HERO × JESSICA |
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舐めときゃ治る! □ −ゼシカの場合− □
「ヤンガス、ケガしてるわよ」
辺りの見渡せる小高い丘で少し休憩をという時、草むらにどっかりと胡坐をかいて座ったヤンガスの腕をゼシカが指差した。
「ほんの引っ掻き傷でげすよ」
「治癒(なお)さないの?」
ヤンガスはこの旅でホイミを唱えられるようになっていて、激戦の時は彼にも回復を頼むことがある。彼は寧ろ己の力は回復よりも攻撃に注ぎたいみたいだけど、いざという時にヤンガスを頼れるっていうのは、僕達にとってとても有難いことだった。
彼女の指の方向につられた僕が彼の腕を見てみると、キラーパンサーに噛まれた時の傷だろうか、肘から手首にまで数爪の傷がくっきりと走っており、皮膚にはじんわりと血が滲んでいる。
「痕になっちゃうわ」
「望むところでげすよ。傷は男の勲章でがす!」
ヤンガスは逞しい腕を見せて得意気に話しているけど、ゼシカの理解が得られるかどうかは怪しい。面倒見が良くて、育ちが良い所為か生真面目な所がある彼女は、傷は手当てするものだと思っている。だから傷が勲章になるとか、戦士の誉れがどうという感覚にはピンとこないようだ。ゼシカはまるで自分が痛がるかのように傷口を見つめていて、「せめて薬草くらい使ったら」と勧めていた。
「ちょっと見せて。包帯でも巻かないと」
「こんな傷、舐めときゃ治るでげすよ」
傷の深さから放っておけないとばかり腕を取ろうとするゼシカと、逆に放っておきたい為に彼女を拒むヤンガス。二人は掴んだり交わしたりと、まるで子供の追いかけっこのようなちょっとした悶着をしていたけれど、仕舞いにはヤンガスが堪らず逃げてしまって、僕は少し笑いながらその様子を見ていた。
「舐めときゃ治るなんて、」
小高い丘をスタコラと走り降りてしまったヤンガスの背中を見ながら、ゼシカが頬をぷっくりと膨らませる。ゼシカも頑固だけど、こういう時のヤンガスも譲らない。彼女は折角用意した包帯と薬草を手持ち無沙汰にして「もう」と溜息を吐いていた。
「ばい菌でも入ったらどうするのよ」
ゼシカは心配だからこそ怒っているんだろうけど、引き絞られた腰に手を当てて肩を怒らせる様が何となく可笑しくて、僕はそんな風に怒る彼女も結構好きだったりする。僕は走り続けて棒になった足を休ませながら、丘の高みでヤンガスの逃走を見張るゼシカの横顔を眺めていた。
「エイトからも言ってよ」
「えっ、僕?」
「だって兄貴じゃない」
ヤンガスを逃がしてしまったゼシカの標的は僕になって、突然振り向かれた僕は少し驚いた。見蕩れていた訳じゃないけど、彼女の真っ直ぐな視線で見つめられる時はいつだって緊張する。
「どうして治さないのかしら。治せるのに」
「うーん」
僕はヤンガスの気持ちが少し理解る気がした。僕も今のヤンガスの傷は浅くないと思っているけど、ゼシカに改めて指摘されたら、僕だって強がってしまうかもしれない。「大丈夫?」と彼女に薬草を塗って貰うのは何となく気恥ずかしいし、包帯をするほど大袈裟な怪我にも見せたくない。
「男の意地、かな」
「何よそれ」
ゼシカはますます分からないと両手を天に持ち上げて溜息を吐いた。これで僕とヤンガスはすっかり呆れられたみたいだけど、男のナントカというものを彼女に説明するのも気が引けて、僕はただ苦笑して見せる。
大きな瞳でじっとこちらを見続けているゼシカと見詰め合うこともできず、僕はポケットから顔を出したトーポにチーズをあげていると、暫くしてゼシカが口を開いた。
「エイトもヤンガスも、能力(ちから)の持ち腐れだわ」
その声は怒っている風でも心配している風でもない。
「私が治癒(なお)せないから、何だかヤキモキしちゃう」
「ゼシカ」
ゼシカの声のトーンに僕が顔を上げると、いつの間にか彼女は背中を向けて小高い丘から見える景色を遠目に眺めているようだった。
「悔しいのかな」
