のどかだったはずの朝は、突如乱される。
「ぶわっはっは! すんごい寝癖じゃ! おんしゃあ鏡見ちゃーせんがか!?」
「あぁ?」
「ああ……やっぱりそのままで来ちゃったんだね」
 広間に響いた大きな笑い声は、食事の準備中だった刀剣男士を一斉に振り向かせていた。
 燭台切光忠は“彼”を見るや、右手を額にやった。準備に行くからと自分が先に部屋を離れなければ、指摘をしていればこんな姿で現れることもなかったのだと思うと、ため息が出ていた。

「顕現した時の見目に近づけるのが、最低限じゃねえかと思っていたんだが……それぞれなんだな」
「言いたいことはわかるよ、薬研くん」
「つーか、こいつは何で笑ってんだ」
 燭台切の隣で食器を並べていた薬研藤四郎も感想を漏らす。しかし件の刀剣男士は、広間の入り口に突っ立ったまま首を傾げるばかりだった。


「……はー笑うた! やあ、寝癖じゃ言うたぜよ。髪じゃあ髪ー」
「皆さん、お静かにー! 主君がいらっしゃいますよー! 今日の近侍は僕ですからね、ちゃんと聞いてくださーい!」
 しばらく腹を抱えていた大声の発生元こと陸奥守吉行だったが、やっと涙を拭うと“彼”の頭を指差す。
 ところが、彼らの間をすり抜けて入った秋田藤四郎が最後の台詞をかき消してしまった。

「おはようございます。何やら賑やかですね」
「よう」
 秋田に続いてやって来た審神者は、入り口に立ちふさがる“彼”が振り向いた瞬間――固まった。
「ど……同田貫正国、その髪……すごいですね……」
「髪? わあ同田貫さんすっごい跳ねてます! 直さないんですか?」
「だから何なんだよお前ら」
「いや、君の髪が問題なんだよ同田貫くん……」
 審神者と秋田の反応に陸奥守は再び笑い出し、薬研は苦笑いでそれを見る。
 燭台切の控えめな突っ込みを聞いても、“彼”同田貫正国はその意味を汲み取ることはできなかった。



 同田貫が人のかたちとなり、この本丸で生活を始めて三日になる。
 彼はとにかく見た目に無頓着だった。実戦刀に見た目の美しさなど必要ない――そう言い切って、戦で汚れようと傷つこうと気に掛ける様子がなかった。
「このままじゃ悪いっつーのか?」
「簡単に言うと、全っ然かっこよくないよ!」
「格好? どーだっていいだろ、そんなの」
「しょうえいから、わしはこのままでええと思うがじゃ」
「や、笑う意味もわかんねーよ」

 寝癖もそのままな彼には、燭台切や陸奥守の言葉も全く響かない。
 薬研は同田貫に、悪いってわけじゃねえが……と言葉を濁して、審神者を見た。
「あー、大将からも何か言ってくれ。このままじゃあ、こっちが気になって仕方ねえや」
 話を振られた彼女は困ったように眉を下げて、少しばかり考える。
 人の姿であることの自覚が薄いらしい同田貫に、この、相手への配慮のような感覚をわかってもらうには表現したらよいのか。言葉に迷った。
「あの……同田貫正国。外見が人だから心まで人になれ、とは言いませんよ。ただ、直したほうが格好がつくというか、ええと……私は好きです……?」
「はあ? あんたの好き嫌いなんざ俺には関係ねーんだが」
「それは、そうなんですが……うーん」


 審神者もまた伝えきれず、ため息をついた。
「こういう感覚をわかってもらうのって、難しいんですかね」
「うーん、そうだね。彼の場合、純粋に“刀”ってところが強く出ているみたいだから……」
 返す燭台切の言葉も先細って続かない。彼と同田貫の感覚の差は大きく、すり合わせは容易ではなかった。

