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 夜ほど己が宇宙の一部であることを知らされる時間はないだろう。天河の煌く冥夜を見上げれば、地に手をついていながら吸い込まれるように意識が夜空へと浮かんでいく。
 近くの空には暗黒神が不気味に浮かび、血を滲ませたように怪しい暗雲が覆っているが、その更に上層の空は澄んでいる。満天の漆黒が茫々たる宇宙へと繋がっているのだ。これに気付いたのは今、決戦前夜の今だったことに、エイトは自身で驚いていた。
 明日、自分は暗黒神と相見える。
 寝付けずにレティシアの村の宿を出て、足の進むままに任せていたら、気付けばこの古代船の前に来ていた。今はこうして甲板に腰を下ろし、呆けるように星空を眺めている。
 この気持ちは何だろう。
 怖気や不安、恐怖ではない、この張り詰めた感情。しかしそれでいて虚無感を抱いている自分は、何が淋しいのか。様々な思いに掻き乱されているのに、何処かしら期待をしている自分は、一体何を求めているのだろう。
「…」
 そうして時が経つのも忘れて、エイトは飲み込まれそうなほどに巨大な闇の天蓋に抱かれていた。
「…」
 巡らせていた思考も、こうやって星を眺めていればどうでも良くなってくる。今はただ、何も考えずにひたすらこの宇宙と溶け合っていたい。無我に近い平静が欲しい。
 その時。
「エイト」
 シンと染み入る暮夜の空に、小さく、声が澄んだ。
 
 
 
レティシア  

 
 
「ゼシカ」
「ここに居たのね」
 遥か彼方に馳せていた意識を戻せば、ゼシカが丘に架け渡された橋を歩いてこちらへとやって来るところだった。
「…眠れないの?」
 君も、と。付け加えようとした言葉を噤む。
「それもあるけど…エイトが出て行くの、気付いちゃったから」
 物音を立てたかもしれない。聞いてエイトは慌てて謝ろうとしたが、ゼシカは首を振って「そうじゃなくて」と言った。
 彼を伺うように甲板に上がったゼシカは、トコトコと駆け寄って傍らに腰掛け、エイトと同じように手をついて夜空を見上げる。
「ほら、エイトって考えるとき、独りになるじゃない」
「…そうだね」
 よくご存知で、とエイトは苦笑した。
 それほど感情に深みがないというか、複雑な心境に気をもむことなどない自分の事など、彼女にとってはお見通しというわけか。そう思って、照れながら気まずそうに頭を掻くエイトの姿を横目に見て、ゼシカはクスクスと笑った。
「本当は一人にさせてあげたかったんだけど、」
 ゼシカとて相手を気遣いたい気持ちは当然ある。特に、相手は自分の愛する男。何にでも首を突っ込んで詮索したい衝動に駆られる自分も、踏み入れてはならない場所や物事があることは知っているつもりだった。
 しかし結局は、恋をした自分は我侭だということ。理解っているのだが、弁えていたいのだが。
 ゼシカは気まずい照れ笑いをした。
「…最後の夜くらい、二人で居たくて」
 少し意地悪な、可愛らしい笑みを彼に注いで、宵闇にゼシカの綺麗が映えた。エイトは暫しその花のように美しい笑顔に惚けて、笑顔で彼女を迎えた。
 
 
 
