解斗さんはわたしの肩口に血を吐いて、膣奥に精を放った。
 わたしはぐちゃぐちゃだった。涙に汗に、解斗さんの喀血、わたしの血、わたしの愛液、解斗さんの精液。体液塗れというだけでなく、服に髪の毛、そして頭の中も盛大に乱されていた。
 ……こんなこと、同意の上ではなかった。





 日に日に悪化していく解斗さんの体調を見かねて、彼の部屋に押し掛けたのは数日前の事だった。
 一人で原因もわからない症状に耐え続けて消耗しているのは、すでに目に見えていた。でも解斗さんは「大丈夫だ」「心配ない」としか言わないし、特に助手の二人の前でボスとしての姿を見せようと無理をする。その繰り返しに、当人の解斗さんでなくわたしが限界に来てしまったのだ。
 みんなが解斗さんをこのままにするなら……手を打つのは、この碧囲(あおい)果月(かづき)の役目だと思った。

 無理やり部屋に入って、追い返そうとする解斗さんに「見ていられない」と叫んで胸ぐらを掴み、その大きな瞳をひたすら睨みつけた。
 体調を崩しているところに荒っぽく切り込むのは、卑怯かもしれない。だけど行儀良くして結果を出せなかったら意味がない。みんなに気を張って悪化なんて本末転倒だ、寄り掛かれる相手がいないならわたしに寄り掛かればいい、ここでわたしを突っぱねるボスなんて今後誰が付いていくか、倒れてからじゃ遅いんだ――そうやって吐きつける罵倒の中に折れる口実を仕掛けて、ようやく観念させたのだった。


 部屋に通されてからは、解斗さんはわたしを追い返そうとしなかった。ただ「他言はするな」と言うので、この部屋の外では今まで通りにすると約束した。
 外ではボスの体裁を保つ分、ここでは無駄に強がらないようボスと呼ぶのは控える事にして、わたしはその後も解斗さんの部屋に足を運んだ。約束もあるので人目を避けようとするとだいたい深夜になったけど、構わなかった。
 “みんなのボス”じゃなく親友を、親友として看れば、彼は病状を誤魔化さなかった。体を休める姿を見て、こちらの揉みに揉んでいた気は落ち着いてきた。
 ただ……治し方がわからずに行う看病なんて、たかが知れていた。つらそうな顔で悪寒と浅い眠りを繰り返していても、身体を擦って声を掛けて見守るしかできない。それでも、一人でいるよりは心が救われるんじゃないかと……思っていた。


 わたしはうざったかった? 逆に何か勘違いしちゃった? 病気で頭やられちゃった? 溜まってた? やりたかっただけ?
 聞きたいことは全部、噛まされた布に持っていかれた。最中に聞こうが叫ぼうが喚こうが泣こうが、くぐもった音にしかならなかった。
 わたしだって女子なりに力はあるはずなのに、混乱の中で全力の抵抗をしても病人の解斗さんに敵わなかった。
 徹頭徹尾、本気だった。わたしの手まで縛り付けたのだ。彼を突き動かすのは衝動なのか明確な意思か――どちらにしても強いものを、この身にひしと感じた。



 解斗さんはまだ肩で息をしていた。体が重いだろうに、わざわざ激しく動いたせいだ。セックスなんて血を吐いてまでやることじゃないのに。
 ろくに喋りもせず、目を血走らせて憑かれたように律動していた彼は、今やただの重病人に戻っていた。求めた光が過ぎ去った虚ろな瞳に、瞼は終劇の幕を引く。解斗さんは糸の切れた人形よろしく、身体を支えていた両腕から崩れ落ちた。
「――ぅ」
 声というより、ぶつかって肺から空気が出ていった音。わたしの上に倒れ込んだのだ。
 しかし払いのける為の両手も彼に訴える為の口も、ベッドに引き倒されてすぐに封じられてしまっている。モノも刺さりっぱなしだし、重かろう苦しかろうが、解斗さんの体力が戻るまで解放されそうになかった。


