あの8体を倒したあと、ぼくはついにワイリーに土をつけ、懲らしめた。
「もう悪さはしない」と彼は言ったけど、その言葉は二度目だ。…次も、あるのかもしれない。
舞台になったワイリーの居城は、壊滅状態だ。それくらい、激しい戦いだった。
「は…早くしなくちゃ…」
軋む体に喝を入れて、ぼくは走り始めた。
ライト博士のもとに帰る前に、ぼくはまだやり残したことがあった。
…博士は前に言っていた。メモリにしっかりと刻まれている。
――「ワイリーのもとには、ブラックマーケットから連れてきた女の子がいるんじゃ」
悪の博士のもとに、人間の女の子が一人で捕まっているだなんて…!
「はぁっ、どこに…っ!」
その子を助けるまで、ぼくは戻るわけにはいかなかった。
……一人でも悲しむ人がいたら、平和な世の中だなんて言えない。

だけど――。
「いない!どうして…っ!」
彼女はなかなか見つからなかった。ボロボロの瓦礫をかき分け、部屋を片っ端から開けて探したのに。
きっと、ワイリーやここのナンバーズに閉じ込められてしまっているんだ。
…本当に、酷いやつらだ。
彼女は今もあいつらの影に怯えて、怖い思いをしているに違いない。
…ぼくが救ってあげないと、ずっとこのままなのだ。
そんなことはできない。一刻も早く見つけないと!
彼女がいるのは居住区ではないのかもしれない――そう考えつつ、最後の角部屋を調べようとぼくは駆けた。


「…いた」
その部屋の端で、すすり泣く音をセンサが拾ってくれた。
早く会いたくてバスターで壁ごと壊すと、舞う灰色の塵の奥に女の子の影を捉えた。
「やっと見つけた…」
この子が、囚われのお姫様なんだ。
こんなところに、一人でいるなんて。
「泣かないで」
怖かったんだ、可哀そうに。
ぼくは涙をグローブ越しに拭って、彼女の手を引いた。
「もう大丈夫だから」
震えて、立ち上がろうとしない。バスターにチェンジしているもう片方の腕で、腰を引く。
「ぼくは、キミを助けにきたんだ」
ぐっ、と、ぼくのほうへ抱き寄せた。
カラダは彼女より小さくても、ウエイトもパワーもぼくのほうが段違いにある。よろけた身体を抱きとめた。
まだ身体が細かく震えている。背伸びをして彼女を抱きしめた。ぼくのボディは冷たい。今度は寒くなって震えてしまうかもしれないと思って、しばらくしてぼくから離れた。…少し、落ち着いてくれたみたいだった。
「さ…行こうよ」
ライト博士が待ってる。
ワイリーは土下座をしてから、ずっと放心状態のままだった。あいつが気を戻すのには、少し時間がかかるかもしれない。…今回は、“自作のロボットが全て”倒されたのだ。自信家である彼の、いちばん堪える結末だった。
「ぼくのところなら、心配なんていらないよ」
彼女は、安全なぼくのおうちに連れて行かなきゃいけない。

「……ぅ」
「ん?」
「…ちがう…」
消え入りそうな彼女の声がセンサに届く。
やっと喋ってくれたと思ったら…「ちがう」?何がちがうの?
「どうしたの?」
「こんなの…違うよ…」
ぼくを見つめる目は真っ赤に腫れている。痛々しくて、ぼくまでつらくなる。
「どういうこと?ぼくにわかるように、教えて」
少し見上げて、ぼくも見つめ返した。
だけど返ってきた言葉は、ぼくへの応えではなく新たな問いかけだった。

「あなたが…ロックなの?」
泣きすぎて、ひどく鼻にかかった声だった。…そんなになるまで、ずっと一人でココにいたんだ。
「ロックだけど、今は“戦闘用”ロックマンだよ。…ねえ、キミの名前は?」
「…あの子
あの子
あの子!早くここから離れよう」
ぼくはあの子の手を取った。
「ちがう」のわけを話してくれないなら、道すがらで聞けばいい。そう思って言ったら、考えもしない答えが返ってきた。
「イヤっ」
「ったぁ。どうして手をほどくの?」
ぼくには意味がわからなかった。こんなところに、離れたくない理由なんてあるわけがない。
「こんなところにずっといても、もう何もないよ。意味がない」
だから、ぼくはいいニュースを知らせようと思った。
「だって――」

「ワイリーはぼくが倒したんだ」
安心させたくて、ぼくは笑顔で言った。
それでも、あの子は喋らなかった。
「それまでの、エアーも、バブルも、ヒートも、ウッドも、」
それどころか、血の気が引いていくのが見ているだけでわかった。
「クラッシュも、フラッシュも、クイックも、…メタルも」
顔が、唇が、白い。
「――ぼくが、倒した」
瞳が、まるで死んだようだった。
……おかしい。どうしてなの?


あの子は言葉を忘れたかのように、ただただ涙を流していた。
もう何度も通ったであろう道筋を伝って、頬から雫が落ちる。
「ねえ、泣かないで」
「……っ」
「悪いやつはもういないんだ。安心していいんだ」
「…っ、あ」
返ってきたのは、嗚咽。
「これからは、ぼくたちと暮らそうよ。心配だっていらない」
「…っう…、うっ…」
「ライト博士は優しいから。絶対歓迎してくれるよ」
「うああっ!」
酷い顔、酷い声。
錯乱、しているのかもしれない。人間は恐怖が極限に達すると、そういうことが起きるのだとぼくの弟が言っていた気がする。

「……」
あの子をここに留まらせるのは、いったい何なんだろう。
抱えてここを飛び出すことは簡単だけど、ぼくは出来ないでいた。



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*DID=Damsel in distress
「危機に陥る女性」、いわゆる「囚われの姫君」。

(1001XX)

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