「灰慈くん、ごめん、遅くなって――」
 私が呼びかける間にオートロックは無機質に解錠して、エントランスホールのインターホンはブツリと遮断された。
 灰慈くんは一言も話さず、ただ上まで来いという意思を投げたのだった。
 ……やっぱり怒っている、のだと思う。
 怒っても当然だ。私が悪かったのだから。



 週末は授業が終わったら灰慈くんの部屋にお泊まりに行く、というのが最近の習慣になっていた。たまに灰慈くんの都合が付けば、学園前まで車で来てくれたりもする。
 その“たまに”が、今日だった。
 何事もなければ、私は終礼直後真っ先に寄宿舎に戻り、制服から着替えるのも惜しいくらいで、お泊まり用品を詰めたバッグを取ると全速力で灰慈くんの待つ校門まで走っていただろう。
 そして灰慈くんが窓を開けて、今日は何が食べたい、と一言。私が車に乗ったら買い出しの始まり――そういう放課後のつもりでいた。灰慈くんもきっと、そんなつもりでいたと思う。
 ……すっかり予定を被らせた私が、全面的に悪かった。

 なぜなら今日の予定は、前々から決まっていた。普段より帰宅が遅くなることもわかっていた。なのに……それと“灰慈くんとの週末”が重なることに、私は今日の今日まで気づかなかったのだった。
 『寄宿舎の夕飯作りの日だったので、夜に行きます。ご飯は別々のほうがいいと思う…ごめんね』――急いでメールしたのは、昼休みも終わろうという時だった。
 『もっと早く言えただろ。馬鹿』――授業中に来ていた返信は、放課後になって夕食作りを始める直前に読んだ。灰慈くんを傷つけた言葉が形を変えて、自分に返ってきていた。
 短い一文から読み取れるのは、失望。
 もっと上手い伝え方をすればよかったと、ひどく後悔した。慌てていたにせよ、あんな素っ気ない文章で、用事が予め決まっていたことを馬鹿正直に書くんじゃなかった。


 胸が痛かった、けどこれは自業自得だ。
 灰慈くんはきっと怒っている。予定もちゃんと組めない奴だと呆れられている。そう思えて、すぐに返信ができなかった。私は、大好きな男の人との約束を一方的に破ってしまった時にどうすべきなのか、一切わからなかった。前例なんてなくて、誰かに聞いたこともなかった。
 ようやく連絡を――電話を掛けたのは、夕食作りの片付けを終わらせてからだった。とにかく、ごめんなさいを伝えなきゃという一心で、繋がって開口一番からまくし立てていた。

「ごめんなさい! 予定入れてたの気づかないなんて本当バカだった。ごめんなさい」
「……いらねーよ、そういうの」
「あの、今から行くから、埋め合わせさせて」
「来なくていい」
「えっ……」
「今日はいい」
「でも、灰慈くんちに行きたい、会いたいよ。……や、ごめん、我侭だ……虫がよすぎること言った」
「……お前さあ……オレがあの後予定入れて出掛けてるとか誰か呼んで一緒に部屋にいるとか、そういう可能性は考えねーの?」
「……そ、そうなの……?」
「さぁな」


 電話口の灰慈くんは、少なくとも、気分が良さそうな声ではなかった。……私に会いたくないみたいだった。
 私が予定と重なるように用事を入れていたのと違って、灰慈くんが別の予定を入れてたりこれから私と会う気がなくっても何も悪くない。(それより、“灰慈くんが一人で待っている”と思い込んでいたことに私は後から気付いて、自分の図々しさに落ち込んだ。)
 結局灰慈くんは今どこでどうしているか言わなかったけど、それが私に対する当てつけでも、仕方ないと思う。
「……来たいんなら勝手に来い。気の済むようにすりゃいい。オレも好き勝手やる」
 少し間を置いてから、そう言って灰慈くんは通話を切った。
 灰慈くんは家にいないかもしれないし、いても一人じゃないかもしれないし、上手くいかないかもしれない。
 でも、私が会いに行きたいと言った我侭を完全に遮断しなかった。隙間を空けている台詞だった。
 ……だったら、行かなければ。電話よりメールより、ちゃんと会って謝らないと、伝えないといけない。





