塔和灰慈に呼ばれていると知らせを受けた灯滝実ノ梨は、作業に区切りをつけて厨房を出た。
 彼は、灯滝が顔と名前を把握している数少ない客の一人だ。
 元々は灰慈の父であり塔和グループの会長・塔和十九一が、“料理界の至宝”と呼ばれる灯滝の師匠を贔屓にしていた縁で、それぞれの連れとして引き合わされたことから始まる。
 以来、灰慈は私用で訪れる際に、しばしば灯滝を名指しして料理を提供させていた。

 彼の注文は決まって、“料理の内容は灯滝に任せるが、後で灯滝が料理の説明に来るように”。
 料理を言葉で語ることを苦手とする灯滝には、料理を任されるやりがいと説明をする憂鬱が一緒にやって来る、複雑なお客様だった。
 給仕に先導されて個室に向かう途中も、どう伝えたらいいのかと毎回相談をする。今日も例に漏れず、灯滝は助力を頼みながら歩いていた。

 しかし今日の給仕のアドバイスは、普段と違うものだった。
「――今日はとっておきのネタがありますから、最初に言って話題を逸らしてみては?」
「え、それって何ですか? 教えてください」
「実は今日、塔和様のお誕生日なんですって」





「さっき給仕さんが言ってたんですけど、今日誕生日なんですか?」
 灯滝は挨拶もそこそこに、料理の説明を促される前に先手を打とうと切り込んだ。
 予期せぬ言葉で、灰慈は飲みかけた酒を一瞬噴きかけたが、ぐっと堪える。顔を合わせた時よりも明らかに気分の下がった瞳を灯滝に向けて、愛想なく返した。
「……ま、そうだが。別にどうだっていい、そんなこと」
「知ってたら、そういうアレンジにしたのに」
「やめろよ。特別飾り立てて喜ぶ年齢はとっくに終わってんだ、こっちは。」

 灯滝が用意したのは、旬の夏野菜を中心としたフルコースだった。真夏の最中でも食が進みやすく、それでいて食べごたえのある肉料理をメインに据えた編成で、すでにデザートまで出されている。
「それが灰慈さんのご意向なら、これでよかったのかな」
「オレがそうしたかったんだから、これが正解だ」
 下げられていた皿もあるが、現在目の前にあるものはしっかりと完食されていた。
 いくら自分が納得する品を作っても、受け手が良しとしなければ無意味だ。開いた皿を確認して、灯滝は安堵していた。


 ひとまず料理について安心できた灯滝は、さらに話題を誕生日の方へ逸らすべく、素朴な疑問を灰慈にぶつけた。
「……でも、なんでそんな日に、たった一人でここに」
「こういう日は、とにかく面倒だからな。勝手に祝ってやるだの何だの。……普通に過ごすための、いわば避難所だ」
「予約までして?」
「ああ」
「……さみしい……」
「煩わしいだけって言ってるだろ。寄ってこられるのが嫌だから、あえて単独で来てんだよ」

 一人で誕生日を過ごしたいという気持ちは、灯滝には理解が難しいものだった。うーんと小さく唸って首を傾げる。
 そもそも、一般人には手の届かないレベルのレストランの個室を予約で一人貸し切りにしてディナーをとっているというこの状況は、果たして普通といえるのか。
 ……灰慈に限っては普通なのかもしれない、と何とか納得させたところで、扉から灯滝を呼ぶ声がした。



 灯滝は灰慈に声を掛け退出したが、ほんの一分もなく戻った。
 彼女は何かを後ろに隠しはしたものの、横から覗いてしまっている。灰慈はそれを出される前からわかっていた。
「はい。お誕生日おめでとうございます」
「お前が用意してないのはわかってる。どこからだ」
「給仕さんが渡せって」
「その給仕の名前教えろ。いつもの奴か? 余計な事吹き込みやがって」

 急ごしらえなのか、あるいは灯滝だけには知らせずに周りの人間は把握していたのか。灯滝の背では覆いきれないほどの大きな花束を受け取りはしたものの、灰慈はすぐに持て余してテーブルの横に置いた。
 素直に出処を吐いてしまった灯滝は給仕をフォローしようと灰慈に訴えるが、彼は適当に相槌を打って聞き流す。
「悪い人じゃないんです。これも、灰慈さんのためにって考えてくれたんですよ、きっと」
「そうか。」


 話が左から右に流れていると気付き、灯滝は喋ることを止めた。平静を装いながらも、不満気な表情が見え隠れする。
 無言の時間を灰慈は苦にしなかった。悠々と酒を呷り、手酌でデカンタから継ぎ足して、手持ち無沙汰に立つ灯滝を眺めていた。
「…………ていうか、一人で食べるの、つまらなくないですか」
「お前だって一人で食う時もあるだろ。」
「まあ……そうですけど」

 結局、灯滝は再び灰慈に話し掛けた。本来ならば一刻も早く厨房に戻りたいはずだった。だが話の切り上げ時を掴めず、何もない時間を待てない若さが、彼女の口を開かせる。
 灰慈からしてみれば灯滝は、どんなに料理が上手かろうと年端もいかない少女だった。彼にすれば、旬あるいは若干過ぎた、程度の。
「……お前が劣化してかなきゃ、オレの傍に置いてやるけどな」
「料理的な意味で?」
「肉体的な意味だ」
「……めちゃくちゃ言いますね……。とても難しい話なので、諦めて厨房に戻ります」
 灯滝は呆れ半分で灰慈を見る。真顔の彼は、長い下睫のおかげで余計に堂々と言い放ったように思えた。


「……相変わらず忙しそうだな」
 頃合いと見た灰慈は、無理に引きとめようとはしなかった。やはり、そういう女なのだ。彼女を満たすものは、料理以外にあり得ない。自分が気まぐれで干渉できるのも、そこに料理が関わっているからに過ぎないのだ、と。
 灯滝に見えないように小さく口の端を上げると、灰慈は横に置いていた花束を彼女の前に差し出した。

「だったら、これはお前が持ってけ」
「は!?」
「特別扱いされたくて来たんじゃねーって言ったろ。部屋にでも飾っとけ」
「……はあ……」
 ぞんざいに扱うよりマシだろ、と駄目押しされては、灯滝には拒む理由付けができなかった。
 受け取った大きな花束を胸いっぱいに抱えて、複雑な表情で灰慈を見る。彼のほうはというと、そんな彼女が可笑しいらしく、ふっと微かに笑い声を漏らしていた。


「じゃあな、実ノ梨。ご馳走様。また作ってくれ」
「……ありがとうございます」
「今度は作った物の説明しろよ」
「……はい……」
 体良く出し抜いたつもりでいた灯滝は、最後の最後で釘を差された。今後を思うと気が重くなるが、今日は抱えた花の重さだけ持ち帰ろうと心に決める。

 部屋を出る間際、灰慈に会釈をしてドアを閉じると、例の給仕が灯滝を待っていた。
 上手くいったようですね、と言われた灯滝は、にっこり笑って返事をした。
 花束を給仕にいったん渡し、灯滝は早足で厨房へと向かう。
 良くしてくれるお客の一人が、これからも自分に料理を提供してほしいと言ってくれたのだから、上々の結果だった。あとで調理記録とともに書かなければと、気持ちを切り替えた。
 ――これは灯滝実ノ梨が希望ヶ峰学園に入学する、1年ほど前の話である。


【Happy Birthday!! Haiji Towa 8/9】

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