刻々と近付いてくる。加えて、ジェレミアの可愛い仕草に理性が跳びかねないと言う現状にあり、ロジェはジェレミアの最終防御陣地に進撃する事を決意する。
これ以上、乳を揉んだ処で戦果は上がらない。為らば、彼女の女の子を直接弄って、最終決戦へとなだれ込む。ロジェは再び通達無しでジェレミアの太腿に手を遣って、脚を大きく開いた。
「・・・」
抵抗らしい抵抗は無く、御開帳したジェレミアの其処を覗き込むロジェは言葉を失う。口の中に溜まった唾をぐびり、と飲み干した。
「見ちゃ…見ちゃ…やあ」
両手で顔を覆い、可愛らしくイヤイヤするジェレミア。
彼女の其処はとっくにロジェを迎え撃つ準備が完了していた。ピッチリ閉じた可憐な縦筋はだらしなく痙攣し、陰唇の奥からは小水でも漏らしたかの様な大量の愛液が溢れ出し、ベッドシーツに染みを付けていた。
「こいつは…」
流石のロジェとて面食らう。特に念入りに弄った訳ではない。だが、現にジェレミアの女はロジェの男を求めているのだ。その様を見せられたロジェは自分を律するモノが離れていっている事に気付く。
――今直ぐにでも組み伏して、目の前の女を喰らいたい
そんな暗い欲望が堰を切って溢れ出す。
「だけど…っ」
…並の男なら、撃墜されていておかしくない状況だ。だが、それでもロジェを押し留めるモノはあったのだ。見た目では準備完了しているジェレミア。だが、彼女が男を知らない性的に未熟である女である事は疑い無い事実なのである。
「俺が…初めての男になるんだよな」
それが女性にとってどれだけ重要な事か、男であるロジェだって判る。その体験を歪なモノにする事は出来ない。ロジェはギッ、と唇を噛んで、平常心を取り繕う。…一組の雌と雄になるのはもう少し後で良い。そうロジェは心に決めた。
「失礼するぞ」
「なっ!ロジェ!?」
心に迷いが生まれる前に、ロジェは動いた。自分の顔を剥きだしのジェレミアの股座の前に持っていく。そして、その後にロジェが取った行動にジェレミアは慌てた。
――スンスン
鼻を鳴らしてロジェがジェレミアの香を嗅ぎ始めたのだ。
「ば、馬鹿ぁ!な、何やってるんだお前/////////」
「見ての通り、だ」
泣き出しそうなジェレミアを無視して、彼女の香りを肺一杯に満たす。その濃密な香りは彼の頭に霞を掛け、一切合財の瑣末な思考を拭い去っていった。
「…むう、発情している香だ。敢えて言うなら、柘榴とヨーグルトをかけ合わせた薫り…って処か。…プロゲステロン分泌過剰なんじゃないのか?」
「っ…ぅ、えう…!ぅ…うう〜」
嗜虐的に言うロジェにジェレミアは羞恥から泣き出してしまった。女性ホルモンの臭いを嗅ぎ分けられるほどロジェの嗅覚は鋭くないが、ジェレミアを煽るには十分過ぎる威力を持っていた。
そんなすすり泣くジェレミアを見ながら、ロジェは口元を歪める。…可愛い女を泣かせるのは実に気分が良い。その相手がジェレミアだと言うのがまた更にツボだ。
ロジェはS気質の持ち主と見て間違いが無かった。
「味も見ておこうかな…」
「っ!お、お前っ!そ、それ以上の辱めは許さんぞ///」
声を荒げるジェレミアだったが、ロジェの行動を止めるには力も迫力も足りなかった。そして、ジェレミアはまたロジェに泣かされる。
――チュク
ジェレミアの陰唇にロジェは口で蓋をした。
「きゃひィ…!」
その感触に戦慄くジェレミアを上目で見ながら、その蜜を吸い上げるロジェ。ズズズ…と、ダラダラ滲む自分の汁を飲んでいるロジェの姿にジェレミアの子宮がジンジンと疼き始めた。
「む…」
「んはっ!かっ、ぁ…!んあぅ!!」
完全にジェレミアから羞恥の心が吹っ飛んだ。どれだけ自分を飾っても、下の口から与えられる刺激には抗えない。自分の女の性を目の当たりにして、ジェレミアは防衛ラインを自分の思考ごと放棄した。
チュッチュ…淡い口付けを交わす様な音が鳴り響く。ロジェの唇とジェレミアの下の唇が触れ合っているのだから、それは強ち間違いではない。問題なのは、ジェレミアにとってそれが気持ち良かった事。そして…
「っっ!?…ぐ、ぐう!」
「ロジェ…!も、もっとペロペロしてぇ…!」
それに味を占めたジェレミアがガシッ、とロジェの頭を凄い力で股座に固定した事だった。呼吸が阻害され、窒息の危険に向き合うロジェは貧乏籤を引いていた。
甘く悶えた声で泣くジェレミアの声を聞いていると、もう少し愛でてやりたくなるが、命の危機が間近に迫っているロジェは何とかジェレミアの腕の拘束を緩めようと躍起になる。
吸うだけに留めていた口の動きを激しくし、舌を膣口に打ち込んで責め立てる。襞と壁が侵入してきた舌を迎え撃つべく、火線を布いて来た。
「ぐっ…くっ、ぬう」
舌先が捻り切られそうな猛攻と酸素不足に悩ませられるロジェは分の悪い立場に居た。だが、それを何とかしてこそ男の子。なりふり構わず膣を舐る彼は何かに憑かれている様に一心不乱だった。
「ふあ!んあぁ!っあああああ!!!」
当然、それに抗えないジェレミアは腰を激しく浮かし、ベッドで暴れる。吸い上げながら、襞の翳に溜まる痴垢をも舐めとり、更に汁を掻き出すロジェの舌にジェレミアはトロトロになった。
「ロジェぇ!それイイ!もっとぉ…!!」
泣いて喘ぐジェレミアが更なる注文を付けてくる。少しは呼吸がマシになったロジェはその注文を捌く為に、口全体でジェレミアの膣を強く吸い上げた。
「ひっ!…ぁ、ああ…!」
ビクッ、とジェレミアが痙攣し、その刹那には大量の滑った粘液がロジェの口腔に流れ込んできた。
「んああああああああ!!!!」