 とにかく、灰慈くんは家にいてくれた。このエントランスから、私を部屋の前までは向かわせてくれるのだ。
 開き始めた自動ドアをすり抜けて駆ける。エレベーターホールで待つ時間も惜しかった。気が急いて仕方がない。
 上りボタンを押せるだけ押して最短で来た箱に乗って、無駄と知っていても閉めるボタンを連打する。一番大きな数字を押して、増えていく数字をじいっと見上げる。
 タワーマンションの天辺に住んでいるのは、ここが“塔和の持ち物”だからだと前に灰慈くんが話していた。でも今日ばかりは2階建てくらいでいいと思った。私の足ですぐに行ける高さに住んでいてほしかった。
 できっこない我侭を願ううち、やっと扉が開かれた。再び走る。

 部屋の前でインターホンを押して、ドアノックして、灰慈くん! と呼びかける。ちょっとうるさくしても他の人には届かない。なぜならこのフロアには今、彼しか住んでいないから。
 私が行動をやめると、あたりはしん、とした。静寂が耳を侵す。灰慈くんからの反応はない。
 ……不安になってきた。もう少し待って、もう一度インターホンを鳴らして、声を掛けても駄目なら……どうしよう。
 スペアのカードキーを貰っていても、私から開けることは躊躇った。そもそも自分で突破するつもりなら、エントランスから灰慈くんを呼ぶ必要はなかった。
 
 直接会わなければという意志の反面、臆病な気持ちも膨らんで、竦む。灰慈くんを呼び出してドアを開けてもらうというのも、そういう気持ちから来る、赦しを伺う行為だった。
 明日は学校が休みだから、このままドアの前でそれなりに待つことはできる。コンクリートで少し冷えるけど、何か羽織ればここで過ごせなくはない、夜を明かすくらいはできる――そんなことを大真面目に考え出した時。
 ガチャリと音がした。
 わずかばかり開いたドア。扉一枚の距離にいるはずの灰慈くんはノブを持ったままで、それ以上何も動かなかった。
 私は一瞬ためらって……でも思い切って、一気に引くと中に飛び込んだ。



 重いドアは私のすぐ後ろで勝手に閉じた。一旦閉じると外からは開かない電子ロック扉。その音が合図のように見上げると、灰慈くんは間近でそびえ立っていた。
 質の良さそうなパンツとワイシャツをさらりと着こなした長身。鎖骨の下まで伸びた長い髪。その先に――据わった双眸。やけに、どろりとした瞳。
 刹那。
 視界がぐらりと揺れた。
 強すぎる抱擁だった。抱え上げるように引き寄せられ、足元が爪先立ちみたいになっておぼつかない。驚いた勢いでボストンバッグは手から離れて落ち、どさりと質量を主張する音を立てた。
「え、っ灰慈く――」
 頭を上げることも、ままならない。締め付けられる腕で身体は軋んで、今にも潰れて鈍い音が鳴りそうだった。
 痛い、と言いかけた頭上から深い息が降りてきた。ゆっくりと私のところへ到達したそれは、明らかにアルコールを帯びていた。料理人として研ぎ澄まされた嗅覚が告げるに、長く熟成させた赤い葡萄酒だった。

 お酒でこんなことになっているのか、いや、それも切っ掛けは私のダブルブッキングか。……自惚れかもしれないけど、おそらくは。
 とにかくこんな状況は初めてだった。脱することもできず、痛いのに、言葉が出てこない。軽く混乱していた。
 と、身体が浮いてぐるりと動いた。背中と頭を打つ。視界はきっかり90度変わって、目と鼻の先に灰慈くんの顔が――同じ高さで――映っていた。
 背中と頭へ受けた衝撃について、ようやく脳に伝わる。胴体の圧迫からは開放されたこと、だけど今度は灰慈くんによって両脇から抱え上げられていること、そして身体がぶつかった場所は玄関横の壁であったのを知覚した。


 灰慈くんは私を壁に押し付けると、そのまま表情一つ変えずに顔を寄せ――唇を合わせた。
 何度も、何度も、むしゃぶりつかれる。吐かれる彼の息からは、火をかざしたらフランベができそうなくらいに濃いアルコールの匂いがした。
「は――んっ、……んぅ、ふんん……っ」
 声を上げようにも、端から吸い取るかような口付けをされた。隙がなかった。声にならない声が虚しく鼻から抜ける。
 一方の灰慈くんは一言も発しない。私の耳に届くのは、唇と唾液と空気が織り成す音だけだった。
 舌を荒々しく掻っ攫われ、彼の舌が暴れる。こんな時でも味蕾は渋くて酸っぱいと告げてくる。まるで葡萄酒の底に沈む澱(オリ)を塗り込められたみたいだと。だけどいくら顔をしかめようが、押し返す余裕なんて1ミリもない。
 私は完全に呑まれていた。呼吸の仕方も分からなくなって、息苦しくて宙ぶらりんになった足をばたつかせた。いつの間にか彼の両手は私の二の腕を鷲掴みにして、胸から腰までを私にべったりと押し付けていた。そうやって抑えられることで、私の身体はこの高さを保っていた。……出来の悪い磔にでもなったようだった。

