HERO
 
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JESSICA
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セレンディピティ
 
 
 
 女の子は身体を冷やしちゃいけないって言われているわりに薄着だったりする。それはファッションなのかもしれないけど、女の子の着る服はやたら薄い生地のもの、露出の多いものだと気付いたのは、ゼシカが仲間になってからだ。
 一度、彼女に「目の遣り場に困る」と言ったら、防御力を優先するとこうなるのだから仕方ないだとか、彼女くらいの年頃の娘は皆これくらい当然なんだとか、そんな事を気にする僕がジジむさいんだとかなんとか、本人のみならずククールやトロデ王にも呆れられた。僕の方が悪いのかと思って、改めて周囲の女の子を見てみると、成程ゼシカに限らず女の子というものは大抵は寒そうな格好をしていることが理解った。
 凡そ女気のなかった僕は、ゼシカと会って初めて知った事が沢山ある。彼女のお陰なのかどうかは理解らないけど、僕の目の前を色っぽく歩いていくバニーガールにも幾分か耐性がついてきた。
「思う存分遊んでいってね」
 まぁ、声を掛けられても返事は出来ないけど。
 撫でるように指を動かして手招く彼女達に、僕は恥かむか苦笑するしかない。ククールだったら彼女の歩みに合わせて気の利いた会話を持ちかけていくのだろう。実際あの騎士団員は、カジノよりもバニーガールとの駆け引きを愉しんでいる節がある。僕は苦笑に淡い嘆息を交えて、フロアを巡り始めた。
 長らく閉鎖されていたベルガラックのカジノは、数日前の再開から客足が終日途絶えない。昼夜時間を問わず人に溢れるフロアは熱気に満ちて温度を上げており、僕はこの暑さから逃げるように人波を掻き分けながら仲間を探した。
 まず、一人目。ヤンガスはスロットマシンの前で絶叫していた。
 本当は現在のコイン枚数を聞いて景品の交換についての相談をしたかったけど、僕はどうにも知り合いとして彼の傍に行くことが出来なかった。奇声を挙げて白熱する彼に「声を掛けるのも迷惑かな」と、言い訳程度に思ってその場を後にする。
 踵を返す僕の背中越しにも言葉にならない雄叫びが聞こえてきて、僕は乾いた笑みを作って脱力気味に去った。
 次に、二人目。ククールはルーレット台に座っていた。
 積まれたコイン山を見るに、賭けの調子は良いみたいだ。彼の目線の先に居る女性ディーラーの熱っぽい瞳から、口説きの具合も絶好調だと窺える。成程ククールはご機嫌だった。今、声を掛けたらきっと恨まれるだろうから、僕は彼の背を見守りながらそっと消えることにした。
 三人目。ゼシカを探そうとしたら、チャゴス王子を見つけてしまった。
 また城を抜け出して遊びに来たのだろう。王子はなかなか当たらないビンゴゲームにケチをつけて係員に絡んでいるようだった。僕は彼に見つからないよう身を低くして人混みに紛れて逃げる。今しがた入ってきた誰かが開けた扉の締まる瞬間、その隙間に割り込むようにして外へ出た。こんな所で見つかったら、今度は何を言われるか分からない。
「ふぅ、」
 妙な汗をかいた僕が外の空気に触れた時、間の抜けた一息は本当の三人目に聞かれてしまった。
「エイト?」
 扉の閉まったすぐ傍の壁に、ゼシカが寄りかかっていた。
「ゼシカ、」
 フロアを一巡したのに彼女を見つけることが出来なかったのは、彼女が外に居たからなのか。僕はどうしたものかと驚いてゼシカの方を向いた。
「いつから外に居たの?」
「暑かったから、ちょっと涼もうと思って」
 カジノの人混みに中てられたらしい。ゼシカはほんのりと赤くした頬を冷ますように、両手で扇いで風を送る真似をしてみせた。困ったように笑うその顔がどこか色っぽくて、僕は「大丈夫?」という言葉を忘れてしまう。
「顔だけポーって熱いのよ」
 確かにフロア内は暑かった。僕も上せるくらいだった。
 それに比べて此処は風通しも良いし、今は陽も落ちて地面の熱も感じない。先程までずっと耳を占領していた人のざわめきも、今は街路樹の葉が揺れる心地よい音に変わっていた。
 それにしても。扉を一枚隔てただけで、こんなにも空気が変わるなんて。
「僕も生き返ったみたいだよ」
 冷たい風が清々しい。僕は熱籠もった髪の間を撫でるように通っていく涼風に感謝しながらそう言った。
 ゼシカはそれを柔らかな花顔で受け止めてくれて、それから静かに笑った。
「でも、エイトが来てくれて良かった」
 彼女の言葉に、僕は「え、」と抜けたような声を出す。
 軽い溜息をついて笑ったゼシカは、少し安心したような様子で。美しく輝く瞳を優しく細めて微笑む彼女に、僕は一層釘付けになる。
「実はちょっと寂しかったのよ」
 そう照れたように話すゼシカは、身体に巻いた両腕で自分の肩を寒そうに擦っていた。いつもの僕なら見落としていただろう些細な仕草が、今日は彼女の言葉と共に僕の心に引っかかる。
「寒い?」
 何気ない仕草だったのだろう。ゼシカは僕に言われてようやく自分が身を縮めていることに気付いたらしく、「あ、」と言って驚いた顔をした。
 スパンコールドレスの彼女は細い肩を晒して風に当たっている。胸元から肩口にかかえてファーが配われているけれど、それも申し訳程度に着けてあるだけだろう。ゼシカのしなやかな体躯を覆う生地は、綺麗だけれど温かそうにはとても見えなくて、きらきらと光を反射するスパンコールさえ寒さを表しているように思えた。
「冷えたんじゃない?」
「顔はまだ熱いんだけど……
 どれだけ外で涼んでいたのだろう。
 ゼシカの言う通り、頬はまだ熱に染まっているものの、肩や腕を大胆に露出したこの服では細い身体を冷やしたに違いない。太腿から深く入り込んだスリットは風で揺れているし、高いヒールを履いて壁に寄りかかっている彼女は更に頼りなげに見えた。
 
