「あのさ……ずっと思ってたんだけど、なんでいつも乱暴に開けるの? 美学?」
 葉隠が横に置いた袋に目を遣って、灯滝は尋ねた。
 それは彼女にすれば、些細であり素朴な疑問だった。毎回の行いを何となく聞いてみただけだ。すでに視線は横から前に戻り、葉隠と対峙している。
「そ、それはだな……そう! 男っつーのは好きな女と致すとなると、いつだって余裕が無くなるもんなんだべ!」
 葉隠は焦り気味に答えつつ、袋の中身を灯滝に渡して急かす。自分でおこなったほうが早くとも、今日は彼女が準備をする流れにあった。

 灯滝の瞳は素直に下へ向く。もたげるものに、渡された物をそっと宛てがうと、ゆっくり引き下ろして伸ばしていった。
 最初に比べれば手慣れたその動作だが、間近で大事にされる葉隠は、純粋な喜びのほか征服欲と気恥ずかしさに揺れる。
 確かな温度、平時と異なる角度に張り――膜越しとはいえ薄手一枚で触れていれば、どんな状態であるかは灯滝に瞭然であった。
「……今ってそこまで切羽詰まってないよね」
「ぐっ、冷静……!」

 具合を整えながらさらりと言われ、葉隠は返答に詰まる。
 ”いつだって余裕が無い”なんて、出まかせだ。灯滝も今までのことから分かっていたので、取り立てて言及しない。
 ただこれが、虚をつかれ咄嗟に誤魔化した言葉であることを、葉隠は彼女に悟られるわけにはいかなかった。
「んー……破れちゃったら困るし、今度から私に開けさせてよ」
「いや! 心配には及ばんぞっ! リアルな話……子供ができたら、俺は絶っっ対に責任を取るべ。即刻入籍だべ!!」

 葉隠は自らの胸をドンと叩く。
 甲斐性を見せれば、彼女は安心して(あわよくば惚れなおして)話題は円満に終わる……と思った葉隠だったが。
「……あ、そっちが目的だったり……?」
「エッ!?」
「授かったら結婚するよな〜、みたいな?」
 むしろ灯滝は感付いてしまった。


 葉隠から手を離して、あらためて向き合う。支度はすでに終えていた。
「うっ……で、でもそうなったら絶対結婚するだろ! オメーも子供を路頭に迷わせたくねーって思うべ!?」
 自滅した葉隠が開き直って訴える。
 意外にも、葉隠は今の世情からすれば古風な考えをしていた。しかもどうやら、万が一の事態でも産み育てる以外の選択肢を考えていないらしい。子供には優しい……が、彼はそれ以前の問題を棚に上げていた。
「え、なんか、けっこう本気っぽいけど……でも前にさ、“返せるのに返さない借金を完済するまでは、偽装でもそうでなくても結婚の話を出さない”ってことで、決着したよね。」
「…………」
 よって、彼女にそこを突かれれば押し黙るのだった。

「……ああーっ、何でだべ実ノ梨……あれは俺の貯金を崩して返すようなモンじゃねーのに……」
「自分で借りたら自分で返済しようよ……」
 それなりに葉隠と付き合ってきた灯滝だったが、これだけはどうにもすり合わせが上手くいかなかった。
 灯滝に無茶な申し出をする機会は減ったものの、他の人には……知らないところで何だかんだがある気がしてならない。
 しかし更に続けても、堂々巡りになるのは目に見えている。それは灯滝だけでなく、葉隠も感じていた。
 ましてや、こんな時に言い合いたい話題でもない。



 寝床の上で胡座をかく男、向い合って崩し正座の女。
 空気は……明らかに変わっていた。
「うーん……今日は普通に寝よっか。」
「ちょっ!? ちょっと待つべ!! こんな中途半端で!?」
 離れかけた灯滝の腕を掴み、葉隠は声を大きくした。
 少し前まで熱い息の漏れていた口から中止を告げるとは、酷なことをする。その気のままの場所を放っておかれるほど、男にとって切ないものはなかった。

 だが灯滝にとっては重大案件だ。相手が誰であれ、軽率に仕組んで仕込まれて人生を左右されては、女は堪らない。
「いやだよ。勝手に赤ちゃん作らされるなんて」
「実際あれでマジに出来たら、むしろハッピーサプライズだろ!? 前もって穴開けるとか、そういう小細工はしてねーんだぞ!」
「えっ…………ますますこわい!!」


