ケヴィシャル
362氏
「まっくらになっちゃったでち…」
シャルロットが呟いた。
「あのスカタンオヤジ、もどったらおぼえてろでち!」
「うーん、今夜は野宿かなあ」
ホークアイがナイフについた血を拭いながら、苦笑するのが気配でわかる。
血のにおいが鼻をかすめて、オイラはあわててそこから背中を向けた。
夜に戦うと、オイラは変わる。
獣人の半分、ケモノの本性を抑えきれなくなる。
今までは夜は必ず宿についてたのに、今日は手違い…大砲の照準ミスで、
夜になっても町につけないまま。
さっきから、体が疼いて仕方がない。
戦いたい。
敵を、この爪で引き裂きたいと思ってしまう。
それを必死に抑えてる。
「ケヴィンしゃん、どーしたデチ?」
気づけば目の前にシャルロットの顔があり、オイラは飛び上がった。
「な、なに!?」
「いや、さっきからコイツ、お前の様子おかしいって」
ホークアイがシャルロットを指差して言う。
「なーんかケヴィンしゃん、さっきからくるしそうでちよ?びょーきでちか?」
「だ、大丈夫。オイラ、元気!」
とっさにそう答える。
変わった自分を、見られたくない。
怖がらせてしまうかもしれないから。
二人の…シャルロットの笑顔が目の前で凍りついたら、きっとオイラ、平気でいられない。
オイラは、この子供みたいな女の子を守りたいと思ってた。
人一倍怖がりなこの子は、オイラが変身したら怖がるだろう。
「うーん…ま、いっか。とりあえずもう少し歩いて…開けた場所に出たら野宿しよう」
同意を求めるようなホークアイの言葉に、オイラはなんとか頷いた。
このまま戦いを続けて、平気でいられる自信がない。
オイラ、シャルロットやホークアイまで襲ってしまうかもしれない…カールみたいに。
「また来た!」
襲い掛かってくるモンスター。
その度に、暴走しそうになる自分を押しとどめる。
そうしながら戦ってると、周りへの注意もおろそかになる。
気づいた時には、目の前にモールベアの鋭いツメが迫っていた。
「ぐあっ」
とっさに腕で身を守る。
掻き切られた血のにおいに、またも理性が擦り切れそうになる。
耳鳴りがする。
耳鳴りが――
嫌だ、ケモノになんてなりたくない。
「ううう…」
「ケヴィン、しっかりしろ!」
なんとか顔を上げると、脂汗が流れてきて滲んだ目に
ホークアイが、そのモールベアを切り捨てるのが見えた。
その後ろから、また数匹、ホークアイを追ってくるのも。
「くそ、まだいた!シャルロット、回復してやれ!」
「りょーかいでち!」
ホークアイは、ひとりでモールベアの足止めに向かう。
申し訳なさを感じながらも、オイラは自分を止めるので精一杯だった。
足でまといになってしまって申し訳ないと
そう感じた瞬間。
「!!シャル…」
オイラが見たのは。
呪文の詠唱をしながら駆け寄ってくるシャルロットと
ホークアイの横をすり抜けてその後ろに追いすがるモールベア。
「うしろだっ!」
シャルロットが驚いたように振り返る。
フレイルを振り上げ…その前にモールベアがツメを振りかざす。
ダメだ、間に合わない。
声にならない悲鳴と
ゆっくり倒れるシャルロットの姿と
流れる血と。
「――――っ!!」
心臓の鼓動が跳ね上がる。
全身が熱くなって、目の前が真っ赤になる。
気がつけば、オイラは獣人の姿になっていた。
モールベアに飛び掛る。
殴って、殴って、殴って。
返り血を浴びて、それでも敵を殴って
周りが静まり返るのに、そんなに時間はかからなかった。と、思う。
「…ケヴィン、なのか?」
ホークアイの声で、我に返った。
「う、うん…シャルロット、平気?」
手を伸ばして…けど、オイラはすぐその手を引っ込めた。
おびえた目。
ああ、そういえば手…血だらけの、毛むくじゃらの腕。
シャルロットを見れば、目に涙が溜まっている。
ああ。
やってしまった。
結局、その日はそこで野宿することになった。
開けた場所で火を起こして、保存食を食べて。
オイラは何も言わなかった。
今まで二人にはあんなの見せたことなかったから
知識として知ってても、実感はなかったに違いない。
獣人のこの血が憎い。
守りたい仲間まで怖がらせてしまって。
食べたら、さっさと寝てしまおう。
そう思っていたら
「…あの、ケヴィンしゃん」
「あ…な、なに?」
唐突に声をかけられ、オイラは驚いた。
ホークアイはよくわかんないけど、シャルロットはオイラを怖がってると思ってたし。
でも、シャルロットが言ったのは予想もつかない言葉だった
「さっきは、ありがとでち」
「っ、え!?」
「しょーじき、しぬかとおもったでち。ケヴィンしゃんのおかげでたすかったでち」
頭がぐるぐるしてきた。
「え、その、…え?…オイラ、怖くないの?」
シャルロット、それからホークアイもきょとんとする。
「だって、オイラ変身したし、さっき泣いてたし」
「ぷーっ!シャルロットはレディーでちから、ないてなんかないでち!」
「傷が痛かったからだよなー?」
「ホークアイしゃんのばかー!」
ぽかすかとホークアイを殴りにかかるシャルロット。
オイラはいまいちわからない。
安心してどっと力が抜けたけど、まだちょっと混乱してる。
シャルロットが泣いてたのは、傷が痛かっただけ?
オイラが怖かったんじゃなくて?
「え、でも、オイラ、獣人…」
「ケヴィンしゃんはケヴィンしゃんでち」
こともなげに言って
「わっ、わっ」
オイラの膝に乗っかってくる。
「ケヴィンしゃんがどんなカッコでも、シャルロットのげぼくにはかわりましぇんからね!」
「待て、その下僕って俺も含まれるのか?」
「とーぜんでち!」
そう言うと、ちっちゃい同い年の女の子はにっと笑った。
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