 明らかな酸素不足で、足を動かすのもやめた頃。灰慈くんは私から唇を離した。
「っはぁっ、はあっ、はぁ……」
 目を開けても視界は狭く、チカチカしていた。苦しいばかりの一方的なキス。どれくらいされていただろう。たとえほんの数分にすぎなくとも、私には数十分に思えた。
 こんなキスは初めてだった。灰慈くんから受ける口付けは、いつだってやさしかった。私の知らないしあわせを引き出すようなキスを、ずっとしてくれた。……なのに。

 息を取り入れて、どうにか落ち着かせて、ようやく灰慈くんの姿を捉えた。
 彼の瞳は、先ほどの淀んだそれと違っていた。異様な、ぎらつき。――心臓がどくんとした。
 私と目が合うと灰慈くんは、口の端をニイとつり上げた。唇から顎までが、てらてら光っていた。
 ちろり。舌なめずり。覗いた舌を無意識に追いかける。鼓動がうるさい。目を逸らせない。……無性に、怖い。本当に磔になったかのように身体が動かない。
 足の付け根のすぐ下――太ももの間に、彼の猛りを感じていた。





 壁に押し付ける力がふっとなくなって、私は重力に従って地に足をつけた。だけどまだおぼつかなくて、このままだとその場にずるずるとへたり込んでしまう。
 でも灰慈くんは私を離したわけではなかった。抱きしめられた、と思ったらまた足が地面を離れ、視界がぐるんと回る。抱き上げられたのだ。
 すでに膝の裏と背中に彼の腕がまわっていて、浮いた私はずんずん廊下を進んでいた。角の曲がり際で足先が壁に当たって、フローリングに左のローファーがごとっと落ちたけど、灰慈くんはそんなことに構わない。
「は、灰慈くん」
 こんな、抱っこなんて。見上げて窺っても、灰慈くんの顔は行き先の方だけに向いていた。

 器用にドアを開けて、さらに中に進む。広い寝室だ。ダブルベッドの上へと無造作に放り出された私は、鞠みたいにちょっと跳ねた。センサーで点いたシーリングライトをまともに目に入れてしまい、視界が眩む。
 ぼんやりしていた私の頭でも、さすがにこの先どうなるかは予想できた――けれど、でも、えっこのまま? と混乱してきた。
 灰慈くんは私を覆うように上に乗っかって、何も言わないまま私の制服のボタンをぷつぷつ外しだす。長い髪が私の胸に垂れていた。
 困る……困る! いろいろ準備とか、まず心が追いついていない!
「ま、まって、おふろ、シャワー――ぐ、うぅっ」
 言い掛けた言葉は断片で途切れてしまった。指が二本、入ってきたせいだ。私より大きな、太くて長くて節くれ立っていて、でも私みたいに手荒れなんてしてない綺麗な灰慈くんの指が。……口の中に。


 口の中の指はバラバラと器用に暴れた。私はどうしたらいいか考えようとしても、舌を擦ったり上顎を擦ったりされる度にそんな余裕が失われていく。
 そんな間に灰慈くんはあいている手でワイシャツの前をはだけさせ、ブラのホックをぷつんと解いていた。露わにした胸の天辺の片方を摘んで、もう一方は口付けて甘く噛んだ。
「ふぁ、んぅ!」
 痛い。だけど口のほうからぼおっとさせられる。胸は揉まれて乳首はころがされて、だめ、待って、灰慈くん、言いたいことが指に阻まれる。
 愛撫は続く。掌と指が這う。キスが降る。這い回る。降り注ぐ。

 はァ、と肌から唇を離す瞬間の、灰慈くんの熱い息にまで、皮膚がざわっとなった。
 ようやくかち合った、厚めの二重瞼と下睫毛の間に嵌まる彼の眼が、私の心臓をきゅっとさせる。色素の薄い虹彩が普段より濃く見えたけれど、それはたぶん瞳孔が大きくなっていたんだと思う。
「……んん、ぁ……」
 口元から喉の方まで出たり入ったりしていた指が、ようやく抜かれた。
 糸を引いた涎が垂れ落ちる直前、灰慈くんが掬うように舐める。自分の指じゃなくて、私の顎から唇に舌を這わせる。それは頬まで上がってきた。
 私は泣いていたんだと、そこで気付いた。


