題名未定
387氏
炎上する城。
倒れているアマゾネス達。
見知った顔が赤くなった床に転がり、光を無くした目を虚空に向けている
私を憧れだと言ってくれた子も、部屋を掃除してくれていた人も、真っ赤になって倒れている
彼等を切り裂いたのは、ナバールの忍者。
お父様を殺して、城の皆を殺して、エリオットをさらった。
国を滅ぼしたナバールを、私は絶対に許さない。
絶対に…
夢を見ていたのだろうか。
ぼんやりと反芻しながら、リースはゆっくりと起き上がる。
全身が痛んで、思わず顔をしかめた。
ややあって、滝壺に落とされたのだと思い出す。
「あ、ケヴィンさん!」
横をみれば、滝の洞窟で出会った仲間…ケヴィンが同じように倒れている。
声のせいか、頭をかかえながら起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「うう、平気…それより、ここは…」
首を巡らせれば、目に入ったのは石壁と鉄格子だった。
「…牢みたいですね…どうして?」
リースは目を丸くして、鉄格子に駆け寄った。
両手で掴んで揺すっても、びくともしない。
ケヴィンも同じように鉄格子に手をかけた。
しばらく叩いたり、揺すったりしても、やはり出れそうにない。
「うおおお!出せえぇぇぇ!!」
「け、ケヴィンさん…ケガに響きますよ」
「そうそう、あんまり騒ぐと体に良くないよ〜」
「え?」
ケヴィンともリースとも違う声に、二人は顔を見合わせた。
この牢には二人しかいないようだ。
「声…となりから聞こえたみたい」
ケヴィンが壁に耳をつけながら告げる。リースもそれにならい、壁に口を近付けた。
「あのー、すみません、ここはどこなんでしょうか」
「ここは獣人たちに占拠された、城塞都市ジャドの地下牢さ。俺もちょっとドジっちまってこのザマさ。」
「ジャド?!」
隣からの声は、少し待てば出してくれると告げる。
「見張りがいなくなるのを待ってたんだ」
「あの、それよりあなたのお名前は?私はリースと申します」
「え、おれ?おれの名はホークアイだ。まあ見てな。」
「あの、何を…」
「こらっ、何を騒いでる?静かにしろ!」
リースが尋ねようとした瞬間、派手に足音を立てながら獣人が下りてきた。
獣人は軽くリースを睨みつけると、隣の牢に向かう。
隣で、身動きする気配がした。
「きみきみ、牢屋のカギが開いてるぜ!」
「えっ…本当だ!でもどうして?」
二人は固唾を飲んで様子を伺う。
すぐに、ガチャリと錠が降りる音がした。
「…はい、一丁上がり!」
「し、しまった!」
慌てたような獣人の声に、二人の顔がほころぶ。
リースとケヴィンが立ち上がると同時に、二人がいた牢が開いた。
牢の入り口には、年はリースとそんなに変わらない、紫の髪の男が立っていた。
彼がホークアイなのだろう。
ホークアイは、二人を見、笑顔で言った。
「さあ、行こうぜ!」
ジャドからの脱出は、警備が手薄になった今となれば簡単なことだった。
特に、成り行きで同行する事になったホークアイがまた強く、警備についていた狼も造作もなかった。
避難船の上で、リースは伸びをした。
洞窟のすぐ後に牢だったから、日の光が久しぶりな気がした。
「おとなしく捕まってたかと思えば、強いんだな。不意打ちでもされたか?」
からからと笑いながら、ホークアイが言った。
リースにはその笑顔が、ひどく明るく思えた。
状況が一気に好転したこともあるかもしれない。
しかし自分は、旅をはじめてから、心から笑った事はあっただろうか。
「ええ…さっきはありがとうございます。本当に助かりました」
「オイラも、ありがとう!牢開けるなんて、すごいな!」
「ははは、簡単な事さ。ナバールのシーフのオレにかかれば…」
ナバール。
その単語を耳にした時、リースの中からさきほどの軽やかな気分も、助けてもらったという感謝の念も消えた。
槍が光る。
「待て、ちょっとタンマ!」
槍は真っ直ぐに、ホークアイに向けられている。
放っておけば、喉元に突き立っていただろうそれを抑えているのは、ケヴィンだった。
リースの腕と槍を、しっかりと掴んでいる。
リースはそれから逃れようと力を籠めた。
それを受け、ケヴィンの腕にも力がこもる。
「リース、やめろ!」
「離してください、父の、皆の仇!」
フェアリーまでもが飛び出す。リースの腕を押しながら、言う。
「やめて、リース!私にはわかるの、悪い人じゃないわ」
「そんなのわかりませんよ!第一この人はナバールの…」
「待て待て、確かにナバールは暴れ回ってるが、ワケがあるんだ!話を聞いてくれ」
「………」
必死のホークアイに、リースはとりあえずは槍を下ろした。
ケヴィンがそろそろと手を離す。
「…聞きましょう。けど、内容によっては覚悟していただきます」
フェアリーが咎めるように名を呼ぶが、リースは頓着せずにホークアイを見ている。
その射るような眼差しにホークアイはひとつ息を吐くと、話し出した。
元のナバールは義賊だったこと。急に変わった長と不審な女性。
操られ、殺された親友と呪いをかけられたその妹。
濡れ衣から死刑になりかけ、命からがら逃げてきたこと。
「オレ達はローラント侵攻には反対だった。本当のナバールはそんな事しないはずなんだ。…わかってくれ」
そう結ぶと、皆の顔を見た。
ケヴィンとフェアリーはリースを見る。
「リース…ホークアイの話、ウソと思えない。オイラ、ホークアイ悪くないと思う。」
「ええ、死の首輪という呪法も実在するわ。この人も被害者なのよ」
リースは少し目を伏せたかと思うと、槍を納めた。
「わかりました。…信じます」
そう、投げつけるように告げ、リースは足早に船室に入っていった。
しばらく気の抜けたようにぼんやりしていた三者だったが、やがてホークアイがフェアリーを指して言った。
「そういえばよ、これ、何なんだ?」
「これって何よ、失礼しちゃう」
「ああ、フェアリー。マナの聖域から来て、リースにくっついたって。精霊探してるらしい」
「ああ、じゃあお前らが光の司祭が言ってた………」
リースは船室で膝を抱えていた。
血の登った頭もだいぶ冷えてきた。
あの人の…ホークアイの言葉には多分、嘘はない。
思い返してみれば、あのように笑う人が悪人だとも思えない。
あれほどの事情がありながら笑顔でいられる…リースには、そういった箇所に尊敬も感じられた。
冷静に考えればいい人だ。いい人だと、思う。
しかし、ナバールの出身者だと思うと今一つ気持ちに整理がつかない。
「お父様…私は、どうすればいいのですか…?」
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