 見上げた漆黒の視界に、青白く波打つ白帆が見える。
「…この船、本当に凄い」
「うん」
 二人、甲板に寝そべって夜空を見つめている。四肢を投げ出し、大の字になって居れば、降り注ぐ星の天蓋を受け止めているような錯覚に陥る。
「これ、山の中にあったんだよね」
「うん」
「乾いた大地に水が広がって…海に出たんだっけ」
「…そうだね」
「あれ、…凄かったよね…」
 ポツリ、ポツリと、静かな会話が夜に溶けていく。
「イシュマウリさん、だっけ?…あの人」
「うん。結局、何だか分からない人だった」
 空気が澄んでいるのか、軽やかな笑い声が闇に響いた。
「…」
「…」
 思いおこせば。
 これまで色々な事があった。それはもう言葉では語りつくせないほどの、様々な出来事が。
 旅を始めた頃の目的は、決戦を明日に控える今のそれとは変わっただろう。それが己の求めたものと違うかもしれないが、歩んできた道でこうなったからには、明日を選んだ自分達は間違いではないと思いたい。
「…この船も、旅を共にしてきた私達の仲間なんだね」
 甲板に五体を預け、背中から船の感触を確かめると、ゼシカが大きく瞳を瞬いて言った。
「…そうだね」
 エイトもまた夜空を見上げながら、己が地に張りつく船の存在を反芻する。
「…」
 思えば世界中をこの船で駆け巡った。海のさざめきも星の煌きも溶けるような藍夜の世界に風帆を翻し、新たな大地を探して旅立った。昼は空も波も陽光に輝き、全てが蒼色の世界に舵をきっていた。
「…」
 沈黙が続いた。
「…」
 二人はただ静かに、真上に広がる蒼黒を眺めている。
 遠い宇宙の彼方は、己という小さな存在を吸い寄せるのに、それでも身体が浮かんでいかないのは、大地という優しい重力に守られているからか。空を仰ぎながらも進んできた道は、限りなく続く這うような大地だったからか。
「…明日だね」
 エイトは口から出るままに言葉を呟いていた。
 そう言っただけが、ゼシカにはエイトの気持ちが伝わったらしく、彼女は確りとした口調で答えた。
「私達が倒せない訳ないじゃない」
 エイトは少し驚いて、隣に寝そべる彼女に視線を落とす。
「…ゼシカらしいなぁ」
 強気な台詞も、弱気な自分の台詞をすぐに見破るところも。彼女は、相手の弱さに気付いていながら、自分はそれに流されることなく、弱音を吐くことは決してない。
「だってそうよ。私達は、これまで何度も困難を乗り越えてきた」
「…」
「負ける気がしないわ」
 蓋しその口調は、強がっているわけではないらしい。
 彼女の中の自信が言わせている。それは傲慢や誇張ではない、これまでの経験を通して成長した自分を卑下しないということだ。
「…強いね」
 凄くて、賢く、偉い女性。エイトは厳しくも優しい彼女の声に感嘆していた。
「もう、エイト」
 ゼシカはそれを聞いて、やや不服そうに彼に食いついた。彼女は「強い」と言われるのが好きではない。それは女性だからというよりも、彼女自身が己を「強い」とは思っていないからであった。
「強くないのよ、私」
 少しすねた後で、ゼシカが呟いた。
「…本当は恐いの」
 エイトは驚いて半身をゼシカに向けた。
「…この戦いが?」
「ううん、違う」
 ゼシカは笑って首を振った。
「暗黒神じゃなくって、…旅が終わるの、皆が離れるの、…イヤだなって」
 翳りの見える笑顔に、エイトは胸が締められる。
「ゼシカ」
「怖いというか、…寂しい…かな…」
 
 
 
 進むのは怖くなかった。皆と居れば、何でも出来そうな気がした。
 隣には貴方がいて、ずっと歩いていけると思っていた。
 終わりを求めてこれまで旅をしてきたのに、
 そうだというのに。
 終わりに近付いた今は、それがどうしようもなく苦しい。
 
 
 
「あはは、ダメね」
 もう暗黒神を倒したつもりで、その後の別れを不安がっているなんて。旅が終わったら、自分達はどうなるのだろうと意味もなく考えあぐねている。
 こういう気持ちになると、自分が普通の女の子だということに気付かされる。きっと他の旅の仲間は、こんな事で淋しく思ったりしないだろう。
「…ゼシカ」
 エイトは不思議そうに、そしてやや心配そうに、瞳を大きくさせて自分を見つめている。
「あ、まずは明日だよね。もう、何言ってるんだろう…あはは…」
 まじまじと迫る彼の視線に戸惑い、ゼシカは急に照れだした。
「ゼシカ」
 半身を捻らせていたエイトは身を起こすと、膝を抱えて座りなおした。彼女に向けられていた真っ直ぐな視線は、今やそのままに夜空に注がれている。
「考えていたんだけど、」
 彼の空気はどこかしら緊張していた。穏やかな彼のいつにない真剣な口調に、ゼシカはふと気付いた。
 