絶頂を極めてしまったジェレミアは四肢を張り詰めさせ、くったりと寝台に沈む。ロジェはやっと自由になった頭をジェレミアの股座から離し、大きく息を吐いた。
「ふゆうう…死ぬかと思った」
ジェレミアの愛液でベトベトになった口を拭い、少し疲れた顔でロジェはジェレミアを見た。不随意的に体を振るわせる彼女は目を閉じて肩で大きく息をしている。襲ってきたアクメはかなり大きかった様だ。もう、今の彼女に取り繕うだけの正体は無かった。
「中々…っ、美味かったぜ?お前の味」
「ぁ…あうう」
ジェレミアの解けた長い髪がロジェの寝台に白金色の花を咲かせていた。脱力しきったジェレミアの前髪を撫で上げながら褒める様に言うロジェにジェレミアは恥ずかしそうに身を寄せる。スリスリと自分の匂い刷り込む様に体を擦り付けた。
「基本は甘酸っぱいんだが、ちょっとしょっぱかったな。小便か汗の味だな、アレは」
「仕方…無いだろ?シャワーを、浴びられなかったんだから」
そんな事を言われても困るジェレミアがまた拗ねた顔をした。その若干だがプリプリした仕草にロジェはいきり立つ自分の分身が悲鳴を上げている事を理解する。
――抑えはもう限界。正直、此処まで良く自戒したものだ…
自分を褒める様に、顔を綻ばせるロジェは漸く服を脱ぎ始める。肩当とグローブを外し、その上半身をジェレミアの前に晒した。
「シャワー?…そんなの俺も同じさ。でも、もう此処まで来たらどうでも良くないか?」
「ぁ…あぁ//////」
切ない溜息が漏れ、潤んだ瞳を向けられる。脱げば意外とガタイが良いロジェの体に魅入られているのだろう。ポウ、と酒でも飲んだ様に惚けた面を晒すジェレミアはその時が来た事を理解する。
「あたしを…食べる、の?」
「これ以上は流石に先延ばしに出来ん。…お前ももう十分だろ?」
「う、うん。平気、だけど」
「宜しい。それなら、今度はお前が…」
ジジ…とジッパーをズリ下げて、封印されていた暴れん棒将軍を解き放つ。
「ヒィ!?」
ブルンッ!…飛び出したその一物にジェレミアが驚きと恐怖が入り混じった声を上げた。
「お前が、俺を愛してくれ」
先走りでテラつく先端は赤黒く雁高、そそり立つ幹には青筋が立ち、その太さは子供の腕位はある。その長さは直立した状態でロジェの臍にまで届く。女を泣かせるデスブリンガーがジェレミアの処女膣に狙いを定めた。
「うそ…こんな、お、大きくて…太い、の?」
「他の野郎のサイズは知らんが、これが俺の竿だ。…こいつが欲しかったんだろ?」
「そうだけど…!は、入るの?それ…」
「其処からは赤ん坊だって出てくるんだ。挿入らない道理は無い」
怯えきった表情を張り付かせるジェレミアにロジェは淡々と告げる。ジェレミアが男のそれにどの様なイメージを抱いていたかは判らないが、もう彼女はロジェの肉棒を咥え込まなければならない事が決定付けられている。
「あー…また引き合いに出して悪いが、エレナはこいつが大層お気に入りだったぞ?」
「え!」
「根元まで飲み込んでくれた。最初は…かなり青い顔してたけど」
「ぁ…っ、……っ!」
前の女が自分の肉棒にどれだけ狂っていたかをジェレミアに示すロジェ。あまりこう言う露骨な挑発は使いたくないのだが、彼女が乗り気でないのならばそれすら使わざるを得ないのが現状だった。
案の定、その言葉に闘志を刺激されたジェレミアは自分から大きく脚を開き、手を添えて自分の大事な場所を曝け出す。奥の奥…処女の証まで丸見えの構図はロジェの食欲を掻き立ててきた。
「…来なよ、ロジェ」
「ほう?」
「あの女に出来たんなら…あたしにだって…!」
「くっ…!」
その稚拙な対抗心に堪らずに噴出す。それだけ故人であるエレナに負けたくないのだろう。…まあ、細かい事はどうでも良い。彼女がやる気を出した事が一番重要な事なのだ。ロジェはそんなジェレミアの覚悟を汲み取り、先端を入り口に宛がう。
「う…」
だが、空元気な部分もあったのだろう。宛がった箇所を中心にして、ジェレミアはカタカタと震えていた。穿たれる恐怖は完全には拭えない。腰骨を掴み、入り口から少し進ませた所でロジェは動きを止めた。
「ジェレミィ」
「くぅ…っ、…?」
突然動きを止めたロジェにジェレミアは警戒した視線を向ける。ロジェはそれを予期していた様に会心の笑みを浮かべて囁いた。
「お前…やっぱり可愛いな」
「っ/////////」
目を見開いてボッと染まるジェレミアは面と向かった台詞には極端に弱かった。
「か、かっ…」
「か?」
「か、可愛い言うな!恥ずかしいな!!」
「んな事言われてもな。俺がそう思っちまってるんだから仕方ないだろう」
照れ隠しの様に怒鳴るジェレミアは、もう飼い慣らしたいほどにロジェには可愛く映っていたのだ。その心には嘘は無かった。
「ぅ///…嬉しい、けどさ」
――ニヤリ
フッと視線を背けたジェレミア。それを待っていたかの様にロジェはジェレミアを貫く。
恥骨に骨盤をぶつける様に思い切り腰を叩き付けた。
「あ!?っ!!んっ、くうう―――!!!」
途中にあった肉の膜など障害にすらならない。それを易々と通過し、ロジェはジェレミアの最奥へと到達した。
「余所見は…っ、余所見は良くないな?」
「アぁ…アンタ…このぉ!」
戦場に於いて、騙まし討ちや伏兵などは普通にある事柄だ。ある意味でロジェとジェレミアのそれも戦闘と言って差し支えないモノだろう。それを失念していたジェレミアの手抜かりだった。
恨みがましい視線を投げてくるジェレミアの頬には一筋の涙の筋が伝っていた。破瓜の痛み…にしては随分と情の篭った涙。恐らくそれは、ロジェに貫かれた事による歓喜の涙と見て間違いは無かった。
「何だ?」
「……馬鹿ぁ!」