『おなごに冷えは大敵じゃ!』
 
 何時しか聞いたトロデ王の言葉を思い出す。
 男の自分が気付かなくとも、寒さを感じているかもしれない。王様はそう仰って今は馬姿の姫様に毛布を掛けておられた。
(女の子は冷えちゃいけないんだ)
 僕は冒険中に得たそんな知識を掘り起こし、思いつくまま上着を脱いでゼシカの肩にかけていた。
「これ、」
 本当は毛布があれば良かったのだけれど、咄嗟に思いついたのはこれしかなかった。
「少しはマシになるかも」
 袖のないコートがどれだけ役に立つか分からない。けれど、少しでも彼女に寒さを感じて欲しくなくて、僕は勢いのままに差し出していた。
「、」
 そうしてゼシカの小さな肩にふわりと掛けると、彼女は驚いた顔でそれに反応して、いつもの大きな瞳を更に大きくして僕を見てきた。
 そんな顔で見つめられるとは思ってなかったから、僕はやや狼狽して言葉を濁してしまう。
「僕が着てたものだし、汚れてるし、袖もなくて何だけど……
 ファッションに疎い僕だって、今のスパンコールドレスに掛けた上着が合うとは到底思えない。ファッションに気遣う彼女だから、僕は余計な事をしたような気になって、ますます慌てて謝った。
 そんな僕をじっと見つめていた彼女は、しばらく口をポカンと開けていたようだけど、気まずい沈黙の後に口元を優しく上げて微笑んでくれた。
「ううん。あったかいよ」
 呆けたような表情は次第に綻んだ笑顔になって、再度その言葉を繰り返す。
「すごくあったかい」
 ゼシカは僕の上着の襟元をかき合わせて微笑む。
「ありがとう」
 心からの感謝を貰った僕は、真正面から注がれたとびきりの笑顔に何も言えず胸をドキドキさせるしかなかった。
……うん、」
 多分、今の僕は、ゼシカみたいに顔だけ熱かったに違いない。
「エイトのコート、大きいね」
 ぶかぶかだね、と嬉しそうに言うゼシカが可愛いと思う。僕の上着をギュッと握り締めてにっこりと笑う君に、何とも言えない気持ちになった。彼女が温まるのなら、見ぐるみ全部を差し出しても良いくらいに思えたんだ。
 
 
 
 不釣合いで不恰好な姿だと、ゼシカも思っていた筈なのに、彼女は宿泊先までその格好で僕と歩いて帰った。途中、すれ違ったおばさんが僕達を見て微笑んでいたけれど、僕の内心が読まれたのだろうか。僕は自分の上着を羽織るゼシカに妙な色気を感じてしまって、緊張していたから、おばさんにも伝わったのかもしれない。
 僕はそんな動揺を隠す為か、彼女にトロデーン城での笑い話をひとつした。
「玉座に座っていた人、覚えてる?」
「えぇ」
「あの人がお城の大臣なんだけど、」
 薄着の方が皮膚を鍛えられると言って「裸健康法」を実践していた大臣は、掃除をしようと執務室の扉を開けた女中に見つかって大変な騒動を引き起こし、城中に迷惑をかけていた。近衛兵が着用を必須とする衣類や装身具の多いことを、経費の観点から改善しようとしたことから思いついた案だったらしいが、逆に大臣の着用枚数を増す結果を生んでしまったという話。
 僕から話題を振ることはあまりないからか、ゼシカは驚きながらも笑って聞いてくれた。
「でも、確かに薄着の方が寒くなかったりするのよ」
 ゼシカは大臣が言った言葉に頷きながら言う。
 自分はいつも薄着だから、エイトと同じ条件なら、例えば裸になったとしたら私の方がきっと耐えられるだろうとか、寒中水泳をするのは気合を入れるためだけではなくて、どこか健康に繋がる理由があるからなんだとか、そんな事を矢継ぎ早に話してくれた。
 僕はそんな彼女の話を聞きながら、トロデ王の言葉を思い出す。
 
『おなごに冷えは大敵じゃ!』
 
……
 僕は多分、こう思う。
 女の子が冷えちゃいけないっていうのに薄着なのは、僕みたいな男に上着をかけるチャンスを作ってくれているからだ。ゼシカを労ることで自己満足している僕のように、男としての自尊心を支えてくれるからなんだ。
「エイト?」
 そんな事を考えていたら、相槌を打つのを忘れていたのだろう。彼女の声に気付けば、心配そうに黙ってこちらを見つめている大きな瞳にぶつかる。
「もしかして、寒い?」
 ゼシカはそう言って僕の上着を返そうとして手をやった。
「ううん」
 僕は慌てて手を振って彼女の手を押し留める。現に寒くないし、それに今の僕は周囲の温度を感じ取れるほど冷静じゃない。
「ゼシカこそ寒くない?」
「うん、全然!」
 満面の笑みを見せて言う彼女は、陽だまりのように温かく僕の胸に染みてくる。僕はゼシカと二人歩きながら、まるで恋人同士のような会話を楽しんで帰路についた。
 
 
 彼女と出会ってから、色んな事を知る僕。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【あとがき】 【serendipity】(セレンディピティ)
思いがけず価値あるものを発見・創造できる幸運のことです。
イギリスの政治家・作家、ウォルポールの造語なんですって。
 
 
 
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