 刀剣男士との生活も十日を過ぎる中で、審神者は彼らにも人のような見た目を気にする意識があるのだと思っていた。
 同田貫より先に本丸に顕れた燭台切はとりわけ際立っていたし、現在本丸に居る数振りの刀剣男士にしても、薬研が言っていたように顕現した時の姿を保つことを自然に行っている。
 ……しかし同田貫は違っていた。
「直したかったら、あんたが直せよ。俺は戦に出られりゃ他はどうでもいい。」
 審神者を見下ろして言い放つが、顔を見ると四方八方に毛先の跳んだ短髪が視界に入って、本来の凄みに欠ける。むしろ可笑しみを感じて、審神者は神妙な表情を保つのに苦労してしまうのだった。


「そもそも、おんし……寝癖の直し方を知っちゅうかえ?」
「は? 知るわけねーだろ」
「……そこからだったか……」
 燭台切の言葉は、審神者の心の声と同調していた。同じ刀剣男士でもここまで差があることを、燭台切も初めて知ったのだ。
 ……となれば、解決方法は一つしかなかった。

「わかりました。もうすぐ朝餉になりますし、急いで整えに行きましょう。……すぐ戻るつもりですが、皆さんは揃い次第、食事をしていてください」
「だったら主君、僕が代わりますよ!」
「いえ、私がした方がよいでしょう。……これでも、人としての生活は私がいちばん長いのですよ」
 近侍の役目だと息巻く秋田を制し、審神者は片目を瞑って微笑んだ。

「っはは、違いねえ。秋田、今回は大将に譲りな」
「そうですか……。じゃあ僕は、この場を全力で仕切ってお待ちしてます!」
 薬研にも言われ、秋田は渋々という表情を一瞬見せたものの、引き下がる。かわりに新たな役目を全うすることに切り替えると、張り切って主に敬礼してみせた。
 姿は小さくとも懸命に取り組まんとする近侍の姿に頷いて、審神者は同田貫の腕を取る。
「頼みますね、秋田藤四郎。……さあ同田貫正国、行きますよ」
「はぁ、本気かよ……仕方ねーな」
 呆れ顔をした同田貫だったが、腕を引かれると連れられるがままに広間を出ていった。



**



 そんな出来事から更に数日経っても、同田貫は変わらなかった。
 寝癖がついても放っておくので、先日と同じようなやり取りをして審神者が整える。
 自分で直す方法はその度に教えていたものの、今のところ同田貫が実践して来たことはなかった。
 主という立場で強く言えば、同田貫も覚える努力をするのかもしれない。だが、こんな些細なことに目くじらを立てるのは厳しすぎではないか――。
 都度考えながらも、しばらくは彼の理解を待つことにした審神者だったが……その日が来る見通しはつかずにいた。



「おはよう、同田貫。その髪、起きたままだね」
「…………戦に出られりゃ、あとはどーでもいいっつってんだろ」
「でも、主は直してほしそうだったけどな。よかったら僕が直してあげるよ」
 大和守安定は起床から間もなく髪を一つにきっちりと結い上げている。彼も、ここ数日の朝のやり取りを知る者であった。
 広間へ続く廊下の途中、出会い頭での言葉に同田貫が機嫌を悪くしたのは明らかだったが、大和守は特に気に掛けず、主の手助け半分の提案を投げてみた。

「あいつが直すから、このままでいーんだよ」
「……ふうん、そっか。」
 同田貫の答えは、大和守の予想とは少々違うものだった。
 いつの間に主の役割になったのだろうと思ったものの、彼は不思議な言い回しの追及をしないまま、一緒に広間へと入っていった。


「おはようございます、大和守安定、同田貫正国――ああ、今日も髪がとんでもないですね……」
 審神者の声は同田貫に視線をやるなり、明らかに落ち込んでいった。奥に座していた陸奥守はそれを聞きつけ、毎度ながら吹き出して肩を震わせる。
「だから、何だよ」
「……もう一度教えますから、次から自分でしませんか」
「あんたがすればいい。俺は刀なんだから必要ねーだろ」
 同田貫は陸奥守を端から無視し、ふてぶてしい目を審神者に向けた。

「同田貫は主にやってもらいたいんだよね」
「はい……?」
 いつもの応酬のはずが、隣から口を挟んだ大和守の一言から違う方向へと転がっていく。
 大和守に説明を求め、つい先ほどのやり取りを知った審神者は、余計にこじれた彼の様子に頭を抱えたくなった。
「あんたが放っとくなら、それでいいってことだろ? お前らがどうこうすることじゃねーよ」
「いえ、誰が直そうが関係ないですよ、同田貫正国。というか、あなたがするのが一番なんですが……」