 灰慈くんは結局濡れた指を拭わないまま、プリーツスカートの中のショーツに両指を引っ掛けて下ろした。右足だけを折り曲げられて抜かれたので、小さな布は左膝のあたりにとどまっているだろう。しかし履いたままだったはずの右のローファーは、いつの間にか脱げていたらしい。きっとベッドサイドに転がっている。土足厳禁なのに。
「や、だめ……っ」
 嫌ならもっと全力で拒まないといけないのに、灰慈くんは私から抵抗する気持ちとやり方を着実に奪っていた。
 足の付け根までぐっと開かされ、指で割れ目を広げられる感触。さっきまで私の口の中に入れていた灰慈くんの指が、今度はこっちに埋まっていく。

「あ、あぁ……」
 つぷ、と音がした。すでに濡れていたのだ。中の指は躊躇いもなく動かされ、くちくち鳴り続ける。でも、それだけで済まない。
「ひんっ! やぁ、あっ、あっ……!」
 ずっと触らなかった場所、穴の上にあるいちばん敏感な突起を、見逃してはくれなかった。ここまでで好くされてしまった私は、ちょっと当たっただけで、だめになってしまう。
 やめて。感じているから、もうずっとドキドキしてるから。でも灰慈くんが怖かったのに、今だって怖いのに、なんで、だめ、だめ……っ!

 声が抑えられない。涙が溢れる。怖いのに気持ちがよくて、そんな未知に自分がどうにかなっていることが、また怖い。
 そしてそんなふうにあんあん言っておかしくなってる私を見て灰慈くんはずっと黙って瞳孔かっ開いてひたすら弄って愉しそうなのが、心底怖い。
 穴の中もぐずぐずに解されていた。そこにもまだ触れられていない一点がある。ずっと避けてたのだ。私がこうなるまで。灰慈くんに教わった言い方をすれば、クリイキ寸前までGスポットは擦らない。そういうルールがあるものなのか。
 絶頂ってすごくしあわせなものだと思っていたけれど、今は無性に怖い。自分でコントロールできる状態にないこと、そのスイッチを灰慈くんだけが知っていることに、初めて気づいた。

「あ、あ、いっちゃ、いくっ」
 無理だ。イクって本当に逝ってしまいそう。怖い。たすけて。灰慈くん。
 願って縋る相手は灰慈くんしかいない。怖いのに。
 視界が霞んで目の奥がチカチカする。ゆるして。手が勝手に掛け物を掴む。ちがう。足の指がぐっと丸まる。ほんとは――!
「――イッちまえ、実ノ梨
 聞きたかった彼の声が、連れていく。同時に与えられた、クリトリスを潰し膣壁を引っ掻く刺激とともに。
「あああああっ!!」
 世界が真白に塗りつぶされる。
 ……それはやっぱりしあわせだったけど、ひどく暴力的なしあわせだった。



 少し飛んでいたのだろう、意識と視界に景色が戻ってくる。息がまだ荒い。
 横に目をやると、灰慈くんはベッドの端に腰掛けて、下半身をくつろげたところだった。
「……戻ったか」
 私の視線に気付いた灰慈くんが、こちらに来る。股間のモノは大きくなって反り返っている。動いて、汁が滴った。
 下が何もなくなっても上のシャツはそのままで、なんだかアンバランスだ。鎖骨くらいしか見えない。灰慈くんの胸板、好きなのに。
 と、ふわふわ思っていたら脚を持ち上げられて灰慈くんのすっごい凶器を股に入れられた。

「ひああっ! ……!!」
 びりびりして、また気をどこかにやりそうになる。あんなに指でぐちゃぐちゃにされたのに、割り入ってくる圧迫感に呼吸を忘れる。
 は、は、と必死に息をする。いつもよりも苦しかった。
 見下ろす灰慈くんは、いい顔、とだけ言うと、片手で髪を掻き上げてじっと私の瞳を犯した。……見ないで、が言えない時に、わざわざ。
 私が落ち着いた頃、灰慈くんは見計らったように動き出した。彼の眉間にしわが寄っているのは、いいのか悪いのかわからない。私はいっぱいいっぱいで聞けなかった。