 解斗さんが動きを止めてからのわたしは妙に頭が冷めていた。雄と女と血のにおいがくゆる室内、触れるヒトの体温を感じる一方で、濡れた肌と触れ合う空気は乾かす代償に熱を奪っていく。
 嗅覚、皮膚感覚、そして内臓は不快感を訴えて、刺さりっぱなしの局部は馬鹿みたいにズキズキ痛む。なのにどこか他人事のようなのだ。強引に突っ込まれても防衛本能で濡れてくるように、脳でも何か変なものが出ているんだろう、きっと。
 なら……この事態のワケでも考えて解斗さんが起きるのを待つしかない。やられてる最中から、そればかり思っていたわけだし。


 まずもって。解斗さんは、ここ才囚学園で出会ってすぐに波長が合うと思って実際そのとおりだった、気の置けないやつだった。そしてわたし達の関係は恋愛的ではなく、セックスするタイプのフレンドでもなかった。こんな事になる気配はなかったし、解斗さんは病気で身体を弱らせていたのに……。
 切っ掛けがあったのだろうかと、手始めに直近を思い返す。
 今日も夜時間に解斗さんが出入りしているのを見掛けたので、彼の部屋を訪れた時はすでに深夜だった。会うなり、しんどそうだった彼をすぐベッドへ遣って、自分も仮眠の準備をして、明かりをスタンドライトに替えたところで彼の方に呼ばれて――ううん、その前に何か……。

 ――そういえば。あまりに具合が悪そうだったから、まさか本気でトレーニングしてきたのかと尋ねると、今夜は魔姫さんにクロスボウの組み立て方を教わったと言っていた。
 武器について教わったのは、使う気があるからだろう。解斗さんが使うとしたら、相手はコロシアイの首謀者か、首謀者の操るモノクマ……今さら仲間を殺してここを抜けるような男じゃない。
 でも体調が戻らないのに――違う、あの体調だからこそ、戦いを仕掛けるのか……?
 そばで見ているだけに、解斗さんが重症なのはわかっている。悠長に待っていられない段階だ。一刻も早くここを出て、治さなければと思うほどに。
 …………戦う事を決めたのか。未だ得体が知れない首謀者側を相手取る以上、命を懸ける覚悟も――?
 これが想像どおりなら、解斗さんの体は迫る病魔と戦いから死を危惧して――本能が種の保存を望んで、わたしを犯した、のか。……いちおう繋がる。
 そう思うと……あの聞く耳を持たない容赦の無さといい、とてもそれっぽかった。


 わたしの前に会っていた魔姫さんに、大馬鹿をやらかさなくてよかったと思う。心を開かせた男から強姦なんてされたら……彼女はまた心を殺しかねない。
 魔姫さんに不要な傷を作るくらいなら、まだわたしのほうがいい。わたしはそこらへんタフというか、まぁ、このとおりだ。
 解斗さんにしても、自分がした事を自分でぶち壊すところだった。解斗さんがボスで彼女が助手である以上、彼の言うところの“弱くて放っておけないようなヤツ”に、手を出すなんてボスのする事ではないと思ったのか……そんな矜持が本能より先に来たなら、まったく立派なボスだった。

 どうしても誰かが必要だったなら、今いる誰よりわたしが適役だった……そう思い至ると、解斗さんは見込んでいたのかもしれない。
 なにせ彼は人の本質を見抜く。こんなふうに理不尽に折り合いをつけられる理解者が、わざわざ夜に訪れてくるから――誰より適役と判断したわけだ。
 ……としても、さすがに何でも受け入れはしない。こんなやられ方は嫌だって思うし、万が一なら遺伝子を残せと言ってるようなこの行為、ちょっと重すぎる。セックスならここから出た後で、きみの可愛いシュガーとたっぷりやったらいいんだよ。居るかは知らないけど!