「同田貫正国ー。ずうっと手を焼かせるんやったら、おんしはこれから飯のおかずを一品、主にやるくらいしやーせんといかんろ。世の中、ぎぶ・あんど・ていく、ぜよー」
「はぁ? どうしてそうなるんだよ?」
 審神者の言葉が終わるが早いかという、遠くからの茶々。三人の注目を集めただけではなく、軽薄な話しぶりとその中身が同田貫の苛立ちまでも掻っ攫う。
 陸奥守は、同田貫の鋭い視線を真っ向から見返して立ち上がった。目を逸らすことなく歩み寄り、更に続ける。

「おんしが言うように、わしらは刀じゃ。けんど、今は人のかたちをしちゅう。……ただの刀じゃったら飯など食べのうて構わんろ? たった一品減ったって戦にゃ出られるぜよ。……“あとはどーでもえぇが”じゃなかったか、同田貫?」
 喋り方はあくまで軽い。だが、間違っていないだろうと言わんばかりの強い意思が瞳の奥から覗く。
 その横で審神者はハラハラとしながら二人を見ることしかできず、大和守は彼女を含めた三人の成り行きを見届けようと静かに半歩下がった。


 一方、自分の以前の発言を持ちだされた同田貫の語勢は弱まった。それでも陸奥守の提案は呑みたくないと、唇を尖らせる。
「飯は、別だろ。……なんつーか、たくさん食わねぇとだめだろ」
「ほうじゃなあ……やけど、飯に執着するがじゃったら、わしらはただの刀がやないってことちや。前は人が勝手に手入れしよった身だしなみも、今は手足があるんやき、わしら自身でしやせんとのう」
「……面倒くせぇ……」
 こぼれた言葉に、陸奥守は薄っすら目を細めた。寝癖を放っておく本当の理由だと確信していた。
 本心を引きずりだしたなら――最後は、同田貫が自分から行おうと思いたくなる“とどめ”を撃ち込む。

「長く在って付喪神になっちゅうんやき、赤子みたいになんちゃあ人任せにしよったら……“名折れ”もえぇとこじゃ。違うかの?」
 顎に手をやって浮かべる、挑発的な笑み。陸奥守の態度は同田貫の自尊の心を確実に刺激し……ついに、大きなため息が吐かれた。
「…………あー、わかったよ。……直してくる」
 え、と声を上げた審神者を見たかどうかもわからない。同田貫はくるりと身を翻すと、すぐに広間から出て行った。





「お見事だったね、陸奥守」
 大和守が功労者に声を掛けると、密かに廊下から始終を見守っていた五虎退と秋田も入って彼を称え出す。
「お部屋の外で、聞いていました。陸奥守さんて、すごいですねぇ……」
「僕もです! やっぱり主君に最初に喚び出されたから、説得できちゃうんですか?」
「なぁに、ちっくとばかし先に顕現したと言うたち、おんしらとなーんも変わらんぜよ」
 短刀たちに囲まれた陸奥守は、がははと笑いながら頭の後ろに右手をやった。

「僕も、おしゃべりが上手になりたいです……」
「たくさんの方とお話しましょう。僕と一緒に練習しましょう!」
 彼らが慌ただしく離れていく中、審神者はというと、最後はおそろしくあっさりと承諾して行ってしまった同田貫に驚きを隠せず、立ち尽くしていた。
「……なんじゃあ、呆気にとられたかえ?」
「というか……彼は一人で直せたんですね……」
「三回もしよったら覚えるじゃろ。おんしはじってやき、だきな教え方はしやーせんろうし」
 のう、と片目を瞑って彼女を見る。陸奥守だけが審神者の隣に残っていた。