「…僕は、この旅を終えたなら、また旅に出ようと思ってる」
 
 甲板に手足を伸ばしていたゼシカは、聞いて身を起こした。
「この前、姫とお話したんだけど」
 決戦前に心身を安らげようと、それぞれの望む場所を渡り歩いたことがあった。先日、トロデ王の要望で不思議な泉にて小休憩をとった時、ミーティア姫は一人、エイトを手招きした。
 彼は星を見つめながら、その時の事を具に話し出した。
「姫は、この旅が終わったら…、僕の、僕自身の事をしなさいと仰った。城の為でなく、我々の為でなく、自分の為にこれからは生きていきなさいと」
 その時は、どこか主君である彼女に突き放されたような気がして、慌てて言葉の出るままに「姫が心配です」と言っていた。するとミーティア姫は、「私は私なりに生きていけますよ」と微笑んでいた。怖れないで、と手を握られた時、エイトは言葉に詰まっていた。
 エイトは思い出して、苦笑を交えて「敵わないな」と呟く。
 ふと抱えた膝に視線を落としたが、次の言葉を紡いだ時には再び顔は上がっていた。
「あと…王様は、“死んで英雄になるな”って」
 エイトは続けた。
「いつまでも忠実な臣下でなくても良いと。この旅を終えた暁には、自由な身で己の我侭を叶えてやれと」
 これは先刻の話。
 橙色の陽が沈み、空は紫の夕闇に変わろうとしている時、トロデ王はエイトをふと引き止めてそう言った。「それは忠義に背くものでもなかろう?」と、穏やかな口調で優しく諭すように言ったトロデ王。エイトを映した長閑な瞳には、臣下を労わる以上のものがあった。それは、旅立つ息子を寂しくも嬉しく送り出す、父親の目。
「…そう…」
 ゼシカは、エイトの口から伝え聞く彼らの言葉をかみ締めるように相槌を打った。
 ミーティア姫とトロデ王は、彼を心から愛している。自らの家臣でありながら、家族のように彼の事を考えている。彼自身のことを。
「エイト」
 トロデーンの王様とお姫様。エイトが仕える、本当に素敵な人達。ゼシカは、この二人の思いが辛辣に理解る。
「私も賛成よ」
 二人は、彼が「飛び立つ人」であることを知っている。従属する立場ではなく、国家という枠をも超えて、縛られることなく生きる人であって欲しいと。
 故に彼女は、彼らに代わってエイトを後押ししたいと思った。
「あなたはもう、トロデ王やミーティア姫の為に戦っているんじゃない。世界を救う為でもない。あなたの為に、エイト自身の為に戦っているのよ」
「…僕自身の為に?」
 ゼシカは力強く頷いた。
「誰かの為でなく、あなたの為に生きることを、あの二人は望んでいるのよ」
「…」
 まるで家族のように感じていた主君らもまた、そのように己を省みてくれている。エイトは心の底から温かいものが込み上げてきた。
「…」
 大切な人達。彼らもまた顔を上げて見つめているであろう夜空を眺めて、エイトは呟いた。
「…僕には記憶がないんだ。過去もない」
 しんみりとした低い声に、ゼシカが耳を澄ました。
 聞いたことがある。
 エイトが思い出せるのは、小間使いとしてトロデーン城に奉公していた、幾分大きくなってきた頃かららしい。それ以前、幼少期の記憶は全く思い出せず、家族や彼を知る者は誰も居なかった。「いつのまにかトロデーン城門前に佇んでいた、不思議な少年だった」と、いつしかのトロデ王が呟いていた。
 どの星を見つめるでもなく、エイトは上を向きながら言った。
「僕は、僕を探しに行こうと思う」
 家族を、両親を、故郷を。自分を知る全てのものを、出生を。
 誰の為でもない。僕自身の為に。
「…それはとても我侭かもしれないけれど、身勝手かもしれないけれど」
 どこかしら淋しそうに呟く彼を見つめて、ゼシカは首を左右に振った。
「ううん。我侭でも身勝手でもないよ」
 そう、それは。
「とても素敵な事だと思うわ」
 ニッコリと笑った彼女の笑みには一点の曇りもない。エイトは夜に照る陽のようなその微笑みを、柔らかい笑みで受け止めた。
「…ありがとう」
 それでね、とエイトは暫し恥ずかしそうに口を開いた。
 
