HERO
 
×
 
PRINCESS
※この文章は、暗号解読をするかJavaScriptを解除して、コピーを図った場合に表示されます。
このページは、小説の無断転写や二次加工を防ぐために、マウスコマンド制御やソースの暗号化などを設定しています。というのも、管理人は小説をweb公開しておりますが、著作権の放棄はしておらず、パクられるのがイヤだからです。管理人の主旨をご理解のうえ、小説は当サイト内でのみお楽しみくださるようお願い致します。

 
「エイト。ミーティアを抱いて」
 囁くようにそう言って、ミーティアは肩にかかる服を脱いだ。目の前に立つ自分にお願いするように、そう、まるで「宜しくお願いします」と言わんばかりにスルリと薄布を解いていく。
 微かに憂いをもった伏し目の瞳。濡れたような桃色の唇。
 美しい首筋からなだらかな肩、そして胸元がエイトの眼前に現れる。
 白い肌には、恥ずかしそうに膨らんだ可愛らしい乳房。その頂上には薔薇色の蕾。
……
 エイトはその見事なまでの綺麗さに息をのんだ。
「エイト」
 今、エイトのベッドでは、信じられない光景が広がっている。彼女がこんな事を、こんな声で言うなんて。
 声を失ったまま、ぼうっとしながらエイトは己の手をミーティアに伸ばしていた。
 初めて触れる女性の肌。
 雪のように白い肌はしっとりとしていて、きめ細やかにエイトの指を滑らせる。その全てを包み込むような柔らかさに、エイトは素直に驚いていた。
 たどたどしく触れていたエイトの手を、ミーティアが絡めとった。細くしなやかな腕がエイトに巻きつく。
 突然、お互いの距離が近くなって、エイトが戸惑いの表情を見せると、ミーティアはそんな彼に微笑んで、まるで催促するかのように飛び込んできた。
「ミーティア、エイトに抱いて欲しいの!」
 
 
「うっわ……っ!」
 
 
 エイトは自分の声に驚いて起きた。目を開いて、はじめて此処が宿直室の埃っぽいベッドの上だったことに気付く。今晩は宿直で、深夜の見張りを担当する日であった。
「エイト?」
 同期で近衛兵になった数歳か年長の兵士が、驚いて振り向く。彼は仄暗いランプに照らされた机に向かって日誌を書いていたが、ふいにエイトが大声を出して目覚めたものだから、少々慌てた。
「おう、どうした」
「あ、いや……
 狭い部屋。時は深夜。
 この静寂の空間に自分の鼓動だけが騒がしくて、エイトは困ったふうに生返事をした。
 まさか裸のミーティアの夢を見たとは言えず、エイトは頭を掻く。
「交代の時間?」
「いや、もう少し後だからまだ寝てろ」
 兵士は涼しそうな顔で再び机に向かう。
 エイトの心臓はまだドクドクいっている。突然覚醒したものだから、先刻の光景が夢か現実かさえあやふやだ。しかし身体の方は完全に起きてしまって、心もさざめいている。エイトはベッドより身を乗り出した。
「代わるよ」
「え? だからまだ時間は――」
「いいから、いいから」
 驚いた顔を見せる同期の兵士に、今の感情を悟られぬよう言った。なかば強引に彼をベッドに押し込む。
 彼は怪訝な顔をしながらも、嬉しそうにベッドにおさまる。エイトが机に向かって暫くした頃には、彼の寝息が聞こえてきた。
 エイトは書きかけの日誌に筆を加えることもなく、深閑の薄闇に佇んだ。チリチリと揺れるランプの炎を眺めながら、大きな溜息をつく。
(やばいかも)
 旅の頃は、彼女が夢に出てくることもあったが、今回はそうじゃないと思った。これは自分が作り出した夢だ。潜在する己の願望が作り出した禍々しい欲求だ。
 ミーティアは自分の姿を見つければ、大きな瞳をらんらんと輝かせて駆け寄ってくる。息を弾ませて、少々に頬を赤く染めて「ごきげんよう」と言うその姿に、何度心を奪われたことか。
 幼い頃のエイトは、それがただ単に嬉しかった。しかし、いつからだろう?そんなミーティアの唇を塞ぎ、自分の想いを全て注いで、腕に抱きたいと思うようになったのは。彼女の全てを奪い、貪りたいと思うようになったのは。
(最悪だ……
 こんな夢を見る自分に嫌気がさしてくる。髪をクシャクシャと掻きあげ、肘をついた腕に頭を委ねる。恐ろしいくらいの沈黙に、エイトの心だけが騒いでいる。
 闇は時として残酷で、乱れた自分だけを包み込まず置き去りにしていく。時間だけが刻々と進み、エイトの闇は晴れなかった。
 どれくらい経っただろう。
 エイトが気付いた時には、夜が白みはじめて、鳥の囀りが朝を知らせていた。
「おはようございます」
 朝食を終えた兵士が交代にやって来る。朝の清々しい空気が手伝ったのもあろう、その挨拶を聞いて引継ぎをする頃には、エイトの悶々とした心も収束していた。
 