 さて……見当もついたので解斗さんはそろそろ目覚めてほしい。考えを巡らせるのも疲れるし、喋れない動けないでは自由がなさすぎだ。待つだけは得意じゃなかった。
 それに、あまりにも動かないと、彼の体調からして不安になってくる。どれくらい経っているのかも分からないのだ。気を紛らわせようとまた考えるも――限界を感じ始めてからはどうにも、冷静さがずるずると抜けていく。

 ――万が一、解斗さんが意識を取り戻さなかったら、命を落としてしまったら……これっていわゆる腹上死? って事はわたしが殺した事になる? 強姦されたのはわたしなのに? わたし、むしろ被害者なのに? でもこのままだといずれ部屋に誰かが来るよね? 殺人事件になるなら、鍵も開けられて誰かに発見されるよね? この状態を……? 待って、クロが一目瞭然。わたしだよ??? それって史上最短の学級裁判でクライマックスにこの前後の出来事を終一さんに事細かく推理されて言われる流れだよ!? それでオシオキ受けても死ぬの!? なにそれ耐えられない!!
 無駄死に……こんなことで二人も無駄死にとか馬鹿馬鹿しいよ! 生きてんでしょ解斗さん!! 起きろよぉ!!!

 封じられた口でむうむう言っても、身じろぎして浮いた足をばたつかせても、解斗さんは微動だにしなかった。
 これはいよいよ八方塞がり――……いや、待てよ。
 ……わたしが唯一動かせて、彼に訴えられる口が……あるにはあった。思い至らないほうがよかった気さえするけれど。幸か不幸か、解斗さんが入れっぱなしだったからできるわけだけど。
 しかしこんな事……わたしの頭はやられておかしくなってるんだな。でも……本当にこのままだったら、いずれ最悪の学級裁判だ。……やるしかないのか。
 つまり、わたしはこれから……強姦してきた男を、拘束されながら攻め返すんだ。わあ。とんでもない初体験。


 残念ながらそう詳しくないし、この状況できそうな事も限られている。腰の具合がなんだかおかしいけれど、起 き ろ よ って念じながら動かせる範囲で動かして、締めるであろうところを締めてみる。手探り、いや穴探り? ……的確な表現を目指すべきじゃなかった。
 そもそも股の奥に異物を感じるだけでもいい気分はしない。何なら最初の指一本からずっと痛かったけど、今や半ば麻痺していた。解斗さんは何の準備もないところに割入られて擦られる痛みを知ったほうがいいし、機会があればこの感覚も思い知らせたいとすら思う。
 本当……早いところ目覚めてもらわないと。でないと、わたしの顔の横に突っ伏す解斗さんの髪の輪郭がスタンドライトの光で縁取られているとか、わたしが必死に動かすことで鳴る小さなベッドの軋みや水っぽい音とか、少ない自由の中でどんどん気付いてくるから……なんでこんな馬鹿な事をって、むなしくなって泣きたくなる。


 そうこうするうち――ぴくりと感じる。まず反応するのはやっぱりチンコか。仕掛けておいて何だけど、あれだけやってまだ勃つのか。
 この際いいからそのまま目覚めて。夢の中だと思わないで。布を噛みながら喚いた。きみの欲の根幹を揺さぶってるのは、リアルなんだよ。
 甲斐あって、ふやけた棒が凶器に戻っていく。それでもいいから意識を戻して。脳が起きて。もっと刺激が欲しいなら自分の意思で犯しな、うそ、いやだ、これ以上わたしを削らないで、でも、起きて。
 ……だめだ、涙が出てきた。早く、早く気付いて。
 わたしだって、セックスするならもっとハッピーなやつがよかったんだから――!