「もし君が良いなら、…ついてきてくれるかな」
 
「…エイト…」
 夜の凪に、海面を滑るような暖かい風が髪を撫でた気がした。見つめ合う二人に、もどかしい時間が流れる。
「…」
 ゼシカは、ただもどかしそうにエイトの真剣な顔を見つめて、次の言葉を出せずにいた。エイトは、恥らいながらも言葉を探している彼女をやや緊張して待っていた。
「…」
 ゼシカの唇が動いた。
「ついていく。…私も連れてって、エイト」
 その言葉、その笑みは。
「生憎だけど、私がそう決めたんだから。エイトが嫌って言っても、きっとついていく」
 彼女と旅を共にすることになった当初を思い出す。
「…ゼシカ」
 ゼシカが男の二人旅に仲間としてついていくと言った時は、「女の子が敵討ちなんて」と断った。それでも彼女は、エイトの事などお構いなしに後をついてきた覚えがある。晴れやかな笑顔で「よろしくね」と言われると、もうエイトは観念していた。
「…えへへ」
 彼女も思い出したのだろう。照れ笑いがこみ上げる。エイトもつられてクスリと笑ってしまった。
 肩を揺らしながら笑い合って、ゼシカは「それに」と続ける。
「私だけじゃないわ。ヤンガスもエイトと離れる気なんてないだろうし、ククールだって、文句を言いつつも今まで一緒にやってきたし」
 あの寂しがり屋さんは、結局ついてくるわ。
 冗談じみてゼシカが言う。エイトは微笑みながらそれを聞いていた。
「…」
 暫くして、はにかみながら彼が口を開く。
「…君が居てくれて、本当に良かった」
「…え?」
 共に旅をする君を守ろうと、それだけで強くなる理由ができた。ありがとうと、エイトは苦笑を交えて言った。
 ゼシカが居るだけで、自然と足が前に進み、戦闘の前衛に立てていた。強敵を前にしても、彼女が後ろに控えているというだけで、怯まなかった。倒れなかった。屈しなかった。
 エイトは、それが他愛ない、つまらない男の意地だとは大いに自覚していても、これだけは確かな事だと思っていた。
「君が居るだけで、僕は沢山の勇気を貰った」
「…」
 エイトは己の拳を強く握り締めて言った。「ゼシカを守っている」ことが、自分を守っていた。彼女を守るつもりが、己の支えになり、拠るべき所となり、守られていた。
「…エイト」
「うん?」
 聞いてゼシカは、エイトに向き直って改める。
 私が貴方の勇気になっていたならば。ゼシカは真っ直ぐな視線を注いで言った。
「いくらでもあげる。だから、欲しいって、言って」
 
 
 
 ずっと貴方の傍に居たくて。貴方もついてきてって、言うのなら。
 貴方の勇気になるならば、支えになれるなら。
 望んで欲しいの。強請って欲しいの。
 ただ一言でも。
 
 
 
「ゼシカ」
 エイトは彼女に手を伸ばそうとした。するとゼシカは、その手のままに彼の胸元に滑り込み、胸に顔を埋める。
「エイト」
 小さく身を縮めたゼシカに腕を回して、エイトは小さく、低く呟く。
「…欲しい」
 僕に勇気を。
 彼女を包み込むように抱き寄せる。柔らかい肌を、芳しい髪の匂いを、温かい身体を。全てかき抱いて。
 ゼシカは彼の胸に埋もれながら、静かな声で彼に囁いた。
「…中、入ろっか」
 
 
 
 
 
 海のような君に抱かれている。
 
 今、君は。さざめく「僕」という波を、猛る「僕」という飛沫を抱きしめてくれている。
 醜く、貪欲に多くを求めるのに、それ以上の全てを与えてくれる。僕という小さな人間に優しく微笑んで、その大きな懐に包んでくれる。
「…っはぁ…」
 エイトはゼシカの中に侵入して、温かく抱きしめるような彼女の海に、飲み込まれるように自身を沈ませていた。
「…、ん…ん…」
 震えるように張り詰めたエイト自身を迎え入れると、ゼシカは彼の存在を確かめるように切なげな吐息を深く吐き出す。身体の奥芯で彼を抱き寄せたことへの官能を味わっている。
 溶けるような瞳で見つめ合って、頬を撫でる。
「ゼシカ。君が好きだ、大好きだ」
 何度愛してもこの切ない思いが満たされることはない。それでも。
「ああぁ…っはぁ…」
 思いの丈を君に伝えたい。
 昂ぶるままに腰を送り出して、恥じらいと喜び、苦痛と悦楽に眉を顰める君を感じたい。
 エイトはゼシカ自身に抽挿を繰り返し、指は彼女の全身を這い回って堪能していた。
「あ、あ、あ、あ…」
 吸い付くようにきめ細やかな肌の、荒い呼吸と振動に上下して揺れる乳房。淫戯に歪んでしっとりと濡れる睫毛。愛する人を映して縋るように震える瞳。
 首元より腹を伝って滑り降りた指が、彼女の官能の芯を捉える。
「あぁっ! あぁっ、あぁ…んん…っ!」
 充分に熟れた膨らみは、指を求めて更に絡みつく。エイトの指が彼女の奥にまるで抱かれるように埋もれていく。
「ゼシカ…」
 温い吐息を漏らして、切なげに開かれた頼りない唇。そこより漏れ出る嬌声すら奪うように押し塞いでは中を吸う。
「んっんん…んんっ…!」
 指を絡めて繋ぎ合う。肌を重ねて身体を紡ぎ合う。
「エイト…エイ、ト…」
 触れ合う唇の隙間から、名前を呼ぶ荒い息が漏れる。エイトは唇でその言葉を拾おうと舌を這わせた。
「…エイト、…ずっと一緒に、いて…」
 激しい官能の貫きに身悶えながら、ゼシカは涙を溜めてエイトを見つめていた。
「うん。ずっと一緒だよ…」
「んん…ん…」
 ずっと手を繋いで。結ばれていたい。離れたくない。
「あっ、あっ、ん…、はぁっ…んっ!」
 君を放さない。永遠に僕のもので、抱いていたい。
「ゼシカ、ゼシカ」
 涙も汗も、愛液も交じり合って、それからどのくらい二人は繋がっていたか。名前を呼び合って、愛を叫んで、削るように注ぎ合って、やがては深い安らぎに身を投じていった。
 