 
 
 
 
 エイトは軽い朝食をとり、報告書を大臣に提出した後は休むつもりでいた。何かと仕事をこなしていると、執務室より出た頃には昼に差し掛かっていて、慌てて図書館へ向かう。借りていた本を読み終えたので、早めに返しておこうと思っていた。
 その時。
「エイト!」
 庭先を見回せば、花壇の向こうの噴水にミーティアが居る。手を大きく振って彼を促す姿は、とても可愛らしい。エイトは噴水に駆け寄った。
「まだ太陽が昇りきっていないのに、この暑さ!ミーティア、乾涸びてしまいそう」
 ミーティアは、水浴びに城郊外の湖に行きたいと言ったが、トロデ王が心配した為、城内の噴水で我慢したらしい。侍女が笑ってエイトに説明したが、隣の女官長は眉を吊り上げて「当然です」とピシャリと言った。大事な姫君に何かあったらと堅苦しく小言を言う様に、ミーティアはフフフ、と笑った。
 強い日差しを浴びながら水辺に佇むミーティアは、光を溜めた飛沫に囲まれていつになく艶っぽい。
「エイトもどう? 足だけでも浸かると気持ち良いのよ」
 言われて初めて気付いたが、ミーティアはいつもの長いドレスをまくり、それを膝に集めて足を浸していたようだ。
 真っ白な脚。ミーティアの膝なんて、何時から見てなかっただろう?なめらかな曲線を描いた脹脛がエイトの瞳に飛び込む。
 何もつけていない素足。その白さは今日夢に見た白と全く同じだった。可愛らしい膝の上には、瑞々しい太股があって……
(! 何を思い出して……っ!)
 エイトは慌てて頭の中の映像を振り払った。手の甲を口元に当て、悟られまいと冷静を取り繕う。
「エイト?」
 不思議そうに見つめる瞳が眩しい。清らかに水と戯れる純真なミーティアには、自分の中に潜む濁々としたものを見られたくない。
「と、図書館に本を返さなきゃ、」
 独りごちるようにそう言って、エイトはその場を立ち去った。気付けば、何かから逃げるように駆け出している。
「?」
 走り去る背中を、キョトンとして見送るミーティア。側に居た女中はクスリと笑った。
「きっと、照れていらしたのでしょう」
 そうだといいけど、とミーティアは思ったが、少し表情が翳る。
 エイトの顔は少し赤かった。今日は暑いし、夜勤だったエイトは具合が悪いのかもしれない。
(エイトなら少々の事は平気だと思うけど……大丈夫かしら?)
 ミーティアは太陽を反射してキラキラと光る水面を眺めながら、彼の様子を心配していた。
 
 
 
 
 
 エイトは昂ぶる心臓を抑えて図書館へ行き、返却を済ませる。部屋に戻ろうとする途中、廊下で夜勤を共にした同期の兵士とすれ違う。
「おい、顔赤いぞ。大丈夫か?」
 彼はふと立ち止まってエイトの顔に気付き、心配そうに伺った。
 すると通りがかった小間使いまでが、エイトの顔を覗き込むように近づいてくる。
「あら、本当。お風邪でも召されました?」
 真剣に心配する小間使いを見て、兵士はニヤリと笑った。彼はこの少女がエイトにほのかな好意を寄せているのを知っている。
「日頃に疲れを溜めてらっしゃる近衛隊長様には手厚い看病が必要かもしれん。……君、立候補したら?」
「まっ……!」
 小間使いが驚いて頬を染めたので、彼はクククと笑う。それを見た小間使いは、少し怒った顔で彼を睨んだ。この城にはよくある光景だ。
「あー、何でもないから」
 エイトは曖昧な返事をして頭を掻いた。
 二人のやりとりを適当にかわして、自室に戻る。扉を閉めて上着を脱ぎ、新しく借りた本を机に置く。そしてフラフラと崩れるようにベッドに倒れ込んだ。
(確かに、)
 何かと疲労した頭で物思いに耽る。
(たまってるかもしれない)
 エイトはのぼせた顔を埋めるように、うつ伏せになった。
 
