厨房で作業の終盤に取り掛かる灯滝。彼女の目の前の回転台の上には、果物を飾り立てた大きなホールケーキがあった。このシェルター化した学園内で暮らす全員で食べられるようにと、灯滝はパーティーサイズで拵えていた。
「おや……おやおやっ? 灯滝っち、その今にも出来上がりそうなケーキは、どうしたんだべ? 今日って、何かあったっけかなーっ?」
「うわ……自分で聞いちゃうんだ……」
 真剣に飾りのバランスを確認している灯滝のもとに近づいた葉隠は、件の品物……ケーキをまじまじと見ていた。
 わざとらしく尋ね来た葉隠に、灯滝はツヤ出しを加熱しながら対応の思案を始めた。

 この態度からして、誰のための品物かは本人に分かってしまっている。よって、灯滝はサプライズを諦めた。
 シェルター生活が始まってから誕生日を迎えたのは葉隠で何人目だっただろうか。灯滝が豪華な料理とケーキを作るのはもはや恒例になっていた。カレンダーと灯滝が生きている限り、半永久的に行われるだろう。
「夕飯の時にパーティーするから、それまで待ってて」
「へーへー。……ま、俺はケーキ自体はどっちでもいいんだけどな。灯滝っちが俺のために丹精込めて作ってくれてる飯ってところが重要だ。しっかりと受け止めるべ」
「いや、そういう深い意味はないんだけど?」
「いいのいいの。受け手が満足してんだから、深く考えんなって。アッハッハ!」
 上機嫌でくるりくるりと旋回しながら厨房内をうろつく葉隠に、灯滝は嘆息する。

 灯滝の目の前の人間、葉隠康比呂が今日の主役だ。
 “誕生日の人間の要求には、出来る限り答えなければならない”――というルールを作ったのは……江ノ島盾子だった。
 戦刃むくろと同じ誕生日の彼女は、学園長を含む全員にこの滅茶苦茶なルールをいとも簡単に納得させ、破茶滅茶なクリスマスイブを演出した主役となった。
 翻弄されながらも楽しそうな戦刃の笑顔は貴重で、印象深い誕生日会だったと灯滝は思い返す。
 それから数人の誕生日を経て――7月25日、葉隠は22歳の誕生日を迎えたのだった。

「でっかいケーキは夜に食うとしてだな……他に何か小さいケーキとか甘いモンはねーか?」
「プリンが少し残ってるけど。……おやつ?」
「んじゃそれでいいべ。灯滝っちが作ったやつだろ?」
「そうだよ。」
「本当あれだな、オメーって何でも作れるのな」
「食べたり読んだ料理は再現できるってだけだよ」

 それが超高校級なんだって、と葉隠は返しつつ、冷蔵庫を漁って焼きプリンを取り出した。
灯滝っち、それいったん終わりだろ? 俺に付き合ってくれん?」
 会話をしながらツヤ出しを塗り終えた灯滝は、葉隠と入れ替わるようにホールケーキを冷蔵庫に仕舞った。見計らったようなタイミングで切り出す葉隠は自分の行動を先読みでもしているのだろうかと、灯滝は一瞬考えて打ち消した。……だって、葉隠くんだし、と。
「……何に付き合ったらいいの?」
 振り返って聞き返した灯滝に、葉隠は満面の笑みをたたえてプリンを差し出した。

「コレ、俺に食わせて。」
「…………はっ?」
「掬ってあーん、とかしてくねーか? って、話だ。……なんたって今日は俺の誕生日だしなっ!」
 何を言い出すかと思ったら、そんな事を“誕生日特権”で頼んだのか。
 灯滝は拍子抜けをして、二つ返事で応じた。
「あーん、だけで済むんなら安いか。いいよ」
「よっしゃ。やっぱナシはねーぞ? 絶対だぞ?」
 念を押す葉隠を不思議に思いながら、灯滝はスプーンを取って葉隠とともに食堂に出た。



 スプーンで掬ったプリンを葉隠の口の前に差し出したところで、灯滝はこの状況の恥ずかしさに気づいた。
 にこにこと待つ目の前の葉隠が口を開けると、必然的にそちらに目が行く。スプーンとプリンを捉えてパクリと含むその感触が、スプーン越しに手に伝わる。それが何とも、心臓を困らせていた。
「介護、これは介護……」
「つれない念仏を唱えるのは止めん? せっかく甘いのが台無しってやつだべ」
 葉隠が指すのがプリンの味なのか、この妙な雰囲気のことなのか、灯滝は判別しかねた。
「無くなるまで、これ、続けるの……?」
「そりゃあな。って、あっ! 急に大きくプリン取ったろ!? そういうズルはナシだべ!!」

 目敏く指摘されると、灯滝は渋々元通りの量に減らし、葉隠をあまり見ないようにしてスプーンを差し出した。
「……バースデー・ハラスメントっていう新しい単語を思いついたよ」
「どこが嫌がらせかっ!? 灯滝っちはそろそろ分かってもいい頃だべ! こんな特権がある日にこの程度で押さずに待ってるっつーのが、どんな気分か……!」
「……シェルター生活入ってからさ、葉隠くんって変わったよね……」
「逆にオメーはもうちっと成長していいぞ! 全体的にッ!」
 困り顔で食べさせる灯滝と、焦れながらもそれを待つ葉隠。

「葉隠くんて本当に最年長なんだよね?」
「今日またオメーらより一つお兄ちゃんになったべ……。頭ひとつ抜けてる分、ちゃーんと待てる大人の男なんだぞ……?」
「あっ、まだ言ってなかったね。葉隠くん、お誕生日おめでとう。生まれた日って特別だよね。今日は学園内で出来ることならみんなで叶えるよ」
「知らんフリすんのは上手くなったな灯滝っち……そういう大人っぽさは求めてねーんだが……」


「葉隠クン……」
「アホか葉隠。時間掛けりゃいいってモンじゃねーぞ」
灯滝さんにはもっと踏み込んでいいんですよ、葉隠君っ!」
 そんな二人を邪魔すまいと、食堂の外で見守っているクラスメイトが何人いたかは……夕食時の話題で挙がるだろう。


【Happy Birthday!! Yasuhiro Hagakure 7/25】

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