 
 
 荒ぶる波も、今はただ広大な海に溶け合って、夜の漣に消える。
 ひとつになって、静かな凪が訪れる。
 
 
 
 
 
 翌日。
 
「おっそい!」
 村の中央にひときわ存在感を見せる「レティスの止まり木」の下で、ゼシカは両手を腰に当てて仁王立ちに構えていた。隣にはエイトが居る。
 二人の視線の先にある長老の家からは、朝に弱いククールがさも億劫そうに出てきた。
「駆け足!早く集まる!」
「…気合十分だなぁ」
 輝くように降り注ぐ朝の陽光に目を細めながら、ゆるい足取りで向かってくる彼の姿はいつもと変わりない。急き立てるゼシカと、その勢いを交わすククールのやり取りに、エイトは自然と笑みが零れた。
「…ヤンガスは?」
「村のおばさんにお弁当を作って貰ってる。戦いが終わったら、食べるんだって」
 エイトがよろず屋の小屋を指差すと、その方向には確かに弁当が包まれるのを待っているヤンガスの姿が見える。
 息巻くゼシカを体良く宥め、ククールは辺りを見回した。決戦を控える一行を知ってか知らずか、レティシアの村人は普段と変わりなくのんびりと朝の身支度を整えている。
「…この村も俺たちも、緊張感がまるでねぇな」
 肩をすくめてククールが言うと、咄嗟にゼシカが彼の背中を叩いた。
「だらしないのはアンタだけよ」
「そうか?」
 ゼシカの細い眉のラインは、くっきりと強い意思を表している。やや強く叩かれた背中に痺れを走らせながら、ククールは振り返ってエイトを見やった。
「…エイトはどんな感じ?」
「僕?」
 呼ばれてエイトがククールを見る。
「気合十分だよ」
 パッチリとした瞳が無垢に黒々と輝いている。口元には薄っすらと笑みを湛え、真っ直ぐな視線をククールに見せている。それは何処かしら穏やかな春風を連れてきそうでもあって。
「…あんま変わんねー気もするけど。お前がそう言うなら、俺も気合が入ってくる」
 こういう時くらい、張り詰めた顔するかと思ったのに。ククールはやや脱力したように言うと、目を合わせて笑った。
「兄貴ーっ!できやしたよー!」
「うん!今、そっちに行くー!」
 小川を隔てた向こうで、ヤンガスが手を振っている。弁当を持った方の手で大振りに合図をする彼に驚きながらも、エイトは手を振り返した。
 振り返ってゼシカとククールを見る。いつもどおりの視線を向ける、旅の仲間。二人の真っ直ぐな視線を受け止めて、エイトが口を開いた。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
「おう」
 
 これで終わりじゃない。
 これが、はじまり。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【あとがき】
ミーティア姫が「月」のイメージならば、ゼシたんは「海」のイメージです。
それにしても、作ってもらった有難いお弁当は、
色んな意味でミックス弁当になっていたでしょうよ…。
(よろず屋にはオバハンも居るというのが前提のお話でした ←捏造)
 
 
 
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