 身体が、動いた。
 腰をうず、と揺らし、身をよじり、首がこちらに向く。
「……果月……」
 近すぎて瞳がうかがえない。解斗さん、と返したけど、布越しで相変わらずだ。
 果月、ともう一回呟いて、解斗さんはゆっくりと……両手で身を起こした。口から顎にかけては喀血がこびり付き、頬には乱されたわたしの服でできた皺の線。斜めに流し立てた髪も半端にへたってしまって、ずいぶんな事になっている。
 顔色はさっきより戻って、落ち着いた瞳をしていた。けれど平時とも違う。気だるげなその奥に、何か――。
「っ……」
 視界に手が――と思ったら、涙を拭われたのか。わたしも人の事を言えないくらいひどい顔をしているんだろう。構う余裕もなかった。

 解斗さんの手は、わたしの髪を梳いて頬へ下がり、口の拘束に触れた。布を辿り頭の後ろ側をごそごそやると、彼のTシャツだったものはすぐに解けてしまった。そんな雑な代物が、両手を頭上で縛られたわたしには役立ったのだ。
「解斗さん」
「悪ぃ――」
 ようやく布から解放されたと思ったら、被せるように呟いてきたその口がわたしに重なる。……塞ぐものが変わっただけだった。
 むちむち音を鳴らして唇を食まれて、舌が入ってくる。ついでに腰も動かしてくる。いや待って。悪いって言って続けるって。そんなキスとか許してないんだけど。引き続き強姦なんだけど。

 薄っすらと鉄っぽい、血の混じった唾液を運ばれる。舌ごと押し返しても止めないので――噛んでやろうかと思った瞬間、唇が離れた。
「っは……はなれて、手を、ほどいて」
 息継ぎもそぞろに訴えたのに、また口にキスを落とされる。そのまま顎から首筋へ、皮膚を這っていく。
「やめて、解斗さん……っ」
 身体の動きと一緒に、わたしの奥も緩く揺すっていく。
「……も、おしまいにして」
 指が胸の形をなぞったあと、また覆うように……今度は明らかに、抱きしめられた。

果月、ごめんな……」
 耳元で小さく謝られても、無意味だよ。
「ん、許さない」
「こんな事に……付き合わせちまった」
「……ばかいとさんだよ、ほんと」
 押し出すような、かすれ声。本調子には程遠いんだろう。
 口では容赦したくなかった。そう思うわり……罵詈雑言を並べる気にもなれなかった。


 抱擁の腕が緩やかに締まる。意思を持った密着が、訴えてくる。
 わたしより熱を帯びた体温、かすかに耳に触れる唇。吐息。
「好きだったんだ、果月のこと」
「――――」
 …………え?
 口を開きかけても、咄嗟に返せなかった。
 ……どうして今、そんな事を口にするの?

 犯されたワケなんて、ここに穴が来たからでいい。――いや良くないけど、分かってるからいい。
 わたし達の“好き”や関係は、色恋と違ったのに。すり替える気?
 それとも、本当に愛しているような事をすれば許されると思っているの?
「……わたしも、好きだったよ。でも違うでしょ」
「ははっ……そうだよな」
 苦しげに自嘲を吐くくらいなら、最初から誤魔化さなければいいんだよ。


 話をしようが、解斗さんにやめる気配は見えない。……解放してくれれば怒る事もないのに。
 わたしが結果的に再着火させたからか。でも解斗さんだって、こんな恋愛ごっこ始めて、何なんだ。
「……半端な事しないで」
 呟きながら、それとも、と思う。体が本能に抗えなくて、心を騙さないとやってられないとか……それほどにきみの体は命の危機なのか。
 だったら恨み言も言えなくなってしまう。お互い不幸だったのだと、このコロシアイ学園生活と、解斗さんの謎の病気と、わたし達が男女である事を呪うしかない。

 でも、そうやって――わたしもこの現在進行系の嘘で「解斗さんに好かれてる! わたしも実は惚れてる!!」とか勘違いしたり自分を騙せば、楽になるんだろうか。……できそうにないけど。
 わたしまで嘘を付き始めたら、この全てを許しているように見えそうだった。何より今までの自分が恋愛に関わっていなさすぎて、嘘を実演できなかった。そういう感覚の悟りを開かなかった事がこんな形で響くのか。一周まわって笑けてくる。