 穴の中ほどで何度も、あるいは入り口まで引いて一気に奥まで。繰り返される往復が、速度を増していく。
「……いつまで締め付けんだよ、なあっ」
「あっ、あ、ん、あぁっ」
 そんなに突かれながら言われても、わからない。今言われても、だめなの。……だめなの?
 ぶつかる音、擦れる音。されるがままだ。まるで道具だ。でも道具に“怖い”はない。一方的に出し入れされて、喘ぐだけの機械。それならそれでいい。いいよ――。

「クソッ、はァ、一旦くれてやる……実ノ梨っ」
 もしかして永遠なのかなと思ったけど、終わりはちゃんとやって来た。中で膨らんだ、と思った途端、ぐっと奥に擦り付けられて、熱い迸りを受ける。その感触で、軽く達する。
「あぁ……んん……」
 ねちっこい液体を呑み込む動きを、身体が本能的にしている。灰慈くんも離れない。満たされる。……私たちはこういう生き物なんだと、実感する。
 本来ならこれで生殖するのに、私たちは愛し合うだけに使ってる。最初こそ、いいのかな、と思ったけど、いろんなリスクを大丈夫にする方法を教えてくれたから、灰慈くんとはずっとそのままだ。それに大好きな人とこんなしあわせを感じられることを知ってしまったら、少なくとも拒めない。



 脚を下ろされ、姿勢を変えた灰慈くんが私を起こし抱きしめて口付けする。お酒の匂いは薄れていた。
 蕩けた頭が彼と舌を交わらせる。今まで思った様々なことが、しあわせに押し流されてしまった。……もしかすると、しあわせがいちばん怖いのかも? と思っても、すぐになくなってしまう。
 履いたままのスカートは染みができていて、プリーツは変な皺ばかりになっていた。繋がっている場所から湧き立つ灰慈くんの匂いに、くらくらする。
 芯からきゅんとして、縋るように腕を彼の背中に回した。滑らかなシャツから体温が伝わる。だけど肌は遠かった。
 私は身を捩って唇を離した。どうして、と灰慈くんに目で言われけれど、シャツのボタンを外していくとわかったようで、前がはだけるまで頭を撫でられた。

 自分の上の制服を脱いで、キャミもブラも取っ払って、ようやく灰慈くんの肌に触れる。胸板に頬ずりする。抱っこされていると、自然とそういう高さになる。灰慈くんは私よりずっと大きい。……初めて会った時から、ずっと。
「すき。だいすき」
 灰慈くんの広い胸に、キスをする。ちゅ、ちゅ。大きな身体なのに私より小さな胸の天辺もついばむ。灰慈くんは驚いたのか、少しだけ身体をびくっとさせた。
 ぺろっと舐めると汗の味がして、さっきの私もそうだったんだろうな、なんて思う。
 鎖骨から首へ、そして喉仏に舌を這い上がらせた。でもこれ以上は届かないから、首に腕を絡めて、屈んで、とねだる。
「灰慈くん、キスしたいよ」
 長い前髪が汗で額に張り付いた灰慈くんてセクシーだな、と思ったところで、――ガツンと腰を打ち付けられた。


「ひゃ!?」
 驚く間に、また視界がおかしくなる。ああ、天井。灰慈くんの顔が逆光で暗い。
「馬鹿だろ……お前」
 腰をゆるゆる動かされて、また奥が疼き出す。待って、キスがしたいの。
「んっ、灰慈、くん……?」
「……いや、いい馬鹿になったよ」
 ちゅっと唇に触れてから、べろっと中で遊んでいく。もっと、たくさん欲しい。
 口付けを満喫した灰慈くんの目は爛々としていた。ニイと笑っていたけど、怖いとは思わなかった。

「オレの好きにしていいんだろ?」
 そんなこと言って、灰慈くんは私も好くしてくれるんだ。知っている。
「ん、……好きに、して?」
 灰慈くんを引き寄せて掻き抱いた。
 はだけたシャツ一枚の灰慈くんと、ぐちゃぐちゃのスカートと靴下でショーツを片足に引っ掛けたままの私。合わさったら丁度よさそうな格好をした二人は、これからまた乱れる。
 ……そして私は、しあわせに落ちていく。

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初出:ぷらいべったー(170809)灰慈誕生日記念2017
※序盤の変則壁ドンはTwitterのRTから拝借しました(現在リンク不明)

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