HERO
 
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PRINCESS
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 神がかり的な奇跡や絶体絶命の状況には何度か出くわしたことがあるものの、四人揃って同じ夢を見た時には不可思議を通り越して不気味さを感じたくらいである。不安を隠せず再び集まったメンバーがトロデ王の元へと集まれば、玉座に座る彼とミーティア姫までもがその夢を見たと言うのだから偶然ではない。
 暗黒神を倒した今、次の脅威は感じられぬものの、エイトは誰かに呼ばれているような気がしてならなかった。王と王女は呪いの解けた城を空けることは出来ないが、エイトは今や既に個々で平和な世界をのんびりと過ごしていた嘗ての仲間を誘い、四人で夢に見た世界を探しに行くことを申し出る。
 エイトは近衛隊長という身分を拝した以上、守るべき城を出ることにはやはり躊躇われたが、トロデ王は快く二度目の旅に出ることを許した。ただ、王の隣で不安そうに見つめるミーティア姫の花顔だけが胸に刺さり、彼女に背を向けて玉座の間を退出した時は苦しかった。
 
 
 
シロツメクサのいろ
 
 
 
 あれは異世界とでも言うべきか。
 竜神族の里より帰還したエイトは、事の始末をどう王に報告すべきか迷っていた。口下手な自分は竜神族の存在や人間界との因果関係を理解りやすく伝えられるのだろうか。そもそも育ての親とも言うべきトロデ王に、己の出生の秘密も含めた全てを告白できるのだろうか。彼はトロデーン城の門が近付くまで、ずっと考えていた。
「まぁとにかく、竜神族の娘が美人揃いだったのは確かだぜ」
「食い物もなかなかでげした」
「アンタ達、くだらない事ばかり覚えているのね」
 ただ、自分には仲間が居る。エイトは嘗てない強敵と共に戦ってきた仲間の足音を耳に聞いた。昔と何ら変わらない気の抜けた会話がどこか心地よい。
 彼等はエイトの出自を聞いた晩、驚きもせずに残してきたトロデ王とミーティア姫に何と言うべきかを考えてくれていた。凡そ感情を表に出す性格ではなく、言葉も左程巧みではないリーダーの為に、三人はこれまでの事を上手くまとめ、謁見にも同行すると言って故郷へ帰る道を遠回りしている。
「色々あったけど、まずは物凄く強くなれたって実感がしない?」
「うん、そうだね」
 なんとかなるだろう、というのが結論。
 想像を絶する可酷な異世界の冒険にも、己の過去を知っても去ろうとしない友人が三人も居るのだ。エイトは毎度の事ながら根拠のない楽観に帰着する自分を内省しながら、後方を歩く仲間達に感謝して城門を開けた。
 その時。
「エイト!」
 バルコニーから四人の姿を捉えたミーティア姫が、階段を駆け降りて声を掛ける。
 昔のように長いドレスの裾で足を躓かせないかと心配したが、彼女は侍女の忠告もお構いなしに庭園を抜けて走ってくると、息を弾ませて彼等を迎えた。
「姫、」
 ずっとあそこで待っていたというのか。エイトは城門が開いた瞬間、バルコニーの柵に手をかけて佇む彼女の姿を見ている。雪の降らぬ国ではあるが、夏でもない限り風の当たるバルコニーは冷えるだろう。細い肩を晒した彼女のドレスでは寒くなかったかと、ミーティアの出迎えを受けたエイトは真っ先に心配した。
「ミーティア姫、」
「馬姫様」
 きっと毎日エイトの帰りを待ち続けていたのだろう。笑顔を綻ばせて駆けてくる彼女の健気な姿にゼシカとヤンガスが笑みを零す。ククールは騎士らしく片膝を折って恭しく礼をすると、端整な顔立ちを伏せて微笑んだ。
 旅を終えた仲間達の精悍な表情を見て、ミーティア姫は第二の冒険の成果を知る。彼女は昂揚する胸を落ち着かせながら、やがて静かに言った。
「皆さんご無事で何よりです。よくお帰りになりました」
 嬉しさのあまり後回しにしていた挨拶を、労いの言葉を添えて言う。ミーティア姫は一国の王女でありながら、今しがた使命を終えた旅人達に深々と頭を下げた。
 エイトもまた膝を折って姫君の礼を拝領したが、実は彼女の顔をまともに見れないというのが本音。帰っていきなりミーティア姫に会うとは思っていなかった彼は、心の準備がなっていない。
 自らの出自を知った今、冒険の結末についてはトロデ王のみならず彼女にも言わねばならぬ。
 この世界であてもなく彷徨っていた自分を城に迎え入れてくれたのはミーティア姫本人。彼女に対しては、何ゆえ自分が記憶を失ったか、何故記憶を消されなくてはならなかったか、その経緯を具に話すべきであろう。
 己の母親が竜神族の娘であり、その娘に恋をした父親がミーティアの嘗ての嫁ぎ先・サザンビーク国の第一王子であったエルトリオだという事実。己が禁忌の子として生まれた顛末を聞いた彼女はどう思うのか、エイトは跪ながらそのような事を考えていた。
 しかし。
「エイト」
 眼前に影が差したと思った瞬間、「顔を上げて」と囁かれる。
 言われるままにエイトが目線を上げた時、目の前のミーティア姫はドレスの裾を地面につけて屈んでいた。
……おかえりなさい」
 家に戻った夫を迎えるような気分なのだろう。彼女は頬を染めて恥らいながら、可愛らしい微笑を見せて言った。
 おかえりなさい、という言葉。
 生まれ故郷を知った今回の冒険は、自分の居場所や帰るべき場所について考える機会になっていたのだが、エイトはその答えが彼女から差し出されたような気がした。
……うん」
 瞳に飛び込む彼女の羞恥んだ笑顔に心から安堵する。
 どこか懐かしい匂いのする、深い愛に結ばれた両親の眠る竜神族の里。後ろ髪を引かれる思いで彼の地を後にしたものの、育ちの地であるトロデーン城に戻って幼馴染みの姫君の笑顔に迎えられた今、やはり此処が自分の居場所なのだと実感する。
 ずっと己の帰りを待ち続けた女性(ひと)。そう、花嫁姿の彼女をチャゴス王子より奪った時、自分は生涯を懸けて彼女を守ると心に誓った。
 たとえ己がトロデーン城の者でなくとも、純粋な人間でなかろうとも。消えた記憶を補うように共に思い出を作ってくれた大切な人と、これからも傍に居よう。
「ただいま」
 エイトは彼女の大きな碧色の瞳に、柔らかな微笑を返して言った。
 