受け入れた痛みも特に無いらしい。寧ろジェレミアを占めるのは喜びで、顔一杯に笑みを浮かべ、ロジェの裸の上半身に抱き付いた。
「お、おいおい…しょっぱなからとばし過ぎだろ?」
「んんぅ…好きぃ…ロジェぇ……大好き♪」
感極まった様に自分の内面を曝け出すジェレミアに困った様な表情をするロジェ。彼女に此処まで思われていたとは、今の今迄気付く事すら出来なかった。だが、それが知れてしまえば湧いて来るのは一抹の情だった。
…自分は果報者だと。そう思うロジェ。…だったが。
「え…?」
そんな間抜けな声が出た。そう思ったのも束の間、不意討ちにも似た快感がロジェの竿を包み込んだ。
「んっ!んんうぅ…!」
「なっ!?お、おい!ちょ、待っ…!?!?」
腹圧が掛けられてギュウギュウと搾られる。事前に察知出来たのなら対策の立て様もあったのだろうが、何の準備もしていなかったロジェはそれに抗えなかった。甘かったのはロジェも同じだった。
「う、うわぁ」
乾いた、それでいて気の無い声がロジェの喉を通過する。…こりゃあかん。そう思った直後、下半身に蟠っていたしこりが強制的に解き放たれた。
「く、く…ぉ…!!」
「ふうう!!?ぁ…ふええ?」
どれ程の間溜まっていたか判らないロジェの熱い澱がジェレミアの穢れない子宮をその色と香りで染め抜いていく。生暖かい奔流が突然奥に流れ込むのを感じたジェレミアはその感触に酔いながらロジェを見た。
「お、お前…!マジかよ!?…ぅ、ぐっ…信じられねぇ……!」
「ふ…ふ、ふふふ!さ、さっきの、お返しだよ…うあ♪」
射精しながら、そして注がれながら不毛な会話を交わすロジェとジェレミア。何処からどう見ても馬鹿丸出しだった。
「もう…あんん…ま、満足したの?」
最奥に叩き付けられた精液の硬さが判る。内側から燃やす様なその熱にくねくね体を動かしながら、無意識的に腰を振ってしまうジェレミア。その言動はまだまだ飲み足りないと言っている様にしかロジェには聞こえなかった。
「…こんな展開で終れると思うか?」
不覚を取ったのは己の落ち度だが、こんな無様を晒してしまった事はロジェにとっては汚点以外の何物でも無い。それを返上する機会は欲しかったし、何より彼の残弾は消費し尽くされていなかった。
――グリッ
「ひゃあああああんんっ!!!」
男を潰してくれたジェレミアにお仕置きする必要が生じていた。子宮口に先端をめり込ませて強く擦ると、ジェレミアは気持ち良さそうな声で鳴いた。
「男を咥えたばかりなのに、もうそこで感じてるのか?…大した奴だ」
嗜虐的に微笑むロジェ。腹膜で得られる快楽は相当の修練を積まなくては得られないものだ。それに鋭敏に反応する彼女は滅多に無い一材である事は明白だった。
「未だ俺はくたばってないからな。…ジェレミィ?お前に、女に生まれた幸せを噛み締めさせてやるよ」
「っ…や、やあ…」
ゴキゴキ関節を鳴らしながら、ドスの利いた声で言うロジェはマジだった。ジェレミアはその魔手から逃れようとするが、下半身で繋がっている状態なので逃げ様が無かった。
「や、優しく…してよ?」
「ああ。優しく…お前の精気を頂くぞ」
改めて釘をさす様に言うジェレミアにロジェは当然だと言う風に言う。躾ける為でも、仕込む為でもない。元々がその為に始められた闘いだ。
が、もう、はっきり言ってそんな言葉に意味などは無い。だがそれを強調する様にロジェは言う。…俺を満足させろ。そんな声を確かにジェレミアは聞いていた。
――約一時間経過
もう日の昇る時間にあって、二人は尚も抱き合っていた。
「どうした?もう、鳴く余力すらないか?」
「っ…ぁ…ふ、あっ……っ」
抱き合っていると言うのは間違いかも知れない。瀕死のジェレミアを一方的にロジェが蹂躙しているのが正しい表現なのだろう。
お互いの汗の匂いとジェレミアの雌の臭いが充満した室内は気を抜けば吐き気を誘う空気が漂っている。
「んぃ…ぃっ…んんぅぅぅ!!!!」
「…お?また、逝ったなお前」
ざらつく襞の動きが一瞬これでもかと言う程に激しくなり、壁だって竿を握る様に締まって来た。そんなジェレミアは涎を垂らしながら絶頂の快楽に浸っていた。
「……こっちは未だ一発しか出してないって言うのに、羨ましいなあ」
「ろ、ロジェ…♪」
嫌味ったらしく言いながらも、ロジェは優しい手付きでジェレミアの頬を撫でて、顎に手をやって顔を向けさせる。下半身の責めは止めずに、緩急を付けた普通の動きでジェレミアの膣を往復し、開拓していた。
「まあ、お前が満足してるんだったら、俺も実はそれで良いんだけどさ」
ほんの少しロジェが寂しそうに言った。無論、本心は別であり、本当は力の限り腰を振ってガツガツとジェレミアの最奥を抉りたいのだ。だが、優しくすると言ってしまった以上、それを反故出来ないのがロジェだった。
「好き…好きだよぉ♪ロジェぇ…!」
「好き、ねえ」
そんなロジェに愛されているジェレミアの心はメロメロで体もトロトロだった。先程からうわ言の様に愛の言葉を囁いているが、ロジェはその言葉が耳に入る度に顔を顰めていた。
…心が掻き乱される様だった。どれだけジェレミアがロジェに惚れていようが、ロジェがその事実を知ったのはつい先程だ。本来なら、まともに取り合う事などは出来ない事柄だろう。
彼の心には未だにエレナが居て、その彼女への思いがロジェの心を軋ませるからだ。死んだと言っても、愛を交わした女。その女に操を立て、偲び続ける事こそが自分の贖罪だとそう思っていた。
「ロジェ…ろ、ロジェは?あ、あたしの、事…?」
「…っ!」
