苗木くんは、朝食の用意が整って間もなく現れた。
 私たちの予想に違わず、昨夜の苗木くんは体調不良でずっと寝ていて、鳴らしたドアチャイムに気づかなかったと話した。
 体育館に戻ると、離れている間に分解は佳境に入っており、最後のパーツを取り外そうと葉隠くんが作業をしているところだった。
 私と朝日奈さんが朝食を運んでから少し経って、苗木くんも食料を持って体育館に合流した。
 そこで無慈悲にも十神くんが、葉隠くんを待たずに食べ始めるよう命を下したので、みんなは拵えた朝食を取りながら苗木くんへ現状説明をした。

「俺だって腹減ってんだぞ! これ終わったら食うから取っといてくれぇぇぇ!」
「今おにぎり齧る?」
「食いたいがマジでもうすぐなんだべ! ほんの数分なのに全然待たん十神っちは何なんだべ!?」
「葉隠は口より手を動かせ」
灯滝ちゃん、朝ごはん大成功だね! おいしー!」
「朝日奈っちまで……俺を追い打つんか……」

 そうして一人で作業を続けた葉隠くんが、やっとの思いで取り外したものは、球体をした塊だった。
「こんなん出てきました。これってなんだべ?」
「これって……!」
 一目見てぎょっとした苗木くんの言葉を引き継ぐように、十神くんは至って冷静に“爆弾”と告げた。……かつて大和田くんがモノクマを粗雑に扱った時に爆発した元、だ。
 十神くんは更に調べ、振動センサー付きだがセンサーはオフになっていると補足したので、葉隠くんは慌てふためきながらも爆弾を置いて何とか事なきを得た。


 全員食べ始めたところで、私もおにぎりを摘みながら説明を聞く。
 モノクマ分解での収穫は、モノクマが高度な機械であること、動かなくなった原因が故障ではないことくらいだった。
 モノクマが動かないのは黒幕に何かあった為と見た十神くんは、学園長室への突入を決めた。
 おそらくここが最大の山場――その言葉がにわかに緊張を高める。
 朝食を取り終えて、私たちは学園長室へ向かうべく4階を目指すこととなった。



 学園長室は、以前と同様に鍵がかかっていた。
 十神くんは腐川さんを呼び、植物庭園へ行き解錠用にツルハシを調達するよう命令した。
 本来なら鍵を壊すのは校則違反だ。でも、黒幕の元に飛び込もうというクライマックスでは、校則の意味も変わってくる。
 9時から9時1分までに持って来いと言い渡された腐川さんは、猛ダッシュで駆けて行った。
 腐川さんの到着が待ち遠しい。ただ待つだけの時間というのは、じりじりと焦燥感で焼かれるようだ。それは私以外のみんなも同じのようだった。

 たった1分は無理だったものの、彼女は思ったよりも早くに戻って来た。ただ、腐川さん――ではなくジェノサイダーだった。
 ツルハシを持って来ずに大はしゃぎのジェノサイダーに、十神くんは怒り心頭だった。苗木くんが「腐川さんとジェノサイダーは、知識は共有できても記憶は引き継げない」とフォローを入れても、おさまる様子は皆無。
 しかし、ジェノサイダーの一言に、事態は急展開を見せた。
 ――“植物庭園に死体があった”と、言ったのだ。



 真相を確かめるべく植物庭園に移動すると……ジェノサイダーの言ったとおりだった。
 仰向けに倒れたその死体は、頭部に覆面、体は白衣で覆われ、お腹にナイフが突き刺さっていた。
 誰だかわからないが身体的特徴から女の子だろうと朝日奈さんが話す中、ジェノサイダーは身元を明かすべく覆面を引き剥がそうと死体に近づいた。
 十神くんが待てと言うより早く伸びた手が、覆面に触れると――目の前は急変した。

 ……視界をやられ、耳も少しの間使い物にならなかった。
 それが“爆発”と気付いた頃、火を消せと指示が飛んできて、私はバケツリレーの一員となり消火活動に加わった。
 間もなく消し止められたものの、死体は上半分が焼け焦げてますます身元がわからなくなってしまった。


「まさか爆発するとは……おかげで、死体が……」
「真っ黒焦げだべ……! スーパーウェルダンだべ……!」
「ちょっと、ステーキに例えないでよ……! 食べられなくなるじゃん……!」
 若干焦りの表情が見える十神くん、その言葉を引き継いだ葉隠くんは頭を抱え、葉隠くんの言葉に朝日奈さんが青ざめる。
「でも……一瞬強火にさらされただけだから、外が黒焦げでも中は生焼けだね。正確に言えばレア……いやブルーレアだよ」
「プロの目線での冷静な見解とか今はいらねーべ……」
「あー……灯滝ちゃん、ご飯はしばらく精進料理とかどうかな……?」

 衝撃的な光景もさることながら、鼻を突く異臭が死体の無残さをいっそう感じさせる。
 改めて死体のほうを見ると、近くに鍵が落ちていた。
 十神くんは苗木くんに、その鍵で開く部屋を探してくるよう指示し、曰くの“重要な任務”を渋々引き受けた苗木くんは植物庭園を後にした。
 ちなみに、先ほどの爆発で吹っ飛んだジェノサイダーは意識を失ったようで、戻った途端の異様な状況に腐川さんは混乱しきりだった。
 状況説明で十神くんに嘘を言われても「十神くんの二酸化炭素さえあれば生きていける」と幸せそうに返した彼女の一途さを、私は……少し尊敬した。



