幽霊船にて怖がり二人

387氏



荒れた波に、不規則に揺れる船の上。
古びた床は歩くたびにギシギシと嫌な音を立てた。
「…け…ケヴィンしゃん」
シャルロットは、ケヴィンにしがみつくようにして歩きながら言う。
「な、なに?」
「そそそーんなにふるえて、ケヴィンしゃんったらこわがりでちねー」
「シャルロット、こわくない?」
「あたりまえでち!し、シャルロットがこここ、こんなのこわがるはずないでち!」
声も体もふるえまくっているのだが、
ケヴィンは気付かないらしく、しきりに感心している。
素直である。
「…シャルロット、すごいな。オイラ、無理。」

「ケヴィンしゃんったら、お、おこさまでちねー」
「う…」
強がりながらもケヴィンの服の裾を握りっぱなしで
もし船内に十分な明かりがあれば、顔もひきつっているのがケヴィンにも見えたはずだ。
もう一人の仲間がいればまだマシだったのだろうが、
ケヴィンもシャルロットも呪いにかかるのを断固拒否したので、リースが幽霊として船室に残っていた。
幽霊船を歩き回る方が、一人で幽霊になるよりはマシらしい。

「し、シャルロット…なにか、きこえる」
物音に気付き、ケヴィンはびくびくしながら言った。
「ああああっ、バカいうなでち!いてたまるかでち!ゆーれーもオバケもいないんでち!」
モンスターという考えは頭から吹き飛んでいるらしい。
「で、でも……そこ、よく見る。ほら」
脅えながらも、シャルロットは武器を構えて目をこらす。
何かが体を引きずるようにして近付くのがわかった

ずるり。
ずるり。
ずるり。
ゆっくりと、しかし確実に近付いてくる。
二人は息をひそめて、身動きもせずにその影を凝視する。
怖いもの見たさ、とでも言うのだろうか。
二人は逃げず、ただ目をこらした

「ぎゃーーっ、おばけでちーっ!」
落ちかけた眼球に、生気のない肌の色。
それを目にしたとたん、シャルロットは大声を上げた。
ゾンビだった。
命を無くしてなお動きまわる、生きた死体。
実をいうと、今までも滝の洞窟やローラントへの山道などで何度か見ていたはずなのだが
怖がってるときは普段怖くないものも怖く感じてしまうらしい。
攻撃するという考えもないシャルロットに、ゾンビは両手を上げて向かってくる。

「危ない!」
シャルロットが叫んだ直後。
ゾンビが、後ろに吹き飛んだ。
ぴったり横にくっつくように立っていたケヴィンが、蹴り倒したらしい。
ケヴィンらしき影が、手を伸ばしてくる。
「大丈夫、ただのゾンビ…シャルロット、へいき…?」
「…だだだ…だだだ…だいじょ、だいじょうぶでち」
瞬間、電光がはしった。
船の外に雷が落ちたのだろう。暗い船内が一瞬だけ明るくなる。

「…ぎゃあああっ、オーカミのオバケでちーーーっ!!」
「え、狼!?ど、どこ?」
「いやあああっ!くるなでち!よるなでち!」
「痛っ、痛いっ!あ、し、シャルロット、待ってーっ!」

「で、その狼って言うのは…」
「ケヴィンしゃんだったんでち」
あれから火山島に流れついたり、やっとの思いで着いたフォルセナがアルテナの侵攻を受けていたりで
一行は久しぶりの休息をとっていた。
リースは苦笑しつつ、ケヴィンを見る。
その目には、同情に似た表情が浮かんでいる
「フレイル、痛かった…」
「しょーがないでち!あんなところで、いきなりへんしんしたら、だれだってまちがえるでち!」
つまり、シャルロットは変身したケヴィンを「狼のオバケ」と思ったのだ。
ゾンビを蹴り飛ばしたときにゾンビの粘液を浴びていたから、腐臭もしたし、余計に間違えたのだろう。
「でも、ならどうしてわかったの?私のところには逃げてこなかったですよね…」
「フェアリーしゃんがおしえてくれたでち!」
何故か自慢気。
そう、フェアリーが出てきて、シャルロットに教えたのだ。
あれはケヴィンだと。
ケヴィンのほうも獣化を解いてから追いかければいいのに、思いつかなかったらしい。
シャルロットが振り向いて、勇気を振り絞って確認して
それでやっと誤解が解けたのだ。

「れでぃーをこわがらせるなんて、バカでち!バカバカでち!」
「うう、ゴメンよー」

言い掛かりに近い論理でケヴィンに殴りかかるシャルロットと
おとなしく殴られるケヴィンを見て、リースは微笑んだ。



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