 
 
 
 
 夕方、目覚める。
 
 明日は城の休養日だから、今日の夜勤は一人体制だ。深夜からが担当であったが、一人ずつだと遅れることは出来ない。遅刻はしない方だが、確り気を引き締めていないと今の自分では何が起こるか分からない。起きた瞬間、朧げな思考でそう考えていた。
 身支度を整えると、まだ時間がある。
 エイトは借りてきた本を開いた。途端、頭が冴えてくる。ページを捲るたびにエイトは本の世界に没入し、今や己の集中はすべて本に注がれるという時、
 
 コンコン。
 
 自室の扉を叩く音。エイトは一気に現実に引き戻され、慌てて扉に向かった。
「エイト。ミーティアです」
 扉を開けるのと、ミーティアの声が同時だった。
「ミ、ミーティア。どうしたの?」
 驚いたような声。呼ばれたミーティアは少し照れたようだった。先程の積極的なノックとは逆に、俯き加減におとなしくなっている。
 その姿さえ眩くて。
 少々の緊張と大きな嬉しさ。会えたという仄かな喜びと、見つめられる過度の恥ずかしさが交錯する。それはお互い感じていたが、心配が含まれていた分、ミーティアの方はこの雰囲気を打ち破るように思い切って言った。
「エイト、具合が悪いのではありませんか?」
 堰を切ったようにミーティアは続けた。
「小間使いが部屋でエイトの事を心配していました。午前中も何だか元気がなかったようですし」
 ミーティアの言葉の途中から「大丈夫だよ」と心の中で返事をしていた。彼女が不安を出し切った後でそう言う筈だった。彼女を安心させなければと。
「風邪を引いたのではないかと、心配で来ました」
 しかしエイトは心の奥底で、瞳を震わせて心より心配しているミーティアの姿の「あること」に気付く。
(マントを羽織らないだけで、どうしてこれ程までに無防備に見えてしまうのか)
 白い肩が露になっている。なだらかな曲線を細く描き、頼りないその小ささは思わず抱きしめたくなるほど。青いマントが目を引いて、いつもは気にならなかった胸元。まさか凝視は出来ないが、その白さに誘われ大胆にも膨らみに視線を向けてしまう。
(夢の君は柔らかくて……
 夢とはいえ、感触は確かにあった。滑るように指で触れたあの肌が、今、現実として目の前にある。
……っ!」
(こんな時に、何を考えてる!)
 身体が熱くなっていったのは解ったが、エイトはハッとして鼻に手を当てる。
「ミーティア、よく効く薬を――」
「ごめん……っ」
 エイトは駆け出していた。一直線に洗面所へ向かう。蛇口を大きく捻り、大量の水と血液を排水溝に流した。
 此処に来るまでに零れたかもしれない。大きく息をついて、エイトは手洗いの淵に手をかける。
(本当、たまってるかもしれない……
 ぼうっと鏡を見ながら、エイトは止まらない鼻血を流す己の姿に減滅した。
 
 
 
 
 
 更にエイトが自身を追い込んだのは、ミーティアに何も言えずに部屋から立ち去ったことだった。出血を落ち着かせて部屋に戻った頃には彼女は居なかった。扉の前に薬の入った包みがポツンと置いてあるのを見た瞬間、エイトは深く後悔した。
……
 夜勤の時間が近くなって、彼女に詫びの言葉も言えないまま宿直室へと向かう。悶々としたまま仕事が始まる。
 それまでの見張り兵と少々の会話をして交代する。ひっそりとした宿直室の椅子にエイトは腰掛けた。
 夜勤は日誌の記入、外部の巡視を行うだけで、あとは睡魔との戦いになる。エイトはそんな時の為に本を読むことにしていたが、今回も借りてきた本を持ってきていた。
 しかし今日は睡魔も襲ってこないし、日誌は全て書いてしまった。
 手持ち無沙汰が思考を甦らせる。
(昨日、ここで彼女の夢を見たのか)
 そして今日はといえば、昼にミーティアの素足を見ては興奮し、夕方に部屋で会えば鼻血を出してしまった。
(病気かもしれない)
 心よりも身体が反応している。ミーティアを愛していると自覚した途端、こうなった。情けないほど自分が男であると実感できる。
 エイトは大きな溜息をついた。
(あまり考えないほうが良い)
 特に夜というものは雄の本能を駆り立てる。理性より本能が勝る不思議な魔力を秘めている。エイトは自然と、こういう時は深く物事を考えてはいけないと思っていた。
 さて外の景色は如何なものかと窓を覗いた時、エイトは己の目を疑った。
 