 苗木くんが探しに行っている間に、私たちは死体の身元について話し合った。
 姿が見えないままの霧切さんなのか、それとも黒幕か、あるいは――苗木くんが探しに出る前に挙げた“戦刃むくろ”という“17人目の高校生”なのか。
 苗木くんは霧切さんから“超高校級の絶望”と呼ばれる女子高校生・戦刃むくろが学園に潜んでいると忠言され、霧切さんは彼女こそが黒幕と考えているようだった、と説明していた。

 女性の死体ならば、アルターエゴが言っていた黒幕らしき“30代の男性の学園長”ではない。……霧切さんが亡くなっているなんて考えたくはない。
 なので戦刃むくろ説を推したくはなる。だけど、何故突然死体となって現れたのかが意味不明だ。
 黒幕が死んだのなら、しかも殺されたのなら……私たちの誰かが実行犯なんだろうか。万が一、私たちの誰かが黒幕を殺したというなら、みんなに知らせていざ脱出という流れになってもおかしくないはずだ。……でも、誰もそんな素振りは見せていなかった。




 しばらくして植物庭園に戻って来た苗木くんが、鍵の解錠先が情報処理室だったと知らせてくれ、全員で急行した。
 ドアを開けた途端にまた爆発でもしないかと戦々恐々とする私たちが遠巻きに見る中、十神くんを始めとするみんなの“信頼”により役目を任された苗木くんが開け放つと――情報処理室は無事に爆発せず、誰もいないモニターと機器だらけの空間が広がっていた。
 あらゆる場所の監視カメラの映像が時折切り替わりつつ流れる画面に、目を奪われる。
 ……ここは、黒幕の根城だったのだ。

 根城の鍵を持っていたとなると、死体は黒幕に違いないだろう。
 黒幕が死んだならここから出られるんだと、今すぐ出口を探そうと急く葉隠くんを、十神くんが引き止めた。黒幕が“殺された”理由、黒幕の素性や目的を、ここから出る前に明かすべきだと、私たちに部屋の捜査を促した。
 さらに調べると、壁面のモニター群の中央部分にはモノクマの絵柄の開かないドア、テーブルにはロックが掛かった高性能なパソコン、その右横に電源の入っていない据置型モニターがあった。


「おや……? そのモニターの横にあるのって……それって、室内アンテナじゃねーのか?」
 外に出たい気持ちを抱えつつ部屋を見ていた葉隠くんが指さしたのは、地デジ対応アンテナ……らしい。私は見たことがなかったけれど、「俺のばーちゃんが使ってんのと一緒」と言った葉隠くんは、すぐにテレビが映るように調整できると弄り始めた。
 テレビが映れば外の情報がわかる。ニュースで私たちのことが取り上げられているかもしれない。以前に渡されたDVDの真偽も掴めるかもしれない。
 一同の期待を集めながら手早く調整を終えた葉隠くんは、一人だけ外界と接触していたなんてと黒幕にやっかみを吐きつつ、電源を入れた。

 モニターに映ったのは、監視カメラに映った私たちだった。
 チャンネルを変えても、私たちしか映らない。室内アンテナとしか繋がっていないモニターが映せるはずのない映像だと、葉隠くんが頭を抱えた。
「もしかしたら、このテレビ自体に仕掛けがあんのかもしんねーぞ……」
「仕掛けってどういう仕掛け?」
「それは、わかんねーけど……」
 ナチュラルに会話に入って来た声の異質さに、まず腐川さんが、次に朝日奈さんが、そして会話を続けた葉隠くんが気づき……理解不能と言わんばかりに、叫んだ。

「ギャッハッハ! テメーラ、久しぶりじゃん!」
 声の主は、モノクマだった。今までどおりに動き、喋り、しかし口調をわざと変えて、私たちが蒼白になったのを嘲笑った。
 モノクマが動いているということは……すなわち、黒幕はまだ生きている。
 やっと外に出られると抱いた希望は、モノクマの再登場によって潰えたのだった。


 モノクマは盛大に笑った後、本題と前置いてテレビの秘密を告げた。
「この“コロシアイ学園生活”は、完全生中継により全国ネットで絶賛放映中なのだッ!」
 モノクマが学園の謎に迫るヒントを小出しにしてきたのも、私たちをここに来させたことすら、視聴者に向けた“演出”。
「これぞ究極のリアリティーショー! まさしく、リアル絶望エンターテイメント!」
 どうだと言わんばかりのモノクマに、十神くんは電波ジャックの難しさを困惑顔で呟いていた。天文学的な資金や設備……それが黒幕にはあるということか。

 そして、こんなコロシアイが世間に知られていて助けが来ない状況なのは、いくらなんでもおかしい。
 アンテナや機材に仕掛けがある、モノクマが嘘をついている……そんな可能性もある。私には、このテレビ中継が事実だと信じられなかった。

 モノクマは電波ジャックの理由までは明かさないまま、私たちには先にすべきことがある、と“死体発見アナウンス”を流し“モノクマファイル”を渡した。
 それはつまり――今回も学級裁判に挑むということ。
 謎の死体。殺した犯人は学園生活の参加者。黒幕が生きていたとなると――殺されたのは霧切さん……?
 死体の身元がわからないまま、私たちは捜査と学級裁判に臨まなければならなかった。

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