 じゃあいっそ、解斗さんが自分を騙すついでに、わたしを一緒に騙してくれたらいい。“ごっこ”で構わない。不幸を止められないわたし達に切れるカードは、他に思い浮かばなかった。
 ……こんな事を願うのか、わたしは。
 タフなメンタルだったはずが、けっこう堪えているらしい。親友と思ってた男が死にそうなあまりに犯してくるパターンは、さすがに適応の範囲外なんだ。



 解斗さんは抱きしめて動かない。わたしの次の言葉を待っているんだろう。口を自由にした以上、少しはわたしの意思を聞くつもりがあるのだ、今は。
 深く息を吸って、吐く。上に乗る解斗さんも、少し上下する。
「騙すなら……本気で騙して」
 解斗さんの顔が上がり、告げたわたしを見つめる。儚げな瞳は、らしくない。解斗さんまで傷ついてるなんて、まったくどちらも救わない夜だ。
 次はちゃんと好きな人としなよ。だから持ちこたえなよ、その命を。
 わたしも……許さないけど、愛しているふりで愛されたって事にして、朝になれば何もなかったような顔をできると思うから。

 やがて――解斗さんは息を零した。眉がハの字で、困って笑うしかない、みたいな顔をして。
「騙すも何も、オレは本気で好きなんだよ」
 ちゅ、と唇にやってくる。それがきみの返答なら……わたしも騙すんだな。
「……そっか、」
 それ以上、言葉は出なかった。



 再びの口づけも、窺う瞳も、触れる指先も、ひどくやさしい。
 なのに、その一つ一つを受けるたび、わたしは悲しくなっていく。胸に詰まっていた大切なものを、少しずつ削がれるようだった。
果月――」
 そんな声で、わたしの名を呼ぶのか。
 知らなくてよかったはずのものを見聞き、感じている。五感が静かに覚えていく。
 ……騙してって要求したのは、わたしだ。これは願いに応じたからだ。
 偽れないわたしの隙間を、解斗さんの嘘が埋めていく。

 さっきは倒れるまでガツガツ勝手にやってたのに、同じ人かってくらい全然一致しない。何もかもが、わたしを気にかけた振る舞い。
 ゆっくり、その身が引かれ、戻ってくる。じわりじわり、飛んでた膣の中の感覚も。……痛みではない。皮膚がざわめく。唇を噛むと、ふ、う、なんて息が漏れる。身体は着実に混乱していく。
 わたしに自由はないから委ねるほかない。鼓動の早まりに気づく隙まで与えられて、恨めしい――。
「ンっ――ぁあ、……」
 なに、その声。わたし? まさか。

 ぎゅっと目を閉じた。繋がった近くに手を遣られたのは察していた。ただこちらの手は動かせない。口を噤もうとしても、弄られるたびに漏れ出る。この音は解斗さんじゃない。わたししかいない。
「聞かせてくれよ。もっと」
 囁きが身体の芯に響いて応える。こんなわたしは知らない。解斗さんも知らなくていい。
「あっ、やだ、んぅ、ぁ、わたし、」
 やめてほしい、って一番の願いは聞いてくれないんだから、結局強姦なのに。まるで……。
 ……嘘が上手くて、泣けてきた。


 好いと啼いて、違うと哭く。繰り返す。喘いで言葉にできず、涙ばかり出てくる。
 騙してもらっていても、わたしは心を騙せず、受け入れきれなかった。解斗さんは好きだけど、恋とかよく分からないけど、少なくともこんな繋がり方は望んでなかった。
 恋愛感情なんて不定形不可思議なものを解斗さんが持ち出さなければ、苦しくなかったかもしれない。セックスも仕方ないかぁとか割り切って、気持ちよくなっとけばいいと思えたかもしれない。
「ぁんん! むり、なのっ、ひぅ、も、もぉうそ、つかない、で、、」
「……間違ってる、だろ。こんなの」
 そうだ、解斗さんだって、物にでも見立てて突っ込んでたほうが遥かに楽なはずだ。朦朧として判断を間違ったなら、やめたらいいのに。

