HERO
 
×
 
JESSICA
※この文章は、暗号解読をするかJavaScriptを解除して、コピーを図った場合に表示されます。
このページは、小説の無断転写や二次加工を防ぐために、マウスコマンド制御やソースの暗号化などを設定しています。というのも、管理人は小説をweb公開しておりますが、著作権の放棄はしておらず、パクられるのがイヤだからです。管理人の主旨をご理解のうえ、小説は当サイト内でのみお楽しみくださるようお願い致します。
リブルアーチ

 
 ゼシカは杖に操られていたとはいえ、多くの者をその手にかけたことを深く悔いていた。リブルアーチに足を運ぶのは、いつになっても辛い。オーブを求めて再びやって来た旅の一行は、夜も遅かったので此処で宿をとることにした。
 あんな思い出さえなければ、リブルアーチは世界の中でも有数の美景を持つ大好きな街であるのに。動き出しそうな程に生命あふれる石像と、折り重なる石畳の階段が美しいリブルアーチ。職人気質の漂った活気あるムードが心地よい。夜は透き通った空気が潮風に乗って、昼の熱気を冷ましていく。
 エイトは宿から出て、夜景の見えるベンチに腰掛けながら、潮風に体をさらしていた。
……エイト?」
 薄闇の向こうで名前を呼んだのはゼシカだった。近づいてくるゼシカに、エイトは何とも言えない笑みを見せる。
 それは何処となく困ったような。
「どうしたの? こんな所で」
「あー、……ゼシカには悪いことをしたと思って」
 やはり、ここに来てからゼシカの表情は固い。それに気付いたエイトは申し訳なさそうに言った。
「ここに泊まるのは、ゼシカは辛いと思ってたんだ。でも、ここまで来るのに時間がかかってしまって。……多分、他の街にルーラして宿をとったとしても、きっとゼシカは傷つくんだろうと……もっと急ぐべきだった」
 エイトもゼシカの気持ちを思うと、チェルスの倒れたそこにあるオーブを取りに来るのは何とも辛いものだと思っていた。加えて此処に泊まるなんて。
 困惑しながら話すエイトは、旅を取り仕切るリーダーの立場で全体を考える一方、ゼシカ個人の事も気遣っている。ゼシカはエイトの姿を黙って見ていた。
「ゼシカ、その……。思い出させてしまったなら、辛い思いをさせたなら、本当にごめん」
 エイトの口調は慌てていたが、瞳は真剣に謝っている。どうして良いか解らないと。
……
 暫くして、ゼシカが口を開いた。
……優しいんだね、エイトは」
 ゼシカは彼の腰掛けるベンチの隣に並んだ。谷間を流れる風は強い。ゼシカの髪はほどよく靡いた。
 静かな声で、彼女は「あのね、」と口を開く。
……目を、背けちゃダメだと思うんだ。これから倒しに行く暗黒神を恐れないためにも、ここで起きた事をしっかり受け止めて、立ち向かわなきゃならないと思ってる」
……」  ゼシカの想いは、エイトが想像していた以上に強い。それは肉親を奪われた恨みがなすものなのか、彼女自身が本来に持つ意思が強いからなのかは分からない。エイトは彼女を横目に見ながら、その逞しさに感心していた。
 逆に励まされたような気持ちになり、エイトはゼシカの気丈な言葉に返事をしようとした。褒め言葉を。
 しかし次に彼女が見せたのは、なんとも哀しい笑顔だった。
「でも、そう思ってても、心が折れる時もあるんだ……
 彼女は下を向いた。やり場のない指元が膝で虚ろに遊んでいる。
「兄さんの仇を討とうと村を出たのに、誰かを傷つけて、大変な事になってしまって……そう思うと、苦しくなるよ」
 いつもは元気で、自分の内面の事など一切口にしないゼシカが、今夜は饒舌になっている。それもこの街の風が彼女の何かを昂ぶらせているからか。
エイトはいつにないゼシカの様子を心配した。
「辛い……?」
 不安そうに話し掛けるエイトの瞳はとても優しい。下心のない、純粋に彼女を気遣うエイトは最も頼りになる男性である。
……
 彼女は何かが解けたように口を開く。
「本当はね、辛いよ……。あの場所には足が震えて一人じゃ行けない。ここだって……
「うん……
 エイトは相槌した。ゼシカの顔は闇に隠れて判然としないが、こたえているに違いない。彼女は細い体を縮めて笑った。
「これから暗黒神を倒そうっていうのに、あはは……ダメだね」
 彼女は無理をしていた。この街の辛い思い出に心が押しつぶされそうになっているのに、懸命に元気を取り繕っている。笑顔を作るのは、エイトを心配させない為ではない。自分を守る為だ。エイトはそれを知っている。彼はポツリと言った。
 