今、最も聞きたくない質問をされた。自然と眉間に皺が寄り、顔が歪む。…さっきまでならば、判らないの一言で済ませられたのだろが、今のロジェはその問いにどう答えて良いのか検討も付かなかった。その理由は単純だ。
「…ジェレミィ」
ジェレミアに情が移りつつあったのだ。どの時点からかは判らないし、それを探ったとしてもどうしようもない事だ。…ただ、可愛いとジェレミアにそう思ってしまった時に湧いた感情は、ロジェの胸に空いた空洞を確実に満たしたのだ。
「ねえ…ロジェ?…答えてよぅ」
その事実に気付かされ、心に開いた穴から血が流れた。エレナを失った直後、今度はジェレミアにときめいている節操のない自分が腹立たしかった。
「さ、さあ…なっ!」
「ひうううぅ!!!?」
もう今のジェレミアの声はノイズにしか聞こえない。その口を黙らせる為にロジェはシャフトを荒々しく上下させた。
キュウキュウしゃぶりつくジェレミアの膣の感触は心地良い。先程出した精液が潤滑油となり、かなり激しい動きも可能となった現状に於いて、態々腰の動きをセーブするのも馬鹿らしくなってきたロジェは加減する事を止めた。
…今はただ早く終わらせたい。その一心でジェレミアを穿つ。
「んあぅ!はっ、げしっ…ィィ!!ろ、ジェぇ!!!」
優しくするとは言ったが、その度に心を犯されては堪らない。多少痛みを伴うだろうが、ロジェはねっとり絡みつく襞の包囲網を破り、押し潰そうとする壁の猛攻をも掻い潜り、そうしたかった様にジェレミアの子宮口に鈴口でキスをする。
「くっ」
…テケリ風に言えば針の狢と言う奴なのだろう。体は熱く満たされているのに心は逆に冷めていく。そのジレンマが甚だ不快だった。
「痛ぁ…っ、ロジェ…!ぃ、痛いよぅ!」
「痛い?嘘を吐くなよ。あれだけよがってたのに今更だな。…それより、しっかり締め付けてくれよ」
かなり無理臭い激しい抽送がジェレミアに悲鳴を上げさせた。傷口を高速で摩擦する肉棒。そして最奥に打ち当てられる先端の衝撃は男を知らない女にはかなり酷な代物だ。が、ロジェは我関せずと言った感じの声でそう言うだけだった。
「や、やだ…!こ、これぇ…本当に、辛い…!」
苦痛の為に涙するジェレミアの顔は魅力的だった。下半身が更なる刺激を求めて、秘肉を貪った。だが、ロジェの心は完全に冷え切り、それに悦を見出す事も無かった。
「本当に痛そうだな。じゃあ、こう言うのはどうだ?」
腰骨に片手を添えたまま、もう片手を結合部の少し上に持ってくる。包皮に包まれたジェレミアのペニスをロジェは剥いた。
「ひぎぃぃいい!!!」
痛み…若しくはそれに似た快楽に悲痛な声を上げるジェレミア。仰け反り、白い喉を晒す彼女は快楽に溺れている様にしかロジェには見えなかった。
「ぐっ…!凄いな、ジェレミィ。此処、弱いんだな?」
再び絶頂を極めたジェレミアの内部が搾り取る様に蠢いた。その動きに一抹の射精感を煽られたロジェはクリトリスを扱きながら、更に腰の動きを激しくした。
「ぅ、ふっ…ふえ…ふええ…!」
だが、それも数十秒と続かなかった。喘ぎではなく、耳を打つジェレミアの嗚咽がロジェの動きをストップさせる。
「また、か?…今度は何で泣いてる」
甲板で彼女が見せた女泣き。動きを中断されたロジェは腹立たしげにジェレミアを睨む。
「こんな…ぅ…っ、こんなの…違う…!」
「何が違う?判る様に言え」
「全然…優しくないじゃないか!」
ピク、と片眉を釣り上げるロジェ。自分で誘った癖に今になって泣くのはお門違いも甚だしいと詰りたい気分に駆られる。
「・・・」
「うう…い、今のロジェ…怖いよぅ」
だが、駆られたのは一瞬でそんな黒い感情も彼女の涙の前に霧散してしまった。まるで悪い夢だったかの様に、次に襲ってきたのは胸を締め付ける痛みだった。
――ハア
大きく溜息を吐く。…俺は何をやっているんだろう。そう自分を批難する声が確かに心の中に鳴っていた。心の動揺を表す様にそれは大きくなっていく。
…自分の都合を押し付けて、ジェレミアを泣かせてしまった。その事実は確かに今のロジェにとっては重かった。
「…悪かった」
「…え?」
「少し、気張り過ぎた。許してくれ」
「ロジェ…」
そうしてロジェは素直に頭を下げた。そんな行動をされると思わなかったジェレミアは少し戸惑った後に、笑顔を浮かべてロジェに口付ける。
――チュッ
「…うん。これで、仲直り」
あっさりとジェレミアは許してくれた。
「・・・」
その笑顔を見て、確かに心の内に温かい感情が湧く。此処に居たって自分を偽るほどロジェは愚かではない。自分の心がジェレミアにある事を漸く認めるに至った。
「っ!」
そうして、それと同時に胸が軋んだ。エレナとの記憶の残滓が内部を蝕んでいる。ロジェは本当に泣きそうだった。誰かに縋らなくては立ち行かないギリギリの精神だ。
「ロジェ…?どうしたの?」
そして、そんなささくれ立ったロジェの心を包むのは彼女以外居なかったのだ。
「あ、ああ…いや、何でも」
ロジェの苦悩が見えないジェレミアが気遣う台詞を言う。それだけで、ロジェは心の痛みが軽くなった気がした。
「また…動いて良いかな?」
「うん…痛くしないで?」
認めてさえしまえば随分とあっさり状況は動くものだ。エレナの幻影に悩ませられるロジェも、ジェレミアと繋がっている裡は平静を保てる。ロジェは行為の続きを提案し、ジェレミアもそれを呑んだ。何時までも抱き合ってはいられないのだ。
「ぁ…ああ、凄い…ロジェの…逞しい…!」
ゆっくりした動きで膣を穿つロジェの暴れん棒。ただ荒々しかっただけの今までの動きに比べて穏やかではあるが、ジェレミアはそれが気に入った様だった。
「っ…悪くないな。お前が熱烈に抱き締めてくる」