 
 
「いや、誠にご苦労であった」
 恐ろしい竜の力を持つ竜神王があのまま暴走していたならば、或いは暗黒神よりも強い破壊の力によってこの世界にも異変が起きていたかもしれない。彼の課した苛烈な試練の全てをクリアしてきたエイト達は、その凄まじい戦いも含めて異世界での過酷な冒険をトロデ王に報告した。
 玉座の間に真っ直ぐに敷かれた紅い絨毯の上を歩いてくる四人を見たトロデ王は、そわそわと忙しなく動いしていた身体を子供のように飛び跳ねさせ、彼等の帰還を喜んだ。彼等と同じくこの場に戻ってきたミーティア姫を加え、嘗て野営を張った時に交わしたような話し合いを始める。
 竜神族という別世界の住民の存在、竜神王という神長の強大な力、そして厳しい掟に引き裂かれても結ばれようとした恋人達の話。メンバーの話はどれもトロデ王を驚かせる内容だったが、特にエイトの生い立ちを聞いた時の王はいつにない真剣な表情を見せていた。
「とにかく、今は疲れておるじゃろう。お前達も城でゆっくり休むといい。エイト、お前もじゃ」
 早速近衛の任に戻ろうとするエイトを制し、トロデ王は四人の為に部屋を用意させる。数日はエイトも他三人と同じ客人扱いというわけか、彼にも休暇を与えられた。対してエイトは頑なに固辞の意を示したが、トロデ王は彼の心境を察するが故の計らいだったのだろう。半ば強制的に休養を命じられたエイトは、ヤンガスらと共に迎賓館へと連れられる。
「エイト、」
 玉座の間より退出しようとした矢先、トロデ王の隣に掛けていたミーティア姫が彼を呼び止めた。
「ミーティア」
 今の会話の後で二人になることは憚られたが、自ら声を掛けるよりはずっと楽だったかもしれない。エイトはそう思いながら彼女の声に振り向き、雰囲気を変えようと新たな話題を振る。
「君にお土産があったんだ」
 彼がそう言ってポケットより取り出したのは、瞳を瞠る程美しい輝きを見せるアルゴンリング。アルゴンハートの血のように深い紅に煌く宝石を乗せた指環は、彼の掌で神秘的な光を宿していた。
「おみやげ?」
「気に入って貰えるか分からないけど」
 彼女は一度このような指環を見ている。
 サヴェッラ大聖堂で挙げられた結婚式の、結婚指輪としてサザンビーク国のチャゴス王子が用意したのがこのアルゴンリング。王家のしきたりに則って彼が職人に作らせたものだが、今ここにある指環は父であるエルトリオが同じく成人の証として作らせたもの。父が母ウィニアに捧げた愛の証である。
「これは……
 とても大切なものなのではないかと、ミーティア姫はその光を見た瞬間に感じた。
 彼女とてエイトと世界中を冒険した一人である。装飾品としても、また補助防具的な装身具としても数多くのアイテムを見てきたミーティア姫には、この指環の貴重さがすぐに判ったが、それとは別に何かとても意味のある品に見える。
「エイト、」
「貰ってくれる?」
 やや躊躇したミーティア姫に、エイトは照れを隠すように微笑した。
 この指環は土産程度で彼女に渡す品ではない。本来ならば指環にまつわる説明をして、彼女に愛の忠誠を誓った上でその手に填めるべきものであるが、彼はそれを控える。
 ただ彼女に持っていて欲しい。それが彼女の細く美しい指で輝きを持つことはなくとも、この身体以外の己の大切なものを彼女に持っていて欲しい。
「本当に頂いて良いのかしら」
「うん」
 恐る恐る尋ねるミーティア姫に、エイトはコクンと頷いた。
 すると彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて大事そうに両手でアルゴンリングを持つと、エイトを上目見てしみじみと呟く。
「エイトから指輪を頂くのはこれで二回目になりますわ」
「え?」
 ふんわりとした笑みを満面に見せるミーティア姫に、エイトは思わず驚いた。彼の表情を見たミーティア姫もまたその反応に驚く。
「エイト、私に指輪をくださったこと覚えて……忘れてますね」
「えぇ、と」
 身に覚えがない。
 彼女の発言にやや慌て出すエイトを前に、ミーティア姫は頬をプッと膨らませると、次には彼の手を引いて自室の扉の前まで連れて行った。
「エイトったら、」
 彼女はそう言うと部屋に入り、ドア前で待つ彼に小さな宝石箱を持ってくる。
 アクセサリのひとつでもしまえば一杯になりそうな、子供用の小箱。彼女は掌に納まるそれを大事そうに両手で抱えてくると、エイトの前でそっと開いてみせた。
「覚えてませんか?」
「あ」
 唇の隙間から漏れ出るような感嘆の声を耳に聞いたミーティア姫はクスリと笑う。
「私が初めてエイトから頂いた贈り物です」
 小箱の中に入っていたのは、いつの日か彼女に渡したシロツメクサの指輪。既に水分を失って色褪せたそれは、ベルベッドの生地に頼りなげに横たわっている。
「まだ持ってたんだ」
「私の宝物ですもの」
 いつだったか、貴族の結婚式に出席したミーティア姫は花嫁に憧れ、城に帰ってからというもの、結婚式の真似事にエイトを付き合わせた事があった。自分も結婚指輪が欲しいと強請る彼女に、エイトが困り果てた末に思いついたのがこの指輪。トロデーン城を出てすぐの道端に咲いていたシロツメクサをひとつ抜いて、彼女の小さな薬指につけてあげた。
 しかし、まさか彼女がその指輪をこれほど大事に持っていようとは。
「もう指には入りませんけど、」
 すっかりしなびたシロツメクサは、少し動かすだけで壊れてしまいそうなほど。ミーティア姫は小箱に眠る枯れた指輪の、その輪の小ささに苦笑して言う。
「ごめん、忘れてた」
「とっても昔の事ですもの」
 最初は詰ったミーティア姫も、遠い記憶を蘇らせたエイトの様子を見て微笑んだ。何より彼女も久しぶりに小箱を開き懐かしんだのだろう。既に白の花弁を失ったそれには光など窺いも出来ないが、愛おしそうに見つめるミーティア姫の瞳はどの宝石を眺める以上に輝いている。
「ミーティア」
 幼き日の思い出と共に大事に抱える彼女の姿を前に、エイトは次の言葉が見当たらない。だた、嘗ての自分が彼女を宥める為に作ったシロツメクサの指輪が、何故だかとても切なく思えた。
 そんなエイトを察したのか、ミーティア姫は視線を彼に注いで「エイト」とやや真剣な面持ちで口を開く。
「私には、此処に来るまでの貴方がどのようであったかは問題ではありません」
 その表情から、先程玉座の間で話した彼の出生の事を言っているのだと理解る。思わず息を飲んだエイトに向かって、彼女は言葉を噛み締めるように言った。
「貴方の思い出は此処にあります。貴方の帰る場所は此処です」
 過去のないエイトを何の疑いも抵抗もなく迎え入れたミーティア姫は、それが当時の幼さ故の単純な行為であったかもしれないが、彼の出生を知った上でも故郷はトロデーンであると言えるのは単なる寛容ではない。
 記憶を消された彼に、代わりとなる思い出を共に築き上げてくれた姫君である。そして今も彼女は嘗ての自分を小箱にしまい、宝のように保管しているのだ。
……ミーティア」
 エイトは不意に言葉を発していた。
 半分は竜神族という種族の、そしてもう半分はサザンビーク王家の血脈を継ぐ自分。禁断の愛に生まれ、その咎を負って記憶を奪われ人間界へと解放たれた自分。全てを知った今、それでも変わりなく迎え入れてくれるという彼女に対し、思いは言葉に尽くせない。
 彼は上手く開かぬ口の代わりに彼女の手をそっと取り、白く細い薬指にアルゴンリングを静かに填める。
「エイト、」
 小箱を持ったもう片方の手は戸惑いがちに漂ってその様子を見ていたが、驚くほど指に馴染んで納まった真紅の宝玉が輝くと、エイトが微笑した。
「この指環は入るから」
 本当は彼女に持っていて貰うだけで十分だと思っていた。彼女に己の命を預けたような気分で、その忠誠は心の奥に秘めていようと。
 しかしそれは違った。
 
 
 シロツメクサの指輪を見た今は、
 嘗ての思い出を大切にしてくれる幼馴染みを見た今は、
 此処が故郷だと、己の居場所は此処だと聞いた今は。
 
 
「君の言う通り、僕の故郷は此処だ」
 人間界の、トロデーン国の、ミーティア姫の傍。
 エイトは指輪を通した手にそっとキスを落として言った。感謝の念と、忠誠と、愛とを込めて触れた唇はアルゴンリングの輝く薬指に啄ばむような音を残して離れる。
 突然舞い降りた口付けにミーティア姫は驚いて頬を桃色に染め上げたが、やや屈んで上目見たエイトの真っ直ぐな瞳を見ると、嬉しそうに「はい」と言って笑顔を零れさせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 二回目の指輪は、枯れず貴女の指で輝き続ける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 子供の頃の思い出は、花の冠が王道です。
一生懸命に作ると手が草臭くなるんです。
ちなみにシロツメクサって花なのか草なのか……
(そこらへんの描写で逃げているのがバレバレ)
 
 
 
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