「無理しなくて、いいよ」
 
 エイトは先ほどからゼシカが震えているのに気付いていた。彼女がどれだけ自分の中に潜む恐怖や嫌悪といった暗黒の部分に怯えているのか、それだけが心配だった。
「うん……
 エイトの視線に気付きながらも、ゼシカは向かい風に俯いて耐えるしかなかった。その表情は、悔しそうな、哀しそうな、悲痛の面持ちを見せている。大きな瞳に涙を溜めて、ゼシカはただ身を丸めている。
「でもね、強くしていないと、……涙が……止まらなくなるから……
 声が震えていた。
 言葉の最後のほうは涙が溢れていたに違いない。ゼシカの大きな瞳から零れ落ちる雫は、彼女の細い両指では拭いきれない。
「ゼシカ」
 目の前に泣く女の子をどうしたらいいのだろう? エイトは瞬間、心でそう思ったに違いなかったが、彼の体は本能的に何をすれば良いのかを知っていた。そう、自分が悲しいときには、きっとそうして欲しいのだろう。エイトはゼシカを胸に包み、優しく髪を撫でていた。
 ふわりと、震える体に温かい体温が包み込む。強い風から自身を守るような優しい抱擁。かすかに香るエイトの匂いにゼシカの心は染みていく。
……ぅっ……
 気付けばゼシカは声を出して泣いていた。
 子供のように。子猫のように。
 溢れる涙は拭いきれるものではなかった。弾けるように解き放たれた心は、身体中の想いを涙に変えていく。しかし今のゼシカにあるものは、恐怖ではない。開放された不安と同時に満たされる安心感。確りと守られた強く穏やかな腕に抱かれ、今までの恐怖をさらけ出す。
「ゼシカ」
 エイトは胸の中で悲痛に心を振るわせる彼女の髪を、ただただ撫でていた。
 
 
 
 彼女の心が軽くなったのは、夜も更けて、さらに風が冷たくなった頃だった。しかし触れ合う二人の身体は温かく、少しだけドキドキしていた。
……エイトって、サーベルト兄さんみたい」
 ゼシカが落ち着いて、暫くの沈黙が続いたあとに彼女が呟いた。
「僕には兄弟がいないから、よく分からないけど……
 エイトの返事が面白かったのかどうかは分からないが、ゼシカはクスッと笑った。少しだけ元気になったゼシカを見て、エイトは安心する。
「ねぇ」
「うん?」
 囁きあうような会話が、今は何処かくすぐったい。
「この旅が終わったら、また皆で旅に出ようよ。今度は何も考えないで、ただ不思議な所や面白い所に行くの。そうだったら、いいのにな」
 泣き疲れたのか眠いのか、ゼシカは瞳をトロンとさせてエイトの胸に納まっている。全身を包む温かさに、このままずっと身を預けていたい。他愛のない話をしながら。
「僕もそうなるといいなって、思ったことあるよ」
「本当?」
 ゼシカは心の底から嬉しいと思った。ゼシカからエイトの顔を見ることは出来ないが、彼の穏やかでとても優しい声が聞こえる。彼の温かい胸に耳を当てているので、それは心地よい振動になって耳に伝わる。
「僕は、皆が好きだ。旅をして出会えて、本当に良かったと思っている」
 皆が好きだ、という言葉。それは他の仲間も含まれているのに、ゼシカは何故か最も幸せな気分になった。気の強い自分がエイトをよく驚かせ、戸惑わせていたものだから、彼からこんな言葉を聞けるなど思ってもいなかったのである。
 暫くゼシカは何も言わなかった。
 エイトは再び自分のシャツが暖かい水に濡れたのを感じて、ゼシカの顔を覗いた。
「ゼシカ……?」
……
 ゼシカの涙は既に止まっていた。上目にエイトを見るその瞳は、もう恐怖に怯える弱々しいものではない。しかし、何かに思いつめたかのような瞳は、大きく開いてエイトをとらえている。抱かれた胸から、すっと身を伸ばして、エイトの顔に近づく。暗闇でもお互いの顔がハッキリと判るまでに。
 
「ゼシ……
 
 ゼシカの唇が、確かにエイトの唇に触れた。
 柔らかい、温かい弾力がエイトの唇をチュッと啄ばむ。
 ゼシカは何も言わなかった。気を抜かれたエイトの腕はスルリと落ちる。ゼシカは黙ったまま彼から離れて、ベンチから駆けていった。呆けたエイトの耳に、石畳を駆けていく彼女の足音が聞こえる。
……これって、……どういうこと?)
 エイトは無意識に、熱くなった唇に手を当てていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 自分の弱さを見せたくないと思う一方、
弱いところを曝けだせるのが好きな人だと思います。
 
そっとキスして去るゼシカ。
積極的なのか知能犯なのか  
 
 
主ゼシ書庫へもどる
  
       

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル