模守何成(もがみ かな)は大浴場で体を磨いていた。アルターエゴがモノクマによって破壊されてしまった現在、脱衣場は拠点としての意味を失い、大浴場と併せて本来の用途で使われ始めていた。
 男女で使用時間を割り振っており、今夜は女子の時間帯だった。女子は模守を含めて4人いるが、霧切は朝から姿が見えず、朝日奈や腐川とも浴場で出くわすことなく、模守は一人で湯浴みを終えた。

 自室でも手入れをしていた模守だったが、念入りに自分の体を見るには大きな鏡が必要不可欠だ。そして、男とも女ともつかない黒幕に、監視カメラ越しに“大女優・最上花奈”の肢体、あるいはヌードを晒すことは模守にとって心底我慢ならなかった。
 よって、この作業が出来るのは学園内で女子更衣室と脱衣場〜大浴場しかなく、前者は場所的に適さないために長らく自粛を余儀なくされていたのだった。

 久方ぶりに裸体を確認すると、ストレス過多な環境のせいか不健康に肉が落ちていた。日課のトレーニングのおかげで余計なたるみがなかったことは救いであったものの、模守は維持すべきボディラインの乱れに嘆息を禁じ得なかった。



「おっ、模守っち。いい湯だったか?」
 身なりを整えて脱衣場から出た模守に、葉隠康比呂が声を掛けた。衣服が雑に盛られたカゴ片手の姿からして、彼はランドリーから出てきたところだろうと模守は推測した。
「そうね。でも、私にとってはただの入浴ではないの。」
「……うーむ、ちょっと肌ツヤが良くなったか」
「どうせ判別なんて付いてないでしょう。……要するに、私はあんたと違ってダラけた生活なんかしていられないってことよ」

 葉隠は「はあ」と肯定とも否定ともつかない声を返し、模守をジロジロと無遠慮に見回した。
 馬鹿に漏れず、風呂覗きに参加するような男だというのに――向けられている視線が色を帯びたものではないことに模守は引っかかっていた。
 ……生まれながらに整った顔立ちと、誰もが羨む理想的な体型を持ち合わせた自分に対して、今までこんな目を向けられたことがあっただろうか。しかも、目の前に居るというのに。

 葉隠の態度に、模守は悪戯心を起こした。すっと距離を縮め、葉隠の腕に触れると上目遣いで彼を見た。瞳を合わせた瞬間に、眩んだように少し細めて潤ませる。
「……抱きたい?」
 無論、演技だ。だが模守は演技の名を借りながらも、僅かに本音を忍ばせて、葉隠の本音を引き出そうとしていた。
 馬鹿のくせに肝心の部分は読めない。それが模守何成の葉隠に対する印象だった。


「……あんま安売りすんな、“最上っち”。」
 葉隠は普段と変わらない調子で――大仰に冗談ぽくもなく、怒りも呆れもせず、模守に返した。
 ……躱された、と思った。
 目上の体裁をもって、巧妙に逸らしていた。破天荒な半生という葉隠が世を渡って来れた理由を、模守は垣間見る。

「抱いていい、とは言ってないわ。本来なら……あんたなんて、私に触れることすら許されないような男よ」
 欲しい返事が来なかった、という表情は決して見せなかった。模守は葉隠の腕から手を引いて、用意していた答えの一つを口にした。自分の優位を譲る気はなかった。

「……へーへー」
 聞いていないか無視しているかのような返事をした葉隠は、模守の頭を軽くポンポンとたたく。
 あやすように触れる彼の手は、ざわつく模守の胸の内を次第に凪ぎへと変えていく。
 結局、有耶無耶にされているのに攻め手を出しかねる。もはや立場の優劣も考えるのが空虚に思えてくるのだった。


「……皆、待っているのよ、私を。――私がここから出て来るのを。そのために体型も体調も維持しなきゃいけないの。……台本も無いこんなところじゃ、役作りも出来ないわ」
 そして気付けば、模守のほうが素を晒す。
 幾つもの仮面を付け替え生きてきた彼女が見せるようになった“本来の自分”の、更に奥を引き出すのは、目の前の脳天気な男だけだった。
「俺も外に出たいべ。世界中のオーパーツが待ってるし、俺のコレクションが無事か……居ても立ってもいられん!」
「私とあんたじゃ、想いの重さが全然違うのよ……!」

「――でも、“殺さない”んだろ? 俺も模守っちも、生きてここを出るべ。」
 葉隠は、へらりと笑う。
 一度は手を掛けようと思った男は、軟弱なのに強かだった。
 若干の間が開いてから、模守は小さく「そうね」とだけ答えた。
 返事を聞いた葉隠は、よし、と返して満足気にまた笑った。

「というわけで、今後ともよろしく頼むべ。オメーは美人だから3日以上持たんと思ってたんだが、飽きんし」
「え?」
『キーン、コーン、カーン、コーン……』
 模守の聞き返した声は、夜10時を告げるチャイムで掻き消された。
「おわっ、夜時間か」
「……部屋に帰るわ。夜更かしなんてしたら手入れが台無しだもの」

 スピーカーから続き流れるモノクマの声を後ろに聞きながら、模守は先の一音を発しなかったかのように、帰る素振りへと切り替えた。
 “欲しい答え”を掠めていった、葉隠の言葉の真意は……次の機会に明かすことにした。ルールを破ってまで、今ここで深く尋ねるのも野暮に思えた。
「そうか。んじゃ、行くか」
 葉隠も模守に合わせて、個室へと歩き始めた。


 模守の部屋の前へ着くと、二人はおやすみと挨拶を交わした。
「明日も生きてなさい」
「……おう。俺はここで死なん!」
 去り際に振り向いた模守は、葉隠の胸を小突いた。
 葉隠は、突かれた部分をどん、と自分でたたいて模守を見送る。
 根拠のない自信を持って返すその男の姿に――模守は理由のない安心感を覚えて、個室のドアを閉じた。

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・模守何成/最上花奈(もがみ かな)a.k.a.“超高校級の女優”
...ゆきりんさん(@Dream_snowing)作の夢主をお借りしました。多謝。

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