……ミーティア!」
 
 暗闇を駆けるミーティアの姿が見える。まさかと身を乗り出し、そこへ向かおうとすれば、この宿直室に繋がる階段を上る音がして、ミーティアがやってきた。
「こんばんは」
 息を弾ませて挨拶をしたミーティアはどこか淋しげだった。無理もない。夕方、エイトは何も言えず彼女の前から走り去ったのだから。エイトは慌ててミーティアを中に案内すると、勢いよく頭を下げた。
「さっきは本当にごめん。気を悪くしたよね」
「いいのよ、エイト」
 ミーティアはベッドに腰掛けながら微笑んだ。エイトは奥の小さなキッチンへ行き、紅茶を用意する。彼の背中を見送って、部屋越しにミーティアは話し掛けた。
「それよりも、本当に大丈夫なの? 最近のエイト、少しおかしいわ」
 彼女の不安は声でも分かる。しかし「君が裸になって僕に抱きつく夢を見た」とは当の本人にして到底言えない。
 これは嘘でも誤魔化すしか他ないだろうとエイトは思った。
「そうだね、風邪かもしれない。もらった薬、飲ませてもらうよ」
 そう言いながらキッチンから出て、エイトはほんのり湯気の立った紅茶を差し出し古ぼけた椅子に座った。
 狭い部屋のしんみりとした空気。照明はここにあったランプと、ミーティアが此処に来るまでに抱えていたランプの二つだけ。ほの暗いオレンジの光に照らされるミーティアとエイト。
 お互いに紅茶を味わっているときは無言のままだった。
 先に沈黙を破ったのはエイトである。
「でも、どうして此処に?」
 こんな所にお姫様が来てはいけないよ、とエイトは笑った。しかも夜に、まるで人目を忍ぶように来るなんて。
「ミーティア、ご本を借りましたの」
 羽織っていた外套の中からミーティアはスルリと本を出した。
「あ、それ、」
「そう。エイトが今日、返却したばかりの本です。司書に聞いて借りました」
 恥じらいながらミーティアが言った。
「ミーティア、最近のエイトが良く判らないのがもどかしくて。何か悩んでいるのでしたら、力になりたくて。エイトが借りた本を読めば、何か分かるのではないかと思ったのです」
 本をパラパラと捲りながらミーティアは俯いた。
「風邪なら少し安心です。お薬を飲めば治ります。でも、心の病気でしたら、どんなお薬でも治せません」
……」  エイトは聞いて言葉を失った。
 ミーティアは自分の様子がおかしいことに最初から気付いていたのだ。先程は自分の赤裸々な本能を誤魔化そうとして「風邪」だと言ったが、ミーティアはこれも自分を安心させる嘘だと感じ取っていたのかもしれない。
「エイト、何か困っていることがあったらミーティアに教えて。ミーティア、貴方の為なら何でもできるわ」
 純真無垢な言葉だった。
 一国の王女が一介の家臣にこのような言葉を言うだろうか。一介の家臣を気遣って深夜に誇りっぽい小部屋を訪ねるだろうか。精一杯に胸の内を曝け出し、その者の為に何でも出来ると言うだろうか。
(ミーティア)
 エイトは堪らなくなって彼女を抱きしめたいと思った。しかし考えるより身体が、腕が、先に反応していた。
 