そしてそれはロジェとて同じ。快楽を引き出す為の動きではなく、相手を気遣う動きの中でロジェも確かにジェレミアを感じていた。
「ハァ…ァ、アン…!っ!っ!」
腰骨を抱いて、深い部分での挿入で固定。そこから浅い抽送を繰り返して子宮口を丹念に擦り上げるロジェ。その優しい動きにジェレミアは喘ぐしかなかった。
もう既に絶頂を迎えてもおかしくないのに、そのいじらしい程に優しい動きがジェレミアの絶頂を許さない。
「も、もうちょっと…だ。もう少し、堪えてくれ」
ロジェとしてもこんな牛歩の歩みはしたくはないが、もうお互いに絶頂が近い状況にあって、思いつく優しい抱き方はこれしかなかった。
奥を擦る度にジェレミアの中は精液を搾ろうとビクビク震え、最初に比べて下がって来た子宮口は子種を飲み干そうと乾きを露にしている。
「も、もう…逝、きそう…!は、はやく…はやくぅぅ…!!」
逝く寸前まで追い詰められ、尚も奥を擦るロジェの行為はジェレミアにとっては地獄の責め苦並に苦しい。手の届く場所に絶頂の尻尾があるのに、それを掴む事が許されない。
…女にとっては堪らない状況だった。
「そう思うなら…もっと、愛してくれ。もっと俺を…欲しがってくれ」
ドロドロとした媚肉の坩堝に一物を突っ込み、ジェレミアを泣かせているロジェは確かに、ジェレミアを愛していた。…無論、物理的な意味で。その愛が苦しいジェレミアはロジェに懇願する様に、呂律の回らない舌で必死に射精を強請る。
「も、らめ…ぇ…逝、かせてぇ…子種…らしてぇ!」
これ以上は本当に狂う。そんな危うさが伝わってくる。ロジェはジェレミアの痴態に心を動かされると同時に、込み上げてくるモノを確かに感じる。
「…限界、か」
「ちょうらい…ロジェの子種…!いっぱい、いっぱい…らしてよぉ!!」
ブルリ、と背を振るわせたロジェは一物を入り口付近まで抜き、その直後に…
――ドスン!
体重を掛けた重たい一撃を最奥に見舞う。子宮口にめり込んだ鈴口が膨張し、そこから熱く融けた精液がジェレミアに最奥に届けられた。
「ぅ…ぐ…くぁ…ぁ!」
目の前で火花が散った。それ程の快楽を味わった経験など今までロジェには無かった。
「ぁ…あ!!!にゃ、ぁ…はぁ、ぁ!アンン!!!!」
ジェレミアにしても同じ事だ。狂う寸前まで焦らされ、種付けによって迎えた絶頂がどれだけ激しかったのかは伺いしれない。ジェレミアは絶頂の叫びを上げる訳でもなく、ただドバドバ注がれる子種を痙攣しながら飲み干していた。
「ろ、ジェの…っ、しゅごい…あついぃ♪」
二度目とは思えないほどに硬さをと量を誇るロジェの精液。膣は竿を情熱的に愛撫して、幹の根元に残る精液をも啜り上げる。絶頂が続いているのか、精液の塊が子宮に届く度にジェレミアは痙攣し、ポロポロ涙を零し泣いていた。
…結局の所、ジェレミアの性体験は歪なモノになってしまった。子宮でロジェの子種の味を覚えてしまった彼女は確かに、ロジェの女になったのだった。
――事は終わった
「……く」
…だと言うのにこの胸のしこりは何なのか?ジェレミアと事を始めてからずっと在ったモノ。ギリ、と奥歯を噛み締める。胸の奥に形容し難い何かが巣食っている。それがもやもやして仕方が無い。
「ジェレミィ」
その名を呼んで、彼女は熱い吐息を吐いた。
「はああ………っ、ロジェ」
満ち足りた満足気なジェレミアの表情。それを見たロジェはその不快感の正体に漸く気が付いた。…冷静に考えれば、単純な事だった。
―――ジェレミアのその顔が、エレナのそれに重なって仕方が無かった。
心の何処かで、エレナの面影を求めていた。死んだ事を未だに信じられず、都合良く現れたジェレミアをその代用品とした。
「何が…何が…エレナとは、違う…だ」
あの時吐いた自分の台詞にロジェは反吐が出そうになった。結局、自分はエレナを忘れられずにジェレミアを都合の良い女と扱っただけ。そんな自分の弱さ、業の深さに泣きそうになった。
だが、泣こうと思って泣ける程、ロジェの涙腺は素直ではなかった。
「ねえ…ロジェ…?」
「…ぁ、ああ。何?」
注意力が散漫になっていた。ジェレミアの声に反応するのに僅かに時間が掛かる。ロジェはジェレミアの顔を見た。
「それで…さ。あの…」
「どうした?」
もじもじと言い淀む彼女。だが、それは一瞬で、次には言葉を紡いでいた。
「元気…出た、かな?」
「っ」
頭のピーナッツバターを振るわせるその言葉に何も言えなくなった。自分の処女を捧げてまで、腑抜けた己に活力を与えようとしてくれたジェレミア。そんな彼女を亡き女の代わりとして扱った自分自身。その在り方の差にロジェは自分の矮小さを知った。
困った様に、またはにかんだ様に聞いてくるジェレミアを直視出来ない。直視してしまうとまた、その姿にエレナを見てしまいそうだった。
「っ…ちょっと、聞いてるのか?」
「う」
グイ、と手で無理矢理、背けた顔の向きを矯正された。そうして入ってきた視界に居たのはジェレミアではなく、エレナだった。
「…?ど、どうした?」
「・・・」
…もう、駄目だ。ロジェはどうして良いのかが判らない。此処までしてくれたジェレミアに何を返せば良いのか、結局の所何一つ変わらなかった自分の心をどうすれば良いのかが。
「え、え?ろ、ロジェ!?」
天邪鬼な涙腺が反応を見せ、ツウ…と滂沱の涙がとめどなく頬を伝う。止める事も出来なければ、そうする必要性もまた感じない。ユハニの時も、エレナの時も…結局ロジェは涙を流す事が出来なかった。
「ユハニ…エレナ…」
為らばこれは…その時に流すべきだった涙なのだろう。堰を切ったそれがベッドシーツに垂れ落ちる。ジェレミアはその光景にオロオロするばかりだった。
「エレナ…エレ、ナ…!」
昔の女の名を呼び、その弟の残した守れなかった約束が心を千切り取る。どれだけ泣き叫んでも、故人が戻る事は無い。そうする事で己が犯した罪をその心に刻むロジェは本当に痛々しかった。
「ロジェ…」
ジェレミアがそっと、男泣きするロジェを包んだ。彼が泣いているのは自分が取った行動に根差している事を察知した彼女は、そうするのが当然の様にロジェを抱き締める。
「エレナ……ゴメン…!俺、俺は…君を…君の弟まで、この手で…!」
「…良いから。今はさ、泣いて…良いから。…泣いてあげなよ。…ね?」
優しい手付きでロジェをあやすジェレミア。泣いている子供にそうしている様で、泣き止むまでずっとこうして抱いてあげたいと言う衝動が抑えられなくなる。
「エレナ…っ」
そのままロジェは泣き続け、気が付いた時には泣き寝入っていた。ジェレミアはそんなロジェを抱きながら何時の間にか寝てしまっていた。
――数時間後 ロジェ私室
王都への進発準備の時間が迫っている。
時間ギリギリまで寝ていた二人も流石に跳ね起きるしかなかった。もう殆ど時間が残されておらず、シャワーを浴びる暇すらない。
大量に吐き出されたロジェの子種は未だにジェレミアの内に残っており、本当ならばそれ処理しなければならない。が、その時間すら惜しいジェレミアは都合良く持っていたタンポンを膣に捻じ込み、精液が漏れ出さない様に蓋をした。
…胎に子種を抱えたまま王都で戦う事がジェレミアに決定付けられた。
「じゃあ、あたしは先に行くぞ」
もう既に準備を完了したジェレミアは何時もの装いに戻り、ロジェの部屋から出て行こうとする。トレードマークのバンダナも三つ編みも数時間前にロジェの部屋を訪れた時と同じだ。
「・・・」
ロジェの準備の方も粗方終わっている。残っているのは本当に使っているのか怪しい腰の剣の装着と、ジェレミアが派手に汚したベッドシーツの始末だけだった。ロジェは視線を向けてくるジェレミアに同じく視線を向けて、無言で頷いた。
「あ…」
そこで何か、ロジェが言葉を掛けて来ると予想したジェレミアだったが、それは外れてしまった。…自分としては本懐を遂げた。だが、これで終わりにするにはロジェと言う男は魅力的過ぎた。だが、そんな関係の継続を女の口から言うのは何か違う。
だからこそ、ロジェの言葉が欲しかったジェレミアは落胆した様に肩を落とした。
…一体自分は何を期待していたのか?そう考えて馬鹿らしくなったジェレミアは今度こそ部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待った」
「!」
それを止めたのはロジェだった。彼は決まりの悪そうな顔をしながら、視線を背けていた。きっと葛藤があったのだろう。だが、ここで言っておかなければ絶対に後悔すると言う予言じみた危機感がロジェを突き動かした。
「な、何…よ」
そう問うジェレミア。まさか本当に声を掛けてくれるとは思わなかった。だからこそ、ロジェの言葉は聞き逃せない。ロジェは大きく深呼吸し、わざとらしく咳払いした後に、男らしく言い切った。
「お前への返事…少し、時間をくれ」
「・・・」
「突然の事だから、今この場では答えを出せない。だから、良く考えたい。…時間は掛けないから…待ってて、くれるか?」
「…うん!あたし…待ってるから!」
良い返事を期待する。…そんな声が聞こえてきそうだった。
パア、と顔に満面の笑みを浮かべ嬉しそうにジェレミアは駆けて行った。
――ハア
独り部屋に残されたロジェが大一番を為した後の様に大きく息を吐いた。別に告白した訳じゃない。その返事をする約束を取り付けただけ。それなのにこんなに緊張したのは、エレナと初デートした時位だろうか?…そう考えると笑えてきたロジェだった。
「このまま…フェードアウトするのは大人のする事じゃないよな」
ジェレミアが思いを寄せてくれているのならば、それに返事をしてやるのが今の自分の責任だとロジェは思う。昨晩の一件を無かった事には出来ないし、都合の良い女と扱ったままジェレミアから逃げる事も許されない。
…返事はどうであれ、決着を付ける必要性が生じていた。
「好いた女を失って、数時間後にはまた別の女に篭絡される。…こんなだらしない俺が、アンタに勝てるのかな…?」
自嘲気味に漏らすロジェ。…ペダンがファ・ディール全土に仕掛けた戦争。それが何処かおかしい事にロジェは気付いていた。エジーナの鏡の様な規格外のアーティファクトを扱える部署などはペダンでもあの場所しか存在しない。
…ミラージュ・パレス。嘗て自分が生まれ育ったその場所に居る人物こそが今回の黒幕だと言う事にロジェは何となく知っていた。
「…兄さん」
今の自分で勝てるのか?止められるのか?…それは判らない。どの道、次の戦いに勝利しなくては黒幕を表舞台に引っ張ってくる事は出来ないのだ。
上手くいけば終戦記念日。そうならなくとも、幻影宮への道は開かれるのだ。
「…行くか」
準備は完了した。今は何も考えず、王都ペダンで立ち回れば良い。…重い腰を上げてロジェが自室を出て行く。その脇にはジェレミアの汁と破瓜の血を吸った薄汚れたベッドシーツが抱えられていた。
そして…
―――幻惑のジャングル ナイトソウルズ停泊地
ロジェの危惧の通り、決着は幻影宮へと持ち越された。王都ペダンで戦い、幻惑のジャングルを通り抜けてきた一行は幻影宮から目と鼻の先である場所で最後の準備を整えていた。
泣いても笑っても次で最後になる事が皆判っていた。世界が滅びるのか、それともペダンの野望を挫けるのかは判らないが、それでもペダンと決着を付ける為に、皆は英気を養っている。
…そんな中、ジェレミアはロジェからの呼び出しを喰らい、その場所で彼を待っていた。
他の者達は最後の晩餐の最中で、ささやかながら豪勢な食事に舌鼓を打ち、酔っ払っている。何人か抜け出した所で、気にも留めないだろう。
ロジェが指定したのはガイアの傍らと言う、色気があるんだかないんだか分からない微妙な場所だった。何だってこんな場所を…と思ったジェレミアだったが、先方の指定なのだから仕方が無いと諦めた。
「…遅いな、アイツ」
指定時刻よりかなり前に辿り着いてしまった事にジェレミアは気付いていなかった。することも無いのでグルグルとガイアの周りを回っていると、財宝発見のアラームが鳴った。
「……ゴーストハンド?」
何やら不吉なアイテムを引き当ててしまった。幸い、そのアイテムの在庫はあるので、ジェレミアはそれを見なかった事にしてそれを藪の中に放り投げた。
「早いな。もう来ていたか」
「あ」
そんな馬鹿をやっていると、お目当ての人物がやってきた。
ロジェは酒瓶を片手に、少し赤い顔でノロノロとジェレミアに近付いていく。
「酒臭いな。…デートのお誘いなら、もっとちゃんとして欲しいが」
「そう言うな。ガウザーとロキの旦那に捕まってな」
皮肉交じりの小言を言うジェレミアにロジェは悪びれる様子も無く言った。
「で…あたしを呼び出した理由は?」
「おいおい。分かってるんだろう?」
敢えて聞く必要も無い事を聞くジェレミア。その内心に渦巻くのは恐怖だろう。光源が殆ど無い暗闇のジャングルにあって、ロジェにはジェレミアの表情がはっきり見えていた。
「そ、そうか…返事が用意出来たんだな」
「そう言う事だ。ペダンと決着を付ける前に、お前との事を…と思って」
ザア、と風が吹き抜け、夜の密林が吼えた。これから語られる男の返事を期待している様なそれは、ジェレミアの心の一端を映した様だった。
「それ、で…お、お前の返事は?」
ゴクリ、と唾を飲み込むジェレミア。心の動揺に呼応して心臓が高鳴る。呼吸するのも忘れるほどにロジェの言葉に耳を欹てた。
「ゴメンなさい」
「え」
「だから、ゴメンなさい」
聞き返した処で返事は変わらない。それはつまり、振られた…と言う事だった。
「は、はっ…ははは。そ、そう、だよね。あたし…じゃあ、駄目だったか」
何故か笑い出しそうになる心のままに、ジェレミアは自嘲気味な言葉を紡いだ。
「考えてみれば…あたしじゃあ、エレナに勝ってる部分って無いよね。全然、女らしくないし、性格悪いし、おっぱいだって…」
「・・・」
…振られたショックが此処まで大きいとは。ロジェは一瞬壊れたか?…とも思ったが、何も言わず黙って聞いていた。
「っ…ぐす…あ、あれ?お、おかしいな…涙が…溢れて…」
俗に言う悔し泣きと言う奴だろう。ジェレミアの顔は暗くて判らないが、泣いていると言う事は聞こえてくる嗚咽で判った。
性格の悪いロジェはそんな傷心のジェレミアの心を更に抉った。
「悔しいのか?」
「悔しいよ!!!」
怒号が響く。ヒステリックに叫んだジェレミアはロジェに殺意の視線を向ける。
「い、生きてる女なら仕方ないけど…し、死んじゃった女にまで、あたしは負けたくないのよ!」
大泣きしながら叫ぶジェレミアにロジェは流石に悪い事をしたと思い、近付いていった。
「ちかっ、近寄るな馬鹿ぁ!」
「ジェレミィ」
昨日と同じ様に勝手に付けた愛称で呼ぶロジェを拒絶するジェレミア。だが、ロジェは構わずにその小さな肩に手を置いた。
「冗談だ。だから落ち着け」
「聞きたくない!聞きた……………はい?」
「だから冗談だ。お前みたいな良い女を振る訳ないだろ」
どさくさに紛れてロジェが爆弾を吐いた。それこそがロジェの本心。それを言われたジェレミアは泣くのも忘れて固まってしまった。
「えーと…どう言う事?」
「ちょっとした洒落のつもりだったんだがな。いや、まさかここまで泣かれるとは思わなかった。…俺はお前に愛されてるんだな」
「ロジェ…お前、一度死ぬか?」
チャキ!ジェレミアが得物である双刀を抜いた。どうやら、自分をからかったロジェを懲らしめる気満々だった。
「まあ、聞けよジェレミィ」
「黙れ!あたしの心を犯しやがって…!落とし前はどう付けるつもりだ、貴様!」
「良いから聞け!!」
「っ」
その程度でキレたジェレミアは止まらない。だが、ロジェは強い口調でジェレミアを縫い止める。
「俺も良く考えたんだ。確かに、お前はエレナとは毛色が違うし、色々と欠点だってある奴だ」
「そう、だけど…」
「だけど、色々エレナと比べたって、お前はエレナじゃない。逆立ちしたって成れないのに、お前にその幻影を重ねてたのが…そもそもの間違いだった」
「そんなの…当然、だろ」
ジェレミアの言う事は正しい。過去の女の幻影を勝手に別の女に重ねるから齟齬が生まれる。…それが模範的な解答だが、ロジェにとってエレナはそれだけ大事な女性だったのだ。そんな女性の死から数時間足らずで立ち直るのはロジェでも無理だった。
「ああ、そうだな。…俺がそれだけエレナに惚れてたって事さ。だけど、その間違いに気付いたら、後は簡単だった」
「それは、何?」
「俺がお前に転んだって事を理解するのがだ」
「え?ぇ、ええ!?」
その齟齬に気付き、自分を見つめ返したロジェはやっと自分の本心を受け入れる事が出来た。それを語られたジェレミアは吃驚した様に叫ぶ。何を今更と思うが、彼女もまた純情な女の子だったのだ。
「お前は俺に優しかったし、それに抱いてる最中も可愛かった。…俺にはそれだけで十分だったよ」
「ろ、ロジェ//////」
恐らく、相性が良いのだろう。最悪、これだけでも女を好くには十分な理由だった。ロジェの心に触れた気がしたジェレミアが朱に染まる。
「ま、そんな空シンパシーに縋った所で虚しいだけだが、俺が正気で居られたのはお前のお陰だと思っている。それに…お前、言ったよな?俺が好きだって」
「う、うん」
真摯な表情と共に、ロジェは持っていた酒を呷り、ここ一番の台詞を言う為に気合を入れた。酒に頼らなければそんな台詞が吐けないとは、チキン過ぎて締まらないが、言ってしまえば後はどうでも良くなる事をロジェは知っていた。
「…っ。なら、俺もそれに対する答えを出す。…ジェレミア」
「は、はい!」
ビッ、とジェレミアが姿勢を正す。何処からでも来い。…果し合いでも始めそうな空気だった。
「俺もお前が好きだ。……多分」
「…………多分?」
周りの藪からリーリー虫が泣く声が聞こえてきた。そんな痛い沈黙を破り、ジェレミアは最後に付いた気になる言葉の釈明を求めた。
「俺の心には、未だエレナが居る。エレナに向けていた想いとお前に向けていた想いが同一のものか、俺は客観的に判断出来ない」
「・・・」
その理由にジェレミアの目が細まった。…それも仕方がないとジェレミアは思ってしまう。失ってから未だ日数がそんなに経過していないのだ。エレナの幻影が消せないとしてもそれはロジェの弱さではない。
寧ろ、許容してこその女の度量とジェレミアは割り切った。
「ちょっと卑怯だが、その是非はお前に決めて欲しいんだ」
そうして、舞台はクライマックスに。幻影の片割れが地雷女に愛の告白をする。
「俺の内には他の女が巣食ってる。忘れる事も出来ないし、その必要も無いと思う。それでもお前は、俺を…受け入れてくれるか?」
確かに、卑怯な言葉だった。だが、先日甲板でジェレミアがした色仕掛けに比べれば、未だ可愛い部類に入る。それを為したジェレミア自身もそう思った。
そうして、彼女の答えは既に決まっていた。それを示す為に…ロジェの言葉が欲しかった。
「…もう一回、好きだって…言ってくれる?嘘でも…良いからさ」
嘘でも良い。そんな器用な真似が出来るなら、ロジェも苦労はしないのだろう。だが、今のロジェに嘘は吐けないし、吐く気もない。惚れた女へ、心の底にあった言葉をそのまま直にぶつけた。
「好きだ、ジェレミア。もっと…お前の事を好きにさせて欲しい」
「ロジェぇ!」
――ドンンッ!
「ぐおっ!!?」
甲板の時よりも気合の入ったタックルがロジェの腹に刺さり、転倒させた。
「好き…!大好きぃ!!」
そうして圧し掛かってきたジェレミアは自分の持つロジェに対する気持ちを表す様にキスの雨を降らせる。
「ね、熱烈だなあ…おい」
――でも、それも良いか
ロジェは地雷と呼ばれる女を恋人に据える事に不安は無かった。足りない部分は自分が補えば良いし、何よりもこの女と駆ける日常は楽しそうだ。…そう思い、ロジェはジェレミアにお返しのキスをする。
…最後の出撃は迫り、その前に交わされた新たな恋。それを露と消えさせる訳にはいかない。
――君を忘れない。だから…俺を許してくれ
嘗ての幻影の住人は心の中で昔の女に…そして、その弟に頭を下げた。
虚妄と迷妄を映す鏡。その嘘を拭い去り、真実を陽の下に曝け出す。果たして消え去るのは現実かそれとも幻影か?…もう直ぐ、その結末は示されるのだろう。
夢、幻の如く……
〜了〜
―――おまけ
「うーむ、若い。私にもああ言う頃があったモノだ」
「あー、ベルガーの旦那って息子さんが居るんだっけか」
「青い春ですか…はあ。セシリア…私達にもありましたねえ」
既に彼にはヒースと言う息子が存在している。キュカはそれについて色々と闇の司祭様に尋ねている。ユリエルはユリエルで失った愛に思いを馳せ、遠い目をしていた。
「普段では見れん顔だな。ロジェも、ジェレミアも…」
「愛の力って奴さ。獣王さんよ。お前さんも一回それに狂ってみたら解ると思うぜ?」
「そう言う…ものなのか」
「しっかし、ロジェの奴やるなあ。見てない所でしっかり地雷女を撃墜してやがる。あー…そう言えば、最近シモーヌと仲良くしてないなあ」
ロキとガウザーは酒を呷りながら、二人を観察していた。若い滾りをぶつけ合って、青臭い愛に酔う二人に生暖かい視線を向ける黄金の騎士と獣人王。
…余談だが、この時見た光景が二人を奮起させ、ロキはシモーヌにデュランを宿らせ、ガウザーは積極的に嫁探しを始める様になった。…か、どうかは判らなかった。
「嗚呼…リチャード…私もあんな恋がしたいわっ!」
「サンドアロー…全てが終わったら、思う存分溺れさせて貰うからな」
「フッ…独り身は悲しいなあ。…ジョスター……私の事も見てよ」
女性三人の内、ヴァルダは此処には居ないリチャード王子を思って泣いているし、既に夫が居るファルコンはその夫に思う存分愛でられる事を夢想していた。
唯一男運が無いアルマは血涙を流しながら、ミネルバに対する怨嗟をこっそり紡いだ。
「ロジェぇ…もっと、ギュってして♪」
「あー、うん。………解った」
――俺達、晒し者?
ロジェは視線に気付いているが、ジェレミアはもう完全に舞い上がり、周辺警戒は笊になってしまっていた。
周りから向けられる好奇の視線に顔を引き攣らせるロジェ。ジェレミアはそんな事には気付けず、思う存分年上の彼氏に甘えるのだった。
「…皆、何処に行っちゃったでありますか?」
一人残されたテケリは大人の薄汚れた事情から取り残されていた。
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