 どうして自分に嘘を付いて、恋愛じみた告白までして、ちぐはぐな甘い交わりを、するの?
 わたしを愛してるふり、なんて、きみは、苦しくない、の?
「あっあ、解斗さ、あぁ、」
 だめだ、喋れない。考えた事もすぐに、散り散りになっていく。
「テメーに、甘えて……傷つけてるのはッ、わかっ、てんだ、でもよ――――」
「ンン、、いっ、あっ、やぁ」
 解斗さんの言葉を掻き消すように、わたしの声が邪魔をする。犯すか喋るかどっちかにしてよ。こんな時に言われたって聞く余裕ないよ。
「っ……ハァ、オレを――れねーだろ、果月……ッ……」
 涙が邪魔しなかったら、顔を見て、何か……途切れ途切れに、思って…………意識は、呑まれた。









 ――あの時、なんて言ってたの? もう一回言ってよ。
 事後から半日と経たない間に5回聞いて、解斗さんに全部はぐらかされた。
 5回目で不貞腐れたわたしは、じゃあいいですーと捨て台詞を吐いて踵を返した。ぎしぎしの体を自室のベッドに放り投げてそのまま眠った。あれはまったくひどい事故だった、絶対忘れないや、そう思いつつ。
 出来事については他言しなかった。言ったらボスがボスとして機能しなくなって、このコミュニティは困るし、わたしは最初の約束を守る。食堂に集まった朝から、わたしも解斗さんもいつもどおりだったと思う。


 ただ、その後、解斗さんとまともに話す機会はやってこなかった。
 夜に解斗さんが企てていた最後の戦いは、最後にも戦いにもならず、挙げ句に彼は”黒幕”だと言う小吉さんに監禁されてしまい、会う機会もなくなってしまった。
 数日が経って……わたし達が解斗さん奪還作戦を決行するその前に――彼は殺人を起こし、勝負をかけた。
 死体発見アナウンス、解斗さんとも小吉さんともつかない死体の調査、学級裁判。
 終一さんが導き出した答えを歪めた途端、“クロ”となった解斗さんはわたし達の前に姿を現した。







 泣くな、ど派手にオレを送ってくれと言う解斗さんに、終一さん達は涙を堪え止めようとしていた。
 魔姫さんはずっと泣きじゃくっていた。彼女にしてみれば、自分を変えた好きな人がこれから死ぬのだ。解斗さんによって初めて覚えた気持ちが、言葉のみならず、涙として溢れ出ている。これほどに大きな感情が、まもなく行き場をなくしてしまう。
 それでも……どんな経緯があったとしても、“クロ”にはオシオキが与えられる。それがここの、学級裁判のルールだ。
「――碧囲がいるから、大丈夫だよな」
 しんみり、だけでは表しきれない空気のみんなから、わたしに視線をよこす解斗さん。わたしだけ泣いていないからだろう。ちょっと助けてくれ、と目が言っている。いや……この水っぽさをわたしだけで振り払うのは難儀だよ。

「んん。わたしはボスほど甲斐性ないけど、ないなりにやってくよ」
「……ちょっとは寂しがれよ」
 ぷいと目を逸らして唇を尖らせる解斗さん。いじけたような仕草は、妙に芝居がかっていた。
 おどけてるのか、わざと。この雰囲気をやわらげる為に。
「死の覚悟を持って死に臨むんでしょ。大丈夫だよ」
 彼の気持ちに乗っかって、大げさに顔を作って親指を立ててみせた。
 迫る死期の中で命の使い所を決めた、彼の決断を尊重したい。過程はともかく、小吉さんもそうだった。……悲しまないでいたい。



「なあ、碧囲。最後の最後だ……やっちまった事は今さらどうにもならねーが、言わせてくれ」
 モノクマ、いや黒幕に啖呵を切ったあと、解斗さんがわたし達に最後の言葉を掛ける。……最後。ああ。
 搾り出すように、一言一言。
「テメーにしてみりゃ、オレはバカでどうしようもねー男だっただろうけど、オレは…………テメーに会えてよかった。」
 なんだ、目を潤ませて。なんでわたしにそんな瞳を向けるの。泣くなよ解斗さん。
 殺人と強姦、どちらにしても……選択の余地もない状況で、できる限りをやったんでしょう。正しいかどうか、誰がどう思うかは別にして、きみは自分の行動を後悔してないんでしょう。

 わたしはどっちも許される事じゃないと思うけど、きみを嫌いにはならない。目的までの最短ルートの為に、道理にとらわれない最適解を選んでしまうのが、百田解斗だ。ただ、きみと共にありたかったのが叶わなくて、――。
 泣かないで別れよう。お互いに。
 誰よりも近しい人に、また明日ーみたいな軽さで手を振る。
「……今度は黄泉かどこかで逢おう」
「へへ……、しばらくこっちに来なくていいぜ」
 解斗さんはニッと口の端を上げて歯を見せた。そして彼らしい、力強い目は――限界に近い命の炎をわざわざ燃やして、わたしの為に作ったのだ。
 ……わたしがとりわけ好きだった、解斗さんの表情。
 それがいちばん、胸に来た。





 百田解斗は、宇宙で果てた。
 学級裁判でわたし達にこの先の道を示し、オシオキに抗って病気で死んだ。
 解斗さんに感謝を述べて泣き止む、彼の助手たちの横で、わたしは今になって涙をぼろぼろ溢していた。
 悲しいとも違う感情が、胸から全身にまわって、ただ立ち尽くす。満足気な顔で逝った解斗さんとは真逆だった。
 ……彼のバディでいたかった。自分にない強さ、不意に覗く脆さ、二人で補い高め合える関係だと思っていた。でも、だったらわたしは死に向かう彼に、こうなる前に、もっと何かできたんじゃないか。病や監禁から救えなくても、殺人やオシオキを止められなくても、解斗さんに何か――。

 悔恨が浮かんでは消えを繰り返す。
 最後にわたしに声を掛けて笑った、あれは、言葉以上の何かを受け取るべきものだった。わたしは彼の意図したものを、ちゃんと受け取れただろうか。
 解斗さんがはぐらかし続けたあのセックス中の言葉だって、ちゃんと聞きたかった、本当は。
 彼は何を伝えたかった? わたしに何を残したかった? 知りたくても、聞く相手はもういない。
 こうなってからわたしは、解斗さんの事をもっと分かりたかったなんて思っている。……馬鹿だ。


 やり遂げて死んだ解斗さんが、わたしの心を掻き乱して制御もできない。
 強く求める。彼のすべてを。焦がれる。あの表情を。
 …………。
 天啓のように確信する。これこそ、わたしの未知だった――――。
 ……始まった瞬間から叶えられないのが確定じゃないか。
 今際の際に恋に落として逝くか。最期まで勝手なやつだな解斗さん。
 恋とか知るより解斗さんが生きてるほうが三億倍は嬉しいのに。それも叶わない。

 大粒の涙を落として洟をすする。冗談めかして話していた数分前とは、すっかり変わってしまった。
 せめて……ひどく犯されたあの日までにこの感情を知っていたら。今よりマシなハッピーが待っていたか、逆にもっと地獄だったかは、解斗さんがどう思ってわたしを強姦したかによる。今までに考えた結論が真実かも分からない。


 この昂ぶりが少し落ち着いて、喪失の実感が湧いた頃、寂しくなるんだろう。寂しくならないわけがなかった。親友以上に大切な存在だった。
 ――わたしは解斗さんにとって、どんな存在だった?
 これからわたしは何度となく解斗さんの事を考えて、あらゆる出来事を思い返す。その中で答えを導き出せるだろうか。
 いつか、逢えたら……きみは答えを教えてくれるだろうか。



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title♪ I Hope You Miss Me a Little / KICK THE CAN CREW
“I hope you miss me a little”=少しは寂しがってよ

初出:ぷらいべったー(180803)

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