自分の気持ちを確かめるように呟くゼシカを見て、僕はいつしか彼女が吐露してくれたコンプレックスを思い出した。
「ゼシカ」
強大な魔力を持ちながら、それを攻撃にしか使えない自分。相手を傷つけることしかできなくて、大切な人を守れない寂しさに時々胸が張り裂けそうになるのだと、星空の下で僕だけに話してくれた。ゆっくりと感情を吐き出してくれたあの時の表情は忘れられなくて、僕は今でもはっきりと君の言葉を思い出せる。
「僕達はゼシカに随分守られているんだよ」
「うん」
「事実、僕は君に何度も助けられてる」
「ありがと」
あの時に言った言葉をもう一度繰り返す。いつもは恥ずかしさが勝ってなかなか言えないし、ゼシカに対する感謝の気持ちは口下手な僕じゃ上手く言えないけど、彼女がそれを必要としている今は何度でも言いたい。
「もう二度と君を失いたくない」
僕達にはない強さで支えてくれているゼシカ。彼女が戦線離脱したとき心細かったのは寧ろ存在感の方だったけど、戦闘が物凄く辛かったのも確か。今ともに戦い旅を続けていられる有難さが伝わるように、そして少しでも彼女の元気が出るように、僕はゼシカの背中に向かって力強く言った。
「ヤンガスのホイミも、ゼシカのメラゾーマも僕には大切なものだよ」
これにはゼシカもクルリと振り向いて言を返す。
「じゃ、熱いの喰らっておく?」
僕に背中を見せていた時はどんな表情をしていたか分からないけれど、スカートの裾をフワリと広げてこちらを向いたゼシカは柔らかく微笑していた。
「それは困るよ」
悪戯な台詞に僕も笑みが零れる。
彼女が指先で炎を出す仕草をして見せると、僕の頭には圧倒的な火力で塵と化すモンスターが浮かんで思わず首を振った。こんなに可愛い顔をして容赦なく焼き尽くすのだから参る。
トーポにチーズを与え終えた僕が、運動不足解消の為に彼を草間に放してやると、走り去るトーポを眺めていたゼシカが不意に僕の顔を見て手を伸ばしてきた。
「あれ、エイト」
「何?」
「唇、切ってるじゃない」
「あぁ、うん」
さっき野ネズミを捕まえた時に噛まれた傷だ。トーポにやるように牙を見てやるつもりが、強かに噛まれて逃げられてしまった。
「舐めておけば平気だよ」
「またそれ?」
「だって」
キラーパンサーに噛み砕かれたのならともかく、相手の牙はたかが知れている。小さい頃は遊び相手に野ネズミや野ウサギなんかを捕まえていたから、こんな傷は慣れていた。
「唇の傷は治るのが早いって言うし――」
そう言って僕が舌で唇を舐めようとした時、ゼシカの手が僕の頬に触れて、美しい顔が近付いて、
「、」
突然、僕の下唇を舐めていった。
「舐めておけば平気なんでしょ?」
あまりに突然の出来事で、僕が驚きのうちに言葉を失って彼女を見上げていると、ゼシカは悪びれもせず軽やかに微笑む。
「だから、舐めてあげた」
「ゼシ」
「早く治るといいね!」
こんな事をした後で、どうして君はそんなに綺麗に笑えるんだろう。僕は混乱した思考のまま暫く固まっていると、ゼシカは声を弾ませながら風を浴びるように丘を駆けていった。
「ゼシカ」
まるで掠め取るように触れられた彼女の舌の感触。ほんの一瞬ではあったけれど、彼女の柔らかな両唇より差し出された舌が記憶に残っていて、未だ眼前に残る光景に胸の鼓動がどんどん早くなっていく。きっと僕の顔は茹でたように真っ赤になっているに違いない。
「なんで」
つい先の瞬間までそこにあった生々しい温もりを反芻するかのように、僕は唇に指を当てたまま、ずっと彼女の背中を見つめるばかりだった。
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【あとがき】 |
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なんでって、決まってるじゃない。
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