 ここの審神者が初めて顕現させた刀剣男士である陸奥守は、この本丸内で誰よりも長く彼女と共に在る。また、刀剣男士ゆえに、他の刀剣男士と過ごす機会は審神者の彼女よりも多くなる。
 審神者が、覚えたがらない相手にも丁寧に教える真面目さを持つこと。同田貫が、戦以外に無頓着でも己の名に誇りを持っていること。陸奥守が双方を把握していたからこその説得劇だった。
 周りを見る目に優れ、言葉で相手の心を掴むことに長ける――前の主から引き継いだような資質は、審神者も以前にその身をもって把握していた。


「……人が刀の付喪神と暮らすっちゅうのも、おおごとじゃのう?」
 黙りこんだ審神者が気を落としているのかと、陸奥守は少し眉を下げて控えめに笑みを作った。
 気遣う彼は、刀剣男士には向けない表情を彼女に見せる。
 それは審神者がここで一人だけ人間で、自分の主だから……だけではなく、彼女にとって最初の刀剣男士であった特別さに思うところがあるのだと、自覚をしていた。

「いえ……一人ではありませんから、助けてもらってますよ。こんなふうに。」
「っふふ。そうかえ?」
 だが審神者は首を横に振り、両手の人差し指を頬に添えて押し上げ、ニッコリとしてみせた。
 陸奥守の笑みは照れ混じりになる。強引な指使いでわざとゆがませたその笑い方は、出会った日に彼が見せた仕草が手本だった。
 ……憂いが思い過ごしではないと感じても、陸奥守は口にしない。
 彼にすれば言葉で慰めるのは容易かったが、彼女がその場しのぎの癒やしを求めていないことは、強がりな笑顔から充分に伝わっていた。



「――さあ五虎退、今こそ近侍の出どころですよ!」
 広間の中心では秋田が五虎退の背中を押していた。兄弟の応援を受けた五虎退は、拳を握りしめて彼の精一杯で叫ぶ。
「え、えと……! それじゃあ同田貫さんが戻ってきたら、ご飯、食べましょう。皆さん、準備やお手伝いをお願いします……っ」
「おーおー、しっかとやるぜよー!」
「指示をありがとうございます、五虎退」
 泣きそうになっている五虎退を審神者がねぎらうと、刀剣男士たちは本腰を入れて朝餉の支度を始めた。


 ……少しばかり“刀”であり過ぎる彼も、間もなく戻ってくることだろう。
 刀剣男士が過ごしやすい環境を作ることも、喚び出した者の役目だと彼女は考えている。
 この本丸をまとめる者として。人のかたちをして生きる先輩として。そして、彼らの力を貸りる謝意を込めて。
 今は頼りなくとも、助けを借りながらでも……日に日に増える彼らが人の姿に馴染んでいくように、自分も主らしくなろうという思いをいっそう固くした。
 人間の審神者と刀の付喪神たちの共同生活が、より良くなるように、と。







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(本編の、前半と後半の間の話)



「ほら、だいぶ直ったでしょう。整えたほうが格好いいですよ」
「満足したんなら、とっとと戻ろうぜ」
 手洗い場にて、審神者は同田貫の跳ねた髪の毛の収拾をつけつつ手順を教える。
 最初の寝癖直しから数日後、二回目になるこのやり取りも終わり際だったが、彼女は同田貫の無関心さにほとほと困り果てていた。
「同田貫正国……実践刀も磨かなければ曇るではありませんか。あなたなりの美しさがあることを、どうか知ってください」
「つっても、今は人のかたちしてるだろ? 何言ってんだか」
「……どちらにしても、です」

 背丈の足らない刀剣男士のために置かれた踏み台に乗って、審神者はやや上から鏡に映る同田貫を見ていた。
 硬質の黒い短髪、少しがさついて見える肌。戦うために生まれてきたことを体現するように隆々とした筋肉の線で形どられ、厚みのある肢体。
 ……かったるそうに瞼を下げる彼は、今にも突っ伏すか座り込んでしまいそうだったが。
「私はあなたの見た目、好きですよ。刀の同田貫正国らしさが出ています。それに顔や体の傷あとは、今までの働きの顕れで……あなたにとっては勲章のようなもの、でしょう?」
 戦に出ない彼女には、手合せや演練以上の、本物の戦の渦中に在る同田貫を知ることはできない。
 好き嫌いを言ったところで気持ちが動かないことはわかっていたが、それでも知りうる中で魅力を見出していると彼女は伝えたかった。



 今日の審神者は、切り上げようとされても負けずに喋った。それまでは戯れ言と聞き流していた同田貫だったが、何となく気まぐれで耳に入れてみると、彼女は思いのほか自分について知り、またよく見ていた。
 審神者は単に刀剣男士を喚び出して使うだけ、と思っていた彼には意外なことで、少しばかり彼女に目を向けてみる気が起きた。
 真正面に映る審神者は、頑固な癖のついた同田貫の横髪を撫で付ける。戦を知らない女の手は彼のように目立つ傷あともなく、しなやかな曲線で作られていた。

「ま……あんたと俺は全然違う。手ひとつ取っても、こんな細いのかよ。あんたのは短刀の奴らのとも別物だな」
 同田貫は審神者の腕を掴むと横を向いて、その手をまじまじと見つめる。
 唐突に触れられた彼女は、驚きから踏み台の上で不安定に揺れた。
「そ、それは、男女の差もあるのでは……」
「あー。それもそうか」
「というか、急にされると驚きますので、控えてください……」
「あんただってこの前やってたじゃねーか」
「……不意打ちは、困るんです……!」
 落ちそうになるのをこらえ、元凶の彼を見れば顔色一つ変えずにいる。審神者が思わず戒めると、同田貫は鏡越しの彼女にちらりと目を遣ってから腕を離した。


 人の心の機微の理解に乏しくとも、それが彼の個性と捉えた審神者であったが、他人にもこの調子では相手に迷惑が掛かりかねない。すでに不手際を起こしてはいないか心配になって、恐る恐る尋ねてみた。
「あの……こういうこと、演練先の審神者の方にしていませんか? 大丈夫ですか」
「は? 触る理由がねぇ。俺の主はあんただろ」
「……あ、私が主だから、したのですか」

 戦以外に興味の向かない同田貫にとっても、持ち主というものは例外的な存在らしい――。
 単に武骨でない者に触りたがったのではなく、己の主との差が知りたかったのだと審神者は解する。
 そして彼は、審神者を女と意識して触れたわけではなかった。
「だったらいいです。…………いや、やっぱり良くはないです……」
「どっちだよ」
 姿形は男でも心が刀であるならば、人の世では不躾な行いでも彼に限っては致し方ない……と、易々と割り切ることはできなかった。
 間近で髪に触れ、腕を掴まれて――些細な接触だったが、彼に男を見ていたのだ。

 ……性別の認識以上のものを感じてはならないと、審神者は己に強く念じた。
 万が一でもそうなれば、最も優先すべき職務に障る。審神者としてこの本丸にいる以上、自分から余計なしがらみを加えるわけにはいかなかった。





 審神者なる者による刀剣の付喪神の顕現は、押しなべて男性の姿をとる。何故そうであるかは明らかになっていない。
 突如として人の体を得る彼らの心境は、もとより人間である審神者にはわかりかねる。
 だが喚び出したことにより、彼らが本来は起こりえない面倒を覚えているというのは、同田貫の態度から充分に感じていた。
「……刀が人のかたちで過ごすって、大変ですよね」

 審神者が尋ねると、彼は意外にも良い顔をして彼女を見た。
「そうか? あんたさえ“いい”と言えば、自分で斬りに行ける。悪かねーよ」
「……そうですか」
 だから積極的に戦に出してくれ、と同田貫は続ける。かたちはどうあれ、刀の本分を発揮する機会を得たことが喜ばしいのだと、にわかに活きる表情が言葉以上に語っていた。


 ……話せば話すほど、彼は“刀”なのだと思い知らされる。
 心の通じ合う日は、果たして来るのか――。
 よぎる気持ちを胸にしまい込んで、審神者は整え終えた同田貫の髪から手を離した。
 その男は振り返り、輝く瞳をそなえて広間へと急く。
「飯食ったら出陣な。さ、行こうぜ」
 早速に手を引かれた審神者は、踏み台を片付ける暇も二度目の注意の暇もなく、彼の背を追うように手洗い場を後にするしかなかった。

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