 葉隠は話すほど裏目に出る。……いよいよ灯滝は血の気が引いた。
「決めた……少し距離を置こう! 私、響子ちゃんの部屋に泊まらせてもらう!!」
「ギャー! やめて! 女の結託はやめて!! 実ノ梨さん! お慈悲を!! 頼むからそれだけは考えなおして!!」
 早急に立ち上がろうとする彼女を、葉隠はいっそう引き止めるべく両手で縋る。
 上に、下に、互いの力がぶつかり膠着する。しかし押さえる力にじわじわと競り負けて、灯滝は浮かしていた尻をついた。

「離して……気持ちを落ち着けたいだけだよ」
「離して、出て行かれたら困るべ。……どうか今回は見逃して、機嫌直してくれって」
 両腕を掴まれた彼女の自由になる手段は少ない。葉隠を咎めるような目で見つめる。
「も、もしかしたら〜くらいの、出来心だべ。デキ婚もアリだな〜なんて……ちっと夢見てたっつーことで、……許してくれん?」
 必死の言葉が火に油を注ぐことに、彼はまだ気づかない。途端にうつむいた灯滝の返事を、ハラハラしながら待っていた。


「……許さない」
「なッ!? ……そこをなんとか!」
「私は! 葉隠くんと偽装で結婚したくないし、筋の通らない借金抱えて結婚したくないし、子供を理由にした結婚もしたくないっ!!」
 灯滝らしからぬ声量だった。再び向けた瞳は射るようで、目の前の葉隠には充分過ぎるほどに意思が伝わる。……絶対に嫌なのだ、と。
 こうなると彼女は頑なだった。次に飛び出すのは怒りか、非難か……本気を受けて、葉隠は唇を引き結ぶ。

「だから――そういう打算とか、適当とか、他意なしに……”私”と結婚してよ。」
「…………え」
 葉隠の両手に込めた力が、すっと抜けた。ぽかんと口を開けて固まっている。
 間の抜けたその表情を見て、灯滝は最後が甚だしく余分だったと気づいた。
 一瞬で顔が熱くなる。体内では景気良く、ぐるぐると血が巡る。動揺で身体の何もかもがぎこちなく動くような感じまでする。
「や……やっぱり、寝る!」
 もはや彼との距離は耐え難く、灯滝は手近の布を引っ張って背を向けた。自分を覆い、頭は枕に沈ませる。


「…………プロポーズされたべ」
 横になった布のかたまりに目を向けながら、葉隠はようやっと呟いた。
「……ちがう」
「思い違いも無理なレベルだったぞ。……オメーって俺のことめちゃくちゃ好きだし、本音だべ」
「わたし、はがくれくん、きらい」
「嘘つくなって」

「話は借金返済してからにして! もう聞かない……!」
 布のかたまりは、頭まですっぽり隠れてしまった。ふてくされた声で天邪鬼に応答するので余計に、先の言葉が本心と思える。
 互いに結婚の意思があるのに拗れるのは、条件が譲れないせいだ。今すぐにはいかない。
 ならば今の彼は――この夜と灯滝の不信感をどうにかするしかない。


「…………とりあえず結婚は持ち越して、お隣ご一緒させてもらうべ」
「はあっ!? この流れで!?」
「俺だってオメーが好きなんだって」
「す、好きだからって……本番しかけたら本気で絶交するよ!!」
「その時は付け直すから安心してくれ!」
「信じられない……!」
 頑なな灯滝を、葉隠は後ろから布ごと抱きしめる。隠された顔はそのままに、身体に寄り添う布の切れ間を探って肌を撫でた。やわらかな繊維より、確かな温度を持った彼女が好きだった。

 自らで覆ったせいで、灯滝はどこを向いても布に遮られる。掛け物一枚など剥ぐのは容易いはずが、葉隠のせいで自由が利かない。抗議をすれば彼は止めるだろうか、視界を開けてと言えば行為を許すことになるだろうか……逡巡の間に、絆されそうになる。
「寝るだけー寝るだけーだべー」
「う、嘘つき……っ」
 誠意を信じたいのに、ぶち壊すのはいつだって彼自身なのだ。溺れるには危うすぎる。

 ――やがて、吐息混じり、声に色混じり。……博打はしたくない。だが確実な手段などわからない。
「やっ……康比呂、くん!」
「……え!」
「だ、だめだからね。ちゃんとしなかったら、だめ……っ」
 気をやる前に、もう一度念を押して伝えなければと――灯滝は初めて彼の名前を呼んだ。

| return to menu |

Title&Endroll:♪明るい未来/never young beach

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!