 この瞬間の出来事を、お互いに把握できないようだった。
 
 ミーティアは抱えていた本がパタンと落ちる音でやっとエイトの腕に包まれていることに気付いたし、エイトは椅子が円を描いてゴロリと回った音を聞いて漸く自分がミーティアを抱いていたことに気付いた。
 ベッドに腰掛けていたミーティアは、エイトの重みに体制を崩してそのままベッドに倒れこむ。エイトは上からそれを覗き込むような形でミーティアの目の前で手をついていた。
「エイト」
 その大きな瞳に訴えたい。どうしようもなく君が好きだと。汚れない君に邪な想いを抱く僕を許して欲しいと。その艶やかな髪に触れて、柔らかい肌にキスして、心の底から愛していると叫びたい。
 エイトはそう思いながらミーティアの瞳を見つめて、暫く動けなかった。ミーティアもまた彼の視線から逃げずに、ただ少し驚いた表情で彼を見つめていた。
 少々の振動でもベッドはキシキシと悲鳴をあげるように唸った。簡素なスプリングが不器用にミーティアの身体を揺らす。エイトはそれをも押さえつけるように、食い入るようにミーティアを見つめていた。
「エイト」
 夜は雄の本能を駆り立てる。呼び起こされた本能は理性を壊して獣と化す。
 夢で見たミーティアの裸体が服越しに見える。そう、夢でエイトはその柔らかな肌に指を滑らせて……
 
 
……
 
 
 エイトはベッドに置いていた右手を解いて、己の肩口に唇を埋めた。必死で自分を抑えようとしている。脳の制御を離れて動こうとする右手を、宥めるように。
……
「エイト……
 ミーティアは名前を呼ぶしかなかった。はたから見ても彼が自分自身の感情の変化と戦っているのは分かる。それがどんなものかは理解しきれるものではないだろうが。
 少しの間があって、エイトはベッドから離れた。
……ごめん。ビックリしたよね」
 エイトは倒れたミーティアに手を差し出して助け起こした。ミーティアの膝より落ちた本を拾うと丁寧に手渡し、横になっていた椅子も元に戻した。
 彼が少し疲れたような、悲壮な瞳をしたので、何か言おうとミーティアが口を開いた瞬間。エイトは笑って言った。
「もう夜も更けたし、部屋まで送るよ」
……
 その笑顔にミーティアは何も言えなかった。あまりに彼が苦しそうだったから。
 宿直室を出て、真っ暗なトロデーン城を二人で歩く。エイトは見回りの近衛兵に見つからないよう、道を選んで進んだようだ。誰にも会わずにミーティアの部屋までたどり着く。
「じゃあ、おやすみ」
 もう宿直室なんかに来ちゃいけないよ、とエイトが微笑んだ瞬間、ミーティアは彼の胸に飛び込んでいた。
「ミ、ミーティア」
「エイト。何に怯えているの?」
 胸に感じる柔らかい彼女にエイトは驚いた。今度は冷静になっているので、いつものように戸惑った顔を見せる。
「あのね、エイト」
 ミーティアはエイトの背中に手を回して、想いを伝えようとギュッと力を込めた。頬は真っ赤になっていたが、胸の中では気付かれないだろう。
「ミーティア、貴方になら……何をされても良いのよ……?」
 途端、エイトは顔から火が出たように熱くなる。今しがたミーティアが言った言葉に加えて、そう、その声が夢に聞いたものと同じだったからだ。
 躊躇して遊んでいた両腕を彼女の背中に回そうかとも思ったが、それでは先程の忍耐が水の泡になる。エイトは必死にこの場をどう乗り切ろうかと考えていた。
「そ、そんな事、言うもんじゃないよ」
「エイトにしか言わないわ」
 胸にグッとくる言葉が重なる。このままだと歯止めが利かなくなりそうだ。
 なけなしの理性を振りしぼり、エイトはミーティアの両肩を掴んで彼女をゆっくりと離した。
 切なそうに自分を見つめるミーティア。そんな上目で見つめられたらそれこそどうにかなってしまう。背中を離れても、ミーティアの手は胸の服をキュッと掴んだまま。エイトはその小さな手を握って優しく微笑んだ。
「おやすみ」
 エイトはミーティアの額に、チュッと軽いキスをした。
 呆けたようなミーティアを扉の中に導くと、奥から侍女の声がした。ミーティアが居なくなって心配していたに違いない。扉の向こうの会話のやり取りを聞いて、エイトは大きく息を吐き、そのまま立ち去った。
 
 
 
 
 
 宿直室に戻る。いつもと変わらない狭くて埃っぽい部屋。
 机に向かおうと思った瞬間、瞳に映る空いたカップが二つ。視線をうつせば、皺になったベッドが一つ。そこには先刻までミーティアが座っていて、その皺は彼女を押し倒して出来たもので。
 彼女の残り香に、エイトは独り溜息が出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 こんなのエイトじゃない! って感じる方には
本当にゴメンナサイの小説です……
間違ってもエイトは姫を襲ったりしないというか、
間違ってもエイトは鼻血は出さないというか(笑)。
 
 
 
主姫書庫へもどる
MENUへもどる
     

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル